作品名 作者名 カップリング
NoTitle 456氏 アイ×マサヒコ

「ここ・・・・どこ・・・・」
目が覚めたとき、アイはすぐにそう思った。いま仰向けに寝ている自分の瞳に入っている
のは、マンションの見慣れた自室の部屋のそれではない。しかし、なんだか何度も見ている
ような気がする。
「ひょっとして・・・ここって・・・」
そう思い、寝ていたベッドから体を起こそうとしたときであった。
「う・・・頭・・・痛い・・・それに・・・・気持ち悪い・・・・・」
そう思うもアイはベッドの上で、なんとか上体を起こした。体を起こしたせいで掛けていた毛
布が肩からずれ落ちるが、気にするようなこともなく、頭に手をやると長い溜息をついた。
「・・・・・・・ん・・・・」
「・・・・・・?」
ベッドに座っているアイの腰の辺りで何やら微かな声がし、寝ぼけて、半ばぼうっとした頭
をそちらに向けた。

「・・・????!!!!」

その目に映ったのは、まだ寝起きで覚醒しきっていない頭を一瞬にして呼び起こさせるに
は十分すぎる刺激のものであった。
「マサヒコ・・・・・くん・・・・・・・」
アイのすぐ横には、ジーンズは履いているものの、なぜか上半身裸のマサヒコが微かな寝
息をたてていた。
「・・・・な・・・んで・・・・」
ことが呑み込めず更なる頭痛がアイを襲い、頭を抱えてうつむく。すると・・・・
「・・・・・・・・・・・・え」
なぜか自分は今、下着姿ではないか。
上半身裸の男と下着姿の女。若い男女が同じベッドの上で裸で寝ている・・・・・
それが意味するものを考えると、アイの顔から血の気が引いていった。

ことが成り行きが呑み込めず、何が起きたのか必死に思い出そうとするが、昨日の夜か
ら、現在に至るまでの記憶がさっぱりといっていいほど、存在しない。
しかたがないので、まだ記憶がしっかりしている昨日の大学での出来事から思い出してい
くことにした。

昨日は大学の講義が終わったあと、先輩であるリョーコに「友人の誕生日」だということで
飲み会に誘われた。自分も居酒屋で数人と一緒に何杯かチューハイやビールを飲み、
気持ちが良くなったことまでは覚えている。それから・・・・場のノリで焼酎を瓶のまま一気
飲みしたことまでは、なんとか思い出せた。

「(それから・・・・どうしたんだっけ・・・・・)」
その記憶が最後であった。
相変わらず頭痛は激しく、何があったか思い出すのを邪魔しているようであった。寧ろ、い
ろいろと考えたのでひどくなっている様な気さえする。
どうしたらいいのか分からず、助けを求めるようにぐっすりと眠るマサヒコの方を見遣ると、
「ん・・・・・・」
彼はもぞもぞと体を動かし、寝返りを打っていた。
「・・・・・」
その様子を何となく見ていたアイの顔に自然と笑みが浮かんだ。自分が一人っ子というこ
ともあり、兄弟がいる友人たちをうらやましく思っていたことから、マサヒコのことを生徒という
よりは、弟という感じで見ていたが、この場合は弟という感じすらしない。まるで幼稚園児か
それくらいの子供のように見える。
何も考えず、何も思わず、ただ彼の寝顔を見つめているだけで、先ほどまでの嫌な感情と
は別の、自分でも良く分からない感情が込み上げてきた。だが、それは悪い気分のもので
はなかった。そのなんともいえないような不思議な感情が自分でもおかしくて、何やら笑い
が込み上げてきた。
こういうのを、母性本能、というのであろうか。心の片隅でそう感じていた。
「ふふ・・・」
自分が今にも泣きそうだったことも忘れて、その笑みは小さな声になった。

「う・・・・ん・・・」
その声に気づいたのか、マサヒコは眠たそうに手の甲で目を擦りながらむにゃむにゃと声を
出す。
「あ〜・・・先生・・・・おはようございます・・・・・」
「おはようございます。」
今の状況がわかっていてか、いないのか、何事も無いように挨拶をするマサヒコに少し戸
惑いながらアイは返事を返した。
ゆっくりと上体を起こしたマサヒコは、大きく伸びながら欠伸をすると、なんともいえないような表情でしばらくぼんやりとしていたが、なにか思い出したかのようにアイに聞いてきた。
「あの・・・先生・・・・大丈夫ですか?うちに来たときはかなり酔ってたみたいですけど。」
「頭痛がひどいし・・・・それに気持ち悪いんだけど・・・・」
「やっぱり・・・二日酔い、ですか?」
「多分・・・・ね・・・・・」
その言葉から察するに、どうやらマサヒコはアイと違い、状況をしっかり把握出来ているらし
く、昨夜の事もしっかりと覚えているようで、彼女の身体に気を使い、心配そうに眉をしか
めていた。
「・・・ところで・・・」
いつもの顔に何とか表情を戻すと、マサヒコに切り出した。
「なんで、私はマサヒコくんの家にいるの?」
「中村先生に送られてウチに来たんですよ?覚えてないんですか?」
「そうなんだ・・・で、なんで一緒のベッドで寝てるの?まさかレイプ・・・・」
「いえ、そういうは決してありません。あの・・・言いにくいですけど・・・・その・・・」
言いにくそうに口をどもらせるマサヒコだったが、やがて決心がついたのかその口を開いた。
「先生がオレを押し倒したんですよ。」
その言葉を聴いた途端、アイの顔からそれまでの微笑は消え去った。
「・・・・本当に覚えていないんですか?」
その問に、アイは軽く頷く。
「・・・・ごめん。悪いんだけど・・・・」
アイは昨日何があったのか知るのは怖かったが、思い切って聞いてみた。

それは10時ごろのことであった。
「こいつ倒せねーよ・・・・」
両親がいないという事もあり、徹夜でゲームをしようと思っていたが、どうしても倒せないボス
がいた。もう10回以上も挑んでいるのに倒せないし、それに段々イライラしてきたので、もう
諦めてゲームの電源を切ろうとしたときである。
『ピンポーン』
突然、玄関のチャイムが鳴らされた。
こんな時間に誰だ?と一瞬疑ったが、マサヒコは玄関へと向かった。
扉を開け、隙間から覗いてみると・・・・
「よっ」
なぜか中村リョーコが立っていた。
「どうしたんですか・・・こんな時間に・・・・」
知人であることに安心したのか、それまでの恐怖は消え、代わりに、何でこんな時間に尋
ねてくるんだ、という思いのほうが強くなりつつあった。
「いや〜〜〜ちょっと、お願いがあってね。今日、こいつのこと泊めてくれない?」
傍らへと目を移すと、
「先生・・・どうしたんですか?」
「う・・・・・・・・・ん〜〜〜〜〜」
リョーコに肩を支えられ、半分眠っているようなアイがいた。
「ちょっと強い酒を飲ませてみたら、このありさまで・・・・」
「ちょっと!!このありさまってどーいう意味ですか!!!私はぁ〜〜別に大丈夫です
ぅ!!!」
突然、アイは顔を上げリョーコのことを睨んだが、再び眠るように首を垂れてしまう。
「それで、悪いんだけど、今日、アイのこと泊めてくれる?こいつ、マンションの鍵なくしちゃ
ったみたいでさ、帰ろうにも帰れないわけよ。」
「まぁ、いいですけど。」
「じゃあ、よろしくね。邪魔者は早々に消え去るから。避妊はちゃんとするのよ。」
「はい。おやすみなさい。」
いつものような軽口がかけられるが、さらっと無視するとマサヒコはアイの肩を支え、家の中
へと入っていった。

酔いが醒めるまで居間のソファに寝かせていても良かったのかもしれないが、さすがにそれは失礼かなと思い直し、マサヒコはアイを自分の部屋へと連れて行った。
「うぅ〜〜〜〜」
「大丈夫ですか?」
アイは、寝言とも唸り声ともいえないような変な声を出していた。そんなアイをマサヒコは、ゆ
っくりとベッドへ座らせる。
「先生、ちょっと待っててください。水・・・・・・・!!!ちょっと先生!!!!」
「暑い〜〜〜〜〜〜〜死んじゃう〜〜〜〜〜」
マサヒコという存在をお構いなしに、アイはセーター、Tシャツ、スカートと着ていた服を脱ぎ
だしていた。
「水持ってきます!!!!」
「こら!!!!待ちなさい!!!!」
どうすればいいのか分からず、速攻で部屋を出て行こうとしたマサヒコだったが、アイに腕を
思い切り引っ張られていた。
「わっ!!!!」
そのままベッドの上に背中から倒れこむ。
「先生の私が脱いでいるのよ!!!生徒のあなたも脱ぐっていうのが礼儀ってモノでし
ょうが!!!」
訳のわからない理屈を叫びながら、馬乗りになるとアイはマサヒコの上着を脱がせていた。
「あの・・・先生・・・・(ダメだ・・・目が据わってる・・・・)」
抵抗するとヤバいことになりそうなので、マサヒコはアイのなすがままにされた。

「ストップストップ!!!!」
アイは、顔を真っ赤にしながらマサヒコの話を止めた。
「あれ、もういいんですか?」
「ああああああぁああ・・・・頭が・・・・・」
この先のことを予想して、またもやアイは頭を抱えた。
これまで真面目一直線に生きてきた彼女にとって、自分のこととは思えないほどの大失
態だ。

「まさか・・・酔っていたとはいえ・・・教え子を無理やり・・・・」
俯いたまま、アイは声を絞り出した。
「えっ・・・でも・・・・」
「『でも』、じゃすまないわ!!!これって俗に言う、『逆レイプ』っていうやつでしょ・・・犯罪
じゃない・・・・」
「まぁ・・・仕方ない・・・」
「『仕方ない』、でも済ませられないわ!!!あぁぁぁぁぁあ・・・なんてことを・・・」
そう言いつつ、マサヒコに掴みかかる。
「あの・・・・先生・・・・・(コワイ・・・・・)」
その余りの剣幕に思わずたじろぐマサヒコ。
「そのうえ・・・何にも覚えていないなんて・・・・」
「だったら良いじゃないですか?先生は何にも悪くないんですし。」
「何にも覚えていないから・・・余計に・・・あなたに・・・・悪いと・・・・」
肩を掴んだまま、今にも泣き出しそうな声を出しながら、アイは続けた。
「・・・何にも覚えていないんだ・・・大切なことなのに・・・大切な・・・・」
「・・・・あの・・・・先生・・・・???」
正面に下着姿で座っている彼女を、マサヒコは見つめた。
「・・・・・初めて・・・・のに・・・・たし・・・・・・」
耳を済ませていなければ聞こえないような声でアイは呟いた。
「(・・・・・・・なにか・・・勘違いしてるんじゃないか・・・・)」
アイのその言葉に思いつくものがあり、マサヒコは励ますように明るく言った。
「大丈夫ですよ、いれられただけですから!」
「・・・・・誰が・・・・・?」
「俺が。」
「・・・・・誰に・・・・・?」
「先生に。これは俺の血であって、先生のじゃありません。だから、安心してください。」
そう言いつつ布団をめくると数個、シーツに血痕のような紅いシミがあった。
「・・・・・・・・なにぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!????」
何を想像したのか、またアイは大声を上げていた。

「(入れた・・・入れた・・・いや、挿れられたって・・・私が・・・マサヒコくんに・・・・!!!)」
頭の中に色々な妄想がぐるぐると回る。
「オレ、女の人にあんなことされたの初めてですよ。すごく痛かったんですから。」
その言葉にアイの頭の中は真っ白になる。
「初めてだったのに・・・・そんなことまで・・・・・」
半ば茫然自失でポツリと呟く。
「・・・あの・・・先生・・・・・???」
マサヒコはアイの顔を覗き込んでいた。
「あの・・・・」
その顔はまるで火でも吹き出すかのように真っ赤で、まだ肩に乗せられている手も汗で湿
っぽく感じる。
「私は・・・なんてことを・・・あなたの尊厳とプライドをズッタズタのギッタギタに粉砕した挙
句、その身をおもちゃのように・・・・遊んで・・・蹂躙して・・・そのうえ・・何にも覚えていない
なんて・・・・」
「(・・・・・いや・・・あの・・・先生・・・・・)」
アイが何を想像しているかを予想し、マサヒコは軽く困ったように笑った。
「わたしは、どうしたらいいの!!こんなことであなたのプライドや純潔を返せるとは想わないけれ
ど、望むことならなんだってするわ!!!」
それまでの表情を一掃し、バッと顔を上げるとマサヒコにまくし立てる。
「あの先生・・・いいですから・・・それに、純潔って・・・」
「よくないわ!!それではわたしの気がすまないわ!!!!」
「いえ・・・あの・・・そういうことじゃなくて・・・それに先生、絶対に勘違いしてますって!!!」
思わず大声を出すマサヒコ。その言葉にアイはかなり動揺したようだ。肩を揺さぶっていた
手がずり落ち、力なくベッドの上に垂れる。
「・・・・・・・・勘違い・・・・って・・・・・なに・・・・・・?」
「とにかく、先生が想像してるようなことじゃありませんから、安心してください。実は・・・・」

マサヒコがなすがままにされていると、上半身が露にされたところでアイは背中を丸め、その
顔に自分の顔を近づけた。
「マサヒコくん・・・あなた・・・わたしから女の魅力を感じないと思う・・・・?」
まるで尋問をするかのように険しい目つきをした彼女がいた。
「なんのこと・・・・わっ!!!」
その言葉が終わると同時にアイの唇がマサヒコのそれへと重ねられようとしていた。
「くっ!!!」
頭をひねり間一髪でよけたマサヒコだったが・・・・

ゴッ

アイの頭が鼻へとぶつかっていた。思わず鼻を押さえるマサヒコ。血は出ていないようだがそれで
もジンジンと鈍く痛みが走る。
「いきなり何をする・・・・・・!?」
「質問に答えなさい!!!」
突然のことに驚き、抗議の声を発しようとしたマサヒコの左の頬を、今度はアイの右の正拳がか
すり、ボフッ、と鈍い音を立てベッドへと突き刺さる。
「・・・・はい。」
アイの目を見て、ここで何か言ったら、それこそ殺させるとマサヒコは感じてしまう。
日頃のストレスの反動か、酔った勢いなのか・・・何故かは知らないが、もはやは普段のよき家庭教師という面影はどこにも感じられず、単なる酔っ払いと化していた。
気のせいだろうか。体中から黒く染まった空気が発せられているような気がする。

「あなた・・・この前言ったじゃない・・・・わたしのことを・・・女としてみていないって・・・」
「だから、なんのこと・・・・・・・あっ」


『私らのコト 女として見てないだろ』

『ええ 当然っス』


アイが何を言っているのか、ようやくマサヒコにはわかった気がした。夏にみんなで海へ泊りがけ
で旅行に行ったとき中村先生からの質問。というより、それしか思い浮かばない。おそらく間違い
ないだろう。
聞かれたマサヒコとしてはいつものように軽い気持ちで答えたつもりだったが、自分もそれに含ま
れていることに気づいたアイには、とてもショックを受けたようであった。・・・その後しばらくの間、
話しかけても素っ気無い返事を返されたことを覚えている。
「やっと分かった?」
「はい・・・あの・・・そのことは本当に失言だったと思ってます・・・ごめんなさい。」
もう何ヶ月も前のことに、未だにショックを受けていたことに驚きつつとりあえず謝るマサヒコ。
『ごめんなさい』とはまたなんともありきたりの言葉だったが、それでもアイは満足したようであった。
それまでの黒い空気は消え、思わず顔がほころぶ。
「・・・ということは、私を女として見ている。そういうことになるわね?」
「はい。・・・あの先生・・・服を着てくれませんか?直視できないんですけど・・・・」
いくらED,EDといわれているマサヒコだって中学生の男子であるし、そのようなことにまったく興
味が無いといえば嘘になる。異性が下着姿で目の前にいたらやはり目のやり場に困る。今も、顔を真っ赤にしてアイの顔を見れずに顔をそむけてしまっている。

「・・・・なんで?」

アイから返された返事はマサヒコにとっては完全に予想していないことであった。
「・・・・・なにがですか?」
「なんで服を着るの?」
「なんでって・・・わかるでしょう!?」
「・・・・なにが?」
「・・・・・・もう後で愚痴でも何でも聞きますから!!!とにかく服を着てください!!!」
相手が完全に酔い、自分が何を言い、しているのかさえわかっていないことに、さすがに怒りを
覚えたのか、思わず大声を出すマサヒコ。その様子に気分を害したのか、アイの顔からは先ほど
までの笑みが消え、どこか非難じみた視線でマサヒコを見ていた。
「ねぇ、マサヒコくん?」
「・・・・なんですか?」
再びマサヒコの顔へと、それこそ息が当たる距離まで己の顔を近づける。
頬にかかる吐息がくすぐったい。
「自分で言うのもなんだけど・・・私ってスタイルとかは、そんなに悪くないわよね?」
「・・・そうですね。」
とりあえず、自分の考えを言うマサヒコ。
「性格も・・・悪いって言うわけじゃないわよね?」
「・・・・はい。」
「料理もそれなりにできるし、頭もいいほうよね??」
「・・・はい。あの・・・なにが言いたいんですか?」
アイが何を言いたいのかマサヒコにはよくわかっていないらしい。返事をしたまま、何を話せばい
いのかわからず黙ってしまう。

「・・・・じゃあ、なんで?」
「・・・・なにが・・・ですか?」
アイが言っていることの意味がつかめずマサヒコの頭を大量のクエスチョンマークが飛び交う。
「わかるでしょ・・・私に言わせる気なの!?」
自分の意思を感じ取ってくれないマサヒコに苛立ちを覚えたのかアイの顔に再び一瞬にして怒
気が浮かんできていた。
「女が男の目の前に下着姿でいるのよ!!!普通なら、もっといろいろあってもいいんじゃない
の!!!」
「ハァ・・・・!!!」
アイの言葉に思わず変な声を出すマサヒコ。
「・・・・そ・・・」
思わず最初の言葉を発したまま、アイの顔を見つめたまま固まるマサヒコ。だが、ここで何も言わ
ずにただ黙っていたのではより悪化すると思ったのか、その言葉から察したものを慎重に聞いて
みる。
「・・・・それは要するに・・・・先生のことを押し倒せとか・・・そういうことでしょうか・・・・・???」
「そうよ!」
「・・・・なっ・・・何を言ってるんですか!!!!」
自分で言って恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてアイの顔を見ているマサヒコだったがそれ
でもまだまだ頭の中はクリアだ。アイがなにを考え、そういっているのか分からないが悪酔いして、
夢と現実の区別がつかないに違いない。そう信じるしかなかった。
「どうして・・・」
「あなたはわたしのことを女としてみているんでしょう。だったらそれを立証しなさい!!」
「そんなの・・・・絶対におかしいですよ!!!」
「なにがよ!!!」
「なんでそんなことに・・・・なるんですか!?」
「いいじゃない!!!ここで何もされなかったら、それこそ私のプライドに関わるわ!!」
「プライドとか・・・そういう問題じゃないでしょ!!!」
「わたしに恥をかかせないでよね!!!」
「わかりましたから・・・・・とにかく、せめて理由を話してください!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なにを思ったのか、そういわれた瞬間、アイは黙ってしまう。

「あの・・・・・・先生・・・・・・・?」
「・・・・・・わたしだって・・・・わたしだってね・・・・」
体を起こしたがそれとは対照的に、アイの声がどんどん小さくなっていく。
「好きな人だっているんだからね・・・・ねぇ・・・好きな人が他の女の子と、仲良く、自分には見せ
ないような表情で話しているときの気持ち・・・わかるでしょ・・・・??」
「・・・・・・・・・・・」
なんと言い出せばいいのか分からず、マサヒコは絶句するしかなかった。
「ねぇ!!なんで!!!どうしてなの!!!答えてよ!!!私はどうすればいいの!!!」
うなだれているが、どんどん感情的になっていくアイ。
「とにかく・・・落ち着いて・・・」
なんとか落ち着かせようと試みるマサヒコだったが、アイの耳には全く入っていないようだ。それよ
り、いままでなんとか理性で抑えてきた感情が爆発したのか、声も大きくなっている。
「ねぇ!!・・・私が大人の女じゃないから!?ねぇ!!!!そうなの!!??」
「先生・・・」
「だったら・・・いらない!!!もう、子供なんて証なんて要らないから!!!!」
「じ・・・・・・」
「私には先輩みたいな大人の雰囲気なんてないし、ミサキちゃんみたいに絆なんて強くないし、リ
ンコちゃんみたいに純粋でもない・・・・」
「何を言って・・・・・」
「アヤナちゃんみたいに胸だって大きくない!!・・・私に取り柄なんて・・・・なんにもないじゃない
の・・・・だったら・・・だったら私には・・・もう、こうするしかないじゃない・・・・ほかにどうすればいい
のよ・・・・どうすれば私を見てくれるのよ・・・・・・」
「自分で何を言っているのか・・・・」
「分かってるわよ!!!・・・・どうすればいいのよ・・・・」
次第にアイの声がどんどん小さくなってゆく。それに呼応するかのように目からは涙がぼろぼろと
こぼれおちていった。今まで抑えていたものが途切れたのか、堰が崩れたように涙は止まることを
知らなかった。
「・・・もっと・・・・・・・わたしのことを・・・・・・・・・見てよ・・・・・・・・・くん・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
どこか困ったような表情で、マサヒコはなんとか上体を起こし、しゃくりあげる女の後頭部に手を伸ばした。

「・・・・・あ・・・・・」
そしてそのまま女の頭を引き寄せて再びベッドに倒れこんだ。見かけでは胸板は薄いようにみえ
たが、適度に筋肉がつき引き締まっている、まだ成長の余地を残した線があった。
「・・・・マサヒコ・・・・くん・・・」
突然の出来事に思わずアイの涙が止まり、顔を真っ赤にし、その口からは驚きの声が漏れた。
「そいつがどう思っているかは知りませんけど、俺は先生のこと・・・かわいいって思ってますよ。」
そのまま手で彼女の頭をなでる。
「・・・ウソでしょ!下手なウソつかないで・・・」
彼女はそう反論しながらも体は抵抗はしない。
「嘘じゃないですよ。それに先生って、俺のこと、裸で迫ってきたら誰とでもするような男って思っ
てました?」
思うような反論ができずただ黙るアイ。
何を言えばいいのか分からず、マサヒコの顔を見たアイであったが、そこには今まで見せたことの
無いような優しい笑顔があった。
「あっ・・・・・・・」
その表情にさらに赤面し、すぐに顔を伏せてしまう。
「先生は今だって・・・こんなに可愛いですよ。」
マサヒコは頭においていた手をアイの脇の下に通し、そのまま引き上げた。
「きゃっ・・・・・」
急に脇に感じた温かい手と、その力に思わず声を上げるアイ。
「ホラ・・・こんなに可愛い・・・・」
すぐ目の前には彼の優しい笑顔があった。そのまま、アイも優しく微笑み彼を見つめ返した。
そのままマサヒコは首だけを上げると彼女の涙で光る頬に優しくキスをする。
「ひゃっ・・・・・・」
そのまま、ゆっくりと涙を吸い取るように目尻のほうまで唇を移動させ、もう片方の頬にも同じようなことをした。そのどこかくすぐったいような行為に、アイは思わず声を上げてしまう。
「オレ、好きな人以外に、こんなことする気、ありませんよ。」
酒のせいか、違う理由からなのか顔を赤らめる彼女もまたにっこりと微笑む。
「・・・・・ね?」
「・・・・・うん。」
マサヒコがそういうと、アイはゆっくりと頷き、その首筋に頬を寄せていた。

「ちょっと待ったぁっぁぁ!!!」
思わず大声を出すアイ。
「・・・・・わたし・・・そんなことしたの・・・・?」
「はい。」
途端、アイの顔がまるで火でも吹くかのように真っ赤になり、思わずうなだれる。マサヒコとしては
どうにかして話をしようと思うも、アイが妙にそわそわしてしまうため、どうにも話を切り出せない。ど
うにも耐え難いような沈黙が二人の間を包む。
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
さすがに数分も続くと、それは悪いと思ったのかアイのほうから切り出した。
「わかったから・・・いちおう、確認だけさせて・・・・」
了承するマサヒコ。
「なんで私は裸で寝てるの?」
「先生が『暑いーーー』って言って脱いだからです。」
「さっきの『いれられた』っていうのは?」
「先生に頭突きと正拳をいれられました。」
「・・・ごめん。・・・・・この血の痕は?」
「オレの鼻血です。2,3日前についたものですから、これとは関係ないですね。」
「・・・・じゃあ・・・そういうことは無かったと・・・・」
「はい。」
自分の記憶の範疇では、どうにも分からなかったものがようやく理解できたのか、それともホッとし
たからなのか、アイの顔が自然と微笑む。
「まぁ・・・よかったというか・・・・なんというか・・・・」
酔った勢いで迫ったわけだが、自分の純潔が守られて良かったのか、自分が下着姿になって
も、目の前の男はなんとも思わなかったことに残念な気分を覚えたのか、アイは思わず笑ってし
まう。
このことは、もう忘れてしまおう。それがこれからの自分にとっても、彼にとっても最良の選択だ。
それこそ、他人の目には明らかに情事があったと写ってしまうだろう。
忘れ去るのが、一番いい。
そう思い、ふと気づいたように横目に時計を見てみると、すでにいつもの起床時間の15分前に
なっていた。2度寝をするにもこんな中途半端な時間では、寝坊するのがオチだろう。そうすると
起きるより他はない。

「あの先生・・・・・・」
「なに?」
時計から目を離し、彼の顔を見ると、いつも勉強時間にも見せないほど真剣な顔をしたマサヒコ
がいた。
「オレも・・・先生に一つ質問してもいいですか?」
「いいよ。なに?」
特に断る理由もないので了承するアイ。
「先生は、今・・オレの家庭教師ですよね?」
「そうだけど・・・・なに?どうかした?」
当たり前のことを聞くマサヒコに思わず笑ってしまうアイ。それでもマサヒコの表情は真剣そのもの
だ。
「でも・・・高校に入学したら・・・多分・・・みんなとも・・・先生とも離れちゃいますし・・・」
「まぁ・・・それは・・・ねぇ・・・・」
アイの顔がわずかに曇る。確かにそれは仕方ないことだ。そんなことは分かりきっている。それぞ
れの進路や夢があるんだし、いつまでも一緒というわけには行かない。
「・・・・嫌なんです。」
「まぁ・・・仕方のないことじゃ・・・・」
「先生と別れるのが。」
そこまでいうと顔を赤くしながらも、アイの目をまっすぐ見て、マサヒコは言い切った。
彼はいつもそうだった。普段はやる気が無いような、それこそ典型的な現代っ子なのに、ときおり見せるこのまっすぐで強い、真剣な眼差し。この目が大好きだった。
「ずっと、先生の傍にいてもいいですか?」
「・・・・・なっ・・・・・」
アイは顔を赤くし、言葉に詰まった。
彼は今、なんと言ったのだ。その言葉を反芻し、ようようそれを理解した。
「ずっと、あなたを守ります。」
アイの頭がまだ混乱して、それこそ、なにを言えばいいのか分からず、呆然としているのに追撃を
するマサヒコ。

・・・数分後、しかしそれでもやっと落ち着いてきたのか、アイは静かに声を紡ぐ。
「オレは、まだ子供で頼りにならないかもしれませんけど・・・」
「・・・・・私は・・・・」
言いかけて、その目には涙が溢れた。
「・・・・あなたの手を握っても・・・いいの?」
常日頃、自分の心の奥底にひっそりと、悟られまいと押しとどめていた感情が、彼の言葉でその
蹟が外れた。流れ落ちる涙を拭おうともせずにアイは問いかける。
「それはオレの科白です。」
アイの肩に手をかけ、そのまま、優しく彼女の体を抱きしめ、肩に顔をうずめる。そのままはっきり
と告げた。
「愛しています・・・アイさん・・・・」
顔を赤くしながらも、なんとかマサヒコは繋げた。
彼は、はっきりとそう言った。突然の言葉にアイは気絶しそうなほどの目眩を覚え、言葉に詰まっ
た。

しばらくの間なにをするとも無く、アイは脱力していたが、なにを思ったのかそれまでだらり垂れて
いた両手がゆっくりと上がってくる。
やっぱり、いきなり言われちゃ迷惑だったよな。こんな状況じゃ平手の一発もお見舞いされるの
かな、そう覚悟し思わず表情を強ばらせるマサヒコだったが、予想外に、その手は彼を優しく包
み込んだ。驚いて見返した先に、今まで見たことも無いような、嬉しそうな顔をしたアイがいた。
「・・・ありがとう・・・凄く・・・・うれしかったから・・・その・・・ありがとう・・・ありがとう・・・・」
それこそ、涙で顔をくしゃくしゃになりそうな彼女の肩をしっかりと抱きしめ、マサヒコは呟いた。
「ずっとあなたを愛します。」
「私も・・・・って、あぁっぁぁぁぁぁぁ!!!」
マサヒコの顔を直視した途端、アイの悲鳴が響き渡る。

「ちょっ・・・マサヒコくん!!!鼻血でてるよ!!!」
「えっ・・・わっ!!!」
慌てて鼻を押さえてみるマサヒコ。今まで緊張していたせいか全然気づかなかったが、確かに出
血していた。好きな女性の前では、あまりいい格好ではない。
「止血しないと・・・ティッシュ ティッシュ・・・」
部屋を見渡し、ティッシュの位置を確認するアイ。入り口のドアの横にある、アルミ棚にそれはあ
った。
「ちょっと待ってて!!!すぐ取って、わっーーー!!!」
大急ぎで、取ろうと駆け寄ったアイだったが・・・・

ガシャン

二日酔いのせいか、それとも天然からなのか。転んだアイは盛大な音と共に棚へと突っ込んで
いた。
その衝撃で、棚に載せていたものが、ガラガラと音を立て、床へと落ちてくる。
「なんでアンタはそこで転ぶんですか!!」
思わずツッコミを入れるマサヒコ。先ほどまでの緊張で顔を強ばらせた様子は無く、家庭教師の
ボケにツッコミを入れる、いつもの彼の表情があった。
「イッタぁぁぁ〜〜〜・・あっ・・・それよりもティッシュ ティッシュ!!!」
周りは足の踏み場も無いほど散らかっているが、掻き分け、なんとかお目当てのものを見つけ出
すと、ベッドの上のマサヒコへと駆け寄る。
「だいじょう、イタっ!!!!」
「なにやってんスか!!!!」
今度は、いつも勉強時に使っているテーブルに、足の小指をぶつけ悶絶する。
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
「あの・・・先生・・・大丈夫ですか?」
「〜〜〜〜〜っ。・・・・・・・あぁ、うん。大丈夫だから。これ、きゃぁあああ!!!」
脚を踏み出した瞬間、何故か今度は前のめりに倒れるアイ。そのまま、顔からベッドにダイブしていた。

「だから・・・なんで何も無いところで転ぶんですか!!!」
相手の体に気を使いつつも、とりあえず、ツッコミを入れるマサヒコ。
その顔は、本当に楽しげだ。
「・・・大丈夫。ちょっと打っただけだから・・・・」
そう言いつつ、体を起こしたアイだったが・・・・・
「・・・・ッッッッ!!!!$%#!&T!+_>?<◎ε!!」
マサヒコ絶句。
転んだ衝撃からなのか、アイの水色のブラは、心なしか、なにかピンク色のものが見
えるような高さまでめくれあがっていた。アイはまだそれに気づく気配すらない。
「はい。とにかく・・・」
「せ、せ、せ、先生!!!見えちゃいますって!!!」
今度はマサヒコが耳たぶまで真っ赤にし、盛大に鼻血を噴出しながら倒れていた。


二人のドタバタ劇は、まだ始まったばかりだ。

   END

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