作品名 作者名 カップリング
接吻 郭泰源氏 アヤナ×マサヒコ

「なんなの…なんなのよッ!」
若田部アヤナは、苛立っていた。中学3年になってから、
あの3人とは別のクラスになってしまい、今のクラスでも引き続き委員長になりつつも、
クラス内では一人微妙に浮いている自分に嫌でも気づかざるをえないことが
苛立ちの原因のひとつである。
元々才色兼備を地でいくアヤナ。プライドもそれ相応に高い。
そんな彼女の存在は、クラスの他の女子にしてみれば、
やや煙たい存在であるのは無理からぬところだろう。
2年の頃のように、ただダベりあう友人―リンやミサキ、そしてマサヒコ―
がいない、ということは本人は意地でも認めようとせぬものの、
少女の心に小さな傷を作っていた。

そして、アヤナの心に更なる傷を作ったのが、
その、マサヒコとミサキの2人である。夏休みが終わってしばらくした頃、
―2人が恋人として付き合うようになった、
とリンから聞かされたアヤナは、顔に出さぬよう無理に抑えたものの、
激しい動揺を覚えたのだった。
「ふん、あの程度の男。顔は確かに良いかもしれないけど、
天野さんも、幼馴染とはいえ、妥協したものよね」
と、リンの前でこそ強がって見せたものの、
アヤナ自身は、自分では予期せぬほどの喪失感と嫉妬心を感じていたのだった。

(…だって、2人で買い物に行ったことだって…遊びに行ったことだって
…何より、あのとき、私だけに金魚をプレゼントしてくれたのは…)
本人は意識していないが、マサヒコはアヤナにとって「異性」として初めて気になる存在だった。
年の離れた兄―。
アヤナと似た整った顔立ちと優れた学力、そしてここだけはアヤナと異なり、
少々軽薄な性格の持ち主。中学生の頃から女の出入りが激しく、それを目の当たりにしていたアヤナ。
そして大会社のエリート社員として、毎日夜遅くまで働き、
休日となれば接待ゴルフに明け暮れ、家庭を顧みることのない父。
そんな2人の肉親の存在は、思春期特有の潔癖さを(その性格上特に強く)
持っていたアヤナに、男性に対しての嫌悪感を抱かせるに十分だった。
さらに、中学生になってから、急速に女性としての発育をはじめたアヤナの体に、
露骨に欲望の眼差しを送る同級生男子の存在は、それを助長してきたのだった。

だがマサヒコは(ただ単に鈍いだけ、というのもあるのだが)
他の男子と違い、アヤナに対してもいつも自然体であり、
純粋に友人の一人としてアヤナを受け入れてくれていた。
アヤナにしても、最初の頃こそ、ミサキの隣にいる平凡な男、
という印象しか持っていなかったが、いつしか友人として認めるようになり、
海水浴のときのトラブルも、結果として2人の距離を縮めていった。
そして友人としての好意はほのかな恋へと変化しつつあった。
3年生になってからは、身長も成績も伸び、日に日に男っぽくなってゆくマサヒコ。
学校で擦れ違うたび、
「よっす」
と、お互いに軽く挨拶をかわす瞬間、少女の心には、今まで感じたことのない、
小さな充足感が満ちてゆく。ミサキやリンとはまた違う意味で純情なアヤナは、
生まれて初めて抱いた感情に戸惑いを覚えるだけで、自ら行動など起こせるはずもない。

そんな秋の頃。中学校では文化祭の季節。
2学期から、生徒会の役員になったアヤナは、胸を躍らせていた。
文化祭委員のメンバーの中に、マサヒコの名前があったのだ。
(今日…久しぶりに小久保君ときちんと話せるかも…)
自分の中に芽生える感情に少しときめき、少し苛立つアヤナ。
なるべく意識しないようにしてはいたものの、委員会の間、
何度もマサヒコの横顔を見てしまう。
(2年の頃より…やっぱり背、高くなったナ…。あ、今アクビ
我慢した…情けなさそうな顔…)
議題が進むのにも構わず、少し潤んだ目で意中の人のことばかり
眺めてしまうアヤナ。普段ならば、役員としてサクサク議題を
進めるよう、積極的に発言をするはず。
しかし、今日に限っては様子がおかしい。生徒会の役員たちも
少し不思議に思いながら、文化祭委員会は終わったのだった。
「えーと、それじゃあ、各クラスの委員は出し物について、
執行委員の若田部さんから用紙を受け取って、次回までにクラスで
決定してきて下さい。その他詳しいことは若田部さんに聞いて下さい」
自分の名前が呼ばれ、ハッと我に帰るアヤナ。
その後、自分の席の前に並ぶ、何人目かの委員に、彼が―いた。
「じゃあ、俺ンとこの分。あ、あとさー、
ちょっと聞いときたいことがあるんだけど…」
「え、ええ、じゃあ、悪いんだけど、後で残ってくれない?
まだ他の人の分もあるし…」
「え?うん、あ、じゃあ後で」
半ば強引に生徒会室にマサヒコを残るように指示するアヤナ。
その声が、いつもの彼女の声より幾分高めで、うわずっていたことに、
生徒会のメンバーも、そして勿論マサヒコも全く気づいていない。

委員会終了後、マサヒコと文化祭のことについて話すアヤナ。
アヤナにしてみれば、もどかしくも短く感じられる時間だが、
実際は結構な時間が過ぎていたのだろう、
いつの間にか生徒会室には二人しか残っていない。
実質的な打ち合わせも終わり、アヤナの方から、雑談をふる。
そこにはマサヒコに、早く帰って欲しくない、
という意図が実はミエミエなのだが、相変わらず鈍いマサヒコは、
(あー、そういや、今日は先生も来ない日だし…ミサキもなんか
用事があるって言ってたし…久しぶりに若田部とも話しとくか…)
と、気楽に考えていた。目の前にいる少女の、
実は必死な眼差しにも全く気づかずに。
話題も尽きかけ、短い沈黙が二人の間におりる。
手持ち無沙汰になったアヤナが、
「全く…役員のみんな、ぜんっぜん後片付けしていかないんだから…
小久保君も、悪いんだけど、手伝ってくれない?」
と、生徒会室の黒板を消し始めながら言い、
「ああ、別にいいけど」
マサヒコも、さして気にかけるようでもなく、
逆方向から、黒板を消すのを手伝う。
(こういう…なんだか自然に優しいところが…)
好き、とは意地でも言えないアヤナ。
心の中では嬉しさと悔しさが複雑に交錯していた。

「しかし、若田部は変わんねーな…」
「な、何がよッ!」
不意をつかれ、少し怒ったような声で答えてしまうアヤナ。
一方、マサヒコはそんなアヤナの口調にも慣れっこになったのか、
クスクスと小さく笑いながら、
「いや、気張って余計なもんまでしょいこんじまうっつーか、
責任感がつえーっつーか…。」
「よ、余計なお世話よッ!」
心中は嬉しさで一杯になりつつも、
今度は思いっきり怒り口調で答えてしまうアヤナ。
少女の頬が赤く染まっているのを、本気で怒ったのと取り違えたマサヒコは、
「ああ、悪い悪い」
と、素直に謝る。しばし気まずい沈黙が続いた後、
今度はマサヒコの方から場の雰囲気を変えようと、
「ところでさ、若田部はやっぱり聖光女学院狙いなわけ?」
と、アヤナに進路の話題をふる。
(こんな風に…気軽な口調で進路のことを聞いてくるのは…
やっぱり男子では小久保君ぐらいしか…いない)
マサヒコの気分を害してしまったのではないか、
と実は少しビクビクしていたアヤナだったが、
心の中では自分の恋心に嫌でも気づかざるをえない。
「当然でしょ。中村お姉さまの母校でもあるし。
…で、小久保君は、どこ狙いなのよ?」
願わくば、近場の高校であって欲しい―そんな都合の良いことを考えつつ、
あくまで強気に尋ねるアヤナ。しかし、マサヒコの口から発せられたのは、
少女にとってあまりに残酷すぎる言葉だった。

「あー、多分、A高受けるつもり。的山も一緒みたいだな。
聖光ならさ、ミサキも受けるみたいだし。ま、よろしく頼むわ」
恋人であり、アヤナにとっても友人である(と、思っている)
天野ミサキのことを、少し照れながら話すマサヒコ。
しかし、その言葉は、目の前にいる少女の心の傷を、
確実に抉り取っていた…。
(今、ミサキって、名前で…。よろしく頼むって…。
どういう意味よッ!何が、よろしくなのよッ!)
もはや動揺を隠せなくなったアヤナ。
その双眸からは、大粒の涙が次々と頬を伝い、流れていった。
「!!?うわっ、若田部、どうした!?」
突然の出来事に、驚き、慌ててアヤナの傍に駆け寄るマサヒコ。
一方、アヤナは自分でも予想外のことに、
しばらくただ呆然と涙を流し続けるのだった。
「な、何でも、ないの。何でもないから…」
かろうじてそう呟きながらも、自分ではコントロールできない
感情の激流に戸惑うアヤナ。
(そう言えば…若田部、3年になってから、クラスの連中と、
うまくいってないみたいだってミサキや的山が…。
今日もなんか変な雰囲気だったし…。相当参ってんのかな?)
事ここに至っても、本質に気づくことの無いマサヒコ。
「とにかく、涙ふけよ、ホラ。…ってあっちゃー、ゴメン、
ハンカチ、クシャクシャだ。きったねー」
ポケットから、ハンカチを出そうとするが
(このあたりは普通の中学生らしいのだが)、
それがシワだらけなのに気づき、尚更慌ててしまう。

(だから…だから…優しくしないでよ…)
アヤナは今やっと、自分が涙を流している理由について正確に把握していた。
(あなたのことが…好きだから…悔しくて…泣いてるんじゃない…)
目の前でアタフタするマサヒコ―その姿を見ながら、アヤナは思わず、
自らの頭を―その人の肩に、静かに、預けた。
「え?ええ??」
ただでさえ、慌てているところに、予想外の行動を取られて、
自分でも収拾のつかなくなったマサヒコ。
「だ…大丈夫…か?」
「…」
アヤナからの、返答は、無い。
だが、次の瞬間、軽く身を任せる程度だったアヤナが、
マサヒコの腰に手を回し、はっきりと抱きつく体勢になった。
(マズイ…いくらなんでも…これはヤバすぎる…)
泣いている女の子に、抱きつかれている図。こんな姿を他人に見られたら…。
最悪、リンやミサキに見つかってしまったら…。
「あのさ、マジで、若田部、なんかあったの?」
再び問いかけるマサヒコ。しかし、やはり、返答は無い。
いや、今回は、1分ほどの間をおいて、少しカスれたような、
アヤナの呟きが聞こえてきた。

「好き…」
「え?」(まさか…いや、ちょっと、それは、マジで…)
「小久保君のことが、好きなの。ずっと前から…」
覚悟を決めたように、顔を上げ、しっかりとマサヒコを見据えるアヤナ。
常日頃、同級生から、気取っている、などと陰口を叩かれている
原因ともなった端整な顔立ちは、今やその強気な表情を取り外し、
少女らしく可憐な表情を浮かべながら、赤く上気していた。
(…キレイだな…)正直に、そう思うマサヒコ。
「あの…でも、俺、今、天野と…その…」
「わかってるの…。でも、好きなのッ!」
既に体は触れ合っている状態にもかかわらず、更に強く、
マサヒコを抱きしめるアヤナ。
マサヒコは、その相手の、柔らかな体の感触を、
嫌でも感じぜるをえなかった…。

小久保マサヒコは、迷っていた。
思春期の、普通のオサルさん状態の男子中学生ならば、今この瞬間は、
それこそ願ってもない据膳食わぬは、の状態なのだが。
元々男女のコトについては人一倍鈍いうえ、純情でもある彼にとり、
この危機的状況(と、本人は一応認識している)を乗り切るには、
絶対的な経験値がはなはだしく不足していると言わざるをえない。
(若田部の体…やらけーな…って、今はそういうことを考えてる場合
じゃなくて…だから…えっとその…)
2年の頃、同じクラスとなり、ひょんなきっかけから知りあい、
それ以来友人として、異性としてはほとんど意識することなく過ごしてきた
若田部アヤナの(マサヒコにとっては)突然すぎる涙と告白。
しかし、彼はこの夏の終わりに、幼馴染である天野ミサキから告白を受け、
恋人として幸福な日々を過ごしていた真っ最中でもあった。
(…とにかく、こーゆーことになっちゃった以上、)
再びマサヒコの胸の中に顔を埋め、ぴったりと体を押し付けているアヤナ。
マサヒコにとっても大事な友人であり、傷つけたくは無い女性のひとり、
なのだ。そう、少年は思い、少女に何を言うべきかを、決めた。
秋の夕陽が少女のやわらかな髪に映え、金色に染まっていた。
幾度か、迷った末、マサヒコは自らの右手を、アヤナの頭頂部に軽く置き、
少女の髪を、―確かに、ぎこちなくではあるが―、自分のできる限り、
そっと、優しく、撫でた。

「あ…」
思いを告げてから、その人によって始めてなされる行為に敏感に反応するアヤナ。
思わず軽く、それでいて湿り気を多く含んだ吐息をマサヒコの胸に吹きかける。
マサヒコは、少女のその吐息を甘ったるくも、くすぐったく感じていた。
「ふーっ」
と、一息を入れてから、自分の想いを正直に告げた。
「あのさ、若田部。俺、今までお前のこと、ホント、いい友達っつーか、
仲間だと思ってて…。若田部ってさ、多分自分が思ってるより、ずっと
いいやつだし、しっかりしてるし、賢いし、それにその、美人だし…
多分、2年の頃に、中村先生のこととか無かったら、全然、俺なんかとは、
…なんつーか、んーと、一緒にいることもなかったんだろーな、
なんて、思ってたんだ」
時々つっかえながらも、そう一気に言い、アヤナの反応を待つ。
そしてアヤナは、ゆっくりと顔を上げ、思うその人の顔に目を向けた。
交じり合う2人の視線。思いもかけず、強い力を宿している少女の眼差しに、
思わず赤面してしまうマサヒコ。
「ええと、それで…さっきも言ったけど、俺、今、天野と付き合ってて…
若田部が、俺なんかのことを、好きだって言ってくれるのは、マジで嬉しいんだけど…
でも、天野のことは裏切れないし、でも若田部も、俺にとっては大事な人で…
だから…今日のことは、大切に思うけど…」
「好きなの」
目を逸らさず、はっきりと、そう繰返すアヤナ。
「ねぇ、あたし、もう3回も…小久保君のことが、好きだっていったんだよ…
もう一回、言わなきゃ、ダメ?」
そう言った後、少女は、マサヒコの腰に回していた両手を首へと動かす。
そして、頭の角度を上げ、薄く整った形をした唇を、軽く噛んだ後、
マサヒコの唇へと押し付けた…。

(!??)
一瞬の出来事に、頭の中が真っ白になるマサヒコ。
一方、アヤナは軽く目を閉じ、更に強くマサヒコの方へと体を押し出す。
マサヒコにとってはミサキと何度も交わしたことのある行為だが、
アヤナにとっては生まれて初めての行為である。
年頃の女の子らしく、漫画やドラマでのキス・シーンを見て、
漠然とした憧れを抱いてもいた。だが、実際の場面では、
力まかせに相手に唇を重ねることしかできなかった。
(う…だから、ちょっと…若田部…マジで…。重い…。
つーか、あの、体、押し付けすぎ…)
もはやマサヒコにとってはいろんな意味で限界が近づいていた。
(…でも…ここで俺が後ろに引いたら…俺が逃げたと思って…
若田部、傷つくかも…)
もっと別なところに気を回すべきなのだが、
ここでも相変わらずズレた優しさを発揮してしまうマサヒコ。
アヤナのうなじに右手をそえる。すると、今までマサヒコ目がけて
一直線だったアヤナの力点が、マサヒコの一瞬の行為に
虚をつかれ、間が生まれた。その隙を逃さず、マサヒコは、
(何故かは、マサヒコ自身でもよくわかっていなかったのだが)
唇を離さぬまま、少し体勢をずらし、今度はアヤナの肩に手を置くと、
抱きかかえた状態のまま、わずかに力を加え、ゆっくりと膝を折り、
その場に座りこんだ。
なされるがまま、相手のリードに身を任せ、
ぺたん、とその場に同じく座りこむアヤナ。

(ふーッ、やっと、少し楽な体勢に…って、そうじゃねーだろ!!!)
若手芸人のように、自らの行為にツッコミを入れてしまうマサヒコ。
今まではアヤナの方からばかり力がかかっていたが、
現在の状態ではほぼ両者五分五分の体勢である。
更に彼にとっては具合が悪いと言うべきか、良いと言うべきか、
それまでは密着しすぎていたが故に、一個の肉体としてしか
感じることのできなかった少女の肉体が、
二人の間に適度な隙間と角度ができたが故に、
今度は特に一箇所に集中して少年には感じられていた。
アヤナの、女性として既に豊かすぎるほどに実った乳房が、マサヒコの
胸下から、腹部にかけてふわりと押し付けられていたのだ。
(ヤバイ…さっきとは別の意味で…ヤバイ…)
普通の男子中学生ならば、とっくの昔になっていてもおかしくはない状態。
ED疑惑も一時期ささやかれていたくらい、性的方面でも鈍いマサヒコ。
しかし、事ここに至っては、彼のその、鈍い下半身もゆっくりと反応を始めていた。
(だから…マズイって…落ち着け、俺、頼むから)
本来なら、今のこの状態を人に見られることこそ、心配しなければならないのだが。
あまりにもいっぺんにいくつもの予想外の出来事が起こってしまったからだろう、
マサヒコは軽いパニック状態になってしまっていた。

一方、アヤナは。
(小久保君…。この体勢って??)
マサヒコの真意を測りかね、とりあえずは唇を重ねあわせつつも、
頭の中には疑問符を浮かべていた。
(でも…拒絶はしていないよね…一応、あたしのこと、
受け入れてくれてるんだよね…)
そう、思いを強くする。と、マサヒコは、ふっ、と力を一回抜いた後に、
緩やかにアヤナの唇を吸い始めた。
「!?」
攻守逆転。
しかし、アヤナはうっとりとマサヒコの行為に身を委ねる。
(よし…今なら多分若田部はキスの方に集中してるはず…。
とにかく、下半身のことがバレないように…)
マサヒコ本人にとっては苦し紛れに打った手。
下半身はとてもではないが、収まってくれそうな気配すらない。
(ええと、うわ、もう、何も思いつかねー)
すると、突然、アヤナの方から、唇を離した。
"ちゅぽん"
と、小さな音と共に離れる二人の距離。
マサヒコは、それまでの体勢の関係上、ひとり口を突き出している、
非常にマヌケな表情のまま固まっていた。

「クスッ…」
マサヒコの情けなさそうな顔を見て、思わず笑顔を作ってしまうアヤナ。
「な、何だよ」
そう、慌てて返しつつも、何とか危険すぎる状態から脱したことに
少し安心するマサヒコ。
「き・ょ・う・は・ん・し・ゃ」
「へ?」
悪戯っぽく笑みを浮かべるアヤナ。そこには、いつもの生意気で、
大人びた表情が戻ってきていた。
「天野さんと、付き合ってるのは、悔しいけど。あたし、諦めないからね」
「…」
「小久保君、あたしのこと結構好きみたいだし。なら、まだ、
頑張りようがあるってコトだよね」
「いや、だから、それは…」
「じゃなきゃ、そっちから、やり返してこないもんね。今日のことは、
共犯だからね」
「う…」
何も言い返せないマサヒコ。
すっく、と立ち上がり、パンパン、と軽く膝小僧を払い、
ピン、と背筋を伸ばす。キリッとした表情をした、いつもの、若田部アヤナだ。
コキコキ、と首を左右に振った後、言った。
「うーん、これが、ファースト・キスかあ!」
「お、おい、声、デケェって」
慌ててその声を遮ろうとするマサヒコ。

「そっちの声の方が、デ・ケ・ェって」
マサヒコの口調を真似た後、再びクスクスと笑うアヤナ。
いまだ呆然としたままのマサヒコを後に、スタスタと生徒会室の
ドアへと歩いてゆき、取手に手をかけようとする。
しかし、ふと気づいたようにまだ半膝状態で座っている
マサヒコの方へ顔を向けた。
「ねえ、小久保君、去年の夏合宿のとき、金魚をプレゼントしてくれたの、
覚えてる?」
「…うん」
「あの赤と黒の二匹、まだ元気なのよね。でさ、あたし、その2匹に、
なんて名前付けたと思う?」
「…わからん」
「早いよ。まぁ、でも、いいか。赤くて、可愛いのがアヤナ。
黒くて、ちょっとマヌケな顔してるのがマサヒコ。二匹とも、仲良くしてるわよ」
「…って、おい」
力なくツッコミを返すマサヒコ。
「それだけ。じゃー、ま・た・ね」
ニヤリ、と笑うと、ドアを開け、生徒会室を出てゆくアヤナ。
マサヒコは、夕暮れの中、ひとりとり残されるのだった。
(…えらいことに、なったなあ…)
そう、呟きつつ。

END

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