作品名 作者名 カップリング
No Title 郭×伊東氏 -

「おい、見ろよマサヒコ。まただ」
「…………?」
教室の窓際でなにをするでもなくダベっていたマサヒコと友人達だったが、
そのうちひとりがなにかを発見したらしく、マサヒコに声をかけた。
マサヒコたちの教室は二階の隅に位置し、小さな空きスペースがポツンと窓下に存在していた。
登校時や昼休みといった空き時間に生徒の通りが極端に少なくなることでそこは知られており、
英稜高校では屋上と並んで告白のメッカとなっている場所でもあった。
なんとなく嫌な気分がしながらもマサヒコがそこをのぞき込むと―――
「あ〜〜あ、また犠牲者が増えたか。か〜〜〜っ、しかし本当に罪だよな。
なんでフリーなのかね、若田部姫は」
「…………」
アヤナが男子生徒に告白されて断っているらしき、正にそのシーンだった。
「しかし今月に入ってから、俺が知ってるだけで7人目だよ」
「へへっ、7人の中にお前は入ってないのか、杉内?」
「一応断っておくが、俺は謙虚な性格で有名なんだ」
「は〜〜ん、釣り合わねーと思って最初から諦めたか。賢明な判断だな、杉内」
「人のこと言えんのかよ、新垣!」
「………どっちもどっちだろ。で、俺はその7人の中に入ってるんだよな、杉内?」
「あらら?和田もそうだったの?」
「はいよ、撃沈ですよ。先週見事にね」
和田君は、少しおおげさに首をすくめて両手を広げてみせた。
「しかし和田に小野寺に中島に西岡だろ。それにさっき振られてたの、
確か3年の新庄先輩だと思うから、この学校のイケメンたちをことごとく振ってるわけだな」
「まだ俺とマサヒコが残ってるけどな」
「自分で言うか?川崎。それに俺は別にそんな……」
「そう言うけどさ、マサヒコ?本当にお前、若田部さんとなんもねーの?」
「だから、俺にはミサキっていう彼女が……て言うか、川崎もまだ諦めてないのか?」
「いや、おれはどっちかと言えばリンコちゃんの方が」
「あ〜〜〜なんか、ムシャクシャしてきた!なあなあ、川崎、合コンの口とかないか?」
「振られてすぐにそれかよ。あ、合コンと言えばさ、マサヒコ。来週の日曜時間ある?」
「…………無くは無いけど、なんだ?」
「この前合コンした紅白百合女学院のコらから、オファーが来てんだよ。またどうですか?って」
「またマサヒコの一人勝ちかよ〜〜!!」
「しょーがね〜〜だろ、声かかったのはマサヒコと俺だけなんだから。
お前らもな、合コン行ったときくらいキチンと場を盛り上げろって」
「あ〜〜あ、なんでなんだろな」
「顔なら俺や川崎の方が良いのに」
「………本人の目の前で言うか?和田」
「カラオケも苦手だからとか言ってたクセに、結構上手いってのはアレ、ズリーよな」
(本当に苦手なんだって……先生たちに散々付き合わされてなんとか歌えるようになっただけで)
「なあ、マサヒコ。俺は若田部さんはどうでも良いんだけどさ、
マジでリンコちゃんとは何もないんだよな、お前?そこだけ確認を……」
「だからあ!!!!!!」
「なんでマサヒコばっか………」
「俺は、なんとなく分るけどな」
珍しく沈黙を守っていた杉内君が、口を開いた。
「顔だけなら、確かに和田や川崎の方が良いと思うよ。
でもマサヒコって自分がイケてるのを顔に出さないし、結構気を使うし、優しいし、
下心無さそうに見えるし。女の子はそれでヤられちゃうんじゃないか?」
「………お前が言うと、説得力あるな、杉内」
「ま、観察眼だけは超一流なんだよ、俺は」
「それが実戦で活かせたらな」
「うるへえ」
「ま〜〜た集まってなんかエロい話してるんでしょ、アンタら」
「別にそんな話してねーよ、柴原」
§


「どうだかね〜〜聞こえたよ、小久保?ミサキに隠れて合コン行くなんて、感心しないな〜〜?」
「隠してなんてねーって。この前のはキチンとアイツには言ってあるし……て言うか、
お前も鈴木に隠れて行ったりしてないんだろうな?」
「残念ながら、私はダーリン一筋だもん♪」
“キーン♪コーン♪”
「あ、もう時間じゃん。じゃね〜〜〜」
「カレシ持ちなのが惜しいけど、なにげに柴原さんも良いよなぁ」
「サバサバしてて話しやすいし、結構美人だしな」
「リンコちゃんに、若田部さんに、柴原さんだろ〜〜。
ウチのクラスのトップスリーと仲良いんだから、やっぱマサヒコずり〜〜〜」
「だから、アイツらとは中学の頃からの付き合いなだけだって」
「お〜〜〜い、みんな、席につけ」
担任の秋山先生と副担任の森脇先生が教室に現れたところで、座はお開きとなった。
だが、マサヒコの悶々とした気持ちは晴れないままだ。
(若田部……なんで、あんなこと……)
アヤナからの衝撃の告白とミサキの涙。そのふたつの事件から、まだ彼は立ち直れずにいた。
振り返ってみればアヤナが帰国したときから、なんとなく嫌な予感はしていたのだ。
(若田部は……友達だ、それで……そうだって、本当にオレは……)
中学時代から激ニブ王の名をほしいままにしてきたマサヒコだが、
アヤナが自分に対して好意以上の感情を持っているのでは、と思うこともあった。
しかし彼女は中学卒業と同時にアメリカへ渡り、マサヒコはミサキと付き合うようになった。
幸か不幸か、そのタイミングがほぼ同時であったために最悪の事態だけは避けられてきたのだ。
(……あのとき、オレは……本当は、はっきりさせるべきだったのか?オレは……)
「小久保?ねえ、小久保?呼んでるよ、先生が」
「!?あ、ははは、はいッ!」
上の空でボー―――ッと考え事をしていたマサヒコは隣の席の柴原さんに肘でつつかれ、
慌てて返事をした。そんな彼の様子を秋山先生は苦笑しながら見つめている。
「まあホームルームなんてそう気合いを入れる時間でもないが……にしても、
ちょっとひどいな、小久保?まだ目が覚めてないのか?」
「あ………すいません、秋山先生」
「全く、もう少し気合いを入れないか、気合いを!」
「まあまあ、森脇先生。よし、じゃ目が覚めるように小久保には大役を頼もうか」
「え?」
「しかし本当に全然聞いてなかったんだな、お前?英稜祭なんだがな、
誰も実行委員になってくれないんだよ。そこで小久保にお願いしてるんだが」
「あ………別にオレは良いですよ。部活やってるわけでもないし」
「そうか、お前ならそう言ってくれると思ったよ。ありがとう、小久保。で、女子の方は……」
「私、立候補しても良いですか?」
その声がした瞬間、教室の空気が凍った。と言うか、一部で沸騰した。
その声の主は勿論―――
「ほお、若田部やってくれるか?はは、なら有難いけど」
前回の騒動を知りながらも秋山先生は素知らぬ顔で彼女の名前を黒板に書いた。
「………………」
さてマサヒコはと言えば――――
「(小声で)大丈夫、小久保?顔色悪いよ」
「(小声で)柴原、オレもしかしたら今日も保健室送りに……」
クラス中の男子からの嫉妬と秘かにマサヒコに心を寄せる女子から敵意、
そしてその他の生徒からは好奇心丸出しの視線を集めながらも、
当のアヤナはこれまた素知らぬ顔をしていた。
「じゃあ後は委員のふたりに任せようかな。小久保、若田部、いいか?」
「はい!」
「……………はい。ところで先生、なにを決めれば?」
「まずは催し物を決めてくれ。基本的にお前らの好きなものをやればいい。
だがお前らも知っての通り、ウチは学園祭が非常に盛んな学校だ。一般の方も多く見えられるし、
英稜祭を見て進学を決める生徒も多いくらいだから、あまりヘタなものはできないぞ?」
§


「はぁ…………」
ゾンビのような表情でクラスの前に立つマサヒコと、ニコニコと上機嫌なアヤナ。
好対照なふたりだが、司会進行そのものはと言うと―――
「それじゃ、なにをやりたいかまず意見を……」
「喫茶店!」
「おばけ屋敷!」
「パフェ!」
「ラーメン屋〜〜〜!」
このふたりが壇上に立つことで、どうなることかと思われたのだが。
秋山先生の言うとおり英稜祭を楽しみに入学してきた生徒も少なくないくらい、
学校及び地域を挙げての一大イベントである。
議論は白熱し、生徒達は自分の意見を戦わせるのであった。

「絶対喫茶店!んでコスプレ!俺は(リンコちゃんの)ネコミミメイド服姿が見たい!」
「なな、なら(若田部さんの)スク水喫茶で!」
「カチューシャ喫茶ってのも!」
「………とりあえず新垣、寺原、斉藤。お前ら退場」
そしてともすれば暴走しがちな(一部)男子の意見も、
ツッコミなら手慣れたもののマサヒコが冷静に場を仕切り、滑らかに司会をこなす。
―――そんな彼の姿に、また一部女子が萌えてしまうというのも皮肉な話なのだが。
「それじゃ案としてはこんなものですか………では、意見集約に移りたいと思います」
議論もようやくスローペースとなり、意見が出尽くした頃を見計らってマサヒコが多数決を提案した。
少し議論に疲れ始めていたクラスの雰囲気を読んだ、絶妙のタイミングだった。
「それじゃ、若田部、良いか?」
「うん、もう出来たよ、小久保君」
「今から投票用紙に希望の催し物を書いて下さい。一人一個までですが、
なにかそれに対する意見を書いてもらっても構いません。では後ろに回して……」
あらかじめアヤナに用意させた、小さく切ったメモ用紙を配るマサヒコ。
淡々と進めているようで、なかなかの名司会ぶりである。

「それじゃあ発表に移ります。喫茶店一票……」
「喫茶店1……」
「おばけ屋敷一票……」

喫茶店 十三票 おばけ屋敷 十一票  甘物屋 九票 ラーメン屋 六票 その他 二票

「と、言うわけで喫茶店に決定ですね。メニューなんかの具体的な部分や、
当日は所属している部と掛け持ちの人もいるでしょうから、
時間割や役割分担についても決めなくちゃいけないですね。
そうした細かいことは次回ということで良いですか、先生?」
「ん?そうだな、もうHRも時間だし」
「はい、では次回までにそうした細かいところについても考えてきて下さい。あと先生?
具体的にいくら予算がもらえるかとか、全体の予算立てや支出なんかの細かいところを考える、
会計役の人も出来たら決めて欲しいんですが」
「ああ、その通りだな。じゃ、ちょっとしか時間が無いが会計役を決めよう。え〜〜と、立候補は?」
「俺、やってみたいです」
意外にも、杉内君が立候補してきた。
「ほぉ。珍しいな、杉内。お前が積極的なのは」
「あ、酷いッスよ、先生。実は俺、経営学部狙ってるんでこういう役やってみたいっつーか」
「………経営学部とはあんまり関係無いような気もするが」
マサヒコの情け容赦無いツッコミが入るが、杉内君の狙いは別だった。
(こういうときは……なんかやってた方が女子と……)
マサヒコの名司会っぷりに女子の一部が萌え状態だったことにいち早く気付き、
なんらかの役をもらった方が女子と接触が持てることを計算した杉内君。
そして彼の計算は、見事的中するのであった。
§


「杉内を信用しないわけじゃないが、一人に集中するよりもう一人いた方がいいだろう。
誰か副会計役をしてくれる人はいないかな?」
「わたしヤりたいです〜〜〜!」
元気良く手を挙げたのは、もちろんフルカラー総天然娘・リンコだ。
「的山、良いのか?」
「はい〜〜〜、だって楽しそうじゃないですか〜〜〜!」
にほにほと、いつおどおり天真爛漫な笑顔を振りまきまくるリンコ。
―――勿論、その裏ではガッツポーズを取る杉内君がいた。
「(小声で)おい杉内、お前絶対コレ狙ってただろ?クソ、上手いことやりやがって」
「へへへ、恨むな川崎。お前いつもモテてるんだから、たまには、な」
「よ〜〜し、じゃあ、金曜日のHRで第二回の打ち合わせをすることにするから……」
相変わらずやる気があるのか無いのか分らない秋山先生の締めの言葉でHRは終わった。

「ねぇねぇ、杉内君、じゃあお金の扱いは私と杉内君なんだよね〜〜〜?」
「う、うんそうだね、的山さん」
「中村先生は〜〜、いい女は男とお金の扱いが上手いものよって言ってたけど〜〜、
いい女になれるかな〜〜、えへへ♪」
「ま、的山さんならそのままでも十分……いや、その」
早くも天然爆弾炸裂中のリンコに杉内君は完全にデレデレのご様子だ。さて、一方。
「お疲れ。案外司会とか上手いじゃない、小久保君」
「………そりゃまあ、中学の頃から大変な人たちばっか相手にしてきたからな」
「あら、その人たちの中に私も入っているのかしら?」
「それは、言えないけど」
「言えないってことは入ってるってことじゃない、もう……」
「ねぇねえ、小久保。喫茶店ってことはさ、女の子はウェイトレスってことだよね?
可愛い制服がいいな〜〜〜、私」
「だからな、柴原。それも予算次第だし」
「あら、それは大丈夫よ。さっき先生も言ってたけど英稜祭ってすごく有名で、
OBや町内会からも結構補助金が出るって話だから」
「へえ、そうなんだ」
「ふぅん……じゃあ、女子みんなでウェイトレスの制服とか決めようか?」
「あ、それ良いね、アヤナ!」
「おふたりとも出来たらメイド服で……」
「…………まだこだわってんのか、新垣」
なんだかんだで、結構クラスの雰囲気は良いようだ。
学園祭に向け、はしゃぐ生徒たちを苦笑しながら見つめていたマサヒコだったが――
(って結局俺、若田部と組まされてるし……)
厳然たる現実を思い、ちょっと暗くなってしまうのだった。

「ねえねえ、どう?小久保君?」
「どう?小久保♪」
「可愛い〜〜〜?杉内く〜〜ん?小久保く〜〜ん?」
「あ、ああ……その、すごく似合ってるよ、ま、的山さん」
「確かに女子みんなで作っただけに可愛いデザインのエプロンだな」
それから月日は少し過ぎて―――時は英稜祭前日。
渾身のコスチューム、もとい制服が完成してお披露目となった。
とは言っても結局服の全てを新しく作る予算までは無かったので、
女子でデザインして作ったエプロンを英稜高校の制服の上に着ることになったのだが。
それでも聖光女学院と並んで近隣では可愛いと評判である英稜高校の制服の上に、
ふんだんにフリルや花柄をあしらったエプロンを羽織るアヤナや柴原さんやリンコの姿は、
相当に男の萌え心をくすぐるものであった。
「エプロンだけ〜〜〜?もう、小久保はデリカシー無いなあ」
「へへ〜〜、誉めてくれてありがとう、小久保君♪デザインは主に私がやったんだようっ♪」
「へえ、さすがはデザイナー志望だな、的山」
「ま、的山さんはデザイナーになりたいんだ?」
§


「ウン!ホラホラ、ここなんか凝ったんだよ?あとみんなね〜〜、
好きな絵柄がワンポイントで入ってるの。私はペットのナナコなんだ♪」
「胸元にハートマークって……ちょっと子供っぽかったかしらね?小久保君」
「いや……似合ってるよ、若田部」
「すげえ似合ってますって!若田部さん!」
「いや、なに着ても若田部さんなら……」
相変わらず拍子抜けするほど自然体のマサヒコだが、
他の男子の視線は当然のようにアヤナに釘付けである。
豊かな胸を覆い隠しながらも逆に強調するかのようなワンポイントのハートマークは、
クリーム色地のエプロンに良く映え、彼女のスタイルの良さを際だたせていた。
「も〜〜う、相変わらずねえ、新垣に馬原は。他の女子を敵に回す気か〜〜?」
「い、いや柴原さんも……良く似合ってます。カチューシャ萌えって言うか」
「そ、そうそう。(小声で)あとはカレシさえいなければって言うか……」
「なんか言った?馬原」
「しょーがねーなぁ、お前ら。ま、女性陣にはお疲れさん、ってことで。
後は俺らが舞台を作っておかねーと始まんねーからさ。あと一息、頑張ろうぜ」
「「「「「「おう!!!」」」」」」
祭りの前の賑やかさと言おうか、クラスの空気が浮き立っているのは仕方がないところだった。
そんな活気を冷すことなく、中断していた作業へと導くマサヒコ、案外強かなのである。
「わりい、マサヒコ。こっちの板はどうすんの?」
「ああ、穴開けるんだけど、電気ドリルの扱いは危ねーから手伝うわ」
「あとマサヒコ、水回りやガスは……」
「昨日森脇先生と確認したから大丈夫だと思うけどな。念のためカセットコンロも用意すっか?」
「そうだな、俺、家にあったと思うから持ってくるわ」
「うん、じゃ、頼むわ大村」
あくまで押しつけがましくなく、淡々としているようで周囲に気配りをし、
しっかり全体を把握しながらマサヒコは作業を進めていた。
「ねえ小久保君……」
「悪い若田部。今からドリルで板に穴開けるし、危ないから後で」
「あ、うん」
アヤナを残しそそくさと作業中の友人のもとに行くマサヒコだが、
板を立て掛けていた和田君はいきなりマサヒコをぐい、と引き寄せ――
教室の隅に移動すると、耳元で囁いた。
「!?いきなり何するんだよ、和田?」
「………羨ましいんだけど?」
「?何がだよ、和田」
「ほれ、見ろよ。若田部さん、ずっとお前のこと見てるだろ」
「……俺とあいつは実行委員のわけだから。さっき何か言いたいことがあったからじゃねーの?」
「気付いてないフリすんの、止めろよ、マサヒコ。お前ももう分ってんだろ?
それだけじゃなくて、若田部さんがいつもお前のことを目で追ってるって」
「……………」
「一応俺もあの子に惚れてた訳だしさ、なんとなく分るんだよ。なぁ……可哀想じゃねーか?」
「……………何が?」
「お前はいつも彼女がいるとか、若田部さんとは中学時代からの友達なだけだって言うけど、
あの子はそう思ってないべ?お前だって気付いてるんだろ?
それなのに態度をハッキリさせずにいんのってさ、ズルくね?可哀想じゃね?」
「…………和田、俺…………」
「お節介でわりいな……ま、フラレた男の愚痴だと思ってくれい。
よっし、そんじゃ作業に戻るかね、マサヒコ」
「………ああ」
友人の痛すぎる忠告に――――マサヒコは、ただ頷くしかなかった。
和田君の、言うとおりだった。あの告白から今日まで、
英稜祭の準備の忙しさを理由にして、マサヒコはアヤナに答えをまだ返していなかった。
(オレは……ズルいのか?オレは……ただ、若田部と友達でいたいから……)
自分で自分を責めるマサヒコだが、答えなど、出ない。
§


いや、答えはある意味で決まりきっていた。だからこそ、悩むのだろう。
その後、準備作業そのものは順調に進んだのだが―――マサヒコの気は、晴れないままだった。
「よ〜〜〜し、完成!!だァ――――ッ!!」
「うおおおお、頑張った、頑張ったぜ、俺ら!」
「よ〜〜〜し、じゃ明日もこの勢いで行くぞ、オラァァァ!!!!」
そんな彼の気持ちとは裏腹に、喫茶店の準備は大盛り上がりの中で終わった。
クラスメイトは皆軽いハイ状態で帰路につくのであった。
「じゃあ明日ね!バイバ〜〜イ、小久保君、アヤナちゃん、柴ちゃん、杉内く〜〜〜ん!」
「あ、あの……送ってくよ、的山さん」
「ふに?いいの?だって杉内君って電車通学じゃ」
「ほ、ホラ、その、もう七時だし危ないしさ、それに駅の方向と的山さんちって結構近いし」
「ってなんでいつの間に的山さんちの場所をお前が知ってんだよ、杉内!」
「杉内、お前抜け駆けしようたってそうは……」
「(小声で)頼むから邪魔しないでくれ……これは俺の人生最初で最後のチャンスなんだ。
分ってくれよ、川崎、新垣。タダとは言わない。藤井寺亭のお好み焼きおごるから」
「………ちッ、しょうがね〜な」
「でも、俺だって……リンコちゃんのこと……」
「ね〜〜ね〜〜?なに話してるの〜〜〜?」
「%&#Q!いい、いやあの、そのッ!!!」
「あ〜〜〜もう!焦れったいわねえ、アンタら!ホレ、だったら四人一緒に帰りなさい!」
「ししし、柴原さん?」
「だけど一緒に帰ったはいいけど、結局誰もコクれなかったなんてことになったら、
明日からアンタら三人まとめてへタレ扱いだからね?分った?川崎、新垣、杉内!」
「「「……へ〜〜〜い」」」
「なんかよく分らないけど〜〜〜、じゃ、一緒に帰ろうか〜〜、川崎君と新垣君も」
青春の一コマはそこかしこで繰り広げられていた。――この物語の、主人公であるふたりにも。
「ねえ……小久保君、さっきの話なんだけど」
「ん?ああ、さっきは悪かったね、若田部。結局準備でバタバタしちゃってさ」
「それは……良いの。あのね、明日の準備のことなんだけど……
帰りながらでいいから、ちょっと話してもいい?」
「ん、分った。じゃ、一緒に帰ろうか」
なんとなく、ぎこちなく言葉を交わすふたり。
アヤナは潤んだような目でマサヒコを見つめ、
マサヒコはアヤナのことを正視できず、それでも、彼女と向かい合おうとしていた。
他のクラスメイトにとって、そんなふたりの微妙な空気は―――
恋する者同士が持つ、独特の雰囲気にしか映らなかったのかも知れない。
誰もふたりに声をかけることさえ出来ず、いつかマサヒコとアヤナは、ふたりっきりになっていた。
「いっぱいやることがあったけど……もうすぐ終わるね、小久保君」
「ははは、気が早いな、若田部。明日が本番なんだから」
「ウン……でも、なんだか寂しいんだ。今まではみんなとすごく楽しかったのに、
明日が終わっちゃえば、全部終わりなんだよね……」
「確かにそうかもだけどさ、だからお祭りって楽しいって気がしないか?
みんなでわいわい騒いでさ、それで終わった後のちょっと寂しくなる気持ちも込みって言うか」
「………小久保君って、結構ロマンチストだよね」
「ななッ、これは先にお前が……」
「うふふ、照れちゃってる、小久保君?」
「………のなあ」
そう、確かになにも知らない人間がふたりの会話を聞けば――
それは甘やかでありながらも初々しい、恋する者同士の会話に聞こえたかも知れない。
しかし、ふたりは互いにどこか距離感を感じながら会話をしていることに気付いていた。
かつて―――そう、昔ふたりでいたいたときには、感じたことのない感情を抱いていた。
それがなにか、本当は知っているはずなのに、分らないまま言葉を重ねていた。
「ありがとう、小久保君。送ってくれて」
「別に良いんだよ。ま、杉内の言うとおりもう遅いしさ」
「ねえ……ちょっと、時間ある?良かったら、もう少し話したいんだけど」
§

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