作品名 作者名 カップリング
『星に願いを』 郭泰源氏 -

「はあッ…はあ…」
「んふぅッ…あっ…」
手と手を絡ませ、舌と舌を絡ませてふたりは夜の闇の中で蠢いていた。
“ずう…ずるぅ…じちゅ…”
マサヒコのペニスはアイの中で柔らかく包まれ、マサヒコはその中を激しく掻き回すように動いた。
「あ…はあ…ッっ」
荒い息を吐いてマサヒコのその行為に身を委ねるアイ。
「マサヒコ君…あたし、あたしね、ずっと…お姉さんみたいに君のことを守って…。
見守っているつもりだったの。ん…ああ…あん…でも…本当は…本当は…」
「…」
マサヒコは、答えない。なぜかひどく冷めた目をして…自分の下に組み敷かれ、
艶やかに色づいたまま細かく震え、動いているアイの裸体を見つめている。
「寂しかった…。あたし、君に置いていかれそうで…。本当は…あん…あっ。
本当は、ずっと守って欲しかった…。一番、君の事わかってるフリだけしてて…。
君の気持ちなんて無視して…優しさに甘えて…それでも、やっぱり寂しかった。
はあッ…あん…だから…今は…こうしてるのって…夢、みたいで…」
鋭利なナイフのように細い彼の顎先から、ぽたり、と汗が一滴、アイの乳房に落ちた。
マサヒコは、そのまま自分の汗とアイの汗が入り混じり、
闇の中でうっすらと月の光に反射しているアイのふっくらとした乳房を口に含んだ。
「はあ…ふあッ…ああ…」
はじめてのときから幾度目かの行為だった。2回目のときは、アイもまだ痛みを訴えていたが─。
既に女性として熟しかけていた彼女の体は、やがてマサヒコの粗い愛撫にも、セックスにも慣れ、
いつしかそれを積極的に受け入れるようになった。
(ああ……なんだろう、この気持ちは……)
目を閉じたまま完全に女性としての悦びに目覚めたアイの表情を見つめながら、
マサヒコはそんなことを思っていた。
(からだはこんなに熱いのに…こころは…こころは、全然穏やかだ…)
マサヒコにとって、今アイとこんな風に繋がっているのはごくごく自然なことに思えた。
(なんで…男がみんなこれに夢中になるのかって…たぶん…)
“ちゅぷん”
マサヒコが、アイの乳房から唇を離す。
「ああ…ん」
そしてそのまま、再びアイと唇を重ねた。アイは吸い付くように…貪るように、
マサヒコの唇を求めてきていた。
(きっと…こうしていると、安心できて…世界のなにからも、許されているような…。
そんな気持ちに…なるからだ…そうか…俺たちは…もう、ゆるがないんだ…)
“ずっ…ずるうッ”
「ああ!マサヒコ君…マサヒコくんッ!そこ…そこ、イイ!いいのぉ…っ!」
マサヒコの動きに高い声をあげてアイが応え、彼の背中に回していた腕に強い力がこめられる。
(誰にどう言われても…思われても、ゆるがない…俺たちが生まれた意味とか…。
そんなことはどうでも良くて…今まで、生きてきた意味だけでいい…。
俺と、先生が今まで一緒にいて…今、この瞬間ひとつになってるってだけでいいんだ…)
マサヒコは、穏やかな笑みを浮かべると…アイの黒髪に触れた。
「あ…」
アイが、呆けたような声で応えた。
「先生…俺、先生が好きです。先生の髪を、こんな風に撫でるのが…好きです」
「あたしも…君にさわられるの、好き…」
ふたりは見つめあい、もう一回微笑みあうと…そのまま、唇を重ねた。
「いくよ?せんせい…」
「ウン…きて…マサヒコ君…」
マサヒコは、最後のときが来るのを予感しながら動いていた。
“ずぅッ…ぐしゅっ、ぎゅ”
「ああ…ん…マサヒコ君…」
「せんせい…先生!」
§

「………ん?また夢かよ…」
「あ、やっと起きたね〜、小久保君!おはよ!」
「…その前になんでお前が至近距離で俺の目の前にいるんだ?的山」
「ふぇ?一緒に帰ろうと思って小久保君とこ来たら、ぐっすりお眠りモードだったから、
起きるまで待ってたの。いつも思うけど小久保君って寝顔が可愛いよね〜」
「…頼むから誤解を招くような発言は控えてくれませんか?的山さん?」
同級生の好奇心丸出しの視線を痛いほど感じながら、マサヒコは出来る限り冷静にそう言った。
(コイツに悪気がなにもないのは俺だって分ってるけど…)
あまりぶっとんだ発言はさすがに高校生なんだから止めて欲しい、と思うのであった。
リンコとマサヒコは共に英稜高校に進学し、またも同じクラスになった。
腐れ縁もここまでくると立派なものだ、と4年連続でクラスメイトになるマサヒコは思っていたが…。
リンコはただ単純に喜んでいた。
「えへへへ…いいから、帰ろ?小久保君?」
そう言ってリンコは猫がじゃれてくるようにマサヒコの手を取った。
(あ〜あ、また誤解される…)
男子の視線が刺すようなものに変化するのを感じながら、マサヒコは諦めたように立ち上がった。
(こう見えて…コイツ、男子に人気あるんだよな…)
クラスに東が丘中学出身者が他にいないということもあって、
入学当初からなにかとマサヒコとリンコは一緒にいることが多かった。
ただし…それには、マサヒコの方に理由があった。
£
「……マサ。あんたに、お願いがある」
「?!な、なんですか?中村先生?」
アヤナ邸での合格パーティーのさなか、中座したマサヒコを追いかけるようにして
中村が彼の手をとり…奥の部屋へと引き込むと、いきなりそう切り出してきたのだった。
「うん…実はさ、リンのことなんだけど…」
「?」
中村らしからぬ真剣な表情だった。マサヒコは見当もつかず…次の言葉を待った。
「あんたとリン、同じ高校になるわけよね?
悪いんだけどさ…あいつのことなるべく気をつけて見ててやって欲しいんだ」
「?…と、言いますと?」
「うん…ほら、あいつさ、完全天然だろ?今はあんたをはじめとしてさ、
ミサキちゃんやアヤナみたいな良い子に囲まれてるから大丈夫だけど…。
環境次第ではイジメの対象になりやすいタイプだから、できるだけ見てやって欲しいんだよね」
「…そんなことも、ないと思いますけど…」
そう言いつつ、マサヒコは感心していた。普段の迷惑大王・エロ魔神中村とは思えない発言だが、
そこには姉が妹を思いやり、心配するような暖かさが感じられた。
(なんだかんだ言って、この人のこういうところが…)
嫌いになれない理由なんだろうな、とマサヒコは思っていた。
「あたしも…取り越し苦労だといいな、って思ってる。でもねえ…女の中にはさ、
本当に陰湿な奴っているんだよ。だから…悪いけどお願いだよ、マサ。リンを、頼む」
そう言って、頭を下げる中村。マサヒコは慌ててそれを制した。
「そ、そんな!わかりました。俺になにができるかわからないけど…。
的山のことはなるべく気をつけて見るようにしますし、アイツの様子がおかしかったりしたときは、
すぐに中村先生に相談するようにします。…それでいいですね?」
「ウン…ありがとうね、マサ」
顔を上げる中村だが、依然その表情は冴えないままだった―――。
£
そんな会話があったことも知らず…リンコはニコニコと微笑みながらマサヒコに話し続けていた。
「ふふふ〜、あのね!小久保君、こんどの新作ゲームだけど…」
(はあ…しかし本人はお気楽なもんだ…)
その表情を見ながら…マサヒコは先週の放課後に教室であった出来事を思い出していた。
(まったく、災難だったよ…まあお前のせいじゃ、ないんだけどな…。
いや厳密に言えばやっぱり的山のせいか?…どっちにしてもひでえ話だったな、ありゃ)
§

「小久保!本当のところ、どうなんだ?」
「?なにが?」
「だから…お前、的山とつきあってんのか?」
「!+&$!!!ななな、いきなりなんだ、頓田!」
「あのな…入学したときから、俺、的山に惚れちゃったわけだ」
「実は俺も…」
「俺も」
「若井に?畠山も?」
「でもな、ずっと的山ってお前にべったりだろ?お前はそうじゃないって言い張るけど、
的山はさ、お前といるときだけすごく嬉しそうな顔になるんだよな。実際の本音はどうなわけよ?」
「だだだだ、だからああ!!!!」
絶叫するマサヒコだが…彼をのぞきこむ三人の顔は真剣そのものである。
(…なぜだ…なぜ俺はこんな目に…)
今更ながら女難の星の元に生まれてきた我が身を呪うマサヒコだった。
「あ…あのさ、でもなんで的山なわけ?そりゃ確かにちょっと可愛いけど、奴、天然だし…」
「「「そこが、イイ!」」」」
「…ハモるな、頼むから。それに奴より可愛くてスタイルのいい女子だってウチのクラスにも…」
「小久保…お前はなにも分ってない」
「え?」
「的山の汚れを知らない無垢な少女のごとき微笑み…」
「いつも危なっかしいあの天然な動き…」
「そしてベタ展開でお約束どおり、ロリ系メガネだが外すと可愛い!」
「「「萌え要素満載じゃないか!」」」
「…だから、ハモるなお前ら。気持ち悪いから」
(はああ…的山って、数は少ないけど熱狂的な支持者を持つタイプだったわけね…)
しかも―――この三人、皆そこそこ女子に人気がある男子なのである。
「なんて言うかな、ウチの中学にはいなかったタイプなんだって」
「そうそう。色恋沙汰に鈍そうで、純情そうで、俺色に染めてみてえって感じ?」
「非巨乳派としてはあの微乳で幼児体型っぽいところがまたなんとも…」
好き勝手なことを言い合っている三人。と、そこへ………。
「小久保く〜ん、帰ろ〜よ〜」
話題の人、的山リンコ登場。
「はりゃ?頓田君に若井君?それに畠山君?」
「あ、ああ…的山、悪いけど今日は一人で…」
「?いいよ?あたしお話終わるまで待つよ?」
(…てゆーかだな、お前がいるとできない話をしてるわけなんだが…)
心の中で呟くマサヒコだが、無論口には出せない。
「的山さん!」
意を決したように…若井がリンコに歩み寄る。
「!?って待て!止せ、若井!」
慌ててその動きを制止しようとするマサヒコだが、時既に遅かった。
「的山さんは…小久保と、付き合ってるんですか?」
「ほえ?」
突然の奇襲攻撃に、ポカンと口を開けて呆然とするリンコ。
「…言い直します。的山さんは…小久保のことが、好きなんですか?」
「好きだよ?」
瞬殺で答えが返ってきた。
「「「…」」」
「待て、黙り込むな。そういう意味じゃない。こいつが言ってるのは…」
が、三人は振り返ると…引きつった笑いを顔に浮かべながら、マサヒコの肩を痛いほどにつかんだ。
「おめでとう…邪魔したな、おふたりさん…幸せに…幸せにな…」
「だだだだだからああああ!」
またも絶叫するマサヒコだったが、三人は振り返りもせずに教室を後にした。
―――そして、夕暮れの教室に、ふたりが残った。
§

「なんなの?あのひとたち?…小久保君、じゃあ帰ろっか?」
「的山…お前はなんで…」
「ふに?あたし、悪いこと言った?」
リンコの不思議そうな表情を見て、それ以上何も言えなくなるマサヒコであった。
────翌日からふたりの仲がクラス公認のものになったのは言うまでもないだろう。
さらに悪いことに…マサヒコにはミサキという長年付き合った幼なじみの可愛い恋人がいたのを、
高校に入ってからリンコに乗り換えたという怪情報が飛び交うおまけまでついた。
よってこの日以降、リンコ以外の女子からマサヒコは「外道」、「尻軽」、「浮気者」
と陰で罵られるという―――泣くに泣けない状態が続いていた。
「はあ…ま、しょうがねえか…」
「どうしたの?元気ないよ、小久保君?」
「いや…なんでもない…」
(お前のせいだとは…言えねーもんな…)
実は入学以来、そのノーブルな容姿と柔らかい物腰でクラスの女子から
密かに人気を集めていたマサヒコだったが…ことここに至っては、
かつての栄光も(まあ本人は全く無自覚だったのだが)見る影もなかった。
小久保家から英稜高校までは歩いてすぐの距離だが、的山家まではもう少し遠い。
それでも、バイトのある日以外はしっかりリンコを送って帰るマサヒコ。
このあたり、彼の人の良さが出ている。
「ねえねえ、それで小久保君、最近中村先生とアイ先生との同棲生活はどう?」
「…だからな、それもまた誤解を招くから止めてくれないか?」
「なんだか最近小久保君怒りっぽいよ〜〜つまんないよぉ〜〜ぶぅ〜!」
口をとがらせて、不満顔を作るリンコだったが…。マサヒコには、ずっとひっかかっていたものがあった。
(中村先生に言われたわけじゃないけど…)
「なあ、的山…お前、もしかしてクラスの女子と上手くいってないんじゃないか?」
「え…」
びくり、と体を震わせてリンコは黙りこんだ。
(やっぱり…)
「あのさ、俺ら入学以来ずっと一緒にいるだろ?そりゃ友達だから不自然なことじゃないけど。
でもな、あんまりにも一緒の時間が長すぎると思うんだ。
普通さ、高校に入ったらまた新しい人間関係が出来て、それなりに落ち着くはずなのに…。
お前が中学からのつきあい以外の女子と仲良くしてるの見たことないし」
「…」
無言で下を向くリンコ。
「的山…俺は、お前と一緒にいるのがイヤだとかそういうんじゃない。
ただ、心配なんだ。なにか…あったのか?」
「………」
なおも無言のままのリンコだが…。
「…ムカツクんだって…」
ぽつり、と聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。
「…え?」
「ムカツクんだって、あたしのこと。話してても面白くないし、無神経だって…。
それに…小久保君や、他の男子にも馴れ馴れしいって…」
「的山…」
「なにが悪いのか、わかんないけど…初めは…そのグループの子とあんまり合わないな、
ってくらいだったけど…。でも、家庭科や体育の班分けとかで一緒になると
耳元で舌打ちされたりして…。最近は無視されたりして…」
声をふり絞るように、リンコは話していた。最初はなかなか言葉にならなかったが…。
始まると、言葉は堰を切ったように溢れていった。
そして………リンコの両頬には、涙が、ふたつ、銀色の線となって伝っていった。
“ぎゅっ”
「こ、小久保君?」
突然、マサヒコがリンコの手を――強く、強く――握ってきた。
驚くリンコだが、マサヒコは耳たぶまで真っ赤にしたまま、言った。
§

「的山…俺は、知ってるぞ」
「?な、なに?小久保君」
「俺は、お前が良い奴だってことを知ってる。…ミサキが落ちこんでいるとき、励ましてやったり…。
プライドが高くて、最初はあんなにとっつきにくかった若田部ともいつの間にか仲良くなったりしたろ?
お前は、すごく良い奴だよ。だから…そんな連中のことなんか、気にするな」
(小久保君…)
リンコは、言葉に詰まった。誰にも言わずに、中村にも言えずに、耐えてきた。
だが、マサヒコはそんな彼女の苦しい胸の内を察してくれたうえ、心配してくれていた。
そのことを思うだけで、リンコの胸の中はいっぱいになっていた。
「これからも、なにがあっても…俺が、そばにいる。約束するから」
「ごめんね…小久保君、あたし、誰にも言えなくて…」
「いいんだよ。友達だろ?困ったことがあったときは…いつでも言ってくれればいいんだ」
ふたりは、的山家が見えてくるまで…手をつなぎながら、歩いていた。
(小久保君、ありがとう……)
リンコは、マサヒコの気持ちに感謝しながらも…ずっと、考えていた。
(小久保君にとっての…あたしは、友達なんだ…。
この手に…本当にさわって良いのは、多分…あたしじゃない…でも…今は、今だけは…)
マサヒコの手は、硬くて大きくて…温かくて、優しかった。
その手に引かれながら、リンコはそんなことを思っていた。
「着いたぞ、的山。じゃ…今日は大丈夫か?」
「…小久保君、今日は本当にありがとう…」
「いいんだよ…じゃあ、また明日な?」
「ウン…さよなら、小久保君」
リンコはマサヒコの背中が遠くなるのを…ずっと、ずっと見つめていた。
£
「ただいま、おかーさん」
「お帰りなさい、リンコ…」
「あれ?その竹…」
「うふふ、さてはあなた、忘れてたわね?今日は七夕よ…後で短冊にお願いを書いてらっしゃい」
イベントごとの好きな的山家らしく、立派な竹を抱えながらリンコママは微笑んだ。
「う、ウン!」
リンコは、うなずくと自分の部屋へ向かった。
(お願い…お願いかあ…今年は…)
一昨年は、「胸が大きくなりますように」だった。
去年は、「ミサキちゃんやアヤナちゃんや小久保君とずっと仲良くいれますように」だった。
今年は───すぐに、言葉が浮かんだ。しかし───それを書いていいのか、
それを、書くことでなにかを失いそうで………リンコは、ずっと迷っていた。
その日、散々迷った末…結局リンコは、勇気を出して短冊にこう書いた。


「いつか、小久保君より好きな人ができますように」


                               END

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