作品名 作者名 カップリング
「クリスマスイブ・イブ・イブ・ラブ」 ピンキリ氏 -

 空には灰色の冬雲が群れをなし、太陽の姿は数分に一度、ちらちらとしか見えなかった。
雪が降る数歩手前といった感じで、電線が北から吹く風に揺らされ、
その唸り声に似た耳障りな音が、これから後の一層の冷え込みを予告しているかのようだった。
今は昼の二時を少し回ったばかりで、一日のうちで一番気温が高い時間帯なのだが、
その寒さは朝とそれほど変わっていないように、道行く人々には思えた。

 東が丘から電車とバスを乗り継いで一時間弱のところ、小高い丘の上にひとつの高校がある。
その高校の前に一本、駅へと直に続いている大通りがあり、
駅側に向いて右に、切ったカステラを並べたような個性の無い新し目の住宅が、
左に、洋風やら和風やらの大きい立派な旧家が、それぞれ通りを挟んで建ち並んでいる。
大通り自体の勾配は、それ程急なものではない。
駅の改札口を降りると、目の前のバス停から高校に向けて、
子どもの足でも楽に進める程度の坂が約2kmほど、なだらかに続く。
高校自体の歴史は古いが、校舎は新しく建て替えられていて、設備等も充実している。
昔の名残を感じられるのは、学校を囲う煉瓦塀、大きな校門、
そして校門の横にはめ込まれたいかめしい大理石のプレートくらいだろうか。
そのプレートは古い物ということもあり、遠目からでは文字が判別出来ない。
だが、近寄ってみれば、古臭い字体で学校名が掘り込まれているのがわかるだろう。
『私立 聖光女学院』、プレートには、そう彫られていた。
 今日は12月22日、世間一般では諸々の学校の二学期終業式の日だ。
ここ聖光女学院でも終業式は正午前に終わっており、無事二学期の全日程が終了していた。
にも関わらず、まだ多くの生徒と職員が校内に残っていた。
 聖光女学院は県内でも有数の進学校である。
毎年、東大や早稲田など、一流大学に何人もの合格者を出している。
同時に、学業以外の活動も活発だ。
毎年秋に開かれる文化祭は、その規模の大きさと華やかさから多くの人が訪れるし、
インターハイや国体にも、個人団体問わず出場して好成績を挙げている。
勉学以外にも、そういった文化活動やスポーツ活動にもちゃんと学校は理解を示し、
自主勉強や各委員会、クラブなどで、放課後もかなりの生徒が残って活動している。
そしてそれは、終業式の日でも変わらないというわけだった。


 さて、女学院というからには女子校だ。
生徒は当然、全員が女性であり、教師も校長や教頭などの高齢者を除けばほぼ全員が女性である。
男性で堂々と校内に入れるのは、用務員か購買・食堂関係者、生徒及び職員の家族くらいなものだ。
常ならあまり校門前では男性を見かけないのだが、今日は終業式ということで、
昼過ぎには車で迎えに来た生徒の父や兄らしき者の姿がいくつかあった。
無論、家族以外の男性もいた。生徒の彼氏だ。
聖光のモットーは「自主、自律、自発」であり、私学進学校特有のお堅い校則な余りない。
一般の公立校と然程差は無く、厳禁であると明記されているのはアルバイトくらいだろうか。
そんな校風なので、男女交際についても特にやかましくはない。
堂々と校門前で待ち合わせというのはさすがにまずいが、
それも今日のような日にはノータッチだし、校門の警備員も目くじら立てたりはしなかった。
一部の生徒が性的に乱れているという噂も時々あったが、それで大きな問題に発展したこともない。
飽く迄も生徒の自主性尊重、それが学校の姿勢だった。
 そして、ここに一人、若い男性が校門の前にいた。
電信柱に背を預け、ぼうっとした表情で宙を見つめて立っている。
若い男性、というよりは少年と言うべきだろう。
少年は身長170センチ前後で、コートを羽織っているためにわかりづらいが、
太り過ぎても痩せ過ぎてもいないようだった。
髪はややボサッとしており、おさまりの悪い前髪が北風に吹かれてちらちらと揺れていた。
顔はと言えば、見る人によっては美形に見えないこともないという感じか。
目鼻立ちは整っているが、男らしいというよりやや中性的で、
ことさらに希少価値を強調するレベルではない。
頭のてっぺんから足のつま先まで見ても、特別ということのない、どこの街にもいそうな少年だった。
何故少年がぽつんとここに立っているのかと言うと、無論、彼も待っているのだ。
自分の待ち人が校門から出てくるのを。
哀れ、周囲に同じ境遇の人間は一人もおらず。彼だけが取り残されているのだった。
「へっくし」
 ここに来てから何度目だろうか。少年はクシャミをした。

「うー……」
 彼の名前は小久保マサヒコ。
彼は寒さに耐え、じっと待っている。彼女である、天野ミサキの帰りを。

                 ◆                     ◆


「マサくーん、待った?」
 栗色の髪をした一人の少女が、駆け足で少年のもとへと寄っていった。
走る動きに合わせて、学校指定のやや大きめのオーバーコートの裾ととおさげ髪が跳ねる。
一定のリズムで少女―――天野ミサキが吐く白い息が、冬の空気の中へと溶けていく。
「いや、そうでもないよ」
 嘘である。実際マサヒコはかれこれ一時間近く、ここに立っていたのだ。
だが、ここで「随分と待ったよ」という台詞を口にしては、男が廃るというものである。
「ごめんね、委員会の会議が長引いちゃって・・・・・・」
 ミサキも、マサヒコが立ちんぼうだったのはわかっている。
時間指定をしたのはミサキの方だからだ。
終業式の後の学級委員会は一時過ぎには終わるはずだと、ミサキは携帯でメールを送った。
だが議論が紛糾し、会議が長引いてしまったのだ。
会議の最中では携帯で連絡も出来ず、結果、マサヒコを寒中に一時間以上も待たせることになってしまった。
「本当にごめんね・・・・・・寒かったでしょ?」
「でもないさ」
 マサヒコはミサキに笑ってみせた。
それは、ミサキには眩しく見えた。
まるで、春の陽光のような、穏やかな暖かさを感じさせる笑み。
「……ごめんね」
 三度目の謝罪の言葉を口にし、ミサキはマサヒコの頬へそっと右手を伸ばした。
手袋の向こう側から、マサヒコの肌の冷たさがミサキへと伝わっていく。
「だから、気にするなって」
 マサヒコの方は逆に、掌を当てられた左頬に痺れに近い暑さを感じた。手袋の温さ、ではない。
「はは……ミサキ、あったかいな」
「……マサ君」
 マサヒコにとって、何かを待つ時間というのはさして苦痛ではない。
それに、ミサキだって遅れようと思って遅れたわけではないから、怒る理由などどこにもないのだ。
「じゃ、行こうか」
「あ……」
 ミサキは手を引っ込めた。
その頬が少し赤い。
寒さのせいではなく、照れと恥ずかしさを覚えたためだ。
男女が向かい合って、頬と掌で体温を交換するその行為に。
「ほら」
 マサヒコはオーバーコートのポケットに突っ込んでいた左手を抜くと、ミサキの方へと差し出した。
「うん……」
 ミサキは躊躇わずに、その手を握り返した。
そして二人は手を繋いで、校門の前から大通りを下へと向かって歩き出した。
「英稜は早く終わったの?」
「ああ、俺は昼から学校に用事は無かったしな。
家へ帰って着替えるくらいの時間の余裕は十分あったさ」
 校門から二十メートル程離れたところにあるバス亭を、二人は通り過ぎた。
バスが来るまで時間があったし、それに何より。
「その店ってのはどこにあるんだ?」
「駅の北口を降りたら、目の前にデパートに繋がる道があるでしょ?
その右手のパチンコ屋さんの奥、商店街の端っこにあるの」
「じゃあ前を通ったことが何度かあるな。でも、気がつかなかった」
「聖光の女の子の間じゃ、ちょっとした噂になってるよ。素敵な服がたくさん置いてあるの」
「へえ、そうなのか」
「女性向けのお店だから、マサ君が気づかないのも無理ないよ」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ」
 バスに乗ってしまったら、こうして“二人の会話”をゆっくりと楽しむことが出来ないではないか。
手を握り合って、肩を寄せ合っていれば、それだけで温かいし、
互いの言葉が耳に届く度に、音声が熱となって体の芯へと届いていく。
それを繰り返せば、もう寒さなんてへいちゃらなのだ。

                 ◆                     ◆


「これ、これが欲しかったの!」
 ミサキは一枚の服を手にとって、にっこりと微笑んだ。
「どう、かわいいでしょ?」
「あ、うん」
 かわいいでしょも何も、女性の衣服に関してはとんと疎いマサヒコである。
適当に相槌をうつしかない。
ミサキがかわいいと言うのなら、きっとかわいいのだろう。
そういうことにしておいた。
「でも、いいのマサ君?これ、結構高いんだよ」
 やや心配そうな目つきで、ミサキはマサヒコを見上げた。
「あー、馬鹿高くなきゃ問題無いよ。
せっかくのミサキへのクリスマスプレゼントなんだから、多少は無理しても構わないさ」
「だけど……」
「いいって。大体、言い出したのは俺の方なんだからさ」
 クリスマスプレゼント、ミサキの欲しいものを何かひとつ買ってあげる。
マサヒコがそう言い出したのは、前回のデートの時だった。
プレゼントの正体を教えず、当日渡して初めてわかるというのも王道的で趣きがあるが、
それよりもミサキが本当に欲しいものをプレゼントしてあげたいというのが、マサヒコの考えだった。
事前にリサーチしても、結局は当たり外れがどうしても出てしまう。
ならば、渡す本人に直接選んでもらう方がいいだろう、というわけだ。
ミサキは素直に嬉しかった。
マサヒコから貰うのなら、物が何だとしても絶対にケチをつけるつもりはないミサキだったが、
そうやって考えて自分にプレゼントしてくれるというマサヒコの心づかいが、ミサキにはたまらなくジンと来た。
「この色、なかなか売ってないんだよ」
「へー、そうなんだ」
 ミサキが嬉しいのなら、マサヒコも嬉しい。
とは言え、互いに関心と知識に差があり過ぎると、往々にして会話のテンションが変になってしまう。
ミサキが手にしているのは、淡いピンク色のカットソーだ。
フードがついているのかとマサヒコは一瞬思ったが、どうやらそれは首周りの飾りのようだった。
服は普通に着れたらいい、余程不恰好でなければ構わない。
そういう思考のマサヒコには、何がかわいらしくて何が素敵なのか、違いがどうしてもわからなかった。
「マサ君が前にくれたペンダント、あれに合うと思うんだ」
「そ、そうかもしれないな」
 どうも、いろいろと勉強が必要なようだった。


「ありがとうございましたー」
 店員の声に送られて、マサヒコとミサキは店を出た。
二人が店内にいた時間は二十分程だっただろうか。
ミサキが欲しいものが決まっていて幸いだった、とマサヒコは思った。
下手をすれば、「あれもいいこれもいい」で延々ファッションショーにつきあわされる可能性もあったからだ。
まあ、それでもマサヒコはきちんと最後までつきあうつもりではいたのだが。
出費の方も税込みで6150円、さして分厚くないマサヒコの財布でも、十分に耐えうる金額だった。
「ありがとう、マサ君。本当に嬉しい」
 ミサキはにっこりと笑った。
そう、マサヒコにしてみれば、金銭や時間などたいした問題ではない。
このミサキの心からの笑顔が見たくて、プレゼントを贈ったのだから。
「そうか、ミサキが喜んでくれて俺も嬉しいよ」
 マサヒコはそう言うと、ミサキに微笑み返した。
ミサキも、マサヒコを困らせようなどとはハナから考えていない。
もちろん、今胸の紙袋の中に入っている服は、前々から欲しかったものだ。
形としては、マサヒコの好意にべったり甘えたことになる。
だが、恋人が両手を広げて待っていてくれるのに、それに飛び込んでいかなくて何が恋愛か。
甘えるべき時は甘える、それが正しいやり方なのだ(無論返すべきときは返さなければならないが)。
そうすれば、双方ともに幸せな気持ちになれる。
「うふふ」
「ははっ」
 好きな人にプレゼントをしてあげられること。
好きな人に甘えられること。
好きな人の笑顔を見れること。
それの、何と素晴らしいことだろう。
「さ、それじゃ帰ろうか」
「うんっ」
 手をしっかりと握り締めあい、ニコニコ顔で駅の改札口へと向かう二人。
どこから見ても、実にお似合い、幸せいっぱいのカップルだった。

                 ◆                     ◆


 CD/MDコンポから、女性ボーカルの透き通るような歌声が流れてくる。
マサヒコとミサキは、肩を寄せ合って、その歌を聴いていた。
今、二人がいるのは小久保邸のマサヒコの部屋だ。
こちらに帰ってきてから、ミサキは一度自宅に着替えに戻り、またマサヒコの家へとやってきたのだ。
「……」
「……」
 マサヒコの部屋は暖房が効いていて、とても暖かい。
携帯の電源はオフにしてあるし、玄関もロックしてある。
まさに二人だけの空間だった。
そう、実際に小久保邸は完全に“二人だけの”ものになっている。
マサヒコの父は出張しているし(本当にご苦労様なことである)、母は町内会のカラオケ忘年会で外出中。
ついでに言えば、ミサキの両親もともに外に出ていて、
天野邸と小久保邸は夜遅くまで二人だけしかいない。
「いい歌だね……」
「ああ、そうだな……」
 歌詞自体はありふれたもので、むしろラブソングとしては陳腐とさえ言えた。
だが、それを補って余りあるほど、歌手の歌声は抜群にキレイだった。
透明感に溢れていながら、それでいてはっきりとした存在感、自己主張がある。
「……」
「……」
 ミサキはマサヒコの肩へと頭を預けた。
マサヒコの心音が、ミサキの耳ではなく、体に直に伝わってくる。
トクン、トクンという優しい音。とても気持ちが落ち着く音。
ミサキは目を閉じた。小さく、すうっと深呼吸をしてみる。
自分の心臓の鼓動が、マサヒコにだんだんと同調していくように、ミサキには思えた。
「……」
「……」
 CDの音が、だんだんと二人から遠ざかっていった。
いや、CDだけではない。
二人を包む周囲全てが、静寂へと移り変わっていく。
もちろんそれは二人の錯覚なのだが。
「……」
「……」
 やがて、お互いの心音以外はまったくの無音になった。
トクン、トクン。
ドキン、ドキン。
それは、どんなスーパー・バンドも、名作曲家も奏でることが出来ない、極上のメロディ。


「あ……」
 果たして、どれくらいそうしていたのだろうか。
ミサキは、不意に覚醒して目を開けた。
すでにCDは止まっていた。
「……マサ君」
 ミサキはそっと、右斜めを見上げた。
マサヒコはまだ目を閉じている。
「……」
 眠っているわけでないのは、ミサキにはすぐにわかった。
ミサキが目を開けたのは、マサヒコが自分の首に腕を絡めてきたからだ。
「マサ、くん……」
「ん……」
 ミサキの呟くような呼びかけに、マサヒコはうっすらと目蓋を開いた。
ミサキはマサヒコの肩から、鎖骨の辺りに頭の位置をずらした。
さっきより大きく、マサヒコの鼓動が体に響いてくる。
「ミサキ……」
 マサヒコも、それに合わせて腕に力を込めた。
ミサキをもっと、自分の側に引き寄せるように。
トクン、トクン、トクン。
ドキン、ドキン、ドキン。
二人とも、心臓が体中に血液を送り込むスピードが段々と速くなっていく。
自分の心音と、相手の心音が、同調を通り越して、混ざり合っていくような感覚。
それの、何と心地良いことか。
「……マサ君」
「ミサキ……」
 ミサキは少し、体を伸ばした。
マサヒコは少し、頭を下げた。
同じタイミング、同じ速さで、二人の顔が、唇が近づいていく。
まるで、吸い寄せられる磁石のように。
どちらかが合図を送ったわけではない。
ただ、気持ちに素直なままに行動しただけだ。
「ん……」
「うん……っ」
 唇が重なった。
柔らかい感触。
唇を通じて、マサヒコの全てがミサキに、ミサキの全てがマサヒコへと伝わっていった。
表現のしようのない、凄まじいまでの幸福感が二人を包み込む。
「む……ん……」
「……あ……んっ」
 マサヒコが優しく、ミサキを両腕で抱き締めた。
ミサキもそれに応え、マサヒコの首を抱え込むように手を回した。
自然、ミサキはマサヒコの上に乗るような姿勢になる。
自分達以外に誰もいない、誰にも邪魔されない。
その事実が、二人を更に大胆にしていく。
「……ゅ……」
「は……ん……」
 ただ、唇だけを求める二人。
お互いの前髪が、鼻の頭に、目蓋に触れる
「はふぁ……」
「ああ……」
 たっぷり五分間、二人は唇を、舌を絡めあった。
顔を離した二人の、唇と唇の間に、銀色に妖しく光る細い唾液の橋がかかる。


「ミサキ……」
 マサヒコの手が、ミサキの肩からそっと下へと動き、腰と尻の境界へと、たどり着いた。
「あ……っ」
 マサヒコの両の掌が、その部分をさわさわと撫でていく。
ミサキはピクリと顎を震わせた。
「は、はん……はぁ」
 くすぐったいような、痺れるような奇妙な快感が、ミサキの腰から全身へと広がった。
マサヒコは同じような動きではなく、時に背中、時に太股の方へと動きを散らした。
ミサキの頭が、それを受けて、左右にビクリビクリと揺れ動く。
「マサ……くんっ……んっ」
「ミサキ、ミサキ……」
 マサヒコは顔を上げ、ミサキの耳たぶから首筋にかけて、ふうっと息を吹きかけた。
「ひゃぁあっ……っ!」
 ミサキがピンと体を仰け反らせた。
マサヒコの息がかかった部分が、異様に熱い。
だが数秒後には、逆に氷を押し付けられたように冷たくなっていく。
「ううっ、はぁぁ……」
 ミサキの紅潮した肌が、小刻みにブルブルと揺れ震えた。
ただひとつの思いが、腹の下、腰の奥の方から止め処なしに沸きあがり、ミサキの体を濡らしていく。
マサヒコが欲しい。マサヒコに全てをあげたい。マサヒコと交わりたい。
それは、愛欲や性欲を超越した、純粋な欲求。
「ミ、サキ……」
 自分の愛撫に細かに応える身体。
ふわふわと栗色の髪がゆらめく度に届く、甘い汗の匂い。
桜色の唇から漏れる、快楽に染まった薄い声。
視覚、嗅覚、聴覚、それらを通して脳に届くミサキの痴態が、マサヒコを昂ぶらせていく。
ミサキが欲しい。ミサキを支配したい。ミサキと交わりたい。
生物が誕生した時から続く、雌に対する雄の、透明な欲求。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ……すぅ、は……」
 直接、敏感な場所に触られているわけではない。
直接、敏感な場所を刺激しているわけではない。
だが、だからこそ、より一層感じてしまう、燃えてしまう。
「ああ……!」
 ミサキは嬌声をあげた。
スカートの中の下着、女性の部分の真下。
そこに何かの脹らみが触れたからだ。
「は……ぅ」
 マサヒコは大きく息を吐いた。
トランクス、そしてジーンズを突き破らんばかりに猛った、己の分身。
そこに、何か柔らかいものが当たったからだ。
「マ、マサ……ちゃ……ん」
「ミサキ、ミサキ、ミサキ……」
 布三枚を隔てて伝わる、互いの興奮の具合。
マサヒコとミサキは、数度腰を動かし、そこを押し付けあった。
「ミサキ、俺……っ」
 マサヒコがとうとう侵入線を突破した。
ミサキのスカートをたくしあげると、ショーツにその指を這わせたのだ。
「は、ひゃっ!あっ!」
 それも一瞬、次にはマサヒコの手はミサキの太股を上から押さえるように掴んでいた。
そして、やや強引に割り開いた。
「あーっ!」
 ミサキはマサヒコの首にしがみついた。
マサヒコの脹らみが秘所を擦る勢いが、先程の倍近く速くなる。
「あっ、あっ、あっ……!」
 マサヒコは太股から手を離すと、ミサキの背中に手を回して優しく抱きしめた。
その背中の上下動に合わせて、荒い呼吸音が近くなったり遠くなったりする。


「ミサキ……」
「マサちゃん……」
 ミサキのマサヒコの呼び方が、“君”から“ちゃん”に変わっていた。
いくら何でも小さい子じゃないんだから、ちゃんづけはやめてくれ。
互いをまた名前で呼ぶようになった時、マサヒコはミサキにそう言った。
ミサキは少し寂しい気もしたが、マサヒコの男としての気持ちもわかったので、素直に従った。
だが、そうは言っても染み付いた癖は簡単に直るものではない。
こういうときは、どうしても“君”から“ちゃん”に戻ってしまうのだ。
「マサちゃん、マサちゃん……!」
「ミサキ、ミサキ……」
 また、二人は顔を寄せ、キスをした。
先程のよりももっと濃厚に、舐り、重ね、吸いあう。
それぞれの口の端から、唾液がきらりと光って垂れていく。
「ああ……」
 ミサキはマサヒコの首を解放した。
二人の瞳は、まるで熱病に冒されたように焦点を結んでいない。
快楽の幕が、覆いかぶさっている。
「ミサキ……足、を」
 マサヒコが呟いた。
ミサキは小さく頷き返した。足をどうして欲しいのか、聞かなくてもわかっている。
「んん……」
 腰を浮かし、後ろに重心をかけ、手を絨毯の上につく。
秘所をマサヒコに突き出すような格好だが、ミサキの頭には恥ずかしいという思いは無かった。
むしろ、悦びが脳内に満ちていた。
「……」
 マサヒコは手を伸ばすと、ミサキのスカートの乱れを直し、あらためてたくし上げた。
そして汗と淫らな液で濡れたショーツに指をかけ、ゆっくりと引き下ろしていった。
「……ああっ」
 ミサキは顎を上げると、蕩けたように息を吐いた。
愛する人に、下着を剥がされている。
身体の中で一番恥ずかしい場所を見られている。
その事実が、ミサキの心、女性の淫蕩な部分をチリチリと刺激し、焼き焦がす。
「ん、ん……」
 ショーツが膝まで達した。
ミサキは右足だけを動かし、マサヒコがショーツを脱がせ易いように体勢を変えた。
やがて、ショーツはミサキの右の爪先を通り越した。
マサヒコも、全部剥ぎ取ってしまうという無粋な真似はしない。
ミサキの左の膝、太股の下部に、ショーツを残したままにしておく。
「ミサキ……」
 次に、マサヒコは自分のジーンズのジッパーを摘んだ。
ゆっくり、ゆっくりと、自分を、そしてミサキを焦らすように下ろしていく。
「ああ……!」
 ミサキが色づいた声をあげた。
今さっきまでジーンズとトランクスの下に押し込められていた、マサヒコの分身。
枷を外されたそれは、文字通り飛び出るような勢いで、雄々しくそそり立った。
「……」
「……」
 マサヒコがミサキの顔を見た。
ミサキも、マサヒコの顔を見た。
互いが、何を欲しているか、そこに書いてあった。
 ミサキは腰に力をいれ、床から手を離した。
再び膝立ちに、跨るような姿勢を取ると、自身の真下にあるマサヒコのそれに、指を絡めた。
「は……っ!」
 マサヒコの口から、快楽の響きが漏れた。
「ん、ん、んん……」
 マサヒコのペニスは十分な硬さであり、それ以上の興奮は必要が無かったが、
あえてミサキは撫でるような優しい手つきで扱いた。


「ミ、ミサキ……ッ!」
 悲鳴に近いマサヒコの声が、ミサキの脳髄を焼く。
淫らな格好で、マサヒコに跨っている。
マサヒコの、硬くなったそれをいじくっている。
マサヒコが、自分の手で気持ち良くなっている……。
それは肉体ではなく、精神のセックスだった。
「はぁ……」
 ミサキは手を止めた。
そして、マサヒコのそれと、自分の秘所が重なるよう、狙いを定めて腰を動かした。
下になっているマサヒコも、ミサキの太股の裏を支えるように持ち、その動きを助けた。
「あ……!」
「くっ……!」
 マサヒコの先端が、ミサキの濡れた門に触れた。
「マ、マサちゃん……っ」
「……ミサキィ」
 マサヒコとミサキは、そこで一度身体の動きを止めた。
ミサキはそっと、マサヒコの方へと両手を伸ばした。
マサヒコも同じく、両手を持ち上げた。
二人の掌がくっつき、指と指が絡み合う。
「あ、あ、あ、あ……あーっ!」
 ミサキが腰と太股の力を、そっと抜いた。
「うっ、くうっ!」
 マサヒコが腰を、ゆっくりと突き上げた。
「あ……ああ……あ……あ!」
「お……うっ……く、は、っ」
 マサヒコのものが、ミサキの中へ徐々に埋まっていく。
二人とも、もうまともな思考力は失っていた。
恋人としてつきあい始めてから、もう何度もこうやって肌を重ねたけれど、
冷静さを保ってセックスしたことなんて一度もない。
それは若さゆえなのか、それとも性格のせいなのか。はたまた本性が淫らなためか。
どれか一つが正しいというわけではなく、どれもがみな正解なのだろう。
そして、愛しすぎる程に互いを愛しているために、落ち着いた心のままで交われないのだろう。
それは、あまりに幸せな、幸せ過ぎる恋人の形と言えた。
初めての時も、二度目の時も、三度目の時も。
マサヒコの部屋でした時も、ミサキの部屋でした時も、ラブホテルでした時も。
何時も同じように愛と性欲の炎が燃え上がり、ただ相手のみを求める。それ以外には何もない。


「ふ、あ、ああぁぁ……」
「うっ、う……うう」
 マサヒコの腰と、ミサキの尻が密着した。
マサヒコの全て、ミサキの中に入った。
ミサキの全てが、マサヒコを包んだ。
「マサ、ちゃ、あっ、あっ、ああっ!」
「ミサキ、ミサキ、ミサキッ!」
 これ以上、ミサキもマサヒコも我慢が出来なかった。
欲しかった。相手の全部が欲しかった。
貪りつくしたかった。飲みつくしたかった。
「ミサキ、ううっ!」
 激しく腰を上下させるマサヒコ。
ミサキも一心不乱にその動きに合わせた。
「マサちゃあん、マサちゃあん……!」
 二人の体中の血管を、もの凄い勢いで快楽が駆け巡る。
「くっ、い、いいっ……ミサ、ミサキ!」
 マサヒコはぎゅっとミサキの手を握った。
その力を強くする度に、ミサキの秘所の締め付けも強くなっていく。
「あん、マサちゃ、き、気持ち、い、あ、あ、好き、好き、好きぃ」
 ミサキもマサヒコの手をぐっと握り返した。
そうすると、マサヒコの突き上げる速度が速くなっていく。
「ミサキ、好きだ、好きだっ」
「マサちゃん、あっ、いいよぉ、も、もっと」
「ミサキ、ミサキ、ミサキ、ミサキ、ミサ、キッ!」
「マサちゃん、マサちゃん、マサちゃん、マサちゃあん!」
 限界が訪れようとしていた。二人一緒に。
「くっ、ミサキッ、で、出るっ!」
「ああっ!いくっ、マサちゃん、んぅ!」
 マサヒコは繋いでいた手をミサキの腰に移すと、掴んで持ち上げようとした。
わずかに残された理性が働いたのだ。
そしてそれは、ギリギリで成功した。
「あっ、くうっ!」
「あ、あ、あ、あ、ああんんーっ!」
 マサヒコのペニスの先から、熱い精液がほとばしった。
それはミサキの陰毛にかかり、どろりと引っかかった。
「あ、う、は、は……ぁ……」
「あ……ああ……ぁ……」
 マサヒコは力を使いきり、ミサキの腰から手を離した。
ミサキがガクッとマサヒコの方へと倒れ込んだ。
マサヒコのペニスは、今度はマサヒコ自身のお腹とミサキのお腹に挟まれる形になった。
射精はまだ止まらず、互いの腹から脇腹にかけて、吐き出された精液が広がり、衣服に染み込んでいった。
「は……ぁ……ミサ、キィ……ッ」
「マサち、ゃ、ん……」
 そのままの格好で、二人は動けなかった。
二人の体から湯気がうっすらと立ち上った。暖房が効いていて、暖かいはずの部屋に。
「……」
「……」
 マサヒコの手が、パタンと床に上に投げ出された。
と、マサヒコの指先がCD/MDコンポのリモコンに当たった。
ピッとスイッチが入り、軽やかな音楽がコンポから流れ始めた。
 二人以外の“音”が、また戻ってきた。

                 ◆                     ◆


 コトが終わってからも、二人はなかなか起き上がれなかった。
これまた、何時ものことだった。
余韻を楽しんでいたわけではない。まだ二人には、そこまでの余裕のあるセックスなど出来ない。
全力で愛しあう結果、体力を使い果たしてしまうのだ。
このまま眠ってしまいたい二人だったが、そうもいかないのが現実だ。
汗と精液で汚れた体と服をどうにかする必要があったし、それに何より、マサヒコの母が帰ってきてしまう。
性に理解がある母とはいえ、幾らなんでも、こんな姿を見られるわけにはいかない。
マサヒコとミサキは支えあうように風呂場へ行き、シャワーを浴び、湯船に浸かった。
二人して入浴するなど、これまた若い男女からしてみればたまらないシチュエーションなのだが、
ここで二回戦に突撃するような勇気も体力もさすがにどちらにも無かった。
若いんだから何発でも、というのはぶっちゃけファンタジーなのだとマサヒコとミサキは理解した(何とも妙ではあるが)。
で、風呂から出た後、マサヒコは自分に分だけ、汚れた衣服を洗濯機に放り込んだ。
ミサキの分は自宅に持って帰ってもらうことにした。
ミサキの服だってすぐにでも選択したいのだが、それをすると、
明日の朝、小久保邸のベランダに女性物の下着が二人分、干されることになってしまう。
それは世間的に見てちょっと、いやかなりマズイ。マサヒコの母はニヤリと笑うだけで済ませるだろうが。
二人は着替えを済ませると(ミサキは代えの衣服を家から持ってきていた。つまりやる気満々だったわけで)、
キッチンへと向かった。体力を使ったから、というわけではないが、腹が減ったのだ。
で、テーブルの上を見て二人は絶句した。

「……こりゃ、何だ」
「……」
 ラップをかけられたハンバーグとポテトサラダ、そして茶碗、ソース等々がきちんと並べられていた。
「か、母さん……」
「あは、は……」
 帰りが遅くなるということで、マサヒコの母はちゃんと晩御飯の用意をしてくれていたのだ。しかも二人前。
確かに晩御飯は家で食べるとは言った。
だが、今日ミサキが来ることをマサヒコは母に伝えていないのだ。
二人がつきあっているのを母は知っている。
知っているが、それにしてもこの手回しの良さ勘の良さは何なのか。
晩御飯だけではない、お風呂まで沸かされていたのだから、もう何と言っていいのやら。
きっとニヤニヤ顔で準備していたのだろう。
きっと今頃は、いい気持ちでマイクを握っているはずだ。
「まったく……」
 マサヒコは、湯飲みの下に挟まれたメモを手に取った。
それには、こう書かれていた。
『
 帰りは遅くなります。遅くしてあげます。
 晩御飯は用意しておくから、レンジでチンして温めること。
 ミサキちゃんも、アンタのチンで熱くしてあげること。

 P.S
 マサヒコ、あんたバレバレ。
 学校から帰ってきて鞄放り出して着替えてすぐ外へなんて、
 これからデートですって体で言ってるようなもんじゃん。
 濱中先生に電話したら、クリスマスパーティは明後日だって言うし、もう間違いないわよね、これ。
 天野さんちもウチもどっちも両親が遅い。
 で、アンタは出ていったクセに家で御飯を食べると言った。
 アンタとミサキちゃんはつきあってる。さあ、ここから導き出される答はなーに?

 P.SのP.S
 サンタさんはコウノトリとは違います。この歳で私はお祖母さんになりたくありません。
 私と父さんを見習って、避妊は計画的に。
                                                              』

 マサヒコとミサキは顔を見合わせた。
何も言わなかった。言えるはずがなかった。
 
                 ◆                     ◆


「寒いねー……」
「ああ、寒いな」
 ミサキとマサヒコは、夜の道をぶらぶらと歩いていた。
互いの家は直線にして十メートルも離れていない。
会おうと思えばすぐに会えるということもあり、デートの終わりは引き摺らない二人ではあったが、
何故か今日は離れ難く、こうして冬の夜空の下で散歩とあいなったのだ。
「マサ君、クリスマスプレゼントのことなんだけど……」
「うん?」
「あの、本当にありがとうね」
「ははっ、もういいって」
「それでね、あの、私の方のプレゼントなんだけど……」
 ミサキは下をむき、モジモジとしながら言葉を続けた。
「……クリスマスには、間に合わない……かも」
「?」
 マサヒコは首を傾げた。
ミサキの言っていることがよくわからない。
「それって、どういうことだ?」
「あの、その……マ、マフラー、なんだけど」
「はあ、マフラー」
 マサヒコは自分のマフラーの端を持ち上げた。
マフラーと言えば、この首に巻くコレだろう。
バイクのマフラーなんかではあるまい。
「て、手編みで……作ってるの、その、マサ君のために」
「え、そうなのか!?」
 ウン、と小さく、ミサキは頷いた。
「でね、あの、わ、私……家庭科、得意じゃないから……」
「ははあ……」
 ここまで来ると、いかにニブチンのマサヒコでもわかるというものだ。
ミサキはマサヒコのために手編みのマフラーを作っているのだ。
だが、元来家事全般に不器用な彼女のこと、努力に結果が付いてきていないのだろう。
マサヒコがミサキに「好きなものを買ってあげる」と事前に宣言したにも関わらず、
ミサキの方からマサヒコにプレゼントの件で話が何一つ無かったのは、そういうことでもあったのだ。
上手く作れてないという事実と、ナントカして完成させて、マサヒコを驚かせてやろうという思い。
「あの……お、お正月まで待ってくれたら、どうにかなる……かも」
「正月って、お前……」
 マサヒコはあきれた。
それではクリスマスプレゼントではなく、お年玉だ。
「くっ、ははっ」
 マサヒコは不意におかしくなってきた。
いかにもミサキらしいと思ったからだ。
「あ、な、何で笑うの?」
 対照的に、ミサキは今にも泣き出しそうな顔になった。
マサヒコは笑いを止めると、ミサキの肩に手を回し、そっと引き寄せた。
「いいんだって、どんなに格好悪くても、俺は気にしないよ」
「あ、ひどいマサ君」
「ミサキがくれるものに文句なんて言うもんか」
「え」
 その一言で、ミサキの顔はリンゴのように真っ赤になった。
「ミサキの気がすむようにしたらいいさ。俺は期待してずっと待ってるから」
「マ、マサ君……」
「だから、それまでは」
 マサヒコはミサキのマフラーと自分のマフラーを解いた。
そして、端を端を括り、一本に繋げた。
「これで我慢してるからさ」
 そう言うと、マサヒコはそのロングマフラーを自分の首に巻き、
次に反対側をミサキの首に巻いた。 


「あ、うっ」
 マサヒコが動くと、ミサキはどうしてもマサヒコの方へと着いていかなければならない。
「……マサちゃん」
「ん?」
「あの……クリスマスプレゼント、このロングマフラーじゃ、ダメかなあ」
「……そりゃ卑怯だぞ。初志貫徹、ぜひ手作りマフラーを完成させてくれよ」
「う、うん……」
「よしよし」
 仕事帰りと思われる壮年の男性が、怪訝そうな顔をして二人とすれ違った。
マフラーによって繋がれた若い男女を見て、果たして彼はどう思ったことか。
「んっ?」
「ひぎゃ」
 マサヒコは不意に立ち止まり、顔を天へと向けた。
首を引っ張られ、ミサキはカエルのような少々情けない声を出した。
「な、何?マサ君」
「……今、降ってきた」
「え?」
 ミサキも、マサヒコと同じように上空を見上げた。
「あ……!」
 ミサキは息をのんだ。
暗い闇の向こうから、白く輝く小さな冷たい塊が、ふわふわと降り落ちてきている。
「雪、だ……!」
「ああ、雪だ……」
 二人は立ち止まったままで、舞い落ちてくる雪を見た。
街灯のあかりに反射し、何とも言えないくらいにキレイだった。
「……積もる、かな」
「かもな」
 二人が息を吸い、吐くその一つの動作の間にも、雪の勢いはどんどんと強くなっていく。
「ホワイトクリスマスになる、かな」
「明後日まで降り続けば、そうなるな」
 街灯の下で空を仰ぐ二人を、もし、別の場所から二人を見る人がいればきっとこう思っただろう。
街灯がまるでスポットライトのようだ。
その下に立つ二人に降り注ぐ雪は、まるで祝福の銀色の紙吹雪のようだ―――と。
「……さ、本格的に降る前に帰ろう。風邪引いたら、明後日のクリスマスパーティに出席出来なくなるぞ」
「そうだね、もし休んだら、皆から怒られちゃう」
 マサヒコは、マフラーを引っ張った。
つられて、ミサキはマサヒコに体を張り付かせた。
「……ふふふ」
「ははは……」
 ミサキは笑った。
マサヒコも笑った。
そして、早くも薄く積もりつつある雪に足を取られないよう、
気をつけながらゆっくりと歩調を合わせて歩き出した。
自分達の家へ、帰るために。
銀色の紙吹雪の中を、肩を寄せ合って。




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