作品名 |
作者名 |
カップリング |
『濡れた実母』 |
75氏 |
- |
「はあ……」
曇色の空を見上げ溜息をついたのは我らが不幸のヒーロー、マサヒコ。
雨雨降れ降れ母さんが♪などと陽気な歌が憎らしいほどの豪雨。
それもそのはず、ひどい豪雨だというのに傘を持っていなかった。
家を出る時には降っていなかったからといって傘を持たずに家を出たマサヒコに責任はあるのだが。
「天野でも通らないかなー」
家が近いからというミサキが聞けばがっかりするであろう理由である。
「……待つか」
仕方なく雨宿りをすることにした。
五分経過。
「よく降るなー」
十分経過。
「せめて小降りになってくれ」
それが淡い希望であることを知るのはまだ先である。
一時間経過。
「…………」
┣¨┣¨┣¨と音を立てて降る雨。やむどころか激しさを増している。
「……仕方ない」
雑誌を傘代わりに家まで走ることを決断したマサヒコ。
いざ、一歩――と踏み出そうとしたところで思いがけない声がかかった。
「あら、マサヒコ」
「母さん」
マサヒコの母親である。
「いいところで会ったわね、アンタ傘持ってる?」
「いや、持ってないけど……」
「傘ぐらい持って歩きなさいよ」
「母さんに言われたくないんですが」
この豪雨の中、時間にして十五分ほどの距離にある駅前のカラオケ店から歩いてくる女傑はマサママくらいのものだろう。
「仕方ない。ほれ、行くぞ、息子」
「本気?」
ためらうマサヒコだが、マサママはすでに雨の中を歩き出している。
「我が息子ながら情けないわねー」
「我が母親ながら恐ろしいよ……」
渋々歩き出すマサヒコ。
その前を平然と歩くマサママは漢としか表現ができない。
二十分後に家に到着した時には可哀想なくらい水浸しとなっていた。
「ひどい雨だったわね」
「さすがにびしょびしょだよ」
Tシャツの裾を軽く絞るだけでコップ一杯分にはなりそうだ。
カラオケ店から歩いてきた母親はさぞかし濡れて――
「――って何してんだよ!」
「何って、着替えるのよ。アンタもさっさと着替えないと風邪引くわよ」
息子の真横で平然ブラ一枚になるマサママ。
付け加えるなら、場所は玄関である。
「脱衣場で脱げよ!」
「このまま上がったら床が濡れるでしょ」
「拭けばいいだけじゃ……」
「めんどい」
ここ三年弱でツッコミを鍛えられたマサヒコが唯一ツッコミ切れない相手は、実の母親であった。
呆れ返ったマサヒコの横でズボンに手をかけるマサママ。
「待て待て待て! それは待て!!」
「男のくせに細かいわねー」
「母さんがズボラすぎ」
「いやー、それにしてもまさか玄関で実の息子と二人で半裸で濡れ濡れになるとは思わなかったわー」
かっかっかっ――と、男のように笑うマサママ。
小久保マサヒコ十四歳――その母はあまりにも大きい壁である。
……越えなくてはならない壁かどうかはこの際置いておこう。
おしまい