作品名 |
作者名 |
カップリング |
『ちょっとだけの勇気』 |
75氏 |
- |
「こんばんは」
「こんばんは……」
と、私、天野ミサキが挨拶を返したのは私の幼馴染み、小久保マサヒコくん。
それがどういうわけか同級生、的山リンコちゃんの手を握っている。
その姿を見るのは2度目なわけで。
「実はさ――」
『またコンタクトにしてみましたー』
『使い捨て?』
『はい、そーです』
『使い捨ての方が安いからリンにはぴったりじゃない?』
『あの時は大変でしたからね』
『えへへ、前はゴメンねー』
『またはしゃぐと前みたいに落とすわよ』
『つーか、ベランダに出ないほうが――』
『また落としちゃった……』
『また!?』
『両方』
『また両方!!??』
『言ってる先から……』
『でも中村先生が免許あるから――』
『車がないとダメに決まってるでしょ』
『ということは――』
『リンの帰りは頼んだわよ』
『またか……』
「かくかくしかじかなんだよ」
と、以前と同じセリフ。
「そ、そうなんだ。気をつけてね」
対する私も、動揺を隠しながら無理に笑顔。――と、ここまでは以前と同じだったんだけど。
「それにしてもちょうどよかった。時間ある?」
「え?」
「反対から的山の手、握ってやってくんない?」
確かに、左右からリンちゃんを挟めばリンちゃんも安全だしマサちゃんがおぶる必要もない。
マサちゃんにしてみればいい案だろうけど、リンちゃんにしてみれば物凄い子ども扱いな気がするなあ。
「帰り送るから頼むよ」
「いいよ」
「マジ? 助かるよ」
「送ってくれるなら帰りも安全だしね」
なんてのはもちろん建前で、リンちゃんが心配だからって理由でもない。
本当はマサちゃんと一緒に歩けるから。
最近は帰りが一緒になることもあるけど、それはあくまで学校帰り。
たまには通学路以外の道を私服で一緒に歩きたい――なんて、ちょっと贅沢かな?
「ハーレムだねえ」
「手を繋いでるだけだろ」
「むー」
相変わらずのリンちゃんだけど、思ったこと素直に言える性格は羨ましい。……内容はともかく。
私の想いを口にしたらマサちゃんはどんな反応するだろう?
言ってみたいけど言えないのは私に勇気が足りないから。
私にほんのちょっとだけ勇気があれば、ほんのちょっとだけ世界が違うのかもしれない。
勇気……出して、みようかな。
「そう言えば、クラス替えあんのかな?」
せっかく同じクラスになれたのにまたバラバラはちょっと――ううん、かなり辛い。
リンちゃんとだって、若田部さんとだって、まだまだいっぱい遊びたいしお話もしたい。
クラスが離れたら会う機会も少なくなるだろうし、お互いに受験勉強で時間もなくなっちゃう。
最初は寂しいけど、でも、そのうち慣れて――そんなのは嫌だ。
濱中先生や中村先生も一緒で、また皆で一緒にいたい。
『いつまでも皆と一緒にいられればいいなって……』
今年の初詣のマサちゃんの言葉の意味はこういうことだったんだ。
恥ずかしい話だけど、今ようやくわかった。
「……またみんな同じクラスになれるといいね」
願いを込めて言ってみる。
「そうだね」
「……だな」
2人が同じクラスになりたいと思ってくれる、それだけのことなのに嬉しい。
こうやって一緒に歩いて、同じことを考えてる。
勇気を出そうって決めたばかりなのに、こんな関係を長く続けたいとも思ってる。
でも、このままじゃいつまでたっても――うん、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから勇気を出してみよう。
頑張れ、私。
他愛のない話をしているうちにリンちゃんの家についた。
「今度コンタクトの時はメガネ忘れんなよ」
「わかった。ミサキちゃんもありがとう」
「うん、バイバイ」
メガネがないとそんなに不便なのか、まだふらふらしながらリンちゃんは家の中に入っていった。
「悪いな、付き合わせて」
「いいよいいよ」
マサちゃんと歩けるから、悪い気はしないし。――なんて言えるわけないけど。
「さ、帰るか」
「うん」
すると、マサちゃんが手を差し伸べた。
「!!!!!!!」
「あっ――と。ついさっきまで的山の手を握ってたからつい。悪い悪い」
離れそうになる手をぎゅっと握りしめる。
「天野?」
「こ……このままでもいいよ?」
今、私が出せる精一杯の勇気。
顔どころか全身から火を噴き出しそう。
マサちゃんと手を繋ぐリンちゃんが羨ましかったから。
「ごっごめん、恥ずかしいよね」
慌てて振りほどこうとする手が握られた。
「……おぶらないからな」
陽も落ちて周囲は暗いけど、マサちゃんの顔が赤くなってるのはわかる。
手の平からマサちゃんの体温が伝わってくる。
「ほ、ほら、帰るぞ」
「うん!」
二人とも照れながら手を繋ぐ、この距離がマサちゃんと私の今の距離。
少しずつ、少しずつこの距離を詰めていこう。
いつか『好き』と言うその日まで待っててね、マサちゃん。
おしまい