作品名 | 作者名 | カップリング |
「アダルトな昼下がり」 | ピンキリ氏 | - |
「……先輩」 「ん?何?」 時は水無月、一番最初の日曜日の昼下がり。 場所は中村リョーコのマンション、陽が差し込むリビングルーム。 昼食を終えたアイとリョーコは、熱い緑茶を飲みつつ、雑談をしていた。 いや、雑談というのは適切な表現ではないかもしれない。 二人の間に流れている空気は、所謂茶飲み話特有の、まったりとしたものではなかった。 「……お昼ご飯くらい」 そこでアイは言葉を切ると、お茶をズズズとすすった。 二口分程喉に流し込んだところで、湯飲みを唇から離し、大きく一息をつく。 「自分で作って下さいね」 ソフトクリーム二本食い盗撮事件の際のように、アイは頬をぷくぅと膨らませた。 元が童顔なせいか、怒っていると言うよりかは、拗ねているように見える。 「何よー、二日酔いで頭ガンガンなのよ。か弱い先輩を助けることくらい何でもないことでしょ」 「何時どこの誰がどのようにか弱いんですか」 リョーコを責める口調が、アイにしてはえらく厳しい。 それもそのはず。 『二日酔いで頭が痛い。何も出来ない。昼ご飯作りにきて』 と日曜の午前中に呼びつけられること、これで三週連続なのだ。 ご飯作りだけならまだ良い。 が、そこはリョーコ、それだけで帰すはずもないわけで。 前の二回は料理だけで終わらず、 やれ本棚の整理を手伝えだの、無くしたCDを探してくれだの、何やかやとメイドのごとくこき使われた。 夜になったらなったで、二日酔いもどこへやら、ほれ飲めそれ飲めどんと飲めー、で無理矢理酒を浴びせられ、 気がついたら日付が変わっているどころか、窓の外にはスズメがチュンチュン、となった次第。 アイも若い女性である以上、予定と言うか、したいことがたくさんある。 部屋の模様替えもしたいし、ショッピングにも行きたい。 話題の映画も観たいし、新しく出来たレストランの味を確かめもしたい。 それがことごとくリョーコのおかげでオジャンとなっているのだから、膨れっ面になるのも、まあ当然と言える。 「悪いと思ってるわよ…。来週は呼び出したりしないから」 「先週も同じこと言ってました」 アイはますます頬っぺたを大きくした。ハリセンボンもかくや、という感じだ。 リョーコは何時ぞやと同じように、人差し指で突付こうとして、止めた。 アイの怒りはかなりのもの、火に油を注ぐような余計な行動は慎んだほうが良い、と瞬時に判断したからだ。 リョーコだって一応、アイには悪いと思ってはいる。何せ、自分の我侭に付き合ってもらっているのだから。 「来週の日曜は、きちんと自分でして下さいね。いや、それ以前に土曜日にお酒が過ぎないように気をつけて下さい」 「……わかったわよぅ」 ピシッと叱るアイに、素直に謝るリョーコ。 動物で例えるなら、リスが怒ってトラが詫びを入れる、といった感じか。 見ようによっては、ある意味とても微笑ましい。 あくまで、見ようによっては、だが。 いかに角を出しているとはいえ、もともとがのほほんとしたアイのこと。 いつまでも続いたりはしない。飲んでいる茶と同じ、時間が経てばぬるくなる。 そして、リョーコがずっと縮こまっている道理もない。 リョーコがトボケてアイが慌て、アイがボケてリョーコが突っ込み、リョーコがからかってアイが照れ…。 そうやって、いつもの二人のポジションに、徐々に戻っていく。 「先輩、今日の炒飯はどうでしたか」 「んー、何か叉焼が美味しかったような気がする。……もしかして高いヤツ買った?」 作ってもらう以上、当然食材代は全てリョーコ持ちだ。 正確には、アイにお任せで買ってもらい、その立て替え分を後で払っている。 アイは意外にも結構なしまり屋さんなので、無闇に高いモノには手を出さない。だが何せ鉄の胃袋、その量が半端でないのだ。 結局余分に金がかかってしまうことになるが、そこら辺はリョーコは口を出すつもりはない。 と言うか、出したいが出せる立場ではない。 「えへへ、違います。普通のやつです」 「へー、じゃあ調味料?」 「それも違います。少し大きめに切っただけです。そうすると舌に当たる面積が増えて、美味しく感じるんだそうです」 伊○家の食卓でこの前やってました、とアイは笑いながら付け加えた。 天然気味ゆえ、時々調理ミスもあるアイだが、こういった工夫や手間を惜しんだりはしない。 「へぇ……そりゃ初耳だわ」 リョーコとて、料理は下手ではない。むしろ知識や技術はアイより上だ。 だが、美味しさのための細かい配慮には、いくらか足りない部分がある。 それは、誰かに食べてもらうための料理と、自分だけが食べるための料理の違いなのかもしれない。 それぞれ、少女の頃から台所に立ってきた。 しかし、包丁の使い方は同じでも、その背景が異なっていた。 そういうことなのだ。 「あ、そういやマサから聞いたわよ。アンタ、おにぎりに具を入れるの忘れて握ったんだって?」 「うう、あれは、その、朝早くから起きて眠たくて、その、何て言うか」 「いや、フツー忘れないって」 「で、でも他はきちんと作れたんですよ、ホントですってば~!」 どうやら、普段の関係にすっかり復帰したようだ。 女三人寄ればかしましい、とはよく言うが、二人でも話は弾む。仲が良いなら尚更だ。 天気のこと、ファッションのこと、テレビドラマのこと。 内容の深み、広がりにはいささか欠けるものの、それは然したる問題ではない。 おしゃべりという行為が楽しい、それで十分なのだ。 「先輩、この前の写真なんですけど……」 「写真?」 「え、ええと、あの修正しゃし……」 「あー、ダブルフェラチオの」 「ソフトクリームですっ!」 アイは勢いよく訂正した。顔が真っ赤なところを見ると、まだ恥ずかしいらしい。 「い、いや、写っているモノのことじゃなくて、しゅ、修正そのものについてなんです」 「は?」 リョーコは首を傾げた。 アイが何を言いたいのかよくわからない。 「先輩、何時あんなこと覚えたんですか?私のCG技術は底なし、なんて言ってましたけど……」 「ああ、そのこと」 リョーコは立ち上がると、奥の部屋からノートパソコンを持って来て電源を入れた。 数瞬後、画面に浮かび上がったのは、虫食いリンゴに『DERU』の文字が重なったロゴマーク。 「先輩、パソコンなんて持ってたんですか」 「今時の学生なら必需品じゃない」 「……はぁ」 「『電話一本で簡単注文、虫食いリンゴが目印の行く出すもうDERU!激安パソコン!』ってCM知らない?」 アイはパソコンを持っていない。それにあまり使わない。 レポート作成の時に、大学のPCルームから学生レンタルのノートパソコンを借りるくらいだ。 「ホレ」 モニターの上に、アイの水着写真が表示された。 どうやら、去年の夏合宿の時のものらしい。 「ほら、コレをこうしてアレをああしてソレをそうして」 アイの目の前で、リョーコはマウスを軽やかに滑らせた。 「ちょちょいの、チョイっと」 「……!」 すると、あら不思議、アイの全裸写真の出来上がり。 急仕立てで肌の色が少し乱れてはいるが、乳首はおろか、下のヘアまでバッチシで、遠目だと本物の裸に見えるだろう。 「せせせせ、先輩何をするんですか!」 「あら、気にいらない?」 「気にいるも気にいらないも」 「時間があったらこの前みたいにちゃんとしたの作れるんだけどねー」 「いや、だから、私こんなに濃くな、いやいやいや、そうじゃなくて」 「それじゃコレはどうだ、そりゃ」 リョーコは別の画像を開いた。 そこには、スケスケの網スーツを着た、悩ましげなポーズの女性が。 「ホイホイっと」 ピピッと、その女性の顔の部分に、アイの顔を貼り付ける。 「は~い、アダルトビデオのパッケージ風濱中アイの出来上がり~」 「せんぱぁぁああいっ!」 アイは不安の渦に飲み込まれた。 この先輩、まさか自分の加工画像を余計なことに使用していないだろうか? 例えば、大学の男性連中相手に商売とか……。 「コレ、マサに見せてやろうかなー♪」 「やめてくださぁああい!」 涙目で叫ぶアイ。その声は、悲鳴と言うよりかは絶叫に近かった。 「アイ、あんた、ゲームってする?」 「……は?ゲームですか?」 加工画像騒動が落ち着いたところで、リョーコは唐突にアイに尋ねた。 「……いえ、あまり」 アイはパソコンにしろコンシューマにしろ、あまりゲームに興味は無い。 せいぜい、幼い頃にパズル系のゲームを友達の家で遊んだ程度だ。 「じゃあ、当然アダルトゲームなんかやったことないわよね」 「な、ないです!」 知識として、そういうゲームがあることは、アイも知っている。 だが、もちろんのこと、触ったことなぞありはしない。 「実はね、こんなモンがあるのよ」 ニヤニヤと怪しい笑いを浮かべ、リョーコが取り出したのは、ソフト名の表記の無い一枚のCD-ROM。 「……何ですか、それ」 「あー、それがね、この前やったコンパの相手から貰ったのよ」 「コンパの相手、ですか」 「そ。代藻木アニメ何ちゃらとかいう専門学校の卒業生連中でさ、皆ゲーム会社に就職してるんだとさ」 アイは眉根を寄せ、微妙な表情をした。どういう人たちなのか、想像もつかない。 「茶髪鼻ピアスの男は、町中のゾンビをぶち倒すゲームを作ったって言ってたわ」 「……バイオ何とかってやつですか」 ゲーム音痴のアイでも、さすがに有名タイトルくらいは聞き覚えがある。 「いや、武器が金属バットやチェーンで、ええと、確かタイトルが『真・残酷無道』だったかな」 「……」 「金髪ロン毛チョビ黒ヒゲの男がプログラム組んだらしいのが、引き篭もり人生ゲームの『ドアロックメン』」 「………」 「モヒカングラサンの男が営業やってる会社の新作が、鉄道会社経営ゲーム『B列車でプロ野球チームを売ろう!』」 「…………」 「タンクトップに短パンの男が企画に参加したのが、日本刀片手に害虫を駆除するゲーム『アースコン抜刀』」 「……………」 「ま、どれも全然売れてないらしいんだけどね」 「当たり前です!」 「いやまあ、それはそれとしてね」 リョーコは手にしたCD-ROMをピコピコと左右に振ってみせた。 「これはね、そんな連中の一人、アダルトゲームの会社に勤めてるヤツがくれたの」 「はあ……でも、どんな理由でそんなものを先輩に?」 リョーコは肩をすくめると、大きく溜め息をついた。 「さーね、露骨に私を狙ってたから、餌のつもりだったんじゃない?」 「餌、ですか」 「大体さ、アダルトゲームで女子大生が釣れるかっての」 アイは頷いた。特殊な趣味の持ち主ならともかく、普通そんなものを貰って目を輝かす女性はいないだろう。 餌にしたって、渡す方も思考的にどうかと思う。 「もう少し色々とチェックしてから発売するとか言ってたわね。よく考えたらコレ、商品情報の漏洩じゃないかしら」 「でも、貰ったってことは、先輩は……」 「んあ?二人きりになりたいって言うから、別の店に行ってさ」 「え?」 「さんざん酒飲ませて潰して放ったらかして帰ったわよ」 そう言うとリョーコはケタケタと笑った。 リョーコはそのCD-ROMをパソコンにセットして、ゲームを起動させた。 「へぇ……」 アイは思わず感嘆の声をあげた。 アダルトゲームと言うから、どんなに卑猥な絵が出てくるかと思いきや、 予想に反してキャラが何ともアニメチックで可愛らしい。色もカラフルで、服やアクセサリーも細かく描き込まれている。 「このゲームはね、キャラクターの名前や外見、性格が変えられるのよ」 「え?どういうことですか?」 「例えばね」 リョーコはカーソルをあちらこちらに動かし、色々とパーツを選択して組み替えた。 「髪の毛の色を薄くして、おさげにして、胸を小さくして……ホラ、ミサキちゃんにそっくり」 「わ、ホントだ」 「名前も【ミサキ】に変更して……これでよし」 次に、リョーコは《主人公の名前》の欄に【マサヒコ】と打ち込んだ。 「マサヒコ君の名前にしたってことは……先輩、まさか」 「ふふふ、主人公の性格を【粗暴】、ヒロインを【健気】にチェンジして」 「わ、ちょ、せ、先輩、ダメ!」 「これでオマケモードの《Hシーンを見る》に行って……うりゃ!」 『俺はもう我慢できなくなって、ミサキを押し倒した。 ミサキ「きゃっ、何するの?」 マサヒコ「何をするもねぇよ、ここまできたらすることはひとつに決まってらぁ」 ビリビリッ! 俺はブラウスに手をかけ、勢いよく左右に引きちぎった。 ミサキ「きゃあああっ!」 マサヒコ「じっとしてろ」 ミサキ「いや、いやあ」 ミサキは泣き叫び、体をよじって抵抗する。 マサヒコ「うるせえな……少し黙ってろ」 強引に唇を重ねあわせ、声を塞ぐ。 同時に舌を差し入れ、思うさま、ミサキの口内を蹂躙する。 しばらくして、ミサキの動きが止まった。 マサヒコ「……何だ?あきらめたのか?」 ミサキ「……もう、いいよ……」 マサヒコ「は?」 何をこの娘は言っているのだ? ミサキ「あなたがそうしたいんだったら……して、いいよ……」』 「どう、この展開?」 「先輩、悪趣味です」 アイの非難も、調子付いたリョーコには届かない。 Hシーンをキャンセルし、キャラクター選択画面に戻ると、またパーツを入れ替え始める。 「茶髪、髪は長めの、えーとタイプはB、胸は大きく、目はややツリ目で性格は【勝気】で」 「今度はアヤナちゃんですかぁ!」 「マサの性格は、えー、【おとなしい】で」 「先輩、ストップ、ちょっと、聞いてますかーっ!?」 『目の前のベッドに、アヤナが下着姿でちょこんと腰掛けている。 ……心臓がバクバクして、目が眩む。何か、風邪をひいたような感じだ。 アヤナ「ねえ……」 マサヒコ「え?あ?ええっと、何?」 アヤナの目がいっそう釣り上がる。 ええと、もしかして、怒ってますか? アヤナ「何、じゃないでしょ」 マサヒコ「う、うう」 アヤナ「あのね……し、死ぬほど恥ずかしいんだから、その、は、はやくしてよね」 マサヒコ「は、はやくって……何を?」 いてっ! 顔面に枕が飛んできた。 アヤナ「き、決まってるでしょ!あんまり女の子に恥かかせないでよ!」 マサヒコ「……ゴメン」 アヤナ「ねぇ……そろそろ……男らしいとこ、見せてよ……バカ……」』 「どう?萌える?燃える?」 「先輩、ホント、やり過ぎですってば」 「ヤッてヤリ過ぎることなどない!ほりゃ、次!」 リョーコの暴走は留まるところを知らない。 凄まじい速さでマウスを持つ手が動き、画面上にまた別の女の子が現れる。 「アクセサリーで【メガネ】選択、タイプはE、つるペタ、性格は【幼い】及び【天然】」 「ああああ、リンコちゃんまでー!」 「マサに特性【お兄ちゃん】を付けて、ゴー!」 「せんぱぃぃぃいい!」 『リンコ「お兄ちゃん……」 リンコが潤んだ瞳で俺を見る。 わかっている、わかっているんだ。 俺たちが兄妹だってことは。 血がつながっていることは。 でも、それでも、俺は。 俺たちは……。 マサヒコ「リンコ……」 リンコに近づき、そっとその華奢な体を抱きしめる。 リンコ「お兄ちゃん……」 体の温もりが伝わってくる。 リンコ「キャッ!?」 俺はリンコをひょいと抱えあげた。 そして、ベッドへと歩み寄る。 マサヒコ「リンコ……今日こそ、お前を俺だけのものにするよ……」』 「あっはっはっは、おもしろいおもしろい」 「先輩、そろそろ止めましょう。まだ今なら引き返せます。真人間に戻りましょう」 アイが必死にリョーコに訴えるが、リョーコに聞き入れる様子は見られない。 残念ながら、今の悪ノリリョーコを止めることが出来るのは、レーザービームの直撃くらいだろう。 「うふふふふ」 リョーコの双眼が、キラーンと眼鏡の奥で妖星のごとくに光る。 「まだまだ、真打ちが残ってるじゃない」 「え、ま、まさか……」 「髪はショートとミディアムの中間、後ろ髪を外に若干ハネさせるタイプGで」 「あ、う、が、ち、ちょっと先輩!」 アイはリョーコを止めようと飛びかかったが、リョーコはこれを片手で巧みにブロックした。 そして、もう一方の手で素早くパーツ入力を行っていく。 「目はややタレ目気味、性格は【おおらか】で、属性に【ショタ】を付加!」 「や、止めてくださーいっ!」 「主人公との関係を【教え子と先生】にして、ほりゃ、クリッククリッククリック!」 「いやーあーっ!」 『アイ「ん……」 マサヒコ「んん……んちゅ……」 夢、なんじゃないだろうか。 憧れのアイ先生に、キスしてもらえるなんて。 アイ「ぷふ……うふふ、マサヒコ君、かわいい」 マサヒコ「アイ先生も……かわいいです」 先生の人差し指が、俺の額をぐりぐりと突っつく。 アイ「年上にかわいいなんて、言っちゃダメだよ」 それは無理です。 だって、アイ先生、ほんとうにかわいいんだから。 アイ「もっかい、キスしようね」 アイ先生の温かい唇が、俺の唇にもう一度重ねられた。 何だか、頭の奥の方がジンジンと痺れてくる。 痛いわけじゃない。むしろ、すごく気持ちいい。 アイ「胸……触ってみて。左……ああ、マサヒコ君から見て、右のほう」 ……柔らかい。 女の人の胸って、こんなに柔らかいんだ。 アイ「ね……わかる?」 マサヒコ「えっ?」 アイ「ドキドキしてるの、わかる?」 ほんとうだ。 掌を通じて、アイ先生の鼓動が伝わってくる。 アイ「これから……君とすると思うと……こんなにも、心臓がドキドキしちゃうの」』 「んー、何かまったりって感じねー」 リョーコはポリポリと額をかいた。 甘ったる過ぎる展開は、どうやらあまり好みではないらしい。 「先輩……もう止めて下さい。何か、気分悪いですぅ……」 「つか、このアイはもしかして非処女かしら。うーん、よし、シーンを早送りしてみるか」 「完全に無視ですか、先輩……」 『アイ「わ、マサヒコ君の、大きい」 マサヒコ「そうですか……?」 大きい、と言われたのなら、男として喜ぶべきなのだろうけど……。 アイ先生に握られていると思うと、そんな余裕など沸いてこない。 アイ「うふふ……舐めて、あげるね」 そう言うと、アイ先生が俺の股間へ、顔を近づけていく。 マサヒコ「ちょ、せ、先生」 アイ「れろ……っ」 マサヒコ「……うっ!ううう!」 うわ。 凄い。 強烈な電流。 それが、背骨を駆け上がっていく。 アイ「ぷふ……気持ちよく、なってね……むちゅ……」 うわ。 うわ。 うわ。 ダメだ。 ダメだ。 くる。 出る。 出てしまう。 マサヒコ「せ、せんせえっ!」 びゅっ!びゅぶっ!』 「おー、こっちのアイはテクニシャンねー」 「……うげぇ」 「もちっと早送りで、っと」 『アイ「私が上になって、リードしてあげてもいいけど……」 マサヒコ「せんせぇ……」 アイ「ここからは、マサヒコ君が……頑張ってほしいな」 アイ先生が微笑む。 大袈裟なんかじゃなく、天使のようだ。 俺の心の奥の獣が、 マサヒコ「せんせいっ!うぉおおっ!!」 この天使を、 アイ「きゃっ!?」 汚したい、征服したいと、 マサヒコ「い、いきますっ!」 叫んでいる―――! ズンッ!! アイ「ああああっ!」 マサヒコ「うわあああっ!」』 「おー、おー、マサヒコ、若いねー」 「……うっ、ううっ……」 「ん?」 リョーコはクリックの手を止めた。 今、アイの方から聞こえてきたのは、すすり泣きの声ではなかったか? 「ア、アイ?」 「うう、うわーん!」 「わわっ!?」 爆発、大泣き。 アイの両目から、涙がぽろぽろと零れ落ちていく。 「ちょ、ちょっと、アイ」 「うわーん、先輩ヒドイですうー」 「え?」 「わ、私とマサヒコ君は、こ、こんなんじゃないですうー、うううー」 たかがゲーム、とスルー出来るほど、アイはスレても冷めてもいなかった。 それも仕方がないのかもしれない。 異性と肉体関係を結ぶことははおろか、好いた惚れたの恋愛さえもしたことがないのだから。 「わ、わかった、わかったから泣き止みなさい、アイ」 「えぐっ、えぐえぐ、せんぱいぃ~」 リョーコはアイの頭を優しく撫でた。 「ゴメン、ちょーと調子に乗りすぎたわ」 「うう、うううっ、ううう」 「もうストップするから、ほら、ね?」 子どもをあやすような言い方だが、実際そんな感じだ。 リョーコにしてみれば、これは所詮ゲームで架空の話。アイみたいにべそをかく方がおかしい。 おかしいのだが、こうもわんわん泣かれてしまうと、自分が悪いという気持ちになってくる。 「あ、そーだ、喫茶店行こう喫茶店。黄金鷲に行ってジャンボチョコレートパフェ食べよう」 リョーコは食い物で釣るという、ある意味姑息な手段に出た。 しかし、これでは本当に泣き虫な子どもをなだめてるヤンママのようである。 「うう~ぅ」 「さあ、涙を拭いて。行くんでしょ?」 「……はい」 しっかり釣られているアイもアイではあるのだが。 「ふ~、しっかし、ハズレばっかだったわね……」 夜の街を、リョーコは駅を目指して歩いていた。 『急な不参加が出てメンバーが足りなくなった。悪いけど来て!参加費ロハでいいから!』と、 友人からコンパの誘いのメールが入ったのが今から二時間ほど前のこと。 タダ酒が飲めるのなら、リョーコに嫌も否もあろうはずがない。 当たりがあったらなおラッキー、と思っていたのだが、これが見事に皆平々凡々とした男たちばかり。 適当に話を合わせ、盛り上がりの波が落ちてきたところでさっさと退出してきた、というわけだ。 お金を払わなくてよいのだから、最後まで居続けてタカってもよかったのだが、そうはしなかった。 ここのところ何週間か連続で酒が過ぎていることもあるし、アイに深酒を注意された手前もある。 「あっれー、リョーコちゃんじゃない?」 背後から不意に声をかけられ、リョーコは振り向いた。そこに居たのは、 「……この前のアダルトゲームの」 そう、前回のコンパで、アダルトゲームでリョーコをモノにしようとした男だった。 「覚えててくれたんだぁ、スッゲ感激ぃ」 「そりゃ、ね」 本人よりはゲームの方が印象に残っているわけだが。 「あの時先に帰っちゃったんでしょ、寂しかったよぉ」 「ちょっと、用事があってね」 置いてきぼりにされ、その上酒代まで押し付けられたのだから、リョーコに恨み言のひとつでもありそうなものだが、 この男は全くそんな気はないらしい。能天気というか、さすがは開発中のゲームを堂々と表に持ち出す人間だけのことはある。 「でもサ、ここで会えてラッキーってカンジだよ。ね、ね、また飲みに行こうよ、二人でさ」 「……いや、今からはちょっと」 リョーコは静かに断ると、その場を立ち去ろうとした。 「あ、あ、ちょ、ちょっと待ってよ」 「ゴメンねー」 「あ、そ、そうだ、この前あげたゲーム、新バージョンになったんだよ!」 リョーコの足が止まる。 「バグを取ってさ、アクセサリーとかも増やして、そうそう、声が出るようになったんだよ!」 「へえ……新しいバージョン、ねぇ……」 男はリョーコが関心を持ったと思ったのだろう、早口でまくしたてた。 「そうそ、でさ、それについて色々と教えてあげる。それ、今持ってるし。ね、ね、だからこれから飲みに行こ?」 「オッケー?やったね!よし、よーし、それじゃどこにしようかな。ツマミがおいしい店がいいよね……」 リョーコは男の声を右の耳から左の耳に聞き流しつつ、瞬時にこれからの計画を練り上げた。 この男がどれくらいの酒の強さかは、前回のことがあるのでわかっている。 とにかく、飲ませておだてて褒めて、呂律が回らなくなった辺りで新しいバージョンのゲームとやらを巻き上げて、 そっから潰れるまで酒を浴びせ倒そう、と。 別にリョーコはアダルトゲームに興味を持ったわけではない。 これを入手すれば、からかいのネタに使えると思っただけのことだ。 この前アイにそれで泣かれているというのに、ここら辺のやんちゃな気性は、所謂死んでも治らない系統のモノらしい。 まあ、次回のターゲットはおそらく、アイではなくマサヒコになるであろうが。 「……さてと」 怪しまれないようにするために、リョーコももある程度は酒を飲まねばならないだろう。 さっきの医大生とのコンパで、それなりに酒が入っているので―――。 「……アイ、ゴメンね。また明日、呼び出しちゃうかもしんない」 リョーコは夜空に目をやり、小声でここに居ないアイに謝った。 「んー、何か言った?リョーコちゃん」 「ん、別に何も」 「そう。……あ、よっし、あそこにしよっと。ね、ね、この先にいい店があるんだよ。スッゲ雰囲気良くてムードあってさ……」 男ははしゃぎながら、リョーコの前を歩き出した。 リョーコは一瞬、苦笑を浮かべると、その後についていった。 「それじゃ、ミッションスタート」 そして、さっきと同じくらい小声で呟いた。 出来る限り、自分の酒をセーブしてコトを実行しようと考えながら。 F I N
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