作品名 作者名 カップリング
「卒業」 ピンキリ氏 ミサキ×マサヒコ

「…………」
 私が目を覚ました時、最初に飛び込んできたのは、
窓から差し込む明るい朝の光を受けてかすかに揺れるカーテンだった。
闇から明へ、まだ目が慣れず、透き通ってくる太陽光がとても眩しい。
「う、うーん……」
 ベッドから体を起こし、大きく一伸びする。
それから前後左右を見回すが、どこにも人の姿はない。
「ああ……」
 ああ、またやってしまった。
私はがっくりと肩を落とす。
今日こそは、と思っていのだが、また機会を逸してしまった。
「よいしょ」
 我ながらオバサン臭い台詞を口にし、
床に散らばっている衣服の中から彼のYシャツを手に取り、それに袖を通す。
別に視覚効果を狙っているわけではないが、これが一番手っ取り早い。
どうせすぐにシャワーを浴びるので、それまでの繋ぎだ。
「ん……」
 寝室を出て、キッチンに向かう。
睡眠の谷から体の機能が這い上がり、聴覚や嗅覚が覚醒してくる。
それにつれ、何かが焼ける匂いと、その音が体の中へと入ってくる。
「あ、えーと……」
 そろそろと足音を鎮めてキッチンを覗く。
いた。彼が、そこに。
ジャージ姿で、エプロンも着けずに、フライパンを操っている。
「お、おは、よう……」
「お、ミサキ起きたのか。おはよう」
 彼、小久保マサヒコはこちらを振り返ると、ニコリと笑った。
その間も、フライパンを握る手は疎かになっていない。
「シャワーでも浴びて待ってろよ、そしたら、朝メシが出来上がるから」
「あ、その、えーと」
「ん? 何だ?」
「う、ううん何でもない。そ、そうする」
 私はくるりと回れ右をすると、キッチンから浴室へと向かった。
「……」
 さっき着たばかりのYシャツを脱ぎながら、ちょっとした自己嫌悪に陥る私。
今日こそは、彼より早く起きて朝御飯を作ってあげるのだと、昨日からずっと思っていたのだ。
それがどうだろう。
またまた彼の後に目覚めてしまい、朝御飯も彼の手によって作られている。
これでは、恋人失格ではないだろうか?
いや、世間には色々な恋愛の形があるのだから、男が炊事をしたって別に変じゃない。
だけど、これは世間一般の問題ではなく、私個人の気持ちの問題だ。
やっぱり、男より先に起きて、かわいらしいエプロン姿でキッチンに立ち、
寝ぼけ眼の彼に「おはよマサちゃん、朝御飯出来てるよ」と言ってみたいではないか。
ベタでも何でもいい、一度でいいから、そんなカッコを彼に見せてみたいのだ。
我ながら馬鹿みたいだとは思わないでもないけど、やっぱり……ね。
「うー……」
 ぬるめのお湯がシャワー口から出て、私の頭から爪先まで全身を濡らす。
汗やその他の液体の跡を、ゆっくりゆっくりと流し落としていく。
浴室の床が湿っているのは、きっとマサちゃんが先にここを使ったからだろう。
いったい、私はどれくらい朝寝坊したのやら。
起きてから時計を見ていないので、今が何時かはわからないが、
多分いつもの起床時間を一時間はオーバーしている頃だろう。
ああ、こんなことでは先が本当に思いやられる。


「……」
 シャワーにより、キッチンの音は聞こえてこない。
聞こえてこないけど、色々とマサちゃんは用意しているに違いない。
マサちゃんは料理が上手だ。それは確かなこと。
結構不器用な面があるので、少し意外だったけど、
考えてみればあの家事万能のおばさんの血を引いているのだ。
カエルの子はカエル、駿馬の子に駄馬はナシ、とか何とか。
最初は私がおばさんに特訓してもらっているのを横目で見ているだけだったのに、
「ちょっとやってみようと思って」と同じく手ほどきを受けてみたら、グングンとその腕前が上達していった。
「ちょっとやってみようと」思ったぐらいで上手になっていくのだから、
中学生の頃から練習を積み重ねてきた私の立場というものが、まったくこれっぽっちも無い。
つくづく、料理の腕というのは才能の範疇なのだと思い知らされる次第。
「おーい、出来上がったぞー」
「あ、うん」
 コックを捻り、お湯を止める。
シャワールームを出ると、一番上の棚から真っ白なバスタオルを取り出し、体を入念に拭く。
バスタオルを取り出したすぐ下の棚には、まっさらの下着や上着が入っている。
さすがに、真っ裸で出て行くようなはしたない真似はしたくない。
Yシャツを洗濯機に放り込み、格好だけは颯爽と浴室から出る。
気持ちの方はまだ少し落ち込んだままだけど。
「トーストと目玉焼き、そしてベーコンに野菜ジュースだけど、いいよな?」
 キッチンでは、すでにマサちゃんが料理をテーブルの上に並べ始めていた。
……それくらいは手伝いたかった。一緒に皿を並べるのって、やっぱり憧れというか何というか。
いや、自己嫌悪に陥って、長々とシャワー浴びてた私が悪いのか。
ああ、また減点。
「やっぱりコーヒーにするか?」
「あ、うん。え、えっと、野菜ジュースでいいよ」
「そっか。じゃ、食べようぜ」
 マサちゃんはそう言うと、ニコリと極上の笑みを私に見せてくれた。
あ、ダメだ。
もっとしっかりしなきゃとか、女の立場でもっとああしたいこうしたいとか、全て吹っ飛んでしまう。
反省点とか、注意点とか、自分の中でチェックしたものが薄く薄くなっていく。
こんなんだから、毎度毎度マサちゃんよりも遅く起きることになってしまうのだ。
わかっている、わかっているんだけれども。
「いただきます」
「……いた、いただきます」
 あああ、愛しの彼の笑顔と手料理。
もう、それだけで頭がいっぱい胸いっぱいだ。
ホント、私は進歩が無いというか、何というか―――
幸せ、ではあるけど……ね。

 私、天野ミサキ。二十二歳。
医者を目指して、県内の大学の医学部に通っている。
そして、私の目の前でおいしそうにトーストをぱくついているのは小久保マサヒコ。同じく二十二歳。
今年の春に大学を卒業し、英学グループの塾に講師をしている。
一応、私の彼氏だ。いや、一応じゃない、れっきとした彼氏だ。

私たち、現在、同棲中。
半分だけ、だけど。


 半分だけ、というのには理由がある。
いや、理由なんて偉そうなもんじゃないんだけど……。
私とマサちゃんが今、朝御飯を食べているのが、私の家。と言うか部屋。
で、マサちゃんが住んでいるのが、私の部屋の隣の部屋。
つまり、私達は、同じマンションのお隣さん同士というわけなのだ。
はしょって言うと、私が通う大学は実家からかなり遠いので、家を離れなくてはならなくなった。
ので、このマンションに来た。
そして、自宅通学だったマサちゃん(ちなみに、私とは違う大学に行っていた)だけれど、
就職した英学の塾は、私のマンションのすぐ近くにあった。
まあ、そんなこんなで、意外なカタチではあるけれど、またこうやって『ご近所さん』になったというわけだ。
正直、縁の神様と、三月に引っ越していった旧お隣さんに感謝感謝。
 えー、それで、その。
私とマサちゃんは、高校時代からずっと恋人としてつきあってきていたわけで、その。
親の目も無いし、お互いに昼間は忙しいけれど、夜は自由な時間がそれなりにあったりするし。
えーと、その、あの……ま、まぁこうして、同じベッドで朝を迎える回数が増えていったわけで。
い、いや、ちゃんと私は勉強しているし、マサちゃんも仕事を疎かになんかしてない。
こ、高校時代はせいぜい月に一回だったけど、い、今は週に二、三回になったくらいのことで。
晩御飯とか、私とマサちゃんが交代で作って、一緒に食べたりするけれど。
まぁ……そんな感じ、なのだ。

「で、今日はミサキはずっと家か?」
「うん、やらなきゃならないレポートがあるし……」
「そっか、俺も仕事だよ。まったく、連休の一番最初だってのに、せわしないことこの上ないな」
 マサちゃんはネクタイの歪みを直すと、やれやれといった感じに肩をすくめた。
マサちゃんが受け持っているのは、小学校低学年の国語と社会だ。
低学年だから楽だというわけではなく、こうして休日にも出勤しないといけない。
塾の講師って、案外忙しいのだ。
「帰りは何時くらい……?」
「うーん、そうだなぁ……遅くても六時過ぎかな。ま、出来るだけ早く帰ってくるよ」
「ん、わかった」
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
 ……誤解を招かないように説明しておくけど、これは私の部屋の中での会話ではない。玄関でのものだ。
互いの部屋に、それぞれの服はあることはあるけど、だからと言ってマサちゃんがここから出勤するわけじゃない。
ちゃんと一度自分の部屋に戻って、仕度して仕事に出るのだ。
そうじゃないと、本当の同棲になってしまう。
……いや、それでもいいんだけど。
ほ、ほら、世間の目ってやつもあるし、まだ……ね、そこまで大胆になれないというか……。
あー、でも、「早く帰ってくるよ」に「いってらっしゃい」かぁ……。
ほ、本当の夫婦みたい……。
………、…………。
…………。
……って、呆けてちゃいけない。
レポート、レポートやらなきゃ。
「えーと、パソコンパソコン……っっっ、痛ーい!」
 ……ノートパソコンを手に取った瞬間、思い切り足の指先を壁にぶつけてしまった。
ああ、ほんと情けない。今日は朝から、反省のオンパレードだ。
「痛たた……」
 こんなんじゃいけない、いけない。
気合をいれてレポート、しなきゃ。レポート、レポート。


                 ◆                     ◆


「あ……懐かしい」
 私は熱い紅茶を飲みながら、パラパラと小学校の卒業アルバムをめくった。
レポートのために色々と本やらデータ類やらを漁っているうちに、書類入れの隅にあったのを見つけたのだ。
こんなもの持ってきてたなんて記憶に無いけれど、中学のや高校のもあったので、
きっとこっちに来るときに手違いでダンボール箱の中に紛れこんだのだろう。
で、すぐに表紙を開きたいのをグッと堪えて、レポートに取り組み、筋がだいたい出来上がったところで、
お茶休憩も兼ねてこうしてアルバムを見ているわけだ。
合唱コンクール、遠足、夏のプール……等々、写真とともに、当時の記憶が蘇ってくる。
えーと、合唱コンクールの時は最後の礼の時に勢いつけ過ぎて前に転んじゃったのよね。
遠足の時はトイレに行ってみんなとはぐれちゃって、夏のプールでは飛び込んだ時に頭を底にぶつけて……。
……えー、何か失敗した思い出ばっかりだ……。
確かに、勉強は私の方がマサちゃんより出来たことは出来たけれど、
肝心な部分ではいっつも失敗してた気がする。
「あ、運動会の時の写真だ……。この時、私が競争でコケちゃったんだっけ」
 この後、マサちゃんが私をおんぶして保健室まで連れて行ってくれたんだ。
泣きじゃくる私を、慰めながら。
小学校の最後の方、気恥ずかしくて疎遠になっちゃってたけど、この時だけは違ったんだ。
「……しかし、どうしてこうミスってばっかりなのかしら、私」
 あああ、また自己嫌悪。
はぁ、今朝の事といい、何か私、ホントに進歩してないな……。
中学生になって、ただの幼馴染から『卒業』して、もっと仲良しになって。
高校生になって、仲の良い幼馴染から『卒業』して、恋人になって。
大学生になって、そして……。
これから、私は恋人同士の関係を『卒業』出来るのだろうか。
もっともっと、親密な間柄になれるのだろうか。
その、ええと……婚約者になって、そして夫婦になって。
本当に、そうなれるのだろうか。
また、凡ミスして、疎遠な関係に逆戻りしないだろうか。
「ううう……」
 ああ、ダメだダメだ、後ろ向きな考えになっちゃう。
マサちゃんは私のことを好きだと思うし、信じてくれてもいると思う。
私もそうだ。マサちゃんは大好きだし、信じている。
甘えちゃいけないんだ、今からもっと進んだ関係になるためには、
私がキチンと夢を叶えて、マサちゃんにふさわしい存在にならなければ。
そう、マサちゃんの好意に寄りかかってばかりじゃいけない。
今日の朝みたいな失敗は繰り返しちゃダメなんだ。
「よし!」
 レポートも目鼻がついたことだし、今夜の夕食はマサちゃんのために豪勢なものを作ろう!
疲れが取れるようなものを!
「えーっと、今は……四時過ぎか」
 丁度スーパーで特売をやっている時間だ。
今から材料を買いに行って、すぐに料理にとりかかろう。
料理の腕は私だって進歩してるんだ、おいしいものを作れるんだということを、マサちゃんに見てもらおう!
「そうと決まれば、善は急げよね」
 ノートパソコンを片付けると、私は財布を掴み、勢いよく立ち上がった。
前向きに、前向きに。
そう、何事も前向きに考えて生きていかなきゃ。

                 ◆                     ◆


「ごちそうさま」
「……ごちそうさま」
「ん? 何でそんなに暗い顔してるんだ? もしかして、舌にあわなかったか?」
「う、ううん、違うの」
「そっか、もしかしてミサキの嫌いな味付けになったかと思ったよ」
「そ、そんなことないよ」
「あはは、そうか。じゃ、皿をよこしてくれ。ちゃっちゃと洗うから」
「え、そ、それは私がするよ」
「いや、出来るわけないだろ? その包帯巻いた指じゃ」
「あう……」
 時は夜の七時過ぎ。
私はまたまた打ちひしがれて俯いていた。
疲れて帰ってくるマサちゃんのために、おいしい御飯を作ろうと思っていたのに……。
「……」
 私の左手の人差し指には、ぐるぐると包帯が巻かれている。
肉やら野菜やら、材料を買ってきたまではいい。
で、あれこれと料理の本を見つつ、あれは出来ないこれも難しいと悩み、
とりあえず野菜だけでも切っておこうと包丁を握った次の瞬間。
私は指を切っていた。
「でも、たいした傷じゃなくて良かったよな」
 で、私が指を押さえてうずくまったその時、マサちゃんが帰ってきた。
マサちゃんは大慌てで私の傷の状態を確認すると、救急箱を持ってきて、処置してくれた。
……それでまあ、結局、晩御飯もマサちゃんが作ることになったのだ。
「ゴメンね、何から何まで……」
 ああ、またまたまた自己嫌悪。
ホント、今日は空回りしてばっかりだ。
「気にすんなよ、な?」
 マサちゃんの笑顔が、妙に胸に痛い。
その笑みは私を癒してくれるけれども、同時に、深く突き刺さってくる。
マサちゃんのせいじゃない。
全部、私が悪いんだけれども。
「ミサキ、それ」
「え?」
「そのアルバム、小学校のか?」
「あ」
 テレビ台の横、昼間に見てた卒業アルバムが転がっていた。
しまった、片付け忘れてた。
「う、うん……レポートも一段落したから、ちょっと見てたの」
「ふーん、そうか……」
 マサちゃんはお皿を流しの中に置くと、タオルで手を拭いてこっちに戻ってきた。
「それじゃ、食後の休憩も兼ねて、一緒に見よう」
「え?」
「あ、もしかして全部見ちゃった後か?」
「う、ううん。ま、まだ最後まで見てないよ。それに、中学のもあるよ」
「そっか」
 マサちゃんはアルバムを手に取ると、私の右に腰を下ろした。
私の肩とマサちゃんの肩が触れ合う。
マサちゃんの息づかいが、近くで聞こえる。
「あ、この写真に写ってるの、鈴木じゃないか?」
「え、あ、うん。そうかもしれない」
「アイツ、何やってるのかなー。まだ柴原とつきあってるのかな?」
「……う、うん。どう、かな」
 あああ、ダメだ。
近くで聞こえる息づかいと声、そして肩越しに伝わってくる温かさ。
体の奥の方から、『幸せ』がトクントクンと湧き出てきて、頭がぼうっとしてくる。
甘えちゃ、甘え過ぎちゃダメだって、そう思ったのに。
結局、こうして……マサちゃんの優しさに、温かさに、浸かっちゃってる。


「……なぁ、ミサキ」
 どれくらい時間が経っただろうか、マサちゃんが、ページをめくる手を不意に止めた。
「……ん、なあに?」
「あんまり、気負い過ぎるなよ? 俺は、何時でもそのままのミサキが好きなんだから……」
「あぅ……」
「ミサキは頑張り屋過ぎるところがあるからな。努力は大切だと思うけど、無理は禁物だって」
 そう言うと、マサちゃんは怪我した私の人差し指をそっと擦った。
……み、見透かされてた? ぜ、全部?
「マ、マサちゃん……」
 マサちゃんの顔が、そっと、だけど確実に、私の方に向かって近づいてきた。
「ミサキ……」
「マサ、ちゃん」
 甘えちゃ、ダメなのに。
今日、改めてそう誓ったのに。
「……俺は信じてるし、わかってるよ。ミサキ」
「あ、あ……む……ふ……」
 熱い、熱いキス。重ねた唇から、マサちゃんの優しさがどっと流れ込んでくる。
信じてるし、わかってる。
マサちゃんはそう行ってくれた。
甘い、甘いけれど、どこか同時に苦い。
私を癒してくれるけど、決してそれだけじゃない。
「む……ぅ……」
「……ちゅ……んん……」
 そう、そうだ。
無理しちゃいけない。いけないけど、頑張らなきゃ。
信じてくれているのなら、それに応えなきゃ。
気負わずに、頼りすぎずに、やることをやらなきゃ。
マサちゃんのためだけじゃない、私のためだけじゃない、二人のために。
寄りかかるんじゃない、支えあって、そして。
「……は……ふぅ……ミ、サキ……」
「む……マ、サちゃん……」
 マサちゃんの手が、私の胸へと伸びてくる。
私は、それを受け入れ、そして、ゆっくりと膝を開いた。

                 ◆                     ◆


「あっ……くぅ、はぁ……っ! マサ、ちゃ……っ!」
「ミサキ、可愛いよ……」
「ああ、いやぁ……」
 マサちゃんは私の背後に回り、抱きかかえるような体勢で手を動かしている。
右手は、私の胸に。
左手は、私の秘所に。
それぞれ、下着越しに、敏感な突起を責め続ける。
「ひゃ……ダ、ダメ……!」
 首筋に、一瞬ヒヤリとしたものを感じた。
だが、その冷たさはすぐに熱さに変わる。
マサちゃんの舌だ。
うなじから耳の後ろまで、まるで生き物のようにマサちゃんの舌は這い回る。
首、胸、そしてアソコ。
三点から、凄まじいまでの快感が、私の奥へ奥へと入り込んでいく。
「やぁ……っ!」
 ダメ、ダメだ。
良過ぎる、感じ過ぎる。
これでは、すぐにイッちゃう。イッてしまう。
「あううう、っ!」
 背骨に走る、強烈な電気。
マサちゃんが左手に力を込めたのだ。
濡れたショーツとマサちゃんの指がこすれあうイヤらしい音が、自分でもわかるくらいに大きくなる。
「マ、マサちゃ、も、もう……わ、わた……!」
「……いいよ、ミサキ」
「やだ、や……こ、んな、は、はずか……」
「後ろから責められて、こんなに感じて……ミサキはいやらしいな……」
「いやぁ、いや……くっ、あ、そ、そこぉ……はダ、メぇ……!」
 マサちゃんの舌が、私の首すじの中でも、一番敏感な部分を舐めて、そして。
「あ、あ……っ!」
 歯を立てる。
「……く……ッ!」
 真っ白。
頭の中が真っ白になった。
体の節々が、ピリピリと痺れる。
「う……あ……あぁ、は……ぁ」
 イッた。
イッてしまった。
思いっきり。
首すじを噛まれて。
「ミサキ……」
「あ……んん……」
 マサちゃんの呼びかけに応えて、首をぐいと横へ向ける。
また、熱い熱いキス。
さっき、私を決壊させたマサちゃんの舌に、私の舌を絡める。
しょっぱいような、苦いような味が、口の中にほわっと広がっていく。


「ミサキ、このまま……」
「あ……マサちゃん……ん、ダメ、だよ……ぅ」
「何で……?」
「あふ……だ、ってここじゃ……」
「ん、そっか……。じゃ、寝室に行くよ?」
「あん……」
 マサちゃんは体勢を変えずに、私を宙に持ち上げた。
「ちょ、マサちゃん、こ、こんな格好やだぁ」
「……そうか?」
「そうだよぉ……」
 これじゃ、まるで小さい子どもにおしっこをさせているようなポーズだ。
恥ずかしいことこの上ない。
さっきまで恥ずかしい格好を見せていたじゃないかという突っ込みはナシだ。
その、気持ちの問題だ。
「ま、いいからさ。ほら」
 マサちゃんは私の非難を聞き流し、そのまま歩き出した。
こういう時、マサちゃんは結構強引なところがある。
「え、やだぁ……あ! い、やぁ、首、舐めないで……ぇ!」
「……はむっ……ちゅ……」
「ズル、いよぉ……くっ!」
 本当、強引なところがある。
それに毎度毎度寄り切られる自分も自分だとは思うけれど。
「じゃ……ここで入れてから運ぼうか?」
「え……?」
 一瞬、マサちゃんの言っていることを理解出来なかった。
それが何を指すのかわかるまで、たっぷり十数秒かかった。
「や、や、やだぁ! マ、マサちゃんのエッチ!」
 そう、つまり挿入した状態で移動しようか、とマサちゃんは言っているのだった。
「そう? だってミサキ、先週はほら、駅弁で」
「エ、エッチ! スケベ! 卑猥! 淫猥よーっ!」
 私は手足をバタつかせようとしたが、マサちゃんにがっしりと掴まれて出来なかった。
「はは……。じゃ、行こうか」
「ううう、マサちゃんのイジワル……」
「あー、ごめんごめん」
「ごめんじゃないよぉ……」
 マサちゃんは私の耳元に口を寄せると、囁くように呟いた。
「ごめんな……。さっきのミサキの乱れ方がすごく可愛かったから、イジワルしたくなったんだよ……」
「……う、ううぅ……」
 ホント、強引で……優しいんだから……。

                 ◆                     ◆


 マサちゃんの寝息が、小さくかすかに、私の耳に届く。
結局、あれから本番をヤったのは一回だけ。
もっとも、その一回が二時間くらいかかったんだけど。
徹底的にイジメぬかれてしまった。
首すじ、脇、腰、お尻、太股。
胸、乳首、おへそ、そしてアソコ。
指で、舌先で、何度も何度もイカされた。
その間、二度程、気を失ったかもしれない。
そして、満を持して(という言い方は変かもしれないけど)挿入。
マサちゃんの激しいも巧みな腰使いに、またここで数回イッてしまった。
マサちゃんは最後の一回、そして私は十回くらい。
イク時の快楽は、男よりも女の方が大きいとはよく聞くけど、
もしそうだとしたら何か申し訳ない気持ちになる。
「……」
 体を起こし、マサちゃんの寝顔を覗き込む。
何度もイって、マサちゃん以上に体力を使ったハズなんだけど、何故か眠気は襲ってこなかった。
マサちゃんは穏やかな顔で寝息をたてている。
長い睫毛、女性みたいにキメの細かい肌、繊細な目鼻立ち。
それでいて、どこか逞しさを感じさせる。
別にマサちゃんの外見だけを好きになったわけじゃないけど、思わず見惚れてしまう。
 マサちゃんは、信じてるしわかってる、と言ってくれた。
何て優しい言葉だろう。何て甘い響きだろう。
それは応援であり、叱咤。
私はそれに応えなければならない。
……無理はしないように、ね。
「マサちゃん……」
 怪我した人差し指で、そっとマサちゃんの頬に触れてみる。
マサちゃんは少し目蓋を震わせたけど、目は覚まさない。
「いつか、そう、いつか……」
 幼馴染から卒業して、恋人になって、そして。
いつか、恋人から卒業して、婚約者になって。
婚約者を卒業して、奥さんになって。そして、そして、そして……。
「マサちゃん、私も信じてるし、わかってるよ……」
 まずは、普通の恋人からの卒業を。
そのために、まず私の夢を叶えよう。
医者になるための勉強を頑張ろう。
「ね、マサちゃ……ん」
 ここで、ようやく眠りの精霊が私にも降りてきた。
大きな欠伸をひとつした後、マサちゃんの右腕を枕代わりにして横になる。
「そ……無理せず……がん、ば……」

 まずは明日、いや、もう今日だけど、マサちゃんより早く起きて……。
あ、さご……はん……、つ、くろ……。
……う。
……。



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