作品名 作者名 カップリング
「ご主人様と奴隷の幸せな関係エピソード3・忘れえぬ性癖」 ピンキリ氏 リョーコ×セイジ

「ふう……」
 羽虫が二、三匹程戯れている街灯の下を、
豊田セイジはゆっくりとした足取りで、自宅のマンション目指して歩いていた。
別に、秋の月を眺めながらのんびり帰ろう、などと風情のあることを実行していたわけではない。
とても疲れている、足が重い。単純にそれだけのことだった。
何しろ、ここのところ残業が続いている。
体育祭と文化祭の準備、生徒の受験対策、それにサッカー部の練習も見なければならない。
忙しいことこの上ないのだ。
特に受験対策は気を使う。何しろ高校受験の時期まで残り半年をきったのだから。
大詰めの進路相談の他、各高校の出題傾向調べ、生徒ひとりひとりの科目別得意不得意の把握と補強等々、
やってもやっても片付かない(当たり前だが)。
セイジ自身にとっても初の担当の三年生だし、なんとか全員を志望の学校に行かせてやりたいと思う。
元々なりたいと望んでなった職業だし、手を抜くことなんて出来ない。
結構、セイジはここら辺り『熱い教師』なのだ。
そしてその熱さゆえに、疲れを無視して、より多くの疲れを溜め込んでしまうのだが。


「またコンビニで弁当か……な」
 セイジはコンビニエンスストアの前で足を止めた。
入り口のドアに向かいかけ、そしてやめた。
腹は空いている。だが食欲が沸かない。
昼から何も食べてないのだから、健康な成人男性なら空腹を覚える頃合なのだが……。
(やっぱり、相当疲れてるのかな、俺)
 首をひとつ振ると、セイジはそこから立ち去った。
胃袋は空っぽなのに、そこに何かを詰め込みたいという欲求が起こらないというのは、
心身ともにかなりの疲れが溜まっている証拠だ。
無理してでも放り込むべきなのだろうが、セイジはあえてそれをしなかった。
食うべきだ、という理性よりも、食いたくない、という感情に従ったのだ。
 食いたくないから食いたくない。
今はただ、自宅に戻ってシャワーを浴びて、ベッドで休みたい。
幸い明日は休日だ、一日ゆっくり寝て過ごせば、また食欲も少しは戻るさ……。
(俺も老けたな……)
 セイジはため息をついた。
高校から大学時代は、昼夜ぶっ続けで遊んでも、翌日にはケロリとしていたものだ。
それが若さだ、と言えばそれまでだが……。
確かに、疲労の蓄積が回復分を明らかに上回るようになってきている。
(二十五歳を境目に無茶がきかなくなるという話、親父から聞かされたっけ)
 セイジはもう一回、ため息をついた。
 二十五歳体力の境目説、学生当時は信じていなかったが、今なら何となくわかる気がした。
それはきっと加齢のせいだけではないのだろう。働いているということも関わっているはずだった。
社会人になるということは、自分に責任を持つということだ。
のほほんと遊びまわっていた学生時代とは違い、心身にかかる負担が重くなるのだ。
(俺も今年で二十六、四捨五入すれば三十だ)
 セイジの仕事は教師。
自分ひとりだけではない。多くの教え子の人生にも、責任を持つべき立場なのだ。
激職、と言っても差し支えないであろう。
「やりがいのある仕事は人生に張りをもたらすが、同時にその分だけ時を奪っていく……か」
 父はそうも言っていた。
それも、何となくわかる。わかる気がする。
だからと言って立ち止まるわけにはいかない。
やるべきことは、やらねばならない。
自分のために、そして自分に関わる多くの人のために。
 セイジは空を見上げた。
黒い天、小さな真珠のような星、チェシャ猫の口のような三日月。
秋の夜風が、セイジの頬をすうっと撫でるように吹き抜けていく。
「……」
 疲れた体が、少しだけ回復したように感じた。
きっと気のせいだろう。だが、気のせいでもいい。
「よし」
 歩調を少し、セイジは速めた。
疲れた疲れたとぐだぐだぐちぐち考えていてもしょうがない。
家へ帰る、シャワーを浴びる、そして寝る。
明日のために。そのまた次の日のために。
それでいい、それでいいのだ。きっと、多分。


 セイジがエレベーターから降りると、通路の向こうからマンションの管理人が歩いてくるのが見えた。
マンションの管理人は、六十過ぎの、眼鏡をかけた小太りの男性だ。頭髪に白いものが多く混じり、実年齢より老けてみえる。
「こんばんわ」
 セイジはいつもより、やや大きめの声で挨拶をした。
「ああ、こんばんわ」
 管理人はムスッとした表情で言葉を返し、そのままセイジの横を通り過ぎようとした。
別に腹をたてているわけではないのは、セイジにはわかっている。いつもこんな感じの、無愛想な人なのだ。
実際は住人の面倒を何くれとなく見てくれる、世話好きの老人だったりする。
「ああ……そうだ、豊田さん」
 横を通り、一歩進んだところで、管理人は思い出したようにセイジに声をかけた。
「え?」
 セイジは振り向いた。
「まさかとは思うんだけど……豊田さん、猫なんて飼ってないですよね?」
「え、ええ?」
 セイジは驚いたように口を丸く開けた。
このマンションはペット禁止なのだが、当然、彼自身飼ったことはおろか部屋の中に人間以外の動物を入れたこともない。
「猫なんて飼ってないですけど……?」
 管理人は眼鏡の角度を直すと、「ふむ」と息を吐き出すように言い、頷いた。
「いや、豊田さんがルールを破るような人だとは思ってはいませんけど」
「……確かです、飼っていません。でも、また何故ですか?」
 セイジは尋ね返した。
身に覚えはまったく無い。
「豊田さんのお隣の亀山さんの奥さんがね、さっき私のところに来て言ったんですよ」
「はぁ」
「何か猫の鳴き声がする、って……。亀山さんの右隣は源五郎丸さんだけど、あそこは先日から入院しておられるし」
「……はぁ」
「それで、左隣は豊田さんの部屋なわけで、もしかしてと思って……」
「いえいえいえ、それはありません。猫なんて本当に飼ってませんよ。何なら、部屋を見てもらってもいいですけれど……」
 セイジは首を左右に振った。
猫の声がした、と言われても、事実として飼っていないのだから、身は潔白だ。
「ああ、いえ別に結構ですよ。さっきも言いましたが、豊田さんがそんな人だとは思ってないですから」
 失礼しましたな、おそらく、野良猫でも迷いこんだんでしょう……、と最後にそう言って、
管理人はエレベーターの方へと歩いていった。
セイジはその後姿を見送った後、周囲をぐるりと見回した。
マンションのいつもの廊下に、いつのも自分の部屋のドア。
猫の気配はどこにも感じられない。
「……野良猫ってことか」
 セイジは鞄から鍵を取り出し、ロックを外そうと鍵穴に差し込んだ。
その瞬間。


 にゃ〜お……

「……!」
 セイジは鞄をドサリと落とした。
そして、再度周囲に目をやった。
やはり、猫らしき生き物の姿は無い。
しかし……。

 にゃ〜……

「な、こ、これは」
 微か、本当に注意していなければ気がつかない程微かだが、
間違いなく猫の鳴き声だった。

 にゃ〜……

「い、いったいどこから……」
 右、いない。左、いない。上、いない。下、いない。後ろ、いない。
前……。

 にゃ……

「って、えええええ?」

 にゃ、にゃ〜……

「お、お、お、俺の部屋ぁ!?」

 セイジは鞄を拾うと、ロックを外し、勢いよく部屋の中へと飛び込んだ。
まず玄関の灯りを点けるが、そこに猫はいない。
いないのだが。

 にゃ〜……

 聞こえる。聞こえてくるのだ。
セイジは耳をそばだてた。

 にゃ〜お……

(近い……)
 この先だ。居間だ、居間から聞こえてくる。

 にゃ〜……

 ゴクリ、とセイジは唾を飲み込んだ。
摺り足で床を進み、居間に入り、そして……灯りのスイッチを押した。

「っ………………るは………………ぁぁ〜」
 蛙が踏まれても、これ程情けない声は出さないであろう。
セイジはヘナヘナと、糸が切れた操り人形のような動きで、膝と手を床についた。
 彼の目に飛び込んできたもの、それは―――

 ソファですやすやと寝息をたてる中村リョーコと、
その体の上で「早くご飯ちょうだいよー」とばかりに、にゃーにゃー鳴きながら前足を押し付けている、
一匹の小さな小さな仔猫だった。


                        ◆                        ◆

「……んぐ、んぐ……ぷはーっ、あーウマい!」
 親父臭い台詞を親父臭い口調で言い、リョーコは空になったビール缶を唇から離した。
「もう一本、と。……あれ?セイジ、アンタは飲まないの?」
 新しい缶ビールに手を伸ばしつつ、罪の意識の欠片も無い、あっけらかんとした喋り方のリョーコ。
その横では、仔猫がお皿に注がれたミルクをペロペロと舐めている。
「……余計なお世話だ」
「何をムスッとしてんのよ、カルシウム足りてないんじゃないの?」
「うるせー」
「そんなんじゃ早く老けるわよ?」
「うるせーうるせー」
「ハゲるわよ?」
「うるせーうるせー、うるせー」
 セイジは吐き捨てるように言うと、テーブルの上に乱立した缶ビールを取り、
乱暴な手つきで開けると、一気にあおった。
同時に、空いている方の手で、ネクタイを引っ張って取り去ると、ソファの向こう目掛けて放り投げた。
「……まったく、お前って奴は……!」
 缶ビールの林に囲まれるように、テーブルの机の上にはひとつの鍵があった。
どこのものでもない、この部屋の鍵だ。
正確に言えば、合鍵だ。
無論、セイジは作った覚えはない。
作ったのは、目の前で幸せそうにビールを飲んでいる、眼鏡のロングヘアーの女だ。
「れっきとした犯罪だぞ、これ」
「何よ、別に誰にもバレてないんだし、アンタが黙ってりゃ済むことよ」

 つい一ヶ月程前のこと、セイジは自宅の鍵を無くした。
どれだけ探しても出てこなかった。
管理人にお願いして、新しいのを作ってもらおうかと思った矢先、ひょっこりと見つかった。
居間のテレビの上の、小物入れの中にあったのだ。
そこは何度も探したはずなのに、見落としていたのか?
セイジは不審に思ったが、鍵が出てきたので、よしとしておいた。
 ところがどっこいしょ。
真実はお釈迦様でもわかるめえ、である。

【一ヶ月程前のこと、セイジは自宅の鍵を無くした】
              ↓
一ヶ月程前、リョーコが押しかけてきて宴会になった際、
リョーコがいらん考えを起こして黙って盗っていった。

【どれだけ探しても出てこなかった】
              ↓
当たり前、リョーコが持っていたのだから。

【新しいのを作ってもらおうかと思った矢先、ひょっこりと見つかった】
              ↓
リョーコ、合鍵作成終了。
大学の帰りに立ち寄り、合鍵で開くことを確認後、盗った鍵を小物入れの中へポイッ。

【セイジは不審に思ったが、鍵が出てきたので、よしとしておいた】
              ↓
よしとしておいてはいけなかった。
鍵そのものを取り替えるくらいの処置をしておくべきだった。

 今日、セイジが帰ってくる前にバスケットに入れた仔猫を持って密かに侵入、
セイジの帰りを待っているうちに眠気を覚え、ついウトウトとソファーで寝入ってしまった。
で、仔猫は腹を空かせてバスケットから這い出ると、リョーコに向かってにゃあにゃあとエサをねだった。
しかしリョーコは図太くも起きなかった。
仔猫は仔猫でなんとかエサを貰おうと、ずっと鳴き続けて……。
 つまりそれが、お隣さんが聞いた【謎の猫の声】の正体だったわけだ。


「……まったく、野良猫は野良猫でもここまで大きな野良猫だとは思わなかった」
「んー?このコのこと?」
 リョーコはミルクを舐め終わった仔猫を、そっと抱え上げると胸に引き寄せた。
仔猫はいい気なもので、満腹になったら今度は自分が眠くなったのか、口を大きく開けてあくびなんぞをしている。
そして抱えられるまま、リョーコの胸の間に顔をを挟むように埋めた。どうやら、本気で寝るつもりらしい。
その仕草は可愛らしいと言えば可愛らしいが、セイジの目からはどうにも遠慮無しの行動に見えた。
仔猫に罪は無いのだから、セイジが不機嫌な故にそう見えてしまうのだろうが……。
「このコは野良猫じゃないよ。それに、大きいってどういうことよ?こんなに小さいのに」
 アルコールが多量に入っているせいではないだろうが、
鋭敏なリョーコには珍しく、セイジの皮肉が理解出来ないようだった。
「だいたい、何で仔猫なんぞを俺のところに持ってきたんだ」
 小宴会が始まってから一時間弱、未だリョーコはその理由をセイジに語っていなかった。
どうせロクなもんじゃない、とセイジは睨んでいる。
リョーコはせっかちな面もあるので、切羽詰った事情があるとすればさっさと話し始めているはずだ。
それに、困っているのなら仔猫をほったらかしてのうのうと昼寝なんぞするわけがない。
「あー、このコ、明日一日でいいから預かってほしいのよ」
 リョーコは抱いた仔猫の頭を優しく撫でた。
反応しないところを見ると、すでに眠ってしまったようだ。
「何で」
「このコ、大学の友達のとこで生まれたコなのよ」
「おい、だから何でだと聞いてるんだが」
「それで引き取り手を友人一同で探すことになって、このコの担当が私なのよね」
「……いや、俺はそいつを預からにゃならん理由を聞いてるんだが」
「貰ってくれる人は見つかったんだけど、渡すのが明後日で」
「お前、人の話を」
「でも私、明日ちょっと用事があるのよねー」
「コラ、リョーコ!」
「そういうわけで、明日一日、このコを預かってくんない?」
「……」
 セイジはがっくりと肩を落とした。
断りたいが、断れない。
「嫌だ、帰れ」と言っても、リョーコが素直に諦めるわけがないのは、過去の経験から十分にわかっている。
だがそれでも、マンションの規約を盾にセイジは一応反論をしてみた。
「……このマンションはペット持ち込み禁止なんだ。見つかったら、俺の立場が無い」
「見つからなきゃいいのよ」
 肩だけでなく、セイジは首をガクリと落とした。
予想通りと言えば、予想通りの答えだ。
もうこうなると、どう足掻いてもひっくり返すことは出来ない。


「私もタダで預かってもらおうとは思ってないわよ」
 リョーコは仔猫をそっと、タオルを敷いたバスケットの中へと移した。
仔猫は一瞬体をピクリと動かしたが、目は覚まさなかった。
この猫も、結構図太い性格なのかもしれない。
「へっへーん」
 リョーコはバスケットを居間の隅へと置くと、今度は廊下からスポーツバッグを引っ張り出してきた。
セイジは帰ってきた時に気づかなかったが、どうやらそれもリョーコが持ってきたものらしい。
「いいモノを持ってきたのよ」
 ゴソゴソとリョーコがバッグの中から取り出したもの、それは。
「……何だ、これは」
「何だ、じゃないわよ」
 セーラー服の上下、そして、猫耳と、尻尾付きの女性物の下着だった。
「アンタ、猫耳好きだったでしょ?」
 セイジはテーブルに突っ伏した。ビール缶が何本か絨毯の上へと落ちる。
「……お前……そう言えば的山に……」
 リョーコが的山リンコに余計なことを吹き込んだおかげで、
つい先日、またセイジの性癖が教え子にバレたところだった。
「ちょっと洗面所借りるわね、着替えてくるから」
「ちょ、おま、着替えてくるってどういうことだ」
 リョーコはにまっと笑うと、人差し指でセイジの鼻先をちょんと突付いた。
「決まってんじゃない」
 ゴクリ、とセイジは唾を飲み込んだ。
「まさか……」

「仔猫を預かってくれるお礼に……今夜は、たっぷりご奉仕するにゃん☆」
 
 グラリ、とセイジの視界が傾いた。
無意識に、体が真横に倒れていたのだ。
「……」
 洗面所へと消えていくリョーコの背中を見つつ、セイジは思った。

(もう、何もかも捨てて……遠いところへ逃げてぇ……)


「じゃーん、どぉ?」
「……」
 セイジの目の前には、セーラー服に猫耳、猫尻尾を着けたリョーコが立っている。
「……」
「オイコラ、何か感想言いなさいよ」
 言えなかった。言う元気が無かった。
疲れて帰ってきて、リョーコと仔猫の件でさらに疲れて、そしてまたこれから色々と疲れるのだ。
もはや回避不可能な夜のために、出来る限り体力は温存しておきたかった。
例え、短い言葉をしゃべるだけだとしても。
「この格好するのも久しぶりなんだから、ホレ、もうちょい感激してくれてもいいんじゃない?」
 誰が感激なんぞするもんかよ、とセイジは思った。
現役バリバリの女子高生が同じ格好をしたのなら、それなりに幼い色気が出るのかもしれないが、
身長170p、モデル体系、体の丈に明らかにあっていないセーラー服(上も下も短すぎる)、
これではまるでその手の怪しいクラブかサロン、もしくはAVだ。
「勃起してこない?」
「……露骨に言うな」
 グッとこない、と言えばそれは嘘になる。
実際、猫耳好きだし、セーラー服とそれを着けたリョーコは妖艶極まりない。
性欲を感じないわけがない。
だが、それでも。
何とか最後の抵抗を―――
「あ、いけないいけない、忘れてたわ」
「……?」
 まだ、この上何かあるというのだろうか。
「『にゃ』を語尾につけるの、忘れてたにゃ。これを言わないと、セイジ興奮しないんだっけね……っと、ないんだにゃ」
「……」
 セイジは抵抗を完全に諦めた。
 リョーコさん、やる気まんまん。
仔猫は実はダシで、これが目的だったんじゃないかとさえ思えてくる。
「本当は猫手猫足も用意したかったんだけどね……。さて、それじゃ、いくにゃーん」
 リョーコはペロリ、と舌なめずりをすると、スボンの上からセイジの股間に手をあて、まさぐると、ファスナーを下ろした。
「ご奉仕、するにゃ」
「う……」
 リョーコに咥えられるのを感じ、セイジは小さく呻いた。
そして、部屋の隅のバスケットを見、次に天井を見上げた。
(……長い夜になりそうだなぁ……)
 もう一度、セイジはバスケットに視線を移した。
その中では、仔猫が幸せな夢と一緒に眠っているだろう。
何とも、羨ましい。
「あは、大きくなってきたにゃ」
 ホント、羨ましい……。


「む……はむ……れろぉ……」
 セイジの腹の下で頭を揺らすリョーコ。
嫌だ嫌だと言ってはいても、こうされるともう男というのはどうにもならない。
それに。
「むふ……もうそろそろいい具合かにゃー」
 リョーコの頭が揺れるということは、猫耳も揺れるというわけで。
四つんばいの姿勢、ミニスカートの間から見える尻尾もまたふにふにと動いてるわけで。
数年前の記憶も蘇ってくるわけで。
性癖というものは、変わらないから性癖というのであって……。
「う、リョ、リョーコちょっと……タンマ!」
 卓越した舌技、そして視覚的な挑発、
セイジのそれは、いつもより早く爆発を迎えようとしていた。
ついでに言うと、疲れている時ほど、男性のイチモツというものは敏感になり易いものだ。
「ね……ぷ……っ、いいにゃ……一発、先に出しとく……にゃ」
「ちょ、ま、リョーコ、おま……う、うわっ!」
 セイジはリョーコの頭に手をかけ、離そうとした。
だが、リョーコはそれ以上の力で吸い付いてきた。
「……くぅ、っ!」
「……にゅ……っ!」
 セイジは今日一発目の精を、リョーコの口に放った。いや、放ってしまった。
いやいや、放出させられてしまった。
「む……うん……」
 リョーコはセイジの股間から顔を上げた。
両手を唇の前に持ってくると、舌と突き出し、口の中に溜まったセイジの精をとろりと吐き出した。
「けほ……っ」
 さすがにむせたようだが、それだけで終わるような可愛らしい女では、リョーコはない。
「あはは……疲れてるわりには、濃いし量多いじゃない?」
 リョーコの口の端から、口内の精液の残滓がつーっと垂れていく。
猫耳、サイズ小のセーラー服、妖しい微笑み、精液の跡。
「う……っ」
 セイジは顔を逸らした。
何という扇情的な光景だろうか。
今さっき精を放ったばかりだというのに、またモノに血液が集まりそうで……。
「って、オイ!」
 リョーコが圧し掛かってくるのを感じて、セイジは後ずさろうとした。
が、失敗した。
普段の力なら、圧倒的に男であるセイジの方が強い。
だが、何故かこういう時はセイジはリョーコを振りほどくことが出来ないのだ。
出会ってつきあい始めた最初の頃は、セイジが力任せにリョーコを組み敷いたこともあったのだが。
「うふふ」
 リョーコは左手と精液に濡れた唇とを使い、セイジのYシャツのボタンを下からひとつずつ外していく。
また、その動きもどこか猫っぽさを思わせるものだった。
「ふへぇ……」
 セイジの頭の中で、何かが弾けた。
いや、もー全部放り出した、と言ったほうが正しいか。
疲れていようが何だろうが、セイジの男の男の部分が黙っていなかった。


「はにゃ」
 リョーコはボタンから唇を離し、視線を下方に向けた。
乳房に、何かツンツンと当たっている。
そこには、また元気を取り戻しつつある、セイジのモノがあった。
「あはは……オッケーオッケー、いい感じじゃん……っと、感じにゃん」
 リョーコは再びボタン外しに取り掛かった。
右手をセイジのモノに添えて、優しく擦り上げるのも忘れない。
「……にゃは、セイジ……さっきから私ばっかり動いてるじゃない……にゃ」
 半分(いや八割がた)無理矢理襲ってきたようなもんなのに、何を言ってやがる……とセイジは思ったが、
それは口に出さず、代わりに両手をリョーコの腰に回し、こねくるように撫でまわした。
「あん」
 色っぽい声をあげ、リョーコは身を少し捻った。
「あ……」
 リョーコはちょうどセイジのYシャツの一番上のボタンに歯をかけていたのだが、
捻ったのと同時にプチンと糸が切てしまった。
「むうん……っ」
 リョーコは口をもごもごと動かすと、絨毯に向けて、ぷっとそのボタンを吹き出した。
精液と唾液に濡れたボタンは、絨毯の上を転がって、仔猫が眠っているバスケットに当たった。
「リョーコ……」
「あ……ぅ、セイジィ……」
 セイジはスカートの中に手を差し込むと、下着の上からお尻を揉んだ。
そして次に尻尾を掴むと、それを引っ張った。
「あぅん」
 リョーコが腰をわずかに浮かせた。
その隙に、セイジはリョーコの首筋にキスをし、尻尾を持つ手に力を入れた。
「セイジ、あんまり引っ張ると、尻尾がちぎれちゃうにゃ」
 セイジは尻尾から手を離した。
セイジからは見えないが、リョーコのスカートの中では、下着がズレているに違いなかった。
「や……にゃ……」
 今度は、胸に手をまわし、持ち上げるような形で揉みあげた。
「セイジ……ああん……」
「リョーコ……」
 リョーコが悩ましげな表情をした。
セイジには、一緒に耳がピコピコと動いた気がした。
あくまで気がしただけで、本物でない耳が動くわけがない。
「む……」
「はむ……」
 セイジはリョーコに唇を重ねた。
まだ自分の精液が付着しているはずだったが、気にはならなかった。


「むぅ」
「ん……」
 セイジは右手で両方の胸を交互に、掴むように揉み、左手でスカートの中の秘部を下着越しに撫ぜていった。
セイジの手がリョーコの敏感な部分に当たる度に、リョーコがビクリと身を震わせる。
「は……ん」
「リョーコ……っ」
 セイジは、左手の指先に湿り気を感じた。
その湿りは、明らかに汗とは違うものだった。
「はぁ……セイジ……にゃあ」
 自身もかなり興奮しているというのに、あくまで「にゃ」を語尾から外さないリョーコ。
ここまで徹底していれば、たいしたものだ。
「うふ……お互い、準備オッケーみたいにゃ?」
「ああ……」
 セイジは手を止めた。
リョーコは体を起こすと、セイジの顔をそっと両手で包み、ニイッと笑った。
「で、どうする?セーラー服、脱いだほうがいいにゃ?」
「……」
 リョーコの問いに、セイジは無言で答えた。
「あははっ、そんなわけ、ないよにゃー♪」
 猫耳は頭についているから猫耳なのである。
セーラー服は着ているからこそセーラー服なのである。
猫耳とセーラー服、一緒にあるからこそ、価値があるのである。
 初めてリョーコに猫耳プレイを要求した時、セイジはそうリョーコに言って説得?した。
「ああ……」
 セイジはリョーコをひょいと抱え上げると、寝室へと移動した。
そしてリョーコをベッドに乱暴に投げ出し、乗りかかっていった。
が、リョーコが直前でそれを制止した。
「セイジ……」
「ん?」
「これ……にゃ」
 リョーコがスカートのポケットから取り出したのは、コンドームだった。
「……お前、これ……」
「にゃはは」
 ご丁寧に、そのコンドームの柄までもが、ファンシーな猫絵柄。
セイジは息をひとつ吐くと、それを着けた。
そしてスカートをたくしあげ、下着をそっとずらした。
「来て……にゃ」
「……ああ」
 まったく、性癖というものは、変わらないから性癖というのだ―――


「あん、にゃ、にゃあ、セイジィ、セイジ……くにゃ、あ!」
 この手のプレイは、完全に成りきることにミソがある。
理性が飛びそうなこの状況下で、あくまでもリョーコは「にゃ」をやめなかった。
「う……くっ」
「にゃ、にゃあ、ああ、にゃあぁ」
 その動きの激しさに、リョーコの頭の猫耳が取れそうになった。
セイジはそれを押さえると、もう一度着け直させた。
ここまで来たら、もう徹底的にプレイに集中しなければいけない。
「うにゃあああ……」
 リョーコがぶるぶると肩、そして首を震わせた。
顔が朱に染まっている。頂点が近いのだろう。
それは、セイジも同じだった。
「リョーコ……!」
「セイジ……ぃ!」
 セイジは腰の動きを速めた。
リョーコも、それに合わせるように体を揺すった。
「うっ……!」
「くっ……にゃ……っ!」
 リョーコが顎を逸らし、セイジはより強く腰を押し付けた。
絶頂は、ほぼ二人同時にやってきた。


「はぁぁあ……」
 セイジはベッドに腰掛けると、肺の底まで搾り出すように、大きく息を吐いた。
「痛てて……」
 腰という部分は、疲れがもっとも溜まり易く、尚且つダイレクトに来るところである。
ここ数日の仕事で、少し痛めていたのだが、今のプレイでさらにダメージを蓄積させてしまった。
湿布ですめばいいが、下手をすると整体なり何なりのお世話にならないといけないかもしれない。
「……」
 チラリ、と肩越しにセイジはリョーコを見た。
リョーコは、床の上でお行儀悪く胡坐なんぞをかきながら、
さっきセイジが精を出したコンドームの口を縛っている。
(リョーコのことだから、これで終わりというわけにはいかんだろうな……)
 間違いなく、二回戦三回戦があるはずだった。
「セイジー」
 さぁ、来た来た。
「な、なんにゃ?」
「……何でアンタが猫語になってるのよ」
「い、いや、別に……」
 リョーコはニシシと笑うと、四つんばいになって、猫のような動きでセイジの方へと寄ってきた。
「まさか……これで終わりなんてこと、ないにゃ?」
「……」
 やっぱりか。
セイジはがっくりと肩を落とした。
「セイジ、これ見てにゃー」
「?」
 リョーコは、尻尾付きの下着をセイジの目の前に持ち上げ、
尻尾の部分を持つと、鎖鎌のようにふるふると振り回した。
「な……何だよ」
「これで……にゃ」
「こ、これで?」
「私の手……縛ってみたく、にゃあい?」
「はへ?」
 それはつまり、緊縛プレイをしてみないか、という提案だった。
しかも紐も縄でもなく、猫尻尾(下着付き)で。
(いや、いやいやいや)
 セイジは首を左右に振った。
「か、勘弁してくれリョーコ。さっきも言ったけど、俺疲れてて……」
「あら、でもこっちは疲れてないみたいだけどにゃ」
「はへえ?」
 セイジは己の股間を見た。
何と、そこには見事に屹立したアレが―――
「あ、あれれ?」
 猫尻尾での緊縛プレイというものを、ちょっと想像しただけで、分身が固く大きくなってしまったのだ。
「はーい、やる気まんまんにゃーん」
「いや、ちょっと待って、これは何かの間違い」
「黙るにゃー」
「え、ええええああああ」

 ……まこと、性癖というものは、変わらないから性癖というのだ。


                        ◆                        ◆


 にゃあ

「……」

 にゃあ

「……」

 にゃあ

「……ん、あ?」

 にゃあ!

「む……は、な、何だ……?」
 セイジは身をゆっくりと起こした。
そして、周囲を見回した。
自分がいるのはベッドの上。
時計の表示は午前9:08。
窓から差し込む、朝の光。

 にゃあ!

「へ……?」
 声はベッドの脇からだった。

 にゃあ〜

「……」
 セイジは首を伸ばし、声の元を見た。
そこには、仔猫がカリカリとべっどを引っかきながら、自分を見上げていた。
『飯よこせ』と言わんばかりに。

「あいててて……」
 セイジは腰と頭を押さえながら、キッチンへと移動した。
その足元を、にゃあにゃあと鳴きながら仔猫がまとわりつく。
「うるさいよ、お前……遠慮無しに……」
 セイジは仔猫を睨みつけ、足の指先でちょいとつついた。
だが、仔猫は堪えた様子もなく、セイジの顔を見て『にゃあ!』と鳴いた。
「お前……」
 セイジは肩をすくめた。
きっと、生まれてから虐められたことが無いのだろう。人間様を怖がらない。
思えば、昨日も悪びれもせずミルクを貰い、堂々と眠っていた。
生まれつきの性格もあるかもしれない。
まるで、どこかの誰かのようだ。
「わかったよ……ちょっと待ってろ、“コリョーコ”」
 小さいリョーコで、小リョーコ、コリョーコ。
何ともまずいネーミングセンスだが、そこはそれ、別にセイジが飼うわけではない。


『セイジへ
 
 昨日も言ったけど、外せない用事があるので、今日一日、あのコを預かってほしいにゃ
 夕方には迎えに行くにゃ

 とりあえず、菓子パンとあのコ用のミルク、朝のうちに買ってきておいてあげたにゃ
 洗濯もしておいてあげたにゃ(干しておいたにゃ)

 それじゃよろしくにゃ〜

                                             リョーコよりにゃ』

「何が『にゃ』だ、あいつめ」
 セイジはテーブルの上に置いてあったメモを丸めると、ゴミ箱目掛けて放り投げた。
メモがあった場所の横には、コンビニの袋がある。
メモにもあった、菓子パンとミルクが入っているのだろう。

 にゃあ!

「わかったわかった、今すぐやるから少し黙ってろ、コリョーコ」
 セイジは袋の中から、パックのミルクを取り出した。
「やれやれ……」
 とにかく、今日一日、どこにも外出せずに部屋にいるしかない。
回覧板も宅配便も、何とか誤魔化して、乗り切るだけだ。
猫がいるとバレたら、えらいことになってしまう。
十分に気をつける必要がある。
「ふぅ……」
 セイジは窓を見た。
外は晴れ、何とも過ごし易そうないい天気だ。
公園にでも出かけて、芝生の上で昼寝でもしたら、きっと気持ちいいだろう。
しかし、そうもいかない。


 にゃあ!

「……はぁ」
 食糧はあるし、洗濯もリョーコがしておいてくれた。
無理に家から出る必要は無い。
部外者の侵入を回避しつつ、猫の世話をするだけだ。
しかし、これでは疲れを取るどころか、逆に溜めることになりかねない。

 にゃあー!

「……」
 長い一日になりそうだった。

 

 猫のことばかりに頭がいって、セイジは気づいていなかった。
ベランダで秋風にはためく洗濯物、シャツ、ズボン、タオル。
……そして、セーラー服と猫耳、猫尻尾(下着付き)。


 にゃあ〜

「うるさいよ、気づかれたらどうするんだ……ミルク舐めてる時くらい、静かにしろコリョーコ」

 にゃあにゃあ〜

「とにかく、静かにしろよ……バレたら、またマンションの住人に何言われるか……」
 コリョーコをたしなめつつ、菓子パンにかぶりつくセイジ。
その背後、ベランダでひらひらと、風に乗って踊るセーラー服、猫耳、猫尻尾―――

 


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