作品名 作者名 カップリング
「欠けた月が出ていた」(マサヒコ編) 郭泰源氏

「お〜い、小久保く〜ん」
駅のホームでボーッと電車待ちをしていた小久保マサヒコは、妙に間延びをした声に呼ばれて我に返った。
「あはは、ものすごく、不意をつかれたようなカオ」
声の主は、的山リンコ。同じ中学校から、一緒の高校に入学した、数少ない同級生だ。
「ああ、的山か」
「今日はさすがにバイト、入れてないんだ」
「ま、一応試験期間だからな」
「余裕だねえ。高校入学して初めての中間試験の最終日だってのに」
「んー、でも、ま、今日の感じだとそんなにひどくはないって程度だったからな」
中学時代ずっと同じクラスだったうえ、受けていた家庭教師が同じ大学の先輩後輩だったこともあって
何かと一緒にいる時間が長かったこいつとは、男とか女とかを意識しないでつきあえる、いい仲間のままだ。
電車が来た。俺も的山も別にそれ以上は何も言わずに、一緒に乗った。
"カタンカタン…カタン"
そう言えば、こんな風に的山と話すのは入試以来かもしれない。
いつもはなんだかんだで周りに人がいて、二人だけで話す時間なんてあんまりなかったような気がする。
"カタンカタン…カタン"
世間話も尽きて、しばらく車窓から外の風景を眺める。いくつめかの駅を通り過ぎると、
昔、何度か降りたことのあるあの駅の風景が−嫌でも俺の目に入ってきた。
(…見なきゃいいんだよ。もし会ったって、何を話すんだ…二度と、会わないって
言われたのに…それぐらいは、俺だって、わかってるんだ)
そう思いつつ、この駅のホームに、もしかしたらあの人がいるかも、
って未練がましい気分で毎日姿を探している俺が…本当に…嫌いだ。
「こ・く・ぼ・く・んっ」
突然、耳元で的山が俺の名を呼んだ。
「わっ…なんだよ、的山」
「さっきから何話しかけても全然ウワノソラなんだもん…。最近さ、小久保君、良くワープしてるよね」
「へ?ワープ?」
「うん。なんか心だけ、どっか飛んでっちゃってる感じ」
「…的山らしい表現だな」

確かに、最近の俺はちょっとそんな感じかもしれない。
「ねぇ、小久保君。今日、これから少し、時間ある?」
「ん?ああ。今日は、家に帰るだけだけど」
「じゃあさ、駅前のモスでいいから、ちょっとつきあってくんないかな」
「ああ、別にいいけど…でも、お前だけだよな?他のやつは、いないよな?」
「そうだよ。なんでそんなに警戒してんの?」
(…警戒、するわい。悪いけど)
そう思いながら、駅に着くと、的山と駅前のモスに入った。

「たんとーにゅーちょくに聞くけど…小久保君、今、付き合ってるひと、いるの?」
ポテトをはむはむ、と頬張りながら、的山が言った。
「それを言うなら、単刀直入だろう…だから、その手の話題は勘弁してくれよ」
「だからね、小久保君。ミサキちゃん、まだ小久保君のことが忘れられないって」はむはむ。
「…あいつもイイ加減他の男見つけりゃいいのに」
「そういうコトじゃ、ないんだと思うよ」はむはむ。
やれやれ、という気分で俺は頭を左右に二回振った。
家のお向かいさん同士で、幼なじみの天野ミサキとは、中学3年の夏の終わりから、
冬までの短い期間だけ付き合っていたことがある。それまで一緒に過ごした時間に比べれば、
確かに短い付き合いだった。俺が薄情だと、みんなに思われても仕方がない。
事実、別れ話を切り出したときは散々ミサキに泣かれた。
「それにね、アヤちゃんもまだ…」
「げ。若田部もかよ…あいつら、二人とも普通に可愛いし聖女なんだから、その気になりゃモテるだろうに…」
「げ、って何よ。酷いなあ」はむはむ。
「あ、わりい。俺はそんなつもりで言ったんじゃ…」
「それに、その美少女二人をふったのは、どこの男なのよ」はむはむ。
「…なあ、いつになく、キツくないか?的山」
「二人に会うたびに、小久保君のことを聞かれるあたしの立場を、考えたことある?」はむはむ。
「…だから、お前には本当に悪いことしてるとは…あのさ、俺に説教してくれるのはありがたいんだけど、
ポテト食いながら説教すんの、やめてくんない?調子狂うんだよね」
「あ…ごめん」
お互いに気まずくなってしばらく黙り込む。俺はしばらく店の天井を眺めていた。

少ししょんぼりしながら、とっくにカラになったコップの中に突っ込んだストローをくわえたままの的山。
考えてみればこいつはとばっちりを食っているだけだ。なんとなく可哀相になった俺は、言った。
「いや…誤解しないで欲しいんだけど、的山には俺、すんげえ感謝してんだ。
なんだかんだ言って、あれだけ最低男扱いされて、みんなにひでえこと言われてた俺と、
いまだに普通に友達でいてくれてんの、お前ぐらいだもんな」
「え…あたし、別に、そんなこと…」
「扱いじゃなくて、実際最低男か。ハハハハ…」
「ねぇ…小久保君、高校入ってからしばらく、結構荒れてたよね。あの二人のこと以外にも、何か、あったの?」
「荒れてたって…ま、そうかもな」
確かに、周りから見れば、そうだったのだろう。
今になってみればミサキと別れたことや、若田部とややこしいことになっていたことよりも
−アイ先生を失った、ってことの方がどれだけ俺に喪失感を与えていたのか良くわかるけど。
何とか普通にふるまえるようになったのはやっと最近だ。
「でも…お前もホントに、お人好しっつーかさ。あいつらと、まだ会ったりしてんだな」
「うん…。ねぇ、二人とも、本当に小久保君のこと、好きだよ。
また、中学生の頃みたいに、みんなで遊んだりできないのかな…」
「無理だろ。二人が、俺を許すとかじゃなくさ」
「あたし…部活とか、やってなかったし…あんな風に、仲良くしてた友達って、今までに、いなかったんだよね…」
「悪かったよ、それぶち壊しにしたの俺だもんな」
そうだ。俺が、ミサキとあんなことにならなかったら…友達のままでいられたら…。
初めから、俺は、アイ先生のことが、一番好きだったと気づいていたら…。
だが、今となっては全て手遅れの話だ。
「ううん…ねぇ、もう、本当に、無理なのかな…」
「悪かったな、的山」
俺は、ただバカみたいに的山に謝り続けていた。

モスを出ると、すっかり夜になっていた。
駅の駐輪場に自転車を取りに行くのに、的山もつきあってくれて、
俺たちはふたり、しばらく駅前の商店街をとぼとぼと歩いた。
なぜだか、帰りの道が別れるまでずっと無言のままだった。
「今日は、悪かったね、遅くまで。小久保君」
「ん…いや、本当に悪いのは、こっちって気もするけどな」
「うん…はぁ、小久保君の言うように、あの二人にも早く好きな人ができるといいんだけど」
「できるだろ。離れて分かるけど、どっちもマジで可愛いと思うもん。って俺が言っても説得力ないけどな」
「ほんと、もったいないことしてるよねえ、小久保君は」
「あぁ、そうかもな」
的山と顔を見合わせて苦笑いをする。やっぱりこいつと話しているのが一番気楽だ。
「じゃ、また明日ね」
「ああ…気をつけてな」
俺はそう言うと、自転車にまたがり、勢い良くペダルをこいだ。
しばらくして、ふっと見上げると、少し欠けた月が出ていた。
(…そう言えば…アイ先生のアパートに初めて行った日も、こんな月の夜だった…)
そんなことを考えながら、俺は家へと急いだ。別に慌てる必要もなかったけど、
今日はなんだか体中の力をペダルに叩きつけたい気分だった。

END

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