作品名 作者名 カップリング
「欠けた月が出ていた」(リンコ編) 郭泰源氏

…小久保君、少し、元気になったかな。
勢い良く、自転車をこいでいく後ろ姿を見ながら、的山リンコはそう思った。
結局今日も本当に言いたいことは全然言えなかったけど、それでも、彼が元気になっただけまあいいか。
…でも…ミサキちゃんや、アヤちゃんに会ったら、また多分…。
そう思うと、結構気が重い。3年の夏休み明けから、彼とミサキちゃんが付き合うようになったときは、
胸の奥に、少し悔しさはあったけれど、それでもあのふたりは、なんとなく付き合う雰囲気にあったから、
素直に祝福してあげる気持ちになったもの。それが意外なほどの早さで別れてしまって…。
おまけに今度はアヤちゃんまで小久保君に告白してたことがバレて…。
あの頃、あたしたちは最悪だった。受験生だというのに。人間関係的に。
それでも、みんな志望校には合格したわけだから、たいしたものかも。
と、ゆーより、中村先生と、濱中先生のおかげか。
小久保君がなぜミサキちゃんと別れてしまったのかはわからない。
小久保君はただずっと謝り続け、ミサキちゃんは泣き続けていた。
あたしは−もしかしたら、小久保君、アヤちゃんに、乗り換えたのかな…、
だったらひどいな…っては思ってたけど。
結局アヤちゃんも振られてた、って知ったときはなぜだか少し安心したものだ。
でも…あたしは…一緒の学校行けるように、勉強、頑張ったのにな…。本当は、初恋だったのにな…。
今では、向こうもそう思っているだろうけど、一番良い友達のポジション。
女の子としては全然見られていない。
あのふたりのことを、小久保君が−まあ罪の意識もあるんだろうけど−可愛い、とか言うたびに、
少し胸がちくり、と痛んでいることを、絶対に彼は気づいていないし、気づかせてもいけない。
それって、実は結構つらい。

そんなことを考えながら、とぼとぼと歩いていると、実際のかかった時間よりも、
ずっと早く家についたように感じるから不思議だ。
「ただいまー」
家に帰り、部屋に入ると、あたしは、勉強机の前に座って、写真立てをのぞきこんだ。
中2の夏休み、みんなで合宿とかいって、海に行ったときの写真だ。
中村先生も、濱中先生も、アヤちゃんも、ミサキちゃんも、小久保君も、もちろんあたしも、
みんな笑顔だ。小久保君の顔が少し腫れてるのは、アヤちゃんとミサキちゃんに殴られた跡らしい。
あの頃はいつもそんな感じだった。あたしが少し青い顔をしてるのは…
浮き輪に乗ったまま海で泳いで(?)いて酔ってしまったからだ。
なんだか少し切なくなって、電気を消して、机の上に、顔を伏せた。
初恋が実らなかったのは、確かに悲しいけれど、それ以上に、悲しいのは、失われた時間と関係だ。
部屋の中が、なんだか思ったよりも明るくて、思わず窓の外を見ると、少し欠けた月が出ていた。
(でも…言うだけ言って、ダメだったふたりの方が、全然大丈夫だよ。あたしなんて、まだ、
小久保君のことが、好きとも言えないままなんだもん…)
そんなことを思いながら、少し泣いた。

END

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