作品名 作者名 カップリング
「さんかくかんけい」 郭泰源氏 -

「というわけで、今日の体験学習はみんなにそれぞれの"働きたい職場"に行ってもらうからな?」
村上龍著、「13歳のハローワーク」のヒットなどを受けてか、
最近では公立中学校でも職業体験の授業などを取り入れる学校がちらほらあるという。
マサヒコたちの通う、ここ東が丘中学でもとある一日を使って体験学習の時間に当てていた。
「前もって希望をとった職場には、既に連絡も入れてある。じゃあ、それぞれの班に分かれてくれ。
ま、そうは言っても希望者の少ない職場の場合は二・三人で訪問ってことになるけどな」
てきぱきと、豊田が10班ほどにクラスの生徒を分け、連絡先等を伝えていった。
「それじゃあ、天野、石貫、望月、金石、川端と紀藤は東が丘総合病院だな。
人の命を預かる大切な職業だ。みんな、ふざけないで真面目にするんだぞ?」
「はいッ!」
どうやらミサキたちは病院を体験学習の場に選んだらしい。
「的山に古久保、それに山下と光山はユニクロ東が丘駅前店と本社見学だったな?
売り場となるといろんなお客様も来るから気をつけてな?」
「はい!」
リンコたちは某大手量販店並びにその本社を体験学習の場に選んだようだ。
「次は………ありゃ、ふたりだけか……若田部に小久保はひだまり幼稚園か。
小さな子供たちが相手だから、くれぐれもケガなどさせないようにな?」
「はい……」
なぜか怪訝そうな表情のアヤナと、ちょっときまりの悪そうなマサヒコ。
ふたりは学校を出ると……なんとなく、微妙な距離をとって並んで歩いていた。
「ねえ小久保君?あなたが幼稚園の先生に興味があるなんて聞いたことも無かったんだけど…」
「あ……ま、確かに今まではそんなに無かったんだけど」
(なに?まさか小久保君、私と一緒になりたくて選んだとか……?わけないか……)
「じゃあ何?まさかお姉様が前言っていたように、やっぱりロリコンだとか……」
「……さすがにお前からそう言われると凹むな」
「あ……ゴメン、そんなつもりじゃ……」
「ま、いいんだけどさ……いや、この前親戚の子を預かったときに一緒に遊んだりしてて、
こういうのも良いかなあって……そう思ってね。ちょっと興味が湧いたっていうか」
「あ〜〜、タカコちゃんだよね?そっか。あの子可愛かったし、小久保君にも懐いてたもんね……」
「あ、若田部覚えてたんだ?実はさ、今から行くひだまり幼稚園って、
偶然なんだけどタカちゃんの通う保育園でもあるんだよね」
「へえ〜〜偶然ね……実は私の卒園した幼稚園でもあるんだけど」
「マジ?それもすごい偶然だな……へえ、若田部の卒業した保育園か……
ははは、でもその頃の若田部って、可愛かったんだろうな………」
マサヒコの笑顔に、ちょっとドキッとするアヤナだが、
「な、なによ……"その頃の"って……今はまるで可愛くないみたいじゃない!」
口をついて出てくるのは、こんなケンカ口調の言葉になってしまうのだった。
「あ……わりい若田部……俺はそんなつもりじゃ……」
「それに、小久保君はごっちゃにしてるけど保育園と幼稚園は全然別物だよ?
幼稚園は文部科学省、保育園は厚生労働省の管轄なんだから……」
「そうなの?へえ……さすがは若田部だな、良く知ってるね」
本当はアヤナも長渕園長ことハジメからの受け売りなのだ。
「そんなことも知らないの?だから幼稚園で働く人は先生、保育園は保育士になるの。
もう……それで大丈夫?子供と上手くやれそうもないじゃない…」
「……ん、そうだな……勉強不足だね、俺」
素直に自分の非を認めて軽く落ち込むマサヒコ。
さすがに自分も知ったかぶりなだけに、アヤナも少々居心地が悪くなったりして。
「……まあ、別にいいけど。私の足さえ引っ張らなければ」
「うん……よろしく頼むわ、いろいろと……」
いつもどおりのふたりのまま、バスに乗り……やがて、ひだまり幼稚園に到着した。
£
「こんにちは、アヤナちゃん!良く来てくれたね〜〜〜。
それと……小久保君だったかな?こりゃあなかなか男前じゃないか……
今風に言えばジャニーズ系って感じかな?」
上機嫌のハジメがふたりを出迎える。
§


「!い、いやそんなことは………」
「馬鹿ねえ……お世辞よ、お世辞。お久しぶりです、先生。あのときはお世話に……」
「はははは、まんざらお世辞でもないんだがね。こんな若くてキレイなお姉さんと、
男前のお兄さんが一日先生をしてくれるんだから、ウチの子供達も喜ぶだろうね……」
「もう……冗談ばっかりなんですから、長渕先生は……それより、今日の私たちは?」
「ああ……まず、宮本先生についてもらって、ひまわり組の子供たちとおゆうぎや
おけいこをしてもらうよ。それから給食とお昼寝は全体で一緒だ。小久保君もいいね?」
「はい……あの、実は、先生?」
「ん?なんだね?」
「ひまわり組に……松中タカコちゃんって子がいますよね?」
「タカコちゃん……ああ、あの子か。
ん?しかし、なぜ名前を知っているのかな?お隣さんとかかな?」
「いえ……実は俺の従姉妹の子なんですが、きっと俺に甘えてくると思うんです。
それでも……ご迷惑にはなりませんか?」
「はははは、そんなことか……いいさ。親戚の子がどんな幼稚園に通っているかを
自分の目で確かめるのも大切なことだ。でもタカコちゃんはひまわり組でも人気の子だから、
きっと小久保君も男の子たちからヤキモチやかれるかもしれんがね……」
「!い、いえ……そんな……」
(相変わらず……女心はさっぱりねえ、小久保君は……)
横で話を聞きながら、そう思ってマサヒコの様子をちょっと面白がるアヤナ。
「前口上はこれくらいにしておこうか。宮本先生に話はしてあるからね。
さっそくこのエプロンをつけて、ひまわり組に行こう………」
£
「みんな、こんにちは!」
「あ!えんちょうせんせい!」
「ホラホラ、みんな席を立たないの。あら、着いたみたいですね?ふふ、久しぶりね、アヤナちゃん?」
「お久しぶりです、宮本先生」
「そして……君が、小久保君?」
「は、はい……小久保マサヒコです、よろしくお願いします……」
「わああ〜〜〜い、マサにいたん!」
マサヒコの姿を見つけるが早いか、タカコがそばに駆け寄ってきた。
「こらこら、タカちゃん、今日は俺は……」
「ダメだよ、タカコちゃん!席について良い子にしてるの!」
「ふ……ふわあああん!ごめんなさい、みやもとせんせい……」
宮本に厳しく叱られて少しベソをかくタカコ。マサヒコは片膝をついて彼女に顔を近づけた。
「ゴメンね……タカちゃん?でも、今日はマサ兄ちゃんは大事なお勉強にきてるんだ。
だから、なるべく良い子にしていてくれるかな?あとで一緒に遊んであげるから……」
「うッ……ぐす、ほんと?やくそくだよ?マサにいたん」
「ああ、絶対約束するから」
「……くすん、わかった。タカコ、良い子にしてる……」
大人しく、タカコは自分の席に戻った。
「すいません、宮本先生……」
「い、いえ……いいのよ……私もちょっと緊張してタカコちゃんにきつく言い過ぎたわ。
ありがとうね、小久保君……」
マサヒコの優しく毅然とした態度にちょっと萌え状態になっていた宮本が我に返る。
「じゃ、じゃあみんな?今日は、東が丘中学から新しく先生のお手伝いにきてくれた
ふたりを紹介します。若田部アヤナ先生と、小久保マサヒコ先生です。
今日一日だけですが、みんな仲良くしてあげてください!よろしくおねがいします!」
「「「「「「「「「「「「「「「よろしくおねがいします!!!」」」」」」」」」」」」」」」
ひまわり組の子供達による、元気いっぱいの挨拶でふたりは迎えられた。
それからは、お歌の稽古(音痴のマサヒコは苦手そうにしていてアヤナはおかしそうだった)や、
簡単な数字を使ったおゆうぎなどを子供たちと一緒にこなしていった。
もっとも、授業中タカコがマサヒコべったりだったのは言うまでもないところであろう。
だが、アヤナにとって意外だったのは―――
マサヒコがタカコ以外の、特に女の子の園児から人気があって懐かれていることだった。
§


「こくぼせんせい!あのね、これね、このまえおとうさんとおかあさんといっしょにどうぶつえんに……」
「わ〜〜〜い、こくぼせんせい、いっしょにあそぼ!」
「こくぼせんせい〜〜〜!」
日頃女性陣に囲まれている成果(?)か、マサヒコも実に上手に子供達の相手をこなしていた。
さらに、アヤナが気になっていたのは―――
(?なに……この視線は……さっきから小久保君に妙にねっとりとした視線を……?)
木陰からマサヒコの様子をのぞいているのは、ハジメの妻ミナコ&佐々岡アヤ。
すなわち、ひだまり幼稚園の誇る色物ツートップである。
「ごくり……ふふふ、園児くらいの年齢の子もいいけど……じゅる、ああ……たまらないわ。
大人未満子供以上の危うい年齢の男の子、それも滅多にないくらいの美形……」
「さすがは奥様、守備範囲広いですね……前に在籍していたお店で何本も童貞を頂いてきた
私ですが、あれだけの可愛い男の子となりますと……ぐび、実に美味しそうですね……」
そして………この淫乱FWの陰で……
(可愛い………小久保マサヒコ君?それに子供にも優しい……)
なんと宮本までもボランチとなってマサヒコに熱視線を注いでいるのであった。
保育士という職業は大人の男性と触れ合う機会が少ないというのは事実らしく――
大人とは言えない、しかし中性的で未完成な男性の魅力を撒き散らす、
マサヒコがこの場ではいかに危険な存在であるかということをアヤナは悟っていた。
「ねえ…………小久保君?」
「ん?いや、子供の相手ってやっぱり体力使うよな若田部?はは、邪険にもできないし」
律儀にひとりひとりの相手をして遊んだりしていたため、ちょっとお疲れ気味のマサヒコ。
「……そうじゃなくてね、あの……気をつけてね?」
「?ああ、子供達には絶対にケガとかさせないようには……」
「……違う。あの……ここの先生たち、基本的には良い人たちばかりなんだけど……
ちょっとクセのある人が多いから、その……気をつけて……」
「?」
伝えようとする事の内容が内容だけに、普段の彼女らしくなく言いよどむアヤナだったが……
そんな彼女の後ろに、ひとりの園児が回ろうとしていた。
「えい!かんちょ………」
「!!!や!ヤアアアアアアアア!」
前回の悪夢を思い出し、思わずお尻に素早く手を回して園児からの攻撃を防ごうとするアヤナ。
が、それよりも素早く――マサヒコが、男の子の両手を取り、防いでいた。
「!!」
「ダメじゃないか……こんなイタズラしちゃ」
「ふん、なんだよ……ちょっとタカコやおんなにもてるからって……ちょうしにのるなよ、おっさん」
「はは……そうか、君から見れば俺もおっさんか……」
そう言いながら、マサヒコは男の子の腕を少し強めに締め上げた。
「いてッ!くそ、やめろよ!」
「小久保君……もういいのよ、その子も悪気があったわけじゃ……」
「いいから……若田部は、何も言わないでくれ。なあ、君は名前はなんていうんだ?」
「………」
「お父さんとお母さんからせっかくつけてもらった大切な名前だろ、それが言えないのか?」
「……かずや。あらいかずや……」
「カズヤ君か、良い名前だ。じゃあカズヤ君に聞くけど、カズヤ君は若田部お姉さんが嫌いか?」
「………きらいじゃない」
「そうか。ならね、カズヤ君?女の子の嫌がることはしちゃダメだ。もし君に好きな子ができたら……
いくら殴られても、なにをされても守ってあげないとな」
「いくら……なぐられても?」
「そうだ。男の子はみんな、女の子を守るヒーローなんだから……」
「わかった。いくら……なぐられてもだね?おにいちゃん」
「そうだ。約束だぞ?カズヤ君」
「うん!」
……マサヒコは知らなかった。このときの彼の言葉をあらぬ方向へとこの男の子が解釈して、
やがて小笠原高校最悪の変態・新井カズヤへと成長することを。
それはさておき―――すんでのところで、二度目の屈辱をマサヒコから救ってもらったアヤナは……
§


「あ……ありがとう、小久保君……」
潤んだ瞳でマサヒコを見て……とにかく、礼を言うことしかできなかった。
「はは、いいんだよ。男の子ってさ、好きな女の子にはついイジワルとかイタズラをしちゃうもんだし」
そう言いながら、ポンポン、とアヤナの頭を軽くたたくマサヒコ。
「カズヤ君にも悪気が無いってのは俺もわかってたけどさ。ああいうのはキチンと言っておかないと…」
(やだ……な、なによ……別に、私は……)
普段のプライドの高いアヤナなら、マサヒコにこんな風にされれば少なからず反発したところだろう。
だが――珍しく男らしいところを見せた彼の姿に、完全にアヤナは舞い上がってしまっていた。
「お〜〜〜い、アヤナちゃんにマサヒコ君!そろそろお昼ゴハンに……」
「ああ、もうそんな時間か……じゃ、行こうか若田部?」
「う……うん……」
もう少しこのままマサヒコと話をしていかったような……でも、これ以上一緒にいてしまうと、
彼女の中でなにかが防波堤を超えてしまいそうで……無言で彼と並んで歩くアヤナだった。
£
「ふふふ〜〜マサにいたん、はい、お口開けて、あ〜〜〜ん」
「あのねえ……タカちゃん……」
「ダメなの?じゃ、タカコに食べさせて、マサにいたん。あ〜〜〜ん」
仕方なく、といった感じでちょっと恥ずかしそうにタカコに食事を食べさせてあげるマサヒコ。
周囲の子もそれを真似て近くの子と食べさせあいっこをし始めていた。
「アヤナせんせい……さっきはごめんなさい……」
「うふふ、もういいのよ、カズヤ君?」
「じゃあ、おわびにボクもアヤナせんせいにあ〜〜〜ん」
「あらあら、ありがとう……いただきます」
カズヤに食べさせてもらいながら、アヤナは別のことを考えていた。
(タカコちゃんって本当に小久保君のことが好きなんだ……
私も……あれくらい素直に好きだって………言えたら…)
「ははは……しかしラブラブだねえ、あのふたりは……」
苦笑してアヤナに語りかけるハジメ。ボ―――ッとしていたアヤナは、その言葉で我に返った。
「ええ……ふふ、小久保君って学校でもモテるから……」
「おやおや、やっぱりそうなのかい?でも彼はなかなか素質があるよ。園児にも優しいし」
「ふふ、長渕先生まで小久保君をお気に入りですか?」
「いや勿論アヤナちゃんも良い先生になると思うけどね。
彼は見えないところでキチンとダメだってところは叱っているし……うん、あの子はいいね」
さすがは園長である。鋭い目で見ているところは見ていたようだ。
ハジメがただの好々爺でないということを、今更ながらアヤナは実感していた。
「は〜〜〜い、じゃあおかたづけしたあとに、お昼寝の時間です……みんなで準備しましょう!」
「「「「「「「「は〜〜〜い!!!!」」」」」」」」
園児達はお昼ごはんを食べ終えると、自分たちで食器を集めたりして片づけを始めた。
そしてふとんとシーツを敷くと、思い思いの場所で寝ころんでお昼寝の体勢になりはじめた。
アヤナとマサヒコもその中に混じり、一緒に添い寝をしてあげるのだった。
「マサにいたんは、タカコの隣なの!」
「ずるいよ、タカコちゃんばっかり……」
「ああ……ほら、ふたりの間で寝てるから……大丈夫だって……」
なかなか寝付かない子供達の間でちょっと苦労するモテ男君マサヒコだが、
アヤナはアヤナでなぜか彼女にべったりとなったカズヤの可愛らしい寝顔を見つめていた。
(小声で)「……じゃあ……アヤナちゃん?」
(同じく小声で)「ハイ……宮本先生……」
ようやく寝付いたタカコたちからマサヒコも離れ……ふたりは、宮本と一緒に職員室へと向かった。
ハジメや佐々岡といったひだまり幼稚園の職員とミナコも集まってお茶を一服しているところだった。
「ふふ、ご苦労様……結構ハードワークでしょう?」
「ハイ……そうですね、2回目でもやっぱりこたえますね……」
「でも、子供達の相手は予想以上に面白いですよ。勿論、それと同じくらい大変なんでしょうけど」
(………小久保君は、なるほど、この仕事に向いているのかもね……)
そう思いながら、なぜかちょっと悔しい思いをするアヤナだが、
一方の宮本は完全に目を潤ませてマサヒコの言葉を聞いていた。
§


「そうね……最近は保育士や幼稚園の先生にも男性がようやく現れ始めたけど……
それでもまだまだ少数派なのは確かなの。現場にいる私たちにしてみれば、もっと男性の手が
欲しいのが本当のところでね。マサヒコ君みたいな子が先生になってくれるのは大歓迎よ?」
「はは……そんな風に言われるとプレッシャーっすよ……」
「ところで小久保君?高校に入学したらでいいんだけど、私にバイトを紹介させてくれないかしら?
私が前の店で働いていた頃の知り合いが出張ホストを始めたんだけど、
あなたの器量と実力だったら、あっというまに指名もバンバン………」
"ズシャアッ!!!"
前回と同じように余計な口をはさんだ佐々岡に、高速で宮本の裏拳が炸裂した。
「………なあ若田部……このふたりはいつもこんななのか?」
「………そうみたいなの………」
「あ…………はははは…………」
力無く笑うハジメだが、隣ではミナコが舌なめずりせんばかりの表情でマサヒコを見ていた。
「佐々岡先生の言葉は冗談にしても……小久保君なら、
週一でお手伝いに来て欲しいくらいね。なんなら私たちの夫婦生活のお手伝いも……」
"ドスウッ!!!!"
一応は園長夫人という立場を考慮したのか、先ほどの佐々岡よりはいくぶん加減したものの、
それでも常人ならばその場でKO確実な宮本のショートフックがミナコの腹部に突き刺さる。
「気にしないでね、マサヒコ君?ふふふ、本当はいつも楽しい職場なんだから……」
無理な作り笑顔でマサヒコに向き合う宮本だが、正直その笑顔が怖い。
「は………はあ………」
£
「じゃあ、こくぼせんせい〜〜〜、アヤナせんせい〜〜〜さようなら〜〜〜」
「うん、さようなら………」
「ばいばい、カズヤ君……」
園児達も帰宅の時間となり、ひとり、またひとり、と家族とともに帰宅の途についてゆく。
「お?おお?マー君?とうとうタカコにマジ惚れしてストーカーに……」
「……違います。学校の体験学習です」
「なるほど。確かに体験は多い方がいいわね。童貞のうちにイロイロと学んでおけば…もが?」
すかさずマサヒコがシズの口を塞ぐ。このあたりは手慣れたものである。
「だから、タカちゃんの教育に悪影響を与える発言は……」
「も〜〜〜う、面白くない子ねえ……男女の機微をもう少し学ばないとダメよお。
本当にね、この子ニブチンで困るでしょう?」
そう言ってシズがアヤナに突然話をふると、アヤナは慌てて答えた。
「`@!p!い、いえ!そんなことは……」
「本当にね〜〜〜、こんな可愛い子たちと一緒にいるってのに……」
「だから若田部は関係な……」
「アンタがそう思っても、彼女はそう思ってないかもよ?」
「そんなことないよな、若田部?」
「……………うん……」
ちょっと寂しげな表情を見せるアヤナだが、マサヒコがそれに気づくはずもなく。
「ねえねえ、マサにいたん!あしたもきてくれるの?」
「あ〜〜〜ゴメン、今日だけなんだ」
「そっか……じゃあ、タカコがまたマサにいたんのおうちにあそびにいくね?それじゃあ……」
タカコが、シズに抱きかかえられながら頬をマサヒコへと向けた。
「?」
「ん!ん!」
目をつむり、頬を何度もマサヒコに差し出すタカコだが、勿論気づくマサヒコではない。
「?」
「ははは、やっぱりニブチンねえ……バイバイのキスをして欲しいってタカコは言ってるのよ」
「!>?*え?で、でも……」
「ん!キスしてくれないと、タカコかえらない!」
「あら〜〜〜じゃあしょうがないわねえ〜〜夕食の準備とかあるし、頼むわ、マー君」
ニヤニヤしながらシズが言うと、マサヒコは諦めたように……
"ちゅ"
§


タカコの温かく、柔らかな頬にキスをした。
「えへへ……タカコとけっこんしたら、まいにちキスするんだよ、マサにいたん?」
「……うん……」
「じゃ、お姫様にサヨナラのキスもしたところで、私たちも帰るねえ〜〜〜♪ばいばいきーん♪」
(しかしまあ……母さんといい、メガネといい濱中先生といい……)
自分の周囲の年上女性は、なぜ揃いも揃ってこうなのだろうか、とマサヒコは思っていた。
「は……みんな帰ったみたいだし、じゃあ、俺らも先生に挨拶して帰ろうか、若田部?」
「……………」
"ガシッ"
無言のまま、アヤナがマサヒコの腕をつかむと……
「わ、若田部?」
ひだまり幼稚園の裏手の物陰へと彼を強引に連れて行った。
「??ちょ、ちょっと若田部?」
「…………ん!」
「???若田部?」
アヤナは、先ほどのタカコがしたのと全く同じ動作で……マサヒコへと、頬を突きだした。
「ん!ん!」
「あ、あの……若田部さん?」
「や!キスしてくれないと、アヤナ帰らない!」
「?+p&はああああ?」
完全にキャラ違いの発言を真っ赤な顔で……なぜか怒ったような口調で言うアヤナ。
「あのな……いきなりお前、なにを………」
「…………話してもいいわけ?」
「は?」
「天野さんや濱中先生に、今日のことを話してもいいわけ?どう?」
「なッ!ななななッ!若田部、お前!」
「しかも今回はあなたからキスしたわけよね……この前みたいに、"されたから"っていう、
言訳もできないわよ。まったく、体験学習だってのになにやってんだか……」
「……ぐ、それは……」
「あなたが真性のロリコンだっていう噂をクラスで流すこともできるのよ?ホラ!」
ぐい、と携帯をマサヒコに向かって押しつけるアヤナ。そこには……
「%Q*おおおおお前、いいいいつの間に!」
マサヒコがタカコとキスをする、決定的瞬間が完璧に写し撮られていた。
「どうするの?タカコちゃんに出来たことが私には出来ないの?ホラ!」
そう言って再び頬をマサヒコに突き出すアヤナ。もはやマサヒコには為す術もなく……
"ちゅ……"
アヤナの白く滑らかな頬に、キスをした。
「………キス、上手なのね、小久保君……」
頬を染め、ほう、と溜息をつくアヤナ。
「………まあ、自分では……わかんないけどさ、そんなの……」
「さて……じゃあ、帰りましょうか、小久保君………」
「………ああ……」
なんとなくその場の雰囲気をごまかすように……ふたりは、足早にその場を立ち去り、
ハジメや宮本たちに感謝の言葉を述べてひだまり幼稚園をあとにした。
勿論、バスの中でふたりは―――ずっと、無言のままだった。
「ええと……あのさ、若田部……今日の体験授業のレポートさ、どうする?」
「ふたりで、やるの」
「は?」
「明日私の家でふたりだけでレポートを書くの!わかった?小久保君?」
「はい………」
真っ赤な顔をしてぷい、と横を向いてマサヒコに宣告するアヤナ。
そんな友達以上、恋人未満のふたりの行く末は……また別の物語で……。



END

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