作品名 |
作者名 |
カップリング |
「スタア誕生 前編」 |
郭泰源氏 |
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「ああ、いい天気だなあ………ふわあ」
小久保マサヒコは待ち合わせ場所の某駅前で欠伸をかみ殺しながら、
ぼんやりといつものメンバーを待っていた。
「最近、でも勉強漬けですよねえ」
「ん〜〜そう言えばそうね。来週はせっかくの連休だし。
じゃ、たまには息抜きにみんなでちょっと買い物にでも出かけよっか?」
「勉強漬けって、それがあんたらの仕事だろうが!」
いつもながら的確なツッコミを入れるマサヒコだが、女性陣と言えば。
「わ〜い、お出かけだ〜」
「い、いいじゃない、マサ君。みんなで楽しもうよ!息抜きは必要だよ」
「お姉様がそう言われるなら、私も行かないわけにはいきません」
三者三様セリフは違えど、ウキウキと大乗り気なのである。
「買い物」という言葉の持つ魔力(主に女性限定だが)を思い知ったマサヒコであった。
「ははは、ノリ悪いのはアンタだけみたいだね、マサ。
じゃ、日曜日の10:00に○×駅前で集合〜♪ってことで決定ね」
「ち、ちょっと待て。俺は行くとは一言も」
「馬鹿ねえ。女の子がショッピングに行くのよ?男が荷物持つのが常識ってもんでしょうが」
「だから俺の意見とか意思とか承諾とか権利とかは………」
「ない」
「………」
と言うわけで。まあなんのかんので1対5の、端から見ればとても羨ましい、
しかし当のマサヒコ本人にとっては非常に不本意ないつもながらの光景となったわけである。
そして「待ち合わせに女は必ず遅れてくる」の法則を全員鉄板で守ってきたため、
一人待ちぼうけ状態となるマサヒコであった。
「ふああ…にしても…なんだかなあ」
ちら、と腕時計を見ると、既に10時20分近くである。
(まさか俺以外の全員、場所間違ってるとか?それとも、俺が場所を間違ってんの?)
こんな時でも遅れている相手を非難するでもなく、心配をしてしまうのがマサヒコらしいところで。
(うんっと?駅の裏とか?間違ってんのかな?)
メンバーの姿を探して、うろうろと歩いていると――
「Hey、君、いいかな?」
「へ?」
初老の男性に、いきなり声をかけられるのであった。
「ちょっとでいいからさ、You…」
そして遅れてきていた女性陣が、やっとのこと駅に到着した。
「なに?遅刻してきたの、アイ?」
「す、すいません、先輩。春の新作スィーツを食べ始めたら止まらなくて」
「てゆーか、お姉様もそういいながら遅れてきてますよね」
「そういうアンタもだろ、アヤナ」
「私は、スカートの色がイマイチ気に入らなくて……それで……」
「ブラジャーの色じゃないんだ〜」
「わっきゃないでしょうが!」
「あーでも、ミサキちゃんも遅れてきてたんだね」
「私もちょっと、あの、ワンピの色が………」
「ふふふ、気合い入ってるわねえ、ミサキ?なにか目的でもあるのかしら〜〜〜♪」
「そ、そんなこと、あ、ありませんッ!」
女が三人寄れば姦しいとはよく言ったもので。5人も寄れば、その騒々しさは、と言ったところで。
「あれ?マサ…」
中村の目がとらえたのは、さきほどの初老の男性と何事か話し込んでいるマサヒコの姿であった。
「マサ…まさか…ホモのおじさまから…ナンパされてる?」
「「「「ええええ?」」」」
中村の視線の方向へと同時に目を向ける4人。
§
「わ!ホントだ〜。ダンディなおじさまにナンパされてるよ〜、小久保君」
「ま、マサヒコ君?そ、そんなケがあったの?」
「小久保君、そうだったんだ」
“シュボッ………”
一人無言だが、凄まじい闘気を放つミサキ。
肝心のマサヒコと言えば――戸惑い気味の表情を浮かべたまま、男性の話を聞いている。
熱心に語りかけていた男性は名刺らしきものを無理矢理マサヒコに受け取らせ、
やっとその場を去っていった。そして呆然とその場に立ちすくむマサヒコ。
「ま・さ!で、デートはどこでするって?」
「@;!はあああ?」
待ちかまえたように、マサヒコに声をかける中村。
「その表情だと不発に終わったのね、さっきのおじさま。罪なオトコだねえ、マサは」
「………あの、話の流れがイマイチつかめないんですが………って、いひっ!?」
マサヒコが中村の後ろへと視線を向けると――そこには、興味津々×6、そして闘気満々×2、
の八つの瞳が彼を刺すように見ているのであった。
「小久保君、今の人なんだったの?」
「い、いや、その………なんでもない、みたいだけど」
「でもさ〜小久保く〜ん、なにか名刺みたいなの渡されてたよね〜。やっぱりナンパ?」
「なな、なっ、どうしてそういう方向に」
「じゃあ、何を渡されたのよ!マサ君!!」
「い、いや、コレなんだけど」
5人がマサヒコの手の中をのぞきこむと、そこには─―――
<モデルプロダクション(株)フライヤーズ東映 専務取締役 マイケル中村>
と、いかにも胡散臭げな言葉が小さな紙切れの中に踊っていた。
「な、なにコレ?マサヒコ君?」
「はあ。モデルとか芸能界とかに、興味ないかって。なんかそんな話で………」
「す、スカウトじゃん!すごいよお〜小久保くぅん!」
「あ、あたしでもそんなこと、されたことないのにッ!」
「ダメ!マサ君!そんなの!絶対、ダメ!」
反応はそれぞれ違うものの、激しいリアクションが返ってきた。
「いや俺もさ、別に興味ねーって言ったんだけど。さっきのひと、しつこくて……」
「フライヤーズ東映?ここ、そんなに怪しげなとこじゃないわ。
ウチの大学でもここに所属してモデルとかB級タレントやってる野郎がいるくらいだし」
「ってなんでそんなことまで詳しいんですか、先輩?」
「ん〜〜〜、昔食った男がここに所属してて。でも顔が良いだけで、あっちの方はイマイチで……」
「うるせー!うるせー!」
さすがに町中でまで中村のシモネタに付き合わされるのはマサヒコもご免である。
「ふん、相変わらず器の小さい男ねえ。にしても………確かに、マサ。
あんたって………よくよく見るとキレイな顔、してる………のねえ…」
「!!!!やめ、その目はやめろ――ッ!」
舌なめずりせんばかりの表情を浮かべ、
ねっとりとした視線を送る中村から一歩、二歩と遠ざかるマサヒコ。
「冗談だって、冗談。でもさ、もしアンタが芸能人とかになったら
今のうちにあたしが筆下ろししとけば、いろいろとネタに」
「!あ、アンタが言うとシャレになってねー―!!!………ん?」
マサヒコは、中村以外の4人も妙に熱を帯びた視線を自分に送っていることに気付いた。
(マサヒコ君て元々可愛い顔立ちしてるし、モデルとかタレントになら、全然なれそう。
で、『初恋の人が家庭教師でした』ってのも、アリよね?
そしたら私、将来TV番組とかに呼ばれちゃったり?きゃ♪)
(小久保君がタレントになったら、亀梨君とかからサインを………)
(ダメ!絶対ダメ!マサちゃんは、私のものなんだもん!)
(確かにクラスの中では一番カッコイイのよね、小久保君って。
アメリカに行く前にキープしといて、帰ってきてから付き合うっていう手も……)
§
4者4様の野心と下心が、そこには蠢いていた。
「な、なにを考えている?お前ら」
「「「「な、なんでもないよ!」」」」
なんでもない、わけがないのである。
「ん〜〜〜でもそうね、確かにマサって素材はそこそこでも、ファッションがイマイチよねえ。
よし!じゃあ今日のショッピングのテーマは、『着せ替えマサヒコ』で決定ね」
「わ〜〜楽しそうです〜!」
「男服のコーディネイトってのも面白いですよ。たまにお兄ちゃんにつきあったりしますけど。
ミッシェル・クランのメンズとか、値段も手頃だし小久保君に似合うかも」
「そういうのなら………いいですけど」
「け、決定って、勝手に決めるな、おい!」
「いいじゃん、こんだけ可愛い子たちがあんたに似合う服を選んだげるって言ってんのよ?」
「そうだよ、幸せものだよ!マサヒコ君」
「?買ってくれるんすか?」
「欲しけりゃ自分で買いな。あたしたちはあくまであんたに似合う服を選んでやる・だ・け」
「だからそもそも俺はそんなことしてくれとは一言も!!」
抵抗しても、彼に決定権はない。
女性陣に引きずられるようにして、マサヒコは移動するのであった―――
「わ〜、似合うよ、小久保君!」
「ま、マサヒコ君、おしり、ちっちゃいんだね……」
「誤解を招くような表現はやめてください!先生!」
「そうね、ボトムはタイトな方が似合うかもね、マサは。
じゃ、次は変わってチョイ悪っぽい感じで。肌も露出させまくりで」
「小久保君………足、長いんだね。素肌もキレイ……お兄ちゃんより全然(うっとり)」
「ちょっと若田部さん!変なとこ触んないでよ!」
(とほほほほほほほ…なんなんだ、こりゃ?)
ほとんど女性陣のオモチャ(まあ、ある意味いつもそうなのだが)状態になってしまうマサヒコ。
普段着るものなど、ユニクロが大半というごくごく普通の男子中学生である彼にとって、
舌を噛みそうなブランド名と途方もない値段のついた服を臆することなく嬉々とした表情で
何度も何度も選んでは試着させる女性陣は、理解不能の生き物にしか思えないのであった。
「よ〜し、じゃ、今日はこんなとこにしとこっか?」
(や、やっと解放された……)
お昼をはさんで延々4時間以上拘束され、さすがにマサヒコもぐったりしてしまっていた。
「あの……中村先生、選んでくれたのは涙が出るほど嬉しいんですが、
俺の今日の予算じゃ全然足りないんで、買うのは次回ということで」
「ああ、良いわ。今日は私が出しておくから」
「やっぱり買ってくれるってことですか?ならありがたく……」
「ううん、貸しとくだけ。アンタ確か新作ゲーム買うために小遣い貯めてるでしょ?後で返しなさい」
「!&T‘ああああ、アンタなんでそのことを!!!」
「リンから聞いた」
「あれ?言っちゃダメだったの、小久保君??あ!!!
もしかして買うつもりだったゲームって、恋愛系SLG?そんな、恥ずかしがるコトは」
「………違う」
「違うわよね、マサ?もっとハードな陵辱系のエロゲ」
「あああああ!もう分ったからさっさと買ってくれええええ!!!」
涙声でリンコの天然ボケと中村の便乗エロボケを遮るマサヒコ。
「そんじゃお次はマサの部屋で試着ショーね♪」
「ってまだやんのかよ!!」
「馬鹿ねえ……服ってのは買っただけじゃ自分のものにならないの。
何度も着て、やっと着こなすって言えるわけ。試着では素敵に見えた服も、
自分の部屋に戻ってみると色あせたり、かと思うと意外な組み合わせに目覚めたりするものよ」
「至言です。流石はお姉様」
「だからってなんで俺の部屋に戻ってまで……」
「じゃ、イクわよ!あ、忘れ物したから途中で私の部屋にも寄るけど、良い?」
§
「「「「は〜〜〜〜い!!!」」」」
元気よく返事をする四人。当初さほど乗り気ではなかったミサキまでがノリノリになっていた。
そしてまたも引きずられるように移動する、哀れな少年が一人。
(なぜだ……どうしてだ……ところで俺って、受験生なんだよな。
んでこの人らは確か家庭教師と同級生のはず………なぜだああああ)
そんな彼の内心の叫びも知らず、女性陣は小久保邸へと移動するのであった――
「じゃ、ちょっと待っててね?今から私がマサを変身させるから」
「ぶぅ〜〜、ずるいですぅ、中村先生!」
「!!!中村先生、それは……」
「お姉様といえども、独り占めは!」
「安心なさい、手は出さないから。実はウチのマンションに寄ったとき、
メイク道具とかも持ってきたわけ。マサを思いっきりセクシーにしちゃうから、
あとはみんな、後でのお楽しみ〜〜〜♪」
「わぁ♪面白そう♪先輩、なら私も」
「まま、こういうのはね、観客が多い方が盛り上がるから。
私一人にまかさてちょ〜〜〜だい♪じゃ、楽しみにねえ〜〜〜♪」
「「「「は〜〜〜い!!!!」」」」
もはやガンジーのように無抵抗主義者になったマサヒコを、別室へと移動させる中村。
4人はワクワクしながらふたりが戻るのを待つのであった。
「おまた〜〜〜、どう?」
「わぁ………」
「ふわぁ………」
(!……小久保君って……これは、予想以上よ)
(マサちゃん、カッコいい……)
普段は癖っ毛もそのままにしているくらい無頓着なマサヒコだが、
中村の手によって別人のように生まれ変わっていた。
整えられた眉、元々女の子のように長めだった睫毛はカールされ、
口元にはさりげなくリップまで引かれていた。左の耳にだけ、小さなシルバーのイヤリング。
あくまで無造作っぽくセットされた髪には、遊び心で小さなビーズがちりばめられていた。
そしてなにより女性陣を嘆息させたのが―――
他でもない、今日彼女たちがチョイスしたファッションだった。
光沢のある、薄目の黒いワイシャツ。
ボタンを外し、大きくはだけさせた胸元に光るのは、イヤリングと合わせたシルバーのチョーカー。
ボトムは、下品でない程度にダウン加工された、細身のブーツカット・ジーンズ。
「どぉおお〜〜〜♪んふふ、ここまでハマるとは正直予想外だったわん♪」
自らの力作に、思いっきり誇らしげな中村だが四人は返す言葉すら失っていた。
「あの……マジで、恥ずかしいんすけど、皆さん……」
本日一番の熱視線に、死人のような気持ちになっていたマサヒコもさすがにそう言うが、
「マサヒコ君!素敵よ!このまま芸能界入りしたら、絶対私をTVに……」
「小久保君、ちょっと待っててね〜〜♪今から写メするんで、はい、ポーズ♪」
「マサ君………あの……私……私……いいんだよ?
あなたが遠い世界に行っても。でもね、私たちは幼馴染みなんだから、あの、だから」
「………小久保君、私………」
女性陣は、思いっきり舞い上がってしまっていた。と、そのとき。
“ガチャ”
「ほ〜〜い、お茶よ、みんな……ってあれ?」
いつものとおりお茶とお茶菓子を用意して登場したマサヒコママは、
普段とまるで違う息子の姿にぱちくり、と目を瞬かせた。
「あ!お母様!」
「おばさま!」
さすがに悪ノリが過ぎたと思ったのか、固まってしまう女性陣。
「へえ〜〜、馬子にも衣装とは良く言ったもんね」
「………第一声がそれかよ」
§
「いや〜〜でもこうして見ると我が息子ながらそこそこ見れるじゃない。
ミサキちゃんたちのお見立て?」
とりあえずお茶のお盆をテーブルに置くと、悪戯っぽい表情をしてミサキたちに聞くマサヒコママ。
「あの……おばさま、これは……」
「ああ、安心なさいな、怒ってるとかじゃないわよ。
この子、普段服装には全然無頓着だからあなたたちのお見立てかと思ってね」
「そ、そうなんです!ちょっと今日は、みんなでマサ君のファッションを変えてあげようかと思って」
「面白そうじゃない!でも良いわよね〜〜〜、女の子って。
私も娘がいたら、色々服とか買ってあげたいと思ってたのよ。それで服の交換とかしたりね〜〜。
あはは、あなたたちの中の誰でも良いからウチの子のお嫁さんになってくれたら、
一緒に服とか買いに行ったりしたいんだけどね〜〜」
「お?」
「よ?」
「め?」
「さ?」
「ん?」
中村一人を除き、全員が顔を赤らめた。
(マサちゃんの……お嫁さん……小さい頃の約束通り……)
(私と……小久保君が?!!べべべ、べつに私は小久保君のことなんかッ!!)
(小久保君って話しやすいし〜〜、一緒にいて楽しいし〜〜、良いかも〜〜〜)
(マサヒコ君と、年の差婚?そうなると、私、小久保アイになるの?きゃあ♪)
(ショタってのも悪か〜〜ないけどね)
五者五様、それぞれの思いを抱きながらマサヒコを見る五人。
その視線に得体の知れない恐怖を感じたマサヒコは、懇願するように言った。
「あ、あのなあ、母さん。冗談はそれくらいにして」
「いいじゃな〜〜い、せっかくこんな可愛い花嫁候補が揃ってくれた上に、
服まで選んでくれるっていうのよ?このセクシーガイ!」
「そ、そんなんじゃなくて、これは話の始まりがそもそもおかしかったんだっつの!」
「話の??始まり??」
「実はですねえ……かくかくしかじか」
中村は、かいつまんで今日の出来事を話した。
マサヒコママはふんふん、と感心したように彼女の話を聞きながら、
マサヒコがスカウトから手渡されたという名刺をしげしげと眺めた。
「フライヤーズか、結構大手じゃない。しかし血は争えないわねえ〜〜」
「?母さん、どういう意味?」
「アレ?アンタに言ったこと無かったっけ?私、高校生の頃モデルをやってたのよ」
「え!」
「!本当ですか、お母様!」
「おばさま、そんな過去が……」
「母さん、またホラ吹いて……ぐぼッ!」
笑顔のまま、愛息のボディーにショートジャブを打ち込むマサヒコママ。
「嘘じゃないわよ。昔は雑誌モデルとかもやってたし。
ま、でもチラシのモデルとかしょぼい仕事の方が多かったんだけど。あははははは」
豪快に笑いとばすマサヒコママだが、女性陣は興味津々の表情だ。
「あの……おばさま、雑誌ってどんな……」
「ん?ああ、やあねえ、いやらしい雑誌じゃないわよ?
あの頃は援交とかそっち系の素人モデルの雑誌も無かったし」
「当たり前だああああ!!!」
律儀にツッこむマサヒコだが、マサヒコママは意に介する様子も無く続けた。
「女子高生モデルを当時よく使ってた、オリーヴとかあのあたりの雑誌だけど」
「!!!ええ!」
「マジですか―――!!!」
「うん。じゃ、ちょっと待ってて……」
思い出したように立ち上がると、マサヒコママは部屋を出ていった。
「そうだったんだ……確かに、小久保君のお母様ってキレイだって私も思ってたけど」
§
「ふ〜〜ん、でも本当に知らなかったの?マサヒコ君」
「……知らんかったですよ、そんなの。でもウチの母さんがモデルだったなんて……」
「お待た〜〜ほれほれ、嘘じゃないでしょ?」
「!うわあ!」
「小久保君のお母さん、かっくいいですぅ〜〜〜!!」
そこには、若き日のマサヒコママの姿がくっきりと焼き付いていた。
モデルらしくポーズをとって表情を決めたその姿は、はっきり言ってかなりの美少女である。
「へえ……凄いな母さん、マジだったんだ」
「んふふふ〜〜♪どう?結構イケてるでしょ?」
「イケてるって言うか、コレ凄いですね。秋冬ものの特集で、
3ページくらいずっとお母様がモデルじゃないですか?売れっ子だったんじゃ?」
「ま、こんな華やかな仕事ばっかりじゃなかったんだけどね。モデルなんて賞味期限も早いし、
タレントになれる子なんてごく一部だし、大変なことや嫌な面もいっぱいあるしね」
「ふわあ……そういうことをサラッと言えるのがすごいですぅ!」
「あははっは、そんなこと……」
「あ〜〜、でもだから事務所の名前だけですぐに分かったんですね?」
「うん。でも本当のフライヤーズのスカウトだか分からないわよ?
名前を騙ってる悪徳スカウトもいるからね。まさかと思うけど、携帯番号とか教えた?マサヒコ」
「…………あんましつこいんで、教えちゃったけど……」
「あっちゃ〜〜、そりゃ断るにしても一応確認しといた方がいいわね。
じゃ、相談してあげようか?マサヒコ」
「?どういう意味、母さん」
「昔同じモデル事務所にいた仲の良かった子がね、今芸能プロダクションの社長やってるのよ」
「!!!え!!」
「レイちゃんに確認しておけば間違いないと思うけど。ちょっと待ってね……」
マサヒコママは携帯を取り出してメモリの中からその人の名前を選択し、電話をかけた。
「あ〜〜〜久しぶりい、レイちゃん!うん、そう?あはは、そうね、また会いたいね、でね……」
しばし楽しそうに話していたマサヒコママは、中村から聞いた話を手短に相手に伝えた。
「え?いいの?レイちゃんだって、忙しいんでしょ?でも……うん、確かに、そうなんだけど。
じゃあ、悪いけど、甘えていいかしら?うん、じゃ、来週の土曜日、そこに。
……え?ああ、そうなの?分ったわ。じゃ、本当にごめんね〜〜」
パチン、と携帯を折りたたむとなぜか愉快そうな表情をして、マサヒコママが息子を見つめた。
「??で、どうなの、母さん」
「あのね、その名前なら知ってる。確かにフライヤーズの人間だって。でも断るにしても、
結構なやり手だから困るだろうって。でね、レイちゃんがアンタに会ってみたいって言ってるのよ」
「???どういうこと?」
「ま、あの業界もいろいろあるからね。断るなら、仁義を通す必要があるってことじゃない?」
そんなことを言いながらも、マサヒコママはなぜかずっとニヤケ顔だ。
(……………?)
母親のそんな様子に、マサヒコはなぜかひどく嫌な予感がしてならなかった。
「向こうも忙しいからね、来週の土曜日に事務所で会いたいって。
で、悪いけどその日私、用事があるから。一人で行ってくるの。いい?失礼のないようにね?」
「…………うん」
相変わらず嫌な予感がしつつも、とりあえず頷くマサヒコ。
「すごいじゃん!!!デビューだよ、小久保君!」
「じゃ、デビューの前に筆おろしを……」
「私が初恋の人で家庭教師ってことをまず最初に」
「小久保君、私ね、もしあなたが告白してくれるなら嫌と言うつもりは」
「マサ君……お願い、忘れないでね……私は、私は」
浮かれまくる女性陣に囲まれながらも嫌な予感がどうしても頭から離れないマサヒコは、聞いた。
「で……母さん、その人の名前は……」
「あ、まだ言ってなかったっけ?柏木レイコっていうの。レイちゃんって呼んでるんだけど」
“ぞくり―――――”
一瞬、背筋に冷たい氷が這ったような錯覚を感じたマサヒコ。彼の運命や、いかに―――
§
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