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「ご主人様と奴隷の幸せな関係エピソード4・犬が迎える明るい戌年」 |
ピンキリ氏 |
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一年の締めくくりの大晦日。
街はしんしんと降り注ぐ雪に覆われ、一面真っ白な世界と化していた。
あと数時間で新年を迎えるという今、どこの家でも静かな時を過ごしていた。
こたつ、ストーブ、テレビ、みかん……。
ここ、中村リョーコのマンションでも、それは例外では―――
「何かしこまってんのよ、リラックスしなさいよ」
「はぁ……」
こたつを挟んで男女が二人。
一人はこの部屋の主、中村リョーコ。
そしてもう一人は、彼女のこいび……もとい、奴隷の豊田セイジだ。
「こたつに入ったら?」
リョーコはこたつに体半分を埋め、熱い茶なぞをすすりつつリラックスした状態。
「……いえ、けっこうです……」
一方のセイジは、逆にそれとは程遠い緊張感に包まれていた。
こたつに入らず、絨毯の上で正座をしている。
「そう?ま、あんたがそれでいいならいいけどさ」
歳は四歳セイジが上、社会的に見ても、一流銀行に就職が決まっているとはいえ、
まだ学生のリョーコと立派な中学教師であるセイジとを比べたら、明らかにセイジが上だ。
ところが。
この二人の間には、決して男が上位に立てない大きくて高い壁が存在していた。
「別に予定無かったんでしょ?」
「……無いです」
嘘である。
確かに予定は無かった。だが、作るつもりでいたのだ。
本当は実家に帰りたかった。いや、逃げたかった。
しかし、逃げれなかった。
セイジは受験生である三年生の担当だ。
冬休みに入ったとはいえ、やらねばならないことが山積みでわんさかとある。
で、それに時間を取られているうちに、逃亡する暇を失ってしまったというわけだ。
「だったらもっとゆったりとしなさいよ、何しゃちほこばってんのよ」
「はぁ……」
セイジは抵抗する気を無くしていた。
仕事でぐたぐたに疲れているのもあるし、もう完全に諦めているのもある。
敬語はその表れだった。
しょっちゅう呼び出されては酒を浴びせられ、精を搾り取られる。
再開した当初は、まだそれなりに対等の関係でつきあえたのだが、
今ではもう完全に下の立場になっていた。
「あたしも暇だからさ、アンタと遊んであげることにした。嬉しいでしょ?」
「……はい」
何しろ、“犬”である。
犬が飼い主に逆らう方法はただ一つしかない。首輪を外して逃げるしかないのだ。
それが出来なきゃ噛み付くしかないのだが、
下手にガブリとやってしまったら、どれだけ恐ろしい罰が待っていることか。
「で、これなんだけど」
「……何ですか、こりゃ」
リョーコは一枚の紙をセイジに差し出した。
「年越し予定表」
「は?」
「ま、とりあえず読んでみて」
「……はあ」
セイジは手を伸ばし、こたつの上にリョーコが置いた紙を取った。
ただし、正座は崩さずに。
『 ○31日
PM7:00 晩御飯を食べる
セイジにも餌をやる
PM8:00 一発目【百閉】
とりあえず騎乗位からスタート。まずセイジに奴隷の何たるかを再度教える
PM8:30 二発目【時雨茶臼から御所車へ】
引き続き騎乗位体勢で楽しむ
PM9:00 一時休憩
PM9:30 三発目【鶯の谷渡り、岩清水】
セイジに全身奉仕させる
PM10:00 四発目【雁が首、千鳥の曲、二つ巴】
お互いの気分を再び高める
PM11:00 入浴
○1日
AM0:00 五発目、年越し蕎麦でなく年越しセックス【つり橋から深山、松葉崩しへ】
セイジ主導でヤラせてみる
AM1:00 六発目【鵯越え、仏壇返し、碁盤攻め、後ろ矢倉】
そろそろ佳境、激しくバックで色々と
AM2:00 七発目【鳴門、乱れ牡丹、しぼり芙蓉】
まだまだ搾り取る、がっつり楽しむ
AM3:00 八発目【こたつかがり、こたつ隠れ】
やはりこれがないとね、冬は
AM4:00 九発目【首引き恋慕、流鏑馬】
最後にどっちが偉いがトドメを叩き込む
AM5:00 入浴
AM6:00 初日の出を臨海公園に見に行く 』
「……どう?」
「……、…………」
セイジは正座の体勢のまま、後ろにゆっくりと倒れた。
視界に入った天井が、ぐにぐにと歪んでいく。
「48手全て制覇はさすがにしんどいだろうから、これくらいで許してやろうと思ってね」
「……」
「ちょっと、聞いてるの?セイジ」
「…………」
リョーコの言葉は耳に届いてはいた。だが、“聞こえて”はいなかった。
セイジの目から、涙が後から後から沸いてくる。
「セイジー、おーい、セイジーッ?」
「あは、ああ、ああはは……はぁ、あ」
セイジはそのまま気を失った。
「……コイツ、そんなに嫌か」
のびているセイジを見て、リョーコは不機嫌そうな顔をした。
「ねえ、セイジったら」
こたつから出ると、リョーコは四つんばいになってセイジへと近寄った。
そして上からセイジの顔を覗き込む。
「……マジで気絶してるのか、こんにゃろ」
人差し指でセイジの鼻を突付いた。だが、セイジは反応しない。
無論、気を失ったからといって、リョーコはこのプログラムを変更するつもりはない。
犬にはきちんと躾をしなければならないのだ。
主人は毅然とした態度で臨む必要がある。
「……」
リョーコは体を起こすと、テレビの上に置いてあるデジタル時計を見た。
時間は、午後5時を少し回ったところだった。
「ま、いいか。7時までは寝かせといてやるわよ」
そう言うと、リョーコはもう一度、セイジの顔に自分の顔を近づけた。
「……セイジ」
出会った頃より、ずっと大人びた顔。
老けた、とも言える。教師は激職、苦労がたくさんあるのだろう。
もっとも、セイジに一番負担をかけているのはリョーコ自身なのだが。
「今年一年、リンやマサ、ミサキやアヤナの面倒をよくみてくれたね……ご苦労様」
リョーコは髪をかきあげると、セイジに軽く、優しくキスをした。
「来年もよろしく……ね」
そっと唇を離すと、リョーコは晩御飯の用意をするためにキッチンへと向かった。
「さて、精力つくもん作ってやるかね」
窓の外では、変わらず雪が降っている。
どこの家も、静かに年越しを迎えるはずだ。
だが、どうやらここは―――例外のようだった。
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