作品名 |
作者名 |
カップリング |
No Title |
ピンキリ氏 |
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四年に一度、世界中が沸き立つイベントがある。
ひとつはオリンピック。
そしてもうひとつは……。
「祝! ワールドカップ開催〜! ということで飲むわよ!」
「中村先生は別にワールドカップでなくても飲んでますけどね、いつも」
場所は中村リョーコのマンション。
部屋の主たるリョーコの他に、濱中アイ、小久保マサヒコ、天野ミサキ、的山リンコの総勢五名が集まっていた。
若田部アヤナがいないが、さすがワールドカップだからと言ってもアメリカから飛んで帰ってくるわけにはいかない。
ちなみに、当然ながら未成年の三人は烏龍茶とジュースである。
「何よ、そんな細かいことにこだわってたら男が廃るわよ?」
「俺の男の廃り具合なんて中村先生に判断されたくありませんけどね」
リョーコが就職しようとも、マサヒコが高校生になろうとも、ボケと突っ込みの役どころは変わらない。
いつもの風景、というヤツだ。
「ワールドカップはお祭りよ? ガーッと飲んでガーッと盛り上がりましょう!」
「……盛り上がるのはいいんですけど、集まる必要があったんですか?」
「何よー、アンタサッカー好きなんでしょ? 何でそんなにノリ悪いわけ?」
そう、マサヒコはサッカー好き。
特にサッカー部に入っていたわけではないが、友達と広場で遊ぶ程度には嗜んでいる。
上背が高くないので、中盤から前線をチョコマカと走って飛び出しを狙うというプレースタイルだ。
セレッソ大阪の森島みたい、といえば聞こえが良すぎるが、まあそんな感じだ。
「好きなのは好きなんですけどね」
旗持って声枯らして応援する、とまでマサヒコは熱心ではなかったり。
Jリーグでも海外のリーグでも特に贔屓のチームを持っておらず、
スタープレーヤーの華麗なシュートやパス、ドリブルを純粋に楽しむタイプのファンだった。
「まあまあいいじゃない、せっかくなんだからパーッといこうよ」
アイが二人の間に割り込んだ。
その手には、ケンタッキーフライドチキンが握られている。
片手ではない、両手にだ。
「そうだよマサちゃん、皆が集まったのって久しぶりなんだから」
「やっぱりこうして揃うといいよねー、アヤナちゃんは残念だけど」
ミサキとリンコもアイに同意した。
もっとも、ミサキの本心はマサヒコと二人だけで観戦したかったのだろうが。
「……そうだな」
マサヒコは頷いた。
愚痴っぽいことを口にしても、こうして集まってワイワイやるのは本当は嫌いではない。
「よし、それじゃ乾杯だ! 皆コップを取れ!」
リョーコの音頭に従って、それぞれがコップを手に持った。
「はいっ、カンパーイ!」
「カンパーイ!」
「乾杯!」
「えへへ、かんぱーい!」
「……乾杯!」
かくして、宴は始まったのだった。
「そういえば先輩、えらく気合入ってますね」
「ん? そう?」
リョーコは上から下までばっちり、サッカーのユニフォームでキメていた。
イングランド代表のものだったりする辺り、結構ミーハーである。
そのわりに背中のネームが「NAKAMURA」になっていたりと、変にこだわるところはこだわっている。
「ま、カタチから入るのはジョーシキだからね。コレ新品よ新品、特注よ特注」
「……カタチだけでも駄目ですけどね」
「ふふん、カタチも真似出来ないようでは失格よ?」
マサヒコの突っ込みをロナウジーニョもかくやというドリブルでかわすリョーコ。
「あれ、でもこのユニフォーム、シワ寄ってませんかぁ?」
見てないようで以外に見ている少女、リンコが横合いから口を挟んだ。
マサヒコたちはその言葉を受けて、まじまじとリョーコを見つめた。
成る程、言われてみて気づいたが、新品の割りにはまっさら感が無い。
「あー、これ昨日使ったから」
「昨日?」
「うん、セイジと」
「……」
マサヒコとアイは詳細を尋ねるのをひかえた。大方の予想はついたからだ。
同じユニフォームを着てプレイするとは言っても、片やドイツで片やベッド。
その落差たるやマリアナ海溝のごときものがある。
「そ、そういえば豊田先生は呼ばなかったんですか?」
ミサキも感づいたので、話をキャプテン翼の日向君並に強引に切り替えようと試みた。
「んー、アイツは自宅で一人で見るって」
「へぇ、そうなんですか」
「一応声はかけたんだけどね、それが俺の観戦スタイルだからほっといてくれ、ってさ」
きっと日本中、いや世界中にそんな感じでテレビに噛り付いている人は多いに違いない。
全員が全員、賑やかに集まって応援するという人間ばかりではないのだ。
セイジはサッカー部の顧問でもあるわけで、リョーコやマサヒコたちよりも『真剣』なのだろう。
「無理矢理引っ張ってきても良かったんだけどさ、昨日シゴキまくったから勘弁してやったのよ」
「……は、はぁ」
「マラ十一回ヌキ、もといマラドーナ十一人ヌキって感じだったわね。ゴールの奥にドバッ、FKも華麗にピュッ……」
「はいはい、そこら辺にしときましょうね」
話が卑猥な方向へと流れはじめたので、マサヒコは宮本ばりにラインを操作してボールを取りにいった。
「むっ、何よう。私の伝説的ドリブルの話を聞きたくないのか?」
「聞きたくありません」
「あっちにタマを転がしてはシュート、時には左右からたわわに挟みこんで絡めとり、股ヌキだって……」
「つうかアンタ、ホントに真面目に観戦する気あるのか!」
あまりにあまりなリョーコの喋くりに、さすがにキレるマサヒコ。
実にワールドカップは戦争とはよく言ったものだ。
冷静を装っていても、知らず知らずのうちに感情がほとばしり始める。
まあ、この場合はサッカーのせいと言うより、リョーコのせいなのだが。
◆ ◆
「……結局、こうなるのか」
「……あはは」
マサヒコとミサキは顔を見合わせ、力無く溜め息をついた。
彼らの目の前には、荒れた試合終了後のグラウンドもかくやというくらいに色々なモノが散乱し広がっている。
欠けてしまったコップ、汚れたお手拭、唐揚げの骨、サラダの野菜の切れ端、ポテトフライの食べかす等々。
「仕方ない、このまま帰るわけにもいかないし、片付けるか」
「うん、そうだね」
マサヒコはキッチンからゴミ袋を取ってくるようにミサキに言うと、まずテーブルの上から掃除し始めた。
「あーあ、お酒もこぼしちゃって……」
アルコールを摂取しながらの試合を見るというのは、言ってみれば観戦の一番の醍醐味でもある。
問題は、熱狂的になるがあまりに、周囲が見えなくなってしまうことだ。
トイレ休憩ハーフタイムを挟んでの中盤以降の展開は、まさにそんな風に進んでいった。
リョーコがエロ発言する、酔っぱらったアイもボケる、リンコが天然ぶりを発揮をする、さらにリョーコが暴走する、といった具合。
いったいロングパスなのかそれともショートパスなのか、サイドチェンジなのか中央突破なのか。
縦横無尽と言うか傍若無人と言うか、いかにイタリアが鉄壁の守備を披露しようとも、
おそらく守りきれなかったであろう程に、三人はかっ飛ばした。
「やっぱり、理由つけて騒ぎたかっただけなんじゃ……」
今、三人は酔いと疲れでグースカと眠っている。
体を寄せ合って寝ているその姿は、微笑ましくはあるが、どこか小憎らしさも感じられた。
「マサちゃん、ゴミ袋あったよ」
「おう、サンキュ」
とりあえず、缶とビン類、そして燃えるものを分別してゴミ袋に放り込んでいく二人。
と、その動きのリズムが重なり、互いの手と手が触れ合った。
「あ」
「あ……」
マサヒコとミサキは慌てて腕を引っ込めた。
中学卒業を契機に正式につきあい始めた二人であり、手を繋ぐことくらいはすでに慣れたものだったが……。
「……」
「……」
デートする時はずっと手を握りあっているのだから、今更照れること自体がおかしい。
おかしいが、こういった不意の肌の触れ合いが、妙に恥ずかしかったりするのも事実。
「ミ、ミサキ……」
「マサちゃん……」
二人の周囲から、音が消えた。
正確には、二人が音を感じなくなった。
ただ、自分自身のトクントクンという心臓の動悸だけが、鼓膜でなく脳に直接響いていく。
「……ミサキ」
「マ、サ……ちゃん」
顔を朱に染め、マサヒコとミサキは1p、また1pを互いの距離を詰めていく。
トン、とミサキの手からゴミ袋が落ち、そのミサキの手を、マサヒコが今度はしっかりと握り締める。
ゆっくり、ゆっくりと、二人は顔を近づけ、唇を寄せ―――
「レッドカード」
「っへ?」
「わ、わわわっ!」
突然の声に、二人は驚いて思い切り後方に飛び退った。
「このフィールドでは純愛禁止。よってレッドカード」
そう呟きつつ、のそりとリョーコは起き上がった。
眉根を寄せているのは、不機嫌なためかアルコールによる頭痛のためか、それとも両方か。
「……ったく、マークを外すとすぐにコレとは、お調子乗りなことね」
「い、いや、その、ちょ、調子になんか」
「そ、そうですっ、乗ってなんかいません」
必死で否定するマサヒコとミサキだったが、見られてしまった以上は苦しい弁解に過ぎない。
「マサ!」
「は、はい?」
ビシ、と人差し指を突きつけられ、マサヒコはさらに後退した。
「ここはアウェーよ。どうしてもヤリたけりゃホームグラウンドでしなさい」
「え、あ、ヤ、ヤルなんて幾ら何でもそこまで考えてませんよ!」
「……あー、じゃあキスまではやるつもりだったわけね、やっぱり」
「……うげ」
リョーコの巧妙なオフサイドトラップにあっさりと引っかかるマサヒコ。
酔ってフラフラとはいえ、この辺りは流石にリョーコ、百戦錬磨である。
「そいでミサキ!」
「は、はいっ!」
次にリョーコはミサキを指差した。押されてミサキはぐっと背筋を伸ばしてしまう。
「アンタも空気に流されすぎ、もっと成長して女を磨きなさい」
「ううっ」
「油断して気を許さないことね。どこでスライディングされるかわかったもんじゃないわよ?」
「は、はい」
マサヒコとは変わって、諭すようにリョーコはミサキに語りかけた。思わず、ミサキは素直に頷いてしまう。
「ま、成長するのは中身だけじゃ駄目だけどね、ヒック」
「……へ?」
「ワールドカップ、世界クラスとまではいかなくても、まずはCカップを目指してね?」
「な!?」
「……!」
マサヒコは退いた。ずずずずいっと退いた。
見たのだ、見えてしまったのだ。ミサキの体から白いオーラのようなものが立ち上るのを。
「あわ、わわわ」
ピクシーと呼ばれた名選手、ドラガン・ストイコビッチは、自分にレッドカードを出した審判に対し、
カードを奪って逆にレッドカードを突きつけたことがある。
時と場所、そして状況が違えど、マサヒコは今、ピクシーと同じようにリョーコにレッドカード返しをしたい気分だった。
十分後、マサヒコはさらに散らかった部屋を一人で片付けるハメとなった。
ミサキに暴言を吐いたリョーコは自分勝手に眠りの園へと戻っていき、
ミサキはミサキで余ったお酒を自棄であおって不貞寝、アイとリンコは起きる気配もナシ。
「ああ……」
かつて、日本がワールドカップ初出場を決めたフランス大会。
そこで、使った紙吹雪等を試合後にキチンと片付ける日本サポーターの姿勢は世界的に評価された。
マサヒコは思った。
日本サポーターは、自分達のゴミを自分達で整理したから賞賛を受けた。
自分は、自分で汚したわけではないゴミを片付けているのに、誰からも褒められない。
この差は何なのだろう、と。
「ガンバレ、俺……」
顔を上げると、マサヒコは自らにエールを贈った。
どんなに理不尽な展開になっても、腐ることなく、気を鼓舞して立ち向かう。
それは、ドイツのスタジアムもここ日本の小さなマンションの部屋もかわらない。かわらないはずだ。
「はあ……」
のっそりと手を伸ばし、マサヒコは床の上に散らばったポテトチップスのカスを集め始めた。
まだまだ、キレイになるには時間がかかりそうだった。
時計の針は十時過ぎを指したばかり。
ロスタイムは、まだまだたっぷり残っている―――
F I N