作品名 作者名 カップリング
『長袖不要』 ピンキリ氏 -

 時は神無月を経て霜月の半ば、一年も残すところあと一月と僅か。
つい半月程前までは残暑の長い抵抗に梃子摺っていたのに、何時の間にやら長袖の上着のお世話になっている。

「とても良かったね、感動してちょっと泣いちゃった」
「ああ。そうだな」
 さて、寒くなってきたとは言え、それと一向に関係なく、アツアツな関係を育んでいるカップルがここに一組。
それは誰と誰かと問うまでもない、小久保マサヒコと天野ミサキの幼馴染ペアだ。
「不治の病を助ける主人公がとっても格好良かったね」
「……ああ」
 二人は今、駅前のとある喫茶店、その窓際の一席に座っている。
「ラストシーンはすごく良かったわよね、画面が涙で滲んじゃってよく見えなくなっちゃった」
「……あー、そうだな」
 日曜の今日、互いにクラブ活動もなく、二人は朝から一緒に出かけることになった。
ミサキが今話題になっている映画を観に行きたいと言い出して、デートの行き先はそこに決定。
それで、見終わった後こうしてお茶を飲みつつゆっくり休息中、というわけだ。
「キャストも特に不満はなかったし、いい映画だと思うわ」
「ああ……」
 二人が見に行った映画、そのタイトルは『今、世界の中心で会いに行きます』という。
若い世代の、特に女性を中心に絶大な人気を誇っている小説を映画化したものだ。
 あるところに、深く愛しあっている高校生の男女がいた。
いつものように仲良くデートに出かけた二人だったが、その最中彼女が突然倒れてしまう。
彼女を病院に運び込んだ主人公は、彼女を診察した医師から驚くべき言葉を聞く。
彼女は脳腫瘍を患っており、今の現代医学ではそれを治す術がない、というのだ。
意識を失い、目を瞑ったままの彼女を前にして、主人公は決意する。医学を勉強し、必ず彼女を救おう、と。
それから十年後、日本でも指折りの医者になった主人公が、眠ったままの彼女の前に現れる。
今、世紀の大手術が始まる。果たして、二人の愛は不治の病を乗り越えられるのか―――
 とまあ、良い言い方をすればシンプルな純愛映画、悪い言い方をすれば陳腐なバカップル映画といった内容だ。
カップル役がイケメン人気俳優と売り出し中のグラビアアイドルで、話題性が高いのは確かではある。
「あ、そう言えばトリプルブッキングの三人も少しだけだけど出てたよね。マサちゃんはわかった?」
「え? あ、う、うん」
 さっきからひたすら生返事のマサヒコだが、これはまあ仕方が無いと言える。
マサヒコは上映中、ミサキ程に食い入って画面を見ていない。逆に、何時終わるのかとそればかりを考えていた。
何故かと言うと、ぶっちゃけ、マサヒコはこの映画に興味が無かったからだ。
ミサキが観に行きたいと強く言ったから、マサヒコはそれに頷いただけに過ぎない。
無論、ミサキが喜んだのなら、それでデートの意味は充分にある。
だが、マサヒコが映画を楽しめたかどうかとなると、これはまったく別の話だ。

「ねぇ、マサちゃん」
 ミサキの声のトーンが、先程までのとは変わったのにマサヒコは気づいた。
今まではずっと映画の内容について熱っぽく語っていたのだが、急に甘えるような口調になったのだ。
「もしも、私がこの映画のヒロインと同じような病気になったら、その、あの……マサちゃんは助けてくれる?」
「え?」
 マサヒコは一瞬、返答に詰まった。
本当なら、ここは笑顔で「もちろんさ」と即答するのが、恋人としてのあるべき姿かもしれない。
だが、そこまでマサヒコはずうずうしくもなければ天然でもないわけで。
「……もちろん」
 ミサキの問いに遅れることたっぷり十秒、マサヒコは答えを返した。
十秒という時間、そして肯定、どちらもマサヒコらしいと言えばマサヒコらしい。
「……嬉しい、マサちゃん」
 マサヒコの答えに、ミサキはうっとりとした表情になった。
「な、何だよ」
 釣られて照れたのか、マサヒコは顔を逸らすと、乱暴な手つきでコーヒーカップを手に取った。

「うふふ……」
「……」
 微笑むミサキに、黙り込んだままコーヒーを飲むマサヒコ。共に頬はリンゴのように真っ赤になっている。
そのアツアツっぷりは、映画の中のバカップルの遥か上をいくかのようだった。
 小久保マサヒコと天野ミサキ、二人の恋に、当分長袖は必要無いだろう―――
 
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