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518氏 |
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ミサキは極めて優秀である。
例えば……。
6時間目の数学の授業。
終了間際。
「よーし、前回やった小テスト返すぞー。今回はちょっと難しかったかな?
満点は天野と若田部の二人だけだ」
数学教師の言葉に「お〜」と教室がどよめく。
あちらこちらで「さすが!」「やっぱり」等の声が聞かれる中、
順次テストを返されていく。
「それで、だ。今日の宿題はそのテストの添削な」
教室が悲鳴に包まれる。
「点数低かった生徒は頑張れよ。ちなみに最低は星野の35点だ」
「言わなくていいっすよそんなの!」
生徒の一人が顔を真っ赤にして立ち上がり、どっと教室が笑いに包まれた。
ミサキは極めて優秀である。
例えば。
小テストで満点なんてのはザラで。
SHR後の放課後。
部活動のある生徒が足早に教室を後にする中。
ミサキとアヤナの回りに男女問わず人だかりが。
「ミサキちゃんこの問題教えてー!」
「若田部さん、ここの解法ってどうなってるの?」
いくつか宿題は出たが数学が厄介。
だったら頭いい人間に聞くのが一番だ。
いや、簡単という意味でね。
身になるかと言われると……ねえ?
そんな中、ミサキの様子が少々おかしい。
「どうしたのミサキちゃん、キョロキョロして?」
「え?べ、べつになんでもないよ」
「あ!わかった!」
リンコの言葉にミサキはビクッとするが、
「おトイレだ!」
的外れ ああ的外れ 的山さん……字余り。
ホントはある人物を探していたのだ。
とはいえ、これは好都合かもしれない。
「うん。みんなちょっとごめんね」
「おう、行ってこい行ってこい!すっきりしてさっさと教えてくれ!」
「星野!あんたデリカシーがない!!」
少々無遠慮なことを言ってしまった男子生徒が袋叩きにされるのを尻目にミサキは教室を出ていく。
キョロキョロしながらトイレへ向かっていると、探していた人物の後ろ姿が目に入る。
「小久保君!」
声をかけられたマサヒコは「ん?」といった表情で振りかえる。
「あれ?天野?お前囲まれてなかったか?」
「あ、えっと…ちょっとトイレに」
「ふ〜ん」
「それより、小久保君数学のテストどうだった?」
「あ〜…あんまりよくはなかったな」
そう言って苦笑しつつ頬をかく。
「小久保君数学苦手だもんね」
「まあな。正直宿題は気が重いよ」
はあとため息をつくマサヒコを見て、ミサキは言いたかった言葉を口にする。
「なんなら…私が教えてあげよっか?」
思いきって口にした言葉だったが、
「いや、大丈夫だよ。今日は濱中先生も来てくれる日だしな」
「……そっか」
残念そうな様子のミサキを不思議そうに見ながら、
マサヒコは「じゃーな」と言い残して帰っていく。
ミサキは…ため息をついた。
ミサキは極めて優秀である。
例えば。
小テストで満点なんてのはザラ。
けれど……。
「ただいま〜」
「お帰り。あ、そうそう、今日アイ先生来ないってさ」
「うえぉ!?」
家に着くなり衝撃の宣告を受けるマサヒコ。
「ま、まじで!?」
「なにそんなに驚いてんのよ?」
「いや、今日宿題で厄介なの出されたから教えてもらおうと思ってたんだけど」
「諦めなさい」
「……この際母さんでも――」
「諦めなさい」
そう言い放ちキッチンに引っ込んでしまう。
「は〜…こんな事になるなら天野に教えてもらえばよかったよ…」
とぼとぼと二階に上がっていくマサヒコ。
キッチンからひょっこり顔を出した母には気づかなかった。
当然。
その顔がなにか企んでいるようであった事にも気づかなかった。
部屋に戻ったマサヒコは早速宿題に取りかかる。
解けなかった問題を解けと言うのだからこれは難しい。
教科書、参考書とを首っ引きで問題を解こうとする。
……が。
「だ〜!!」
長い時間かけてやっと一問を解いた所で爆発。
「無理だ…解けねえって!」
背もたれに全体重を預ける。
「うお!!」
そのまんま倒れた。
「いってぇ〜…」
「なにバカやってんのあんた?」
「おおぅ!?」
いつから居たのか、母親が呆れた様子でドアの傍に立っていた。
ちょっと…いや、かなりビックリした。
「なんか用?」
「これ、ミサキちゃんちに持ってって」
そう言って渡されたのは器に盛られた煮物。
「作りすぎちゃったからって、そう言っといて。気分転換に行って来な」
なるほど、気分転換にはいいかもしれない。
「じゃ行ってくる」
母から皿を受け取り早速天野家へ。
インターホンを押すが…反応なし。
「留守か?」
さて、どうしたものか?
まさか家の前に置いていく訳にもいくまい。
と、マサヒコが頭を悩ませていると、
「あれ?小久保君?」
ミサキに背後から声をかけられる。
どうやら今帰ってきたところらしい。
「おお、天野。ちょうどよかった。これうちの母親から。作りすぎたんだってさ」
そう言ってラップの張られた器を渡す。
「わぁ!おいしそ〜…ありがとう」
「んじゃな」
「あ!小久保君!」
帰ってしまいそうなマサヒコを呼びとめる。
「その…お茶でも飲んでいかない?」
「え?」
「ほら、これ届けてくれたお礼したいから」
そう言って器を見せるのだが、
「悪い。宿題やってる最中なんだよ」
「宿題って、数学の?アイ先生は?」
「来れなくなったんだってさ」
「…じゃあ、教えてあげよっか?」
「そりゃ…そうしてもらえるとありがたいけど……学校でも皆に教えてたんだろ?
疲れてるんじゃないのか?」
「ううん!全然平気だから!」
「じゃあお言葉に甘えて……」
「うん!」
鍵を開け、マサヒコを招き入れる。
「どうぞ!さあ上がって!」
「ちょいまち。俺勉強道具取ってくるから」
「あ、そっか」
マサヒコが家へ戻るのを見て、ミサキは自分の部屋へダッシュ。
一応片づけてはあるのだがマサヒコがやってくるというのであれば話は別。
「え〜っと、これはこっちにやって……わ!これは隠しておかないと!」
見られたくない物だってあるわけだ。
……豊胸体操がのってる本とか。
あらかた片づけた所でインターホンが。
慌てて一階へ降りドアを開ける。
「ど、どうぞ。上がって」
「お邪魔します…って天野、なんか息上がってないか?」
「大丈夫だから!」
「そ、そうか?」
ミサキの気迫に押され、それ以上なにも言えない。
案内されるままミサキの部屋へ。
「へ〜、相変わらず綺麗にしてるなぁ」
「そうかな?」
「俺の部屋とは大違いだよ」
誉められて悪い気はしない。
「えへへ…じゃあ早速はじめよっか」
「ああ、悪いな。この問題なんだけどさ…」
「これはね――」
そんな感じで宿題に取りかかっていく。
流石ミサキと言うべきだろうか。
まあマサヒコも数学は計算速度が遅い事がネックであって、
理解力が不足しているわけではないわけなのだが。
ミサキが入れてくれた紅茶を飲みながら一問一問確実に解いていく。
やがて……。
「よ〜し、終わった!」
「お疲れ様」
マサヒコを労わるミサキだが、
「そりゃこっちのセリフだよ。疲れてるとこ無理言って悪かったな」
「そんな…誘ったのは私なんだから」
逆に気を使わてしまう。
そんな優しいマサヒコだからミサキは……むにゃむにゃ。
「さて、あんまり長居しちゃ悪いかな」
「え!?で、でもほら!まだ紅茶残ってるよ!」
少しでもマサヒコと一緒にいたい!そんな思いから必死にひき止める。
「ほら!クッキーもまだ残ってるし!」
「そーいやそのクッキー……あ、いや、なんでもない」
言いよどむマサヒコ。
クッキーの形が不揃い。
ってことは恐らく…ミサキの手作り。
ミサキは食べていないから気づいていないだろうが…何故かしょっぱい。
これはあれですな。
佐藤年男……じゃないや、砂糖と塩を間違えましたな。
「じゃあもうちょっとお邪魔させてもらおうかな」
「うん。でも今回の数学のテスト難しかったね」
「…それは満点とったヤツの言うセリフじゃないぞ」
「あ…」
「まあ確かに難しかったけどな。星野なんてボロボロだったみたいだし」
「でも星野君っていつもはそんなに数学悪くないよね?」
「あいつ前の日にラブレターを貰ったんだって」
「ラ、ラブレター!?」
突然の恋ばなにどきりとするミサキ。
「それで「放課後校舎裏で待っててください」って書いてあって、
夜八時頃まで待ってたんだってさ」
「よ、夜八時!?あれ?でもそれじゃあ誰も来なかったの?」
「隣のクラスのヤツのいたずらだったんだってさ。
今日の昼休みにそれが発覚して星野のやつ大暴れしたってさ」
「そーいえば昼休み隣のクラスが騒がしかったような…」
「星野もなぁ…いいヤツなんだけど…火がつくと止まんねーからな」
しみじみ語るマサヒコ。
その後もクラスの話題などで盛り上がる。
「…っと、もうこんな時間か」
時計が七時近くを指していることに気づき、流石にマサヒコは帰ろうとする。
「悪いな、ホントに。紅茶飲み終わるまでって話だったのにこんなに長居しちゃって」
「ううん。私も楽しかったし、ちっとも迷惑なんかじゃないよ」
それは紛れもないミサキの本心。
だって、彼女は……。
「小久保君!」
反射的に、帰ろうとするマサヒコを呼びとめる。
「ん?」
「あ、その…また明日」
「ああ、またな。今日はありがとう」
笑顔で部屋を出るマサヒコをミサキは見送り、ため息をつく。
「チャンスだったのに……告白、出来なかったな」
ミサキは極めて優秀である。
例えば。
小テストで満点なんてのはザラ。
けれど。
恋愛に関しては奥手で、臆病。
翌日。
ミサキはいつもの様に登校。
昇降口で会った友人に挨拶などしながら靴箱をあけた所で、グッバイいつもの日常。
一通の手紙が入っていた。
「なんだろう?」
見てみると表には「天野ミサキ様」と自分の名前が。
裏には聞いたことのない、恐らく男子生徒の物だろう名前。
(ま、まさかこれって…!)
「わぁ!ラブレターだ!!」
「リンちゃん!?」
考えていた事を思いっきり口に出され、いつのまにやら背後に立っていたリンコの口を塞ぐ。
「大声出さないでよ!」
「ふがふが」
じたばたと暴れるリンコ。
落ち着いて見れば口だけでなく鼻も一緒に押さえている事に気づく。
んなことしたら死んじゃうべや?
「ご、ごめんリンちゃん」
「ううん。私こそごめんね大声だして」
ぺこりと頭を下げるリンコだが、次の瞬間には興味津々と言った様子の、
目を爛々とさせてミサキの持つ便箋を凝視する。
「で!で!ラブレターなの!?誰から!?どこで待ち合わせ!!?」
「お、落ち着いてリンちゃん。まだ読んでないからなにもわかんないよ」
言いつつ便箋を開ける。
内容は簡潔だった。
話したいことがあるので放課後、体育館裏へ……。
べったべたなラブレターの文面だ。
「わ〜!すご〜い!」
何がすごいのだろうと思いながらラブレターをカバンにしまう。
「ね!ね!行くの放課後!?」
教室への道すがらリンコに聞かれ、「行かない」と言いかけて躊躇う。
昨日のマサヒコとの会話を思い出していた。
クラスメートが偽のラブレターを信じて夜遅くまで待っていた事を。
もし、自分が無視をしたら。
差し出し人も同じ事をするのでは?と思うと罪悪感が。
だから。
「行くよ。断りに、だけどね」
ミサキは極めて優秀である。
例えば。
小テストで満点なんてのはザラ。
けれど。
恋愛に関しては奥手で、臆病。
だから……。
「今日は天野さんの様子が変ね」
昼休みのアヤナの言葉にリンコは首を傾げる。
「そうかな?」
「そうよ。そうじゃなきゃ英語の小テストであんな悪い点取るわけないじゃない」
きっぱり断言するアヤナ。
アヤナ曰く「あんな悪い点」よりさらに悪い点だったリンコ。
ちょっぴりショック。
「何か心配事かしら?的山さん何か知らない?」
「ん〜…関係ないと思うんだけど……」
「だけど?」
「ラブレター貰ってたよ」
「それよ!ドンピシャでそれが悩みの種よ!」
「ええ!?そーなの!?」
「…天野さんって今までラブレターとか貰ったことないでしょ?
だから動揺してるのよ」
「そーなんだ」
「ところでどんなこと書いてあったの?そのラブレターには?」
「えっとね〜…放課後に体育館裏にって書いてあったよ」
あっさりプライパシーなことを言っちゃう。
個人情報保護法なんか知ったこっちゃないですか?的山さん。
……ホントに知らないのかもしれない。
リンコの言葉にアヤナは腕を組み、何事か考える。
「…アヤナちゃん…なんで無言で胸強調してるの?」
「違うわよ!ちょっと考え事してたのよ」
「考え事?」
「ええ……あ、小久保君、ちょっと」
教室に入ってきたマサヒコに手招きする。
「ん?どした若田部?」
「…放課後時間あるかしら?」
「「??」」
マサヒコとリンコは疑問符を浮かべながら顔を見合わせた。
ミサキは極めて優秀である。
例えば。
小テストで満点なんてのはザラ。
けれど。
恋愛に関しては奥手で、臆病。
だから。
好きなんて言えない。
放課後。
ミサキは一人、体育館裏で相手を待つ。
その表情は緊張で強ばっている。
待つ事約10分。
少年がやってきた。
背も高く、顔もまあ悪くは無い。
が、見覚えは無い。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いえ。それより話があるって…」
「ああ」
男はやや緊張した様子で、深呼吸をして、
「大体予想もついてると思うけど…俺と、付き合って欲しい」
ミサキの目を見て、真剣な表情で告白。
こーいう展開を予想していたミサキだが…照れて顔が赤くなる。
初めての告白…うれしくないはずは無い。
しかし。
「…ごめんなさい」
ミサキは頭を下げる。
「あなたとはお付き合いできません」
「やっぱり、誰か…他に好きなやつが?」
少年の問いかけにミサキは無言で頷く。
「…そいつは、君の事どう思ってるの?」
「それは…」
ミサキは答えられない。
好意は抱かれているとは思うが、それはあくまで友人に対してのもの。
少年もその辺りを悟ったのだろう、
「だったら、俺でいいじゃん」
「え?」
「俺は、そいつよりも君の事好きだって自信ある。
だから…俺と付き合ってくれ!」
「…ごめんなさい」
「っ!なんで!?」
少年はミサキの肩を掴み、壁に押しつける。
「痛っ!」
「俺のほうが!君の事想う自信があるし!優しくする自信だってある!」
少年はさらにミサキに迫る。
すでにその行為がミサキにとってやさしくないと、少年にはわかっていない。
若さゆえに。青いぜ。
「天野さん!俺と……俺と……」
「やっ!」
なおも迫られ、ミサキは身を強張らせる。
掴まれた肩が痛い。
壁に押し付けられる背中が痛い。
目の前の少年が……たまらなく怖い。
泣きそうになったその時、肩の拘束が外れる。
少年が手を離したわけではない。
「な、なんだよおまえ!」
「……」
離させられたのだ。
横合いから伸びてきた手に。
小久保マサヒコによって。
マサヒコはスッと少年とミサキの間に割って入り、ミサキを背にかばう。
「な、何だよお前。どけよ。俺は天野さんに用があるんだ」
「用ってのは、肩掴んで、校舎に押し付けて、怯えさせることか?」
「っ!か、関係ないだろ!」
痛いところをつかれ、少年は激情する。
ドンとマサヒコの胸を突く。
だが、マサヒコは動かない。
それがさらに少年の癇に障った。
そしてそれは最もわかりやすい形でマサヒコへと向けられた。
「このっ!」
「っ!」
暴力。
少年の拳がマサヒコの顔面を捉える。
口の中を切ったらしく、口の端からわずかに血が垂れる。
しかし、マサヒコは何を言うでもなく、ただ静かに少年を見据える。
その態度に、暴力を振るったという罪悪感も加わって少年がひるむ。
さらに、
「小久保君!あなた……なんてことを!」
ミサキにキッとにらまれ、頭に上っていた血が一気に降りる。
「あ、いや……俺は……」
「私…暴力ふるう人嫌い!」
「!!」
その一言は、決定的だった。
少年は一目散にその場を去っていった。
マサヒコは去っていくじっと少年の後姿を眺めるていて。
「こ、小久保君?」
話しかけずらい雰囲気を感じながらもミサキは勇気を出して話しかけてみた。
するとマサヒコは殴られた頬を押さえて座り込み、
「いってぇぇ〜……」
呻いた。
いつもののんびりした雰囲気で。
再びマサヒコに声をかけようとしたミサキだが、
「二人とも大丈夫だった?」
「若田部さん!?」
第三者登場。
「どうしてここに?」
「ラブレターもらったって的山さんから聞いてちょっと心配になってね。
悪いと思ったけど一部始終見守らせてもらったのよ」
「そうだったんだ……」
「告白されたらすぐに立ち去ったほうがいいわよ。
さっきのやつみたいに逆上するやつもいるから。次から気をつけることね」
「うん……心配してくれたんだ」
「べ、別にそんなことないわよ!心配なんか……」
否定するアヤナだが、その慌てっぷりは嘘と言っているのと同じだ。
自分でもそれに気づいたのだろう、何とか立て直そうと話をそらす。
「そ、そーいえば的山さん遅いわねぇ。ハンカチ濡らしに行ったっきりだわ」
「ハンカチなんか濡らしてどうするんだ?」
首を傾げるマサヒコに対してアヤナはあきれた様子。
「あなたの頬に当てるに決まってるじゃない。殴られたんでしょ。痛いんでしょ」
「あ、なるほど」
「おーい、ハンカチ濡らしてきたよ〜」
テケテケとリンコが賭けて――
「うわぁ!」
――あ、転んだ。
「わーん痛いよ〜!ひざすりむいたぁ!」
「……とりあえずそのハンカチ当てとけ」
リンコ、役に立たず。
悲しき天然少女也
ミサキは極めて優秀である。
例えば。
小テストで満点なんてのはザラ。
けれど。
恋愛に関しては奥手で、臆病。
だから。
好きなんて言えない。
言えないけれど、いつか伝えたい。
ミサキとマサヒコ、二人の帰り道。
「しかし天野もとんだ災難だったな」
「うん……」
「若田部もあんな感じの経験してたらしいぞ。だから心配になったんだってさ」
「そっか……」
話しかけても何処か上の空のミサキ。
心配になる。
「……大丈夫か?天野?」
「ん。大丈夫だよ。確かにちょっとビックリしたけど、小久保君が助けてくれたし」
「……」
いつの間にか、家の前に着いていた。
小久保家と、天野家の前に。
「小久保君、今日はどうもありがとう」
そう言って、いつものようにミサキは微笑む。
だからマサヒコもいつも通り、
「ああ。またな」
そう言ってミサキに背を向け、家に入ろうと門に手をかけた時。
背後でガシャンと音がした。
振り向くと、ミサキが門柱に持たれかかっていた。
つまずいたのか?と思って声をかけようとして……マサヒコは息を呑んだ。
ミサキの肩が、小刻みに震えていた。
なぜ?
「天野!?」
声をかけて近寄ろうとすると、ミサキの身体がビクリと震えた。
「来ないで……小久保君」
「え?」
声が震えている。
……泣いてる?
「大丈夫だから……わたし…大丈夫だから……明日には、
いつもの私になってるから……だから……来ないで……見ないで」
震える声で、マサヒコを制しようとしたが、無駄に終わった。
あっさりマサヒコは近寄り、肩に手を置く。
「天野……」
「っ!」
限界だった。
堪えきれず、ミサキはがくりとその場に膝を――つくより速く。
マサヒコが抱きとめる。
「天野…」
「ごめん……ごめんねマサちゃん…」
抱きとめたマサヒコにすがりつくようにしてミサキは嗚咽する。
「……怖かったんだな」
「うん……家に着いて、安心したら…急に……」
「そっか……」
「ごめんね……助けてもらって…その上…こんな……」
「気にするなよ。友達だろ?」
そう言ってミサキの背をポンポンと叩く。
「あんな目にあえば誰だって泣きたくなるさ。俺だって怖かったしな。
天野は女の子なんだし、俺より怖かったと思う。
だからさ、まあ、なんだ。俺でよかったら力になるから。頼ってくれ」
「じゃあ……もう少しだけ、こうしててもいい?」
上目使いでマサヒコを眺める。
眺められたマサヒコ。
赤くなりそうな顔を気合で押さえ込み、根性で頷く。
そしたら。
「ありがとう」
いい笑顔を向けられたわけで。
結局赤くなってしまいましたから、残念。
唯一幸いなのは、その顔をミサキに見られなかった事だろうか。
彼女はマサヒコの胸に顔を埋めたから。
そんな彼女も首筋まで真っ赤なのだが。
これまた幸いにもマサヒコは気付かない。
気付いたのは通りすがりの郵便配達のおっちゃんだけ。
初々しいねぇなんていいながら。
ミサキは極めて優秀である。
例えば。
小テストで満点なんてのはザラ。
けれど。
恋愛に関しては奥手で、臆病。
だから。
好きなんて言えない。
言えないけれど、いつか伝えたい。
あなたが好きです、と。
さて、郵便配達のおっちゃんが通りすがったあとにやってきたのは。
「……あんたらなにしてんの?」
グレートマザー見・参!
「!!?」
ミサキを抱きしめたまま声も出せず焦っていると、、
「どうしたのマサちゃん?」
ひょこっとミサキが顔を上げ、マサヒコマザーと目があった。
「……ミサキちゃんが、泣いてた?ウチの息子が悪さした?」
マサヒコ母の目がキュピーンと光る。
「ま、待て母さん!」
大慌てでマサヒコは事情を説明しようとするが、遅かった。
「女を泣かすとは何事だ!!」
そ〜らを自由に飛びたいな♪はい!マサ母アッパー!!
「ぐばっ!!」
マサヒコは盛大にお空へ飛んだ。
(オチもついたし)END