作品名 作者名 カップリング
「二人の時間」 ピンキリ氏 -

 光陰矢の如しとはよく言ったもので、時間が経つのは実に早い。
今年も気がつけば、あと一ヶ月でクリスマスというところまで来ている。
 さて、実際に流れている時間とは別に、『体感時間』というのがある。
子どもの頃、病気になって医者に行った時、順番待ちが異様に長く感じたことはないだろうか。
逆に、ゲームで遊んだりおもしろい本を読んだりしている時、
ふと気がついたら数時間経過していてびっくりした、ということはないだろうか。
嫌なことは長く、楽しいことは短く感じてしまう。
それが、物理的に流れている時間とは別の時間、すなわち『体感時間』なのだ。

「で、どこまでイッたの?」
「……何がですか」
 時は日曜日の午後三時過ぎ。
場所は日本の某市某町某所にある某邸宅。
そこでは、二人の女性がコタツに足を突っ込みつつ、会話をしていた。
「だから、うちの息子とどこまでイッたの?」
「……あー、えーと、この前のデートではディズニーランドまで足を延ばしました」
「そういう意味じゃなくって」
「……」
 先ほどから一方的に年長の女性が質問をし、それに少女が答えるという形だ。
もっとも、言葉のラリーが完全に成り立っているとは言い難い。
「はぁ、やれやれ。この分だと孫の顔を見るのは当分先になるかしらねぇ」
「ま、孫だなんてそんな」
「あら、もう確定事項じゃない?」
「そそ、そんなことは」
 とまあ、こんな感じである。
年長の女性が少女に突っ込んだ質問をし、少女は恥ずかしいのか上手く答えることが出来ていない、というわけだ。
「つきあって半年なんだから、もう少し冒険してもいいと私は思うんだけどな」
「……それは、その、あの……こ、こういうことは焦らずゆっくりと進めていった方が」
「でも、もう少し積極的に迫って欲しいと思ったことはない? それか、自分から行こうとか考えたことは?」
「そ、そんな。は、は、恥ずかしくて出来ません」
 年長の女性はやれやれという風に肩をすくめた。
「あの子、母親の私から見てもおかしいと思うのよね。部屋にはエロ本のひとつもないし」
「は、はあ」
「本当に女の子に興味があるのかなー、って。だから、あなたとつきあい始めたって聞いた時はそりゃあ嬉しかったわよ」
「そ、そうですか」
「そうよ。あなたの気持ちも私は知ってたし、収まるところに収まったって気持ちもあったしね」
 年長の女性が言うあの子とは、当然ながら彼女の息子である。
そして、少女の恋人でもある。
「でさ、つきあい始めたらもう後はヤルことヤルしかないんだけどなあ」
「……」
「お父さんも結構オクテだったし、あの子は外見は私、中身はお父さんに似たのかしらねぇ」
「はあ……」
「とにかく、まどろっこしいわけよ」
「そ、そう言われましても」
 丸めた拳でドンと机を叩く年長の女性。
その衝撃で机の上の湯呑みが若干浮く。
「まだキスのひとつもまともにしてないなんて、普通考えられないわ」
「そ、その……さっきも言ったように、少しづつ前進していけばいいかな、って」
「それじゃ甘いわよ。あのね、あの子は私が言うのも何だけど、結構顔はイケてる方だと思うわけよ」
「は、はい」
 少女は頷いた。
そんなことは、もちろん彼女も百も承知でわかっている。
もっとも、「顔がいい」だけが好きになった理由ではないが。
「それで、別の女の子があの子に言い寄ってきたらどうするの?」
「えっ?」
「あなたがボチボチやっているうちに、別の女の子が身体を武器にしてかっさらっていくことだってあるのよ?」
 年長の女性は、鋭い目で少女を見据えた。
焚き付けているのと同時に、脅しているようにも思える視線だ。


「……それは、ありません」
 だが、少女はその目と言葉に揺さ振られることなく、ハッキリとした口調で答えた。
会話が始まってから、はじめての強い声での返答だった。
「へ?」
「それは、彼に限って絶対ありません。それだけは言えます」
「……」
「信じてますから」
 そう言うと、少女は幸せそうな顔で微笑んだ。
「……そう。要するに……わかってるのね?」
「はい、わかってます」
 わかっている、とはつまり、恋人が決して黙ったまま自分を裏切らない、
そういうことをする人間ではないと知っているということだ。
もし他の誰かを好きになったとしても、そちらに走る前に、必ず先に説明をして謝ってくる。
性欲に訴えるアピールがあっても、それに簡単に転ぶことはない。
そんな性格の男なのだ、そして、自分もそんな彼を心の底から信じているのだ、と。
「はぁ……ウチの息子は果報者だわ、こりゃ」
「いえ、果報者なのは私の方です」
「はいはい、お熱いことね」
 年長の女性は、自分の企みが完全に失敗したことを悟った。
遅々として進まない、目の前で笑っている少女と、自分の息子との関係。
万事にライトな彼女にしてみれば、それはまだるっこしくてたまらなかった。
だが。
「あなたたちらしくて、それもいいかもしれないわね」
「はい、私たちは私たちなりにやっていきます」
 つきあっていきなり肉体関係に進んで、それで絆を強める場合もある。
逆に、ゆっくりゆっくりと徐々に愛を深めていく場合もある。
このカップルは後者なのだと、年長の女性は思った。
「……思えば、私と父さんも似たようなモンだったわ。父さん、なかなか手を出してくれなくて」
「え?」
「あ、いやいや、これは別の話」
 手を振って、年長の女性は言葉を切った。
「……気になるんですけど」
「んー、聞きたい? なら、話してあげてもいいけど……その前にお茶を新しく淹れてくるわね?」
「はあ」
「ほら、息子が帰ってきたみたいだし」
 その言葉通り、トタトタと廊下を歩く音が少女の耳に届いてきた。
そして数秒後、二人がいる居間の扉がカチャリと外から開けられた。
「はー、ただいま」
「遅かったわねー」
「しょうがないだろ。焼き芋屋の車、俺に気づかずに走っていっちゃったんだよ」
「それにしても、表で声が聞こえてアンタを買いに行かせてかれこれ十分は経ってるわよ」
「信号で一回振り切られそうになったからなー。でも十分? 俺は二十分くらい追いかけたかと思った」
「はいはい。じゃ、コタツに入ってミサキちゃんと二人で待ってなさい。お茶っ葉を換えてくるから」

 時は日曜日の午後三時過ぎ。
場所は日本の東が丘町の小久保邸。
天野ミサキと小久保マサヒコ、そしてマサヒコの母が焼き芋とお茶でオヤツの時間。
 光陰矢の如し、時間が経つのは実に早い。
ミサキとマサヒコがつきあい始めてから、もう半年。
その進展具合は母が焼き芋、もといヤキモキするくらいに遅々として遅い。
でも確実に、しっかりと恋は進行中。
二人は、あたたかい時間を感じつつ、ともに前に歩んでいる―――


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