作品名 作者名 カップリング
No Title 518氏 アヤナ×マサヒコ

小久保マサヒコと二人並んで歩きながら、若田部アヤナは緊張していた。
「しかし若田部も意外とおっちょこちょいなんだなぁ。
食料品買いすぎるなんてさ」
そんなマサヒコの言葉に普段なら「おっちょこちょいなんて久しぶりに聞いたわ」なんて感じで。
若干の皮肉を込めて言い返してきそうなものなのだが、
「……あぅ」
恥ずかしげに頬を赤らめて俯くもんだからマサヒコもひどく調子が狂う。
「若田部……どっか悪いのか?」
「えっ!?な、なにが?」
「いや、なんかいつものキレが無いっつーか。妙な緊迫感が…」
「そんなことないわよ」
大ウソ。
ホントはものごっつ緊張している。
マサヒコが隣にいるせいだ。
昨日までのアヤナならそんなことは無かっただろう。
しかし今は違う。
原因は1時間ほど時を遡ることになる。



「は〜…肩こるわ〜」
放課後の校舎の中。
アヤナは肩をトントンと叩きながら教室へと戻る。
肩こりの原因は図書館で読書をしていたためだ。
巨乳だからではない……と思う。
改めて胸に軽いコンプレックスを感じつつ、教室の戸を開ける。
夕闇迫る教室に既に人影は――
「あれ?」
居ないと思っていたら机に突っ伏す人物。
その席の主は確か……
「……小久保君?」
呼びかけるが返事はない。
無視?いや、彼の性格上それはないし、
何よりアヤナが教室に入ってきた時にも何も反応がなかった。
ということは、だ。
「ひょっとして……寝てる?」
アヤナの予想通り。
近寄ってみれば寝息が聞こえてくる。
「こんなところで寝るくらいならさっさと家に帰ればいいのに」
若干呆れながら寝顔を見てみた。
「……」
思わず沈黙。
なんと言えばいいか、なんと言うべきか……。
線が細いと言うか、女顔のマサヒコの穏やかな寝顔に。
ドキッとした。
(……なんでドキッとするのよ……)
自分の身の内の変化に戸惑う。
精神が混乱する間に肉体は欲望のままに動く。
マサヒコの寝顔をもっとよく見ようと、いつのまにか顔を近づけていた。


その時。
「ん…」
「っ!!?」
アヤナの顔が真っ赤になる。
マサヒコの寝返りの拍子にアヤナの唇がマサヒコの頬に触れたのだ。
別に唇と唇、ネズミ to ネズミだったわけではないのだが。
だが、頬とはいえ触れてしまった事実。
マサヒコの僅かな身動ぎで触れてしまうほど近づいていた事実。
2つの事象が相乗効果を生み出していた。
真っ赤になって、触れた唇を押さえて。
アヤナは荷物を抱えて全速力で教室を後にした。



帰り道も赤らんだ顔は一向に冷める事無く。
家に帰りついて、冷蔵庫の中の冷たいジュースを飲んだ所でようやく落ち着く。
落ち着いた所で家の中の静かさに気づく。
「そっか。今日は誰もいないんだったわね……今日「も」かな?」
父は出張、母は友人と海外旅行、兄は……さて誰の家にいるのやら。
皮肉っぽく唇の端を吊り上げながら冷蔵庫の中を覗く。
見事にすっからかん。
「あちゃ〜……そーいえば昨日全部使いきっちゃったんだ」
そう言えば帰りにスーパーによってくるつもりだったのだ。
「うっかりしてたわね。あんな事があったから……あんなこと……」
改めて「あんなこと」を思い出し顔が赤くなる。
「あーもう!何なのよ!たかが「ほっぺにちゅ」ぐらいでこんな!
小学生じゃあるまいし!買い物!買い物に行こう!!」
着替えもせずにそのままスーパーへまっしぐら。
けれどスーパーの中でもついぼーっとしてしまい、少々買いすぎてしまった。
買い物袋の量と重さに難儀していると、
「あれ?若田部?」
「!!」
ビクーン!と身体を強ばらせる。
そしてゆっくり振り向けばそこには……
「こ、小久保君!」
思いがけずの大声。
出したほうも出されたほうもビックリだ。
「なんだよ大声で」
「ご、ごめんなさい!ビックリしてつい…」
「その割に俺が声をかけてからかなり間があったような……まあいいけど。買い物か?」
「ええ。今日誰もいないから。夕食用にね」
「……一人分のわりに量多くないか?」
「い、いいでしょ!小久保君には関係ないじゃない!」
そう言ってから、はっとする。
テンパッていたからとはいえ、かなり突き放した言い方になってしまった。
マサヒコを怒らせてしまったかと思ったのだが、
「悪い悪い。お詫びに持つよ、それ」
「え?あっ!」
まったく気にした様子はなく。
逆にアヤナの持つ買い物袋を持ってくれる。


「あの…小久保君?」
「ん?」
「その…あ、ありがとう」
マサヒコはなにも言わずただ笑う。
アヤナもはにかんだ笑みを返し。
二人並んで若田部家へ……即ち冒頭に至ったわけだ。
道中話を振るのはマサヒコで、アヤナは聞き手に回る。
意外にもマサヒコは話題が豊富で多岐に渡り、自然とアヤナは話に引き込まれる。
しかし。
楽しい時間が終わるのは早いもので。
あっという間に若田部家へと到着。
「ありがとう小久保君。お礼にお茶でもどう?」
それはもうちょっとだけサヒコと一緒にいたいとの願いから出た言葉だったのだが。
「もう遅いし、遠慮しとくよ」
「そう…残念ね」
本当に残念そうなアヤナ。

…………唐突に話は変わるが。
父がエリートである若田部家は裕福であり、家も結構な豪邸である。
防犯のため高い壁に囲まれ、玄関のみならず正門にも鍵がかかっている。
だからアヤナが正門前で鍵を取り出したのは当然の事だったのだが。
「あ」
うっかり鍵を落としてしまったのは予想外なわけで。
慌てて鍵を拾おうと手を伸ばすと同時に足も出てしまって。
足で鍵を蹴飛ばしてしまった。
蹴られた鍵は地面を滑り、そのまま側溝の天板の隙間へ吸い込まれる様にゴール・イン!
いや、この場合オウン・ゴールか?
固まるアヤナ。
マサヒコが側溝へと駆けより、隙間から中を覗く。
真っ暗で見えない。
ならば!と天板を外そうと隙間に手をかけ、あらん限りの力を込める。
動くわけないし。
無駄な努力をした後、マサヒコは今だ固まったままのアヤナに尋ねる。
「…合鍵とか持ってる?」
「(ふるふる)」
よほどショックだったのか、口を開かず、首を振るだけのアヤナ。
無言で見詰め合う二人。
お年頃の男女が見詰め合ってるんだから、甘い空気の一つも流れそうなものだが。
流れるのは寒寒とした空気。
先に口を開いたのはマサヒコ。
「えっと…鍵無しで家に入る手段は?」
「(ふるふる)」
「家族は遅くなる?」
「(ふるふる)」
「あ、じゃあ心配無いのかな?」
「(ふるふる)」
「……ひょっとして今日は誰も帰ってこない?」
「(こくこく)」
「あうちっ!……え〜っと…じゃあ鍵が無いと非常に困るわけだ?」
「(こくこく)」
さてどうしたものか?


茫然自失のアヤナの代わりといわんばかりに。
マサヒコの頭脳がフル回転する。
(こーいうときはどうすればいいんだ?どうやって天板を外してもらう?誰に?
下水は公共設備だから役所に電話すればいいのか??あ、でももう五時過ぎたしなぁ。
お役所仕事ってよく言うし。鍵を取り出す事ができないなら……鍵師に家の鍵開けてもらうか?
……番号しらね―や……困った…手詰まりだ)
マサヒコはちらりとアヤナを見る。
茫然自失と言うか、泣きそうと言うか。
普段の凛としたアヤナとは違い、ひどく弱々しい印象。
その様子にマサヒコの父性が大爆発。
何とかしてやろうという気になってくる。
しかし。
考えた挙句、自分にはどうにもできないというのが結論なんだから悲しくなってくる。
難題。
分不相応。
力不足。
体力の限界。
引退します。
……途中からなんかおかしいが気にするな。
結局子供の自分に出来る事は大人に頼ることだけ。
んでもって一番身近で頼りになる大人といえば、
「えっと若田部。とりあえずウチこいよ。な?」
パパンとママンだ。
「……(こくこく)」
しばらく考えた後、アヤナは頷く。
しかし。
その頬が赤らんでいたのは、嬉しそうだったのはマサヒコの目の錯覚だろうか?



「ただいま〜」
「おかえり。遅かった――おや?お客さん」
何故か寝ぼけ眼で出迎えたマサヒコ母がアヤナを見とめる。
「ああ、実はさ――」
マサヒコは鍵が側溝にボッシュートされたことを話す。
「ふ〜ん」
「で、どうしたもんかと思って」
「うん。じゃあウチに泊まってくといいわ」
「なぜそうなる」
すかさずマサヒコの切れ味鋭いツッコミ。
「だってしょうがないでしょ?他にどうしようもないじゃない」
「鍵師に頼むとか」
「あんたそーは言うけど高いのよ。鍵師って。
一月も二月も御両親帰ってこないわけじゃないんでしょ?
だったらウチに泊まった方が安上がりだし」
「まあ…たしかに」
鍵師への依頼がいかほどのものか知らないマサヒコだが、
頼むより頼まない方が安上がりなんて事は言わずもがなだ。
それに現在家長(父は現在長期出張中)たる母が
泊まってけと言ってるのだから問題もないだろうし。


「どうする若田部?」
アヤナはしばらく考えていた様子だったが。
やがておずおずと、
「……御迷惑じゃないですか?」
尋ねる。
対するマサヒコ母の答えは明瞭だった。
「ぜんぜん。多い方が楽しいじゃない」
大物だ。
懐が実に広い。
……な〜んも考えてないだけかもしれないが。
「さて、それじゃあ晩御飯は3人分か。何作ろうかしら?」
「へ?まだ作ってないのか?」
長針と短針は共に地面と垂直になろうとしている。よーするに午後六時だ。
普段の小久保家なら既に晩御飯が始まっていておかしくないのだが。
「ごめん。今の今まで居間で寝ちゃってた♪」
「駄洒落はいいから」
「……あんた最近ツッコミきついわよ」
拗ねた様子で唇を尖らせる母と呆れた様子の息子。
そこに割って入る客人。
「あの」
「?? どうしたの?」
「よかったら私に晩御飯作らせてください。
材料もありますし、泊めて戴くお礼もかねてぜひ」
「そう?いや〜悪いわね気を使わせちゃって。是非お願いするわ。
あ、冷蔵庫の中のものはなんでも使っちゃっていいから」
「はい!任せてください!」
勢い込んでキッチンへ向かうアヤナ。
一方その場に残されたマサヒコ。
「仮にもお客さんになんてことをさせるんだよ」
あっさりアヤナの提案を受け入れた母を非難するが、
「作りたいって言ってるんだから、遠慮するのも失礼でしょ?」
「でも若田部はお客さんだろ?」
「いいのよ。うちは泊めてあげる。彼女はご飯作ってくれる。
これでプラスマイナスゼロ。等価交換成立でみんなハッピーじゃない」
「それは……」
「そうすれば彼女だって変に負い目感じる事も無いでしょ?」
マサヒコはため息をつく。
確かに母の言葉は正しい。
正しいのだが。
「結局、母さんがラクしたいだけなんだろ?」
「あ、ばれた?」
マサヒコはまた大きなため息をついた。
(俺って父親似だよな、絶対)
そんな事を思いながらご機嫌な母の横を通りすぎ、自室へ。
滅入る気持ちを表すかのようにのろのろと着替えてからキッチンへ向かう。
キッチンではアヤナがエプロンをつけて忙しく動き回っている。
母の姿は無い。
代わりに居間からテレビの音が聞こえてくる。
……奥さん、職場放棄っすか。


「若田部、なんか手伝うか?」
「別に大丈夫だから、座って待ってて」
「献立はなんなんだ?」
「簡単なものよ」
「ふ〜ん…」
言いつつ、ちらりとガス台の上を見る。
中身はわからないが、鍋からはおいしそうな匂いが漂ってくる。
その匂いに触発されたか、お腹がクゥと鳴る。
空腹もあり、座って待っていたいところだが、目の前では同級生が頑張っている。
確かに待っててとは言われたさ。
けど素直に「はいそうですか」と言えるほどマサヒコは薄情ではない。
じゃあどうする?
この先アヤナが必要とするだろうアイテム。
即ち料理を盛る器をテーブルの上にスタンバイする。
気分はなんだかRPGのどこその村の村長だ。
……無理難題吹っかけてしょぼいアイテムを渡すような村長ではない……つもり。
それなりには役に立ってるよね?
そんなマサヒコの内なる声を聞いたわけでもないだろうが。
食器棚へと歩き出しかけたところでテーブル上の食器に目を留め、マサヒコをみる。
「それでいいか?」
「……ありがとう、小久保君」
笑みを向けられ、マサヒコはちょっと照れる。
だってアヤナって普段あんまり笑わない。
しかしながら元の作りは激烈にいいわけだし。
マサヒコもお年頃だし。
よーするに美人の笑顔にゃドキッとさせられる。
「小久保君」
「あ!?ああ、なんだ?」
急に声をかけられ内心ビックリ。
「もう少し深い器無いかしら?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
食器棚をあさる。
大体どこにどんな食器があるかだいたい把握しているつもりだったマサヒコだが、
「あれ?たしかここに……おかしいなぁ」
「違う、その下よ」
発見できないでいると母登場。
しかしマサヒコ母は手を貸すでもなくキッチンの入り口から顔だけ出して、
アヤナとマサヒコの様子をニヤニヤ眺めている。
「母さん見てないで手伝えよ」
「や〜…なんて言うかさ。懐かしんでいたわけなのよ」
「懐かしむ?」
「私達も昔はよく二人で台所に立ってたものよ。よっ!新婚さん♪」
「ばっ!なにいってんだよ!」
顔を赤くして怒鳴るマサヒコ。
一方のアヤナもマサヒコに負けず劣らず真っ赤で、まるでたこちゅーだ。
「軽い冗談じゃない。だいたいホントに新婚なら料理だけで終わるわけないし。
私もよく料理されちゃったもの♪」
「んなこといわんでいい!」
「その時できたのがあんたよ、マサヒコ」
「ば、ばかなぁぁぁ!!!」
衝撃の事実発覚。






そんなこんなで料理は完成。
本日のメニュー。
ロールキャベツ。
キャベツとにんじんとワカメのスープ。
キャベツとアスパラの温野菜サラダ。
「お〜!こりゃおいしそうだわ」
「それはそうだけど…キャベツ多くないか?」
「冷蔵庫の中のキャベツ痛みかけてたから、使いきっちゃおうと思って」
おずおずとアヤナ。
「小久保君、キャベツ嫌いだった?」
「いや、そんなことないけど」
「んまい!こりゃおいしいわ!」
一足先に料理に手をつけたマサヒコ母が感嘆の声をあげる。
「スープもいい味。お見事ね。しかもキャベツも使ってくれてるし」
「ありがとうございます」
誉められてはにかんだ笑顔。
そんなアヤナを見つつ、マサヒコもロールキャベツを一口。
「む…たしかにうまい」
「でしょ?……ねえ、こんな息子でよかったらあげるから嫁に来ない?」
「ええっ!!?」
たこちゅー再び。
真っ赤になるアヤナにマサヒコは苦笑を返す。
「悪いな若田部。母さん誰にでもそんなこと言うんだよ」
「……誰にでも?」
これはちょっと聞き捨てなら無い。
視線が鋭くなるのだがマサヒコは気づいた風もなく。
「前に濱中先生や的山にも言ったし、天野にも言ってたしな。
うちに来る女の子には手当たり次第だよ」
「嫁と姑の骨肉の争いってのをやってみたいのよ」
「我が親ながらなんでこんな……」
やれやれとため息。



食事もつつがなく終わり、リビングで食後の一服。
「は〜…ホントにおいしかったわ」
満足げなマサヒコ母。
確かにおいしかったことは間違い無いのだけれど。
しかし満足しているのは料理の味よりも料理をしなくてよかったという事実だろう。
後片付けはマサヒコにやらせてるし。
「ああ、そうだ。アヤナちゃんの着替えを用意しないと」
「お手数かけます」
何しろアヤナは制服姿だ。
いかに明日が休日だろうとも制服姿で眠るのは後々面倒だ。
皺になったりするから。


「ちょっと待っててね。何着かよさそうなの持ってくるから」
スキップでもしそうな勢いでマサヒコ母はリビングから出ていく。
その様子にアヤナが首を傾げていると、
「またなんか変なこと思いついたな」
後片付けを終えたマサヒコがリビングに入ってくる。
アヤナはマサヒコの分のお茶をいれる。
「はい」
「サンキュ」
ふ〜、とマサヒコが一服していると母がなにやら持って部屋に入ってくる。
「さて、色々持ってきたけどどれがいいかしら?」
「なに持って来たんだ?」
「アヤナちゃんのパジャマよ。まずはこれ」
差し出したのはスケスケのネグリジェ。
「どう?セクシーでしょ?」
「あの……ちょっとセクシー過ぎなんですけど」
「あなたのスタイルでこれ着てたらどんな男だってパツイチでコロッよ」
「俺しかいないのに着てもしょうがないんじゃ」
マサヒコの言葉に、アヤナはいささかむっとする。
その言い様はまるでアヤナを女と意識してないというか、
自分を誘惑するな!との遠まわしの言いようにも聞こえた。
いっそそのネグリジェでホントに誘惑してやろうかとも思ったのだが、
「やっぱりダメか。じゃあ次はこれ」
マサヒコ母があっさり流したので断念。
次に出してきたのは服ではない。
小さな小瓶。
……いかん、「小さな」と「小」瓶でかぶった。これじゃ頭痛が痛いと同じじゃん。
「あの……なんですか、これ?」
「シャネルの5番よ」
「マリリン・モンローかよ!」
かの大女優が下世話な記者に「夜寝る時に何を着る?」と言われ
「シャネルの5番よ」と答えたのはあまりに有名な話だ。
……有名だよね?
「あの……流石になにも身に着けないのは……」
「いいじゃない。全裸健康法ってあるし」
「母よ、家には俺もいるわけだしそれはちょっと」
「いいじゃん別に」
「よくねーだろ!」
マサヒコのツッコミに母は渋々断念。
「じゃあこれは?バカには見えない――」
「いかに親でも終いには力に訴えるぞ」
「――誰にでも見えるバスローブ。買ってから一度も使ってないから綺麗よ」
最後に取りだしたのはバスローブ。
「これなら文句無いでしょ!ふんっ!!」
「だからなんでキレてんだよ……」
呆れるマサヒコ。


アヤナはバスローブを受け取り、頭を下げる。
「わざわざありがとうございます」
「いいのよ。ご飯作ってくれたんだもの。自分のウチだと思ってくつろいじゃって。
あ、お風呂もう入っちゃう?」
「そんな。一番風呂をいただくわけには」
「それもそうか。アヤナちゃんのエキスがたっぷり出たお湯にバカ息子が
入ったらなにしでかすかわかんないもんね」
母のあんまりな言葉に。
「カンバックファザー……」
父は偉大だと涙ながらに認識するマサヒコだった。


けっきょく入浴はアヤナ、母、マサヒコの順に済ませた。


そして夜も深まり、草木も眠る丑三つ刻。
わかりやすくいうと午前2時。
二階の客間で就寝していたアヤナは不意に目が覚めた。
やけにはっきりと覚醒してしまい、すぐには眠れそうにない。
水でも飲もうと部屋から出ると、
「あら?」
マサヒコの部屋から僅かに光が漏れているのに気付く。
「まだ起きてるのかしら?……ちょっと話し相手にでもなってもらおうかな」
衣服の乱れを正し、軽く髪を整え、ちょっと緊張しながらコンコンとノック。
「小久保君、ちょっといい?」
返事はない。
さらにノック。
「小久保君?」
やはり返事はない。
そっと戸を開け、中を覗いてみるとマサヒコは胡座をかいてゲームパッドを握っている。
するりと部屋の中に入りこみ、マサヒコに近寄る。
「……寝てる?」
テレビ画面にはコンテニューかエンドかの選択表示。
状況を見るにゲームキャラと共にマサヒコも力尽きたというところだろう。
「まったく……寝るなら布団で寝なさいよ」
だが、そこで気付く。
マサヒコが寝ている。
近くにはアヤナだけ。
似たような状況が確か今日……正確には昨日あったはず。
フラッシュバックの様にアヤナの頭に放課後の教室での出来事が蘇る。
寝入るマサヒコと、魅入る自分。
そして、触れてしまった頬と唇。
「っ!!」
顔が熱くなる。
動悸が激しくなる。
胸が切なくて……苦しくなる。
「……」
意図せずに体が動いた。


マサヒコの顔を見ようと側に腰をおろし、下から覗きこむ。
学校の時と同じく、やはり穏やかな寝顔。
すーすーと規則正しく呼吸を繰り返す口に。
通った鼻筋に。
閉じられた目に。
釘付けになる。
目を……反らすことができない。
そして唐突に気づく。
相手に心奪われるこの状態は……まさか、恋?
そう考えると。
顔が熱くなるのも。
動悸が激しくなるのも説明がついた。
そう。
間違いなく。
若田部アヤナは。
小久保マサヒコに。
恋していた。
「ああそうか……そうなんだ。好きなんだ」
アヤナは恋を意識すると同時に開き直る事が出来た。
ずっと眺めていたい。
沸き起こった欲望に身をゆだね、マサヒコを見つめる。
飽きる事もなく。
いつまでも。
しかし、終わりは唐突にやってくる。
「くしゅん」
夜の冷気がアヤナの身体を苛んでいたようで。
不意のくしゃみ。
「ん……」
その声に反応して、マサヒコがゆっくり目を開ける。
「……あれ?若田部」
至近距離にアヤナを捉え、きょとんとした表情。
一方アヤナは慌てる。
自分がマサヒコの寝顔を見ていた事をばれない様にと、慌てて離れようとした。
「きゃっ!」
「へ?」
足がもつれた。
バランスを崩し、マサヒコ目掛けて倒れこむ。
半ば寝ぼけていながらマサヒコも咄嗟に支えようと手を伸ばしたのだが。
如何せん寝ぼけていた。
支えるはずの両手は見事にアヤナの両サイドをすり抜けた。
結果。
アヤナはマサヒコを押し倒す格好で倒れた。
「いっ…たぁい…」
「!!?」
「ごめんなさい小久保君。だいじょう――ひゃっ!」
慌てて起きあがり、自分の格好を見て真っ赤になる。
バスローブ姿のアヤナ、倒れた拍子に胸元がはだけたようで。
じゃじゃ丸……いや、ピッコロ……いやいや、ポロリ状態。すまんね、くどいボケで。


「み、見た!?」
「…見てないぞ」
顔を真っ赤にしながらでは説得力がまったく無い。
「見たのね?」
「う…あ〜…えと…ゴメンナサイ」
「……」
「で、出来れば致命傷は避ける方向で……若田部?」
「…ひっく…」
「うお!」
ぽろぽろ涙を流しているアヤナの様子にマサヒコびびる。
(ま、前にもこんな事があったような……打たれ弱いのか、若田部は?)
「うう……ひっく…もう…お嫁にいけないよぉ……」
「重ね重ね申し訳ない」
こうなった以上もう謝るしかマサヒコにできることはない。
もっともマサヒコには何ら落ち度はないんだけど。
女の子が泣いてるんだから、謝るしかないじゃん?
「ごめん」
再度謝るとアヤナは涙を拭う。
そして、何かを決意したような強い視線をマサヒコへ向ける。
「……責任とって」
「責任って言わ――おい、なぜにじり寄る」
じりっじりっとアヤナがマサヒコに接近。
「責任とって」
「責任ならとる。だがなぜ近づく?」
「責任とってくれるんでしょ」
さらに接近。
二人の距離はすでにセンチ単位だ。
「ん…」
アヤナは目を閉じスタンバイ。
鈍い鈍いと言われるマサヒコでも何を望んでいるかわかる。
「ちょ!?ええ!?」
わかるからこそ焦る。
「わ、若田部!?」
「…私の事、嫌い?」
「いや、そーじゃなくてだな」
「じゃあ…責任、とって…」
ちょこんと、唇を突き出す姿はあまりにもかわいらしい。
(普段の凛とした若田部もいいけど、こんなの姿も……ってなに考えてんだ俺は!?)
その気になりかけていた自分を戒める。
だがしかし。
「やっぱり……私じゃ嫌なんだ」
「っ!?」
涙ぐむアヤナを見て、心が揺らぐ。
震える手でそっとアヤナの顔を包み込む。
ビクッとアヤナの身体が震える。
そして、そっとアヤナを引き寄せた。


「小久保君……」
だが、アヤナの望むべき感触は唇に来ない。
アヤナの頭はマサヒコの胸の中。
「小久保君?」
「悪い。今はこれが精一杯だ」
某有名盗人三代目のようなセリフを言ってギュッとアヤナの頭を抱きしめる。
「…ごめんな」
謝るマサヒコの言葉に、アヤナはおもわず笑みを零していた。
「小久保君って、不器用」
「そ、そうか?」
「そうだよ」
クスクスと笑う。
「とっても不器用で、でも」
「でも?」
「なんていうか……誠実」
そう言って触れるだけのキスを頬にする。
つい昨日まではそれだけでも真っ赤になって取り乱していたのに。
進歩というか、開き直ったというか。
「今日はこれで勘弁してあげるわね」
そう言ってウインクするアヤナに対し、マサヒコは真っ赤になって口をパクパクさせる。
それを見てまたクスクスと笑う。
「……笑うことないだろ」
「ごめんなさい。でも、小久保君。さっきの言葉」
「言葉?俺何言ったっけ?」
「『今はこれが精一杯』って。じゃあこの先それ以上の事を期待してもいいのね?」
「!!」
絶句するマサヒコに、また顔を寄せる。
またかっ!と押し留め様とアヤナの肩を掴むマサヒコ。
ちょうどその時。
「真夜中にさわがし〜わよ〜」
「「あ……」」
戸を開けて。
母、登場。
これはよろしくない。
何しろ深夜に思春期の男女が二人きりで。
その上間の悪い事にマサヒコの両手はアヤナの肩の上で。
マサヒコがアヤナに迫っているようにも見える。
……いや、実際は迫られてたんだが。
母は寝ぼけ眼で、無垢な少女の様にかくんと首を傾げる。
「何してるの?」
「「なんでもないなんでもない」」」
「……ふ〜ん」
しばらくするとくるりと反転。
部屋から出ていく。
ああ、寝ぼけててよかった……と、ホッとするアヤナ。
対照的にマサヒコの顔色は真っ青だった。
だって彼は息子だから。
母の考えている事ならアヤナより数段よく理解できる。


逃げようと腰を浮かし、部屋のもうひとつの出口である窓へ向かおうとした瞬間。
「こぉんのエロガキが!!」
「おごぉあ!!」
助走をつけた母のパトリオットキックが腰にジャストミート!
吹っ飛ばされ窓に顔面を強打する。
派手に鼻から出血したが「鼻血ですんでよかった」と思うべきだろう。
窓が割れでもしてたら……ちょっとした惨劇だ。
「立ちなさいマサヒコ。あんたに今日を生きる資格はないわ!」
「ま、待ってくださいおば様」
ファイティングポーズでかっこいい事を言う母の前にアヤナが立ちはだかる。
「ごめんねアヤナちゃん。まさかウチの息子がこんな……痛かったでしょう?」
「は?」
「まさか無理やりされちゃうんなんて……違うのよ。ホントはもっと気持ちいいものなのよ。
だから同性愛に走ったりしちゃだめよ。非生産的なんだから」
「そんなことされてません!」
絶叫しながらアヤナは気付く。
やはり母は寝ぼけていたのだ。
発想がお星様までかっ飛んでいる。
アヤナが母を足止めする間にマサヒコは窓を開け、ベランダへ。
そして……
「えい」
妙に気の抜ける声と共にロープもつ付けずにバンジージャンプ。
コードレス時代はここまで来ているようだ。


小久保マサヒコ、本日の被害。
母のキックによる腰部損傷、および窓との接触による鼻部出血。
二階からの着地時の右足捻挫。
以上。




翌日。
「しっかりしてるわね〜」と、御近所でも評判の天野ミサキ。
平日よりちょっと遅れて起床し、新聞を取りに表へ。
すると正面の家――小久保家――の玄関が開く。
マサヒコか、或いはその母だろうと思い挨拶しようとして、固まる。
出てきたのはクラスメートの若田部アヤナだったからだ。


「昨日はごめんね、小久保君」
「いいって。若田部が悪いわけじゃないんだし……あたたた」
腰を押さえてよろめくマサヒコ。
アヤナが慌てて支える。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫……って言いたい所だけど、正直腰ガクガクだ。
鼻もまだなんか血の匂いするし、流石にもう鼻血は止まったよな?」
マサヒコの言葉を聞いてミサキは穏やかでない。

状況から察するにアヤナはマサヒコの家に泊まった。
     ↓
マサヒコは鼻血と腰の痛みを訴える。
     ↓
アヤナの裸を見て鼻血。
     ↓
アヤナと裸のお付き合いで腰を酷使で痛める。
     ↓
夜明けのコーヒーを飲む関係に?

以上。
妙な方程式が組みあがってしまう。
「マサ君……」
「おう、ミサキ。おはよ――って、なんだよ。なんで拳を……」
「不潔よぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「おおぅ!!」
ミサキの烈風正拳突きがマサヒコの顎をとらえる。
派手に宙を舞うマサヒコを尻目にミサキは泣きながら家の中へ。
後に残されたのは。
「こ、小久保君しっかり!」
「なんだってんだよ……」
「小久保君!うわっ!心拍が弱くなって……小久保君!小久保君ってば!!」
ぐったりするマサヒコと必死に呼びかけるアヤナだけだった。


END

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