作品名 作者名 カップリング
「アイのカタチ」第七話目 ピンキリ氏 -

 小久保君、あなた……天野さんをどうするの?」
「どう、って……」
 静寂と薄い闇に包まれた小さな公園に、アヤナとマサヒコはいた。
「……どうするの?」
「……」
 アヤナはもう一度、マサヒコに尋ねた。
だが、マサヒコは答えなかった。
「ねえ、小久保君」
 公園の灯りはあまり立派なものではなく、表面が汚れていることもあって、
敷地内を照らすには不十分なものだった。
だが、その暗がりの中でも、アヤナの瞳はマサヒコを射るように強く輝いていた。
「くっ……」
 マサヒコは逃げるように、視線を逸らした。
マサヒコは答えなかったのではない。答えられなかったのだ。
答えにあたる、結論というものを、マサヒコはまだ見つけていなかった。
「……やれやれ」
 そんなマサヒコを見て、アヤナは肩をすくめると、
近くのベンチに飛び乗り、その上を爪先でゆっくりと左右に歩き始めた。
「前から思ってたけど……肝心なところが小久保君はヌケてるのね」
「え……?」
「鈍感すぎるってこと」
 マサヒコはアヤナの方を見たが、数秒でまた顔を下へと向けた。
「天野さんが自分のことを好きだってこと、気づいたのはいつ頃?」
「……」
「それも答えられない?まさか、わからないってことはないでしょ?」
「……」
「だんまりじゃあ話にならないんだけど……まあ多分、濱中先生とアンタがつきあい始める前後、ってトコかしら?」
 マサヒコはまだ黙っていた。
その沈黙は、アヤナの言葉の肯定を意味していた。
「それで、その時どう思ったの?」
「どう……?」
「自分のことを好きでいてくれる幼馴染に対して、どう思ったの?」
「そ、それは……」
 マサヒコは顔を上げた。
視線の先のアヤナは、ベンチの上から厳しい表情でこちらを見下ろしている。


「……いずれちゃんと話すつもりだった。俺が好きなのはアイ先生で、つきあってて……」
「で、結局話せなかった、と?」
「……!」
「家が目の前なのに?すぐに会えるのに?天野さんは、いつだってアンタに会いたがってたのに?」
「う……」
「逃げてただけじゃない、アンタも、濱中先生も」
 その言葉は、マサヒコの心臓に突き刺さった。
グサリ、という音が本当に聞こえたように、マサヒコには思えた。
「さっさと想いを伝えなかった天野さんも天野さんだと思うけど、小久保君、アンタもアンタよね」
「……」
「初めて人を好きになった。同時に、幼馴染が好意を寄せ続けてくれていることも知った。
好きになった人と恋人同士になった」
「……」
「幼馴染は一番の異性の友人だった。その思いは変わらない。恋愛対象ではない。
幼馴染に言わなければならない。自分は他の人が好きでそしてつきあっている。
お前とはつきあえない。友達としてしか見ることができない」
「……」
「言わなきゃならない。でもそれは幼馴染にとっては辛いことになるだろう。
それは自分もわかる。だって、自分も人を好きになったんだから。
でも言わないと。だけど幼馴染を傷つけたくない。だけど、だけど、だけど……」
「……」
「で、言えないままズルズルときて、こうなっちゃったってわけね」
「……」
 マサヒコはただ黙るしかなかった。
アヤナの言葉は、全て正鵠を射ていたからだ。
「私、思うんだけど」
「え……?」
「ねえ、小久保君、天野さんにズバッと言えば良かったのよ」
「……は?」
 マサヒコは戸惑いの表情を浮かべ、アヤナの顔を見た。
アヤナが何を言っているのか、何を言いたいのかを理解できなかったからだ。
「小久保君が本当に天野さんを友達として、幼馴染として大切に思ってるんなら、そうするべきだったってこと」
 マサヒコの体に、衝撃が走った。
「わか、たべ……」
「さっきも言ったけど、小久保君は逃げてたのよね。
天野さんを傷つけたくないから、というのは都合のいい勝手な思い込みよ。
優しい、ってのはそういうことじゃないと思うわ。
大切に思ってるからこそ、はっきりとこういうことは言っておくべきではなくって?」
 アヤナの言葉がひとつひとつ、見えない湯となってふりかかっていく。
それは肉に溶け込み、骨を通り、血を熱くさせ、内臓を焼いた。
「……それは、それは」
「違う、って言うの?そうね、確かに天野さんは傷つくと思うわ。
大好きな男の子が、自分のよく知る年上の女性と恋人同士だったなんてね。
でもね、あなたがそれを伝えなかったら、誰が伝えるの?
濱中先生?違うわ。小久保君、あなた自身でしょう?」
 アヤナの口調が、いつのまにか少し変わっていた。
叩きつけるような鋭さが消え、諭すような柔らかいものになっていた。
「お、れ……」
「そう、あなたよ」

                 ◆                     ◆


「アイ、あんた……マサのこと、どれくらい好きなの?」
「どれくらい、って……」
 アイの部屋で、テーブルを挟んでアイとリョーコは座っていた。
「ね、どれくらい?」
「……」
 アイは答えなかった。どう答えていいのかわからなかった。
「ねえ、アイ」
 リョーコは幼子に語りかけるように、ゆっくりと言葉を口にした。
「アイの正直な気持ちを聞きたいの」
「私、は……」
 アイは俯き、自分の膝に目をやった。
アイの答は最初から決まっている。
マサヒコを好き、その気持ちに嘘偽りはない。
だが、今、それをはっきりと声に出していいのかわからないのだ。
「……やれやれ」
 そんなアイを見て、リョーコは首を振ると、
後ろに手をつき、伸びるような姿勢で座り直した。
「前から思ってたけど……肝心なところがアイはしっかりしてないのよね」
「え……?」
「悩み過ぎってこと」
 アイはリョーコの顔を見たが、数秒でまた顔を下へと向けた。
「いつかはこうなるって思ってたわ」
「……え?」
「マサもアイも、ウブと言うかそこら辺経験値低いもんね。どっかでつまづくだろうなー、って」
「……」
「それに、ミサキの存在もあるしね」
 ミサキ、という名前を聞いて、アイはビクリと体を震えわせた。
「……」
「あのね、アイ」
 リョーコは姿勢をまた変え、机の上に乗り出すような格好でアイに顔を近づけた。
「極論かもしんないけど、マサとアンタは何も悪くないのよ?」
「せ、先輩……?」
「誰と誰がつきあおうが、それは完全にその二人の問題よ。
芸能人じゃあるまいし、周囲に気を配りながら恋愛するバカがどこにいるっての?
私は純愛とかを語れる立場じゃないし、あんまり語りたくもないけど、結局はそういうことよ。
ミサキは自分の想いをマサに言えず、
マサとアンタはミサキが立ち止まってる間にお互い告白してつきあい始めた、それだけ。
悪い悪くないで言えば、さっさと告白しなかったミサキが悪いんだわ。
先日の件はアヤナとリンから聞いたんだけど、その辺はあの子たちもよくわかってないみたいね」
 まあ、アヤナとリンがアンタたちに怒ったのはミサキに同情したためだけじゃないけどさ、
と最後に小さく呟くと、リョーコは持参した缶コーヒーに口をつけた。
すっかり冷めてしまっていたが、リョーコは気にせず一気に喉の奥へと流し込んだ。


「ね、そうやって割り切って考えれば簡単でしょ。何も悩む必要ないじゃない?」
「そ、それは」
「違う、って言うの?」
「わ、私、ミサキちゃんの応援をする、って一度言っておきながら、その、あの」
「それで想い人を奪っちゃう、なんてこたぁザラにあることよ。
言っとっけど、世の中シビアにドライに生きてかなきゃダメよ?
あれもこれも大事に出来るわけないじゃない。割り切る、ってことはある意味人生で最も重要かもね」
「……」
 アイは涙目になり、さらに深く俯いた。
そんなアイを見て、リョーコはジト目になると、大きくため息をついた。
「はー、まったく……成る程、アンタとマサはお似合いかもね。
そうやって肝心なトコではっきりくっきり出来ないとこなんてそっくり」
「……でも、でも、私」
「罪悪感も責任感も、そんなのアンタが覚える必要はない」
「ち、違います!」
 リョーコの突き放すような言葉に、アイは大きな声を返した。
「私、私、ミサキちゃんを傷つけちゃったんです、ミサキちゃんを応援するって、
そう言っておきながら、私、私、私……マ、マサヒコ君と……!」
「だったら!」
 さらに大きな声で、リョーコはアイの言葉を遮った。
「そう思うんだったら、ミサキに対して、マサに対して!アンタは何をしたいと思うの?何をするべきだと思うの?
自分の部屋でグジグジとすること?そうじゃないでしょうが!」
 冷たく突き放すような喋り方から一転、リョーコは激しい調子で舌を動かした。
そこから生まれる言葉は、雷鳴のように轟き、アイの耳に突き刺さった。
「ちゃっちゃと言えばいいのよ、ミサキちゃんには悪いけど、私はマサヒコ君のことを愛してる、って!
最初からそうするべきだったのよ、それで、こうなっちゃった以上、余計そうするべきでしょうが!
アンタも辛い、マサも辛い、ミサキも辛い、そこで止まってたら前に進まないじゃない!
悩むの結構、だけど、悩むならやることやってから悩みなさい。
ミサキに責められるのが怖い?嫌われるのが怖い?マサと別れちゃうかもしれないのが怖い?
まだそこまで行ってないじゃない!そうなってから初めて悩みなさい!
一人で部屋の中でくよくよしてたって何も問題は解決しないのよ!」

                 ◆                     ◆


「ミサキちゃん、ミサキちゃんは……小久保君のこと、まだ想ってる?」
「まだ、って……」
 小さな個人経営の喫茶店で、ミサキとリンコは向かいあって座っていた。
「ね、ミサキちゃん?」
「……」
 ミサキは答えなかった。
マサヒコのことになると、ミサキの口は急に重くなる。
「まだ、好きなんだよね?」
「私、その……」
 ミサキは一度顔を窓に向け、数秒程してからまた、リンコの方へと戻した。
机の上のカフォオレのカップから立ち昇る湯気越しに、リンコの穏やかな顔が見える。
今でも好きも何も、十年近くずっと想ってきたのだ。
マサヒコとアイがつきあっているからと言って、急に嫌いになるわけなんかない。
「……」
「黙ってるってことは、まだ好きってことだよね」
 ミサキは小さく頷いた。
「……良かった」
「え?」
「まだ、小久保君のことを好き、って気持ちがちゃんとあるんだ」 
 リンコはカフェオレを手に取ると、ふぅふぅと吹いて冷まし、そっと口をつけた。
ミサキもカップを取ったが、そこで止めた。
飲もう、という気が沸いてこなかった。
「私ね、ミサキちゃんが小久保君のことを嫌いになってないか、心配だったの」
「え……?」
「そんなの、悲し過ぎるもん」
「リンちゃん……」
「あのねミサキちゃん、私、思うんだ」
 リンコの声は、どこまでも穏やかだった。
ミサキの耳から脳へ、そして心へ、染み透っていく。
「小久保君と、アイ先生がつきあってることなんだけど」
 カップを持ったミサキの手が、ピクッと小さく揺れた。
マサヒコとアイ、二人が仲良さそうに手を繋いでいたあのシーンが再び目の裏に浮かび上がってくる。
「何で、つきあってるってこと、ミサキちゃんに教えなかったのかな」
「……それ、は」
「私も、最初は許せなかった。だって、黙ってるなんてひどいと思ったもの。
だからあの時、私は二人に怒っちゃったの。でもね、何で教えなかったのか、とも思ったの。
それで考えたんだけど……それはね、二人が優しい、優し過ぎるからじゃないかって」
「……?」
「小久保君、きっとミサキちゃんの気持ちに気づいてたと思う。
だって、知らなかったら、すぐにミサキちゃんや私たちに教えてたんじゃないかな?
ミサキちゃんが自分のことを好きだって知ってるからこそ、言わなかったんじゃないかな?小久保君も、アイ先生も」
「……」


 リンコはじっとミサキの目を見つめながら話を続けた。
天井からぶら下がったアンティーク調の照明、その光が、
ピカピカに磨き上げられた木製の机に反射して、二人の顔と上半身を暖かく包み込む。
「ミサキちゃんを傷つけると思ったんだよ。きっと。
……それが、言わないことの方が、ミサキちゃんをもっと傷つけるってわからずに」
 私もよくわかんないから想像なんだけどね、とリンコはペロリと舌を出した。
マサヒコとアイが優しい、優し過ぎるくらいに優しいというのは、ミサキもよくわかっている。
だからこそ、ミサキはマサヒコに惹かれたのだし、アイとも歳の差を越えて仲良く出来たのだ。
「あのね、学校での小久保君、凄く落ち込んでるの。
先生から指されても気がつかないときあるし、友達ともあまり話してないし。
……ミサキちゃんも悲しいと思うけど、小久保君も同じなんだと思う。
アイ先生とは会ってないけど、アイ先生もやっぱり同じなんだと思う」
「リンちゃん、リンちゃん……」
「ね、ミサキちゃん」
「……」
「まだ、小久保君のこと……好き、なんだよね?」
「……」
 再度の問いかけに、ミサキは首を小さく、だがはっきりと縦に振った。
「……それで、許せない?アイ先生のこと……」
「えっ……」
「好きな人を奪っていった、アイ先生のこと、嫌だって思う?」
 濱中アイ、小久保マサヒコの中学時代の家庭教師。
恋敵だと思って避けていたこともあった。料理を教えてもらったこともあった。
マサヒコへの恋を応援してあげると言ってくれたこともあった。
それを、その人を。
「……そん、な……」
 ミサキは今度は、首を横に振った。
アイのことを嫌いになるなんて、そんなこと、あるわけがない。
マサヒコを取られたのが事実だとしても、アイのことを嫌いになんて絶対になれない。
「そう……」
 ミサキの反応を見て、リンコは笑った。
その笑いは、さっきまでとは違う、どこか寂しさと悲しさを含んだものだった。
「ミサキちゃんも、優し過ぎるんだね……臆病なくらいに……」
「リンちゃん……」
「二人がミサキちゃんに、みんなに話してくれなかったことはひどい、ずるいと思うの。
だけど、それで小久保君やアイ先生が大嫌いだって、そう考えることは出来ないの。
ヘン、なのかな、それって。マンガやドラマだったら、ここで絶対に『あなたを許さない』ってことになるのに……」

                 ◆                     ◆


「小久保君、あれから濱中先生と会ったの?」
「え……いや、その、会ってないし……連絡もしてない」
「それじゃ、今から会いに行ってきなさい。
そして、どうすればいいかを話し合ってきなさい」
「え……」
「え、じゃないでしょ。
今のままの状態であなたはいいわけ?良くないでしょう?
まず会う、話をする、そして天野さんにきちんと説明するなり謝るなりする。
それ以外に、解決の方法があって?」





「アイ、今からマサを呼ぶわ」
「え……?」
「マサと話をしなさい。
マサのことを好きなら、ミサキのことを大事に思ってるなら」
「そ、その……」
「反論は認めないわ。
大体さ、今のままでアイはいいわけ?
ミサキは傷つけっ放し、マサとはもやもやしっ放し、それでいいわけ?
嫌でしょ?だったら割り切って、きちんとマサと相談して、全てが片付くように動きなさい」




「ミサキちゃん、アイ先生と、会ってみない?」
「……えっ?」
「今のままじゃ、三人ともずっと心が離れたままだよ。
そんなの嫌でしょ?私も嫌だし、アヤナちゃんも、中村先生も嫌だと思うよ」
「それは……」
「勝手だとは思うけど、私、また前みたいに仲良くして欲しいんだ。
だから、一度アイ先生と話をしてみて欲しい。
アイ先生が嫌いじゃないなら、話をして欲しい」




「……ありがとう、若田部」
「え?」
「お前の言う通りだ。
俺がちゃんとしてれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
アイ先生と話して、ミサキと話して、それで丸くおさまるのかどうかわからないけど、
でも、やるべきことはしなきゃなんないんだよな、逃げずに」




「……ありがとうございます、先輩」
「うん?」
「私、先輩の言う通りに、簡単に割り切れません。
でも、割り切れないからこそ、私はやります。マサヒコ君と話をして、そして、ミサキちゃんに謝ります。
嫌われてしまうかもしれないけど、でも、やります」




「……ありがとう、リンちゃん」
「ミサキちゃん……」
「私も、このままなんて嫌だもの。
見たくない知りたくないって逃げてても、逃げ切ることなって出来ないもの。
アイ先生と会って、マサ君への想いをぶつけあって、全てはそれからどうなるか、なんだよね」


                 ◆                     ◆


                 ◆                     ◆


「はぁ……私、何やってんだろう」
 自分以外、誰もいなくなった公園で、
アヤナはブランコに座り、暗い空に向かって一人呟いた。
マサヒコは数分前、目の前から消えた。濱中アイに会いに行ったのだ。
それからずっと、アヤナはこうしてブランコを揺らしながら天を向いている。
そうしないと、涙が出そうになるからだ。
「……」
 アヤナはその格好のまま、オーバーのポケットに手を入れ、携帯電話を取り出した。
もうすぐ、かかってくるはずの電話に出るために。





「やれやれ、何で私がこんなことやってんだか……」
 エレベーターの中で、半分切れかかった電灯を見上げながら、自嘲気味にリョーコは呟いた。
数分前に、「マサを呼び出しに行く」とアイの部屋を退出してきたところだ。
「割り切れ割り切れって、自分でも信じてないこと、出来てないことを……、
事実だ絶対なんだと主張するのは、結構疲れるもんね……」
 チン、という音が鳴って、エレベーターは一階に着いた。
リョーコが降りると、マンションの入り口から冷たい風が吹き付けてきた。
「ふう……」
 リョーコはマフラーを巻き直すと、ジャンパーの内ポケットから携帯電話を手に取り、
電話帳の『わ』の部分を検索し始めた。





「……これで、良かったんだよね、きっと」
 喫茶店の前で、リンコはミサキが去った方を見つめ、呟いた。
リンコの視界からミサキが消えてから数分が経つ。
ミサキが歩いていったその先には、濱中アイのマンションがある。
「はあ……」
 リンコは白い息を空中へと吐き出した。それは、夜風に捕まり溶けるように上空へと消えていく。
完全に闇に息が同化したのを見て、リンコも歩き始めた。
ミサキが歩いていった方向とは、逆に。


                 ◆                     ◆


「こう言うのも変だけど……とにかくアンタたち、ご苦労様」
「いいえ、お姉様の頼みですもの」
「……」
 リョーコとアヤナ、リンコは、駅前にあるコンビニの前に集まっていた。
リョーコがアヤナとリンコに連絡をいれてから十数分が経っている。
「ゴメンね……ツライこと、頼んじゃって」
 そう言うとリョーコはアヤナとリンコに小さく頭を下げた。
二人は驚いた。
そんなリョーコの態度を、今までに一度も見たことがなかったからだ。
「そんな、お姉様……」
「中村先生……」
 リョーコはジャンパーのポケットから手を出すと、
二人の頭に置き、ぐしぐしとかき回すように撫でた。
「いいのよ、謝らせて。アンタたち二人の気持ちを知りながら、こんなことお願いしたんだから」
「……お姉様」
「先生……」
 二人は、引き寄せられるように、リョーコの胸へと顔を埋めた。
「お姉様、お姉様……っ」
「せんせ、え……」
 女三人が寄り添って固まるその様子を、
コンビニの中の客や店員が不思議そうに見ていた。
だけど、リョーコは二人を引き剥がそうとはしなかったし、
アヤナとリンコもまた、リョーコから離れなかった。
「ホント、柄じゃないんだけどね……こーゆーのってさ……」
 リョーコにしがみついている二人の頭を、今度は優しい手つきで撫でた。
もしかすると、今回の件で一番損なクジを引いたのはアヤナとリンコかもしれないのだ。
アヤナとリンコもまた、淡い想いをマサヒコに寄せていたのだから。
マサヒコ、アイ、ミサキ、それぞれが悔やみ、悲しみ、傷ついたけれど、彼女らもまたそうだった。
「ゴメンね、ほんとにさ……」
 リョーコは思う。
 マサヒコもアイもミサキも、そしてアヤナもリンコも鈍感だ、
不器用だ、そして優し過ぎるくらいに優しいんだ、と。
それで、気づくべきことを気づかず、言うべき時に言えず、こうなってしまったんだ、と。
「……あとは、あの三人がどうするか、だね……」
 リョーコは空を見上げた。
小さな雲が数個浮かんでいるのと、それを囲むようにしてチラチラと輝く幾つかの星が見えた。
天気予報では、夜もところにより雨が降るとあったが、
どうやら幸いにもここら一帯は雨雲の襲来から外れたようだ。
「……明日は、晴れそうだね……」
 リョーコは何とは無しに、そう呟いた。

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