作品名 |
作者名 |
カップリング |
『もう一人の女子大生家庭教師』 |
264氏 |
- |
ここは市立東が丘中学校のある町―。
また、小久保マサヒコの家がある町でもある。
だが、今回そっちのマサヒコとアイは出てこない。
主役は別の二人である。
リンゴーン♪
閑静な住宅街の中の一軒にチャイムの音が鳴る。
ドアの前には二十歳そこらの若々しい女性が立っていた。
黒いセミロングの髪がそよそよと風になびく。
手には鞄、それに先ほどまで着ていたであろう薄い白地の服。
そして、汗で少し透けた水色のキャミソールとネズミ色をしたミニスカート。
数十秒後、家からドタバタと階段を降りてくる音がし、ドアの前で止まった。
ガチャッ。
「どちらさ…なんだ先生でしたか。にしても、ちょっと早すぎませんか?」
突然の来襲に驚く少年。
「まあ、たまにはいいじゃないですか。余った時間は、マサヒコ君の宿題を見てあげますから」
履いていた靴を脱ぎつつ彼女は答えた。
「それは有り難いですけど‥まあ上がって下さい」
そう言って、マサヒコという名の少年は台所へジュースを取りに行く。
母親は仕事の打ち合わせの為外出中。
その為、家にはマサヒコ少年と『濱中アイ』ならぬ『宿田アイ』だけの2人っきりの状態にあった。
「前から比べると、随分出来るようになりましたね♪」
マサヒコ家に家庭教師に来て、早4ヶ月。
アイの丁寧な指導の甲斐あって、マサヒコの成績も鰻登りとはいかないまでも伸びてきた。
マサヒコ本人も、今では彼女の性格に慣れ、さほど距離を取ろうとはしなくなった。
「それでは、次にこのプリントを30分で解いて下さい。よーい、始め!」
マサヒコがプリントを解いている間、アイはマサヒコのベッドの上に座ることにした。
「よいしょ…」
ぽよんとした感触と共に、アイの体が飛び跳ねる。
(わぁ…ふんわりしてる。私のベッドも換え時かしら‥)
よほど心地良かったらしく、結局そのまま30分たつまでベッド上で飛び跳ねたアイ。
言うまでもなく、マサヒコは集中できなかった。
「何でこんな簡単な問題が解けなかったんですか?」
余りの点数の悪さに、穏やかながら厳しい口調でマサヒコを咎めるアイ。
自分が原因だとは思ってもないようだ。
マサヒコは呆れ顔で理由を口にした。
「ハァ…だって、先生がベッドの上でギシギシ飛び跳ねていたからじゃないですか!」
「えっ…い、イヤァ〜〜〜〜〜!!!!!」
バシッ!!
思わずマサヒコの顔を力一杯叩くアイ。
「!?っな‥何すんだアンタ!!」
紅葉の形をしたビンタの後を押さえながら、アイを睨む。
「わ、私はそんなことしたことが無いのに!!あ、当てつけですか!?はっ!?アワワワワ…」
アイは、自らの失言に慌てて口を塞ぐ。
「へっ‥?」
突拍子もない告白―。マサヒコの頭は一瞬真っ白になった。
(?えっ‥ちょっと待てよ?…ってことは……)
全推理力を傾けアイの言った事を推察し始める。
一方のアイはアイで、必死の言い訳を述べまくっていた。
「だ、だ、だから‥私はベッドの上が気持ちよくて…。
って、そういう意味じゃないですよ!?」
しどろもどろのアイを尻目に、マサヒコは一つの結論に達した。
(…この人は処女?)
しかし、そんなことを当人を目の前にして言えるはずがない。
とりあえずアイの言い訳に納得したフリをすることにした。
「なんだ、そうだったんですか…こっちの思い過ごしでした。すみません」
頭を下げ、謝るマサヒコ。
「あわわ‥謝るのは私の方ですよ。マサヒコ君ごめんね?」
上目遣いでマサヒコを見つめて謝るアイ。
「先生…かわいい」
普段しない表情に驚き、マサヒコは思った事を口に出してしまった。
「ほぇっ…!?」
顔を押さえ、向こう側を向くアイ。小刻みに震えている。
「な、何を!?冗談でしょう?大人をからかわないでぇ!!」
手当たり次第にものを投げるアイ。目にはうっすらと涙が浮かぶ。
「いって!?痛い!先生落ち着いて!」
アイの投げた物が当たりつつ必死に進む。あと少しでアイに近づく―。その時、
ガッ!!
マサヒコの顎に目覚まし時計が直撃。
糸の切れた操り人形みたいにひざまずき、倒れ込む。
目を瞑って投げていたため、彼女がマサヒコに気づいたのはそれから数分後の事だった。
「…く‥」
「マ…く‥」
「マサ‥コ君」
「マサヒコ君!」
アイの声にマサヒコが目を覚ます。
きっとアイが買ってたのだろう、マサヒコの頭にはアイスノンがのっていた。
起き上がって周囲を見回す。何も変わらない部屋の眺め。
変わっていたのは、時計の短針が最後に見た時より進んでいただけだった。
「あれ‥?俺何を‥」
「よかったぁ‥グスン‥マザヒコぐぅん」
マサヒコの無事を確認して、思わず涙ぐむアイ。
「??先生どうしたんですか?」
「だっでぇ〜‥私が……」
アイは事のいきさつを説明したが、嗚咽混じりでよく聞き取れなかった。
「…とりあえず、いきさつは分かりましたよ。でも、これだけは言わせて下さい。
…俺は、冗談で人をかわいいなんて言いませんよ」
真剣な目でアイを見つめるマサヒコ。 「…それだけは‥覚えておいて下さい」
「はい‥」
アイはコクリと頷き、涙を拭う。
「と、ところでマサヒコ君?アイスノンを取り替えてきますね!?」
裏返った声でアイが話をにごす。
「ああ‥はい」
マサヒコがアイスノンを渡す。アイはそれを受け取ると、一目散にドアへ駆け出した。
(ま、マサヒコ君いきなり何を言うのかしら…)
教え子に怪我をさせたこと、聞き慣れてない『かわいい』という言葉を聞いたこと。
そして、マサヒコが真剣な気持ちで自分を褒めていたこと―。
それらがアイの心に焦りを生み出した。
そして、その焦りが新たなる悲劇を産み出した。
「きゃあああああ!!!!」
ドスン!ドタバタドタ‥ガタン!!
マサヒコが何事かと慌てて階段へ向かう。案の定、アイが下段でひっくり返っていた。
「いったぁ〜い…」
「何してんスか…」
「ハハハ、踏み外しちゃった…」
笑い声混じりで立ち上がろうとするアイ。
しかし、立ち上がった瞬間―右足首に鋭い痛みが走り、アイはその場に座り込んだ。
「先生!?大丈夫ですか?今行きますから、動かないで下さいね」
階段を降り、アイに駆け寄るマサヒコ。怪我した箇所にやさしく手をやる。
「あ〜…捻挫してますね‥」
「だ、大丈夫ですよ。私は元気ですから」
「これでも?」
「ひゃうっ‥!!?」
水饅頭のように膨らんだ足首をツンと突っつく。
アイは痛みでビクッと震え、とっさにマサヒコにしがみついた。
「うわぁあ!?先生?急に何するんスか!?」
「…マサヒコ君の‥バカ」
マサヒコを弱々しく睨み、捨てられた子犬の鳴くような小声で呟く。
「もしかして…先生痛かった?」
わかりきった質問をあえてするマサヒコ。
「もう‥そんなことされたら誰だって痛がりますよぅ」
「…ですね。悪ふざけが過ぎました。」
マサヒコの表情に暗雲がかかる。アイをとりあえず立たせようと手を伸ばしたその時。
「あ、あのマサヒコ君…お願いがあるんだけど‥いいですか?」
「??別にかまいませんけど‥」
マサヒコは唐突な頼みに首を傾げる。
「あの〜‥でも、えーと…」
「一体何頼むんですか?はっきり言ってくれないと、俺困りますよ」
それでもまごつくアイ。マサヒコは段々イラつき始めていた。
「ったくもう!!何でもしますから、早く聞かせて下さいよ!!」
それを聞いてアイはマサヒコの方を見やった。
「ホントですか?」
「男に二言はありません!!」
(でも、痛いのやエロいのはいやだなぁ…。鞭で叩かせてとか言われたらどうしょう?
正直、この先生ならやりかねないもんなぁ…)
言ってる事と思ってる事が正反対のマサヒコ。作った顔が引きつりつつある。
ふぅ…、と深呼吸。アイが覚悟を決めて口を開いた。
「あの‥お姫様抱っこで…連れて行ってくれませんか?」
顔がトマトのように真っ赤になったアイ。
「……なんだ、そんなことか。いいですよ…ってナニィイイ!!!?」
「男に‥二言は無いんですよねぇ?」
アイの言葉に声が出ない。
言ってしまった手前、今さらダメとは言えない。
それに羞恥心はあるが、今は幸い二人きり。
マサヒコは、自分の心を奮い立たせようと声を絞り出した。
「ええい!!わかりました!やります、やりますよ。いや、やらせて下さい!!」
自暴自棄とはこういうことか。
アイを優しく抱えあげ、お姫様抱っこの形をとる。互いに赤面。
階段を登る、思春期真っ只中と遅れて来た思春期。
心臓の鼓動がはっきり聞こえるほど緊張していたが、ゆっくり階段を一段ずつ踏みしめる。
「マサヒコ君…意外と力持ちですね?」
「そりゃあ、俺だって男ですから。先生こそ、乙女チックな頼み事しましたね?」
「私‥男の人に知り合いがいないから‥」
「?先生…結構モテると思うけどなぁ」
「そんなこと言わないで!!。こんな不細工で、何の取り柄の無い私がそんな…」
「前から思ってたけど、先生は思い込みの激しい人ですね?
少なくとも俺の知ってる女性のなかではトップクラスですけど…」
「なっ…何冗談を!!さては、私を弄ぶつもりね!」
そうこう言ってるうちに階段を登りきり、部屋に入っていた二人。
マサヒコがアイをベッドの上に下ろし、アイの唇に優しく人差し指を突きつける。
「もう…忘れたんですか?俺は冗談は言いませんよ」
「で、でもマサ‥」
マサヒコが遮るように話を続ける。
「少なくとも俺にはモテモテですから…ハハッ、何言ってんだろ俺」
生まれて初めての告白に、アイの目およぎまくり。本人にも焦点がわからないほどだ。
「マ、マ、マ、マサヒコ君!?いっ、一体何を言うんですか?わ、私とアナタは‥」
「わかってますよ…。『教師と生徒』でしょ?
…でも、俺もう我慢できないよ!!先生を俺の物にしたいんだ!!
なあ‥いいだろ?」 そう言うやいなや、アイの両肩をつかむ。
乱暴な振る舞いを見る限り、マサヒコはかなり真剣なようだ。
「えっ…あっ…」
(わ、私の貞操は彼に奪われるのね…)
「…わかりました。でも、条件があります」
アイが思い詰めた表情で口を開く。
「私を…好きにしていいですから、次のテストは必ずいい点取って下さいね?」
(…これで‥これでイイのよ。かわいい教え子の為なら。
私って‥なんて悲劇的ヒロインなの!?)
「約束します…。そのくらい‥朝飯前ですよ。
じゃあ、先生‥目を閉じて」
マサヒコのいう通りに、アイはゆっくり視界を狭めていく。
そして、小鳥のように唇を突き出した。
アイの顔は羞恥と期待でほんのり桜色である。
「先生…その顔もかわいいですよ」
マサヒコは、彼女をそのままベッドへと押し倒した。
ドサッ。
突然の物音に何事かと、マサヒコは動きを止めた。
左を見る―異常無し。
右を見る―異常有り。
セミロングの髪がはらりと乱れ、頭を抑える女性が一人。
「あの‥大丈夫っすか?」
頭を押さえたままヨロヨロと立ち上がり、アイが声の主の方を振り向く。
「あ、あれ?マサヒコ君‥いつの間にそっちへ?」
「いつの間にも何も、俺はさっきから机にいましたよ!
っていうか、何勝手に寝てんすか!?」
「えっ‥じゃあ、さっきのお姫様抱っこは?」
「?何言ってんですか!してませんよ!」
マサヒコの言葉がアイの脳裏にある言葉をよぎらせた。
(…まさか…)
そうは思いたく無い。認めたくもない。
でも、思った事が意に反して―口にでてしまう。
「夢オチ!?」
アイ絶叫。と同時に、アイは体中の力が抜けていくのを感じた。
「うわぁ!?な、何?どうしたんですか!?」
いきなり肩を落としたアイに驚くマサヒコ。
「アハハハ…グスッ」
気持ちの無い、乾いた笑い声に涙が混じり始める。
「ううっ…」
ふるふると徐々に震え始める。
―そして。
アイの悲しみのダムが決壊。心の濁流が目から溢れていく。
「うわああああああああああああああああん!!!!!!」
―近隣住民の皆さんは避難して下さいと言わんばかりの涙の洪水。
「マサヒコ君が夢で私に淫らな事したぁぁぁぁぁあ!!」
顔を覆いながら、階段を駆け下りていくアイ。
「ちょ、ちょっと!?
アンタの夢で俺が何してたかは知らんが、それはアンタの妄想だぁぁあ!!!!」
マサヒコがもっともな反論をした―その時、
「マー君…先生をまた泣かしたの?」
マサヒコの願う、今一番家にいてほしくなかった人物の声。
腕を組み、ドアの前に仁王立ちする母親の姿。額には青筋が浮かび、顔は引きつった状態。
何にせよ、タイミング最悪である。
「だから、今回も俺が悪い訳じゃなくて、先生が…」
マサヒコ、必死の弁明。しかし、そんなこと通用する相手じゃない。
「女を泣かした挙げ句、俺は悪くない?」
握り拳をつくる母親。もう止まらない。処刑執行のカウントダウンが始まる。 「このアホむすこぉぉおお!!!!」
ドガッ!バキッ!グシャッ!
母親のデンプシーロールが炸裂。
(あれ?体の感覚がないや。それに思い出がよぎってきた…)
歪んでいく景色の中で、マサヒコは綺麗な川を見たとか見なかったとか。
おしまい。