作品名 作者名 カップリング
No Title ピンキリ氏 -

 しとしとと秋の冷たい雨が降るある平日の午後のこと。
小久保邸には当家の息子であるマサヒコ以外に、
アイ、ミサキ、リンコ、リョーコ、アヤナの五人のうら若き女性が集合していた。
 別に六人揃って遊びに興じているわけではない。
先日返ってきた、中間テストの問題と答の見直しを行っているのだ。
それなら、アイとリンコ、リョーコの家庭教師関連組だけを呼べばいいはずだ。
では、ここで『屁理屈をもっともらしい口調で理屈として押し通す』というリョーコの特技を思い出していただきたい。
「この時期のテストでケアレスミスをしているようでは、到底受験で好結果は望めないわ。
リンは天然だし、マサヒコは結構うっかり者の部分があるでしょ。
この際、徹底的にミスの原因を追求して、今後間違いをしないようにチェックしましょう。
そのためには、優等生の模範解答と照らし合わせるのが一番よね」
 結果、雨にも関わらずミサキとアヤナが小久保邸に呼ばれたわけである。
リョーコの言い分、一見正しいように見えるが、よく考えてみればまさに屁理屈であるのがわかるだろう。
マサヒコもそれがわかっているから、「いや、それは家庭教師の役目なんじゃ」と突っ込んだ(却下されたが)。
だが、呼ぶ方も呼ぶ方だが、呼ばれた方も呼ばれた方で断りなんぞしない。
ミサキは家がすぐ近くだし、それにマサヒコに会うのを躊躇う理由なんぞ何処にも無い。
アヤナもリョーコが口をきけば一発だ。
 ま、そういう次第である。

 それで、脱線も無く見直しとミスのチェックは進んでいた。
小一時間程したところで、マサヒコの母が部屋のドアを叩いた。
時計を見れば丁度おやつには良い時間であり、リンコやアイなんぞはノックの音を聞いただけで、
筆記用具を片付け始めたわけだが(まるでパブロフの犬だ)、残念ながらマサヒコの母は菓子の盆は持っていなかった。
「マサヒコ、父さんなんだけど、今出張から帰ってきて駅にいるのよ。で、傘が無いみたい。
アンタ、ちょいと迎えに行ってきてくれない?」
 素直で良い子のマサヒコは当然反論するわけで。
「タクシーで帰ってくればいいだろ」
 優しくておおらかな母も当たり前のように命令するわけで。
「金が勿体無い」
 素直で良い子の(以下略)。
「たいした額じゃないだろ」
 優しくて(以下略)。
「冷血息子。雨の日に駅まで傘を持って迎えに行かずして何が幸せな家庭か」
 素直(以下略)。
「何をわけのわからんことを」
 優(以下略)。
「いいから行け」
 嗚呼、何と微笑ましい親子の会話。
半分の笑いと半分の当惑、何とも言えない表情でその光景を見守る四人の女性(残りの一人は完全に笑っている)。
まったくもって、言葉で表現するのが惜しい素晴らしき一時と言えよう。


 マサヒコが消えた後、今度は正真正銘のおやつを持って、マサヒコの母が部屋に入ってきた。
お盆の上には、六つのケーキと紅茶が並んでいる。
「これ、二丁目に新しく出来たケーキ屋さんで買ってきたのよ」
「あー、あそこおいしいって早速評判になってましたね」
「【ロッテン&マーリン】という店ですね」
 二丁目の新しいケーキ屋、と聞いて反応したのは、アイ、そして珍しいことにアヤナだった。
食べ物の情報に耳聡いアイはともかく、何故アヤナが店の名前を知っていたのか。
「実は、そこのケーキ職人さんが横浜ベイスターホテルの最上階カフェレストランで働いていた時に、
家族で何度か食べに行ったことがあるんです。本場フランスで修業したそうで、とってもおいしいケーキでしたわ」
 アヤナの言葉に、スゴイねと素直に感心した者三名、無表情だった者一名、怒筋を浮かべた者一名。
誰がどれかは、あえて説明する必要はあるまい。
「では、いただきます」
「いただきまーす」
 真っ先にアイとリンコがかぶりついた。
パクパクという擬音がピッタリ似合うような食べ方だ。
「わぁ、おいしい」
「あまぁ〜い、おいし〜い」
「でも、甘いけどしつこくないね」
「成る程、フランスで修行してきたというだけはあるわね」
「また腕を上げたみたいだわ」
 五者五様だが、甘い物を食べる時というのは女性というのは、どうしてもにこやかになるものだ。
「うふふ、いいわねぇ。私が作ったわけじゃないけど、喜んでもらえると嬉しくなっちゃうわ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。……それにしても、やっぱり若いコがたくさんいると華やかでいいわねぇ」
「そうですか?」
「そうよ。それにしてもマサヒコのヤツ、こんだけ可愛いどころ綺麗どころが集まってるのに、男として反応しないのかねぇ」
 さすがと言おうか何と言おうか。
シモの方へと意図的に話を持っていこうとするマサヒコの母。
で、この手の話にリョーコが食いつかないワケがない。
「そうですよねぇ。ハーレムと言っても差し支えないのに。
天然少女に幼馴染、年上の家庭教師、巨乳の同級生、こんだけ揃ってて一向にそれっぽい行動を起こさないんですよ」
「ああ、マサヒコの将来が心配だわ。EDかと思ってたけど、もしかして男色の傾向があるんじゃないかしら?」
「あら、でも最近は性転換の技術も進歩しているようですし」
 さあ、こうなると止まらない列車である。
停車駅無視も何のその、他の四人を置き去りにしてはるか彼方へとリニアモーターカーの速度で出発進行だ。
「学校に行ってる間、何度か部屋の掃除を兼ねてその手の本やビデオを探したんだけど、見つからないのよね」
「それは深刻ですね。15歳と言えば思春期真っ盛り、やりたい盛りのお猿のはずなんですけど」
 マサヒコの母とリョーコ、真正面から会って話をしたら水と油で反発しあうのではないか?
と密かにアイやミサキは危惧していたことがあった。
似たモノ同士は憎みあう、ということもある。
だが、どうしてどっこい。
同じ精神の波長を持つ者同士、意気投合してしまったのだ。
宮本武蔵と佐々木小次郎ではなく、宮本武蔵が二人いる、つまり倍率ドン、さらに二倍てなもんだ。
ウブなアイやミサキは止めるに止めることも出来やしない。


「やー、やっぱりリョーコちゃんはいいわねぇ。ウチの父さんもマサヒコも、こんな感じでトークしてくれなくて」
「あら、私もお母さんのような人とこういう話が出来て楽しいですわ」
 こっちはちっとも楽しくない、恥ずかしい、……と面と向かって言える程その他四人に勇気があるわけもなし。
強いて突っ込むことが出来るなら、天然のリンコか、酔った時のミサキだけだろう。
「いっそのこと、リョーコちゃんに筆おろしでも頼んだほうがいいかしらねぇ」
 アイとミサキ、アヤナは思わず仰け反った。
まったく、とんでもないことを言い出す母である。
「あらぁ、私、あんまり年下には興味は無いんですけど。でも、あと三年程経ったら考えてもいいかな、なんて」
 アイ、ミサキ、アヤナはひっくり返った。
ホント、とんでもない返答をする家庭教師である。
「じゃあ、三年経ってまだマサヒコがフリーだったらお願いするということで商談せいり……」
「つ、じゃなーいっ!」
 ミサキが飛び起きて、悪魔の契約証明書にハンコが押されるのを止めた。
「な、ななな何を言ってるんですか二人とも!そそそ、そんなこと勝手に決めないで下さい!」
「そ、そうですよ!」
「あんまりです!」
 アイとアヤナも体を起こし、勢い強く突っ込んだ。
ちなみに、リンコは三人の後ろで、持ってきた猫の雑誌なんぞをのほほんと読みながらケーキをパクついている。
「あらあら、それはどうしてかしら?」
「何で三人して、そんなに必死に止めるの?」
 この時のマサヒコの母とリョーコの顔、それはまさしく悪女のそれだった。
「どどど、どうしてもですっ!」
「あああ、相手を選ぶ権利はマサヒコ君にもっ!」
「ふふふ、風紀が乱れてると思いますっ!」
 必死の形相で悪女二人に喰ってかかるアイ達三人。
だが、そんな純情乙女必死攻撃が、歴戦の勇士に通じるわけがない。
「あらー、それじゃ、あなた達三人のうち誰かが、マサヒコの童貞を奪ってくれるわけ?」
「それならそれで結構じゃない。しかも処女も捨てれて彼氏も出来て、こりゃ一石二鳥♪」
 一瞬の内に石像と化すアイ、ミサキ、アヤナ。
ただ、口だけが金魚の息継ぎのようにパクパクと動くのみだ。
「違うわよリョーコちゃん。場合によっては、マサヒコからしてみれば……」
「ああ、成る程。マサからしたら、一石四鳥になるかもしれませんわね」
 二人の台詞と同時に、ガラガラドーンという大きな音をたてて、雷が落ちた。
部屋の中の五人(正確には六人だが、まったく話の流れに関与してこないので五人とさせてもらう)を白く照らしあげた。
「うふふ」
「ふふふふふっ」
 部屋に響く、悪女二人の妖しい笑い声と、雷の後に強まった雨の音。
悪女二人は、膝立ちでじりじりとアイ達に詰め寄り、プレッシャーをかけていく。
「さあ」
「さあ」
「さあさあ」
「さあさあさあ」
 それぞれの顔が至近距離まで迫った時、もう一度、大きな雷が落ちた。
と、同時に―――。
「「ただいまー」」
 階下から、救世主二人の声がした。

 さてその後、マサヒコはまたしても雨中特攻を母より命ぜられる。
「女性陣全員、自宅まで送って行け」と。
「なんで全員」という当たり前の反論も虚しく、
マサヒコはやけに顔を赤く染めた三人(と、いつもと変わらぬ二人)と傘を並べるハメになる。
翌日、高熱を出して寝込んだマサヒコを、アイ達が看病することになるのだが……。
それはまた、別の話。

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