作品名 作者名 カップリング
「あなたの言葉に」 160氏 -

「おろせよ…」
「そ、そんな…ウソ…ウソだよね? マサ君…」
ミサキは今、マサヒコに言われた事がどうしても信じられなかった。
なぜ? 卒業を控えたこの時期に…どうして…こんな…事になってしまったのだろう?
「あのな、ミサキ…。 俺達、中学生だよな? どう考えたってこれは無理だろ…」
「で、でもっ! マサ君っ! 二人でバイトとかっ…頑張ればきっと大…」
「ミサキッ!!」
マサヒコの怒声にミサキの体がビクリと震える…。 なんだかんだと言いながら、いつでも自分には優しかった…。
そう、中学生になってリンコやアヤナが友達として加わっても『自分が一番大事にされている』と言う事だけは、
マサヒコの態度や自分への接し方から確信していたのだ。 そんな優しいマサヒコが好きで…好きでたまらなくて…。
ところが今、自分の目の前に居るマサヒコはどうだろう? こんな怒声を張り上げる幼なじみの姿はマサヒコとの
つきあいが長いミサキですら見たことが無いのだ。 
「マサ君…。 いや…いやだぁ…二人の…マサちゃんと私の結果がこんな事になるなんて…」
「ミサキ…。 俺達…ガキじゃないけど…まだ親に食べさせてもらってる身なんだ…バイトなんかでどうにか
なるもんじゃないって頭のいいお前なら分るだろ? 時間は?勉強はどうするんだっ!?」
「……」
「……」
部屋の中を重い沈黙が覆う。 今までマサヒコと二人きりで話したとき…いつでもミサキにとって、それは
楽しく…そしてマサヒコへの愛情を確かめる時間だった…。 それが…今日は…。
頭ではマサヒコの言う事が正しい、と自分でも分っているのだ。 でも…それを認めたくない。
それはあの日の…二人の行為を無かったことにしてしまう行為なのだから…。


「マサ! ミサキちゃん!」
ノックもせずに部屋に入ってきたのはリョーコだった。
「な、中村先生…」
「悪いけど話は外で聞かせてもらったわ…。 いや、聞こえてきたって言うのが正しいわね…」
「人の話を部屋の外から盗み聞きですか? 良い趣味ですね…」
リョーコもまた、いま自分の目の前にいるマサヒコのことが信じられなかった。 自分の知っているマサヒコは、
こういう類の皮肉を言う少年ではなかったはずだ。
「マサ…、アンタ最低ね…。 『おろせよ』なんてアンタ…体のいい責任逃れじゃない? アンタは良いけど
ミサキちゃんはどうなるの?」
「中村先生…いい…いいんです…。 マサちゃんだけが悪いんじゃないんですっ! 私がっ!私が悪いんですっ…!」
最後の方はもう泣き声になってしまっているミサキ。
「ミサキちゃん…あなた…。 マサっ! アンタこんなミサキちゃんを見て何とも思わないの?」
けなげにも自分に責任があると言うミサキの言葉に思わずマサヒコをなじる。 しかし、マサヒコから返ってきた言葉は
信じがたいものであった。
「別に…一人でこんな事出来たわけじゃなし…それにミサキの言うとおりで俺一人に責任があるなんて言い方は
おかしいんじゃないですか?」
ニヤニヤと笑いながらとてつも無い事を言うマサヒコ。 これは最低な種別の男の笑いだ…。 こんな笑い方をする男を
リョーコは何人か知っている…。 そして、そう言う男には自分は絶対に近づかない…。
「マサ…あんた…」
リョーコに絶望が…そう、あのリョーコに絶望感が生まれているのだ。
「ミサキ…分っているよな?」
「うん…………」
最後の審判を下すかのようなマサヒコの声に、全てを諦めきった様なミサキの返答が部屋に重く響く。
「マサ…ミサキちゃん…。 そんなのはダメ。 私はそんな事、認めない…」
そんな馬鹿げた事が二人の出した答えだと言うのか? 最後の力を振り絞り二人に抵抗を試みるリョーコ。 
中学生が、いま性急に出そうとしている結論を二年以上ふたりの淡い仲を見てきた自分が認めるわけにはいかない。
「ミサキも良いって言ってるんだし、これで…この話は終わりです」
「バカァッ!! 何言ってるのよアンタ達っ! ミサキちゃん、まだ中学生じゃないっ! 体の事、考えてあげなさいよっ!」
堪えきれなくなったリョーコの怒声が部屋に響いた。 もう、皆で楽しくやっていたあの日々には戻れないかも知れない。
アイも、リンコも…そしてアヤナだってもうすぐこの部屋にやってくる。 リョーコにはその瞬間がとてつもなく怖かった。


「…………」
「…………」 
「中絶なんて、そんなのは絶対ダメ! とにかく親御さんに相談して…」
「「……は?」」
頼れるお姉様。 就職間近の女子大生リョーコの言葉にマサヒコとミサキの声が間抜けっぽく部屋の中にこだまする。
「アンタ達…いい? マサ、とにかくアンタは働け! ミサキちゃん…アンタは数年遅れちゃうかもしれないけど、アンタ
くらい頭が良ければそんなブランク関係ないでしょ? 生んであげなさい?」
「あ、あの…中村先生…?」
「マサ…心配する事無いわ。 仕事なら多少心当たりがあるから、私が紹介してあげ…」
「な…中村先生?」
「ミサキちゃん…ああ…あなたは心配する事無いのよ? 親御さんだって子育て手伝ってくれるだろうし、それに…
ちょっと早かったかもしれないけど…これはこれで二人の親御さんも喜ぶかも知れないわね。 マサとアンタの関係を
知ってるんだろうから…しっかしまあ、アンタらいつの間に…」
二人のことを叱咤し、また祝福するかのようなリョーコ。 最後の方は声の質が浮かれている。
「体の事とか、中絶って…あの?」
「なによ? まだそんな事言ってるの? これがベストでしょ…うんうん」
ここに至ってマサヒコとミサキはリョーコのしている勘違いの内容に気が付いた。 しかし…それを今言ったらどうなって
しまうのか? 確かに先ほどの二人の会話を思い浮かべてみれば非常に勘違いが起こりやすいモノだった言う事実に
二人の体に戦慄が走る。
「マサ君…どうしよう…?」
「あ、ああ…。 責任…取るよ…」
「あらあら、やっとマサも観念したのね。 さっきの態度は男としていただけないけど、ま、アンタも中学生だし、取り乱して
いたのよね?」
未だ勘違い継続中のリョーコ。 ついにマサヒコは本当の出来事をリョーコに告げなければならないようだった。


リョーコはうろたえていた…。
マサヒコが申し訳無さそうに語った真実…。 そしてそれを勘違いして先ほど繰り広げてしまったワンダホーな青春絵巻。
あんなに熱っぽく語ってしまった自分…。
「弁償? フライドチキン? コロネルサンダーズおじさんの人形? ちょっと…ワケ分んないわよ…」
「ミサキとこの間、駅の方に買い物へ行ったんですけど、俺がちょっと待ち合わせに遅れちゃって…そしたらミサキが
なんか良く分んないんですけど、コロネルサンダーズの人形に絡んで、腕、へし折っちゃったんですよ」
あの人形の腕をへし折るなんて、ちょっと穏やかではない事をしたというミサキを見てみると、真っ赤になって顔を伏せている。

ミサキはとても言えなかった。 あの時、事もあろうにコロネルサンダーズ人形をマサヒコに見立てていたら、あちらの世界へ
トリップしてしまい、サンダーズおじさんと、そっと手をつないでみたり、大胆に腕を組んでみたり。 更には人形に話し掛け、
自分で返答しその答えにまたもや体をクネクネさせていた自分…。 これじゃ『集い』の公開収録会じゃないか。
人通りの多い駅前の道の通行人が『群集』に変わろうとしたころ、ミサキは顔を引きつらせたネブラスカ・フライドチキンの
店長の声で、こちらの世界にカムバック。 自分に向けられている憐憫の入った視線に気づき…ひどくうろたえて…
『ちょっと』腕に力を入れたところコロネルサンダーズの腕が根元からへし折れてしまったのだった…。

『しまった…今日、シアクリ系の接着剤しか持ってきてない…』
恋する乙女の待ち合わせに接着剤は必需品。 嗜みの一つとしてミサキだって当然、持ってきている。
でもでもまさか、こんな人形に使うことになるなどとは夢にも思ってもいなかった為、恋する乙女にも手軽に使える
シアノアクリレート系…いわゆる瞬間接着剤(但しミサキのは一般に市販されていない取寄せ品)しかカバンに入れて
こなかったのだ。 こんな事だったら、エポキシ系の構造用接着剤を持ってくるべきだった…でもあれアメリカから個人輸入で
手に入れたから2ガロンセットとか日本のことをちっとも理解していない…エポキシ系だから当然二液だよ! 一つのボトルが
1ガロンもあるんだよ! もうバケツだよ!バケツ! バカ!バカ! あんなありえない量を買わされて! …ま、まあ何だかんだと
使ったから殆ど残ってないんだけど……。 などと、どうでも良い回想に浸り始めるミサキに店長が冷たい声を掛ける。
「これ…壊しちゃいましたよね?」
「あっ…あのっ! すいませんっ! すぐにっ! 何事も無かったかのようにくっつけますからっ!」
止めようとする店長を無視し、慌てて下地処理もせずに接着剤を破断断面に塗りたくり、腕を強引に付けようとしたのが失敗だった。
コロネルサンダーズおじさんの腕は『うん、これは肩の根元から脱臼した人ですね。 実に痛そうです』と言う風にしか見えぬ、
ありえない方向にくっついてしまい、しかも接着しにくいと思っていたのにガッチリ張り付いてしまったのだった…。


「…んで? 店先でえぐえぐ泣いてたミサキのところへマサが行ってやって? それが何で『おろせよ』につながるのよ?
部屋に入ろうと思ったら、そんなフザけたマサの言葉が聞こえてきたから勘違いしたんじゃないの…」
コタツに入りながら苦虫を噛み潰したかのような顔をしているリョーコ。
「その…預金があるんですよ」
「預金? ますますワケ分んないわ…」
「こ…子供の頃、子供の頃ですよっ! マサ君と私が仲が良くって、そ、そんな私たちを見ていた私とマサ君のお祖父さまと、
お祖母さまが口座を作っちゃって…その…し、将来二人で使いなさいって…お金を」
なんでそんな事をしているんだ、両家の祖父母よ…。
「弁償っつても父さんや母さんに迷惑掛けるわけにも行かないし…。 待ち合わせに遅れた俺も悪かったから、それを使うしか
無いかなって言ったら、何だか判らないけどミサキが異様に嫌がって…」
「ふんふん、そりゃミサキちゃんはおろすのイヤだったろうね」
「?」
やはりミサキの気持ちに気づいてあげられないのがマサヒコのダメさと言うか…。
「まあ高校に入ったらバイトでもしてさ、俺が元の金額にしておくよ」
「マサ君…」
なし崩し的に目と目があって見詰め合う二人…。
「やっぱり…優しいんだ…」
「な、何言ってんだよ…いきなり…」
「もしもーし。 二人とも?」
ピアってる二人を心配した自分が只のバカだったのか? それともこのコ達の保護者気分に少しだけ浸れて嬉しかったのか。
まあ卒業も近い事だし…。 今日は許し…
「いや〜。 ほんと参っちゃうよな。 中村先生の早とちりは。 おっちょこちょいって言うか」
ピキ…。
「マ、マサ君っ! 中村先生は私たちのこと心配してくれ…」
「『中絶なんてダメエエェエっ!』とか、マジになってたよ」
ピキピキ…。
「俺とミサキがそんな事……アレ?」


小久保家の前で偶然出くわしたアイ、リンコ、アヤナの3人は、家の中から聞こえてくる悲鳴とそれを凌駕する憤怒の叫び声に
薄ら寒いものを感じ、インターホンを押す事が出来なかった。


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