作品名 作者名 カップリング
「サインミスとパスボール」 郭泰源氏 -

「あ…悪い、若田部。ちょっといいかな?」
「?なに?小久保君」
「いや、なんでもねーんだけど…あのさ、放課後時間ある?」
「え…うん…」
「じゃあさ…屋上に来てくれないか?話があるんだけど…」
「べ、別に…いいけど」
(え?え?え?こ、小久保君…もしかして…これって…)
妙に歯切れ悪く…気恥ずかしげに語りかけるマサヒコ。
その様子に、アヤナは気持ちが浮きたつのを抑えきれずにいた。
(そういえば…今日小久保君あたしのことやけにチラチラ見てたし…もしかして…もしかして…)
授業中も集中できず、妙にそわそわとしてしまうアヤナ。
(そうよね…そうだよね…とうとう…小久保君も…あたしの魅力に…)
長かった授業が(まあ、彼女がそう感じていただけなのだが)やっと終わった。
屋上へ向かう途中、心を静めようとは努めるものの…。ついつい、早足になってしまっていた。
(ふふ…どんな顔して、小久保君告白してくれるのかな…。
「好きです」とか?「君のことしか考えられない」とか?)
マサヒコが告白する様子を想像しては、自分も顔を赤くしてしまうアヤナ。意外に純情である。
§

踊り場に着いた。心を落ち着かせようと、何回か大きく息を吸って、吐くと―。
重い扉をゆっくりと、力をこめて開けた。
「あ…若田部、悪いな、呼び出しちゃってさ」
マサヒコが立っていた。少し、風が吹いていた。髪を、揺らしていた。
「う…ううん、大丈夫だよ、小久保君」
そう言って、にっこりと笑うアヤナ。
(よし…大丈夫、良い雰囲気。今のあたしの笑顔も…イイ感じのはず)
快心の笑顔でマサヒコに答えたアヤナは、次の言葉を待った。
§

「うん…えっと…あのさ、若田部。…いきなりこんなこと聞くのもなんなんだけど…」
「なに?なんでも聞いて?」
「えーと…怒らないでくれよ?今、若田部って…気になる人とか、いるのかな?」
(来た!!やっぱり、小久保君…その気だ…わあ…どうしよう。「よろしくお願いします」かな?
それとも…「あたしも小久保君のことが好きでした」かな?えっと…それとも…)
完全にその気になり、舞い上がったアヤナは空想の世界に入り込んでいた。
「…若田部?ごめん…やっぱり…答えたくない?」
頬を赤く染めて黙ったままのアヤナを、怒ったと勘違いしたマサヒコは軽く身構えながら聞いた。
「う、ううん、違うの…いないよ、あたし…そんな人」
(正確には、目の前にいるんだけどね…小久保君…)
「そうか…ならさ、若田部。聞いてほしいことが…あるんだ」
「な、なに?」
(…どんな言葉で…)
「若田部」
「はい」
「お前と…」
(き…来た…)
「話をしたいって言うんだ、古久保が」
「…あたしも…?え???」
「若田部さん!ずっと前から…好きでした!付き合ってください!」
マサヒコの後ろから現れたのは、真っ赤な顔をした、がっちり体型の男の子。
(え?ええええ?えっと…古久保君?って確か同じクラスで…柔道部で…?)
混乱するアヤナだったが、マサヒコと古久保少年はその様子を不安げに見つめている。
なんとか混乱状態から回復したアヤナは、やっとの思いで言った。
「あ…あの…あたし…古久保君のことよく知らないし…。
それに今は…三年生だから…受験に集中したいの…ごめんなさい…」
§

「そうですか…わかりましたッ!突然すいませんでしたッ!」
古久保少年は、顔を赤くしたまま…泣き笑いのような表情で、
大声でアヤナにそう言うと、くるり、とマサヒコの方を振り返った。
「ありがとうな、マサヒコ…俺のために…」
「いいんだよ、古久保。友達だろ?」
「マサヒコ…本当に、ありがとう」
手を取り合って熱く友情を確認しあう少年がふたり。
(な…なんあんn&@ば、なん…)
そのふたりの姿に、アヤナは再び混乱していた。
(てことはなに?小久保君は頼まれて…あたしを呼び出した…だけ?)
「よし!じゃあ、今日は俺のおごりで藤井寺亭のお好み焼き行くか!」
「おい、そりゃ悪いよ。こんなときぐらい俺が…」
「馬鹿野郎、フラれ男にこれ以上カッコ悪い思いさせんなって。今日は、俺のおごりだ!」
ふたりの少年は、互いの肩を叩き合うようにして屋上を後にした。
―そしてとり残された少女がひとり。
「……………………………………」
しばし呆然としていたアヤナだったが…。
「ふ…ふん、小久保君なんて…ちょっと優しくて…ちょっと顔が良くて…それで…」
自分に言い聞かせるようにひとりごとを言っていたが…やがて、顔を真っ赤にして言葉に詰まった。
「な…なななんなのよッ!!バカッ!アホッ!鈍感っ!…あんたなんか…あんたなんか…」
こらえきれず、目尻から一粒、涙があふれ、落ちた。
「好き…なんだから!馬鹿マサヒコ!バカッ!アンポンタン!」
叫んでいた。自分の気持ちを、叫ばずにはいられなかった。
「バカッ!馬鹿!うわあああん…」
アヤナの両目からは、涙が止めどなく流れ落ちていた。悔し涙とも、また少し違う涙が。

                              END

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