作品名 | 作者名 | カップリング |
「ツーショット リョーコ編」 | ピンキリ氏 | リョーコ×マサヒコ |
うららかな春の日差しが部屋を柔らかく覆う。 窓を開ければ優しい風が草花の匂いを運んでくる。 花粉症に苦しむ人々を除いては、まことに過ごし易い4月のある土曜日の午後。 ……だというのに。 マサヒコはかなりへこんでいた。 無論、それには相応の理由がある。 その理由を三段跳びに例えて言うと――― ホップ。 自分の家庭教師である女子大生、濱中アイ。 そのアイが、父が虫垂炎で緊急入院したため実家に見舞いに帰り、 その代役として中村リョーコがやってきたこと。 ステップ。 リョーコの本来の生徒の的山リンコが、家の所用で休みとなり、 今日のマサヒコ宅での勉強に参加出来ないこと。 ジャンプ。 父は仕事、母は町内会のカラオケで家を空けていること。 ラインオーバーでファール。 結果、リョーコと二人きりで勉強しなければならないこと。 マサヒコはリョーコを軽蔑しているわけでは無いし、大嫌いというわけでも無い。 アイやリンコが居ないのだから、ボケによる脱線の機会も減るはずだ。 だが、いや、だからこそ、一層警戒態勢の強化を図らねばならない。 何しろあのリョーコのことである。 一種の緩衝材のような役割を果たしていたアイやリンコが居ないとなると、 どのようなエロ攻撃を浴びせかけてくるかわかったもんではない。 エロ本探しと称して部屋をひっかきまわすかもしれないし、 「毎日ヌイてるか~?」とゴミ箱を漁るかもしれない。 とにもかくにも、勉強以上に集中して、リョーコの言動に対応する必要がある。 マサヒコとしては、暗澹たる気分にならざるを得ない状況なのだ。 ♪ピンポ~ン 軽やかに玄関のチャイムが鳴る。 いや、マサヒコにとってそれは、不幸を呼ぶという黒水晶の笛の音か、はたまた吸血蝙蝠の鳴き声か。 「おーい、マサーッ、上がらせてもらうわよー」 女悪魔中村リョーコ、小久保邸にただ今見参。 「……」 「……」 「………」 「………」 「………あ、そこスペル違う」 「………はい」 「…………」 「…………」 勉強開始から約三十分。 予想外の展開と言うべきか何と言うべきか。 リョーコはマサヒコに対して何の攻撃も仕掛けてこなかった。 参考書とマサヒコのノートを見る、間違いを正す、この二つの行動以外は全く何の動きも無い(タバコは禁煙中で吸っていない)。 シャーペンがノートの上を走る音、時計の針が時間を刻む音。 ただ淡々と、起伏も無く勉強は進んでいく。 休憩時間。 マサヒコとリョーコは机を挟み、向かい合ってお茶をすする。 母が忘れたのかどうなのか、今日はオヤツは用意されていなかった。 「ズズ……」 「ズズズ……」 先程と変わらず、会話は無い。 アイとリョーコは必ず一度は休憩時間を取る。 「ぶっつづけで勉強してると能率が段々と落ちてくるわ。適度な休憩は学力アップに欠かせないの」 と、理由を尋ねたマサヒコに、二人はそう教えてくれた。 最初は、ただサボリたいだけじゃないのか、と疑っていたマサヒコだったが、 自主学習組のミサキとアヤナ、それに教師の豊田セイジも同じようなことを言っていたので、納得するようになった。 よくよく考えてみれば、確かに休息は必要なことだ。良い気分転換にもなる。 サッカーだってハーフタイムがある。マラソンだって給水所がある。 ……まあ、気を抜き過ぎた挙句、休憩時間を契機に脱線が始まることも往々にしてあるのだが。 「さて、それじゃあ後半戦にいきましょうか」 「……はい」 マサヒコは改めて驚いていた。 本当の本当にリョーコがちょっかいをかけてこない。 嵐の前の静けさか、噴火直前の火山か。 ここまで順調に事が運ぶと、逆に色々と詮索したくなるのが人の性というものだ。 「……中村先生、今日はめずらし―――」 瞬時、マサヒコはしまった、と思った。 せっかく静かに勉強が進んでいたのだから、寝た子を起こすようなことはせず、黙って続けていれば良かったのだ。 だが、咄嗟とは言え、問いかけの言葉を口にしてしまった以上、後には退けない。 例え言葉を濁したところで、嗅覚の鋭いリョーコのことだ。誤魔化しきれず、 関係無いところまでほじくりかえされてしまうかもしれない。そうなれば藪を突いて蛇だ。 ここは素直に台詞を続けるしかない。マサヒコはそう判断した。 「―――めずらしく、静か、ですね」 若干詰まったのは、自身の判断に絶対の確信が無い故か。 「なに、それ。まるで私がいつもはウルサイみたいな言い方じゃない」 「い、いや、そんなことは」 リョーコのふて腐れたような表情に、最悪の展開を覚悟したマサヒコだったが、 次にリョーコの口から聞かされた言葉は、いささか予想の範疇を越えていた。 「アンタ、今年で何年生よ」 「は……?」 「だから、中学何年生なのよ」 「さ、三年生ですが」 「でしょ」 「……はぁ」 マサヒコはまだ、リョーコが何を言いたいのか理解出来ない。 「つまりは受験生ってこと。教えられる側も、教える側も勝負所なワケ」 「……」 「アンタの今後を考えたら、脱線してる暇なんかもう無いわ」 マサヒコは三度驚いた。 まさかそこまで真剣に自分のことを考えてくれていたとは思わなかった。 マサヒコは本来、リョーコの受け持ちの生徒では無いのだから尚更だ。 何か企んでるんじゃないのか、と疑っていた自分が恥ずかしくなる。 「……すいません、ヘンなこと言っちゃ―――」 謝ろうとして、リョーコの顔を見たマサヒコは固まってしまった。 違う。 先程までの、真面目な表情ではない。いつもの、あのニヤニヤ笑いが、そこにあった。 「しかし、まぁ……」 ゴクリ、とマサヒコは唾を飲む。誤魔化しておくべきだったか。素直に聞いたのはやっぱり判断ミスだったのか。 「脱線とはいかずとも、途中下車なら、いいかな」 悪魔のような笑み。 マサヒコの手からポロリとシャーペンが転げ落ちる。やってしまった、という後悔の念。 藪を突いて、蛇女――― 「で、マサァ」 「……ハイ」 マサヒコは腹を括った。もう逃げられない。あとはどこまで正気を保って反撃出来るかだ。 「最近、アンタ成長したよねぇ」 「は?」 「背が伸びたってことよ」 まずは軽いジャブか。アレの長さも伸びたか、と続けるに違いないと読み、 マサヒコは曖昧な笑み+無言というガードを張る。 「初めて会った時はホント、ガキンチョって感じだったけど、顔も大人びてきたわねぇ」 「成長期ですから当然です」 マサヒコもジャブを返す。 「顔はね、肉体的な成長よりも、精神的な成長がより出てくるもんなのよ」 「?」 フットワークでマサヒコを揺さぶりにかかるリョーコ。 「……何が言いたいんですか?」 翻弄されまいと、マサヒコは必死でついていく。 だが、如何せん踏んできた場数が違う。マサヒコの守りを崩すのはリョーコにとっては赤子の手を捻るようなものだ。 「恋でもした?」 「はぁー?」 「違う?でも気付いてる?ミサキちゃんがアンタのこと好きだって」 「ひぁー!?」 思い切り踏み込んできてパンチをガードの上から打ち込むが、これはフェイントだ。 顔面に防御意識がいったところで、ボディに強烈な一撃を叩き込む。 「ミサキちゃんだけじゃなくて、リンもアヤナもアンタに惹かれてるみたいよ」 「ふぁー!?」 前のめりになったところに今度は下から突き上げるようなアッパーカット、そしてガードが開いたところで左右のフックを連発する。 「アイだってアンタを特別な目で見てるみたいだし」 「へぁー!?」 「ついでに言うと、私もマサのこと気になってるんだけどなー」 「ほぁー!!」 連打、連打、連打。そしてフィニッシュブロー。 マサヒコ、為す術無くリングに轟沈。 ミサキがマサヒコのことを好きだ、というのは事実だが、 あとはほとんどリョーコの当てずっぽう、口から出任せの内容だ。 リンコとアヤナにとって、マサヒコの立ち位置は“異性の中で最も親しい友人”であって、 本人達も自覚出来るような明確な好意はまだ持っていないだろう。 アイはマサヒコを弟的存在として見ており、今のところ恋愛感情は抱いていない。 ただ、異性との付き合いの経験が全く無いアイのことなので、今後マサヒコに惚れる可能性も有り得ないことでは無い。 年下を好きになる女性の何割かは、“最初は弟のように”考えていたというデータもある。 リョーコ自身はと言えば、マサヒコはまだまだガキンチョで、恋愛にしてもセックスにしても、年齢的に対象外だ。 本気になって色恋を語るような相手ではない。 だがまあ、本気で語るような相手でないからこそ、こうやってからかい甲斐があるわけだが。 マサヒコは口を金魚のようにパクパクと動かしている。 どうやら言葉が出てこないようだ。 そんなマサヒコを、リョーコは正面からじっと見つめる。 経験豊富なリョーコは、男を騙くらかす時の仕草や表情のレパートリーを豊富に持っている。 良く言えば純、悪く言えば鈍感なマサヒコのようなタイプの男をかつぐには、 「真正面から」「目線を合わせて」「語らずとも悟れという雰囲気を出して」「少し切なげに」「ただ見つめる」 この流れが一番効果的だ。 先程の嘘八百の効果もあって、マサヒコは完全に混乱状態に陥っている。 リョーコはもう黙っているだけで良い。 後はマサヒコが勝手に迷路の奥へ奥へと迷い込んで行ってくれる。 「じじじじじ冗談でしょう天野が的山が若田部が濱中先生が中村先生がおおおおおオレをすすすすすす好きだなんてふがふぐ」 ようやっと喋れたはいいものの、案の定その中身が破綻している。 テンパったマサヒコを目の前にして、リョーコは思わず腹を抱えて大笑いしそうになったが、ぐっと堪えた。 リョーコとしてはもうしばらく、マサヒコのあたふた振りを見て楽しみたいところだ。 リョーコは腰を上げると、マサヒコの左隣に移動し肩を並べるように座る。 「なななな中村先生?」 そしてマサヒコの右手首を掴むと、自分の左胸へと持っていく。 「のののののーぉ!」 柔らかい何かがマサヒコの掌の中に。 「ほら、冗談なんかじゃないよ。マサのことが気になって……心臓がドキドキしてるでしょ……ね?」 これも大嘘。 別に動悸は早くなんぞなってはいない。普通の状態である。 だが、初めて異性の胸を触っているマサヒコは、脳の回路が何本か焼き切れていて全く嘘に気づかない。 リョーコは固まっているマサヒコをそっと押し倒し、上に圧し掛かる。 「ねぇ、マサ……ん?」 「…………」 「マサ?」 「…………」 マサヒコは動かない。いや、動けない。 凄まじいまでの展開の激しさに、完全にショートしてしまったらしい。 「ありゃりゃ、こりゃちとやり過ぎたかね」 好きだ何だの話はともかく、胸を触らせたのはかなり刺激が強すぎたようだ。 「おーい、マサー」 「…………」 「帰ってこーい」 「…………」 反応無し。 マサヒコの頬を軽くピタピタと叩く。 これも反応無し。 「かんっぜんに凍りついてるわね、こりゃ」 リョーコはマサヒコの腰に乗っかったまま考える。 刺激が強すぎて固まってしまったのなら、より強い刺激を与えてみればどうか。 何だか、B級SF映画のスパーク理論のようだが、とりあえずこのまま放っておくわけにもいくまい。 より強い刺激というと――― 1.胸に顔を押し付ける。 2.淫猥な言葉を耳元で囁く。 3.ズボンの上から股間をまさぐる。 以下、50程続くので略。 「いや、いくら何でもそりゃマズイか」 これでは教え子に手を出す淫乱教師になってしまう。 それに下手すると、逆効果でマサヒコがますます精神の遠い地平に旅立ってしまいかねない。 「んー、となると」 一番シンプルで効果的なのは、マサヒコが気づくまでポカポカ殴り続けることだろう。 だがそれだとマサヒコを肉体的にも傷つけてしまうし、何より自分の手が痛い。 リョーコはそのままの体勢で頭をポリポリと掻く。 ふと、マサヒコの半開きになった唇が視界に入る。 「……ふむ、アレならどうかしら」 昔々の御伽噺では、お姫様にかけられた眠りの魔法を解く手段として、王子様の口づけが定番になっている。 この場合男女が逆ではあるが。 「ま、ダメでもともと、いっちょヤッてみるか」 キスなんぞ色んな男とやってきた。今更その行為に躊躇いも無いし神聖視もしていない。 マサヒコにとってはそうではないだろうが、そこはそれ、華麗に無視だ。 リョーコはマサヒコの顔を両手で挟むと、ゆっくりと顔を近づけていく。 リョーコの鼻先とマサヒコの鼻先が数センチの距離に縮まる。 「ふーん……」 こうして改めて近くで見てみると、マサヒコは結構端正な顔立ちをしている。 まだまだ子どもっぽさがぬけていないが、なかなかに将来性を感じさせる。 「いくよ、マサ……」 あと少しでお互いの唇が触れるという時、突然部屋の扉が開いた。 「小久保くん、入るよ?」 「んー?」 リョーコは顔を上げて声の主を見る。 そこには髪をおさげにした女の子がひとり。 「あら、ミサキちゃんじゃない」 「この本返すね……って中村先生、何してるんですかぁ!」 「何って……」 仰向けになったマサヒコの上に跨り、顔と顔を近づけて……。 「ナニよ、ナニ」 「ななななな、ナニィ!?」 会話になっていない。 「ひ、卑猥です!とにかくマサちゃ―――小久保くんからどいてください!」 頭から湯気が立ち上る、とはこういう状態を言うのだろうか。 ミサキは鬼の形相でリョーコに喰ってかかった。 と、ここで。 リョーコの頭に小悪魔的な考えが浮かんだ。 目の前の女の子に、『一番シンプルで効果的』な方法を任せればいいではないか。 「違うのよ、ミサキちゃん」 「違うって、何がですか!」 リョーコは目の辺りを涙を拭くような手つきで擦る。 「マサがね、どうしても知りたいって言うので、つい……」 「ししし、知りたいって何をですか!」 「女を」 「おんなぅをーっ!?」 ……あの世に閻魔様が本当に居るならば。 リョーコは死後、間違いなく舌を引っこ抜かれるだろう。 「どーゆうことよ、マサちゃん!」 ミサキはマサヒコの髪の毛を掴むと、リョーコの下から引っ張り出した。 そして胸倉に手をかけ、ブンブンと振り回す。 マサヒコは棒になったままで宙を舞う。 「答えなさいよ、いったいどーゆうことなのよーっ!」 その隙に。 リョーコは荷物をまとめると、足音を立てずにつつつつと部屋から滑り出た。 抜き足差し足で階段を降りる。 ミサキの悲鳴(?)が段々と遠くなっていく。 ゆっくりと玄関を開け、小久保邸から退出する。 玄関の扉を閉める瞬間、二階から何かが割れるような音が聞こえてきたが―――リョーコは聞かなかったことにした。 「……またやり過ぎちゃったかもしんない。ゴメン、マサ」 「あれ、お姉さま?」 「先生?」 門から道路に出たところで、リョーコは二人の少女にばったりと出会った。 「アヤナにリン、どうしたの?」 「私、小久保くんに忘れ物を届けに来たんです」 「私は用事が早く終わったので勉強に来たんですぅ。……でも、もう終わりなんですか?」 「あー……まぁね」 リョーコは二人から目線を外すと、服のポケットに手を突っ込んだ。 だが、いつもならあるタバコがそこに無い。 「……ああ」 禁煙中だったのをうっかり忘れていたようだ。 ポケットから手を出すと、小久保邸の二階の窓、マサヒコの部屋の窓を見上げる。 窓ガラスは割れていない。 とすると、さっきの音はいったい何が砕けた音だったのだろうか。 リョーコは背筋に寒気を覚えた。 「ねぇ、アンタたち、マサに会って行ったら?」 「「え?」」 「あー、私は用事が出来たので帰らなきゃなんないのよ」 リョーコは鞄から携帯電話を取り出すと、わざとらしい手つきで二人に見せる。 「ちょっとセイジに呼び出されてね。あー、ええと、さっきミサキちゃんが来たみたいだから、皆で遊んでいきなさい」 「はぁ……」 「はーい」 アヤナは首を傾げながら。 リンコは素直に頷きながら。 小久保邸へと入っていく。 リョーコは二人が玄関の中へ消えたのを確認すると―――出来る限りの早足でそこから立ち去った。 あの二人が沸騰したミサキを止めてくれたらいいのだが。 最悪の場合、二人ともミサキに同調してマサヒコをボコボコにする可能性がある。 そうなると、マサヒコは身も心も遠いお空の星の人になってしまうかもしれない。 角を曲がる時、後ろから何か大きな、叫び声のようなものがリョーコの耳に届いた。 「……ホントゴメン、マサ」 リョーコは聞かなかったことにした。 鮮やかな春の夕暮れが部屋を赤く染める。 窓を開ければ涼しい風が近所の夕飯の匂いを運んでくる。 仕事に忙しい人々を除いては、まことにのんびりとした4月のある土曜日の夕方。 ……だというのに。 マサヒコは滅茶苦茶へこんでいた。 無論、それには相応の理由がある。 その理由を三段跳びに例えて言うと――― ホップ。 色々あって中村リョーコと二人きりで勉強しなければならなくなったこと。 ステップ。 最初は何事も無かったのに、自分の迂闊な一言でリョーコが脱線、もとい途中下車してしまったこと。 ジャンプ。 ものごっついからかわれて、ショックのあまり意識を失ったこと。 ラインオーバーでファール。 気がついたらあの三人組が目の前に居て、……何か知らんが皆怒ってて、 サンドバッグのように叩かれまくったこと。 F I N
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