作品名 作者名 カップリング
「社会人家庭教師中村リョーコの性知識伝授」 ピンキリ氏 -

 地球上に生きとし生けるモノ全てに、時間は平等に流れる。
それは普遍にして不変。何ごとにも侵されざる絶対法則。
一秒、一分、一時間、一日、一ヶ月、一年……。
時の神のタクトがその振り幅を変えることはない。
この先、どれだけ科学が発達しても、おそらくそのタクトの動きを鈍らせることすら出来ないだろう。
 さて、人は時間とともに成長し、老いる。
神のタクトとは一定だが、それに支配される人間の前進及び交代は一定ではない。人によって様々である。
身体はまだしも、精神や知識は特にそうだ。
数年経っても上積みがない人もいれば、僅か数秒で急激に向上する人もいる。
それには才能も関係しているが、何より意欲と実践がものを言う。
知りたい、学びたいという意思がある人間程、より大きく、より強く『伸びる』のだ。

 今、地球の日本というちっぽけな国の、さらに小さな都市、東が丘市のある邸宅に、数人の女性が集まっている。
十代が三人、二十代が二人の計五人。
彼女らのうち四人は、ある種の知識において、ほぼ同レベルだ。
唯一人が、普通その年齢で得られるもの以上の深い技術と経験を持っている。
その、ある種の知識、とは―――

 性知識。
しかも、相当に偏った。






「コホン。はいはい、いいかしら?」
 ベージュのレディスーツを着た、髪の長い女性は咳払いをひとつすると、おもむろに口を開いた。
彼女の後ろには、種類大きさ様々な紙袋が、折り重なって積まれている。
「では、ただいまより第一回、性教育実践講座を行います」
 この喋っている女、名前を中村リョーコといい、歳は今年で二十三になる。
名門東栄大学を卒業し、今では業界大手のいつつば銀行に勤める立派な社会人だ。
眼鏡の印象も手伝って、一見知性的理知的に見える。
だが、それは仮面に過ぎない。
顔に常に浮かんでいるいたずらっ子のような微笑が、その本性の何たるかを物語っている。
まあ、今彼女の前にいる娘たちは本性なんぞとっくに承知してはいるのだが。
「わー、中村先生かっこいいですぅ」
「……」
「何で私がこんなことを……」
「先輩、出来るだけ前置きは短くお願いします」
 で、中村リョーコの前で絨毯に直座りしているのは、
大学時代の家庭教師のアルバイトの教え子である的山リンコ、
その友人である天野ミサキと若田部アヤナ、
そして、大学の後輩であった濱中アイ。
いずれもリョーコと縁の深い者たちだ。
「さて、第一回目ということで今日は入門編よ」
 リョーコは競馬のジョッキーが使う鞭を取り出すと、自分の掌を叩いてペチペチと音をたてて見せた。
スパルタを気取っているのであろうが、
教鞭ではなくてジョッキー用の鞭であるというところに、妙な威圧感と言うか説得力が発生している。
「人は皆、隠された性癖、嗜好というものを持っているわ」
 眼鏡の傾きを中指一本でクイッと直すと、リョーコは厳かな口調で話を進めた。
内容はちっとも厳かなんかではないが、残念なことに、今ここにそれに鋭く突っ込める人間は存在しない。
「殴られるのが大好きだとか、逆に殴るのが快感だとか、お尻がいいとか脇がいいとか―――」
 いやはや、いくら昨今若年層の性が乱れているからと言っても、
とてもではないがうら若い女性が集まってする話とは思えない。
中村リョーコが話の主導権を握っているので、しょうがないと言えばしょうがないのだが。
「ま、そういったディープな方面はまた後日。今日は所謂、男を惹きつけるコスチュームについて話をしようと思うの」
「……もしかして、その紙袋に入っているのは」
「ピンポーン♪ たくさんの『お服』よ」
「えーと、十袋くらいありますけど……全部ですか?」
「そ。持ってくるの苦労したんだから」
「……苦労したのは、さっき泣きながら帰っていった豊田先生だと思いますけど」





 中村リョーコの第一回性教育実践講座、それが何故開かれることになったのか。
別段複雑な事情があったわけではない。すなわち毎度のアレ。つまり、リョーコの気まぐれというやつだ。
そもそも皆が集まることになったのは、若田部アヤナが一時帰国してきたことによる。
数日はこちらにいるということで、お茶したり買い物したりと、実に女の子らしく親睦を深めていたのだが、
リョーコがいる以上、どうしても話はシモの方に流れていったりなんかしちゃうわけで。
「どうアヤナ? アメリカは大きいでしょ?」
「はい、家も庭も道路も全部大きくて広いですね。まだそんなに出歩いていないんで細かいところはわからないですけど……」
「アレも大きかったでしょ? アメリカは」
「アレって何ですか?」
「あら嫌だ、性進国アメリカに行ったのに、まだアンタは未体験なわけ?」
「……」
「んー、じゃあ気になる男の子とか見つけた? 金髪で背が高くてアレが大きそうな」
 とまあ、列車のトンネルにヘリコプターで突っ込むがごとき強引な話題の振り回しで、
そちら方面の話に無理矢理持って言ったリョーコ。
結局アヤナにそんな浮いた話が無いということを知り、対象が一人きりではからかいがいがないと思ったのか、
リョーコは次にミサキやアイ、リンコにも矛先を広げることした。
「つまんないわねアンタたちは。アンタらくらいの歳に、私はすでに五十人くらい喰ってたわよ?」
「そんな特殊例と比較されても困るんですけど」
「いいこと、アンタらには積極性と言うか冒険心が足りないのよ。もっとバコバコいかないと男は振り向いてくれないわよ?」
「ガツガツの間違いじゃないんですか?」
「うるさいわね、大体ミサキ、アンタもマサとちっとも進展してないじゃないの。そんなんじゃ誰かにかっさらわれるわよ?」
「え? や、そ、それはその……」
「アヤナ、リン、アイ、どう? 今ならマサを略奪出来るかもよ?」
「な、な、何を言い出すんですか!」
「ほれ、それが嫌ならもっとズコバコいきなさいよ、ほれほれ!」
 会話を誘導し、説得力の欠片もない言葉をいかにもそれらしく聞かせてしまうのはリョーコの真骨頂。
そうこうしているうちに天然のリンコやアイが食いつき、さらに流れが加速していくという寸法。で、もう後は怒涛の展開だ。
「よし、私がアンタたちのために男を捕まえる講義をしてやる!」とリョーコが言い出すまでは数分とかからなかった。
リョーコがここまで言った以上、それを止めることが出来る人間は地球上にいない。
渋々ながらも(リンコだけ嬉しそうに)その講義を受けることを承知して、天野邸はミサキの部屋に集まったという次第だ。
天野邸に決まったのは、両親が出かけており、何かと都合がいいというのが理由だった。





「さ、本題に入る前にまず聞こう。アンタたち、私の格好を見て何も思わない?」
「え?」
「……先輩の格好、ですか?」
 ミサキたちはまじまじとリョーコを上から下まで眺めた。
ベージュ色をした、どこにでもありそうなレディスーツだ。
「結構スカートが短いですねー」
「おっ、いいところに気がついたわね、リン」
「えへへー、褒められちゃった」
 リンコが指摘した通り、そのスカートは短かった。
だが、その奥がモロに見えるという程ではない。
「言っておくけどね、これもコスチュームなのよ?」
「先輩、もしかして出演料教師ですか?」
「はい、大正解」
 出演料教師、それすなわちアダルトビデオに出てくる女教師。
成る程、それらは極端に短いスカートをはいていることが多い。
「ストッキングにタイトなミニスカート、そしてちらちらと見える胸の谷間。これが女教師!」
「明らかに偏見だと思います」
「うっさいわよ、こーいうのが男は好きなのよ」
 男全員がそうではないだろうが、これが嫌いだという者は確かに多くはないだろう。
その点では、リョーコは間違ったことを言っていない。十割正しいことを言ってもいないが。
「放課後、二人きりの個人授業、足を大きく組みかえる女教師、生徒はそれが気になって勉強に集中出来ず……」
「あの、そんなシチュエーションは今の私達には絶対ありえないんですけど」
「あら、アンタたちはともかくアイは教師志望なんでしょ? アイに限ってはありえないとは言えないと思うけど?」
「先輩、いくら何でもそれじゃ痴女で……うっ」
 アイは反論しようと思ったが、最後まで言葉が出なかった。
マサヒコとの始めての授業の時、まさにそんな感じの格好だったことを今更ながらに思い出したのだ。
「……そう言えば、あの時のアドバイスは結局デタラメだったわけですよね、先輩」
「あん? ああ、最初の時のこと? 全部デタラメってわけじゃないわよ、マサが特別な部分もあるわけだし」
 マサヒコは思春期真っ盛りの少年として、かなり特殊な存在であるのは間違いない。
別の少年であれば、抑えきれずに襲い掛かっていた可能性もあったわけで、
その意味では、アイは相手がマサヒコでラッキーだったと言えるかもしれない。


「んー、じゃあこれはどう? えーっと、この紙袋だったっけ」
 リョーコは別の紙袋を探ると、その中身を取り出した。
「ってこれ、東が丘中学の制服じゃないですか!」
「ふわー、こっちは聖光女学院のだあ、冬服も夏服もあるよー」
「た、体操服? しかもブルマ?」
「スクール水着、ゼッケン付き……」
 リョーコがミサキたちの前に並べたのは、『女子学生セット』とでも言うべきものだった。
ご丁寧に、ルーズソックスや白い運動靴まである。
「まだあるわよ、小笠原高校の制服、紅白百合女学院の制服、赤ブルマに青ブルマ、スク水別バージョン……」
「わあ、凄いですねえ」
「女子学生モノは基本中の基本よ。これならアイ以外は年齢的にもピッタリじゃない?」
「……どこで手に入れるんですか? こういうの?」
「ん、まあ適当にね」
 ミサキの質問をはぐらかすリョーコ。
ミサキもあえて深く追求はしなかった。
とんでもない答が返ってきそうで怖かったからだ。
「取りあえず、他のもパッパと出してしてしまいましょうか。ほいほいっと」
 リョーコはさらに紙袋の中身をぶちまけた。
出るわ出るわ、一般人では簡単に入手できそうにないその手のコスチュームが。
「はーい、これはネコ耳にネコ尻尾よー」
「……ナースルックですか、これ」
「わあ、バニーちゃんだあ」
「えーっと、これってウェイトレス? メイド? って、私がバイトしてた喫茶店のものじゃないですか!」
「お、お姉様、もしかしてこれは巫女さんの!?」
 他にもミニスカポリス、レースクィーン、テニスウェア、バイク用レザースーツ、浴衣、チャイナドレス……。
さらにアニメ関係のコアなものまで、よくぞここまで集めたものだと感心すら出来る程の量だった。
「さて、並べて説明してもつまらないわね。よし、アンタたち、好きなの選んで着てみなさい」
「は、はぁ?」
「私達、着せ替え人形じゃないんですけど」
「わーい、私、この『魔法処女マジカヨぬれば』がいいー!」
「このウェイトレス服、久しぶりかも……」
 嫌がるミサキにアヤナ、大喜びなリンコ、まんざらでもないアイ。
四者四様の反応だが、例え全員が断ったとしても、リョーコが引き下がるはずがない。
口八丁手八丁を尽くして、最終的には全員に無理矢理着せることになるわけで。
「はいはい、ミサキもアヤナも嫌がらない! 何事も経験! ほれ、ミサキはナース、アヤナは巫女でいけ!」
「ええー!?」
「ま、まあ巫女さんなら露出度が低いから……」
 逃げ出すことも出来ず、仕方なしに着替え始めるミサキとアヤナ。
その脇では、喜々としてリンコとアイが選んだコスチュームを身につけている。
「何かこのナース服も、えらくスカートの裾が短いんですけど」
「ううっ、む、胸がちょっと苦しい」
「わーいわーい、変身変装変態! 魔法処女マジカヨぬれば、レッツインサート!」
「……今から考えたら、よくこんな格好で人様の前に立てたわね」
 数分後、全員が着替え終わった。
天野ミサキという、優等生である以外は平凡な少女の部屋が、一気に妖しい空間へと早変わり。
女教師の中村リョーコ、看護婦さんの天野ミサキ、
巫女さんの若田部アヤナ、魔法少女の的山リンコ、ウェイトレス(メイド)の濱中アイ。
東京の某電気街の喫茶店でも、ここまで極端な光景は見られはしまい。


「さて、ここでもうひとつ言っておくことがあるわ」
「……何ですか?」
「コスチュームを身につけたなら、その『役』になりきることが重要なのよ」
「『役』、ですか」
「そう。例えばネコ耳ルックだったら、喋る時は絶対語尾に『にゃん』をつけなければならない」
「はあ……?」
「服を着ただけではコスチュームプレイとは言わないわ、外だけでなく中も徹底しないと」
「先輩、何時からコスプレの話になったんですか?」
 リョーコ曰く、男は外見だけでなく、中身も求めるとのこと。
「ご主人様」と言わないメイドはメイドじゃない、「アルヨ」と言わないチャイナ娘はチャイナ娘じゃない、ということらしい。
確かに、男は馬鹿だ。そういった『中身』まで演じられたら、間違いなくほとんどの男は喜ぶ。
「まあ、不器用なナースとかツンデレ巫女さんとか、定石外れなのもウケルけどね」
「理解に苦しみます」
「お姉様、これ、脱いでいいですか? む、胸が少し苦しくて」
「ダーメ、苦しかったらこうすればいい」
 リョーコはアヤナに近寄ると、胸元を強引に開けさせた。
圧力から開放された乳房が、ポロンと表にこぼれ出てくる。
「ひゃあ!? な、何するんですかお姉様!」
「ほら、これで苦しくなくなったし、しかも半ブラでエロくなった」
「嫌ああ」
 顔を真っ赤に染め、胸を両手で隠しながらアヤナはその場にへたり込んだ。
久々に帰国してこの仕打ち、あまりに可哀相だが、相手がリョーコなだけに仕方が無い。
「ほらミサキ、アンタも胸元のボタンを外してブラチラ! あくまでチラよチラ、コスプレの基本は全部脱がないことなんだから!」
「わ、わかりまし、ってそんなのわかりません!」
「リン! アンタは素のまま天然ドジッ娘でやってみなさい! ロリ、ドジ、魔法少女、これぞジェットストリームアタック!」
「よくわかりませんけど、わかりましたあ」
「アイはもっとお尻を突き出したり、前かがみになって胸を強調しなさい。天然エロメイド、これすなわち最強!」
「よくわかりませんけど、やっぱりよくわかりません」
「ほらアヤナ! いつまでへたりこんでるの? 巫女という清潔な職にあるまじきエロス、それが男の心に響くのよ!」
「ふえええん、わかりませーん!」
 滅茶苦茶である。
コスプレどころか、禄に性体験も無い彼女らにこの指導、明らかにスパルタの範囲を超えている。
「ほらほらほら、そんなザマじゃあの無関心男、マサの獣欲にヒットしないわよ?」
「マ、マサちゃんはこんなので欲情したりしないと思います、多分!」
「えへへー、小久保君も魔法少女、好きなのかなー?」
「マ、マサヒコ君がご主人様? いや、そんな、その」
「な、何で小久保君の名前が出てくるんですかぁ!」
 大賑わいの大混乱。
大洪水、大台風、大津波、大雪崩。
ミサキの部屋は未曾有のコスプレパニックに陥っていくのだった。

                 ◆                     ◆



 祭りが終わって日が暮れて。
部屋に残るは、下着姿の女が五人。
己の痴態を悔いるとも、過ぎた時間は戻らない。
「……つ、疲れた」
「こんなんでヒイコラ言ってるようじゃ、男が出来た時に困るわよ? 一晩中起きてることだってあるんだから」
 リョーコはベッドの上で胡坐をかき、ケタケタと笑った。
一方ミサキたちは、笑いかえす元気も反論する力もない(リンコ除く)。
肩で息をしつつ、絨毯の上でぐったりと座り込んでいる。
「あはは、疲れたけど楽しかったねえ」
「楽しくなんかないわよ!」
「一体何着くらい着替えたのかしら」
「ミサキちゃんたち、数えてた? 私は数えてない……」
 全員、ブラジャーとショーツの格好のみである。
普通なら、このように会話する前に、元から着ていた服を身につけるだろう。
だが、そこに考えが至らないほど、気力が失われ、尚且つ感覚も麻痺していた。
「んー、こうして見るとやっぱりアヤナちゃんはおっぱい大きいねー」
「きゃあ!? ま、的山さん、触らないでよ!」
「んふふ、生意気よねえこの巨乳。それに比べてリンやミサキは……」
「溜め息をつかないで下さい!」
「大丈夫ミサキちゃん、もしかしたらマサヒコ君は貧乳好きかもしれないよ?」
「アイ、アンタ慰めにならないことをグサリという癖が時々あるわね」
 今度は突如、パジャマパーティーめいた展開になってきた。
リョーコのペースに精神を乱された結果、やや羞恥のガードが下がってきているのもあるだろう。
それに、異性の目も無い。
かつてリョーコやアイが言ったことがあるように、女同士だと箍が脆く壊れてしまったりするのだ。
「よし、私が計ってやる。ほれアヤナ、ブラを取れ!」
「いやあ、やめて、やめて下さいお姉様!」
「中村先生、でも巻尺も何もありませんよう」
「ふっ、私を侮らないで。一揉みすればある程度の大きさはわかる。うり、モミモミ」
「やああ、ひ、一揉みじゃないじゃな、あ、あ……!」
「わわわ、卑猥です! やめてあげて下さい中村先生!」
「おだまりミサキ! それともアンタも計ってほしいの? ほおれ、ツネツネ」
「きゃっ! つ、つねらないで、あぅ!」

 ……時の神は公平である。だが、運命の神は公平ではない。物凄く残酷で意地が悪い。
何でこんなタイミングにと、最もあって欲しくないことを起こしたりなんかする。
さて、彼女らに起こった、「最も起こって欲しくないこと」とは―――



「ミサキー、皆もいるのかー? 親戚から美味い梨を貰ったから、一緒に、た、べよ……お?」
「はへ……?」
「おう?」
「あれぇ?」
「おや?」
「え?」
 ガチャリ、と不意に部屋のドアが開いた。
そこに立っていたのは、誰あろう、小久保マサヒコその人。
「マ、マサちゃん!?」
「よー、マサ」
「小久保君だぁ」
「マサヒコ君っ!?」
「や、わ、こ、く、ぼぼ、君!?」
 固まった。
リョーコとリンコを除く全員が、固まった。

 小久保マサヒコが何故最初からいなかったか。
答は簡単、親戚に結婚式があり、それに家族揃って行っていたのだ。
もしマサヒコが端からこの講義に参加していれば、リョーコの暴走は若干緩くなっただろうし、
ミサキたちも下着一丁だけになるまで振り回されることもなかっただろう。
これも全て、運命の神のありがたく、そして意地悪なお導き。

「……」
 マサヒコは梨の入った籠をそっと下に置くと、無言のまま踵を返し、部屋から出て行った。
無理もあるまい、目の前にあるのは、体を絡ませている半裸の女たちに、散乱した怪しい衣服。
ドギモを抜かれて呆然と立ち尽くさなかったのは、鍛えられたスルー力の賜物と言うべきだろう。
「マ、マ、マサちゃん!?」
「ままま、待ってマサヒコ君! これば別にアブナイ遊びじゃなくて!」
「誤解、誤解誤解誤解なのよぉ!」
 扉の向こうに消えたマサヒコ、その後を追って、ミサキ、アイ、アヤナはダダダと駆け出した。
下着のままで。
「待って、話を聞いてマサちゃあん!」
「別におかしいことじゃないんだからね? 全部先輩のせいなんだからね?」
「違うのよ、違うのよー!」
 ドカドカドカ、と階段を駆け下りる複数の足音。
問題はその先だ、そのままマサヒコを追い掛けていけば、当然家の外に出ることになる。
逃げる男の後を追う、下着の女たち。
傍目からだと、間違いなく痴女そのものに見えるはずだ。



「行っちゃいましたねー」
「行っちゃったわね」
 部屋に残ったリョーコとリンコは、ポソリと呟いた。
「まあ、イキナリだったからねえ。だけどリン、アンタはよくパニクらなかったわね」
「だって、この状態だと隠しようが無いじゃないですか」
「……アンタ、天然を通り越して真の大物かもね」
 三十秒程経って、大きな悲鳴が二人の耳に聞こえてきた。
窓の方からだから、おそらく小久保邸の玄関か、それともその中か。
とにかく、ここまで届いたのだから、相当に大きな声なのは間違いない。
「……何か叫んでますねぇ」
「まあね、あの格好だし」
 叫んだのは多分、ミサキ、アイ、アヤナ、そして小久保父か。
「向こうは向こうでカタをつけてもらいましょ。私らにはどうしようも出来ないし」
「ですねぇ」
「リン、コスチューム集めてくれない? 片付けましょ」
「はーい」
 リョーコとリンコは、散らばるナース服やら制服やらをかき集め、紙袋の中に放り込み始めた。
「ねぇ、中村先生」
「ん、なあにリン?」
「第二回の講義はいつやるんですかあ?」
 リョーコは手を止め、首を傾けて数秒考えた。
「そうね……二年後くらい?」




 地球上に生きとし生けるモノ全てに、時間は平等に流れる。
それは普遍にして不変。何ごとにも侵されざる絶対法則。
一秒、一分、一時間、一日、一ヶ月、一年……。
時の神のタクトがその振り幅を変えることはない。
この先、どれだけ科学が発達しても、おそらくそのタクトの先を遮ることすら出来ないだろう。
 さてさて、人は時間とともに成長し、老いる。
神のタクトとは一定だが、それに支配される人間の前進及び交代は一定ではない。人によって様々である。
身体はまだしも、精神や知識は特にそうだ。
数年経っても上積みがない人もいれば、僅か数秒で急激に向上する人もいる。
それには才能も関係しているが、何より意欲と実践がものを言う。
知りたい、学びたいという意思がある人間程、より大きく、より強く『伸びる』のだ。
 次の指導があるという二年後までに、ミサキ、アイ、リンコ、アヤナが、女としてどれくらい伸びるのか?
リョーコの指導を受けても、たじろがないだけの精神力を身につけることが出来るのか?
男に裸を見られても、取り乱さないだけの不動心を手に入れることが出来るのか?
コスチュームを着て男にアピールを試みるだけの遊び心をマスター出来るのか?
それは誰にもわからない。

 ……もしかすると、彼女らはそれらを全て自分のものとするかもしれない。
そのためには、今回のように、運命の神がどうイタズラをするかがポイントになる。
何かのきっかけで、男と付き合い始め、『女』になることが出来れば、あるいは。
そして、その男が小久保マサヒコなのかどうか。
それもまた、運命の神の匙加減ひとつ。

「きゃああああ!」
「いやああああ!」
「見ないで、見ないでー!」
 まだ、窓の外から悲鳴は届き続けている。
「先生、助けに行きます?」
「ほっときましょ、これも運命よ」
「はー、そうですか」
「いずれ深い仲になってしまえば、一時の恥ってもんよ。時間が解決してくれるわ」

 時の神のタクトは一定に、運命の神の匙は気まぐれに。
彼女らの上で振られ続ける。
今この瞬間も、これからも。


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