作品名 作者名 カップリング
「再会の時〜十五年後の思い〜」 郭×伊東 -

「う………あぐ……痛タタタタタ……」
ぼんやりと霞みがかかって……でも、頭ん中でちっちゃいセミが暴れてるみたいな……
間違いない。―――間違いなく、二日酔いだった。久しぶりだけど、ちっとも懐かしくない感覚。
(昨日は……15年ぶりの同窓会があって……それで……二次会か三次会で、
岩隈君と金田君と有銘君と福盛君に告白されて……全員その場でフって、
それで盛り上がって、戸田さんや女同士でワイワイ言いながらしこたま赤ワイン飲んで……)
旧型の、起動の遅いパソコンがやっとスタンバイするみたいに、徐々に徐々に記憶が蘇ってきた。
そうやって、のろのろと思い出している間………頬に、瞼に、額に、手のひらをのせてチェック。
うん、大丈夫。覚えてないけど、クレンジングはしてたみたい。そう思いながら、苦笑した。
……まったく、記憶を無くしてこんだけ酷い二日酔いだってのに。
一番最初にすることが化粧を落としたかどうかの確認なんだから、女ってなんだか罪深い。
(……それから的山さんがお姉様と濱中先生を呼び出して、ミサキちゃんとも四次会で合流して…)
ずきん、と胸が痛んだ。無理矢理、自分が忘れようとしていたことを――そのとき思い出していた。
(小久保……君……)
頭を左右に振った。まだ、ズキズキと痛むけど、そんなものなんでもなかった。
忘れたはずだった。もう笑い話にできるはずだった。なにしろ15年も前のことだ。
今さら、初恋の人に会ったって―――その人が親友と結婚して、幸せそうな顔をしていたって―――
全部、平気なはずだった。ふたりの結婚式に出られなかったのは……未練なんかじゃなく、
本当に……本当に、大口の契約があってカナダに出張中だったからだし、
それに私だってあれからはモテまくったし、恋の五つや六つや七つくらい……
「ああ、コンチクショー!!!!!」
情けない。ドツボにはまりそうになった私は、声を張り上げた。
「あ!痛ッ!たたたた!」
でもそれは、二日酔いの頭ん中でドラがぐわんぐわんと響いて頭痛を酷くするだけだった。
(馬鹿だ……わたし、馬鹿だ……)
忘れるはずがなかった。忘れられるはずが……なかった。
だって……あんなに、小久保君が、想像以上に……イイ男になっているなんて。
……違う。想像できてたんだ。昔っから、小久保君は……顔が良いだけじゃなくて……
性格も優しくて……絶対、この人は……イイ男になるって、誰もが思ってた。
それなのに……想像、できてたのに……会って、あんなに心が乱れるなんて、私は、私は……。
(………バカだ………)
もう一回、呟いた。そうだ。私は、バカだ。
「くぅぅぅぅ……しかし……それより……」
むくり、とからだを起こし、部屋の様子をうかがった。
……散らかっている。いや、人が住む部屋と思えないくらいの惨状、と形容した方が良いだろう。
なにせ年末の殺人的なスケジュールをこなしながら同窓会に間に合わせるべく、
限界まで仕事を詰め込んでいたのだ。部屋は見るも無惨な荒れ放題になっていた。
学生時代はこれでもキレイ好きで通っていたのだから泣きたくなってくる。
「………水……」
カラッカラに喉が渇いていたことに、今さら気付いた。のろのろと、ベッドの中から立ち上がると―――
「……………へ?」
全裸だった。慌てて周りを見渡すと……ああ、情けない。同窓会に行くっていうのでちょっとだけ……
ええ、認めますとも。"ちょっとだけ"気合いを入れて身につけた、
ワインレッドのおそろいのショーツとブラが枕の向こうに散乱していた。
………とにかく、それらの物体は見ないことにして……記憶から消して………
痛む頭を抱えて、全裸のままリビングの方へ……一歩を………
「ん?」
……おかしい。久しぶりのこの感覚……下腹部が、ちょっと熱い。
生理のときの熱さにちょっと似てるけど、それと違うのは……あそこが、開いてる感じ……
「…………まさか………」
最悪の想像をして、吐き気がしてきた。30歳にもなって、純潔ぶるほどアホじゃない。
けど。だけど。基本的に私は、古くさいかもしれないが、
キチンとお付き合いした人としか今までにしたことがない。手順を踏まずにセックスするなんて論外だ。
見ず知らずの男と肌を重ねるなんて危険を冒すことは絶対イヤだし、できない。
でも……でも、この下腹部に残る熱さと、股間になにか挟まったみたいなこの感じ……
§


(まさか……まさか……同窓会のあの、躁病気味の浮かれた雰囲気に飲まれて……)
ぞっとするような想像が次から次へわいて出てくるのを慌てて振り払うと、
とにかく水を求めてリビングに向かった。足が、鉛のように重い。
いや、足だけじゃない。腰も、胸も、肩も、頭も……鎖で鉄球をつけられたみたいに、重かった。
「水……」
砂漠で水を求めて彷徨う亡者のように……のろのろと、リビングに向かった。
毛布やら段ボールやら書類やらが散乱していたけど、今さら気にならなかった。
"こくッ……こくっ"
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一息に飲み干す。
………美味しい。こういう時に飲む水って、なんでこんなに美味しいんだろう。
やっと一息ついて、ふぅ、と小さくため息をついた、―――――そのとき。

「ん……んんぅ」

物陰から……低い、男のものらしい呻き声が聞こえてきて飛び跳ねた。
(え?え?まさか……昨日、ヤっちゃった相手?誰……誰よ?)
動転して、思わず隠れようとした………んだけど。
「いい………いて………痛てて!うわ、最悪……頭いてえッ!!!」
「こくぼ……くん?」
立ち上がって姿を見せたのは――全裸の、小久保君だった。
痩せているけど適度に筋肉のついた、白い……女の子みたいに滑らかな、産毛も見えないくらいの胸。
すらり、としているけど細くはない、長い腕。それに……あの頃より、ずっと広く、逞しくなった肩………。
声をかけることも忘れ、一瞬、小久保君の裸体に見惚れた。
「!!!!うわ!!若田部、お前はだか!裸!ハダカ!」
私の姿を見ると、慌てて目を背けて叫ぶ小久保君。………正直、ちょっと傷ついた。
私のハダカって、その程度の………って、え?
「きゃ、キャアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
二日酔いで痛む頭のことも、隣近所への迷惑も全部どこかにすっとばしてヴォリューム全開で叫んだ。
まあどうせこのマンション、完全防音が売りで高かったんだから……ってそういう問題じゃないか。
そうして全裸の小久保君と全裸の私は、とりあえずお互いの姿を見ないように―――
キッチンとリビングにそれぞれ身を潜めるようにして会話を続けた。
ふたりとも酷い二日酔いで記憶もところどころ飛んでいたけど、
ジグソーパズルのピースを合わせていくみたいに昨日の記憶が蘇ってきた。
四次会で小久保夫妻と合流した頃には、もうみんなヘベレケで……
結局そこのお店から一番近かったお姉様のお家(まあつまりは、豊田夫妻の新居)
に全員集まって、そこから帰っていったらしい。
もうグロッキーだったミサキちゃん、濱中先生、的山さんはとりあえず豊田邸に泊まって、
「どうしても帰る、明日の午後から仕事がある」って言い張った私を、
一番大丈夫そうだった小久保君が送っていってくれたっていうのがコトの顛末らしい。
「う……そこまではイイわ……でも、なんで私と小久保君が、ふたりとも………は、ハダカなのよッ!!」
「……だから、俺に聞くなって……あテテテテ、俺も全部は覚えてないんだけど……」
「………けど?」
「……部屋まで送って、帰ろうかと思ったんだけど、お前が……その………」
「…………私が、どうしたって言うのよ」
「…………いや、送ってくれた礼にコーヒーを飲んでけ、って。俺は、いいって言ったんだけど……」
「……けど?そればっか、さっきからしつこいよ……男らしく、はっきり言いなさいよ!」
「…………なあ、マジで覚えてないの、若田部?」
「…………覚えてないから聞いてんの。いいから言いなさいよ」
『飲んでいけ!飲まないと、私を送りオオカミしたあげく、生で中出ししたってミサキちゃんに言うぞ!』
「※='$%Rはああああああ?????????」
「………だから、覚えてないのか?お前、俺がいくら止めても玄関で絶叫するもんだから、
ご近所さんのこともあって慌ててお前んちに………」
―――最悪だ。これ以上最悪な再会があったら、教えてもらいたい。思わず、髪を掻きむしった。
小久保君がこんな嘘をわざわざつくタイプだとは到底思えない。
間違いなく、私の言ったことなのだろう。なぜか喉の奥がひりひりと痛くなってきた。
§


「で、でも……それとハダカになんの関係が……」
「俺が覚えてるのは、お前がなぜかコーヒーじゃなくてウィスキーやらワインを持ってきて、
『飲め!飲まないと、言うぞ!』って一緒になってガンガン飲みまくったとこまでだけど……」
………訂正。さらに最悪な再会があった。今ここに。
「なあ……若田部?なんでもいいけどさ、時間大丈夫なのか?
確か昨日は今日の午後から仕事があるから帰るって……」
……仕事?ああ、そうだった。午後からインボイス貿易と確か輸入木材の件で打合せが……
時計を見ると既に10時半を回ろうとしていた。ウチはフレックスだし、
会社に行こうと思えばまだ間に合う。身支度を整えて打合せの準備を少しする余裕もあるくらいだ。
ただ、とてもじゃないけどその気力が無い。…………決めた。今日は、休む。
どうせ有休は腐るほど……いや、本当に毎年余ってほとんど切捨ててるんだから。
今日の打合せくらい、課長と後輩にやってもらおう。それくらいの権利、私にあるはずだ。
あっさり勤労意欲をポイ捨てした後、所在なさげにしている小久保君に声をかけた。
「小久保君……悪いんだけど、多分携帯向こうの部屋なのよ。服も着たいし、
こっち見ないように壁の方を向いててくれる?その間にベッドルームに行くから」
「あ、ああ……ゴメン……」
素直に私の言葉に従って、べったりと壁に体を貼り付けるようにする小久保君。
………悔しいけど、やっぱり可愛い。それに……久しぶりに見る、男の広い、背中。
――――おお、いけない。またもトリップしそうになっていた。
慌ててベッドルームに向かうと、とりあえず下着とバスローブを着込んだ。
………一応、それなにり気合いの入ったやつだ。……もしものコトがあったらとかじゃなく、
あんまりその……これ以上、初恋の人に情けない姿を見せるのは……
(ん?ちょい待ち……さっき私……)
思い出した。さっき小久保君が見たのは、完全ノーメイクで全裸の私だった!!!!!
へなへな、とその場にへたりこむ。残酷だ。神様はこれ以上ないくらい、残酷だ。
今でも忙しい合間をぬって週一でジムに通ってるし、スキンケアにも気を付けてるつもりだけど、
さすがにシャワーの水も弾く、十代の肌ってわけにはいかない。
おっぱいだって最近、ちょっと重力に負けつつ………って、ああ!なんてことだッ!!!
完全に逆ギレ状態になった私は、枕元にあった携帯の短縮を回して会社に繋いだ。
「……はい、フルキャスト商事、商務部の一場ですが……」
「あ、ちょうど良かった。一場君?私。若田部だけど……ゴメン、今日体調最悪でさ。
悪いんだけど、午後のインボイスさんとの打合せに行けそうにないんだ。
君と野村課長でお願いできない?資料は私の机の右のキャビネに全部揃ってるし……」
「え?こ、困りますよ先輩!だって俺課長と組んだことないし、なに話していいのかわかんないし……」
「………いいから。こういう時くらい、上司を頼んなさい。使いなさい。
何のために普段あの人のうんざりするくらいしつこい、小言やボヤキを聞いてると思ってんの?」
「……で、でも……」
「あ〜〜〜もういいから!今日若田部は頭痛と生理痛と腰痛と虫歯と吐き気と胃痛で休むって!
そう言っておきなさい!わかった?いいわね!」
いつまで学生気分なんだか、男のくせに情けない声を出す後輩を一喝した後、
有無を言わさずに携帯を切った。罪悪感はあったけど………ちょっと、スッキリした。
「さすがだな、若田部……」
感心したように、向こうの部屋で小久保君が呟いている。……!聞かれてたのか……
「なによ………どうせ色気がないとか、おっかない女だとか思ってんでしょ?」
「ん?いや、そんなことないさ。人の上に立つっつーか……人を使うっつーか……
そのうえで上司や相手と上手くやりながら仕事をこなすのって、大変じゃん?お前は良くやってるよな」
つん、と鼻の奥で音がした。……ああ、あの頃と……この人は、全然変わらない。
優しすぎるくらいに優しくて……私が一番欲しい言葉を……下心無しで、かけてくれる。
「小久保君も……やっぱり職場では部下とかいるんだよね?」
「ん?ああ、そうだね。難しいよな……ミスしたときにフォローしたり、叱ったり、諭したり……」
確か、小久保君は大学を卒業した後、地元の県庁で働いているはずだ。
彼らしいといえば彼らしい、華やかじゃないけど確実な生き方。昨日の同窓会でも、
最近発覚した公務員の汚職のニュースにかこつけて、からかわれていたりしたけど……
ただ苦笑するだけで醜い弁解もしない、その態度は本当に小久保君らしかった。
§


「はぁ………これでもさ、結構大変なのよ。有能ではあるんだけど、
ゲーム感覚でしか仕事をしない新卒のコを褒めたり叱ったりしながら使うのも、
他人の批判と愚痴しか口から出てこない、嫌味な上司を相手にするのも」
「………確かに大変なんだな……ま、大丈夫だよ、若田部ならさ」
「………根拠も無く、そんな簡単に慰めないでよ……」
「ん?ああ、わりい……でもさ、昔っからなんとなく、若田部は大丈夫な人だって感じがするんだよな。
別に美人で頭が良くて強いってだけじゃなくて、人間的に大丈夫っつーかさ」
「……私だって………」
そんな強い人間じゃない、と言おうとして飲み込んだ。
多分……小久保君は、わかってる。私が今、結構弱ってることを。
そして私がさっきみたいにカッコ悪く逆ギレしていても、それを受け入れてくれている。
「………ところで小久保君?そう言えばミサキちゃんに連絡……」
「ああ、そうだね……って俺の携帯……」
ガサゴソと、小久保君が探す音がした。………彼が来るんだったら、もう少し片づけておけば……
そう後悔しても、もう遅い。目の前に広がる荒野を見ながら、溜息しか出なかった。
「ああ……ゴメン、ミサキ。うん、今若田部んち。昨日俺も気持ち悪くなって泊めてもらって……」
!!!なんてことだ。隠すこともなく、小久保君は馬鹿正直にミサキちゃんに話してしまっていた。
「ちちっち、ちょっと、小久保君!」
慌ててリビングに突撃して、彼の手から携帯をひったくる。
「!!イテ!いきなりなにすんだよ、若田部」
裸のまま情けない表情をする小久保君を無視して、受話器の向こうの親友にまくし立てた。
「ゴメン、ミサキちゃん!私が気持ち悪くなって吐きまくったのを、
小久保君が心配して泊まってくれたの!!ち、誓って変なことはないから!大丈夫だから!!
本当にゴメン!ねえ、聞いてる?」
「………あの、アヤナちゃん……私も二日酔いで気持ち悪くて……そんな大きな声だされると……」
「あ………そうだね、ゴメン……」
受話器の向こうから、普段のあの可愛い声を3オクターブほど下げた、
ミサキちゃんのかすれ声が聞こえた。私はただひたすら謝り続けていた。
「いいからいいから。それより……ねえ、昨日言ってたこと、本気なの?で、どうだった?」
「え?」
…………昨日、言ってたこと?えっと………仕事関係の愚痴、男関係の愚痴、それに………
「?ねえ、もしかして覚えてないの?」
「………ゴメン」
「別にいいよ。なんだか今日は謝ってばっかだね、アヤナちゃん……
ふふ、でもアレが本気なら……後で考えておくし、ウチの人にも言っておくから」
「???」
ダメだ、さっぱり思い出せない。にしても……ミサキちゃんにしては珍しく、
妙に悪戯っぽい言い方が気になる。それに小久保君にも言っておくって?
彼にも関係のあることなんだろうか?
「まあ、そのことは後々のお楽しみってことで。あのね、アヤナちゃん?
これから濱中先生と中村先生とね、横浜のリンちゃんちに遊びに行くことにしたんだ。
マサちゃん一日貸すから、せいぜいこき使ってあげてね?」
「は?ちちちち、ちょっと待ってよ、ならみんなで一緒に……」
「ダ〜〜〜メ。さっきマサちゃんに聞いたけど、アヤナちゃん今日お休みとったんでしょ?
お引っ越しの準備がなかなか進まないって言ってたじゃない。男手があると結構重宝するよ?」
「!そう言えばそんなことも……ででで、でも、なんで私と小久保君だけ……」
「うふふ……本当に覚えてないんだね、アヤナちゃん?ま、とにかくそう言うことで。
マサちゃんにも言っておいてね〜〜〜♪」
妙に楽しげにそう言うと……ミサキちゃんは、電話を切ってしまった。
呆然としている私の横で、小久保君が怪訝そうな顔をしている。
「?どうしたんだ、若田部?」
………結婚したミサキちゃんの余裕って奴か?私の家に昨晩泊まったっていうのに、
本当に……これっぽっちも心配していなかった。それに色々と秘密にされたうえ、
私だけのけ者にされたみたいで、正直ちょっと腹が立ち始めていた。
……決めた。奥さんの許可が出たんだ、そのとおりにしてやろうじゃない。
§

「?若田部、ミサキの奴、なんて………」
「手伝いなさい、小久保君」
「は?」
「ミサキちゃんはね、これからお姉様たちと一緒に的山さんちに遊びに行くんだって」
「ひ?」
「そんで貴方は、私の引っ越し要員として貸して頂けることになったの」
「ふ?」
「さて、と……それじゃさっそく朝ご飯を作るから、軽く腹ごしらえを済ましたらさっそく荷造りをしましょうか」
「へ?」
―――訳が分らない、そんな表情で呆然としている小久保君を尻目にキッチンに向かう。
リビングやベッドルームは壊滅的な状況だが、ここだけは清潔に保たれているのが救いだ。
二日酔いから完全に回復したわけじゃないから、味の濃いものはお互いちょっとムリだろう。
パスタを茹でる間にニンニクと唐辛子を少量刻んでオリーブオイルで炒め、
茹で上がったパスタとベーコンを加えて薄く塩胡椒で味付けして皿に盛ると軽く粉チーズを振った。
コーンポタージュスープを温め、トマトとレタスをカットしてさっさとサラダボウルに盛りつける。
「はい、小久保君……食欲は無いかもしれないけど、とりあえず……」
「ああ、わりいな……若田部……」
私が料理している間、なんとか自分の衣服を見つけたらしい小久保君が
クシャクシャになった白いワイシャツとスラックスという姿で情けなさそうにテーブルに座った。
…………ズルイ。
素肌にクシャッとしたワイシャツ、それだけなのに、すごく色っぽい。
あの頃の小久保君にも、大人になりかけのなんとも言えない色気があったけど……
今の小久保君には、大人の男の色気があった。
…………ズルイ。
「ん、旨い。久しぶりに若田部の手料理食うけど、相変わらず旨いな」
「………止めてよ、昔同棲してたカップルみたいな言い方」
「ああ、わりい。でもさ、中学生の頃若田部、俺にクッキーとかくれたじゃん?
それになにかあるとお前んちでパーティーやったり………そんときのことなんてもう覚えてないんだけど、
若田部の料理が旨かったってことだけはヤケに覚えてたりするんだよな。
はは、食い物の記憶って案外一番残るものなのかもな……」
………覚えていて、くれたんだ。そう、あの頃は……お礼だとかなにかにかこつけて、
小久保君にお菓子をプレゼントをしたりしてた。素直に……好きだって言えなかった私が、
それでも好意を示そうとした、切ない思い。でもそれは……気付かれることは、なかった。
「不思議だよね……」
「ん?なにがだよ?」
「普通あれくらいの年頃なら、私のプレゼントとか、ミサキちゃんのこととか、
周りもみんなそういうお年頃なんだから、噂になったりからかわれたりしても不思議じゃないのに。
全然みんな当たり前みたいにしてたよね。小久保君はどう思ってたの?」
「………?俺は単純にありがたいなと………」
………ダメだこりゃ。
「はあ、多分……男の子たちもそう思ったんだろうね」
「?あのさ、若田部、どういう………」
「小久保君本人がそれじゃ、周りもからかいがいが無いっていうか……そう思ったんだろうね」
「???」
今年で三十歳になろうとしてるってのに……小久保君の鈍さは全く変わってないみたいだ。
「ふう……これじゃミサキちゃんも苦労するよね………」
「??……良く分らないけど、とにかくゴメン」
それだ。素直に謝るから、こっちもそれ以上追及できなくなる。やっぱり、小久保君は、ズルイ。
「……ま、いいよ。朝ご飯の後かたづけ手伝って。それから、荷造り始めようよ」
「あ、ああ……」
パスタ皿、サラダボウル、フォーク、それにたまっていた食器etcを洗うのを小久保君に任せ、
私は食器の水気をタオルで拭き取ると食器棚の中へ納めていった。
なんだかこんなことを男の人とするのも久しぶりだ。
「意外に手際いいね、小久保君」
「ああ……普段手伝ってるからな」
§


「へえ……エライじゃない、でも共働きならそんなもんなのかしら?」
「ん〜〜〜、その代り料理とかはほとんどしないしな。
食器洗うのは学生時代バイトでやってて慣れてるし、嫌いじゃないからやってるんだけど」
「へえ〜〜、私は逆だなあ。作るのは好きだけど、洗うのは大嫌い」
そんな話を続ける。ちょっとずつギクシャクした空気がなくなっていった。
「よし、終わったね……それじゃ、小久保君、悪いけどお願い」
「ああ……でも荷造りってどうすりゃいいんだ?」
「安心して。実は要るものはほとんどベッドルームに運び込んであるの。
君が寝ていたリビングは全部捨てていいものばっかりだから。段ボールと紐はもう用意してるし」
「そう言えばここ、古雑誌とか切り抜きとか、そんなのばっかりだな」
私がだらしなくてただ単に散らかっていたわけじゃ……いや、それもちょっぴりあるけど、
ここしばらく少しずつ引っ越しの準備をしていたうちに部屋がこんな風になっていたのもあるのだ。
「それじゃ、私はベッドルームの整理に取りかかるから……
あ、でも小久保君のスーツ、汚れちゃうよね?今ジャージを出すから着替えて?」
「いや、いいよ。どうせこのスーツもここまでシワクチャになっちゃったらクリーニングに出さないとだし」
「いいから、ちょっと待ってて……えっと、多分小久保君のサイズなら入ると思うけど……」
クローゼットの奥からちょっと防虫剤臭い男物のジャージの上下を見つけてぽい、と手渡した。
「ああ……ありがとう、若田部。汚しちゃうかもだけどゴメンな」
ジャージの来歴について何も聞かないのは、小久保君らしい優しさなのか、鈍さなのか。
確かあれを置いていったのは………英智だったっけ?太陽だったっけ?
どちらにせよ、今回小久保君が汚したらそのまま粗大ゴミ行き決定だ。
自分自身もジャージに着替え、ベッドルームに散乱している荷物の分類、荷造りに精を出した。
ただその前にファンデを軽く塗ってリップを薄く引いたのは……別にその、スッピンに自信がないとか、
なにかに期待してるとかじゃ……ない、と思う。……………そんなんじゃないってば……
「なあ、若田部……ちょっと聞いてもいいか?」
「ほ!………ななな、なによッ!」
「いや……こんなこと、聞いて良いものかどうか分らないから、答えたくなけりゃそれでいいけど。
このマンション結構新しいよな?それに賃貸じゃないんだろ?引っ越しってなんか不満でもあるのか?」
「………不満はないけど。アレ?小久保君、ミサキちゃんに何も聞いてないんだ?」
「?イヤ、あいつからはなにも………」
「そっか。実は私ね、今の会社来年で辞めるつもりなんだ」
「……引き抜きとかか?」
「ううん、違うの。え〜〜っとね、中2の夏休みにみんなで私の叔父さんの旅館泊まったの覚えてる?」
「?……あ、そういやそんなこと、あったかもな」
「その叔父さんなんだけど、子供がいなかったせいか昔っから私のことをすごく可愛がってくれてて……
ちっちゃい頃なんて、私を養女に欲しいって真剣にお父さんに言ったくらいだったんだって」
「へえ………もしそれが実現してたら、今頃若田部は旅館の若女将だったんだ?」
「ふふッ、かもね。結構歴史のある旅館なんだけど叔父さん夫婦ももう年だし、もう引退したいらしくて。
それでこの前頼まれたんだ。経営者としてで良いから旅館を私に継いで欲しいって」
「……それで若田部は?」
「悩んだけどね。今の仕事にもやりがいは感じてるし。でも……ここくらいが引き時かなあ、って。
ウチの業界ってさ、勤続年数短いうちにセミリタイアして、次に会社起こすとか普通なんだよね。
それだけのハードワークだし……私もそろそろちょっと一息つきたいとは思ってたし」
「ふうん……でも、旅館ったってどうなの?経営状態とかは大丈夫なのか?」
「ああ、そのへんは抜かりないよ。一応叔父さんたちからも資料を見せてもらったし、
それ以外にも個人的なコネクション使って少し調べさせてもらったんだ、実は。
収支的には超優良物件ってわけにはいかないけど、しっかりとした常連客がついてるし、
立地条件も良いし、まずまず今後の集客も見込めそうな感じで悪くはないよ。
温泉とか厨房なんかの設備投資もほぼ一段落しててムリをする必要もないしね」
「はあ……さすがだな、若田部……」
「ふふ、私だって不良物件押しつけられて、首が回らなくなるなんてゴメンだよ。
貯金もちょっとはあるし、最初は旅館経営に専念して、落ち着いてきたらゆっくりするつもりなんだ……」
§


小久保君にそんな話をしながら、でも私はなぜか妙な違和感を覚えていた。
(?……確か昨日、ミサキちゃんともこの話をした後で……)
そうだ、間違いなく……同じ話をして、その後で、私がなにかを言って、
ミサキちゃんがひどく驚いた顔をしていたんだ。私は怒るかな、と思ってたんだけど、
………あれ?確か?あれ?………どうしてもその後が………それで、ミサキちゃんは?

「……わかったよ、アヤナちゃん。あなたがもし本気でそう思うんなら、私は大丈夫。
だって私たちは友達だし、あなたの気持ちも良く分るから。でもあの人の気持ちも確認しないと……」

……ダメだ、肝心なところが……でも確か、その後……ふたりで小久保君に……
「???なあ、若田部……大丈夫?」
「ひッ!え、ええ……大丈夫よ」
またも妄想状態になっていた私を不審に思った小久保君が声をかけ、飛び上がる私。
でも……あれ?私、本当になにか重要なコトを?
「よし……だいたい荷造り終わったよ、若田部。どうしよ?部屋の掃除にかかる?
それともそっちの荷造り手伝おうか?」
「……こっち手伝って」
思い出しそびれたまま、私と小久保君は荷造りを続けた。
「そうそう、そこのチェアは傷つかないように新聞紙で包装して………」
「若田部、鏡や布団はまだ使うだろ?これはあとでだな?」
「そうね、そうするわ。……ふうん、結構引っ越し慣れてるじゃない、小久保君?」
「ああ……実は引っ越し屋のバイトも短期だけどやったことあるんだ、俺」
「!へえ、いっが〜〜い。でもそれは頼もしいわね」
「はは、こんなとこで役に立つとは思わなかったけどな……」
テキパキと小久保君が私の指示通り動いてくれたおかげで、悲惨だったベッドルームもかなり片づいた。
「よし、ここの部屋はまだとして、あっちのリビングの掃除機をかけて軽く雑巾がけしとこうか?
それにいくつもできたゴミ袋はどこに置いておけば………」
と言うか、彼は私の予想以上に出来る人だった。ふたりで夢中になって作業をしていたけど、
気付けば五時を回っていて……引っ越しのおおまかな準備は、ほとんど終わってしまっていた。
「………今日は無茶言って、手伝わせて……本当にありがとう、小久保君」
素直に……あの頃なら、なかなか言えなかったはずの感謝の言葉が口をついて出た。
「はは、別に良いんだよ……若田部の人生の新しい第一歩の手伝いができたんだ、光栄に思うさ。
……正直俺、お前に嫌われてたのかと思ってたから、なんだか嬉しいし」
「?!?き、嫌われてるって……なんで……」
「ん?いや、昨日久しぶりに会ったのに若田部なんだかヨソヨソしかったしさ。
それに……なんだかんだでミサキたちとは会ってたみたいなのに、俺とは昨日まで会ってくれなかったし」
違う―――会わなかったんじゃない、会えなかったんだ。嫌いになったわけでももちろん、ない。
「そんなんじゃ、ないよ……私は………」
ああ、どうしてだろう……頭の中で溢れ出てくるくらいなのに……
どうしても、それ以上………言葉が、出てこなかった。
「?……若田部、ゴメン、冗談だって……ちょっとミサキに電話していいかな?」
私が無言で頷くと、小久保君は決まり悪そうに携帯を取り出して話し始めた。
「うん……ああ、そう。もう終わり。で、ミサキは今どこ……?え?は?なに?」
………?なんだかもめてるみたい……?
「あの……若田部、ミサキの奴お前に代わってくれって……」
「?ミサキちゃんが?」
首をひねりながら小久保君が携帯を手渡してきた。受け取って、ミサキちゃんに話しかける。
「ミサキちゃん?私だけど……」
「あ、アヤナちゃん?どう、ウチの人?役に立った?」
「ウン、ありがとう。本当に……大感謝だよ。そろそろミサキちゃんも帰ってくるんでしょ?
お礼も兼ねて食事くらいふたりにご馳走したいんだけど……」
「ああ、いいのいいの、そんなこと。今日はリンちゃんちに泊まる予定だし」
「え?ちょ、ちょっと?なら、小久保君は……」
「その口ぶりだとまだしてないんだね?」
「?だから引っ越しの準備なら……」
§


「そうじゃなくて……まだマサちゃんとセックスしてないんだね?」
「(%'T)'&=?L`&A>ななんなななななななななななななななななな」
「落ち着いてアヤナちゃん、日本語になってないよ?」
「落ち着けるわけないでしょうがあああああ!!!!!!!!!!!!!ミサキちゃん、あなた今何を……」
「あっれ〜〜〜、一日かけたのにまだ思い出せないんだ、昨日の約束?」
(…………昨日の、約束?やくそく?ヤクソク?)
ぐわんぐわん、と記憶が蘇ってきた。

「れね、旅館の経営に専念して、あとはもうゆっくりとするつもりなの……」
ロレツがかなり怪しくなってきた私の前には、ニコニコしながらお酒を飲んでいるミサキちゃん。
「そうなの〜〜、いいな〜〜〜、アヤナちゃん……もう三十歳で隠居状態なんら〜〜」
……彼女もかなりベロンベロンだったようだ。
「ふふ、そりゃあね、結婚もせずに仕事を頑張ってきたんだから。
それに株とかでちょこちょこ儲けたりして、なんだかんだで3億くらい貯金もあるし」
「うわああ……スゴイねえ……さすらはアヤナちゃんだよ〜〜〜!!」
「ただねえ……今にして思うと、結婚はともかく子供は欲しかったのよね……」
「何言ってるの、まだまだこれからじゃない、アヤナちゃん!」
「……本当はね、羨ましかったよ、ミサキちゃんが」
「?」
「学生時代や……社会人になってからも、何人か男の人とお付き合いしたけどね、
小久保君みたいな男の人ってつくづく貴重だったんだ、ってそのたびに思ったもん」
「……そう言うけど、あれでマサちゃん結構だらしないし……だって初恋だったんでしょ?
だからアヤナちゃんの中で、あの人のことが美化されちゃってるんじゃない?」
「……ううん、そういう意味じゃないんだ。あのね、ミサキちゃんは……最初っから彼のことが好きで、
ずっと一緒だから分らないのかもしれないけど……人の悪口や愚痴を言わなくて、
口先だけじゃなく女と対等の立場で考えることができて、卑屈になることもなくて、
相手の言うことに耳を傾けることのできる男の人って、超貴重なんだよ?」
「…………そんなに……マサちゃんは、立派なひとじゃ……」
「立派じゃなくて良いのよ。最近つくづく思うんだけど、男で重要なのは財力でもルックスでもなく、
人間として大丈夫な人かどうかなのよね……小久保君の良さってさ、そういうことなんだよね」
「………アヤナちゃん、もしかして今でも……」
「あは、大丈夫。さすがに未練はもう無いから。でも……惜しかったかな。
せめて小久保君の子供は欲しかったかもね……シングルマザーでもいいからさ。
育てる自信もあるし。ふふ、なんなら今からでも小久保君の種を頂いて育てたいくらい」
酔った勢いに任せて、かなりキワドイ発言をしたもんだ。うつむいて、黙り込むミサキちゃん。
さすがにちょっと調子にのりすぎたか、と思って謝ろうとしたそのとき――――
「…………ねえ、アヤナちゃん?アヤナちゃんさえ良ければ……私、いいよ?」
「?いいって……」
「マサちゃんも良いって言うなら……私、アヤナちゃんがマサちゃんの子供を産んでも、大丈夫」
「!!!ちょ、ちょっとミサキちゃん、やあねえ、冗談よ、冗談……」
「………アヤナちゃんは美人だし、言い寄ってくる男の人もこれからいっぱいいるかもしれないけど。
でも、家族って恋人とはやっぱり違う。それに……ひとりは寂しいよ?
アヤナちゃんのことはマサちゃんも好きだと思うし、変なところで浮気されるよりずっとマシだよ」
「あ、あのね……でも……」
「そのかわり、あくまでマサちゃんが私を大事にして、アヤナちゃんも大事にするっていうのが条件。
あのね、言っておくけどアヤナちゃんへの同情とかじゃないよ?
だってアヤナちゃんがまだマサちゃんのこと引きずってる以上、そうするのが一番いいんだもん」
ずばり、と彼女は私の一番痛いところをついてきた。口では未練がないとかなんとか言っておきながら、
私がいまだに小久保君の幻影を振り払えていないのは、やっぱり事実だった。
それを、この日、イヤと言うほど実感していたのだった。
「………でも、それってやっぱりミサキちゃんの余裕だと思うよ。一番小久保君に愛されていて、
必ず彼は自分の元に戻ってくるっていうのが分っているから……そういうことが言えるんじゃない?」
「うん、そうだと思う」
憎々しいほど、あっさり彼女は私の言葉を肯定する。
「でもね、アヤナちゃん?私は……傲慢かもしれないけど、それがアヤナちゃんにも良いと思う」
§


その後……どんな話をしたのかは、やっぱり思い出せない。
ただ、結局ミサキちゃんと合意に達したっていうか……小久保君を今日一日貸してもらって、
ついでにそのえっと……子作りっていうか……その、セックスをするって話に、確かなったような気が……

「あは〜〜〜思い出した?アヤナちゃん?」
「………なんとなくね。あのねえ、ミサキちゃん、でもやっぱり……」
「ダメだよ、自分に落とし前つけるって……そう言ってたじゃない」
「………親友に、その旦那との浮気を勧められるなんて普通有り得ないよね」
「浮気じゃないよ」
「………」
「浮気だったら、私は許さない。アヤナちゃんも、マサちゃんも」
「………これが、浮気以外のなんなのよ………」
「このままアヤナちゃんがね、マサちゃんのことを引きずるのイヤなんだ、私。
アヤナちゃん、私とマサちゃんのことを……いつまでたっても祝福してくれないじゃない?
それはね、アヤナちゃんがマサちゃんとキチンと一回お話して、それで気持ちの整理をつけることでしか
解決しないと思うの。その結果として……ふたりがセックスするんだったら、それは浮気じゃないよ」
「…………」
強い、と思った。初めて会った頃から、彼女は強かった。
可愛らしくて、女の子らしくて、思わず守ってあげたくなる――
そんな風に同級生の男の子たちはミサキちゃんのことを言っていたけど、私は知っていた。
彼女は、強い子だ。小久保君とのことも……学校での成績も、結局その強さに、私は負けたんだ。
「……分ったよ、ミサキちゃん?ただし、小久保君がOKするかどうかだから、そのあたりは……」
「うん、だからマサちゃんと代わって……」
再び携帯を小久保君に手渡した。
「は?え?☆#'%はああああ※!!?!?みみみみ、ミサキお前!!!!」
くるくると、青くなったり赤くなったり……小久保君の顔色が変わるのを眺めていた。
なんだか、妙に可笑しい。そんな風に思えるってことは、私もこの状況を楽しむ余裕が出てきたのか?
「あの……えっと、若田部……ミサキの奴が、変なこと言ったみたいでゴメンな」
携帯を折りたたむと、申し訳なさそうな顔をして……小久保君がそう言った。
「ふふ……良いのよ、始めは私がミサキちゃんにお願いしたんだし……」
「え?そ、そうか……アイツ、お前の冗談を真に受けて……しょーがねえな、まったく……」
「………冗談じゃないのよね、コレが」
「へ?」
「小久保君……ずっと、ずっと好きでした」
「は?」
「中学生の頃、ずっとあなたを見てた……初恋だったの、私の」
「??あ、あの……若田部?」
「さっき小久保君、私があなたと会わなかったって言ってたじゃない?
確かに私、あなたたちの結婚式にも出なかったし……アレね、やっぱり悔しかったんだ。
ミサキちゃんにあなたを取られて。でも……ミサキちゃんは一番の友達で。
だからもしあなたと会ってしまったら、自分の気持ちを抑えられるか自信が無くて。
あれから十五年もたったし、さすがにもう大丈夫だろうと思って昨日の同窓会に行ったんだけど……
やっぱり、全然ダメだった。私は今でもあなたのことが好きなの。
あの頃と同じように……ううん、あの頃よりずっと」
「………」
「だからね、小久保君…………あなたのことが好きだった15年間の、思い出が欲しいの。
あなたの……子供が、私……欲しい」
「……ちょ、ちょっと若田部……でも、それって……第一、子供って……」
「ねえ……小久保君?君はミサキちゃんのこと、愛してるよね?」
「……そりゃ、まあ……そうだけど」
「ふふ、そうなんだよね。ちょっと悔しいけど、それが現実なのは私も分ってる。でも……
ミサキちゃんがあなたを愛してるのと同じくらい、私があなたをずっと愛してたのも現実なんだ。
だからもしあなたが私のこと、昔、ほんの少しでも好きでいてくれたのなら……私を……愛して欲しい」
「若田部……でもさ、あの……子供をつくるって、その子に責任とか……」
「安心して。私がシングルマザーとして育てるよ。小久保君が会いたくなければ、会わせないし」
§


「でも………」
反論しようとして、でも言葉にできずに……迷ってる、小久保君。
そんな表情もすごく可愛い。ああ、やっぱり私は彼のことが好きなんだ。15年前と同じように。
「えい!」
「わわわわ、若田部?」
勢いをつけて彼に抱きつく。引っ越しで体を動かしたせいか、彼の首もとからはほんのり汗の匂いがした。
―――お互い様だ、今の私のカラダもちょっと汗くさいんだろう。
「ねえ?小久保君は、あの頃私のこと……あなたは、どう思ってた?」
「ど、どうって……」
「怖い女だとか、殴る女だとか、そう思ってた?」
「いや……なんつーか……その……うんと……高嶺の花っていうかさ、
俺らみたいな平凡な野郎には手の届かない女の子っていうか……」
「ふふ、そんな風に思ってたんだ?でも、ホラ……手の届くとこにいたじゃない、小久保君は?」
「そう言う意味じゃないんだよ。距離的には近くても……多分、若田部は……俺なんかじゃ」
「………私ね、本当は待ってたんだよ?もしかしたら……小久保君はミサキちゃんじゃなくて、
私を選んでくれるんじゃないのかな、って。ずっと、アメリカに行ってからも……淡い期待を持ってたんだ」
「……ゴメン若田部、俺……お前がそんなこと考えていたなんて、全然……思ってなくて……」
「うふ、良いんだよ?でも、そう言ってくれるってことは……あの頃、
小久保君も私のこと嫌いじゃなかったって……そう、都合良く思っちゃっていいのかな?」
「あ、ああ……俺……正直、お前が眩しくて……それで、自分に言訳して……
なにも言えなかったのかもしれない。……本当は……俺……」
あの頃の思い出は、ちっとも褪せることがなかった。
いくら言葉を尽くしても、あの頃に戻ることはできないかもしれないけど……
それでも私たちは、お互いを確かめ合うように……言葉を紡いでいた。
「ねえ、小久保君?キスして……」
「………ああ………」
"ちゅ……"
迷いながら……躊躇しながら……小久保君が、唇を押しつけてきた。
彼の唇は、少し冷たくて、柔らかくて、心地よかった。
いったん小久保君が唇を離すと―――それでもまだ、不安そうな瞳を私に向けて言った。
「……なあ、若田部?あのさ、でも……本当に……いいのか?」
「うん……もう、あの頃には戻れないのは私も分ってるけど……今日だけは、
15歳の頃の小久保君と、私に戻りたい。あの頃みたいにふざけ合って……
あの頃はかなわなかった望みを……あなたを、手に入れたい。お願い……小久保君」
「あ、ああ……お前が……そこまで言ってくれるなら……」
もう一度唇を重ねる。さっきより、ほんの少しぎこちなさがなくなって、ちょっと大胆に……重ねる。
「ん……んう……」
小久保君が私の唇を吸う。舌先が口の中に入ってくる。私の手を柔らかく握りしめる。
ぷちゅぷちゅと、口の中から互いの舌が絡み、泳ぎ、ほどける音が漏れる。
「若田部……いい?」
「うん……」
小久保君が、私を抱きかかえてベッドの上に横たえた。
「ふふ……でもお互い、ジャージのままって……」
「………色気無いか?」
「ううん……ちょっとこれも中学生の頃みたいでいいかな、って」
私の言葉を聞くと、苦笑してボリボリと頭をかく小久保君。そんな仕草も、やっぱり可愛い。
「その前に……ちょい自己申告、若田部」
「?なにそれ、小久保君?」
「えと……実はさ、俺、あの……ミサキとしか、こういうことしたことないんだよね。
んでミサキも多分俺としかしたことがないし……だから多分その………上手くないと思うんだ。
なんであんまその……期待しないで欲しいっつーか……」
「…………馬鹿」
真剣な顔をしてそんなことを言うもんだから、可笑しくなった私は彼の両耳をつまんで引っ張った。
「イテ!痛て!つつ、止めろよ、若田部!」
「ほんっとに女心分ってないよね、君は………あのね、小久保君?」
§


「いたたたた、だから離せって!」
「女の子はね、セックスが上手くても、そいつがイヤな奴だったら全然気持ち良くないの。
好きな人が一生懸命愛してくれるなら……それが、どんなセックスでも嬉しいんだよ?
もう……こんな恥ずかしいこと女に言わせないでよ、ドンカン!」
「わかりました、すいません、若田部さん、降参です、参りました、俺が悪かったです……」
情けない顔で両手を合わせる小久保君が愛おしくて、私はそのまま彼の頬にキスをした。
「それに、私だってそんな何人もしてきたわけじゃないもん……今でも、本当にイクって良く分らないし」
「……そうなの?」
「そうだよ……だから……えっと、乱暴にしないで……大事に、して下さい……」
照れてしまって、なぜか最後の方は………少女の頃みたいな、お願い口調になってしまっていた。
「……それくらい……分ってるよ、若田部は……大切にされなきゃいけない人だってことくらいは」
そう言うと、小久保君は優しく私の頬にキスをして、ゆっくりと耳に舌を這わせた。
「きゃん!!ダメ……そこ……」
「……へへ、弱点はあの頃から変わってないね?若田部」
「もう……でも、覚えてたんだ?小久保君……」
「うん……薄くて、形が良くて……キレイな耳だよね、若田部の耳。あの頃も……そう思ってた」
吐息を吹きかけ、耳たぶを甘く噛んだり、口に含む小久保君。
「あ……きゃ……あん……イヤ……」
くすぐったくて……気持ちよくて……むず痒いような……
今までの男の子たちには教えずにいた急所を嬲られているのに、少しも嫌悪感はなかった。
むしろ心のどこかでそれをずっと待っていたような――そんな気がしていた。
「色っぽくて……キレイだよ、若田部……」
「あ……はあッ………もう……だめ、許して……小久保君」
「若田部、ココ以外にも弱いトコあるの?」
「……やだ、教えない。だって言ったら小久保君また私をいじめるもん……」
「教えてくれないなら見つけるしかないな?じゃあ……」
「!?きゃ……」
小久保君がジャージ越しに胸を擦るように触れてきた。
ブラはしていたけど、ジャージの上から触られるのは思っていたよりずっと生々しくて、
直接触られるのとはちょっと違った感触だった。
―――小久保君の手のひらの動きにあわせ、ゆるやかに……柔らかに……私の乳房が揺れる。
「うわ……でも、やっぱり大きいよな若田部……」
「そのせいで、もう最近じゃおっぱいも少し垂れ気味のおばさんですよ〜〜〜だ」
「いや……すげえよ、柔らかくて……おっきくて……気持いい……」
小久保君が、私の胸の谷間に顔を埋めてくる。どの男でも一回はこれをしてくるけど……
これをされると、男って可愛いって思えるから不思議だ。母性本能が刺激される、ってやつかな?
「うふ……赤ちゃんみたいだよ、小久保君……」
「いや……その、ゴメン……若田部」
また照れる小久保君が可愛くて、彼の頭を抱きかかえてつむじのあたりにすりすり、と顎を押しつけた。
「可愛い可愛い小久保君、私の可愛いマサヒコ君……」
小久保君の吐息が私の胸にかかる。幸せな体温を感じる。
「若田部……あの……じかに、いいかな?」
「うん、いいよ……」
小久保君の手が、私の背中に回ってくる。ぱちり、とホックが外され、ブラがするすると脱がされる。
ジャージの上着がめくられ、私の裸の胸が小久保君の目の前にさらされる。
「キレイだよ、若田部……すごく……」
「………だから垂れかけてるし……」
「どこがだよ……すげえって」
そう言うと、小久保君が私の胸にむしゃぶりついてきた。
指で乳首をいじられ、谷間に舌を這わされ、おっぱいを揉まれた。
「あん………あッ……ううん……」
今までに何度も男の子にされたことのあることなのに……
やっぱり相手が小久保君だからなのか、それとも単純にセックスそのものがご無沙汰だったせいか……
私のカラダは今までに感じたことのないくらい、敏感に反応してしまっていた。
「小久保君も……脱いで……」
§


ちょっと感じすぎてしまっている自分が恥ずかしくて、小久保君におねだり。
「あ、ああ……じゃあ……」
うっとりと、小久保君の裸を見つめる。やっぱり何度見ても、彫刻みたいにキレイだ。
「キレイよね……小久保君って………」
「?はへ?いや、そんなこと言われたの、初めてなんだけど……」
「ミサキちゃんとしかしてないってことは……この裸を自分のものにしたことがあるのは、
ミサキちゃんと私だけなんだよね……うふ、嬉しい……」
"ちゅッ"
小久保君の肩にキス。そこから腋に舌を這わすと、男の人のむっとした匂いがした。
「わ、わわ、やめろって!汗くさいだろ、若田部……」
「ふふ……小久保君の汗の匂い、好き……」
………そう、誰にも言ったことがないけど、実は私は匂いフェチの気があったりする。
特に男の人の匂いは、大好物だ。とは言っても、太った人の腋臭じゃなくて、
痩せ気味の人のちょっと枯れた、蒸れた汗の匂いが好きなんだけど。
ぷちゅぷちゅと、小久保君の腋から肩から乳首を舐め続ける。
「わ……ちょ、くすぐったいって、若田部!いへ……」
むずがるように、小久保君がカラダをひねる。情けない顔の小久保君、すごく可愛い。
もっともっとイタズラをしたくなった私は、そのまま彼のカラダに抱きついたままキスを続けた。
「わ、や、やめ……わかた、わ……」
「許してあげないんだから」
「へ?」
「ずっと私の気持ちに気付かないで、知らないふりをして15年も放っておいた小久保君なんて、
これくらいじゃ済まないんだから。えへへ……今日は私がたっぷり小久保君を愛して、
その代り小久保君もいっぱいいっぱい、私を愛するんだからね?ふふ……許さないゾ?」
にっこりと彼に笑いかけると、脇腹にも、お臍にも、胸板にもたっぷりとキスをしてあげる。
もう観念したのか、小久保君は私のなすがままになっていた。
調子に乗った私は、もぞもぞと彼の股間をまさぐった。
「ど!ちょい、若田部……それはその……」
「ねえ、小久保君?ミサキちゃんってフェラチオしてくれる?」
「!!い、いや、それはその……」
「答えなさい、イエスなの、ノーなの?」
「……………その……たま〜〜〜〜〜に」
「たまにってどれくらい?」
「…………え〜〜〜と、あの……半年にその……十回くらい……いや、もう少し多いかも……」
「へ〜〜〜、意外にヴァリエーション少ないのね、夫婦なのに」
「いや、その……そんなもんじゃないかと……」
「あのね、小久保君……私ね、コレするの、初めてなんだ」
「え?」
小久保君の下のジャージとトランクスを脱がすと、ぴょこん、とおちんちんが顔を出した。
愛しくて、可愛い。ちっとも汚いなんて思えない。ちゅっ、と先っちょにキスをした。
「今まで……他の男の人には、なんだか恥ずかしくて……汚く思えちゃって、出来なかったんだ。
あのね……もう、ヴァージンじゃないけど……お口は、初めてだから…特別だよ?小久保君」
かぷり、と小久保君のを口に含む。あったかくて、ちょっと匂いがして、好き。
「うッ……いいの?若田部……でも、そんな……ムリしなくても……」
「ムリじゃないもん……小久保君の、おちんちん、好き……可愛い……」
そう言ってもう一度口に含むと、舌先でちゅりちゅり、と彼のをくすぐった。
「う……わふ……お、おい……そんなされると……」
切なげな表情で身悶える小久保君が愛しくて、そのまま舌先で先っぽからその周りを舐め回した。
口の中に、ちょっと苦っぽい味が広がる。たっぷりと唾液が溜まって、一緒に混ざる。
それを潤滑油にして、私はゆっくり、ゆっくりと上下に小久保君のを口の中で動かした。
"くちゅッ、ぬるッ、ぷちゅッ"
小久保君のが私の口の中で大きくなる。ぴくぴくと、小さく震えるように動いている。
唾はいっぱい溜まっているのに、なぜかひどく喉が渇いていた。
だらん、と伸びたふくろみたいなのに指先を伸ばして、むにむに、と揉む。
「う……ふぁああ、ゴメン……若田部、もう俺……お願い、出ちゃうから……」
§


口の中で出してもらっても良かったけど……でも、今日は赤ちゃんが出来るまでしてもらわなきゃ。
ちょっともったいないけど、口から彼のを離した。
「えへ……どう?小久保君、私とミサキちゃん、どっちが上手だった?」
「う……それは、その……」
「今日が初めての私と、いっつも小久保君のおちんちんを好きに出来るミサキちゃんなのに、
迷ってるんだ〜〜〜。ふ〜〜〜ん、ミサキちゃん、意外に耳年増の割に……」
「………いや、いつも好きに出来るわけじゃ……」
「うふ、でも初めてにしては結構上手だったでしょ?」
「…………うん」
「じゃ、次は……お願いね、小久保君?」
「あ、ああ………」
小久保君が私の下のジャージとショーツを脱がす。
ぴっちりと太腿を閉じてしまっていたけど、自然と両脚が開いてしまう。
「若田部……触るから、もう少し力抜いて……」
「うん……」
"くち……くちゅ"
さっきので実はちょっと濡れてしまっていた私のあそこから、小さな、湿った音がした。
恥ずかしいけど、小久保君の指は細くて、長くて、気持ちよくて……嬉しい。
「若田部……結構、敏感なんだね……もうこんな濡れてる……」
「……そう?あん!……うふ……でも小久保君も上手、くッ!だよ……」
「………そうなの?どうも自分だと分かんないんだけど……」
のんびりとした口調だけど、そう言いながら小久保君はもう一本指を増やしてきた。
「あん……もう……もっと……ゆっくり、優しくして……」
「ゴメン……若田部が可愛くてつい……」
言葉と裏腹に、私の中を掻き混ぜるのを止めない小久保君。
……ズルイくらいに、私のポイントをさわって、撫でて、擦っている。
「うん……きゃ……ふわぁあああ……小久保君……私、もう……お願い……来て……」
「あ、ああ……あの……本当に、良いんだよな、若田部、その……ナマで……」
「ウン……私……欲しいの。小久保君の赤ちゃん……お願い……」
彼の首に両腕を巻き付けて、切なげな顔のままおねだり。
まだちょっと迷ってた小久保君も、覚悟を決めて私をぎゅっと抱きしめる。
そして自分のを私のあそこにちょこん、とつけてきた。
「好きだった……若田部」
「小久保君……」
「今まで……ずっと言えなかった。あの頃……俺は……でも……ゴメンな、今は……」
本当に、バカがつくくらい正直な人だ。でも私は……そんな彼の誠実さが、大好きだった。
「いいよ……私も、大好きだった。十五年間本当に、ずっと忘れられなかったくらい……好きだったの」
「若田部………」
「小久保君………」
"ちゅ"
小さく、軽いキス。でも思いは重くて、深くて………かけがえがなかった。
「いくよ……若田部」
こくん、と私がうなずいたのを合図に、小久保君のが私の中に入ってくる。
痛みとも痒みとも知れない、鈍い電流のような疼きが私の頭から爪先までを貫く。
私は小久保君に挿れられながら、なぜか彼に優しくねじられているような気分になる。
痛くはないけれど、少し胸苦しいけれど、すごく気持ち良い。
息が詰まる。気が遠くなる。小久保君のがゆっくり私の中で動くのを感じる。
なにか………鋭い音が、ずっと耳の奥から頭の中にこだましている。
からだが、気持ちが、熱くなってくる。自分がとろり、と溶けてバターになってしまうような錯覚を覚える。
小久保君のが私の奥を突いて、撫でて、かき回す。
それは大きくて、滑らかで、私の中をいっぱいに満たしてしまう。
首の真後ろらへんに突然疼きじゃなく、痺れが襲ってきて私は目を見開く。
両脚が思わずぴょん、と跳ね上がる。
(や……ヤダ……もしかして、私………これが……イクってこと?)
虚脱感が一瞬心に訪れるけど、小久保君はまだ許してくれない。
§


私のカラダも……私の心と裏腹に、まだ小久保君のをしっかりとつかまえて離そうともしない。
貪欲に……淫らに、彼を貪りつくそうとして、自然に腰が動いて、彼に密着しようとする。
痺れる。欲望に抗うことすら考えられず、夢中になって小久保君の動きに合わせる。
小久保君のが優しく私の中を掘り起こす。私の中の熱いのがぐしゃぐしゃに混じり合わされる。
小久保君が角度を変えて、少しだけ掻き出すように私を突いたとき―――
ぐしゅり、という鈍い湿った音が頭の中で響いた。
私の中に……彼の熱い精が何度も、何度も、爆発するように解き放たれ、溢れてくるのを感じる。
膣の、子宮の、内臓の奥の奥まで小久保君の精液で埋め尽くされるような幻覚を見る。
「あ……ああ……あ……」
小久保君の口から、言葉にならない声が漏れる。
ずるり、と小久保君が私の中から自分のを引き抜く。私の中から、熱いのが溢れ出る。
「まだ……ダメ」
「え?」
「小久保君……すごかった。私……セックスで、頭の中が真っ白になって……からっぽになるなんて、
はじめてだった。お願い……まだ、ダメ……赤ちゃんが、できるまで……今日は……何回も、して」
こんな淫らなことを言っている自分にもう一人の私は驚いている。
でも、現実の私は涙目のまま彼に顔を向け、彼の肩をつかんだまま懇願し続けている。
「若田部………そう言われても、男ってのはそんなにすぐには……」
「なら……小久保君が出来るようになるまで……つながっていて……」
「あ、ああ……」
彼が一回抜いたおちんちんを、私の中に挿れてきてくれた。
さっきと違って固くなくて、大きくなかったけど……それは、気持ちよく私の中に収まった。
「好き……小久保君。大好き、小久保君……」
ちゅっちゅっ、と小久保君の頬に、瞼に、顎にキスを続けた。くすぐったそうにする彼の、
顔を舐め回すみたいにキスをした。段々と、彼のが私の中で大きくなってくるのを感じていた。
「若田部……俺、もう大丈夫で……その、もう出来そうだけど……」
「うふ……いいよ……今度は、あなたの好きなようにして……」
「えっと……なら、若田部……よつんばいになって、後ろを向いて……」
一回も許したことのない、屈辱的な体位。でも私はもう、彼の言葉にも、自らの欲望にも……
自分が逆らうことができないことを知っていた。その言葉通りの体勢になった。
私の中から、さっき彼が出した精液が漏れて太腿を伝うのを感じた。
恥ずかしさより、彼の到来が待ち遠しかった。早く、貫いて欲しかった。
"ぐッ………ぬちゅッ……"
お尻の両側がつかまれ、開かれると私の中に濡れた彼のが突き立てられる。
私をまた、強烈な疼きと痺れが襲う。背中の中心を、稲妻が走るような感覚。
「あ……あああッ……くぁ……」
後ろから小久保君が私の中を掻き混ぜる。逆らえない。もう、なにも考えられない。
(子供………赤ちゃん………小久保君の……私と、小久保君の……)
欲望の渦に身も心も沈めながら、私は子供の名前を必死で考えていた。
―――きっと可愛い女の子が生まれる。なぜかそんなことを思いながら。

END

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