作品名 作者名 カップリング
「Swear Eternity To You」 クロム氏 -

「うーん、どうすっかなぁ…」
高校生になって初めての冬。クリスマス目前という季節。
自室のベッドの上で、オレは頭を悩ませていた。
「縫いぐるみとかはガキっぽいし、服とかはよくわかんねーし…さすがに食い物はないだろ」
オレを悩ませているもの。それはオレの恋人――天野ミサキへのクリスマスプレゼントであった。


オレがミサキに告白されたのは、中学卒業の一週間前という時期だった。
放課後屋上に呼び出され、そこで思いを打ち明けられた。
「マサ君…私は、マサ君が好き。子供の頃から、ずっと、好きだったの…」
ストレートな心情の吐露。それを聞いて、あの時オレは何と答えたのだろうか。
何か言ったことは確かなのだが、その言葉がなんだったか、どうしても思い出せない。

今思えば、オレはもう随分と前から、ミサキのことが好きだったんだろう。
何気ない会話の端々でミサキが見せる笑顔に、何度ドキッとさせられたか分からない。
だがその笑顔を見るたびに、逆に自分の感情を押し殺そうとしてきた。
そうしなければ、今いる居心地の良い場所が崩れてしまいそうだったから。
振り回されながらも、みんなで笑い合える日常を失うのが、怖かったから。
そして何より、もう二度と元の幼馴染みの関係には戻れない気がしたから。
だから、友達でいい。
兄妹みたいに育った幼馴染みが、今まで通り側にいてくれれば、それでいい。そう思い込もうとした。
前進という選択肢を捨てることと引き換えに、言葉にできない何かを失う恐怖から逃れたかった。

なのに。

今にも消えてしまいそうなミサキの声が。
うっすらと涙を浮かべたその瞳が。
けれど、固い意志を秘めたその表情が。
無理やり押し込めてきたオレの本当の気持ちを表に引きずり出す。
目を逸らし続けてきたオレの一番弱い部分を、容赦なく揺さぶる。
幾重にも重ねてきた嘘の仮面を、一枚一枚丁寧に剥ぎとっていく。
気が付くとオレは、幼馴染みの華奢な体をそっと抱き締めていた。
「マサ、くん…本当に…本当に私なんかでいいの…?」
「ああ…お前じゃないと…天野ミサキじゃないと、ダメなんだ」
「私も、マサ君じゃないと……マサ君、大好き…大好きだよ…」
「オレも…大好きだ、ミサキ」
更に強くミサキを抱き締める。その肩は、小さく震えていた。
「おいおい、泣くなよ」
「だって…だって…」
その声が次第に掠れていく。小さな嗚咽は、やがて大きな泣き声に変った。
オレの胸にしがみついて、子供の様に泣きじゃくる。
その姿はあまりにも純粋で、綺麗で、愛しかった。

「落ち着いた?」
漸く泣きやんだらしいミサキに声をかける。
「うん…ごめんね。制服、濡らしちゃった…」
「気にすんな。ほっときゃそのうち乾くさ」
「ありがとう、マサ君…」
ミサキが顔をあげる。その目は、少し腫れていた。
「ねえ、マサ君…本当に、私でいいんだよね…」
「あのな…言っただろ?それに、結構恥ずかしいんだから何度も言わせないでくれよ」
「うん…でも、お願い…もう一回だけ、聞かせて…?」
もう一度ミサキを抱き寄せ、耳元で囁く。
「大好きだ、ミサキ」
この日オレは、世界で一つだけの宝物を手に入れた。



「あ〜、ダメだ、なーんにも思いつかねえ」
オレはもう一時間も頭を捻り続けていた。
ミサキと二人で迎える初めてのクリスマス。
それだけに、ミサキが喜んでくれる演出をしたいと思っている。
だがしかし。
クリスマスを演出する上で大きなウエイトを占めるプレゼント。それが思いつかない。
「やっぱ誰かに聞いた方がいいのかな」
これ以上考えたところで、良い案が浮かぶとも思えない。
「となると…問題は誰に聞くか、だよな」
聞くならやはり女性の方が良いだろう。親しい女性の顔を思い浮かべてみる。
浮かぶのはやはり、あの面々。
その中で、ミサキは当然除外。アメリカに渡った若田部も、同じく除外。
残り三人。まあいろんな意味で一番安全なのは…
「やっぱ濱中先生かな」
携帯を取り、濱中先生のナンバーをコールする。
だが、五回六回とコール音だけが響く。十回目で諦め、電話を切った。
卒業を控えたシーズン。先生も忙しいんだろうか。
「うーん、濱中先生がダメだとなると…」
残る選択肢は二つ。どっちにするべきか。
「ここは…経験重視かな」
中村先生のナンバーを押す。
『…もしもし』
ちゃんと出てくれた。
「中村先生、マサヒコです」
『おー、マサ!久しぶりね〜。どうしたのよ急に?
さては私のことが忘れられなくて、夜も眠れないとか…』
「先生に相談したいことがありまして」
予想通りのボケがきたが、この辺のあしらいには慣れている。相手にしなければいいのだ。
『コラッ、久しぶりなんだからツッコみなさいよ!』
「イヤです。そんなことで浪費していい体力も気力も持ち合わせてません」
『マサ…アンタ、その歳で自分の存在意義を否定してかかるのは感心しないわね』
「オレのアイデンティティーはツッコミだけなのか!?」
ダメだ、結局中村のペースに巻き込まれてしまった。
「切りますね…」
『ちょっとちょっと、待ちなさいよ。何か相談があるんでしょ?』
「そうですけど…」
『何なの相談って?お姉さんに話してみな?』
「はあ…実は、ミサキへのクリスマスプレゼントを考えてたんですけど、何あげたらいいかなって」
『ふうん、プレゼントか…アンタは何か考えたの?』
「いえ、それが…」
『なんにも思い付かなかったの?』
「…はい」
『…まあいいわ。そうね、アンタのプレゼントならあの娘は何でも喜びそうだけど…。
あ、ハンドバックとか、そういう小物はどう?それならお手頃だし、いいんじゃない?』
「いや、それはもうアイツの誕生日に…」
『そうなの?うーん、それならアクセサリーとかは?』
「アクセサリーですか?」
『うん。そういうのっていくつあっても困るもんじゃないからね』
「そうなんすか?でも、そんなに高い物は…」
『バカねー、こういうのは値段じゃないの。大事なのは気持ちよ気持ち!
それに言ったでしょ?アンタのプレゼントならあの娘は絶対喜ぶんだから』
「はあ、そんなもんすかねぇ…でも、アクセサリーって言われてもオレよく分かんねーんですけど」
『まあ定番は指輪ね。デパートに行って探せば、一個くらい良さそうなの見つかるわよ』
「そうですか…分かりました、その方向で考えてみます」
『あっ、あの娘の指のサイズ忘れちゃダメよ?』
「そうか…うっかりしてました」
この人に相談してよかった。さすが経験豊富なだけあって、細かいことまでちゃんとアドバイスしてくれる。



「ありがとうございます、先生。マジで助かりました」
『フフ、まあいいってことよ!これからも困ったことがあったらいつでも私に相談しなさい』
頼もしい口調の中村先生。
(この人…普段はふざけたことしか言わないけど、いざという時頼りになるよな)
ちょっと中村先生を見直した。
『あ、ところでマサ。アンタ、ミサキちゃんとはもうヤったの?』
前言撤回。
「切りますね…」
『ちょっ、待ちなさいって!』
「何でアンタはいつも…」
『あら、別にギャグで言ったわけじゃないわよ。
アンタ達付き合ってもうだいぶ経つんだから、そろそろ報告があってもいいかなぁって』
「間違っても報告なんてしませんし、そういうこともありません」
『なにッ!?ありませんってアンタ、それマジで言ってんの!?やっぱりED!?』
「違う。何でそうなるんですか?」
『だってアンタ達高校生でしょ!?その歳で何もないって、絶対おかしいわよ!
アンタの担任なんて中学生の私に手を出…ちょっと、何よさっきから?…昔のことを教え子にバラすな?
うるさい!!私の電話にいちいち入ってくるんじゃないよ、この犬がッ!!!』
(豊田先生…そこにいるんだ…)
電話の向こうで涙を流す元担任を想像し、オレも涙を流した。
(先生…どうか、生き延びて下さい)
豊田先生には悪いと思ったが、この隙に電話を切る。
これ以上中村と話していたら、会話がどんどんマズい方向に進んでしまいそうだ。
携帯を放り投げ、ベッドに寝転がった。
「ホントに…何言い出すんだよあの人は…」
悪態を吐くが、中村の言葉を妙に意識してしまう。
実際、ミサキとはキス止まりで、いわゆる肉体関係はまだなかった。
今までに何度かそういう雰囲気になったこともあったが、結局何もないまま終わっていた。
無論オレはEDなんかではないし、ミサキに拒まれたわけでもない。
それに、本当のことを言えば、何度アイツを抱きたいと思ったか分からない。
だが、何の行動も起こせないままここまでズルズルときてしまった。
原因は、分かっている。
矛盾しているが、オレは心のどこかでミサキと関係を結ぶことを恐れているのだ。
たぶん、オレが求めればミサキは拒まないだろう。
だがそれは、ミサキと過ごしてきた時間を汚すことになるのではないか。
その考えがオレにブレーキをかけ、動けなくしていた。
中村先生の言う通り、好きな人とそういう行為に及ぶのは自然なことなのかもしれない。
だが、そう割り切ってしまうには、オレ達が共有してきた時間はあまりにも長すぎた。
ミサキに対して邪な考えを抱くたびに、二人で過ごしてきた時間が思い起こされ、オレを押し止どめるのだ。
本当に大好きで、本当に大切な存在だからこそ、今まで積み重ねてきた時間を大事にしたい。そう思う。
それと同時に、自分の中にある欲望を持て余しているのも確かだった。
相反する二つの感情がゴチャゴチャと絡み合い、答えを見えなくしていく。
「あ〜、なんだかなぁ…」
情けない自分自身に自嘲気味な笑みを浮かべる。
その時、電話が鳴った。電話をかけてきたのはミサキだった。
『あ、マサ君?』
「お、おうミサキ…」
『どうしたの?なんか声が変だよ?』
「い、いや、気のせいだよ」
よからぬ考えをしていたなど、当人に言えるはずない。
「そ、それよりどうかしたのか?」
『どうかしたのかって、クリスマスをどうするか決めるんでしょう!忘れちゃったの?』
そういえばそんな約束をしていた。いろいろ考えているうちに失念していたようだ。
「悪い悪い、忘れてたわけじゃないんだけどさ…」
『もう、しっかりしてよね!』



『もう、しっかりしてよね!』
怒られてしまった。ここは素直に謝っておくのが得策だろう。
「すみませんでした…」
『まったく…マサ君ってどこか抜けてるよね』
「うっ…いや、それよりさ、どうしようか」
『あっ、私考えたんだけどね、お母さん達もいないし、私の家でパーティーしない?』
「そうか、母さん達いないんだよな…」
オレ達が付き合うようになってから、両家の母親達はますます仲良くなった。
今年のクリスマスは親睦を更に深めるという名目で、一緒に旅行に行くらしい。
もちろん、互いに夫を引き連れて。
『みんなアンタ達に気を使ってんのよ。アンタ達だって、二人っきりの方がいいでしょ?』
なんてことを言っていたが、どこまで本当なんだか。
「パーティーか…うん、いいかもな」
『でしょ!私お料理作るね!』
「ミサキが料理か…大丈夫なのか?」
『あっ、ヒド〜イ!これでも毎日練習してるんだよ!マサ君も知ってるでしょ?』
「ハハ、そうだったな。じゃ、楽しみにしてるよ」
『うん、お任せください!』
それからしばらく、オレ達はいつもと変わらない世間話を楽しんだ。
十五分程で電話を切り、さっきと同じ格好で寝転がる。
「ふう…とりあえず、プレゼント準備しないとな」
あれこれ考えるのは、ひとまず止そう。まずは、目の前のイベントをこなさなくては。
オレは立ち上がると財布や貯金箱、さらには部屋に転がる小銭まで掻き集めて、軍資金を確認した。
全部合わせるとそれなりの金額にはなったが、これで足りるのだろうか。
「ま、なんとかなるだろ」
足りなければ親に借りればいい。明日にでも、デパートに行くとしよう。


クリスマス当日。時計の針は六時をさしている。
オレはプレゼントを持ってミサキの家を訪れた。
「いらっしゃい!!」
エプロンを身に着けたミサキが出迎えてくれる。
「おう。しっかし、スゲー雪だな」
「ホントだね。ホワイトクリスマスなんてロマンチックだよ」
「ホワイトにも限度ってもんがあんだろ。この距離でも歩くの一苦労だよ」
一昨日の深夜から降り続いている雪は、オレ達の町にもかつてないほどの積雪をもたらしていた。
「シロクマかペンギンが棲息してそうな景色だぞ」
「まあいいじゃない。それより、入って入って」
ミサキに導かれ、ダイニングへ向かう。
「おお、スゲー!」
オレを迎えたのは、テーブルの上に並べられた色とりどりの料理だった。
「これ全部ミサキが作ったのか?」
「そうだよ。見直した?」
「いや、お見逸れしました」
本当に凄い料理の数々だ。よく見ると、小さいがケーキまである。
「ひょっとしてあのケーキも?」
「うん。初めて作ったから、ちょっと形が崩れちゃったけどね」
それでも、ケーキはケーキだ。
「いや、凄いよ。マジで料理の腕上達してたんだな」
「もう、信じてなかったの?私だってやればできるんだよ!」
「ハハ、悪い悪い。それより早く食べようぜ」
「あ、待って、飲み物用意するから」
ミサキが冷蔵庫から何かのビンを取り出した。
「おい、それ酒じゃねーのか?」
「フフ、これはノンアルコールのシャンパンだから大丈夫だよ」
「へぇー」
それなら安心だ。コイツに酒飲ませるとロクなことにならないのは経験済みだった。
揃ってテーブルにつき、グラスにシャンパンを注ぐ。



「「カンパ〜イ」」
グラスを合わせ、一気に飲み干す。
「結構ウマいな、コレ」
「だね。あ、料理も食べてみて」
そう言われて、目の前にあったスープを一口食べてみる。
「うん、ウマい!!」
想像していたよりずっとウマかった。
「ホント?よかった〜。他のも食べてみて」
並べられた料理を一通り食べてみたが、どれも想像以上のデキだ。
飛び上がるほどウマいというわけではないが、以前のそれとは比べ物にならない。
まあ、元が惨澹たるものだったというのもあるのかもしれないが。
「驚いたな…ここまでとは思ってなかったよ」
「え、どう思ってたの?」
「塩入れ過ぎてたり、火を通し過ぎたり、酢と味醂を間違えたり…」
「ちょっとマサ君、それどういう意味よ!」
怒った口調で言うが、目は笑っている。
「いや、でも本当においしいよ」
「うん、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
オレの言葉にミサキがほほ笑む。それを見て、オレからも自然と笑みがこぼれた。

一時間ほどで料理の皿はあらかた空になり、ミサキは食後のコーヒーの準備をしている。
(渡すなら今がいいかな)
上着のポケットを上から撫で、中に入れた小さな箱の感触を確かめる。
(どうやって渡そうか…)
「マサ君、コーヒー入ったよ」
ミサキがカップを手に戻ってきた。
「おう、ありがと」
オレにカップを手渡し、ミサキも椅子に座った。
「なあミサ…」
「そうだ、マサ君!クリスマスプレゼント!」
プレゼントの話題を出そうとしたが、先に言われてしまった。
「ハイ、マサ君!私からのプレゼント」
綺麗にラッピングされた袋を渡される。
「開けてもいいかな?」
ミサキが頷くのを確認して、包みを解く。
でてきたのは、シックな色合の毛糸のマフラーだった。
「どうかな…これも初めてだったから、あんまり自信がないんだけど…」
「えっ、ひょっとしてコレ手編み?」
恥ずかしそうにミサキが頷く。なるほどよく見れば、編み目の大きさに少しばらつきがある。さらに…
「やけに長いな、このマフラー」
その長さは、一人で首に巻くには長すぎるようだ。
「う〜ん、ちょっと頑張りすぎちゃったかも」
ミサキがペロッと舌を出して笑う。実際首に巻いてみると、やはり相当長かった。
マフラーの両端がオレの腰の辺りまで余っている。
「やっぱり変かな…?」
確かに、少々不格好ではある。だが、慣れない編み物に奮闘する恋人の姿を想像すると、自然と笑みが浮かぶ。
「そんなことないさ。暖かいしな。ありがとう、大事にするよ。これでこの冬は凍えなくてすみそうだ」



オレの答えに安堵の表情を浮かべる。
「そうだ、オレからもプレゼント」
ポケットから小箱を取り出し、ミサキに渡す。
「開けていい?」
「ああ。大したモンじゃないし、気に入ってくれるか分かんないけどさ…」
中村先生にアドバイスを貰ったオレは、次の日さっそくデパートに向かった。
女性物のアクセサリーが並ぶショーケースの前に立ち、必死でミサキに似合いそうな物を選んだ。
果たして喜んでくれるだろうか。
「うわぁ、可愛い…」
箱の中身は、シンプルなデザインのリングだった。
かなり無理をしたが、これが一番ミサキのイメージにあっているように思えた。
「マサ君、本当に貰っていいの…?」
「ハハ、貰ってくれなきゃ困るんだけどな」
「でも…コレ、すっごく高そうだよ?私なんて、手編みのマフラーだけなのに…」
「気にすんなって。それに、オレにはコレが最高のプレゼントなんだからさ」
そう言って首に巻いたマフラーを指差す。
「うん、ありがとう…嬉しい。似合うかな…」
細い指に、指輪が嵌められる。やはり、それはミサキにピッタリだった。
「うん、よく似合ってる」
「ヘヘ、ありがとう」
面と向かってのこういう会話は、何となく照れくさい。お互い、照れ笑いを浮かべる。

だがその時、突然辺りが闇に包まれた。

「えっ、なになに、どうしたの!?」
突然の事態にミサキがうろたえる。オレも驚いたが、なんとか平静を装った。
「大丈夫、停電しただけだ。ミサキ、懐中電灯かなんかある?」
「えっと、確か流し台の下に…」
手探りで流し台まで辿り着き、懐中電灯を探す。幸いすぐに見つかった。
光源を確保したところで、現状を把握してみる。
窓から外の様子を窺うが、明かりの灯った家は一軒もない。ということは、ブレーカーの類いではないだろう。
「こりゃ…この辺一帯全部ダメみたいだな」
この大雪で、電線が切れでもしたのだろうか。
「マサ君…どうしよう…」
「心配すんな。待ってりゃそのうち元に戻るさ」
口ではそう言うが、現状はなかなか深刻だ。まず一番に問題になるのは、やはり暖房だろう。
「ミサキ、この家に電気を使わない暖房器具ってある?」
「う〜ん、湯たんぽくらいかな」
「ハハ、そりゃ温かそうだ…」
などと冗談を言っている場合ではない。
(さて、どうすっかなぁ…)
確か、我が家には湯たんぽすらなかったはずだ。まああってどうなるわけでもないが。
いっそ少し離れた的山や濱中先生の家に避難しようかとも思ったが、この雪ではそちらの方が危ない。
あれこれ考えている間にも、室内の温度はジワジワと下がっていく。
「マサ君、私の部屋に行こう」
ミサキが唐突に声をあげた。
「ミサキの部屋に?」
「うん。たぶんここにいるよりはいいと思うよ。お布団とかもあるしね」
布団という言葉に一瞬邪念がよぎるが、慌ててそれを振り払う。
ミサキは、電気なしで暖をとる手段として布団という単語を出したのだ。決してそんなやましいことは…。
「マサ君、どうしたの?」
「い、いや、何でもない。行こうか」
どのみち、この状況でミサキを残して自宅に引き上げることなどできはしない。
それなら少しでも暖かい方がいいのだから、やむを得ずミサキの部屋に避難するのだ。
妙な理屈を捏ねて自分を納得させ、ひとまずミサキの部屋に向かうことにした。



(で、結局こうなんのか)
オレ達はミサキのベッドの上で肩を寄せ合い、一枚の毛布にくるまっていた。
「こうすれば二人とも温かいから」
ミサキに押し切られこの格好になったのだが、正直かなり厳しい。
服越しに伝わってくるミサキの体温に、先程振り払ったはずの邪念が首を擡げてくるのだ。
おまけにミサキが何か言うたびに熱い吐息が首筋にかかり、何とも言えない気分になってしまう。
そしてトドメに、闇に白く浮かぶミサキの顔は、ムチャクチャ可愛かった。
どうにかして気を鎮めないと、おかしくなりそうだ。
(しっかし…こいつはこの状況で何とも思わないのかね…)
いくら恋人とはいえ、若い男女が一つの毛布にくるまっているというのに。
それとも、オレならその心配はないと踏んでいるのだろうか。それならそれで情けない話ではある。
まあ何にしても、オレはこの状況を耐え抜くために理性を総動員しなければならなかった。
自然と口数も少なくなってしまう。
「マサ君、さっきから静かだね。もっと何か喋ってよ」
「ああ、悪い…」
なんとも酷な要求だが、黙りこくっているのもあまりよろしくない。
やや不自然な感じは残るが、とにかく会話に意識を集中させた。
「雪、止まないね…」
「ああ。なんか、大変なクリスマスになっちまったな」
「フフ、本当だね。去年のとどっちが大変かな?」
「嫌なこと思い出させないでくれよ…」
去年のクリスマスも若田部家でパーティーを行ったが、中村の後先考えない暴挙のせいで酷い目にあった。
できれば記憶の闇に葬ってしまいたい出来事だ。
「濱中先生は暴れ出すし、若田部は泣き出すし…お前にも散々殴られたもんな」
言いながらその光景を思い出し、おもわず身震いする。
「でも、楽しかったよね。みんな一緒でさ」
「ああ、そうだな…」確かに、楽しかった。だけど、みんなバラバラになってしまった。
「もう、あんなふうにみんなで馬鹿騒ぎはできないかもな…」
仕方無いのは分かっている。それぞれに進むべき道があるのだから。
ただ、時々言い様のない寂しさを感じることがあるのも確かだ。
ミサキも同じことを思ったのだろうか、口を閉じてしまった。
会話の途切れた部屋に、静寂が舞い降りる。どちらも無言で、時計の秒針の動く音だけが響いていた。
どれくらいそうしていただろう。突然ミサキがオレの胸にしがみついてきた。
「ミサキ?」
「マサ君…マサ君は、ずっと私の側にいてくれる…?」
「え…?」
「ごめんね急に・・・でもね、私時々怖くなることがあるの。
今はとっても幸せだけど、ある日突然マサ君がいなくなったらって思うと…」
少し震えた声で、ミサキが呟く。
(ミサキを置いて、いなくなる…オレが?)
そんなことがあるだろうか。オレ達は幼馴染みで、家だって近くて、これから先も会いたければいつでも…
(違う、そうじゃない…)
ミサキが抱える不安、それはオレに決意があるか否かだ。
これから先、何があろうとミサキの側にいるという決意。
そんなもの、考える必要などない。端から答えなど決まっている。ミサキの肩に腕をまわし、ギュッと抱き締めた。
「オレはどこにもいかない。何があっても、お前の側にいる」
「マサく…ん」
そう、離れることなどできるわけない。
ミサキの顎を軽く持ち上げ、そこに唇を重ねる。
冷たかった唇に血が通い、次第に体温を取り戻していった。
「あのさ、オレ頼りないし、こんなこと言っても信用できないかもしれないけど…」
「ううん、嬉しい…。ごめんね、変なこと言っちゃって…」
ようやくミサキが笑った。



「ねえマサ君、子供の頃にした約束、覚えてる?」
「約束?」
「私をマサ君のお嫁さんにしてくれるって」
(お嫁さん…?ああ、そういえば…)
十数年前、この部屋で、オレ達は結婚の約束をした。
「…今思い出した。そんな約束してたな」
「フフ…さっきの言葉、プロポーズと思っていいの?」
「えっ?それは…あー、うん、そう受け取ってくれていい」
さらっと凄いことを言っている気もするが。
「約束だよ?」
「ああ…約束だ」
オレとミサキはどちらからともなく抱き合い、キスを交わす。
唇を離した後も、しばらくはそのままだった。
「ねえ、マサ君…一つ、お願いしていい?」
先に口を開いたのはミサキだった。
「お願いって?」
「私…印が欲しいの。マサ君が、ずっと側にいてくれるっていう印が…」
「印…ミサキ、まさか…」
「うん、マサ君…私を抱いて…」
思いも寄らない言葉に、オレは固まった。
「ミサキ、それって…」
「いいの…私、マサ君とならそうなってもいいって、ずっと思ってたから。
それにいくら待ってても、マサ君何もしようとしないんだもん」
「いや、それは…」
弁解しようとして、やめた。二律背反だとかアレコレ悩んでいた自分が、ひどく滑稽に思えから。
そして、今までのような男としての欲望からではなく、
ただ好きな人に触れたいという純粋な気持ちで、ミサキを抱きたいと思えたから。
「ミサキ…本当にいいんだな?オレも初めてだし、優しくできないかもしれないぞ?」
「うん、分かってる…。私、マサ君だけのものになりたいの…」
その言葉が、オレの迷いの最後の一片を吹き飛ばす。
(結局、オレが一人で馬鹿みたいに悩んでただけなんだな・・・)
オレはミサキの身体を引き寄せ、もう一度、強く抱き締めた。


「んっ…あっ、あん…」
ミサキがオレのキスに反応して身体をのけ反らせた。喉がうごめき、声にならない声が漏れる。
オレはミサキの全身にキスをしながら、服を一枚一枚脱がせていった。
「マサ君…恥ずかしい…あんまりみないで…」
生まれたままの姿になったミサキが、恥ずかしそうに両手で身体を隠した。
白く透き通る様な肌が、雪夜の持つ独特の明かりに照らし出される。
その姿は少女の清らかさと女性の妖しさを合わせ持ち、あまりの美しさにオレは息を呑んだ。
「マサ君…」
不安そうな目でオレを見つめる幼馴染み。その額に口付けをし、鼻先、頬、そして唇へと続けていく。
ミサキの唇を塞ぐと、薄く開いた隙間からそっと舌を差し入れた。
「ん…むン…んんッ…」
くぐもった声と共に甘い吐息が漏れ、オレの口内に広がる。
「ん…んんっ…むン…」
最初はオレにされるがままだったミサキも、次第に自分の方から舌を絡めてくるようになった。
舌を動かすたびに唾液がピチャピチャと音を立て、その音がさらに舌の動きを激しくさせる。
映画みたいなスマートさはないが情熱的なキスに、オレ達は没頭した。



長い長いキスを交わし漸く唇を離した時には、どちらも口の周りが唾液まみれになっていた。
ミサキの頬がうっすらと赤みを増し、一層可憐に見える。
オレはミサキの首筋に唇で触れ、ゆっくりと下に降ろしていった。
やがて柔らかな膨らみに達すると、先端の突起を口に含み、舌先で転がす。
「あっ…な、何……?」
突然の刺激にミサキが戸惑いの声をあげるが、気にせず続ける。
「ぅ…ん…あぁ…あっ、んっ…」
舌の動きに合わせて、ミサキの口から普段では考えられないような悩ましい声が零れる。
その声は脳に直接響き、興奮に拍車をかけていく。オレは奥歯でミサキの乳首を甘噛みにした。
「ひあッ!?」
ミサキの身体が大きく跳ね上がる。耐えられないらしく、身を捩らせてこの刺激から逃れようとした。
だがオレはそれを許さず、身体を押さえ付けると、執拗に同じ行為を繰り返した。
「あッ、ふあッ…!…マサ君…そ、んな…や…あああッ!!」
最早ミサキに抵抗する力は残ってないようだ。身体が快楽を受け入れ始めている。
オレは乳首から、乳房、なめらかな腹部を縦断して、淡い草むらへと舌先を移動させていった。
どうしても逸る気持ちを抑えられない。
そして、ぴたりと閉じられていた両足を開かせ、ついにその付け根部分へと辿り着いた。
その部分に、優しく舌を這わせる。
「あうッ…!ああッ…あっ…!!」
湿った音が、二人きりの室内に響く。
ピチャ…クチュ…
ミサキの細い割れ目から、明らかにオレの唾液とは別の液体が滲み始めていた。
「くっ…ン、あッ…ダ、ダメッ…あぁあッ!!」
滴り落ちる愛液をオレの舌先が掬い上げるたびに、ミサキのそこは小さく震え、新たな液体を滲み出させる。
オレは舌先をミサキの割れ目の奥へと侵入させていった。
「うっ…ん…!」
どんな感触なのだろう。これまでとは違った呻きが、ミサキの口から零れた。
「んあっ…! あっ…ああっ…!!」
オレは口の周りが愛液まみれになるのもお構いなしに、夢中になって舌を動かした…。

「ミ…ミサキ…もう、いいかな…?」
「うん…いいよ…きて…」
オレは既に十分固くなった自分のそれを、ミサキの入口にあてがった。
「無理だったらすぐにやめるから…」
そう言って、慎重に、先端を沈めていく。
「あうっ…くっ…」
ミサキの口から、明らかな苦痛の声が漏れる。
「ごめん…痛かった?」
「ううん…いいから…」
「…少しずつ入れるから…力抜いて…」
少しずつ、腰を前進させていく。そのたびに、ミサキは眉をひそめ、唇を噛み締める。
それでもどうにか根本まで沈めることができた。
「…んっ…入ったぞ。大丈夫か?」
「う、うん…」
ポロポロと涙を流しながらも、ミサキはしっかりと頷いた。
「やっと一緒になれた…ね」
「ああ。…じゃあ動いてみるな」
ミサキにあまり負担をかけないよう気をつけながら、ゆっくりと動き始めた。
愛液が潤滑油になるとはいうものの、ミサキの中は狭くてかなりキツかった。
「うっ…はぁ…あっ…あっ…」
動くたびに、ミサキが苦しそうな声をあげる。
だがその一方で、下半身から昇ってくる快感に、オレは動くのを止められなかった。



「うっ…くっ、んッ…ああぁ…」
「ミサ、キッ…大丈夫か?」
「大じょ…ぶ…平気…あっ…はっ…」
「オレももうちょっとだから…少し速く動くな…」
ミサキが首を縦に振るのを確認して、スパートをかける。
「あっ…ああっ…ああああっ!」
ミサキの泣き声に促されるようにして、オレは最後の一突きを入れると、寸前に身体を引き抜いた。
ミサキのお腹の上に精をはきだすと、オレは脱力してミサキの上に覆い被さった。


「マサ君、起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
コトが終わった後も、オレ達は抱き合ったままだった。不思議と寒さは感じない。
「約束…してくれたんだよね…」
「ああ」
「後悔しない?」
「しない」
「浮気しちゃダメだよ?」
「す、するわけねーだろ」ミサキがクスッと笑ったが、すぐ元に戻る。
「マサ君…ずっと、一緒にいようね」
答える代わりに、オレはミサキにキスをした。
窓の外では、雪が、まだ降り続いていた。


あれから十年が経った。
「おー、マサ!」
背後から声をかけられ振り向くと、長身の女性が立っていた。
「ああ、中む…豊田先生、お久しぶりです」
「別にわざわざ言い直さなくもていいわよ。にしてもマサ、随分とイイ男になったじゃない。
こんなことなら早いうちにツバ付けとくんだったわね」
「相変わらずですね、先生。それより、豊田先生は?」
「なんか紛らわしいわね。セージなら、駅までリンとアヤナを迎えに行かせたわ」
「あれ、浜中先生は一緒じゃないんですか?」
濱中ではなく浜中である。
「アイは旦那と二人で来るって言ってたわよ。みんなもう来るんじゃない?」
「そうですか」
そのとき、スタッフの女性がオレに声をかけてきた。
「準備の方ができましたので…」
「あっ、わかりました」
「いよいよか…じゃあマサ、おめでとうは後に取っとくわ。しっかりやんなさいよ!」
「はい。それじゃ、また後で」
先生と別れたオレは、スタッフに案内されてドアの前に立った。一呼吸おいて、その扉を開ける。
扉の向こうにいたのは、純白のウエディングドレスに包まれた幼馴染み。
オレが、永遠を誓うべき人。

(fin)

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