作品名 作者名 カップリング
『アイのかたち』二話目 ピンキリ氏 マサ×アイ

 最近は、超大手を除いて、遊園地はどこも経営に四苦八苦しているという。
新しい遊戯機械を作っても、その人気が長く続くとは限らないし、続いたとしても、いつかは必ず飽きられる。
そうかといって、毎月毎月次々にイベントを開けるほど、ゆとりがあるわけではない。
千葉の某巨大遊園地や大阪の某テーマパークなどのように、豊かな資金力と宣伝力がないと安定して客を集められない。
地方にある中小の遊園地は、目玉をとにかくひとつだけ作り、それに頼って生き延びていくしかないのが現状だ。
「入園料はタダにしてもいいから来て欲しい」と思っている遊園地は、全国にゴマンとあるのだ。

「ね、ねっマサヒコ君、次はあれに乗ろう」
「せ、先生飛ばしすぎです、疲れないんですか?」
 マサヒコとアイは、彼らの住む街から電車で一時間半ほどかかる遊園地に遊びに来ていた。
アイがディスカウントショップで配られていたここのタダ券を手に入れ、久しぶりのデートの場所として選んだというわけだ。
「すいませーん、ジェットコースター、大人二人でお願いしまーす」
「……ホント、元気ですね」
 アイはあまり気にしていないようだが、マサヒコが見る限り、ここはそれほど良い経営状態ではないらしい。
夏休み中、さらには日曜日ということで、そこそこ客は入っているようだが、順番待ちをしなければならないほどではない。
と言うか、乗り場に行けばすぐに乗れるような状態である。
また、その乗り物も少しいただけない。
メリーゴーランドは上下に動かない木馬がいくつかあるし、観覧車はゴンドラのペンキがちょろちょろと剥げ落ちて、
ウォータースライダーは防水シートがところどころ破れているという始末。
トイレはあまりきれいでなく、芝生には雑草が目立ち、ゲームコーナーは数年前のゲーム機がまだ現役といった有様だ。
つまり、管理が行き届いていないのだ。
「私、あんまりジェットコースターって乗ったことないの。怖いけど、楽しみだわ」
「ハハハ……そうですか」
 マサヒコ個人で来ていたのなら、きっとすぐに引き上げていただろう。
実際、あまりのメンテナンスの悪さに、最初はかなりガックリした。
 だが、しかし。
「わ、あんな高いところまで上がるんだ……。きっと、すごいスピードで下り降りるんだろうね」
 隣で、無邪気に笑うアイを見ているうちに、どうでもよくなってしまった。
マサヒコとのデートに喜んでいる、というよりは、純粋に乗り物を楽しんでいるように思えるが、
マサヒコにとっては大した問題ではない。
アイが嬉しいのなら、自分も嬉しい。
そういうことだった。

 かなり、ジェットコースターは乗り心地が悪かった。
固いシート、油の切れたようなギシギシという音、カーブにおける異様なまでのスピードと揺れ……。
まあ、無理矢理好意的に考えれば、スリル満点と言えなくもない。
あくまで、無理矢理に考えれば、だが。
「ふ、ふええ・・・…」
「だ、大丈夫?、マサヒコ君」
「ふぁい、ら、らいじょうぶです……と思いみゃす」
 もともと、マサヒコは乗り物に強くない。車のドライブですら気分が悪くなってしまうくらいだ。
メリーゴーランドや観覧車など、ゆったりとした動きの乗り物はともかく、
ジェットコースター、しかも明らかに仕様以外の運動のせいもあり、すっかりぐったりとなってしまった。
「ほ、ほら。もうお昼の時間だし、ちょうどいいよ。お昼ごはん食べるついでに、食堂で休んでいこう」
「ううう……食べられるかなあ、俺……」
 アイとマサヒコは腕を組み、食堂へと歩き出した。
マサヒコが時々よれるので、その都度アイが支えるように引っ張り上げなければならない。
男として、ちょっと情けない格好のマサヒコだった。

「さ、着いたよ。マサヒコ君は何を食べる?」
「……軽いものを……素うどんでいいです。それと水」
 とてもデート中の男とは思えない台詞を、マサヒコは口にした。
「すいませーん、素うどんひとつ。ええと、それと、カレーとラーメンとホットドッグと焼きおにぎりとフルーツパフェと……」
 食堂のウェイトレス(といっても、かなりのオバサンだったが)は目を丸くした。
一気にこれだけの量を注文する人間には、過去に一度もお目にかかったことはなかったのだ。
「……それと、ポテトフライとトマトサンド、食後にアイスコーヒーをお願いします」
「は、はい。確かに承りました」
 おかしな返事を残し、ウェイトレスのオバサンは厨房へと向かった。
時々首を捻っているのは、注文が信じられないのか、それともあきれているのか。
「……ふぇぇ」
 マサヒコはテーブルに肘をつくと、大きく息を吐いた。
俯きかげんで頭を左右に振り、胸の奥に陣取った不快感を外へ出そうとする。
「……ゴメンね」
「えっ?」
 マサヒコは顔を上げた。
「ゴメンね、マサヒコ君」
 アイの申し訳なさそうな表情が、マサヒコの目に入った。
「私が調子に乗っちゃって、引きずりまわしたのが悪いんだよね……ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった」
「そ、そんなことありませんよ」
 マサヒコはアイの謝罪を遮った。
「先生のせいじゃありません。俺が乗り物に弱いのが悪いんですよ」
「でも…・・・」
「俺、楽しいですよ。……先生と一緒にいられるだけで」
「……えっ」
 マサヒコは、顔を背け、アイから視線を逸らした。
さすがに、最後の一言はクサ過ぎたという自覚があった。
だが、嘘ではない。本当のことだ。
「……」
「……」
 しばし、沈黙の天使が二人の頭上に舞い降りた。
マサヒコは窓の外へと目を移したが、やはりアイの反応が気になってしまい、チラッチラッとアイの顔を盗み見た。
静寂に我慢出来なかった、というのもある。
「…………」
 アイはぽーっとして、頬を真っ赤に染めていた。
「あ……」
 照れくささと嬉しさが、マサヒコの胸にこみ上げてきた。
さっきより一層、顔をぐいっと背ける。
アイ以上に真っ赤になっているであろう自分の顔を、アイにまじまじと見られたくなかったからだ。
「マサヒコ君……その……あり、がとう……」
 アイはそう言うと、テーブルの上に乗せられたままのマサヒコの右手を取った。
手の甲を、愛おしむように優しく、指で撫でる。
「……!」
「……ふふ」
 マサヒコも、それに応えるかのように、手を裏返し、アイの指に自分の指を絡めた。
アイとマサヒコ、どちらも、特別な意図があっての行動ではない。
それは、自然な、反射的なものだった。恋人同士としての。
たまたま周りに人がいなかったから良かったものの、もしいたのならば、きっとその空気にあてられたことだろう。
「……」
「……」
「………(こ、こっ恥ずかしい。けど……)」
「……ふふっ(マサヒコ君、私、嬉しい……)」

 ―――二人のこそばゆくも濃密な時間は、ウェイトレスが大量の食事を持ってくるまで続いた。

                 ◆                     ◆

 電車がガタンゴトンと音をたてる度に、マサヒコの右肩に乗せられたアイの頭が微妙に揺れる。
そのアイの頭がずり落ちないように、マサヒコは注意しなければならなかった。
「……ちょっと、肩がコリそうだな、コレ……」
 昼間にしゃぎ過ぎて疲れたのか、アイは電車に乗るとすぐに居眠りを始めてしまった。
自分と遊ぶのがそれ程楽しかったのか、と思うと、マサヒコはちょっと嬉しかった。
だが、体勢的に少しキツい。
力を抜いた人間を支えるのは、かなり力がいるのだ。
 まあ、それだけなら、マサヒコが我慢すればいいだけなので、問題ではない。
だが、しかし。
「ん……くぅう……」
 至近距離にある可愛らしい寝顔、そして、鼻孔をくすぐる髪と汗のにおい。
これが良くない。たまらない。
「ふぅ……」
 マサヒコは溜め息をつくと、湧き上がってくる邪な気持ちを追い出すように、頭をブルブルと左右に振った。
まだ駅に着くまで三十分以上時間がある。
(それまで俺も眠っていよう)
「よっ、と」
 マサヒコはアイの頭が安定するように肩の位置を調整すると、目を閉じた。
視界が真っ暗になると、電車の規則正しい振動と、アイのさわやかな髪のにおいが、マサヒコを眠りの世界へと誘っていく。
「……」
 やがて、マサヒコの首もかっくりと横に傾いた。ちょうど、アイの頭の横に来るように。
「すぅ……すぅ……」
「くぅぅ……くぅ……」
 電車の窓から入る夕陽が車内を赤く染める中、二人の周囲だけが、甘い空気をまとっているようだった。

「……すっかり遅くなっちゃったね」
「……まさか、駅を五つも乗り過ごすとは」
 お互いがすうすうと心地よく寝た結果、二人は目的の駅で降りることが出来なかった。
目を覚ました時はすでに終着駅で、慌てて別の電車に乗って引き返したものの、
結局予定時間を一時間以上オーバーすることになってしまった。
マサヒコは、自分の責任だとアイに謝ったが、アイは笑ってマサヒコを許した。
先に眠ったの私の方なんだし、マサヒコ君だけが悪いわけじゃない、と。
それでも、マサヒコは頭を下げ続けた。
ここら辺り、彼の性格がよく表れている。
「本当、すいません」
「だから、いいってば」
「それでも、すいません」
「だから……いいって言ってるのにぃ」
 改札口から出るまで、二人はずっとこの調子だった。

「さ……上がって」
「はい、失礼します」
 マサヒコは、丁寧にあいさつをすると、靴を脱いで部屋へと上がった。
「ちょっと待ってて、すぐに作るから」
「……ええ」
 本当は、どこかのファミレスで早めの夕食にするつもりだったのだが、
電車を乗り過ごしたことで、いささか都合が悪くなってしまった。
どこも家族客でいっぱいで、ゆっくり出来そうもなかった。休日ということも関係しているだろう。
それなら、ワンランク上のレストランで豪華に―――とはいかないところが少し悲しい。
二人の台所事情が、それを許してくれはしない。
それで仕方なしに、というわけではないが、アイが簡単に何か作るということで、夕飯問題は何とか片付いたわけだ。
「何か食べたいものがあるー?」
 アイがエプロンをつけながら、キッチンからリビングにいるマサヒコに声をかけた。
「いえ……その」
「?」
 アイは振り返った。声がすぐ近くから返ってきたからだ。
「マサヒコ君……?」
 アイの背後、そこにマサヒコが立っていた。
「どうし、ふっ、むぅっ」
 アイの言葉は、途中でマサヒコの唇によって遮られた。
マサヒコの両手で、包むように抱き締められる。
アイはマサヒコから離れようとしたが、両腕ごと抱えられているので、どうにもならない。
「ふうっ」
「ぷはっ」
 その体勢のまま、マサヒコはアイの唇を吸い続け、一分程してからそっと離した。
「……マサヒコ君、いきなり、ひどいよ……」
「ごめんなさい、先生、その、あの……」
 実のところ、アイの部屋に入った時から、マサヒコはかなり我慢がきかなくなっていた。
玄関で、アイが靴を脱ごうと体をかがめた時、またふわりと、アイの髪と汗のにおいが鼻へと微かに届いた。
それが引き金となり、腹の底から熱い何かが脳へと駆け上がって、興奮が抑えきれなくなってしまったのだ。
「これは……つまり……」
「ふふっ」
 アイは笑った。
「食べさせてあげるとは言ったけど……こういう意味じゃなかったんだけどな」
「え……あ、ああっ」
 アイの台詞の意味を理解し、マサヒコの顔が一瞬にして真っ赤になった。
発言の主のアイも頬を染めている。さすがに、恥ずかしかったらしい。
「すいません、濱中せん……アイ、先生」
 これで、今日マサヒコは何度アイに謝っただろうか。
「いいよ、マサヒコ君。それより……手、緩めてくれない?ちょっとキツイよ」

「……すいません」
 しかし、マサヒコは口ではそう言いながら、離れはしなかった。
逆に、力を入れて、アイに覆いかぶさり、床の上に押し倒す。
「え、ちょ、ちょっと?」
「……すいません」
「マサ……むっ」
 再び、マサヒコの唇がアイのそれをふさいだ。
さらに、舌先で歯をこじ開け、絡ませる。
「むふ……っ、む……」
「う……ふぅむぅ……」
 あふれた唾液が、アイの唇の端からこぼれ、頬を横切るようにつーっと垂れていく。
「くはっ、はぁ、はぁっ」
 マサヒコは、たっぷりと味わってから、アイの口を解放した。
止められていた空気を吸い込むために、アイは大きく息をついた。
アイの意識が呼吸に行った隙に、マサヒコはアイの両足の間に体を滑り込ませると、
膝の裏を掴んで強引に割り開かせた。
「はぁっ……あ!」
 アイが抵抗する間も無かった。
マサヒコは続いて、エプロンをまくり、スカートをたくし上げ、下着を外気にさらした。
「だめっ……見ちゃ、いやぁ」
 白い、シンプルなタイプのショーツだった。
「や……め……!マサヒコ君……!」
「先生……」
 そして、マサヒコは顔を徐々に下げていった。
「アイ、先生……!」
 髪とも、汗とも違うにおいが、マサヒコの嗅覚をちくちくと刺激する。
「あ、マ、マサヒ、っくぅ、くぅんっ!」
 アイの視界から、マサヒコの頭が消えた。
同時に、アイは下半身に柔らかい、湿った何かがあたるのを感じた。
「ひぁあ、ああっ!」
 それは、マサヒコの舌だった。
上下に、左右に、ショーツの上から、マサヒコはアイの秘部をねぶっていく。
アイはどかそうと、両手でマサヒコの頭を押したが、出来なかった。
力があきらかに弱い。こもっていない。否、こめられない。
「あっ、ひゃ、り、やぁあ」
 マサヒコの唾液によって、陰毛が透けて見える程、ショーツの中心部分が濡らされていった。
「……ぁ」
 アイは顎を小さく震わせた。
右の太股の内側に、ねっとりとした何かを感じたからだ。
それは、マサヒコの舌でも唇でもなかった。
ショーツが下ろされ、濡れた部分が太股にあたったのだ。
「あ……!」
 この時、刺激に耐えられずに、アイはもうマサヒコの頭から手を離していた。
マサヒコのなすがままに、アイのショーツは太股から膝、膝からすね、すねから足首へとずらされていった。
「先生……っ」
 ショーツを脱がすと、マサヒコは、今度は直にアイの一番敏感な部分に舌をはわせた。
「くっ、ひゃ、あああっ!」
 痺れるような快感がアイの体を貫いた。ショーツ越しの時とは比べ物にならない。
「あ、あ、あ……っ!」
 アイは、ぶるりと体を揺らした。
秘所の奥の方から、全身に官能の波が広がっていく。


「あ……!ぁ……っ!」
 マサヒコが顔を動かす度に、アイの意識が飛びそうになる。
無意識に首をふらふらと左右に揺らすが、これは拒絶ではなく、快感のためだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 マサヒコも余裕が無くなってきていた。
いや、最初からそんなものは無かった。
女性を愛する時に、己と相手をコントロール出来る程、慣れてもいないしスレてもいない。
大体、彼が童貞を失ったのはつい数ヶ月前のことなのだ。
それから今まで、体を重ねたのは恋人であるアイだけだし、回数だって両手の指の数も無い。
「先生……」
 マサヒコは顔を上げると、唾液と、それ以外の液体で濡れた唇を、アイのエプロンの裾で拭いた。
体を前に起こし、アイの頬に顔を寄せ、軽く口づけをする。
「あ……マサ、ヒコくぅん……」
 アイは、とろんとした瞳でマサヒコを見た。
二十年近く純潔だったアイだが、その体と心は感じやすい方だったらしい。
マサヒコに初めて体を許した時はそうでもなかったのだが、
二度目、三度目と行為が続くにつれ、アイはマサヒコの拙い性技に敏感に反応するようになっていった。
非科学的に言えば、身体の相性が良かった、ということかもしれない。
「先生、コレ……」
「あ……?」
 マサヒコはベルトを緩め、ズボンのジッパーを下ろすと、自身のモノを取り出した。
手でつまみ出すまでもなかった。窮屈なトランクスとズボンから解放されたそれは、
勢いよく表に出てくると、アイの目の前で、固くなったその姿を見せた。
「……先生」
 マサヒコは、アイの胸の上辺りに、跨るような格好で膝をついた。
「……うん……」
 アイはぼうっとした頭のまま、コクリと頷いた。
マサヒコが何を求めているかわかったからだ。
「……ん、ちゅ……」
 首を起こすと、アイはマサヒコのモノの先端に、優しく唇をつけた。
「うあっ!」
 マサヒコは顔をしかめ、下腹に力を込めた。
そうしないと、一気に暴発してしまいそうだったからだ。
「ふふ……」
 そんなマサヒコを見て、アイは笑った。
以前の彼女からは考えられないような、妖艶な表情で、笑った。
そして―――鼻の下にある、愛しいマサヒコの分身に、ゆっくりと舌を絡ませていった。

「ああっ、は……っ、くうっ、マ、マサ、ヒ、コくぅ……んッ!」
「先生、せんせぇ、アイ、せんせ、え……っ!」
 キッチンの床の上で、二人は激しくもつれあった。
パン、パンという、お互いの腰がぶつかる音と、ガタ、ガタという床がきしむ音が奇妙なリズムを刻む。
「んっ……ふぅ、っ……くは、はぁ、ああっ、むぶ、んん、んん……」
「くっ、う、は、はあっ、ん……んん……」
 どちからかともなく、顔を近づけ、唇を重ねる。
洗練されたとはとても言えない、本能のままの動きで。
アイの頬や顎は、二人の混ざり合った唾液と汗、それと先程の口で行為の時に、
マサヒコが我慢しきれずに放ってしまった精液とでべとべとになっていた。
「んはあ……っ!」
 体の細胞がひとつずつ溶けていくみたい。
マサヒコのモノが最深部を叩く度に、アイはそう感じた。
「くうっぅ、うっ!」
 血が沸騰しそうだ。
アイの体の奥底を突く度に、マサヒコはそう思った。
「あ……っ、はっ……、くっ!」
 アイの声が細く、高くなった。
限界が近い。
それは、マサヒコも同じだ。
「せん、せい……っ、お、俺……っ!」
 マサヒコは腰の速度を上げた。
アイの声が、もう一段高くなる。
「きゃ……ッかは……っ、マ……ヒコ……っ、くぅ、くぅん……!」
 床と互いの服は、汗、唾液、涙、体液に塗れてぐっしょりだった。
「い……くッ!ダメ、えっ、ああ、あ、ああ、ぁ、うぅーっ!」
 アイは両手で、マサヒコをぎゅっと抱き締めた。
左手はマサヒコの首を、右手はマサヒコのシャツの中へともぐり込んで背中を。
力強く、力強く。
「ぎっ……!」
 マサヒコの背中、右の肩甲骨の下辺りに、鋭い痛みが走った。
アイが思い切り、爪を立てて引っ掻いたのだ。
だが、それがマサヒコを絶頂へと導いた。
痛みが、痺れに変わり、背中から腰へ、腰から下腹部へ、下腹部からアイの中にある己の分身へと伝わっていく。
「う、ぅあ、あああっ、はあっ!」
 中で爆ぜる直前に、マサヒコは腰を引いた。
「あ、ああぁぁーっ!」
「う、ああっ!」
 白い、ねっとりとした液体がモノの先からほとばしり、アイの陰毛に、太股に降りかかる。
「あ……あ……」
「はぁ……っ、くは……ぅっ」
 アイの全身から、強張りが引いていき、マサヒコを抱擁していた両手が外れて、床の上に投げ出された。
マサヒコも、動きと体重を支えていた膝に力が入らなくなり、アイの上に覆いかぶさるように体を折った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
 二人の荒い呼吸音、そして、むわっとした汗と体液のにおいが、キッチンの天井へと昇っていく。
「……はぁ……はぁ……」
「……ぜぇ……ぜぇ……」
 十数分間、そのままの体勢で、二人は動くことが出来なかった。

                 ◆                     ◆

「……先生、すみません……」
 まったく、これで本当に今日何回目の「すいません」になるのだろう。
軽く二十回は越えているに違いない。
「……ううん、いいの。マサヒコ君は、悪くないよ……」
 アイはマサヒコの頭に手を置くと、いい子いい子するように撫でた。
「うふふ……」
「せ、先生……あの、ちょっと、やめて下さい」
 マサヒコはアイの手から逃れるように頭を引いた。
「何で?」
「俺、もう子どもじゃないんですから」
 アイの問いに、マサヒコは拗ねたような口調で答えた。
「……じゃ、違うところを撫でてほしい?……もう一度」
「……いや、もうそれはいいです……」
 マサヒコは首を横に振った。
以前と違って、今のアイのエロ発言はボケになっていなから、ちょっとマサヒコとしては困る。
「俺、もう帰りますよ」
「そう?何なら、夕食今から作るけど……」
「いえ、もういいです」
「……お腹いっぱいになった?」
「え……?」
 マサヒコは首を傾げたが、やがてその台詞の真意に気づいた。
「あ、あああ、その、あの」
 再度再々度、真っ赤になるマサヒコ。
「でも、食べる前にはきちんと『いただきます』って言わなきゃダメなんだよ?」
「ああ、いいいい、いや、その、あの」
 知識に経験が伴ってきたと言うか何と言うか、リョーコレベルとまではいかないが、アイも結構『かます』ようになってきた。
本当、以前と違って、今のアイのエロ発言はボケになっていなから、ちょっと、いやかなりマサヒコとしては困る。

 キッチンの床の上での、激しい性行為の後、しばらくはお互い動くことが出来なかった。
先に動作を起こしたのは、体力的に勝るマサヒコだった。
タオルを持ってきて水で濡らすと、それで自分とアイの体を拭き清めた。
そこで、ようやくアイがはっきりと意識を取り戻した。
まずはレディファーストということで、アイが先にシャワーを浴び、次にマサヒコが湯を使った。
そして、お互い照れつ恥じつつ、キッチンの床の掃除にかかった。
汚れてしまった服も洗濯しなければならなかった。
幸い、マサヒコには替えの服があった。
受験直前にアイのマンションで泊り込み合宿を行ったのだが、その時の忘れ物が残っていたのだ。
トランクスと靴下は別としても、シャツ、ズボンともに春物で、
真夏には着るのにあわないものだったが、この際文句など言っていられない。
マサヒコは、自分の迂闊さに少し感謝したが、すぐに思い返した。
自分が暴走しなければ、服を着たままセックスなどしなかったのに、と。
 まあ、何やかんやで後片付けも終わり、リビングで冷たい茶で喉を潤しつつ、反省会(?)が開かれた。
まず、マサヒコは謝った。ひたすらに謝った。
どうにも我慢ならず、アイに半分無理矢理気味にキスをし、床に押し倒し、
生で挿入し、さらには危うく中出ししそうになってしまったことに対して、ただただ謝った。
 アイは怒らなかった。
怒るどころか、逆にアイもマサヒコに謝りだしたのだ。
きょとんとしているマサヒコに、アイは申し訳無さそうな顔でこう言った。
「ゴメンね……背中、痛くない……?」
 最後の絶頂の時、爪で思い切りマサヒコの背中を傷つけたことを、アイは詫びていたのだ。
実際、出血はかなりあった。
床の上の掃除に何が手間取ったかと言ったら、汗や体液よりも、その血を拭き取る方が大変だったのだ。
 マサヒコは頭を下げるアイに、またさらに頭を下げ返した。
ペコペコペコペコと、まるで漫才のようだが、当の両人はいたって真剣だ。
「いや、痛みはしますけど……問題無いと思いますよ。消毒したし、もう血は止まってるし」
 アイの爪は、余程深く食い込んだらしい。
皮だけでなく、肉も少し持っていったみたいだった。
マサヒコの背中、右の肩甲骨の下に、左斜めに、
人差し指、中指、薬指、小指と、計四本、痛々しい傷が出来ていた。
アイが蒼白になって謝るのも、あながち無理はなかった。

「それじゃ、帰ります」
「うん、気をつけてね」
 アイはニコリと微笑むと、マサヒコに向かって手を振った。
「ホント、今日は楽しかったよ」
「また、行きましょうね」
 マサヒコも、笑みを返した。
さっきたっぷりとしたから、というわけではないが、今日は『さよならのキス』は無かった。
「背中の傷、本当にゴメンね。何だったら、治療費出すから」
「いいですよ。悪いのはこっちなんだから……」
 最後の最後まで、アイはアイらしくマサヒコを気づかい、マサヒコはマサヒコらしく謝った。
「じゃ……」
「うん、また連絡するね……」
 マサヒコは学校の宿題もあるし、
委員会の仕事―――緑化委員として夏休みの間も、学校の花壇の手入れの手伝いをしなければならない―――もある。
アイはアイで、卒業論文を進める必要があるし、英学の研修もある。
夏休みの最中とは言え、今日みたいにまる一日、お互いの都合がつく日はほとんど無いのだ。
「さようなら、先生」
「さようなら、マサヒコ君」
 夏には似合わない、春物の長袖を着て、マサヒコはアイのマンションから出た。
アイはマンションの通路に出ると、街灯の下、マサヒコが家々の狭間にその姿を消すまで、じっと見送った。
と、その時、突然、空がピカリと光ったかと思うと、ゴロゴロと雷の鳴る音がした。
アイは空を見上げた。夜ではっきりとはわかないが、昼間とは違ってかなり雲っているように見える。
「マサヒコ君、雨が降ったらずぶ濡れになるんじゃないかしら……」
 マサヒコが歩いていった方角を見て、アイは表情を曇らせた。
ここから駅まで、走っていったとしても十分程かかる。
マサヒコの家までは、次の駅で降りて、また歩いてそれで二十分。
時間は夜の九時を若干過ぎた頃で、日曜日でもあることだし、バスやタクシーに上手く乗れる保障は無い。
「大丈夫かな……」
 アイは心配しつつ、玄関のドアを閉めて鍵をかけた。
コップを片付けようと、リビングに入ったところで、窓のカーテンの向こうから、激しい雨の音が聞こえてきた。
「あ……」
 カーテンをそっと開け、アイは外の様子をうかがった。
雨足はかなり強いようだ。
まだ、マサヒコが出ていてってから七、八分しか経っていない。
間違いなく、ずぶ濡れになっていることだろう。
「どうしよう」
 どうしよう、と言っても、どうしようもない。
今から傘を持って追いかけるわけにもいかない。
ただ、マサヒコの無事を祈るだけだ。
「あ」
 ピカピカ、と夜空が光り、一瞬、雲が照らし出された。
続いて、ゴロゴロ、ドーンと大きい音がして、雷が落ちた。
「……」
 アイはカーテンを閉じた。
アイが念じたところで、雨が降り止むはずもない。
コップを盆の上に乗せると、キッチンへと持っていく。
「あ……」
 キッチンの端、冷蔵庫の前の床に、小さく、赤い何かが見えた。
それは、マサヒコの血だった。
アイは、キッチンペーパーを水で濡らすと、それを拭き取った。
「……」
 アイの心の中で、不安がムクムクと頭をもたげてきた。
さっきの雷、その光の筋が、マサヒコの背中の傷の形とダブったように思えた。
「大丈夫、かな……」
 アイのその呟きを消すかのように、外でもう一度、大きく雷の落ちる音がした。


続く

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