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カップリング |
「前夜祭〜本祭」 |
518氏 |
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月曜の学校というのは、何処か重たい雰囲気になるのは否めないだろう。
だって休日明けだから。
彼――小久保マサヒコもそうだった。
ボーっとした様子で頬杖をつき、気だるい感じでため息ついたりして。
しかし前述の通りそれは彼に限った事ではない。
クラス全体がそんな気だるい雰囲気で、どこか覇気が無かった。
過去形。
そう、彼女の一言がクラスの空気を変える事になったのだ。
彼女はクラスに入ってくると一直線にマサヒコの机の前へ。
「小久保君……」
「んあ?……ああ、若田部。おは――」
おはようと言うより早く、アヤナが衝撃の一撃を放つ。
「私の彼氏になって」
晴れ渡る大空を切り裂く一陣の雷光。
人、それを”青天の霹靂”と呼ぶ。
意味は各自調べておくよーに。
「あ〜……まあとにかく落ちつけ、若田部」
クラス全員が衝撃発言から立ち直らない内にマサヒコはいち早く正気になる。
慣れてるのだ。
青天の霹靂には。
「とりあえず、だ。俺まだ寝ぼけてるみたいだから改めて聞いてもいいか?」
「……私の恋人になってほしいのよ!」
顔を真っ赤にして、怒った様にそういう。
……怒っているのは照れ隠しか?
この頃になると教室がざわめき始める。
おいおい、若田部がついにマサヒコに告白したぜ!
うわ……天野さん大ピンチじゃん。
俺小久保の事ひそかに狙ってたのに……超ショックなんですけど。
おい、誰かとなりのクラスに知らせに行けよ。
朝っぱら告白とは…やるわね若田部さん!
……めちゃめちゃ不穏当な発言があったのは気のせいにしておきたいマサヒコ。
そしてもうひとつ気のせいにしておきたい事が。
ちりちりと後頭部に焼けつくような視線を感じる。
このプレッシャー……シャアか?
……いや、ミサキだ!
恐ろしいまでの闘気を発している!
ざわめく教室。
感じる殺意。
先ほどまでの気だるい雰囲気は地平線の彼方までぶっ飛んでいってしまっている。
ざわざわと騒ぎが徐々に広がる。
マサヒコは大きく息を吸い、吐く。
「わけを聞こうか?」
しばしの躊躇の後、アヤナは口を開く。
「……それは――」
「よーし、ホームルームはじめるぞー!みんな席つけー」
「「先生間が悪過ぎ!!」」
「な、なんだよ!?」
クラス全員からシュプレヒコールを受けてちょっと泣きそうになる豊田先生だった。
時は流れてお昼。
楽しい楽しい給食の時間なのだが。
アヤナの真意を聞き出さんと全員がアヤナとマサヒコの会話に聞き耳を立てる。
それまでの休み時間には色々あって話をする事が出来なかったのだ。
「で、だ。若田部。わけを聞こうじゃないか」
異常に静まり返った教室にマサヒコの声が響く。
「なんでまた俺を恋人になんて言い出したわけだ? いきなり」
「……アナタの事が…す、好きだからに決まってるじゃない」
顔を赤らめて、恥ずかしげにマサヒコから視線を逸らして話すアヤナの姿。
それは正にマサに恋する乙女。
……くだらんシャレは聞き流せ。
とにかく。
そんなアヤナの姿に涙する男子達、そして一部女子達。
アヤナに懸想していた男子とマサヒコに心寄せていた女子達だ(一部性別逆もあり)
結構多い。
二人共人気あったんですな。
「若田部……ホントの事を話してくれないか?」
「……」
マサヒコの言葉に、アヤナは大きく息を吐き。
「実は――」
真実を話し始めた。
曰く。
昨日兄とちょっとした口論になったらしい。
原因は兄の後輩をアヤナに紹介するしないで。
アヤナの兄はアヤナと違い軽い性格で、お気楽な男。
その兄の紹介する男など兄と似たり寄ったりのとぼけた男だからとアヤナは激しく拒否。
しかし。
腐っても兄は日本の大学の最高峰、東京大学の学生。
即ち後輩も東大生のエリートだ。
将来東大を目指すだろうアヤナにとって悪い相手じゃないだろう?とは兄の言い分。
アヤナもあの手この手で兄の勧めを断ろうとするが。
そこは年の功と知力の差。
丸め込まれてしまいそうになったため、アヤナはジョーカーを切った。
私には付き合ってる彼氏がいるのよ!と。
効果は覿面であったが、リスクも大きかった。
じゃあ週末あわせてくれ、と。
言われちゃったわけだ、これが。
「なるほど。事情は大体飲み込めた。俺に恋人のフリをしてほしいと?」
「……ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝るアヤナ。
ここで突っぱねる事が出来れば。
マサヒコはなんの苦労もしないのだろう。
しかし。
彼は小久保マサヒコなのだ。
「わかったよ。協力する」
「……いいの?」
困っている人を見捨てておけず。
結果、泥沼に足をつっこむ。
「もちろん。困ってたら助け合うのが友達ってもんだろ?」
そう言って笑うマサヒコ。
それが小久保マサヒコの魅力。
「……ありがとう、小久保君」
「いやいや。で、俺は具体的にどうすればいいんだ?」
「兄は結構カンが鋭い所があるから。とにかく兄に会うときまでに――今週末までに、
私を……その……恋人だって自然に振舞えるようにしてほしいの」
「難しいな、おい」
女性との交際経験がないマサヒコにとってはちょっとした難題だ。
「そんなの簡単だよ、小久保君」
「どうしろってんだよ的山?」
それまで他のクラスメートと一緒に成り行きを見守っていたリンコがお気楽に言う。
「これから週末までホントにアヤナちゃんの事を恋人だと思って行動すればいいんだよ」
「だから、それが難しいって言ってんだよ、俺は。具体的にどうしろと?」
「一緒に帰ったりとか。そんな感じでいいんじゃないかな?」
マサヒコの疑問に答えたのはミサキ。
つい先ほどまで魂も凍りそうな殺意をマサヒコに叩きつけていた張本人。
マサヒコの事が大好きな彼女ではあるが、アヤナもまた大切な友人の一人。
どうやら友のピンチにあえて恋愛感情を押さえ込んだらしい。
ええ娘や。
「それだけでいいのか?」
「まあ他にも色々ね。日常生活での恋人チックな行動、言動。
もろもろは私達でチェックするから」
そう言ったのはカチューシャをつけた女子生徒。
「クラスメートの危機はクラスの危機。
みんなで協力して若田部さんと小久保君を何処に出しても
文句のつけようがないカップルに仕立て上げましょう!」
彼女の言葉にクラス全員が鬨の声を上げる。
お祭り騒ぎだ。
どうやらクラス全体でアヤナ×マサヒコをバックアップするつもりのようだ。
……リアル電車男か?
「さささ、若田部さん。もっと小久保君にくっついて」
「え、ええ!?」
「だめよ。もっと仲睦ましげにしないと。ほら、給食食べさせてあげて」
「えと……はい、小久保君。あ、あ〜ん」
「……」
「堪えて! ここは堪えてミサキちゃん!」
「若田部さんのために堪えるのよ!」
鬼も裸足で逃げてくだろう闘気を発するミサキを数人がかりで宥める。
「ほら小久保君! 口開けて若田部さんを受け入れて!」
「いや……マジで付き合ってても給食でそんな事しないだろ?」
「「黙ってて!!」」
「……はい」
結局アヤナに全部食べさせてもらった。
弱いぞ小久保マサヒコ!
羨ましいぞ小久保マサヒコ!
明日はどっちだ小久保マサヒコ!
その後週末までの間は色々大変だった。
クラスメート+家庭教師の指導を受ける。
呼称が「若田部」から「アヤナ」へと変化させられたり。
アヤナファンに校舎裏に呼び出されちゃったり。
ミサキが何度か爆発したり。
嵐のような1週間だった。
ただ、クラス全体に妙なまとまりがあった。
一つの事をやり遂げようとする一体感。
その結果が今日出る。
「長い1週間だったなぁ……」
「なにしみじみしてるの。本番はこれからなんでしょう。しゃんとしなさい」
そう言ってリョーコがマサヒコの背をバンと叩く。
「つーか、中村先生がなぜここに?いや、中村先生に限った事じゃないんすけど」
ここは若田部家のリビング。
自宅であるアヤナと恋人役のマサヒコはわかるとして。
アイ、リョーコ、リンコ、ミサキの四人も何故か一緒に茶を啜っている。
「正直気が散るんですけど」
「あら、御挨拶ね。あんたがぼろを出しそうになったら助けてあげようと思ってたのに」
「そうそう。私達は君達のことをフォローするためにここにいるんだから。
決しておもしろ半分とか興味半分じゃないからね」
「……」
アイ先生はウソがつけない性格なんです。
「ただいま〜」
そうこうする内に、アヤナの兄が返ってくる。
「おお?なんだなんだ?かわいい子がこんなに」
「兄さん、そこに座って」
「アヤナの友達か? はじめまして。俺はアヤナの兄の――」
「兄さん!!」
なれなれしくアイ達に声をかけようとしていた兄をアヤナの鋭い声が制する。
「なんだよぉ」
「sit down!!」
「サー! イエス! サー!」
完璧な発音で命令され、素直にソファに腰をおろす。
「で、どうしたアヤナ?」
「前に話したでしょ? こ、恋人のこと」
「言ったっけ? そんな事?」
「ほら、1週間前に」
「……ああ。はいはい」
ポンと手を打つ兄の様子にホッと息をついたアヤナだが、
「覚えてない」
「は?」
「いや〜、あの日はベロンベロンに酔っ払ってさぁ。家に帰ってからの事なーんも覚えてないんだよ。
ほら、俺って酔っても顔に出ないから。いや、しかし……そうかそうか」
ポンポンとマサヒコの肩を叩く。
「身内の俺が言うのもなんだがアヤナはかわえ〜し、乳もでかいし。
その分なんかみょ〜に潔癖に育っちゃって。彼氏なんか到底出来ないと思ってたのにな。
まあ仲良くしてやってくれ少年」
そう言ってへらへらと笑う。
「ところで少年」
「はい?」
「もうヤッちゃった?」
「こ・の! バカ兄!!」
飲みかけのティーカップを投げつける。
兄、見事キャッチ。
「あっつぅ! おまっ…アヤナ! これマイセンだぞ! 割れたら母さんが怒るぞ」
「うるさい! ばか! 死んじゃえ!!」
置いてあった六つのティーカップを次々投げつける。
「わっ! とっ! ほっ! おいアヤナ!
なんかわからんが悪かった悪かった、俺が悪かったからもう――おごっ!」
ティーカップが弾ぎれしたので投げつけたクリスタルの灰皿が兄の腹部直撃。
腹部でよかった。
頭部直撃だったら逝っちゃってましたね。
人を殺める鈍器ナンバーワンですから、クリスタルの灰皿は(火サス調べ)。
「き、効いたぁ……こいつは効いたぜとっつぁん」
「とどめ!」
「おおおう!!」
「ま、待て若田部! テーブルはよせ!」
兄の小ボケもスルーしてテーブルを振り上げたアヤナを羽交い締めにするマサヒコ。
「でかした少年。後は任せた少年。全て君に託すぞ少年」
その隙に兄はマサヒコへの感謝だかよくわからないセリフを残して部屋から…いや、家から脱出。
「落ちつけって若田部。ほら、テーブル下ろせって。な?」
言われるままにテーブルを下ろすが、
「なんで……なんで兄さんはあんなに…あんな……」
兄の所業というかなんと言うかに涙ぐんでしまう。
「迷惑かけたのに……クラスのみんなにも……いっぱい、いっぱい迷惑……」
「なんだかんだ言ってみんな楽しんでたんだから、誰も迷惑だなんて思ってないって」
マサヒコに慰められ、アヤナは涙をいっぱい溜めた目をマサヒコへ向ける。
「本当?」
「本当だって。なあ?」
ミサキとリンコに同意を求める。
「そーだよアヤナちゃん。私楽しかったよ」
「的山さん……」
「まあミサキちゃんは面白くなかったかもね〜」
「ど、どーいう意味ですか中村先生!?」
「フリとは言え仲良くするアヤナとマサの姿に寂しさと切なさを覚えて、
その切なさを癒す為に夜毎指が敏感な所へと」
「してませんそんなこと!!」
「まあまあミサキちゃん。ウラスジできてるよ」
「青スジでしょ!!」
「お、落ちついてミサキちゃん」
ぎゃーぎゃー言い始めた四人に苦笑するマサヒコ。
「な? あんななんだからさ。気にするなよ。
クラスの連中には上手くいったって言っとけばいいさ」
「……そうね」
目元を拭い、いつもの凛としたアヤナへ。
「ありがと小久保君。それに天野さんも、的山さんも」
頭を下げる。
「それで、お礼ってわけじゃないんだけど、晩御飯を御馳走したいんだけど」
「ほんと!? わーい! アヤナちゃんの料理おいしーんだよね〜」
バンザイして大喜びのリンコ。
「それじゃあ御馳走になっちゃおうかな? ね、マサ君」
「そうだな」
ミサキとマサヒコももちろん快諾。
「おねえ様たちも是非食べていってくださいね」
「え? でも私達なんにもしてないよ」
「心配かけしましたから。是非」
「そうねぇ……」
「兄秘蔵のワインも出しますよ」
「ゴチになるわ」
アヤナの一言にリョーコは即座に反応。
相変わらず左党な人です。
「でもただ御馳走になるのもあれだから、私も手伝うよ」
「あ、じゃあ私も」
「わたしも〜」
アイの提案に乗っかるミサキとリンコだが。
「あんたらは足手まといだから」
「ひどっ!」
リョーコの一言で部屋の隅で影を背負ってしまった。
そんな二人を見てアヤナからも笑みがこぼれる。
「天野さんも的山さんも手伝ってもらえる?」
「え? でも中村先生の言う通り私達足手まといだよ?」
「野菜の皮むきとか、食器の準備とかお願いしたいから」
アヤナの言葉にミサキとリンコは顔を見合わせ、
「「うん!」」
笑顔で快諾。
三人仲良くキッチンへと向かった。
「あらあら。アヤナもずいぶん丸くなったものね」
「そうですね。今回のことはアヤナちゃんにとっていいことだったかもしれませんね」
リョーコと「手伝う」とは言ったがあえて同い年の三人にキッチンを任せたアイの会話。
「人からの優しさに触れることで自分も優しくなれた……ってとこね」
「はい」
「そしてその中心にいたのは……」
リョーコはキッチンから視線を転じる。
アイもまたリョーコの視線の先を見ていた。
こぼれた紅茶と、ティーカップの始末をしているマサヒコの姿。
「うわ〜ん! ゆびきったぁ!」
「だ、大丈夫リンちゃん!?」
「おねえ様! 手を貸してください!」
キッチンから聞こえてきた悲鳴やら焦った声に中リョーコとアイも顔を見合わせ笑った。
「行きましょう先輩」
「まったく……客に手伝わせるなんてね」
「まあまあ」
結局女5人で楽しく料理。
出来あがった料理は6人みんなで楽しく食べ。
ちょっとお酒が入ったりしつつも、やっぱり楽しい一時を過ごす6人だった。
END