作品名 |
作者名 |
カップリング |
No Title |
ピンキリ氏 |
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「ぶーぶー言うなよ、そんなに」
「だって、だってマサちゃん……」
「そんなに怒るなよ、俺は知らないって何度も言ってるじゃないか」
「……でもぉ」
小久保マサヒコと天野ミサキはかれこれ三十分程、こうして出口の見えない口論を続けていた。
何のことは無い、何処にでも転がってる恋人同士の口喧嘩というやつだ。
「……へっへっへ」
二人の喧嘩を肴に、熱燗ならぬ熱い緑茶をすすっているのは中村リョーコだ。
たまの休みにマサヒコの家に遊びに来てみれば、思いもかけず楽しい場面に遭遇したというわけだ。
仲裁してやればいいものを、何と意地の悪い女であることか。
「んー、喧嘩のひとつやふたつしないと、つきあってるとは言わないわよねぇ」
正論ではある。だが、湯呑み片手にニヤニヤ笑いながら言う台詞ではない。
喧嘩の原因は何とも些細なことで、マサヒコの部屋にエロ本があったというだけだ。
ミサキがそれを目にとめマサヒコに追求し、マサヒコはそれを知らないと言い張る。
「これは何」
「知らないよ」
「エッチな本でしょ」
「知らないって」
「嘘、ここにあったもの」
「だから知らないってば」
これもまた仲が良い証拠なのだろうか、この程度のことで喧嘩出来るとは幸せなカップルであることよ。
「まぁまぁ、マサヒコだって男の子なんだから、エロ本が部屋にあっても不思議じゃないってもんよ」
ようやくリョーコが横から口を挿んだが、これは事態の解決を願ってのことではない。
その表情が全てを物語っている。もっとこんがらがれもっと罵りあえと言わんばかりの悪い笑顔だ。
「中村先生までそんなことを。俺は知らないって言ってるでしょうが」
ここで「そうだよ、ミサキ」と言えばまだ終結の糸口が見つかるのだろうが、そんな機転が効くマサヒコではない。
「嘘、嘘だよ。だって、だってここにあったじゃない……」
半分泣きながら詰め寄るミサキ。こっちももう後に退くことは出来ない。
「それに、ほら、ほらぁ……このページ……」
ミサキはエロ本を手に取ると、パラパラとめくり一枚のページをマサヒコとリョーコに見せた。
そこには裸で足を大きく開き、媚びるような表情の女性の写真が載っていた。
「これがどうしたってんだよ……」
「ここだけページが折れてる……それに、この女の人、若田部さんに似てる……」
成る程、茶色で長めの髪に、ややツリ気味の目、そして大きな胸。
似てると言われれば似ているかもしれない。
「ちょ、何だよそれ、まさか俺がこのページを……」
「……使ってたんでしょ、マサちゃん」
「するかぁ!それにさっきから何度も言ってるだろうが、この本は俺んじゃねー!」
大きく怒鳴るマサヒコ。
ここまで頑なに主張する以上、本当にマサヒコのものではないのだろう。
おそらく、マサヒコの母がいたずら心を働かせて置いていったというあたりが真実か。
そうリョーコは思ったし、ミサキも段々とそう感じ始めていた。
だが、ミサキの心の中では、マサヒコに謝ってほしいという気持ちが強かった。
言い換えれば、優しくしてほしかったのだ。嘘でもいいから「ゴメンな、ミサキ」と言ってほしかったのだ。
我侭に見えるが、ある意味恋する乙女の自然な感情とも言えた。
「うう……だって、だってぇ……うぅぅ」
ついにミサキは本格的に泣き始めた。
涙は女の最終兵器とは言うが、マサヒコとて今更全てをひっくり返すわけにはいかない。
「ぶーぶーぶーぶー、うるさいんだからミサキは……」
「何よぉ……マサちゃんの馬鹿ぁ……」
いよいよ場が険悪になってきた、と見て、リョーコはますます邪悪な笑みを浮かべた。
本格的に二人の仲が荒れる前に助け舟は出してやるつもりではいるが、そこまでは楽しませてもらおうというわけだ(←超悪女)。
で、二十数年間で溜めたエロボケ知識を発動させた。
「マサぁ、女は泣かしちゃだめよ鳴かせなきゃ。ミサキもブーブー言うなら雌豚みたいに後ろから突かれてからにしたら?」
「……」
「……」
時が止まった。マサヒコとミサキは口をつぐむと、頬を赤らめてじっと視線を交し合う。
「……あり?」
リョーコは首を捻った。ここで双方から突っ込みが入るものとばかり思っていたのだが、その気配がさっぱり無い。
「マサ、ちゃん……」
「ミサキ……」
結論から言うと、リョーコの企みは完全に失敗した。むしろ、エロボケが空気を修復してしまった。
リョーコは知らなかった。前夜、マサヒコとミサキが激しく愛し合ったのを。
後背位でマサヒコが勢いよく責め、ミサキが快楽の余り悦び鳴いたのを。
そう、リョーコのエロボケが昨夜の記憶を二人の脳内に呼び戻したのだ。
「ゴメンな、ミサキ……」
「ううんマサちゃん、私こそ……」
昨日の夜の熱い一時を思い出が、二人の間から澱んだ空気を一掃してしまった。
「…………」
リョーコはぴくぴくとこめかみを引き攣らせた。
自らをエロの大家と目するリョーコにとって、これは痛恨事だった。
より悪化させるつもりが、かえってラブラブ化させてしまうとは。
「ミサキ!」
「マサちゃあん!」
がっしと抱き合い、ねっとりとしたくちづけを交し合うマサヒコとミサキのバカップル。
ピキピキ、とリョーコの食いしばった歯から音がした。
「中村先生」
「あん?」
キスを終えたマサヒコから話しかけられ、リョーコは不機嫌丸出しの声で答えた。
「せっかく遊びに来てもらったのに、悪いんですが……」
「…………」
「その、あの、俺とミサキ、これから、その……」
皆まで聞かずとも、リョーコは理解した。
「ふっざけんじゃねー!今からちょっとヤッてくるってのかー!」
リョーコは湯呑みを乱暴に机に置くと、パーカーを羽織った。
「てやんでー、もう一人で遊びに来るかあこんチクショー!」
「な、何怒ってるんですか?」
「これが怒らずにいられるか!」
マサヒコはミサキの肩を抱きながら、ポリポリと頬を書いた。
「そんな……喧嘩してるんじゃないんですから。な、ミサキ?」
「そうですよ……先生」
「うっさあい、もう帰る、帰ってやるう!」
「先生……」
「何が純愛だ、むずがゆいわー!」
怒筋をたて、リョーコはぶーぶー文句を言いながら、小久保邸を飛び出た。
その時、鳴いて、いや泣いていたかは―――定かではない。