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「欠けた月が出ていた」(リョーコ編) |
郭泰源氏 |
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ヤり終わった後、キスをして軽く抱き合って、しばらくそのままの姿勢でいると、
セージはいつものように気持ちよさそうにスヤスヤと寝息をたてはじめた。
(…ゴメンね、セージ)
あたしは、なんでか自分でもわからないけど、心の中でセージに謝った。
セージだって、多分、気づいている。あたしは結局セージによりかかって、
利用しているだけで─本当のところは、ただ単に寂しいから、セージのところにいるってことを。
(それでも…そのことをわかりながら、受け入れてくれるんだから、
セージってやっぱ、優しいよね…ま、腐れ縁ってのもあるんだろうけど)
今現在、あたしたちふたりの間に恋愛感情があるかって聞かれたら、
多分お互いにものすごく微妙な表情になってしまうのだろうと思う。
思えば昔の付き合いだって、なんとなく始まってなんとなく終わったようなものだった。
あたしたちは、ものすごいケンカ別れをしたわけでもなく、
お互いのなにかが嫌になって別れたわけでもなかった─要するに、なんとなく、だったのだ。
(…だから、なんとなく、きっかけさえあれば…また始まっちゃうんだよね、こんな風に)
あたしは、そう思いながらセージの寝顔を見た。愛だの恋だのっていう感情からは、
ほど遠いけど─「なんとなく」っていう感情なら、確かに今、あたしはこの人に抱いている。
(…でも…セージ、髪、薄くなったよね…昔は、地平線、もっと後ろだったよ…)
まあそれは本人が一番気にしてるんだけど…この7年の間で、
外見上一番セージが変化したのは髪の生え際だろう。それにお肌だって、
あたしの知ってる高校生の頃のセージと比べれば、荒れた、オッサンの肌だ。
(でも、初めてあった頃より…ずっと、イイ男になったよ、セージは)
あたしは、そう思いながらセージのおでこの生え際にキスをした。
「ん…」
自分のされていることに、もちろん気づいていないセージは軽く寝言を漏らした。
(はああ…しかし…いつまでこうしているんだろうね、あたしは…)
教職以外に就活らしい就活をしていなかったあたしは、ゼミの教授のツテで
とある私立高校の講師のアルバイトを続けている。卒業して仕送りを切られて、
バイトだけの収入じゃ、とてもじゃないけど一人暮らしなんてできっこないってことは、
最初っからわかっていたけど、実家に戻る気も全くなかったあたしには、
強引にセージのアパートに押しかけるぐらいの選択肢しか残っていなかった。
一緒に住み始めた当初こそ、なんのかんのでセージもためらっていたみたいだけど…。
結局、ヤってしまえば、こっちのものだ。
(はははは…アイのこと…言えないよね、あたしも)
そう思って、あたしは少し寂しく笑った。あの頃のことを、思い出していた─。
マサとアイのふたりの間の微妙な空気の変化に、あたしが気づかないはずもなかった。
逃げようとするアイを、半ば強引に拉致するようにして問いつめたあたしは、
ふたりが男と女の関係になったと、やっと聞きだして、そのあと延々とアイを責め続けた。
普段のあたしからすれば、アイはそんな風に責められると思っていなかったらしく、
顔を真っ青にして、ほとんど罵詈雑言に近い、あたしの言葉を聞いていた。
「…先輩でも…あたし…マサヒコ君のことが、可愛くてしかたないんです。いけないことだとは…
あたしだって…わかっているんですけど…好きなんです。彼のことが…」
ずっと下を向いて、唇を噛み締めて聞いていたけど…アイは、それでも、顔をあげると
きっぱりとあたしにそう言い切った。あたしは…次の言葉が出てこなかった。
なぜ、自分がこんなにも、腹立たしいのかわからなかった。
「ふん。年端もいかないガキに夢中になって─あんた、あの子より6つも年上なんだよ?
飽きられて、ヤリ逃げされんのがオチだって。大ヤケドしないうちに、別れなさい!」
あたしの酷い言葉に泣きそうな顔をしながら、それでもアイは、うんと言おうとはしなかった。
「…世の中には…それぐらいの年の差でも、幸せにくらしている人たちだっているはずです。
…あたしは…何も望んでません。彼の─マサヒコ君の、側にいてあげたい、だけなんです」
最後の方は、とうとう涙で頬を濡らしながら…アイは、そう言って、譲らなかった。
あれがあってから、あたしたちの間に流れたギクシャクとした空気は、
いくら誤魔化そうとしても無理というものだった。ミサキちゃんやアヤナ、それにリンは、
あたしとアイが仲違いをした、と思いこんでオロオロしていたみたいだったけど─。
なんのことはない。本当は、マサとアイが、そういう関係になっていたのを、
あたしは何とかあの子たちに悟らせないようにわざとそのままにしていたのだ。
あの後、実はあたしはマサにも話をした。
「いい?アンタ、ミサキちゃんと別れ話なんて、するんじゃないよ…少なくとも、卒業までは」
「…二股をかけろって言うんですか?嫌ですよ、俺。
それくらいだったら、あいつらにもハッキリ言ったほうが…」
「バカ。そんなことしたら、お終いだよ」
「…何でですか」
「あのねえ、ミサキちゃんだけじゃなくて…アヤナも、リンも…本当は、アンタに惚れてんだよ。
ミサキちゃんだから、付き合いが長いからって理由で…ふたりとも、我慢してるけど…。
アイとアンタが、そういうことになったと知ってみな?もう、誰も止められないよ。
そうなったら、あたしらの関係、お終いだよ?アイにしたって…多分、
アンタの家庭教師としては、もういられなくなるよ?それでもいいの?」
あたしの言葉に、さすがにアンポンタンのマサヒコも、考えたようだ。
「先生…じゃあ…俺、どうすれば…」
「しょうがないからさ、ミサキちゃんには、冷却期間を置きたいとかなんとか言って、
誤魔化しときな。まあ、それでも、ミサキちゃんにしたら、ショックだろうけど…。
それでも、最悪の事態にはならないわ、多分。いい?アイとのことは…
絶対に、言っちゃダメだからね。言ったら、お終いだからね」
不承不承、といった感じではあるけれど…結局、マサもそうするしかない、と思ったらしい。
それからしばらくして、リンの口からミサキちゃんが泣いていた、って言葉を聞いたときは、
やっぱりドキッとしたけれど、それはミサキちゃんがマサの心がわからない、っていう意味で
泣いていたのであって、まだ決定的な言葉をマサの奴が言ったわけではなかった、
ということを確認したときは、体中の力が抜けてしまったものだ。
結局、あの子たちは4人とも見事志望校に合格して─。
あたしたち家庭教師は、それで用済みになるはずだった。
でも、そうはならなかった。卒業してからも…。いや、卒業したからこそか?
あたしは、リンや、アヤナや、ミサキちゃんから、マサへの想いを打ち明けられ、
相談を受けるハメになったのだった。
ホントのことを知りながら、スッとぼけるのはそれはそれでかなり辛かった。
なにより、頭にきたのは、あたしがそうまでして守ろうとしたのに、アイとマサの奴らは、
実にあっさりと…本当に、見事なくらいあっさりと、別れてしまったのだ。
「先輩…ご心配をおかけしました…」
そう言って、なぜか晴れやかに…あたしに言ってきたときの、アイの表情を、
あたしはいまだに忘れられない。
「ってアンタ。まさか…」
「終わりました。全部…」
「あ?」
アイは、もうずっと前から考えていたのだと言っていた。このままではいられない、と。
マサとのことは、いつか終わりにしなければならない、と。
「バカ」
「本当に、そうですよね。バカですよね、あたし」
「…バカ」
気がつくと、あたしはアイを抱き寄せていた。
「先輩…」
アイは、泣き笑いみたいな変な表情で、あたしを見上げた。
「ねえ、アンタ…それで、良かったの?」
「…良かったかどうかなんて、わかりません。でも…多分…こうするしかなかったんです」
「あんときはキツイこと言っちゃったけどさ…あんたの言うとおり、6つぐらいの年の差でも、
上手くやってる男と女なんていくらでもいるんだし…。それでも、終わりに…しちゃうの?」
「はい。あたし、決めたんです。もう、彼とは会わないって」
「アイ…」
アイは、もうそれ以上なにも言おうとはしなかった。
「ねえ、アイ。楽しかったよね、あの子らと出会えてさ」
「…そうですね、先輩」
あたしたちは、ふたりで、少しの間、微笑みあった。
その日から、あたしとアイも、会うことはなかった。お互い、言葉に出すことはなかったけれど、
なんとなくそうしたほうがいい、とふたりともわかっていたからだ。
(ふふ。でも、結局さ…あたしたちって…なんだったんだろうね…)
ただの家庭教師と、生徒のはずだった。それが、いつのまに、
─こんな風に、お互いのことを思い合う関係になってしまったのだろう。
(いつかさ、マサや、リンや、ミサキちゃんや、アヤナが…大人になったとき…
あたしやアイのことを…懐かしい気持ちで…思い出してくれる日が…来るのかな…)
都合の良い願望かもしれないけど、あたしはそんなことを思いながら少し微笑んだ。
ふと窓の外をみると、そこには随分と傾いていたけれど、少し欠けた月が出ていた。
(そして…その頃、あたしは、どこで、何をしてるんだろうね…)
あたしは、隣でスヤスヤと寝ているセージを見下ろしながら、そんなことを考えていた。
END