作品名 作者名 カップリング
「欠けた月が出ていた」(アイ編) 郭泰源氏

「せんせー、今日も居残りぃ?」
「あはは、そうなんだ。要領悪いんだよね、あたしって」
授業後、クラスの生徒にからかわれたあと、濱中アイは教育実習生にあてがわれた、
会議室の中で今日の授業のレポート書きと明日の授業の予習をはじめていた。
早いもので、母校での実習もあと残りわずかだ。
女子高ということもあって、すぐに馴染むことができたし、
仲良くなってプライベートの相談をしてくる子も何人かいる。
ただ、恋愛関係の話はどうも苦手だ。中には結構ヘビーな話題をふってくるコもいるし。
(…でも…結局大学4年間で、イロコイ沙汰っぽいのって、マサヒコ君とのアレだけだったんだよね、あたし)
あたしは、かつての教え子の顔を思い浮かべた。
(そして、君は、あたしのヴァージンを奪った幸せなオトコでもあるんだぞ、マサヒコ君)
そう思って、ふふっと少し思い出し笑いをする。
一時期は深刻に悩んだこともあったけど、今となっては、もう、ひとつの思い出だ。

君が、志望校に本当に受かったら、一緒にお祝いの旅行に行こう、って提案したのはあたしのほうだ。
その頃、マサヒコ君が少し元気がなかったっていうのと
―実際のところは、ミサキちゃんと別れているような、そうでないような、微妙な状態でいたかららしいけど―
ふたりの関係に、けじめをつけるならここしかない、ってあたしが思ったのが、本当のところだ。
あたしの励ましがきいたのか、彼が見事合格して、約束どおり、ふたりで温泉に泊まった、
あの日のことはいまだに思い出すと顔が赤くなる。
あたしとマサヒコ君は、あの夜、なんべんもなんべんも体を重ね、
まだ肌寒いというのに、お互いの汗でべとべとになりながら求め合った。
あのとき、あたしたちはどろどろになっていっこのチョコレートになったような気分だった。
ふたりのみるもの、さわるものがすべておなじになってしまうような―
ふたりの体がお互いを包みあい、とけあってしまうような― そんな感覚に。
どれだけのキスをして、どれだけの時間がすぎたのかわからない。
気がつくと、ふたりは荒い息を吐きながら、からだを投げ出していた。

月明かりに彼の横顔が照らされて輪郭をはっきりと映し出していた。
「マサヒコ君…」
あたしは、彼のつるんとした胸板のうえに手をおいて、彼のあごさきに軽くキスをして、言った。
「これで、終わりにしよう」
「…イヤです」
「ダメ。もう、終わりにしなくちゃいけないんだよ。本当は、君にだってわかっていたはずだよ」
「俺は、先生が―先生だけが、好きなんです」
「あたしも、君のことは、好きだよ」
「なら、なんで…」
「えいっ」
あたしは、かけ声をあげると、腹筋をするみたいにして、上半身を起こした。
少しあっけにとられたみたいになっている彼を見つめながら言った。
「ダメ」
「…先生、俺は」
「明日、この宿を出て、一緒に帰って、駅で別れたら、もう二度と君とは会わない。あたし、決めたの」
「そんな…」
「マサヒコ君、好き」
あたしは、そう言うと、彼をぎゅっと抱きしめた。
あたしのおっぱいに、彼の息がふきかかってきて、少しくすぐったかった。
「俺も…本当に、好きです。なら、どうして」
そうだ、なんであたしはこんなに、いとおしくてたいせつなひとと会えなくなろうとしているんだろう。
でもそれは、あたしとマサヒコ君が出会ってしまったときから、
あたしとマサヒコ君が生まれたときから、決まっていたことだ。
そう思うと、あたしはまた切なくなってきて、もいっかいぎゅっとマサヒコ君を抱きしめた。
そのままマサヒコ君はなにも言わなかった。いつか、ふたりは深い眠りに落ちていった。

朝、あたしが目覚めると、マサヒコ君はあたしを抱きしめたまま、もう起きていた。
「おはよ、先生」
そう言って、にっこりと微笑む彼。
「ふわぁ。おはよう、マサヒコ君」
あたしが起きたのを確認すると、ひとさしゆびであたしのほっぺを軽くつつきながら、彼が言った。
「なんか寝顔、ゆるみきってましたよ…そんなに満足したの?」
「…バカ」
あたしはそう言って、力まかせに枕を叩きつけた。
「顔、真っ赤ですよ。図星ってトコかな?」
あたしがばんばん枕を叩きつけるのにもかまわず、彼はニヤニヤしていた。
ひととおりじゃれあうのをやめると、彼は自分だけ布団を抜け出して、突然、
「ほいっ」
というかけ声とともに掛け布団を剥ぎとった。
昨日の夜のまま、胸やふとももがむきだし状態のあたしが朝日にさらされた。
「ち、ちょっと、マサヒコ君」
あたしが慌てて浴衣を着込もうとするのにもかまわず、マサヒコ君は、右手をあたしの首に、
左手をあたしの腰に回すと、
「んっしょ」
と声をあげてあたしを抱き起こした。
「???」
一瞬、頭の中が真っ白になるあたし。
「お・ひ・め・さ・ま・だっ・こ」
「…って、良くそんなこと、知ってたね、君」
「いっぺんやってみたかったんですよね、コレ。ちなみに、俺、先に起きたんで、
お風呂沸かしといたんです。このまま運んでいきますから、一緒に入りましょう」
「…えっち」

あたしたちは、そのままお風呂に入って、また何度も何度も交わった。
「んっく…ねぇ…マサヒコ君…もう、隣の部屋の人…起きちゃってるかもだし…
ああ…だから…声…聞こえちゃうよォ…恥ずかしいから…そんなに…」
泡だらけになって、うしろから突かれながら、あたしがそう言っても、
「別にかまいませんよ…こんな…可愛い声なら…思いっきり聞かせてやりたいくらいだ」
マサヒコ君は、あたしの胸をつかむ力を強め、もっと激しくあたしの中に入ってきた。
昨夜から、何回あたしのからだをにぶい電流みたいなものがかけめぐったのかわからない。
ふたりとも、ゆびさきがまっしろにふやけてしまうまで、あたしたちはお風呂の中にいた。

お風呂から上がり、朝食をとり、身支度を整えると、あたしたちは宿を出た。
ふたりで並んで歩いていると、なんとなく手をつなぎたくなって、マサヒコ君の手をとった。
彼はぎゅっとあたしの手を握ってくると、くすくすと笑った。
「?なに?」
あたしがそう聞くと、彼はあたしの耳元に顔を近づけて、言った。
「腰いってー。先生、激しすぎ」
「…バカ」
ふくれっつらを作って、手をふりほどこうとしたけれど、彼は逆に手を握る力をもっと強めた。
その会話を最後に、ずっと黙ったまま、ふたりはお互いのからだを離さないようにして歩いた。
駅について、帰りの電車に乗っても、そのままだった。
ひと駅、またひと駅。あたしのアパートの最寄り駅が近づく。
その時間が刻々と近づいてくるのがわかっているのに、それが永遠に来ないことを願っているような―
いや、もしかしたら、本当にそのときが来ないかもしれないと思いながら―
ふたりは、なにも話さないままだった。
でも、間違いなく。そのときは、来てしまう。あの駅に、電車が着いた。
あたしは、マサヒコ君から体を離すと、電車を降りた。
彼も、当たり前のように、あたしのあとから、電車を降りた。

お昼前の、駅のホームは、人もまばらで、少し寂しいくらいだった。
「マサヒコ君…さよならだね」
「はい…」
「イイ男に、なるんだよ、マサヒコ君。今よりも、ずっとね」
「はい…先生、俺」
「なに?」
「俺、先生のこと…忘れませんから」
「あたしも、忘れない」
もっと、たくさん言うべきことがあったのかもしれない。でも、これがあたしとマサヒコ君が交わした、
最後の言葉だ。今から思えば悲しくなってしまうくらい、平凡で、ありふれたお別れだったけれど。
あたしたちは、それ以上、なにも言う必要がないことを知っていた。
あたしが肩の高さまでてのひらをあげて手をふる。と、マサヒコ君は少し恥ずかしがるような、
―そう言えば、あたしは彼の、あの表情が一番好きだった―
そんな顔をした後、おんなじようにして手をふりかえしてくれた。
あたしは、次の電車が来るのを待たずに、彼に背を向けると、マサヒコ君の視線を感じたまま、
駅のホームを歩いていった。空が気持ち悪いくらいに青かったのをなぜか今でも覚えている。

「…濱中さん?まだ残っていたの?」
「あぁ、やっと今、終わったところなんです」
「本当に、もう。昔っから、夢中になると、まわりが見えなくなるのよね、あなたって」
あたしは心の中で苦笑した。昔の担任だったこの人にしてみれば、あたしなんてまだまだ子供のままだ。
もし―この人に、あたしが生まれて初めて結ばれた男のひとが、教え子だったと言ったら、なんて言うだろう。
(もう…まったく、バカなコト考えちゃって…)
そう思うと、慌ててあたしはぶんぶんと頭を振り回した。
「濱中さん…?」
いぶかしげに、あたしの顔を見る先生。
「あはは…すいません。なんでも、ないんです」
そう言って、ふっと窓の外に目をやると、夜空には少し欠けた月が出ていた。

(―――――――――――――――――)

あたしは、彼のあの、恥ずかしげな笑顔を思い出して、言葉を失った。
しばらく、そのまま、なにも聞こえず、なにも見えない―そんな空間にあたしは迷い込んだみたいになった。
気がつくと、先生が今度は本当に心配そうにあたしの顔をのぞきこんでいた。
「濱中さんっ!濱中さんッ!大丈夫なの?ねえ!」
「だ…大丈夫です」
かろうじて、それだけ言うあたし。でも、まだ、先生は心配そうな表情のままだ。
「本当に、大丈夫なんです…あの、先生」
「はい」
「あたし…頑張ります。後悔しちゃ、いけないことって、あるんですよね」
「???」
顔中に、疑問符と、気遣わしげな表情を浮かべたまま―それでも、あたしの言葉をなんとか額面どおりに
受け取ってくれたのか、とりあえずは笑顔をつくってくれて、言った。
「ええ…そうね、頑張んなさい。あなたは、きっと良い先生になるわ」
あたしは、泣きたくなるのをこらえたまま、にっこりと微笑んだ。

                                END

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