作品名 作者名 カップリング
『MOTEL〜横恋慕〜』 天邪鬼氏 -

「あ・・・・」

中村リョーコは、中身のないタバコの箱をぐしゃ、と握りつぶした。
なぜかイライラしている。
仕事だって上手くいっているし、交友関係だって相変わらず豊富だ。
いいマンションに住んで、いいものを食べて、いい男を食べて・・・
これが自分の望んだ生活、そう考えていたのに・・・
中村リョーコ、大学を卒業して3年目に入る春のことであった。



都立英稜高等学校。
スポーツが盛んで、成績は可もなく不可もなく。
地元の中でも人気校である。
そんな地元の人気校の人気者が、下校を始める。
「お疲れ様、小久保くん」
中学時代からの同級生に声をかけられた彼こそ、『英稜の無気力ハーメルン』こと小久保マサヒコその人であった。
「あれっ、なんで的山まだいるんだ?」
そう返されたのは『天然眼鏡っ子』を地で行く的山リンコ。
実はこの二人、同じ部活に所属しているのだが、マサヒコは掛け持ちであった。
サッカー部に入ったものの、リンコが勝手に入部届けを出してしまったためにファッションデザイン部の部員にもなってしまった。
取りやめになりそうにもなったが、モデル役ということで示談成立、ファッションデザイン部はまんまと次年度以降の客寄せパンダを得た、という経緯がある。
しかし活動にはほとんど参加しないために、普段はサッカー部で練習を終えて帰宅するのがマサヒコの日課であった。
「今日は長引いちゃったんだよ〜去年と今年は一気に部員が増えたからね。こういうのやらしい悲鳴って言うんだっけ?」
マサヒコはこの状況にデジャヴを感じつつも、気持ちの落ち着きを得ていた。
当のマサヒコも、サッカー部のレギュラー争いに日々張り詰めた空気を味わっていた。
今まで事なかれで生きてきたマサヒコにとっては、この雰囲気は慣れようもないものだ。
「的山も次のコンテスト用のデザイン頑張ってるもんな。いい感じのできそうか?」
えへへ、とリンコは照れくさそうに笑いながら頭をかいた。
どうやらあまり進んでないらしい。
目標に向かって頑張ることはしてきたが、お互いに誰かと競うというラインに立ったことはない。
ある意味、その中で争ってきたあの二人は凄いんだなぁ、と昔を懐かしむマサヒコ。
「オーーーーーーーーー!!!マサヒコサーーーーーーーーーーン!!!」
外人特有のテンションで、マサヒコに迫ってくる女性。
留学生のクリスティーナ=ブライアントは、UFOでも見つけたかのように慌てふためいていた。
「マサヒコサーーーン!!肛門から女性がインターホンデーーーース!!!」
「ちょ、待て、落ち着け」
最早何を言っているのか分からない。
少なくともマサヒコに何か言いたそうではあるのだが。
「そうだよクリちゃん、濡らしてからじゃないと痛いらしいよ?」
いつもならリンコに突っ込みを入れるところだが、今はクリスを落ち着けないことには話が進まない。
深呼吸させて、ゆっくりと話すように促す。
「エットですネ、校門のところデ、マサヒコさんを呼んでいる女性がいるのデス。堅気じゃナイデス!」
(えっ・・・?なに俺堅気じゃない人にマークされてんの・・・?)
一瞬戸惑ったマサヒコだったが、恐らくは言い間違いだろうと校門へ向かった。
念には念を置いて、二人には裏門から帰るようには言ったが。
しかし、校門で待っていたのは見覚えのある人物だった。
「よっ・・・」
「中村先生・・・」
いつもとは違う中村リョーコが、そこにいた。


「久しぶりですね。ちょうど的山もいますから」
勘違いで裏門へ追いやった的山を呼ぼうと、マサヒコは携帯電話を取り出した。
「いや、アンタに用事」
リョーコはマサヒコの携帯を奪い、パタンと閉じた。
「まぁ、来なさい」
いつもは第六感のように背筋が凍る相手だが、何故だが覇気のないリョーコにマサヒコは黙ってついていった。
何か企んでいるのは間違いないのだが、どうにも調子が狂う。
結局、マサヒコが連れてこられたのはリョーコの住むマンションであった。
「ホラ」
そういって差し出されたのはビール。
現在のマサヒコが手渡されても、飲んでいいものではない。
「なに遠慮してんのよ。タバコは13歳から、酒は15歳からでしょ?」
「いや、でしょ?じゃないですよ。俺は法律を遵守するので」
間髪いれずに返し、横にあったミネラルウォーターを奪い取った。
拒否され、ははっ、と笑うリョーコはやはり様子が違った。
しかし、マサヒコはその理由を聞き出すことを踏み切れずにいた。
「ホント、アンタの周りっていつも人がいるのね」
沈黙が続きそうな一瞬を切り裂いたのは、リョーコのほうだった。
そういってグイ、とビールを流し込む。
ゴクゴクとこれ見よがしに喉を鳴らし、一気に缶の半分以上を飲んだ。
「そんなことないですよ・・・」
どう反応していいか分からず、マサヒコはやや困惑気味に答えた。
それを聞いたリョーコはまたも、ははっと自嘲気味に笑う。
やはり様子がおかしい。
マサヒコは意を決して、その理由を聞いてみることにしたが・・・
「私のこと、覚えてた?」
またもリョーコが切り出した。
しかも、意図の理解できないような質問。
確かにここ数ヶ月連絡を取っていなかったが、リョーコも仕事が忙しいのだろうと気にも留めていなかった。
「当たり前じゃないですか」
当然、マサヒコにはこう答える以外になかった。
それを聞いたリョーコは、なんともいえない表情でマサヒコを見つめる。
「私さぁ・・・」
見つめたかと思いきや、目を逸らすようにしてリョーコは切り出した。
「アンタが羨ましいって、いつも思ってたのよ」
虚空を見つめながら語るリョーコからは、悲しみを感じ取れた。
眉を顰めて、唇を噛み締めるリョーコ。
「いつも・・・一人だったから」
振り絞るように語るリョーコを前に、マサヒコは固まってしまっていた。
本当に彼女はあの中村リョーコなのか?
「一人じゃないですよ。俺たちがいます」
マサヒコにとって、今言える精一杯の言葉だった。
なぜリョーコがこんなに弱気になっているのかわからないが、きっと辛いことがあったんだろうと予測した。
「そういうんじゃないのよ・・・」
また遠くを見つめ、ここにはいない誰かと会話するように呟くリョーコ。
豊田先生とでも喧嘩したのか?と考えたが、あの人に限ってそういうことはなさそうだ。
「アタシさぁ・・・」
今度はリョーコが意を決したように、話を切り出す。
それでもマサヒコの目を見れないのか、マサヒコの手元を見つめて。
「あんまり・・・家庭環境よくなくってね」
まさかとは思ったが、やはりリョーコの悩みは真剣なものであると実感する。
マサヒコも唾を飲み、目の前のリョーコに集中する。
「だからさ、アンタらと一緒に馬鹿やってて本当に楽しかった」
昔を懐かしんでか、やや笑みを零す。
「でも・・・世の中アンタらみたいにイイヤツばっかじゃないのよ」
そっと、リョーコはマサヒコの手をとった。
まるで、藁にでもしがみつくかのように。


「先生・・・俺」
マサヒコはリョーコの手を握り返し、優しく、そっと、語り始めた。
「今まで、俺も周りにいつも人はいませんでした。女の子と話すのも苦手だったし・・・でも、先生たちと会ってから変われたんですよ」
そのときリョーコのつま先にあったビールが、コトンと倒れた。
中身はまだ入ったままで、床に流れ出しそうになる。
「あっ・・・」
マサヒコは床を汚してはいけないと思い、手を離して缶を起こそうとしたときだった。
ガバっと、リョーコがマサヒコを押し倒す。
マサヒコは一瞬驚いたが、ギュッと握り締められた手から震えが感じられたことに気をやった。
リョーコはまるで、手を離されることに恐怖しているかのようだ。
「連絡・・・しなくてスイマセンでした」
これからは、とマサヒコが続けようと思ったときには、リョーコの唇で自分の唇を塞がれていた。
鬼気迫る、というような表情で、マサヒコを封殺するように舌を絡ませる。
マサヒコは一瞬引き離して話そうとするが、リョーコはマサヒコの襟を掴んで離そうとしない。
それでもマサヒコは、くるっと体位を反転させてリョーコの上になる。
体重を利用して強引にキスしていた唇は、パっと離される。
「先生・・・無理しないでください」
マサヒコは辛そうな目で、リョーコを見つめる。
「俺は先生のことを攻めたりしませんよ」
リョーコは虚を突かれたように、表情を崩す。
押し倒して強引にキスすれば、マサヒコ自身が罪悪感を感じずにいられると思っての行動だった。
しかし、マサヒコはそれを感じ取っていた。
わざと、悪者になろうとするリョーコを。
「なんでっ・・・」
また、振り絞るようにリョーコは話し出した。
「そこまで・・・アタシのこと分かるんだったら・・・」
「アタシのこと・・・分かるとこ見せないでよ・・・」
もう言ってることが無茶苦茶だが、顔を手で覆ってしまったリョーコは泣いているようにも見えた。
「先生・・・風にでも当たりませんか?」
マサヒコはスッと立ち上がり、服装を正した。
努めて明るい雰囲気にしようと、矢継ぎ早に話し続ける。
「俺も、相談に乗ってほしいことがあって。夜風にでも当たりながら話しましょう」
感情の起伏が激しくなっているのは酔いのせいだろうという読みもあって、マサヒコはとにかくこの空間を脱することを考えた。
ここの雰囲気は、ちょっとヤヴァイ。
「うん・・・」
諭された子供のように、リョーコはだるそうに起き上がる。
何も言わないままクローゼットを開け、中にあった服をマサヒコに投げ渡す。
男性用の高そうなジャケットだった。
「その格好のままじゃアタシが補導されちゃうでしょ・・・」
確かに、リョーコに付き合わされて時計は23:00を回っていた。
高校生が制服のままウロウロするような時間帯ではない。
いつもなら、なんでこんなもの持ってるんですかとも突っ込むところなのだが・・・
バサっとジャケットを羽織ると、リョーコは少し嬉しそうな表情になった。
「似合ってるわよ」
ニヤッと笑うリョーコは、いつもに似た落ち着きがあった。
「それじゃ、行きましょう」
長い夜の、始まりだった。


夜風は二人の体を冷やした。
リョーコにとっては、いい酔い冷ましになっているのだろう。
マサヒコにとっては些か寒さを感じる気温だったが、リョーコから渡されたジャケットは外気からマサヒコを守った。
「これ、いいジャケットなんですね。まだ少し冷える時期ですけど、これのおかげで寒くないです」
まずはジャブ、と言わんばかりに切り出すマサヒコ。
先ほど唇を奪われたことに、動揺がなかったわけではない。
しかし、今その話題に触れてしまっては先ほどの雰囲気に戻ってしまう。
「気に入ったならアンタにあげるわよ」
そういったリョーコの顔は、穏やかながら虚空を見つめるかのようだった。
「高そうですし、なにか縁もありそうですし・・・遠慮しますよ」
「それより」
遠慮するマサヒコの言葉を制するように、リョーコは言葉をかぶせた。
「相談したいことがあったんじゃないの?」
ある種、あの場を抜け出すために言った言葉に突っ込まれたマサヒコは少し言葉が詰まった。
しかし人生経験豊富なリョーコ相手なら、相談する価値があるかもしれない。
「実は俺・・・今サッカー部でレギュラー争いしてるんですけど・・・」
高校受験のときから、こういうことは自分で解決するしかないのは分かっていながら。
「結果を出さずとも、あなたの努力を見ている人は必ずいるわ。全力を尽くして、結果を受け止めなさい」
スパッと答えられて、次に出てくる言葉がない。
リンコの話でもするか、と思ったときだった。

「そのジャケットねぇ・・・親父のなんだ」
リョーコの言葉に、この先続くだろう話の重さをマサヒコも感じ取っていた。
「ま・・・さっきも言ったけど、家庭環境はよろしくなくてねぇ。誰かに注目されたくて・・・見てほしくてね」
マサヒコから目を逸らし、ゆっくり歩をとりながら語る。
マサヒコは、隣を歩きながら話を聞いていた。
「そのジャケットは、家を出るときに持っていった戦利品」
リョーコの指す『出るとき』が、父親が出て行ったのか、リョーコが出て行ったのか、どちらを指すのかがマサヒコには分からなかった。
当然、それを聞き出すこともできなかった。
「何でも・・・誰でも・・・良かったのよ、最初は。欲を出すと・・・ろくなことにならないわ」
チラッと視線をやられ、慌てて目を逸らすマサヒコ。
なぜだか、妙に気恥ずかしい。
「奇抜なことやってりゃ、注目集めるのくらい簡単だったわ。でも、アンタ・・・マサ、アンタは違った」
「え・・・」
リョーコは歩を止め、マサヒコの顔を掴んだ。
先ほどの出来事から、まさか、と思いマサヒコは少し身を引いた。
しかし逆にリョーコから押され、倒れそうになる。
倒れまいと前へ重心をやった瞬間、今度は引っ張られて体をコントロールされる。
こういうところにリョーコ独特の『人生経験』が見え隠れする。
結局、警戒していたはずなのにマサヒコはまたも唇を奪われた。



「んむっ・・・」
あの頃に比べれば、マサヒコは大人の体になっていた。
いつの間にかリョーコより背も高くなり、運動部所属なだけあって肉付きも良くなった。
思いっきり振りほどけば、キスをやめることはできた。
しかし、マサヒコはそれをしなかった。
キスの最中に目を開ける。
ある種、反則行為ともとれるそれをしたことが、マサヒコの行動を縛り付けた。
キスをするリョーコは、明らかに泣いていた。
愛を求めるように、必死にキスするリョーコを止めることができなかった。
マサヒコの口内に侵入した舌は、生き物のようにグネグネと動く。
応えようとマサヒコが舌を軽く動かすと、それを狙いすましたかのようにリョーコはマサヒコの舌をくわえ込む。
大人特有、とでも言うべきなのだろうか、ネットリとしたキスにマサヒコは戸惑う。
浮き足立つマサヒコ相手に、リョーコは思う存分暴れまわる。
ゆっくりリョーコが唇を離すと、つ・・・と架け橋が出来上がって一瞬で消える。
少し寂しげに、リョーコはマサヒコを見つめながら笑った。
「上手じゃない」
有り難くないというかなんと言うか、微妙な部分を褒められて微妙な表情のマサヒコ。
なによりリョーコにされるがままだったマサヒコが、上手などと言われても困る。
「ここじゃ・・・」
と言いながら、リョーコは目をホテル街の方へやった。
案の定、リョーコは仕掛けてきた。
先ほどまでは押されてしまったが、こういうことは勢いだけで行っていいものではない。
マサヒコは抵抗を試みる。
「いや・・・・・・それは流石に」
「ここの方がいいならアタシは全然構わないけどね」
マサヒコが攻勢に出ることを許さないリョーコ。
ついさっき、体を自由にコントロールする技術を見せ付けられたばかりだ。
本気になれば、この場で押し倒されかねない。
とりあえずマサヒコは時間を稼ぐために、リョーコについていくことにした。
すると、急にリョーコが腕を組んできた。
マサヒコはまたも戸惑う。
「ちょっ・・・先生」
「いいじゃん♪」
嬉しそうに微笑むリョーコは、まるで子供のようだった。
妙に、愛らしく感じてしまった。
迂闊だったとでも言うべきか、マサヒコの思考が対策に至る前にホテル街へと到着してしまった。
ヤバイ、と目を泳がせるマサヒコを尻目に、リョーコはズイズイと歩を進めていく。
しかし、辿りついた建物を前にマサヒコは拍子抜けする。
テカテカと輝くホテル街を抜けた裏道に、ポツンと居座るビジネスホテル。
「着いたわよ」
本当にここなのか、というマサヒコの疑念を晴らすようにリョーコは言い放った。
これもガードを開けさせる作戦なのか、などと疑心暗鬼にマサヒコは考える。
「内装が好きじゃないのよね・・・ラブホはさ」
こんな時間からでもチェックイン出来るのか、と疑うマサヒコだったが、フロントで鍵をアッサリと受け取るリョーコ。
まさか最初からここに連れてくるつもりだったのか?
「さ、行くわヨ」



ビジネスホテルというのは本当に飾り気がない。
部屋には小さなベッドがひとつ、申し訳程度のドレッサーと薄っぺらなクローゼット。
いかにも、というユニットバスが付いている程度だ。
「座りなよ」
ベッドに腰掛け、ポンポンとそれを叩きながらマサヒコを誘う。
いや、そこに座ったらなにが起こるかぐらい容易に想像できる。
俺はこっちでいいです、と近くにあった椅子に座る。
「あ、そう」
さっきまでの流れからすれば、ここで沈んでしまうことも考えられたが・・・
コロコロと変わるリョーコの態度に、マサヒコは混乱していた。
緊張のためかやたらと喉が渇く。
まともに飲み物も置いていないが、水とコップくらいは用意されていた。
なにか気を紛らわしたくて、マサヒコは一気に水を飲んだ。
と、思われたときにはリョーコの上半身は下着一枚になっていた。
マサヒコは盛大に水を噴出し、大道芸人も真っ青な美しい虹を作り出す。
「ゴフォッ、なかむ、グッ、なにやtt、ゲホッ!」
まったく予想していなかった展開ではないが、さっきまでじっくり攻められていたのにいきなり速攻の作戦に出られるとは・・・
虚を突かれたマサヒコは動揺して、息継ぎもままならない。
「落ち着いて・・・マサ」
そんなことを、下着姿の女性に言われても。
そう抗議したいのは山々だったが、マサヒコは上手く喋ることが出来ない。
その隙を狙って、リョーコは井上康生を彷彿とさせる内股でマサヒコをベッドに押し倒す。
「落ち着けって言ってんでしょぉ」
じ、と意地悪く見つめられ、マサヒコはやっと落ち着きを取り戻した。
しかし、胸の鼓動は早くなるばかり。
マサヒコも男である。
黒のブラに包まれた二つの膨らみを、意識せずにはいられなかった。
余計な肉のない引き締まった体に、妖艶な匂いが鼻をつく。
ぞわ、とスイッチが入ったように、マサヒコの体は反応を始めていた。

「あっ・・・」
マサヒコに男の反応があったことをいち早く発見し、リョーコは嬉しそうにニヤついた。
「EDじゃなかったか・・・」
本気で言っていたわけではないが、このご時世にあそこまで浮付かないのは異常としか思えなかった。
あの家にエロ本の一冊もなく、嫌々ながら真顔でAVを鑑賞し、嫐る体位でも無反応のあのマサヒコが。
今、自分の姿に欲情している。
リョーコはなんとも言えぬ勝利感に満たされていた。
「触ってもいいんだよ・・・」
それがなにを指しているのか、マサヒコには分かっていた。
そして、それを実行することがなにを意味するのかも。
「大丈夫・・・誰にも言ったりしないよ」
リョーコ自身も、マサヒコがそれを行うことの代償を知っていた。
むしろ、だからこそだったのかもしれない。
自分がもう、取り戻せない純粋さ。
その塊みたいな少女から、マサヒコを奪うこと。
生徒たちを思う気持ちと、略奪欲を天秤にかけること自体への罪悪感。
とことん、堕ちてやろうという覚悟があった。
・・・それなのに。



マサヒコはグイッと体を反転させ、リョーコの上になる。
ある種、悪者に成り下がる自分に酔いを感じながら、マサヒコの行為を待った。
「俺は・・・今から中村先生を抱きます」
思いもよらない言葉。
そんなことを言わなければ、被害者でいられるのに。
マサヒコはキレイなままでいられるのに。
「俺の意思で、あなたを抱きます」
マサヒコの言葉の一つ一つが、リョーコに染み渡る。
築き上げてきた心の鎧を溶かすように、熱く、激しく。
マサヒコはリョーコの体に唇を落とす。
チュ、チュとマーキングするように、何度も。
「あぁっ・・・」
こんな行為、慣れっこのはずなのに。
まるで、灼熱を押し付けられているような感覚を味わっていた。
肩に、胸に、腹に・・・
そうして下降しつつ続けられる灼熱の口付けに、リョーコは陶酔していた。
下腹部まで達したところで、マサヒコはそっと行為を中断する。
頂点まで達しそうだったリョーコにとって、ここでの中断は生殺しに他ならなかった。
マサヒコは、自分の上着を脱ぎ捨て、あっという間に上半身裸になる。
「これで平等ですね・・・」
そう言って、マサヒコはリョーコに圧し掛かる。
首筋にそっと舌を這わせて、軽く息を吹きかける。
「ひっ・・・!」
リョーコはこんなにもマサヒコに翻弄されることは予測していなかった。
地肌と地肌が触れ合う感覚。
無防備な首筋を攻められる焦燥感。
中断された下腹部までの熱が、湧き上がるようにリョーコの全身を燃え上がらせた。
「ちょっと体浮かせてくださいね・・・」
快感に意識をとられて、リョーコは反応がいちいち遅れていた。
促されるままに身を預けていると、気づけばブラを外しにかかられていた。
しかも、片手で。
手つきが慣れてるな、とリョーコは複雑な思いになる。
マサヒコの早業によりブラは外され、形のいい乳房がぶるっ、と外気に晒される。
先端は勃起し、張り詰めていた。
それを口に含んだマサヒコは、舌で遊ぶように転がしながら吸い上げた。
もう片方の乳房は、マサヒコの片手で弄ばれていた。
「あっ、あっ・・・・・・・・・んんっ!!」
マサヒコが乳首を吸い上げ、もう片方の乳首をつまみ上げた瞬間のことだった。
リョーコは体を大きく跳ねさせ、虚空を見つめた。
「・・・イキました?」
マサヒコの余裕のセリフに、憎たらしさすら覚える。
百戦錬磨の中村リョーコ様を、こんな風に蹂躙して。
イキました?、なんて言葉を、一方的に浴びせられるようになるなんて。
ここではリョーコも妙なプライドがあり、反撃に転じようとする。
「そういうアンタも・・・!」
リョーコはガバっと体位を入れ替え、片手でマサヒコのベルトを外す。
このあたりの技術も白熱の対象なのか。
外れたと同時に、下着まで一気に下ろしてしまう。
リョーコの眼前には、待望の男根が聳え立っていた。



「おおっ・・・」
これは中々いいものを、と職人のような目つきになるリョーコ。
ギラギラと目を輝かせるリョーコに、マサヒコは照れる。
「あの・・・」
「ん?」
マサヒコは、申し訳なさそうに話し始めた。
「名前で、呼んでいいですか?」
「ほあっ?!」
なぜこのタイミングで、と思ったこともあってか、リョーコは出したこともないような声で反応してしまった。
「こういうのは・・・やっぱり・・・」
その先を、妙に恥ずかしげにするマサヒコ。
やはり、愛しさを感じずにはいられなくて。
「いいわよ・・・マサ」
そう言って、リョーコはマサヒコの男根をくわえ込んだ。
やられっぱなしでたまるか、という意思の現れか、リョーコは最初からペースを飛ばす。
竿の根元から、裏まで舌先を存分に使って舐めまわす。
いかにこの数年でマサヒコも経験を積んだかも知れないとはいえ、ここまでのテクニックは未経験であることは容易に想像できた。
いたいけな女子高生どもなんぞに、この中村リョーコ様のテクニックが劣るはずもない。
マサヒコの反応を確認するまでもなく、一気にディープスロートまで転じた。
「うっ・・・あっ・・・」
マサヒコのあえぎ声が聞こえる。
それだけで、リョーコは言いようのない興奮を覚えた。
チラ、とマサヒコの顔を覗くと、端正な顔を歪ませて快感に浸る美青年がそこにいた。
ここぞとばかりに一気に攻め込むリョーコ。
女のように甲高い声をあげるマサヒコを、十分に堪能しながら。
「もうっ・・・イクッ・・・!!・・・リョーコッ!!!」
そう言った瞬間、リョーコの口内にマサヒコの欲望が爆発した。
ドクッ、ドクッと凄まじい勢いで口内に射精され、舌で転がしつつ飲み込む。
アドレナリンが分泌されるように、リョーコの欲望は増していくばかりだった。
「はぁッ・・・美味しい・・・♪」
本来精液に美味を感じるはずもないのだが。
愛の成す業か、はたまたリョーコ独特の味覚なのか。
精液を堪能するリョーコは、魅惑のアドレナリンを放出しているようだった。
マサヒコ自身も、リョーコを見て興奮を増長させていた。



「手ぇ、ついて・・・」
リョーコを四つん這いにさせて、一気にズボンを下ろす。
ブラとお揃いの黒いショーツは、ビショビショに濡れそぼっていた。
「こんなに濡らして・・・」
あぁ、もう官能小説みたいだな、とマサヒコのセリフに苦笑するリョーコ。
しかし、そんなありふれたセリフがリョーコの被虐嗜好を刺激していた。
年下の元教え子に、蹂躙されている。
頭の中で現状を把握すればするほど、リョーコの思考はパンクしそうなほどに膨れ上がった。
下着をそっと下ろすと、ツー・・・っと糸が名残惜しそうに残る。
マサヒコの前に晒された秘所は、恥ずかしいほどに濡れそぼっている。
「綺麗ですよ・・・」
マサヒコの指が、割れ目をそってなぞる。
ススス・・・と、もったいぶるようにジリジリと。
「あぁん・・・マサ・・・」
はやく、はやくと目で訴えるものの、そんな目をされることも計算済み。
結局、マサヒコの加虐嗜好を煽るだけなのであった。
いつになったら、とリョーコが辛抱しきれなくなったときだった。
ズブッ、とマサヒコの指が割れ目の中へと食い込む。
「ふあっ!!」
リョーコはいきなりの快感に体を跳ねさせ、喘ぐ。
マサヒコの姿を確認することが出来ないため、次の一手が予測できない。
とはいっても、この体制から攻められる箇所は限られるのだが。
マサヒコは中で指をしっとりと動かしながら、舌をクリトリスへと這わせた。
「んあああぁぁぁぁぁっっ!!!」
女性にとって全般的に言える性感帯。
もちろん、リョーコにとっても例外ではなかったが・・・
今まで交わってきた男たちだって、リョーコを鳴かせようとここを攻めるのは常套手段。
いわば、慣れっこのはずだった。
なのに、こんなにも声が抑えられないくらいの快感が得られるなんて。
自らの秘められた被虐嗜好と、長年不足していた愛欲に満たされ、リョーコはこれ以上ない快感を得ていた。
チェンジオブペース、決してがむしゃらにでもなく、優しすぎもせず。
マサヒコの卓越した技術は、才能の成すものなのか、経験の成すものなのか。
そのどちらかによって大きくニュアンスは変わるものの、今のリョーコにとってはどうでも良いことだった。
Gの前後を微妙な加減で擦りながら、クリを挟み上げるように舐める。
「んっ、んっ、んっ、んっ」
段々と極まってくるリョーコの声に、マサヒコも気づいていた。
グチュグチュ、と水っぽい音が響き渡る。
音を立てれば立てるほど、リョーコは自分が犯されていることを実感して興奮する。
マサヒコもまた、わざと大きく音を立てるように演出していた。
「駄目っ!!来るっ!!あぁッ!!!!イクッ!!!!!」
矢継早に、限界を伝える声。
少し遅れて、リョーコは盛大に潮を噴き上げた。
ベッドがビショビショになってしまったのも気にせず、マサヒコは倒れこんだリョーコを抱き上げる。
「終わってないですよ・・・」
潮吹きなんて、ここ数年していないのに。
絶頂を味わった直後、まだ迫るマサヒコに戦慄すら覚える。
「ま、待ってマサ」
なんとか時間を稼ごうとするものの、すでにマサヒコの男根は完全回復していた。
結局そこに目が行ってしまい、ゴクリ、と生唾を飲む。
同時に、そこで時間を稼ぐべきであったはずの言葉までも飲み込んでしまった。



マサヒコは脱ぎ捨てられた上着のポケットから、財布を取り出した。
あぁ、持ち歩いてるのねと感心するリョーコであったが、それはすぐに撤回することになる。
「・・・・・・イチゴ味・・・」
綺麗に包装された近藤さんは、初恋の味。
こんなふざけたキャッチフレーズのアイテムを持ち歩いているなんて、マサヒコの私生活を疑うリョーコ。
「信じてもらえないかもしれませんけど、もらいものです、ソレ」
凄いタイミングで持ってたな、とも思うリョーコであったが、本妻相手に使う代物ではないということでも有るのかもしれない。
自分には愛人がお似合い、そんな考えをまた過ぎらせていたが、察したのかマサヒコはソレをリョーコに手渡した。
「付けてください」
生意気な、と思いながらも渋々口にコンドームをセットするリョーコ。
マサヒコの男根にあてがって、一気に装着する。
「マサ、顔見てたい」
後背位よりも、正常位で。
リョーコは自らが心を許す相手との行為を、実感したかった。
相性の問題なのか、リョーコは後背位のほうが本来好きであるのだが。
マサヒコは慣れた手つきでリョーコをころん、と転がした。
「行きますよ・・・」
濡れすぎ、というくらいの秘所に、マサヒコの男根が挿入される。
ズブ、ズブ・・・・・・
「あっ・・・イイッ・・・!」
想像以上に、イイ。
リョーコは今まで感じてきた快感の中でも至高のものを味わっていた。
相性か、大きさか、愛か。
そんなことはどうでもいいくらいに、リョーコの中でマサヒコの分身が暴れ始める。
「動かしますよ」
どんどんと分泌される愛液で、滑らかに出し入れを繰り返す。
締め付けはきつくなり、快感の摩擦が二人に電撃を走らせる。
マサヒコ自身も興奮を増したのか、次第に激しさは加速を増していく。
パンッ、パンッ、と二つの肉壁がぶつかり合う音がどんどんと大きくなって、部屋中を支配する。
あまりの激しさにリョーコは自ら腰を振ることもままならず、挿入の衝撃に乳房をぶるっぶるっと弾けさせた。
左右の動きも加え、完璧なテクニックでリョーコを圧倒するマサヒコ。
マサヒコの分身は、リョーコの中で滅茶苦茶に暴れまわった。
リョーコも視点が定まらないくらいに興奮し、自分の腰の動きも加え始めた。
元々セックスの技術に関して優れているリョーコだから、本領が発揮されれば一方的に攻め入られることなどない。
守勢ながらもやっと土俵にたったリョーコだったが、マサヒコはさらにペースを上げる。
パンッ!パンッ!パンッ!と突き上げられ、体中に衝撃と快感が響き渡る。
「ふあっ、あぅ、あああぁっ」
またしてもリョーコは快感の海へと放りやられる。
全身が性感帯になるような、どうしようもない状態。
もう、何もかもが弾けてしまいそうだった。



「だっ、駄目ッ、マサっ、まさっ」
イキそう、イッちゃう、とにかく伝えたいのに。
一緒にイキたいという願望もあったが、どうにもペースから考えて自分のほうが持ちそうにもなかった。
それを察してか、マサヒコはピストンのストライドを一際大きくする。
リョーコの限界はもう目の前まで来ていた。
「俺も・・・イキますっ・・・!」
一緒に、やっとイケる。
待望の一瞬は目の前にある。
「リョーコッ・・・!」
「あああああああああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
名前を呼ばれて、それをキッカケに達するリョーコ。
「うッ!」
ほぼ同時に、マサヒコも射精の瞬間を迎えた。
マサヒコは即座にゴムを外し、男根をリョーコの眼前へ向ける。
ビュルッ、ビュルルルルッ!!!
リョーコの顔は一瞬にして真っ白な化粧を施されてしまった。
顔一面を静止で汚し、とろん、と意識を飛ばしたリョーコはこれ以上なく淫靡である。
マサヒコも大量の射精による虚脱感から、ふっとベッドに突っ伏した。


「慣れすぎよ、アンタ」
行為を終えて一休みしている最中に、リョーコが切り出した。
『あの』中村リョーコを掌で躍らせるようなテクニックを、どこで学んだんだと迫る。
『関東のセックスマエストロ』の看板も、今日限りになりそうだ。
「そんなことないですよ・・たまたまです」
セックスにたまたまなんかあるか、とでも言いたげなリョーコだったが、たどり着く先が分かっていたために追求しなかった。
改めて、自分の犯した行為がいかなるものであったか実感する。
「・・・キレイなままでいたかった?」
リョーコの言葉が意味することを、マサヒコも分かっていた。
自分たちの行為、それが示す裏切り。
リョーコにとっては経験済みのことかもしれないが、マサヒコがそれを経験しているとは考えにくかった。
「全部、自分で決めたことですから。後悔なんてしてませんよ」
嬉しいような、申し訳ないような気持ち。
少なくとも、確かなのは愛しい気持ち。
自分が、居るべき場所。
ずっと、求めてきた場所。
リョーコは、やっと本当にほしかったものを見つけた。

「・・・それにしても、俺こういうホテルなんて初めて泊まりましたよ」
「ホテルなんて、勝手な言いようだわ。こんなんじゃモーテルと変わらないもの」
フーッとタバコの煙を吐き出し、窓の外を見つめるリョーコ。
「今のアタシらには、お似合いかもね」
マサヒコを巻き込んだ罪悪感からか、自分と同じような道を歩ませようとしていることに対する後悔の念なのか。
瞬時、リョーコの表情が曇る。
「それでも」
マサヒコは、リョーコの手をとる。
「これからは、一人じゃない」
真っ直ぐにリョーコの瞳だけを見つめ、マサヒコはハッキリとした口調で話した。
「一人じゃないから」
言葉を出せないリョーコの唇を、マサヒコの唇が塞いだ。
降り注ぐように輝く星空は、いつしか明けようとしていた。

終わり

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