作品名 | 作者名 | カップリング |
「愛欲の秋」 | ピンキリ氏 | - |
中村リョーコは酔っていた。 何だ、それだけならいつものことじゃないか、と思われるだろう。 だが、違う。 一緒に飲んでいる仲間がいるのだ。 何だ何だ、やっぱりいつものことじゃないか、とまた思うかもしれない。 だがだが、違う。 相手は、哀れな奴隷の豊田セイジではない。 濱中アイ、小久保マサヒコ、天野ミサキ、的山リンコ、若田部アヤナの、後輩&教え子軍団。 それが、今宵のリョーコの酒の相手なのだ。 事の経緯は至って簡単、季節は秋、すなわち食欲の秋ということで、 「晩餐会を開くぞ」とリョーコがいつものごとくマサヒコたちを呼びつけたことから、全ては始まる。 お月見にしてはいささか時期を失っているが、 窓を開放して涼しい風を受けながら、スキヤキなんぞを突付く食事会とあいなった。 当然リョーコは酒を飲む。二十歳を過ぎているアイも酒を飲む。 リョーコがイタズラ心を起こしてリンコに酒を勧める。 マサヒコが止める間もなく、リンコが酒を飲む。 酔ったリンコがミサキにおっぱいネタで絡む。 ぢぐじょおお、とミサキが酒を飲む。 次にアヤナにリョーコが陵辱ネタで絡む。 いやあああ、とアヤナが酒を飲む。 はい、これでマサヒコ以外全員酔っ払い。 ◆ ◆ 「うははは、マサも飲め飲め」 「嫌です」 マサヒコはよくわかっている。 自分まで我を見失ってしまったらこの後をどう収拾つけるのか、ということを。 この苦労症とも取れる考えは、この数年間でたっぷりと得た経験に基づいている。 「つまらん奴だこと。周りが酔ってる時は自分も酔う! 基本中の基本よ!」 「俺は例外で結構です」 リョーコが伸ばしてきた手を、マサヒコは素早く後方に跳び退ってかわす。 この呼吸も、経験あればこそである。 「あははははは、マサヒコくぅ~ん」 アイが抱きついてくるのもかわす。 これも経験あればこそ。 「小久保君小久保君、うふふ、上の口で飲めなければ、お尻から飲んでみたら~」 酒瓶を持ったリンコの突撃もかわす。 これも経験あればこそ。 「ねぇ、小久保くぅん。自分で飲めないなら、私が飲ませてあげる」 ワイングラスを持ったアヤナの擦り寄りもかわす。 これも経験あればこそ。 「何? マサちゃん、私のお酒が飲めないって言うの?」 頬を真っ赤にしたミサキの突進もかわす。 これも(略)。 「……皆、いい加減にしてくれ。俺は絶対飲まないぞ」 マサヒコが頑として飲まないのは、後始末をどうするのかという理由もあるが、 それ以上に、飲んでしまうと自分がどうなってしまうのかが不安なのだ。 まだへべれけに酔ったことがない。酔ってしまったら自分がどう変わってしまうのかがわからない。 何しろ、周囲にアイやミサキなど、酔っ払いの具体例がいるだけに、恐ろしいったらありゃしないわけで。 「くっそー、本当につまらん奴だ」 「つまらん奴で別にいいです」 「ふん、可愛げの無いこと」 「ふにゃ~、中村先生、カワイ毛ってどこの毛ですかぁ」 「そりゃあリンちゃん、きっとちぢれてて、固くて」 「卑猥、卑猥よ天野さん! うぇっぷ」 「カンベンしてくれ……」 マサヒコは頭を抱えた。 恐ろしい、本当に恐ろしい。 「よぉし、じゃあ私が歌を唄ってやるからありがたく拝聴しろ!」 「なるべく近所迷惑にならないようにお願いします」 釘を刺したマサヒコだったが、その心配は無用だろう。 何せ、このマンションは防音対策に気をつかってある。 それが目的でリョーコはここに引っ越してきたのだ。 実際、越してきてこのかた、セイジとの情事の際の声や音で、隣近所から苦情が出たことは一度もない。 「あれマサヒコが啼いている~チンチコチンチコチンココリン♪」 「やめろ」 マサヒコはすかさず突っ込んだ。 だが、リョーコがやめるはずがない。 「秋の夜長をイキ通す~♪」 「やめろと言ってるだろうが! この酔っ払いメガネ!」 「ああいやらしい雌の声~♪」 最後はリョーコだけでなく、リンコやアイも加わって大合唱。 さすがにミサキとアヤナは唄わなかったが、これは恥ずかしかったからとかではなく、 酔いが全身に回りつつあって、それどころではなかったからであろう。 「あっははは、マサってスケベスケベ」 「マサヒコ君もやっぱり男の子だったんだね」 「小久保君えっちぃ」 「……何でそっちで勝手に作った替え歌で責められなきゃならないんだよ」 口々に好き勝手なことを言うリョーコたちを、ジト目で睨むマサヒコ。 その視線の槍もアルコールの壁を突き崩すところまでいかないが、 マサヒコとしても、無理に手厳しい一撃をくれてやるつもりもない。 ムキになって逆らったところで、所詮おもしろがられるだけのこと。 ならば適度に突っ込みを行いつつ、受け流して拡散させてしえばいい。 それが被害を一番少なく出来るのだということを、マサヒコは知っている。 そう、これも経験あればこそ、だ。 ◆ ◆ 「ねぇ、マサちゃあん」 「ん、何だミサキ?」 酒の残量も少なくなって、宴会の終わりが見え始めた頃、ミサキはマサヒコに近寄ってその手を取った。 マサヒコは特にそれを振り払ったりはしなかった。 その動きが緩慢だったのと、ミサキの目が眠気に押されてトロンとしていたからだ。 さっきみたいに勢いが感じられないなら、別に回避する必要はないだろう。 そうマサヒコは思った。 だが、それが油断だった。 「ふふ、マサちゃん……ちゅっ。む……ふ、ぶ……」 「な、ミサ……っ、う、んん」 猫にも似た素早さで、ミサキはマサヒコの唇に吸い付いた。 そして、物凄い力でマサヒコの首に抱きつき、ぐいぐいと顔を押し付けていく。 「……ぷはあ」 「へ、へはぁ」 ミサキがマサヒコを解放したのは、たっぷりと三分間程唇と口内を味わい尽くしてからだった。 「うふふぅ、マサちゃん、マサちゃん♪」 多量に摂取したアルコール、そして眠気でぼやけた意識。 それが、ミサキに羞恥の境界線を突破させた。 見境が無くなった、と言ってもいいかもしれない。 「えへへ、マサちゃん……。むぅ、ふ」 「あむむっ、むむむ」 再度のキス敢行。一度目よりも強く、激しく。 そして―――そこで、ミサキのガソリンは切れた。 「ふひゅぅうう……」 ミサキ、何とも幸せそうな顔で沈没。 マサヒコの胸の中で、くぅくぅと小さく寝息を立て始める。 「あ、ややや、ミミ、ミサキ……って、わあわ、わかた……うぅむ……」 ミサキの口撃が終わったその次の瞬間、マサヒコはまた別のキス・アタックを受けることになった。 アヤナがミサキを押しのけるようにして、マサヒコに唇を重ねてきたのだ。 「むむ……っ、小久保君、いや、いやいやいや。天野さんにキスしたのなら、私にもして」 「ふはぁ、わわわ、若田部落ち着け、大体、俺からしたんじゃなくてミサキからしてきたんだって!」 「うぅん……ねえ小久保君、小久保君は天野さんとつきあってるんでしょ?」 「へあ?」 中学卒業直後、マサヒコはミサキの告白を受け入れ、恋人としてつきあうようになっていた。 マサヒコとミサキが皆に報告したので、当然アヤナもそれを知っている。 「なら、私ともつきあって。そして、天野さんにしたように私も抱いて。そしてそして、アメリカに一緒に来て」 「なななななーあ、何言ってるんだお前!」 「だって、だってだって、私、私……うみゅみゅむむ」 ミサキに次いでアヤナも、ここでガス欠。 だが、マサヒコの受難はまだ終わらない。 「わーい! 小久保君、私もキスキスキスー!」 「なにぬね的山、はむむむむ」 「ちゅ、ちゅ、りゅ……ぅ、はぷぅ、うふふふぅ、小久保君の唇、あまーい」 「あままま、甘くないないない。甘いはずがない。キスがカルピスの味なんてそんなことないないない」 マサヒコ混乱中。 突っ込みの焦点が物凄く外れてしまっている。 「うふふ、ねぇねぇ小久保君、ミサキちゃんとはどこまでいったの?」 「あいうえお!?」 「うふふっ、私も小久保君が好き。だから、私にもミサキちゃんと同じことをして、ほわわいしい、ふわぁああんにぃ、ふああ」 はい、リンコも電池切れ。 そして、最後に真打ち登場なり。 「……マサヒコ君」 「ひゃわわ、は、は、濱中先生!?」 「お話がありましゅ」 「は、はい」 「一度に多くの異性とつきあうのは、ふしだらでしゅ」 「せ、せ、先生、目が据わってます。それに語尾が変です」 「だけど、こういう諺もありましゅ。ひっく。毒を喰らわば皿まで。女一人喰らわば二人三人も皆同じ」 「そ、そ、そんな諺ありませんんんん、むむっ、むむんんっ」 「ん、ん、ん……っ、だからマサヒコ君、私の始めてのキスもあげりゅ。で、私の始めても貰っちぇ。私、マシャヒコきゅんのきょと……」 「うわわわあ、せ、せ、先生も寝てくださいーっ!」 圧し掛かるアイから逃げながら、マサヒコは思った。 ああ、俺も酒を飲んでたら、もしかしてこんな目にあわなかったかもしれない、と。 一緒にはしゃいでたら、そこで終わってたのかもしれない、と。 油断大敵という言葉を心に刻み、これを経験にして、次に皆が酔っ払った時は、 ずっと回避運動を取り続けよう―――と。 ◆ ◆ 中村リョーコは酔っていた。 だが、それでもさすがに理性を完全に失うところまでいっていなかった。 自分の酒量の限界を知る、まさに経験あればこそ。 で、彼女の目の前では、五人の男女がぐてっと大の字になり、寝息を立てていたりなんかする。 それは、酒量の限界を知らない、愚かしくも愛しい者たちのなれの果てだ。 「……いやあ、なかなかの見ものだったわね」 酔っ払ったミサキ、アヤナ、リンコ、アイが次々にマサヒコに迫り、 口付けを強引にかわして、眠りの園に落ちた。 そして最後、動転したマサヒコが自棄になったかワインをかっくらい、一本あけてバタンキュー。 時間にして十分を越えるか越えないかだったが、これほどのドタバタ劇はそうはお目にかかれるものでもないだろう。 「ふふ、それにしても、ミサキはともかくアイたちは目覚めた後にどうするかしらね?」 酔ってからの記憶が無ければ、それは事件が無かったことと同じで、特に騒乱は起こらない。 だが、もし記憶があれば、どうなるか。 おそらく、アヤナとリンコ、アイは始めてのキスなはずだ。 そして、告白同然、いや、告白そのものをしたのだ。 後悔し、恥ずかしがり、照れ、それからどうなるか。 酒の勢いとごまかすのか。それとも、開き直ってミサキからマサヒコを奪いに走るのか。 「それも、マサ次第ってか?」 リョーコはよっこらしょ、とオヤジ臭い掛け声とともに腰を浮かし、マサヒコに近寄った。 屈み込み、その寝顔にぐぐっと自分の顔を近づける。 すらりと通った鼻筋、長い睫毛、女と見紛うばかりにすべすべの肌。 「皆が入れ込んでも、おかしくないだけの容姿よね」 彼女たち以外にも、密かに惹かれていた少女たちはおそらくいたに違いない。 だが、その心根に触れたことがあるとすれば、もっともっと好きになっていただろう。 ミサキたちは、顔だけでなく、それに捕らわれてしまったのだ。 「結局アンタも酔っ払っちゃったけど……どうかね? 皆のキスと告白は、脳に刻まれたかね?」 酒でふっ飛んだか、それとも克明に覚えているか。 どちらにしても今後、彼の行く道は険しいイバラの道になる可能性がある。 他の男からは、その道はイバラではなく、バラの花咲く夢のような道に見えるかもしれないが。 「ま、頑張んな」 リョーコはそのままの体勢で、顔をさらに近づけると、優しく、軽く、マサヒコに口付けをした。 「……年齢が離れ過ぎてなれければ、私も参戦しても良かったかな」 リョーコは立ち上がった。 足元に転がってきた、おそらく最後の一本であろう缶ビールを拾い上げると、それを開け、口をつけた。 そして、足音を立てないように、寝室へと歩き始めた。 大の字になって果てている五人に、かける毛布を取りに行くために。 F I N
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