作品名 作者名 カップリング
「My funny wedding night」 クロム氏 -

(ど、どうしよう……)
ついにこの時がきてしまった。今にも心臓が破裂してしまいそうだ。
暗い部屋の中、私はベッドの上で何度も深呼吸を繰り返し、逸る気持ちを抑えようとした。
しかしこれから起こることを想像しただけで気が動転してしまい、思うようにいかない。
それどころか、かすかに聞こえてくるシャワーの音が私の想像をより生々しいなものにする。
いや、想像というのは間違いか。あと数分もすれば、私の頭の中にある映像は現実のものになるのだから。
私は部屋のドアに目を向けた。もう間もなく、あのドアを開けて彼が入ってくる。
その時私はなんと声をかけたらよいのだろう。
(うーん…遅いよ、かな?それとも…電気消して?…って、もともと電気付いてないや……。
早くきて、なんて言ってはしたない女だと思われたら嫌だし……うわ〜ん、どうしよう!?)
今の状態で冷静な思考などできるはずもない。考えれば考えるほど、頭の中はぐちゃぐちゃになっていく。
ぐちゃぐちゃついでに私の思考もどんどんおかしな方向に逸れていく。
(や、やっぱり服は脱がせてもらった方がいいのかな?あ、でも先に脱いでた方が手っ取り早いかも……
って、脱いで待ってるなんてやる気満々みたいじゃない!?わ、私は別にそんな期待してるとかじゃ…!
で、でも別にイヤとかそういうわけでもなくてそんなだって別に期待なんてしてなくもないわけで……!)
後半は自分でも何を言っているのかよくわからない。とにかくテンパっていた。
いったい何が私をここまで混乱させるのだろう?こうなることは初めからわかっていたことなのに。
いや、むしろ私はそれを望んでいたではないか。それなのに、今の私ときたら……。
「やっぱり…パジャマ、脱いでおこうかな……」
まるっきり、ただのアホなのであった……。

なぜ私がこれほどまでに取り乱しているのか。これには当然わけがある。
というのも、今夜は私と私の夫――マサヒコ君の、結婚初夜なのだ。


彼の中学卒業以来すっかり疎遠になっていた私達が偶然再会したのは、今から一年ほど前。
その時私はそこそこ大手の予備校講師、そして彼は卒業を控えた大学生だった。
そんな私がまず一番に驚かされたのは、マサヒコ君の目を見張るような成長振り。
背も伸び体付きもがっしりして、中性的な雰囲気を持っていた少年は大人の男性へと成長していた。
もし彼の方から声をかけてきてくれなかったら、きっと私はそれがマサヒコ君だと気付かなかっただろう。
それほどまでに外見が変わっていたのだ。いやはや、時の流れのなんと恐ろしいことか。
それでいて中身の方は相変わらずで、優しいところなどはむしろより洗練されていたのだから堪らない。
私も何人かの男性と付き合いはしたが、今のマサヒコ君に比べたら彼等なんて足下にも及ばなかった。
会話の端々で見せる何気ない笑顔がまた素敵で、私は彼にどんどん惹かれていった。
早い話が、私はこの年下の男性が持つ魅力にすっかりやられてしまったのだ。
いろいろあったが、私は彼に告白した。そして彼は笑って私を受け入れてくれた。
再会からここまでに要した時間は僅か一か月。自分でも呆れるほどのスピードだ。
そんなこんなで交際を始めて数か月。マサヒコ君が大学を卒業したところで、私は彼にプロポーズされた。
「オレがアナタを幸せにしてみせます。オレと結婚して下さい」
飾らない。気取らない。だけど彼らしいまっすぐな言葉。私の答えなど初めから決まっていた。
かくして私達は結婚し、多くの人々の祝福を受けて本日無事結ばれることができたのだ。



そして今。結婚初夜の新枕を前にして、私は一人妄想に悶えているというわけ。
夫婦なら床を共にするのは当たり前だとは思うのだが、どうにも緊張してしまう。
と言うのも、実は私はマサヒコ君とセックスをしたことが一度もないのだ。
もちろん、今の私は大学時代のように男性経験ゼロ、というわけではない。
男の人と寝たことだって、人より回数は少ないかもしれないがあることはある。
一方のマサヒコ君も、その女性の扱いの巧みさを見た限りでは、それなりに経験があるのだろう。
それなのに、マサヒコ君は一度たりとも私に手を出そうとしなかった。
以前付き合っていた男達はみんなすぐそういうことをしたがったし、私もそれが普通だと思っていただけに、
ひょっとして私には魅力がないのか、とか、彼は本当にEDなのか、とか、当時は結構真剣に悩んでいた。
だが、その理由もやがて明らかになった。なんのことはない、彼は照れていただけなのだ。
恋人になったとはいえそれまでは先生と生徒、姉と弟のような関係だった。
そんな私を抱こうとしても、気恥ずかしさが先に立って結局後込みしていたのだという。
まあそれはそれで彼らしいと言えなくもないのだが、おかげで私はこの有様。
正直なところ、もっと早くに手を付けていてくれたら、随分と気が楽だったと思う。
今のご時世、結婚するまで一度も肌を重ねたことのない夫婦がどれほどいるというのだ。
もっとも、かく言う私も彼に対して何のアピールもできなかったのだから同罪か。
それだけに抗議のしようもなく、私は溜め息を吐くと、大の字になってベッドの上に寝転がった。
(あーあ…マサヒコ君、早くこないかなぁ……)
こうして一人身悶えているくらいなら、一思いに抱いてもらった方がよっぽどマシだ。
伸ばした手足を無駄にジタバタさせて気を紛らわしてみるが、すぐに馬鹿らしくなってやめた。
「マサヒコ君…あんまり待たせないでよぉ……」
今度は声に出して呟いてみる。
するとまるでタイミングを計ったかのようにドアが開き、私は慌てて飛び起きた。
ドアから廊下の光が差し込み、人型のシルエットが浮かび上がる。逆光のためにその表情は見えない。
「お待たせ……」
シルエットはそれだけ言うとドアを閉め、こちらに近付いてくる。私は思わず息を呑んだ。いよいよ、だ。
ベッドが軋む。彼の呼吸がゆっくりと近付いてくる。私達はベッドの中央で向かい合った。
「「……」」
顔を見合わせてはいるのだが、彼は何も言わない。私も何も言わない。相手が何か言うのを待っている。
(マサヒコ君…何でもいいからしゃべってよぉ……)
沈黙が痛い。静寂に押し潰されてしまいそうだ。
しかし、何か言おうと思っても緊張のためにいい言葉が浮かんでこない。
どうやら緊張しているのはマサヒコ君も同じであるらしく、目だけがあちこち泳いでいる。
明かりの消えた部屋。男と女が、同じベッドの上。お互いにその気はある。なのに先に進まない。
まったく、この歳にもなって初々しいカップルも何もないだろうに。
とにかく、何かきっかけを作らなくては。このままでは見つめ合ったままで夜が明けてしまいそうだ。
(やっぱり、私の方が年上だしね……)
きっかけは私の方から作ってあげることにしよう。
私は肩を竦めると、這うようにしてマサヒコ君に近付き、彼の肩に頭を預けた。
「ねえ、いつまでそうしてるの?」



耳元で囁く。私から歩み寄れるのはここまで。後は彼次第だ。
その意図が通じたらしく、恐る恐るといった感じで彼が私の背中に腕を回した。
「アイ…いいかな……?」
「うん、いいよ……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
彼の指が私の顎を軽く持ち上げ、目を閉じた私の唇に彼の唇が重ねられた。
唇を通して、柔らかく、温かく、優しい感触が伝わってくる。私達はどちらも動かなくなった。
一分だろうか。二分だろうか。いや、十秒かもしれないし、十分かもしれない。
時間という概念が溶けてなくなるくらいに、私達は甘いキスに没頭した。
やがてマサヒコ君が身体を離す。彼の表情は優しくもあり、また情熱的でもあった。
彼の両手が私の頬を挟み、再び唇が重ねられる。より激しく。より濃厚に。
彼は舌で私の上唇をくすぐり、歯の隙間からやや強引に舌を挿し入れてきた。
私の口腔内を彼の舌が這い回る。そのくすぐったいような刺激に、私は僅かに身を捩らせた。
「ん…んむっ…ンん……」
彼の舌が私の口を犯していく。それは決して不快ではなく、むしろ私を陶酔させた。
「ウ、んン……はッ…んっ…」
舌を吸われ、歯茎を撫でられ、唾液を啜られる。そのたびに全身の力が抜けていくのがわかった。
(マサヒコ君…キス、上手だな……)
されるがままになりながら、ぼんやりとそんなことを考える。
ここまで深いキスはあまりしたことがなかったけど、他の男のそれとは明らかに違った。
それとも、彼だから――マサヒコ君だから、そう感じるのだろうか?
蕩けるような感覚に酔い痴れながら、私は彼の愛を貪った。
永い永いキスを終え、彼が唇を離す。二人の間に一本の銀糸が引かれ、プツリと切れた。
「アイ……」
彼が私を巻き込んでベッドに倒れ込む。そして、私のパジャマに手をかけた。
私は抵抗しなかったが、それでも何も言わずに脱がすのは気が引けるらしく、目だけで私に許可を求める。
私がうなずくと、彼は少しだけ笑って再び手を動かし始めた。彼の指が私を裸にしていく。
あっという間に衣服は剥ぎ取られ、私は生まれたままの姿を彼の前にさらけ出した。
別に自信がないわけではないが、彼の目に今の私はどう映っているのだろう?
「マサヒコ君…私、変じゃないかな……?」
「ん?ああ、童顔だし大食いだし半天然だし、確かに変な人だとは思うけど」
彼の答えに私はずっこけた。
「もうっ、誰もそんなこと言ってないでしょっ!!」
憤慨する私を、しかし彼はニッコリと笑って軽く往なす。
「冗談だって。アイはかわいくて色っぽくて…それにキレイだと思うよ」
「なっ……!」
彼の言葉に思わず赤面してしまう。
六歳も下の男に手玉に取られ、いいようにあしらわれてしまう私って……。
いや、これは彼が悪いのだ。おとなしそうな顔をして、いとも簡単に女心を射止めてしまうのだから。
特にその笑顔。口の端を軽く持ち上げるちょっと独特の笑い方に、私は正常な思考ができなくなる。



しかも、彼はこれを素でやっているのだから、余計に始末が悪い。
そんな私の胸の内なんて素知らぬ様子で、彼はもう一度私にキスをした。
そしてそのままの格好で私の胸の膨らみに掌を重ね、ゆっくりと撫で回していく。
「ン、あっ……」
彼の優しい愛撫を受けて、キスで塞がれた口の隙間から声が洩れる。
私の反応を楽しむように、彼は愛撫にアクセントをつけ始めた。
「あっ…あ、ン……ウんんッ」
掌で乳房全体を撫で、時に激しく揉みしだく。指先で乳首を弄び、時々軽く摘みあげる。
その間にも、私の唇や頬、鼻先や額、そして首筋へと、いたる所に口付けを繰り返す。
やり過ぎなくらいに丹念な愛撫が、次第に私の理性を奪っていった。
「はぁ……あっ…ん…んんっ…」
意思とは関係なくはしたない声が飛び出す。
(やだ……気持ち、い…イ……)
身体が熱い。熱に冒された脳が、彼に身を委ねる悦びをもっと欲している。
「アイ…気持ちいい?」
私の内側を見透かしたように、彼が耳元で囁く。
「うん…気持ちいい…もっとして……」
自分からさらなる快楽をねだる。それに応えるように、彼の愛撫が激しさを増した。
首筋に押し当てた唇を下の方へとずらしていき、私の胸にキスをする。
舌先で乳首を転がし、そしてゆっくりと口に含んだ。
「アッ…ん、はぁ…あ、あ……ああっ!」
指とは違う温かい感触が敏感な部分を刺激する。吸い付き、転がし、甘噛みにする。
私がして欲しいと思うことを、適格にこなしていく。彼は私の頭の中が読めるのではないだろうか?
「うン…あっ、ああぁ…んッ…ぁ…」
私は少しでも多くの快楽を貪ろうと、腕でマサヒコ君の頭を抱え、自分の胸に押し付けていた。
「マサヒコく…んっ!もっと…もっとしてっ!!」
自分が淫らなことを口走っているのに、それすらも気にならなくなっている。
マサヒコ君は私のお腹の上に手を置き、そっと擦った。
今の私は掌が皮膚の上を這い回る感触にさえ快感を覚えてしまい、激しく身を捩らせた。
マサヒコ君の手がお腹から脚へと手滑っていく。彼の手が私の内ももに触れた。
「ひゃッ!?」
その瞬間私の身体が大きく跳ねる。
「そうか…アイってココが弱かったんだっけ」
「う、うん…だからそこはあんまり…ああアッ!?」
マサヒコ君は私の言葉を無視して、その辺りを集中的に撫で始めた。
「だ…だめ……そこ…あっ…ああッ!や、やめっ…やぁぁッ!」
一番弱い部分を責められ、何も考えられなくなる。
マサヒコ君は内ももを撫であげると、その手をそのまま私の秘所に潜り込ませた。
「あっ、あああッ!!」
彼は膣口を指の先でなぞり、その部分が十分濡れているのを確認すると、そこに指を挿し入れた。
そのまま指を出し入れし、私の内側を掻き回す。
「やっ、あッ!あんっ…あっ、ああぁッ!!」
胸と秘所、上と下を同時に責められ、僅かに残った理性の一片まで消し飛んでいく。



「アイ、スッゲーかわいい……」
彼の言葉に、全身が宙に浮くような錯覚を覚えた。もう、限界だ。
「マサヒコ君……もう我慢できない……」
マサヒコ君が身体を起こす。彼は着ているものを脱ぎ捨てた。
そして、どこからかゴムを取り出し、その包みを破ろうとする。私はその手を押し止どめた。
「待って…私達、もう夫婦なんだよ……」
彼の手から包みを取り、投げ捨てる。
「いいのか…?」
一度だけ首を振った私にキスをすると、マサヒコ君は自身を私の入口にあてがった。
「きて……」
うわ言のような呟き。それに応えるように、彼が入ってきた。
「あああぁぁーッ!!!」
身体の奥から込み上げてくる衝動が私を絶叫させる。
マサヒコ君が荒々しく腰を動かし、肌がぶつかるたびに身体が大きくのけ反った。
「ひあっ…あ、んんッ…あぁん…あッ!」
身体が疼く。喘ぎ声が次第に大きくなり、火の着いた情欲を抑えることができない。
「あっ、ンっ、ああッ!!マサヒコくん…いい…気持ちいいよぉっ!!!」
彼の動きに合わせて私の全身が跳ね上がり、口を吐く嬌声は淫らに空気を震わせる。
「アイ…アイッ!!」
彼が私の名前を呼ぶ。その腕が痛いくらいに強く私の身を抱き締める。
「あぁッ…あっ、はっ、あああッ!!」
私もマサヒコ君にしがみつき、自分の唇を彼の身体に押し付けた。
ちょっとだけ汗ばんだ彼の肌。伝わってくる体温が心地良い。
「アイ…オレ、もう……」
マサヒコ君の動きが激しくなり、乱れた呼吸音が私の耳をくすぐる。
私自身も、すでに限界に近付いていた。彼の腕の中で狂ったように身を捩らせる。
「いいよ…このままきて……」
マサヒコ君が動きにスパートをかける。
「あ、あ、っ…あああッ!きて…マサヒコ君ッ、きてッ!!」
「アイ……アイッ!!」
私の中に、マサヒコ君の熱いものが注ぎ込まれる。
私の中で快感が破裂し、私を絶頂の淵に追いやった。
「あっ、熱ッ…イクっ、イッ…ああああぁぁぁッ!!!」
絶頂の余韻が身体を支配し、頭の芯から痺れる感覚に、私の視界が霞んでいく。
マサヒコ君は、ビクビクと痙攣を繰り返す私の身体をそっと撫で、キスをしてくれた。
口の端を持ち上げる、ちょっと独特な――私の大好きな笑顔を浮かべながら。




「マサヒコ君、起きてる?」
「ああ…起きてるよ」
私はマサヒコ君の腕に抱かれ、その温かさを感じていた。
「昔は…家庭教師してた頃は、君とこんなことになるなんて思いもしなかったよ」
「それはお互い様だろ。オレだってあの時の変な先生が自分の妻になるなんて思ってなかったさ」
「ちょっと、変な人って誰のこと!?」
私は飛び起きると、彼のほっぺたを抓って引っ張った。
「そんなこと言うのはこの口!?」
「イテテ……嘘です!アイ先生は今も昔も素敵な女性です!」
「うん、わかればいいの」
私は彼の頬を解放すると、その部分に掌を重ねた。
「じゃあマサヒコ君、アイ先生の英語の授業だよ。私の言った英文を日本語に直しなさい」
「な、なんだよ突然?」
彼の声を無視して、耳元で囁く。
「I swear eternal loyalty to you. さ、和訳してみて?」
マサヒコ君が困ったような顔を浮かべる。わからないからではなく、その意味に。
照れたように頬を掻き、私の耳元でその意味を呟く。
「……うん、正解」
「ん、よかった。間違えたら怒られそうだもんな」
「当たり前でしょ。間違えたら離婚だよ」
「そりゃまた極端な……」
「いいの!それより、言ったことには責任持つんだよ?」
「いや、言ったんじゃなくて言わせた……」
「なにか言った?」
「いえ、何も言ってません」
「そう?じゃ、ちゃんと責任持つんだよ?」
「わかってますよ、アイ先生」
顔を見合わせて笑う。そして、どちらからともなく唇を重ねた。
「もう一回しようか?」
私の言葉に、彼が笑って応える。
私達は再び唇を重ね、そのままベッドに倒れ込んだ。
新婚初夜の終わりは、もう少し先になりそうだ。


(fin)

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