作品名 作者名 カップリング
「イメージトレーニング・トレーニング」 ピンキリ氏 -

「それでは、イメージトレーニングをします」
「またこの人は何を言い出すんだ突然」

 マサヒコとリンコは、それぞれアイとリョーコに勉強を見てもらっている。
最近はミサキも加わり、五人で机を囲むことが多い。
ごくまれにだが、アヤナが参加することもある。
アイとリョーコで、教えるスタイルは違うが、
基本的に和気あいあいと、のんびりとした雰囲気で勉強は進行していく。
そう、基本的に……は。
 脱線。
 そう、あまりに空気がゆったりとしているせいか、
ちょっとした言葉を機に、勉強そっちのけで話が脇道に逸れてしまう事が往々にしてある。
その『ちょっとした言葉』の発端は、その時々にして様々だが、
それを拾ってこねくり回して飛躍させる人間は常に決まっている。
他でもない、中村リョーコだ。
例えて言うなら、キャッチボールの最中にバットを持ち出して乱入し、
フルスイングでかっ飛ばして向かいの家の窓ガラスを破る、といった感じか。
 冒頭の会話は、リンコの「テストの時ってどうしても緊張しちゃうんですぅ」
という発言の直後の、リョーコとマサヒコの台詞だ。
どちらがどちらかは、あえて説明する必要はあるまい。

「イメージトレーニングをします」
 リョーコはもう一度言った。宣言した、という方が正しいかもしれない。
マサヒコは「だから何でですか」と言いかけて、やめた。
リョーコがこんな感じで言い出したら、決して後には退かないことを十分承知しているからだ。
ミサキやアイ、リンコも口をつぐんでいる。どうやら皆同じ気持ちらしい。
 リョーコの演説は続く。
「信じる者は救われる、って言葉もある通り、『何かをかなえたい』と願うことは大切なのよ」
「スポーツ選手が試合なんかの前に、自分の勝った姿を想像して集中力を研ぎ澄ますってのはよく聞くでしょ」
「何事もポジティブシンキング、思わざれば事成らず、信じる力は無限大、よ」
 マサヒコは感心半分眉唾半分でリョーコの言葉を聞いていた。
まったくもってこの女は、時々真面目にして抗いようの無い正論を吐くのでやっかいだ。
ここにアヤナがいれば、コロリと丸め込まれて「ああ、お姉さま素敵」と瞳を輝かせことであろう。
「と、言うわけで、さあアンタたち想像しなさい」
「…何を?」
「何を、じゃない。イメージトレーニングだって言ったでしょ。さあ、目を瞑ってここは受験会場だと思え!」
「「「無理です」」」
 期せずして、マサヒコ、ミサキ、リンコの答えがハモった。
「だいたいオレたち一度も受験したことないし」
「想像しろって言われてもどんな雰囲気なのか」
「よくわかりませーん」
 リョーコは天を仰いだ。
「何ィ!?想像力貧困な現代の若者を象徴するかのような台詞を!」
「……先輩、年寄り臭いです」
 珍しくアイが突っ込む。
が、声が小さかったためか、リョーコの耳には届かなかった。
それはそれで幸いである。聞こえていたらただではすまなかったはずだ。
「ならば、期末試験を思い出せ!そしてその十倍の緊張感があると考えろ!」
 リョーコが声を張り上げる。が、はっきり言ってムチャクチャだ。
そんな曖昧なことを言われても、マサヒコたちに理解出来るわけが無い。
受験経験者のリョーコとアイにしたところで、受験会場の雰囲気を説明しろ、と言われても簡単にはできないだろう。
受験会場とは、それほど特殊な『空間』なのだから。

 何度かの無意味なやりとりの後、リョーコはマサヒコたちに強制的に想像させることをあきらめた。
「ええい、仕方が無い」
 それにしても、何だか時代劇の悪役のような言い回しである。
「なら、楽しいことを想像しなさい。それなら簡単でしょ」
「楽しいこと、ですか」
 マサヒコは首を捻った。
「そ、楽しいこと、おもしろいこと。まずは想像力を磨くことから始める、ってことで」
 最初からそうすりゃ良かったのに、と皆思ったが、後難を恐れてか誰も突っ込まない。
「何でもいいんですか?」
 リンコが質問した。
「そう。何でもいいわ。私だったら、金、タバコ、酒、服、男―――」
 そりゃ想像でなく妄想だ、と皆思ったが、後難を恐れて以下略。

「それじゃ目を閉じて、気持ちを落ち着けて、ゆっくりと焦らずに楽しいこと考えなさい。ほらアイ、アンタも」
「え、わ、私もですか?」
「そ。早くしなさい」
 有無を言わせぬ口調でリョーコは命令した。
アイは素直に、マサヒコたちと同じように目を瞑る。
 皆が目蓋を閉じたのを見て、リョーコは静かに語りかける。
「さぁ、気分がゆったりとしてくる、静かに、音もせず、自分の心の中にダイブするような感じで……」
 まるっきりエセ催眠術師の口上だが、それを合図にイメージトレーニング(のためのトレーニング)は始まった。

 ―――小久保マサヒコの『楽しいこと』。
(楽しいこと、楽しいこと、楽しいこと……。うーん、よくわからん。
ゲームをすること。サッカーをすること。テレビを見ること。マンガを読むこと。
えーと、えーと、えーと………………………。…………………。













                    ……他に何があったっけ)

 ……少なくとも、想像力貧困な現代の若者という言葉は、マサヒコに当てはまるようだ。

 ―――的山リンコの『楽しいこと』。
(ナナコと公園を散歩してドラゴン○エストをしてジュース飲んで
お買いものに行って遊園地に行って動物園に行って水族館に行って
ミサキちゃんやアヤナちゃんや小久保君や先生たちと遊んで……)

 全く脈絡が無いが、マサヒコに比べるとまだマシとも言える。


 ―――濱中アイの『楽しいこと』。
(駅前に新しく出来たケーキ屋さん、おいしかったなぁ。何て名前だったっけ。
ああ、あのレストランの食い放題期間は明後日までだった。もう一度行かなきゃ。
えーと、頓珍軒の大盛りチャーシューメン、喫茶黄金鷲のビッグチョコレートパフェ、
食い倒れ屋の大型たこ焼き、阿玉井亭のスペシャルハンバーグ定食、それとそれと……)

 食い気。鉄の胃袋の異名は伊達ではない。が、年頃の女性としてある意味ヒジョーに情けない。

 ―――天野ミサキの『楽しいこと』の想像。
(楽しいこと、楽しいことかぁ。楽しいこと……)
 ミサキは薄っすらと目を開けた。目の前にマサヒコがいる。
(…マサちゃん)
(そうだ、何でもいいんだよね。えーと、それなら……)

 ミサキの想像を無理矢理整理して文章化すると、以下のようになる。

 私はマサちゃんと結婚する。
高校、大学と恋人として付き合って、大学卒業後に、マサちゃんからプロポーズしてくるんだ。
その台詞は、えーと、
「ミサキ、結婚しよう」
 いやいや、ありきたり過ぎる。もっと、こうグッとくるものでないと。
「一緒に歩いていこう」
「どんなウェディングドレスがいい?」
「お前の側にいたい」
 うーん、何かイマイチだなぁ。
「お前が欲しい、オレのものになってくれ」
 うん、これこれ、これぐらい強引な方が良い。もちろん、私の答は決まっている。
「私を貰って、マサちゃん」
 キャー、何て恥ずかしい、でも嬉しい。
そして皆に祝福されながら、丘の上の白いキレイな教会で式を挙げる。
新婚旅行はバリがいいかな。それともグァム。やっぱりババーンと世界一周!

 子どもは二人、いや三人ね。
男の子二人に女の子一人、男の子は活発で明るくて、女の子はおしとやかでちょっとおマセさんで。
賑やかな方が良いもんね。笑い声の絶えない家庭っていいなあ。憧れるなあ。
 えーと、マサちゃんの仕事は何にしよう。
カッコ良いのがいいな。スポーツ系かな。サッカー選手?レーサー?格闘家?
ううん、やっぱり知的な感じで学校の先生でいこう。中学や高校の先生……はダメね。
女子学生がマサちゃんにちょっかいかけるかもしれない。
小学校、小学校の先生、それも低学年がいい。
小さな子どもたちから慕われるマサちゃん、とってもいい感じ。
「お帰りなさい、マサちゃん」
 仕事から帰ってきたマサちゃんを、私は温かく迎える。
……結婚して、マサちゃんって呼ぶのも変かしら。最初のうちはそれでもいいかもしれないけど。
そう、あなた、あなたって呼ばなきゃ。夫婦だもんね。
「お帰りなさい、あなた。ご飯にする?それともお風呂?」
 ……しっかりと料理の勉強しとかなきゃいけないわね。
「そうだなぁ、まずは、ただいまのキス……かな」
 そう言ってマサちゃんは私を片手で抱えるように引き寄せると口づけを―――ってキャー!
恥ずかしい、けど嬉しい!

「子どもたちは寝たかい?」
 お風呂から上がったマサちゃんは、子どもたちの寝顔を見に子ども部屋へ行く。
「ぐっすりよ」
「いい顔で寝てるね」
 んー、夫婦って感じの会話、いいなぁ。
 あ……夫婦ってことは……当然、その、あの、よ、夜の、アレもあるんだよね。
「なあ、ミサキ……いいかい?」
 ……これじゃスケベオヤジみたい。
無言、そう、無言で私の肩を抱くと、そのまま子ども部屋を離れてベッドに連れて行く。
そして私をベッドに押し倒すと、優しく微笑んで、目で「いい?」って聞くの。
私も何も言わずに頷いて、マサちゃんが脱がせ易いように力を抜いて……。
「ミサキ、キレイだよ……」
「嬉しい……」
 プロレスラーやボディビルダーとまではいかないけど、ある程度マサちゃんにも筋肉は欲しい。
一昔前で言うところのヤセマッチョってやつかな。スラリとしてるけどがっしりとしててしなやかで。
 マサちゃんが私の身体をすみからすみまで丁寧に愛撫していく。特に胸を丹念に。
……えーと、大人になったってことで、それなりの大きさがあるということにしてしまおう。
「柔らかいよ、ミサキ」
 んん……でも、シテる時って会話ってするのかしら……。ま、いいや。
で、その、アソコも、マサちゃんは優しく、私を感じさせるようにしてくれて。
「ほら、ミサキ……もう、こんなになってるよ」
「ああ、あなた……言わないで」
「もう十分だね。ほら、脚を開いて……いくよ」
「で、でも、今日は危ないから」
「いいじゃないか、そろそろ四人目も……」
「……うん」
 キャー!キャー!恥ずかしーい、でも嬉しーい!

「はい、十分経ったわ。ヤメ!」
 リョーコが終了の声をかけた。
マサヒコは目を開いた。暗い世界から帰ってきたので、やけに眩しい。
「どう?楽しいことは想像出来た?」
 マサヒコは曖昧な表情で頷くしかなかった。よくわかりませんでした、とは言えない。
「はぁ……何とか」
 リョーコは次にアイに目を向けた。
「アイは?」
「……赤毛野庵の鰻重に泰平氏楼の杏仁豆腐、飯進子牛園の塩タンと骨付きカルビ……じゅる」
「……じゅーぶん楽しかったようね。リンは?」
「………ムニャ………」
「コラ」
 サイドからのヘッドロック、そして頭頂部への拳ぐりぐりでリョーコはリンコ目を覚ましにかかる。
「誰が寝ろと言ったか!」
「はひぃ、痛い、痛いですぅ」
 一発で起きるリンコ。マサヒコとアイは黙って見ていた。
寝るだろうな、と思っていたが、やっぱり眠ってしまったようだ。
まぁ、こればかりはリンコが悪い。
「……ふう、さてと、ミサキちゃんは?」
 皆の視線がミサキに集まる。
「……」
「……」
「……天野?」
「……イッちゃってる?」
 いったい何を想像したというのか、
そこには、若干背中を丸めて、口が半開きの、トロンとした目の少女が。

「お、おい天野」
 マサヒコが肩を揺さ振る。が、ミサキはなかなか正気に戻らない。
揺さ振られるがままに、首が左右にガクガクと動く。
「おい、天野、天野ったら!」
 これだけでは効果無し、と見たマサヒコは、耳元に口を当てると大きな声で呼び叫んだ。
「おーいっ、起きろーっ天野ーっ!」
「……うひゃぁあう?」
 さすがにこれは効いたようだ。ビクッと電流を流されたようにミサキの体が跳ね上がる。
「やっと気がついたか。しかしお前、何を想像してたんだ?」
「へ、は、え?な、なぁに、あなた?」
 しばし空白の時が部屋を支配し、そして―――
「……あ」
「……な」
「……た」
「……!?」
 ミサキのへんちくりんな答えに呆然とするマサヒコたちだったが、
リョーコだけはミサキの想像の中身をおおよそは見抜いたようだ。
「へーえ、女の子らしいじゃない、お嫁さんになったのをイメージしたのよね?」
 ここでマサヒコ、リンコ、アイの三人はようやく合点がいったようだ。
「ああ……」
「お嫁さんかあ」
「成る程ね」

 一方、当のミサキはと言えば、まだ現実世界に完全に覚醒していないらしい。
目の焦点がいまいち合っていないまま、ボーッと周囲を見回している。
「うりゅ……、え、えっと……」
 マサヒコはそんなミサキの頬を、ピタピタと平手で軽く叩いた。
「おいおい、まだボケてるのか?」
「あ、う、だ、大丈夫よ、あなた」
「だーかーら、お前が頭の中で誰を旦那にしてたか知らんが、ここはオレの部屋で、そんでオレはお前の旦那じゃないぞ」
「……ふぇ、合ってるよ。あなたが旦那様……」
「は、はーぁああ?」

 ……ミサキが『こちら側』に帰ってきたのは、その十数秒後のこと。
「おやつよー」とマサヒコの母が部屋に入って来たのがきっかけとなった。
 さて、それからが大変だった。
事の経緯全てを悟ったミサキが大慌てでマサヒコを誤魔化しにかかり、
リョーコはそんなミサキを見て笑い転げ、アイはミサキのフォローに大忙し、
リンコはリンコで「ミサキちゃんて小久保君と結婚したいの?」と身も蓋も無い天然発言をかます始末。
さらにはマサヒコの母までが「ミサキちゃんならもちろん大歓迎よ、何なら今日からでもウチの嫁に来る?」とからかい街道大爆走。
最終的にマサヒコが「わかってるから、勘違いなんだろ」と納得して、騒動を締めるまで、まるまる一時間はかかった。
まあ、納得も何も、ニブチンのマサヒコは最初からそう思っていたのだが……。

「さよなら、マサヒコ君」
「小久保君、バイバーイ」
「ああ、また明日な」
 結局、後半はほとんど勉強にならずにお開きの時間となってしまった。
バタン、と玄関が閉まり、マサヒコの姿が皆の視界から消える。
「……それじゃ、私も失礼します」
 天野邸はご存知の通り、小久保邸の二つ真向かいにある。直線距離にして十数メートルも無い。
リンコたちから離れ、自宅へ向かって歩き出す。
「ちょい待ち」
 門の前まで来たところで、リョーコが後ろから声をかけた。
どうやら、アイとリンコを先に行かせ、ひとりで戻ってきたらしい。
「何ですか?」
「ねえ、私がイメージトレーニングの前に言ったこと、覚えてる?」
「?」
 リョーコは左手を自分の腰に、右手の人差し指をミサキの額に当てると、
ゆっくりと、その台詞をもう一度口にした。
「何事もポジティブシンキング、思わざれば事成らず、信じる力は無限大」

「…………!」
「そういうこと。ま、私としちゃあのまま告ってくれても十分おもしろかったんだけどね」
「こ、こ、こここ告白なんてそんな」
 あたふたとするミサキを見て、リョーコがニマッと笑う。
しかしそれは、いつものボケを狙ったり何かを企んだりするときの表情とは微妙に違っていた。
「ミサキちゃんが何を怖がってるか、私もわからないわけじゃないわ」
「……」
「だけど、さっきも言ったように、何事もポジティブシンキング、思わざれば事成らず、信じる力は無限大」
「……」
「あきらめずに思い続けていれば、いつかチャンスも来るし、勇気だって心の器いっぱいに溢れてくる」
「……はい」
 ミサキの素直な返事に、うんうんと頷くリョーコ。もうすでに、いつもの顔に戻っている。
「ま、私のキャラじゃないんだけど……協力するって言った手前もあるしね。」

 それじゃ、と手を振ると、リョーコは身を返し、アイとリンコに追いつくために立ち去った。
「……」
 ミサキは、リョーコが角を曲がって姿を消しても、まだ門の前に立っていた。
そして、小久保邸の二階、マサヒコの部屋の窓に目線を合わせる。
灯りが点いている。引き続き勉強をしているのだろうか、それとも音楽を聴いているのだろうか、それとも……。
「マサちゃん……」
 小学生からの、いや、もっと幼い頃から願い続けてきたこと。
 小久保マサヒコのお嫁さんになること。
「何事もポジティブシンキング、思わざれば事成らず、信じる力は無限大」
 ミサキは声に出して呟いてみた。
先程までの心の乱れが嘘のように、今は落ち着いている。
「思いの強さ……、イメージトレーニング、か」

 将来、ミサキがマサヒコの側で晴れやかに笑うことは出来るだろうか?
それは誰にもわからない。ミサキにだってわからない。
だが、わからなくとも、そうなれば良いと考えるは出来る。頭の中でイメージ出来る。
エンジンはガソリンが無いと動かない。
今はタンクいっぱいに、そうなれば良いという希望を貯める時期。
始動のキーを心の鍵穴に差し込むその日まで、焦らず急がず徐々に満たしてゆけば良い。
何事もポジティブシンキング、思わざれば事成らず、信じる力は無限大。

 ミサキは風呂から上がると、パジャマに着替え、髪を乾かした。
自分の部屋に戻ると、ベランダを開け、斜め前の家の窓を見る。
そこには、まだ明るい。それを確認すると、中に戻り、机の引き出しから手鏡を取り出し、ベッドに座った。
「……」
 手鏡の中には、もうひとりの自分。
ミサキは、その鏡の国の自分に語りかける。
そう、それは、バストアップ体操以外に、今日から新しく増えた日課。
「……それでは、イメージトレーニングをします」
 
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