作品名 | 作者名 | カップリング |
『真夏の夜の花』 | ピンキリ氏 | - |
八月は暑い。 夏だから当たり前と言えば当たり前なのだが、 ここ近年の暑さはやや度が過ぎるように思える。 無論、天気次第では涼しいと思える日も無いことはない。 曇りで、尚且つ風がある日の、特に朝夕はクーラーを使わなくても大丈夫な時もある。 だが、それは極々まれなこと。 やっぱり、何だかんだ言っても、夏は暑いのだ。 それで、だ。 心頭滅却云々は徳の高いお坊さんだからこそたどり着ける境地。 いくら心で思おうと、一般凡人に可能なわけがない。 暑いなら暑いなりに、それを楽しむことが大切になってくる。 海に行くもよし、プールに行くもよし。 冷房の効いた部屋でテレビ番組を観るもよし。 夜に花火に興ずるもよし。 「さあ、ジャンジャンバリバリいきましょう」 「花火ってジャンジャンバリバリ楽しむものなんですか」 「こう、両手で十本くらい持って一気に火を着けて、バーッと……」 「危ないので絶対にやめてください」 時は夜の八時過ぎ頃、場所は的山リンコがよくハナコを散歩に連れて行く駅前の公園。 集まった、と言うかリョーコが集めた面子は、渡米中の若田部アヤナを除いた、いつものごとくのいつものメンバー。 「今日は豊田先生は来てないんですか?」 「夏風邪。何なら今から無理矢理叩き起こそうか?」 「……先輩、さすがにそれは無茶苦茶だと思います」 リョーコならやりかねない、と思ったアイは遠まわしに釘を刺した。 「水を汲んできましたー」 リンコが公衆トイレの水道を使い、バケツに水を汲んできた。 たっぷり入れてきて相当重いらしく、足元がヨタヨタと危なっかしい。 そもそも、成年であるリョーコとアイが火に関しては全責任を持つべきではあるのだが。 「よっしゃ、早速始めるとしましょう」 四月以降はそれぞれの環境が変わるため、疎遠になってしまうだろうという予見もなんのその。 以前と同じで、暇さえありゃ中村リョーコが携帯一本で強制召集をかけまくり。 休みの度に人を呼びつけて、やれ花見だ宴会だドライブだのと、 相変わらずのゴーイング・マイペースぶりを発揮し続けている。 「んー、でも花火の数が足りないかしら?」 「……お徳用セットが五袋もあれば、充分過ぎるほどに充分だと思います」 「あら、でもこんなの三十分で終わっちゃうわよ?」 「……中村先生はきっと花火の楽しみ方を間違って覚えてるんですね」 マサヒコの突っ込みも衰えることを知らない。いや、ますます磨きがかかってきた感さえある。 「わーい、ミサキちゃんネズミ花火しよネズミ花火! これの後を追っかけるの、大好きなんだー」 リンコの天然ぶりも磨きがかかっている。磨きがかかるという表現が正しいかどうかはわからないが。 「パラシュート花火はやめときましょうか。どこに飛んでいくかわからないし」 河川敷など、広い場所でやるならともかく、街中の公園ではパラシュート花火は確かに危険と言えた。 公園の木に引っかかったり、どこかの家の屋根に落ちていったりする可能性があるからだ。 「そもそも、この公園は花火はいいんですか?」 ミサキがやや心配そうな顔でリョーコに尋ねる。 「大丈夫よ、ちゃんと市の管理局に連絡して確かめたもん」 「そ、そうですか」 悲しい習性と言おうか。過去にさんざんリョーコの蛮行に苦しめられてきた身としては、 そう素直に信じることが出来なかったりするのだ。 まぁ、少し離れたところで家族連れが同じく花火に興じているので、問題ないのは確かなのだろうが。 「小久保くーん、マグナムしよ、マグナムー」 「マサー、マグナム出して、股間のマグナムー」 「マサヒコ君、まるまるリングやらない?」 「マサー、フェラリングでやらない?」 「マサちゃん、ナイヤガラやろうよ」 「マサー、イヤイヤナガラでもオッケーよ」 「……メガネはちょっと黙ってろ」 ちなみに、マグナムもまるまるリングもナイヤガラも手持ち花火の種類である。 「何よー、つれないわねー」 「すでに缶ビールが五本目に到達している奴の戯言なんか聞きたくないです」 「まぁまぁ、マサヒコ君落ち着いて、ね? ほら、私と花火しよ?」 「私も小久保君と花火をズコバコやりたーい」 「……リンちゃん、その擬音はおかしいよ」 リョーコのエロボケに、マサヒコの容赦ない突っ込み、 リンコとアイの天然に、ミサキの訂正。 変わらぬ面子の、変わらぬ言動。 アヤナが欠けているとはいえ、それはどこか“温かさ”を感じさせるいつもの光景だった。 ◆ ◆ 「ふぅ、やれやれ」 「うふふ、ご苦労様、マサちゃん」 花火が終わり、マサヒコとミサキは連れ立って家への帰路へとついていた。 家が近所同士なので、一緒に帰るのは当然ではあるのだが、もちろん、理由はそれだけではない。 「しかし、あのメガネのせいでとんでもねー花火になっちまったな」 「……そ、そうだね」 今年で23歳になる立派な社会人にも拘らず、リョーコの暴走は以前と全く変わらない。 缶ビールが六本目七本目と増え、さらにアイも無理矢理呑まされた時点で、もう停まらない列車状態。 リョーコのエロボケ、酔っ払ったアイの天然ボケ、そこにリンコが加わってもう完全に収拾不可能に陥ってしまった。 「マサ~! まだ花火が残ってるだろ! ほら、ズボン脱げ!」 「あははは、花火ら大回転~、なんて。あははは」 「……男の人が出す時って、この花火みたいに飛び散るのかなあ」 楽しいんだか楽しくないんだか、さっぱりわからない一時となってしまった。 リョーコにアイ、リンコは楽しんだことは楽しんだだろうが……。 「ねぇ、マサちゃん……?」 「ん? どうした、ミサキ?」 互いの家が至近に迫ったところで、ミサキはマサヒコに話しかけた。 尋ね返してきたマサヒコに答えず、手に持ったゴミを詰めたビニール袋の中から、二本の線香花火をそっと取り出す。 「これ……二本だけ、隠しておいたんだ」 「え?」 「……マサちゃんと二人だけで、花火をやりたくて……」 「ミ、ミサキ」 マサヒコとミサキ、色々あった二人ではあったが、今は無事に周囲公認のカップルとして成立している。 まだまだ恋人同士としては未熟ではあるものの、一歩一歩、その仲を深めている最中だ。 「ふふ……はい」 「あ、ああ」 小久保邸の前まで来ると、ミサキは周囲を見回した。 車や自転車などが来ないことを確認すると、マサヒコに線香花火を渡す。 マサヒコはやや照れ臭かったが、もちろん断りなぞはしない。 「じゃ、火を着けよ?」 「……うん」 二人はその場にしゃがみ込むと、互いにマッチで線香花火に火を灯しあった。 パチパチ、シュンシュンと小さく音をたて、線香花火は輝きを放つ。 その光は、はかなげでありつつも、しっかりとした力強さを持っているように、二人には思えた。 「……」 「……」 マサヒコとミサキは肩を寄せ合い、息をひそめてじっとその舞い散る火の花を見つめた。 迂闊に体を動かしたら、先がポトリと落ちてしまうだろう。 二人は長く、出来るだけ長く、花火を灯していたかった。 「あ……」 先に火を着けたミサキの線香花火が、最後の光を放ち始めた。 チッ、チッという音とともに、ひとつふたつ、枝垂れるように光の小さな珠が地面へと落ちていく。 数秒遅れて、マサヒコの線香花火もその最後の段階に入る。 「……」 「……」 二人の顔を照らす花火の灯りは、弱く、小さくなっていく。 二人は無言で、花火と互いの顔を見やった。 「マサちゃん……」 「ミサキ……」 消えていく花火のきらめき。 それに連れ、マサヒコとミサキの顔の距離は、ゆっくりと、だが確実に近寄っていく。 「マサ、ちゃん」 「……ミサ、キ……」 線香花火は完全に消えた。 その瞬間、二人の唇が重な――― 「ちょーっと待ったあ!」 「ほへえ!」 「ふわあ!」 突如浴びせられる人工の光、そしてストップの声。 それに驚き、マサヒコとミサキは思い切り仰け反った。勢いがつき過ぎ、トスンとアスファルトに尻餅をついてしまう。 「な、何だ!?」 「だ、誰!?」 「誰、たあ随分だわねえ。ええ?」 懐中電灯を手に現れたのは、誰あろう中村リョーコだった。 その背後には、アイとリンコが続いている。 「な、な、な、何で先生たちが?」 「何で、じゃねー。マサ、ズボンの後ろポケット探ってみな」 「へ……あ! け、携帯がない!」 「そゆこと。ほれ」 リョーコがポイ、とマサヒコに携帯電話を放ってみせた。 慌ててキャッチするマサヒコ。 「公園で落としたのよ。解散した後、リンがトイレで公園に戻ったんだけど、そん時見つけたのってわけ」 「えへへー、小久保君はよく携帯を無くすねえ」 「う、ぐぐ」 「それと、火の元の問題もあるしね」 ビシ、とリョーコは人差し指をミサキとマサヒコに突きたてた。 リョーコの後ろで、ウンウンとアイも頷いている。 「火、火の元?」 「そーよ、花火の消火よ、消火」 「……消火ったって、公園でちゃんとやったじゃないですか」 言葉を返すマサヒコに対し、リョーコは先程突き立てた人差し指を天に向け、 西部劇のヒーローのようにチッチッ、と左右に数度振ってみせた。 「あんたら、手に持ってるのは何?」 「え? あ!」 マサヒコとミサキ、その手にあるのは、火の消えた線香花火。 「……ふふん、私が見逃すと思う? ちゃんとミサキが掠めたのは知ってたのよ」 「ひゃあら、さすが先輩ですね」 「中村先生、すごーい」 賛辞を受け、エヘンと胸を張るリョーコ。 「例え線香花火と言えど、消火は確実に! 唯一の成年として責任があるのよ!」 「あの~先輩、私も成年なんですが。ひっく」 アイの突っ込みを無視し、リョーコの追求は続く。 「そして! まだ消火は残ってる!」 「え?」 「は?」 ミサキとマサヒコは目が点になった。 もうすでに、残っている花火はない。それなのに、何を消火するというのか。 「あんたたち……今、何をしようとしてた? キスでしょ?」 「う」 「ぐ」 ズバリと言われて、二人は赤面して俯いた。 「で! 今日の小久保家、父は出張、母は町内会の避暑旅行でいない!」 「ど、どうしてそれを?」 「ふふん、私を見くびらないでほしいわね。事前にチェック済みよ」 リョーコはミサキとマサヒコに近づくと、ポンポンと二人の肩を平手で叩いた。 「……いい雰囲気になったところで、これからマサの股間のマッチでミサキに火を着けるつもりだったんでしょ?」 「そ、そんなことするかあー!」 「嘘こけ、電柱の陰から隠れて見てたがメチャいい雰囲気だっただろ! 絶対ヤる空気だっただろ!」 「しししし、しませんよ!」 「いや、絶対スる! 私の経験がそう言っている! アイ! リン! 二人を押さえなさい!」 「ひっく、は~い」 「はーい」 アイはマサヒコの、リンコはミサキの腕をガシッと掴む。 「じゃ、小久保邸に入りましょ。で、この夏で二人の間がどれだけ進んだか、私らに教えてもらいましょうか」 「ちょ、なんでそんな、わ、わ、先生、手を離してください!」 「や、やだリンちゃん、引き摺らないでよ!」 しかし、アイとリンコは手を離さなかった。 リョーコの命令だけではない、二人の顔には、マサヒコとミサキの仲に対する興味がありありと浮かび上がっていた。 「……マサヒコ君、先生に教えてね? ミサキちゃんの何をどうしてどうなったかを。ひっく」 「せ、先生! まだ酔ってるでしょ!」 「ミサキちゃん、どうだった? やっぱり最初は痛かった? Cまでイった? お尻もした?」 「リ、リンちゃん落ち着いて!」 ズルズル、ズルズルと引っ張っていくアイとリンコ、引っ張られていくマサヒコとミサキ。 そして、その四人を見てニヤニヤと“ワルい笑い顔”になるリョーコ。 「うふふふ、さあて最後の花火、告白タイムにいきましょうか。……これは、消火は必要ないかもね」 ……やっぱり、何だかんだ言っても、夏はアツいのだ。色々と。 それで、だ。 心頭滅却云々は徳の高いお坊さんだからこそたどり着ける境地。 いくら心で思おうと、一般凡人に可能なわけがない。 アツいならアツいなりに、それを楽しむことが大切になってくる。 海に行くもよし、プールに行くもよし。 冷房の効いた部屋でテレビ番組を観るもよし。 夜に花火に興ずるもよし。 恋の話に花火……もとい、花を咲かせるも、よし。 F I N
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