作品名 | 作者名 | カップリング |
「昔語り」 | ピンキリ氏 | マサヒコママ×マサヒコパパ |
人生お先真っ暗。その時の私を表現するのに、これ以外の言葉は思いつかない。 いや、大げさではない。本当に私は落ち込んでいた。がっくりきていた。何も考えらないほどに。 私は―――彼氏にふられたのだ。 それは高校一年の6月下旬、梅雨特有の蒸し暑い日のことだった。 中学から付き合っていた彼氏に、電話で突然別れを切り出されたのは。 私は一瞬冗談だと思った。「別れてほしい」と言われたとき、思わず笑ってしまった。 だけど、彼の声は笑っていなかった。「黙ってたんだけど、さ・・・。実は・・・」 それから後の会話は断片的にしか覚えていない。 他に好きな子が出来た。 どうして? 申し訳ないと思っている。 どうして? ごめん。 どうして? 悪いと思っている。 どうして? ほんとごめん。 どうして? 実は、もう付き合ってる。 ・・・どうして? サヨナラ。 ・・・どうして・・・? ツーッ、ツーッ、ツーッ。 ・・・・・・どうして・・・・・・? 本当なら、ここですぐにでも彼の家へ飛んで行って、 直接問いただすべきだったのだろう。そして怒りをぶつけるべきだったのだろう。 私がもう少し、恋愛の経験をこの時点で積んでいたら、彼が二人目三人目の男だったら、 きっとそうしていただろう。だけど、これは初恋だった。すべてが初めてだったのだ。 私は受話器を握り締めたまま、床にへたりこんで泣くことしか・・・出来なかった。 その日から、全てが一気に変わってしまった。 朝起きるのが辛くなった。 ご飯もおいしくなくなった。 笑顔が自然に出てこなくなった。 仲の良い友達やお母さんは、私の様子を見て何があったかすぐに気づいた。 「元気出しなよー」慰めの言葉。 「いつまでも拘ってちゃ駄目よ」励ましの言葉。 「いつまでもウジウジしてんじゃないわよ」叱咤の言葉。 皆の気持ちは嬉しかったし、有難かった。 だけど、私にとって、初めての失恋という傷は、あまりに深すぎた。 好きだった。本当に大好きだった。 向こうも好きだって言ってくれた。 いろんなところに遊びに行った。 たくさんキスもした。 セックスもした。 本当に―――本当に、好きだった。 なのに、なんで、どうして、こうなってしまったのか。 私が悪いことをしたのだろうか。 私がいけなかったのだろうか。 私が・・・。 学校での勉強にも、家での生活にも、何にも力が入らない。入れることが出来ない。 もう一度話がしたいと思った。でも電話のナンバーボタンを押すことが出来ない。 もう一度顔が見たいと思った。でも残り50mで足を動かすことが出来ない。 どうすればいいのだろう。どうしたらいいのだろう。考えることが出来ない。 そして・・・そのまま、一学期が終了し、夏休みに入った。 高校に入ってから、初めての夏休み。 私は、どこに出かけるでもなく、ただ毎日机に向かっていた。 私が通っている高校は、県内でもトップクラスの進学校だ。 夏休みの課題も半端な量ではない。中学時代の二倍、いや三倍以上ある。 だけど、失恋を引きずっている私にはこの異常なまでの量の課題は逆に有難い。 ノートと教科書と向かいあうことで、数式や英単語を頭の中に押し込むことで、 あの辛い別れを、今でも好きな彼のことを、思い出さずにすむ。 無論、完全にとは言えない。ケアレスミスを連発してしまう自分、 何となく手が止まってしまう自分、解答欄に彼の名前を書きそうになる自分が、時々顔を出してくる。 ポキッ、という音がしてシャーペンの芯が折れた。 カチカチ、カチカチと何度やっても次の芯が出てこない。 筆箱の中から換え芯のケースを取り出すが、中身は何も無い。 「きれちゃった・・・のか」 誰に聞かせるでもなく、ボソリと呟く。 「買いに行かなきゃ・・・」 私は財布を小さな手さげのバッグに入れ、サンダルを履いて、 炎天下の下を駅前の文房具に向かった。 「なんか・・・久しぶりの外って感じがする」 夏休みに入ってからずっと家にいたせいか、 直接降り注いでくる日光が妙に眩しい。 アスファルトや建物に反射して、目に痛くて少しクラクラする。 明らかに30度は超えているだろう。35度に届いているかもしれない。 だけど、そんな日のわりには街の人通りが多い気がする。 子どもは夏休みの最中だからよく見かけるとして、 大人の姿が多いのはどういうことだろう? その理由は駅前のバスターミナルに着いた時にわかった。 ターミナルの中央にある、ひょろりと背の高い電光式の時計の文字。 「7月31日(日) AM11:25」 ああ、そうか。今日は日曜日だったのか。 馬鹿馬鹿しいというか何と言うか、家に閉じこもるうちに、 私は曜日の感覚まで無くしかけていたらしい。 「新聞もニュースも見なかったからな・・・」 私はおかしくなって、少し笑った。 ん? 笑った?私・・・笑えた?自然に? 別れからまだ一ヶ月あまり。 友達が言っていた。「時間が解決してくれる」と。 彼の存在はまだ、私の中で大きい。忘れることなんて、出来そうにもない。 ―――でも。 ふぅ、と肺の奥底から息を吐き出す。 それは悲しいし、寂しいことだけれど。 ちょっとづつ、本当にちょっとづつ、 私は失恋から立ち直りつつあるのかもしれない。 シャーペンの芯以外にも、ノートや消しゴムなどを少し買った。 何か無くなる度に真夏の太陽の下を汗をかきかき文具店まで歩いていくのは、さすがに嫌だ。 「ありがとうございましたぁ」 店員の声を背に、店を出る。・・・さて、どうしよう。 一刻も早く家へ帰り、クーラーの効いた部屋に飛び込みたいという気持ちはあるが、 炎天下とはいえ久しぶりに外出したのだから、ブラブラしてみてもいいという思いもある。 それに、ちょっとだけ今は気分が良い。 「そういえば、お昼時なのよね・・・」 ここ最近、外食なんてしたことがない。失恋の直後は何も喉を通らなかったし、 夏休みに入ってからは夏バテ気味だ。ふと、目線を横にやってみる。 銀行のATMの、窓ガラスに自分の姿が映っている。 「痩せたよね、私」 失恋の前から比べると、5~6キロは体重が減っただろうか。生半可なダイエットなぞ問題ではない。 もう一度、ガラスの中の私を、上から下まで見てみる。 ガリガリとまではいかないが、自分の中にあるベストなスタイルからするとやはり痩せ過ぎだ。 「・・・裏口の喫茶店でも行こうかな。 そういえば誰かがおいしいパスタの店が出来たって言ってたっけ」 私は昼食を駅前でとることに決め、裏口へと足を向けた。 と、その時、声が聞こえた。 車の音、電車の音、人の靴音、話し声、それらを全て突っ切って、私の耳に、声が聞こえた。 後ろから聞こえる。あの声が。毎日聞いていた声が。 誰かと話している。相槌を打っているのは女性の声? ああ、駄目だ、振り向くな。 きっと違う。聞き間違いだ。似ているだけだ。 でも知っている。耳が覚えている。染み付いている。 駄目だ。振り向くな。立ち去れ。今すぐ。早く。早く! 体中のあらゆる力を総動員して、足を前に踏み出した―――。 背後の女の声が、彼の名前を呼んだ。嬉しそうに。 次の瞬間、私の体は何かに操られるように、吸い込まれるように、向きをかえていた。声の方へと。 そこに、彼が居た。 最後に会った時よりも長めの髪、最後に会った時よりも日焼けした肌、 最後に会った時よりも・・・若干大人びた雰囲気。 そこには一ヶ月という時の流れが厳然と存在していた。 たった一ヶ月、されど一ヶ月。成長期の少年が変わるには充分な時間。 もう、彼は私の知っている彼ではない。なんて残酷で、なんて悲しい現実。 「―――ッ」 彼が私に気づいた。 呆然とする私、唖然とする彼。怯えた視線と驚きの視線が重なり合う。 「ねぇ、どうしたの?」 彼の腕にしがみ付いていた女の子が、不思議そうに、彼を見上げ、 次にその視線の先にある私に目をやる。彼女の顔が見える。 お互い目線が合う。彼女は―――。 「!!」 彼女は、私がよく知っている人だった。 腰まで届く紅茶色の長い髪。 強気そうな印象を与える瞳。 綺麗に整った顔立ち。 男性の目を引くに充分なスタイル。 私の・・・中学時代の親友。 ああ、何だ。 彼女だったんだ。 彼女なら納得出来る。だって美人だもの。 彼女なら納得出来る。だってスタイルいいもの。 彼女なら納得出来る。ちょっとキツイところもあるけど、優しいもの。 彼女なら納得出来る。彼女なら・・・。 「・・・うっ・・・ぐっ・・・」 泣くな。泣いちゃ駄目だ。 笑え。笑わないと。 明るく、『あなたが彼の次の彼女だったなんて、驚きだわ』 爽やかに、『ちょーっと残念だけど、あなたなら彼を任せられるかな』 微笑んで、『今でも彼を好きだって言ったら怒る?あはは、冗談よ』 立ち去れ、『もう未練は無いわよ。それじゃ、またねお二人さん』 遠くへ・・・、『私も次の男、見つけないとなー』 「うう・・・ぐ・・・うっ・・・」 視界がぼやける。風景が滲む。世界が歪む。 手から袋が落ちる。足が震える。背中が痺れる。 心のダムが決壊する。涙が後から後から湧いてくる。 「―――さん・・・?」 彼女が私の名前を口にする。濡れた目で、彼女の方を向く。 「・・・!」 彼女の目も潤んでいる。 驚き、恐れ、焦り、疑い、その他様々な感情が、彼女の瞳の奥にある。 そして何より、「彼はもう私もものなの」という強い思いが、そこにある。 もう駄目だった。 私は逃げ出した。泣きながら。 どれくらい時間がたったのだろう。 そしてここはどこなのだろう。 太陽はすでに落ち、夜のカーテンが周囲を包んでいる。 草木の匂い、街灯の灯り、虫の羽音。 私は、名も知らぬ公園のベンチで一人、座っていた。 あれから、二人の前から逃げ出してから、私はいったいどこをどう走って、歩いたのかわからない。 家に帰るでもなく、どこに向かうでもなく、ただただ、適当に足を前に進め続けた。 同じところをぐるぐると回っていたような気もするし、右に左にをふらふらしていたような気もする。 さすがに歩き疲れて、視界に入ってきた小さな公園のベンチに腰を下ろしたのが、夕陽が沈む直前のこと。 手さげバッグと、買った文房具が入っていたビニール袋は、もう手元に無い。歩き回っているうちに失くしてしまった。 服もあちこち汚れている。サンダルもボロボロだ。足の親指の先には血が滲んでいる。太腿も、脛も、踝も、足全体が痛い。 心は冷えているけれど、頭は冷えていない。これからどうしよう。考えがまとまらない。考えられない。わからない。 どれくらい時間がたったのだろう。 そしてここはどこなのだろう・・・。 周りは清閑な住宅街。派手なネオンなどはいっさい無い。 大して明るくもない街灯の光を頼りに、目を凝らして見る。 木、家、ベンチ、木、家、ガードレール、看板、街灯、家、家・・・。 「・・・ふう」 ベンチに深くもたれかかり、ため息をつく。家に連絡を取る手段は何も無い。 いや、無いわけでは無い。そこらの家にお願いして、電話を借りればいいだけのこと。 たったそれだけのことなのに、簡単なことなのに、私は体を動かそうとしない。 ボロボロの格好が、泣きすぎて腫れた目蓋が、恥ずかしいんじゃない。 怪しまれて、警察に通報されるのが怖いんじゃない。 どうでもいい。 どうにでもなってしまえ。 捨て鉢、やけくそ、絶望。 もう、どうなったって構うもんか―――。 さらに時間が経った。周囲は完全な暗闇だ。ベンチに座ってから、 私にあった変化と言えば、蚊にあちこちを刺されたことぐらい。 お父さんとお母さんは心配しているだろうか? 彼は、彼女はちょっとは責任を感じているだろうか? わからない。考えられない。どうでもいい。 不意に、目の前が明るくなる。何だろう。人の声がする。何だろう。そしてさらに音がする。車の、いや、バイクのエンジンの音? バイクのライトは私を照らしている。 そして、その光の中、若い男が数人、こちらにやってくる。 ダボダボのシャツにズボン、悪趣味なピアス、派手に染めた髪。手にはタバコと、缶ビール。 どういう類の連中か、一目でわかる。 「んーん?こんなとこで何してんのカナぁ?」 「へへ、一人ぼっちなんですかーぁー?」 あきらかに馬鹿にしたようなしゃべり方。 「ねぇ、ホントどしたのよぅ、カノジョー?」 なにがカノジョよ。 「なあ、なんか言えよ」 うっさいわね。 リーダー格と思われる、金に染めた髪の男が私の肩に手をかけようとする。パン、と勢いよくその手を払いのける。 「・・・あぁ?」 男達の態度が変わるのがわかる。にやけた、人を小馬鹿にしたような表情が消える。 怒りが一瞬浮かび、そして、よりどす黒い、ギラギラした笑いに。腕を左右からつかまれる。 「俺らさ、タイクツしてんのょ」 ぐいっ、という感じに無理矢理ベンチから立たされる。彼らが私に何をしたいか、もう明白だ。 「でさぁ・・・ちょーっと、俺らと遊んでくんない?」 金髪男が、服の上から私の胸に手をやる。ぐいっと捻り、私が苦しそうな顔になるのを見て、ヘラヘラッと笑う。 「あっちの木の下に連れていこうぜ。暗さがちょうどいい」 私はズルズルと引きずられていく。 一番後ろにいた、耳にたくさんピアスをした男がバイクのライトとエンジンを切る。 周りは闇になった。 私は抵抗するでもなく、ズルズルと彼らに草むらまで引きずられていく。 彼らは、私が大声を上げることも暴れることもしないのは、恐怖によるためだと思っているだろう。 違う。 何も考えていないだけだ。どうでもいい。どうなってもいい。 犯したいなら犯せばいい。汚したいなら汚せばいい。 ドサリ。 両脇を抱えていた二人が、私を乱暴に草むらに突き倒す。 男達を見上げる。ニヤニヤ。ヘラヘラ。嫌な顔。 「誰からヤる?」 金髪男が他の連中に問いかける。 「いつもの順番で?」と耳ピアスの男。 「そしたらまた俺が最後じゃん。たまには俺に一発目取らしてくれよ」と無精髭の男。 「うっせえよ皮ツキ。偉そうに言うな」と金髪男。 「どの道中に出すんだから同じだろうが?」とベースボールキャップの男。 下衆の会話が、耳から頭に流れていく。公園で輪姦直前。普通の女性なら、涙を流して許しを請う場面。 だけど、私はそれこそ人形かモノのように何もしない。どうだっていい。 「なぁ、いっそ・・・全員でヤるってのはどう?」 耳ピアスの男の、おぞましい提案。 「つまり、それは?」 「前も、後ろも、口も・・・体全部使ってヤりたおすのさ」 男達の目が、より獣の色を濃くする。 「それも・・・いいかもな」 私の料理法がどうやら決まったようだ。金髪男が近づいてきて、私の服に手を伸ばす。 ビリリッ! 金髪男が少し力を入れただけで、私の上着は左右にさけてしまった。鎖骨が、お腹が、ブラジャーが、男達の前に曝け出される。 ヒュウと、無精髭の男が下手糞な口笛を吹く。中途半端な暗さが、より彼らの獣欲を刺激しているのかもしれない。 ズボンが剥ぎ取られる。ブラジャーが毟り取られる。ショーツが破り取られる。全裸で転がされる。 胸を揉みしだかれる。尻を触られる。舌を強引に捻じ込まれる。股を開かれる。男達がのしかかってくる。 そして、股間に、体の中に―――。 サーッ・・・。 「な、なんだ?」 男達の動きが止まる。全員、驚いて公園の入り口の方に目をやっている。 赤い光。規則正しく、その波が男達の顔を繰り返し叩く。 「お、おまわり・・・?」 その赤い光は紛れもない、パトライトのもの。少なくとも、そこにいる男達はそう思った。 「や、やべえ!通報された?」 耳ピアスの男が慌ててズボンを引き上げる。 「こっちです!おまわりさーん!こっちこっちー!」 離れたところから聞こえてくる、もうひとつの声。男の声のようだ。 「に、逃げるぞ!」 金髪男が私を放り出し、全速力で逆方向へ走り始める。他の男達もそれに続く。 草むらをかき分け、ブロック塀を乗り越えて、向こう側の道路へと逃げていく。 暗がりは、人の判断力を鈍らせる。もし、彼らがもう少し明るいところで私を犯そうとしたならば、気づいただろう。 パトライトの灯りが本物のパトカーのものと違うことを。サイレンが鳴っていないことを。 そして―――私だけが公園に残された。 「大丈夫か?君?」 声の主が私の側に駆けて来る。若い。二十歳前半くらいだろうか。男は私の格好を見て、絶句する。当然と言えば当然、か。 「あ?えっ、と、その、服、あっあ」 男はおかしいくらいにうろたえている。あたふたと周囲を見回したあと、 「ちょっと待ってて!」 と言って、パトライトの方へ走っていった。 それから数十分後、私は青年の車の中に居た。 青年に借りた服、―――ダサいイモジャージだ―――を着て、後部座席に座り、缶コーヒーを飲んでいた。 缶から顔を上げ、窓の外を見る。公園の街灯の下に、ポツンと連中がほったらかしていったバイクが佇んでいる。 青年が公園から戻って来る。手には、私の破かれた服が入ったビニール袋。助手席にドアが開けられ、ビニール袋が放り込まれる。 ふと、後部座席を見回す。さっきのパトライト、ハロゲンライト、泥まみれのTシャツ、タオル、などが散らかっている。 青年が運転席にまわり、キーを挿す。ブロルロ・・・とエンジンがかかる。 「君の家・・・どこ?」 私は黙っている。 青年はふう、と息を吐くと、アクセルを踏み込み車を発進させた。 「取り合えず、俺のマンションへ行こう。汚れを落として、家に連絡しようよ」 公園が静かに離れていく。 青年はしゃべる。私は黙っている。 さっきのパトライト、大学のクラブで使うんだよ。弱小野球部なんだけどね、俺マネージャーってゆうか用具係でさ、 夜間練習用にライト用意しろって部長に言われて、注文する時、多分俺の説明が下手糞だったんだろうね、 届いてみたらその、警察用ですかっていうパトライトでさ・・・。 青年はしゃべる。私は黙っている。 まだ、お互い名前を聞いていない。 ジャージを私に着せた後、青年は急いで警察に連絡しようとした。私はそれを止めた。怪訝そうな表所をする青年に、私は言った。 通報してもいいけど、私のことは言わないで、と。最初、青年は突っぱねた。君は強姦されそうになったんだぞ、君は悔しくないのか? それでも、私は押し通した。 「私のことは言わないで」 失恋を引きずって、ウジウジして、塞ぎ込んで、溜め込んで、暴発して、自暴自棄になって・・・。なんて情けない。全部私が悪い。 青年は尋ねた。 「何か事情があるの?・・・とりあえず車まで行こう。ここで話してると、逆に怪しまれてしまう」 私たちは青年の車に移動した。後部座席に潜り込んだ私に、ん、と中途半端に冷たい缶コーヒーが差し出される。 そして、改めて要求される。どういうことなんだい?と。 初対面であるはずの青年に、私は事情を話した。大好きだった彼にフラれたところから、今日の話までを、かいつまんで。 ・・・このときはまだ、私は「どうでもいい」という投げやりな感情に支配されていたのだろう。ただ淡々と話して聞かせた。 結構長く話したと思ったけれど、終わったときに車載時計に目をやると、話し始めてから5分しか経っていなかった。 青年は話を聞き終わると、ドアを開けた。やはり警察に知らせるのだろう。仕方が無い。知らせないでほしいなんて、所詮私の我侭でしかない。 だが青年はそうしなかった。青年はサイドポケットから大きなビニール袋を取り出すと、 「服を、集めてくるよ。すぐ戻る」 と言って、公園へと引き返していった。 車の中。 青年はしゃべる。私は黙っている。 君が飲んでる缶コーヒーなんだけどね、それのおかげで君を見つけたんだよ。自販機でコーヒーのボタン押してさ、 取ろうとかがんだとき、自販機と壁の向こうに君が襲われているのが見えたんだ。それで俺、一瞬パニクっちゃって。 無我夢中で行動した結果が、アレなんだ・・・。 青年はしゃべる。私は黙っている。 まだ、お互いに名前を言っていない。 公園を離れてから十数分後、車はあるマンションの駐車場にとまった。車を降りて、青年の後をついて行く。 エレベーターに乗る。3階。降りる。歩く。一番端の部屋。入る。灯りがつく。片付いているとも、汚れているとも言えない、普通の部屋。 「取り合えず、シャワーを浴びてきなよ。汚れを落とさないと。その後、傷を消毒しよう」 私は青年の言葉に従った。まだ虚無感が少し、体の中に残っている。シャワーを浴びていると、ドアの向こうから声が聞こえた。 「着替え、ここに置いとくよ。男物しかないけど、我慢してね」 私がシャワーを終え、着替えをすませてリビングに行くと、青年は電話機を差し出してきた。 「俺が連絡するとややこしくなるだろう?君自身が家に連絡したほうがいい」 ふと床を見ると、私の破られた服のきれっぱしがいくつか落ちている。私がシャワーを浴びているとき、 連絡先がわかるものがないかどうか、ビニール袋を開けて調べていたのだろう。 私はゆっくりと受話器を取り、ボタンに手を伸ばした。私が素直に行動したのを見て、青年は少し安心したようだ。 「救急箱を取ってくるよ」と言い、奥の部屋へと入っていった。 トゥルルルル・・・カチャ。 「もしもし・・・」 「・・・お母さん・・・?」 「!!ち、ちょっと、今どこに居るの?何をしてるの?」 電話の向こうから、矢継ぎ早に私の安否を気遣う言葉が流れてくる。ああ、お母さん、ゴメンね。嬉しい。 でも・・・今日は帰れない。 「大丈夫だから、私。今、友達の家なの。連絡が遅れてゴメンね」 視界に青年の姿が入る。手には救急箱を持っている。 「・・・今日、こっちに泊まるから」 「・・・!」 目の前と、電話の向こう。両方とも絶句。きっと表情も同じに違いない。 「大丈夫だから。明日、帰るから」 私はもう一度、話しかけた。二人に向かって。 トン、と受話器を置く。ダダダッ、と青年が寄ってくる。 「何を考えてるんだ、一体!・・・ああっ、もう!」 電話機に手を伸ばし、リダイヤルのボタンを押そうとする。しかし、私の手がそれを止める。 「・・・君・・・」 青年の、彼の視線と、私の視線が絡む。この目の光、誰かに似ている。そう思ったとき、不意に体の中の海竜が目覚めた。 ポロポロポロ・・・。とまらない。後から後から、涙が溢れてくる。 「・・・なっ!?」 青年の胸に、顔を埋める。シャツをつかんで、嗚咽を漏らす。 「ち、ちょっと」 手が肩に触れ、私を引き離そうとする。が、私はより一層力を込めて抱きつく。 「・・・寂しいの」 「えっ・・・?」 「辛いのよ、悲しいのよ、嫌なのよ、あんなに好きだったのに、なんで、なんで、わあああああ・・・・」 自分でも何を言っているのかわからない。もう無茶苦茶だった。ただ泣く。彼の胸の中で。 ひとしきり泣いたあと、私は顔を上げた。彼の顔を見上げる。 「・・・抱いてよ」 やっぱり私は自暴自棄に陥っていたらしい。慰めてほしかった。包み込んでほしかった。優しくしてくれたら、誰でもいい。 今は、それが目の前の男であるというだけだ。 彼は―――怒っているような、悲しんでいるような、微妙な表情をしていた。彼の右手がスウッと上がったかと思うと、 次の瞬間、平手が軽い音を立てて私の頬に当たった。 「・・・ふざけるな」 低い、怒気を含んだ声。 「君のやっていることは無茶苦茶だ」 真正面から、私の顔を見つめてくる。 「さっきの話を聞いた限りでは、俺には彼と君どちらに問題があったかなんてわからない。失恋はショックだっただろう。 それは俺にだって経験があるから理解出来る。別れた彼と親友がつきっていて愕然としたってのもわかる。でも、その後は何だ?」 諭すように、彼は私に語りかける。 「君は今日、二人の前から逃げ出したんじゃない・・・自分という存在から逃げ出したんだ」 「・・・・・・!」 「立ち直ろうとせずにフラフラとさ迷い歩き、ヤケクソになって不良に強姦されそうになり、 そして今、俺に抱かれることで、全てを有耶無耶にしようとする。・・・それでいいのか!」 ガシッと肩をつかまれ、揺さぶられる。 「それは本当に君が望んでいることなのか?どうなんだ?ああ、失恋の痛みを引きずるなら引きずればいい。 だけど、そこから抜け出すのは自分自身の力によるものじゃないか?安易に自暴自棄になったり、優しさを求めたりするんじゃない!」 「・・・・・・」 目を閉じる。大好きな、大好きだった男性が浮かんでくる。その横には、見知った親友。幸せそうに手をつないでいる。 もうそこに自分が割り込む余地は無い。終わったことなのだ、もう。わかっている、それは、本当にわかっている・・・。 わかっている、けど。 涙を拭いて、前の彼を見る。 「・・・ゴメンなさい」 「・・・いや、俺も強く言い過ぎたかもしれない。俺だって偉そうに説教できるほムッ」 私の唇が、彼の唇を塞ぐ。すぐに離し、もう一度彼を見る。 「わかってる、わかってるの。でも、今日だけはもうどうしようもないの!」 胸にしがみつく。 「明日から、いつもの私に戻る。絶対に戻る。約束するから・・・、今日だけは、逃げさせて・・・お願い」 ほとんど悲鳴そのものだった。 彼の手が肩にかかる。引き離そうと力が込められたが、一瞬後、その手は私の背中に回された。 「・・・俺だって男なんだぞ。あの不良連中と大差ないかもしれない。それでも、いいのか?」 私は頷いた。背中に回された手に、力がこもる。そして・・・。 朝日が、カーテンの隙間から入ってくる。 私は体を起こし、周りを見回す。彼の姿は無い。枕元のデジタル時計はAM9:42という表示。 ベッドから降りて、昨日借りた服を身につける。今気づいたが、サイズがまったくあっていない。 リビングに行くと、テーブルの上に置き手紙と、五千円札が一枚置いてあった。 『俺はクラブの用事があるので出る。鍵は閉めなくていい。このお金で、タクシーなり電車なりで帰るといい』 そして、その下に、消しては書き、消しては書きを繰り返した跡。 『元気を出して』 私はその手紙を折りたたんで、五千円札と一緒にポケットに入れると、玄関へと向かい、ボロボロのサンダルを履いて表へ出る。 結局、彼の名前を聞いていない。私も名前を教えていない。恩人と呼べる相手に対し、なんてバチ当たりな私。 ・・・名前? 私は視線を横にずらす。ドアの横に表札がある。 『小 久 保』 「で、一年後に別の場所でまた会ってつきあい始めて、高校卒業後即結婚、そしてアンタを出産・・・というわけよ」 はー、語った語った。ハリウッドの超大作も目じゃないね、この波乱万丈な展開。 ん?何を机に突っ伏してるのかな、我が息子は。ちょっと、どうしたのよ。感動してんの?マサヒコ? ムクリ、と顔を上げるマサヒコ。んん?ちょっと怒ってる・・・かな? 「こんなの、作文で書けるわけないだろう!」 机の上には一枚のプリント、そこには、 『国語 夏休みの課題 「出会い」もしくは「恋愛」をテーマに、四百字詰め原稿用紙五枚以上作文を書くこと』 と書かれてある。 「つーかさ、本当なのかよ今の話は!」 ムカッ。 「当たり前じゃないよ!こんなことでウソつかないわよ、普通!」 「証拠あんの?どうせ昼メロでもパクってんだろ!」 ムカムカッ。 「はー!?せっかく語ってやったのに何て言い草!だいたいさ、人様の経験談をアテにしようってのが間違いじゃない!?」 「なっ、なんだよっ」 「アンタ自身、出会いと恋愛についてはいくらでも書けるんじゃないの?ミサキちゃんに的山さんとこのリンコちゃん、 若田部さんちのアヤナちゃんに、家庭教師の濱中先生と中村先生。こんだけ豪華な面子に囲まれてんだからネタなんて腐るほどあるでしょう!」 一瞬にしてマサヒコの顔が真っ赤になる。ユデダコみたいね。 「あーん?図星?」 「そっ、そんなわけないだろーっ!!もういいよ!」 立ち上がってどーする気?って、あらあら、二階へ引き上げちゃった。 んー、もうそろそろ父さんが帰ってくるから晩御飯にするつもりなんだけど・・・。 「ただいま~」 「あ、お帰り~」 ナイスタイミング、愛しの旦那のご帰還だ。 「ご飯は?」 「ん、まだだけど」 「はいはい、すぐ用意するわ」 私はエプロンをつけると、キッチンへと向かった。 FIN
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