作品名 作者名 カップリング
「あなたをハグハグ」 160氏 -

その脱線は唐突に訪れた。

「マ〜サヒコくんっVvvVv♪」
いつもの面子とアヤナを加えた勉強会の中休み中、急に何かを思いついたかのように、アイがトテトテと
マサヒコの後ろに歩いて回り、その背中に抱きついたのだ。
ハグハグ…ハグハグハグ…
「ちょ? アイ先生!?」
予期せぬアイの行動と、背中へ感じる男子中学生には羨ましすぎる感触に、困惑の声を上げるマサヒコ。
「ん〜? なんか違うのかな? それともやっぱりマサヒコ君は満たされてるのかな?」
ハグハグ…ハグハグ…
なおもマサヒコを離さぬアイの動きに興奮したミサキが抗議の声を上げる。
「はっ、はまっ、濱中先生っ! マサちゃんに何してるんですかっ!!!!!」
猛然と立ち上がり、アイとハグハグされるままのマサヒコの方に向かうミサキ。
これまでにもアイのマサヒコに対する、親愛の情や世話焼きに少なからずジェラシーを感じてきたミサキだが
いくらなんでもこんな行為を見逃すことはできない。 
「わ〜小久保君、いいなぁ〜」
「ちょっと! これは風紀が乱れそうなんじゃないのっ!?」
リンコやアヤナの声を背にしてマサヒコの背中からアイを引き剥がそうとするミサキに、アイは特に抵抗する
ようなこともなく、マサヒコの体に回していた腕を解き、申し訳なさそうにペロリと舌を少し出した。
「ごめんね、ミサキちゃん。 マサヒコ君使っちゃって」
「え? 使う? じ、じゃなくって! ま、マサ君は関係なくて、勉強中にそんな卑猥なことをしないで下さいっ!」
しどろもどろな抗議をするミサキにマサヒコを除く、他の面子が少しニヤリとした。
「あっはっはっ〜! アイ、あんた、マサは犬じゃないんだからハギングなんかしてどうすんのよ」
「あ〜。 私もナナコが良い子にしてると、ぎゅーって抱きしめちゃう。 そうするとナナコとっても嬉しそうで…」
笑うリョーコやリンコにアイが慌てて反論を始めた。
「ちっ、違いますよ〜、先輩! 小さい子供の情操教育には抱きしめてあげたりとかチューしてあげたりするのが
良いって言うし、マサヒコ君、最近頑張っているから…」
「俺は犬でも小さな子供でもないんだけど…」
結局アイの気まぐれに翻弄されただけなのかと、ため息をつくマサヒコ。 つーか、マジで勉強してくれよこの人は。
などと思ってしまう。
「でも最近確かにそう言ったスキンシップの重要性って言うのが叫ばれてますね。 小久保君には思いっきり不要
だと思いますが」
さすがに保母さん志望らしくまともな意見を口にするアヤナ。 後半にマサヒコへの皮肉ととれる言葉が入るの
は不可抗力でマサヒコとスキンシップしまくりなのが原因かもしれない。


「そうね…、よし。 決めた!」
少しの間、考えているような表情をしていたリョーコが突然声を上げる。
「「「「「??」」」」」
「確かにハグとかのスキンシップは女にとっては将来重要だわ!」
いきなりその場で立ち上がり拳を握って話し始めるリョーコにマサヒコが心底嫌そうな顔を浮かべ始める。 
この状態のメガネから生まれる事態がロクでもないことでしかないことが分りきっているからだ。
「そこで!」
「「「「「そ、そこで?」」」」」(ゴクリ)
「第1回! 愛のハグハグ大会〜! ドンドンドンドンドン! パフパフゥ〜♪」
リョーコの言葉に、激しくズッコケて目立たない場所で痙攣し始めた少女が一人いるが、一応見なかった事にしておく。
「愛の?」
「ハグハグ?」
「大会?」
「ドンドンパフパフゥ〜?」
最後のリンコの問い返しに転がったままビクゥッ!と大きく震える先程の少女……は、見なくて…いや…、見ないでやって。
「お、お姉様? それは一体どんな大会なんですか?」
「アヤナ。 あたし達はね、いつか結婚することになるの。 当然子供も生まれるだろうし、若いうちにスキンシップを
練習しておくのは悪いことではないわ」
慈母のような微笑みを浮かべるリョーコと中村時空に引き込まれ始める5人。 と言うか、いい加減学習したほうがいい。
「そこで…ここにいるマサを相手に」
「ちょ!? 何で俺の名前・・・?」
「アタシを除く4人が、順番にハグをしていって……、誰のハグが一番良かったかをマサが決める。 アタシがもし参加
したらマサなんて、受験失敗しちゃうのは目に見えてるから、進行役で参加するわ」
そうですか、マサヒコの抗議は無視ですか。 と言うか、このメガネ、完全に面白がってるだけだ・・・。
「なっ! お姉様!? なんで小久保君って言うか…男子なんかに!」
「あのね、アヤナ。 貴方は保母さん志望よね? おまけに来年はアメリカよね? ハグに慣れておかないと・・・」
「あ…」
リョーコの言わんとしていることにグラついたアヤナへさらに耳元で囁きとどめの一撃が加えられる。
「ミサキちゃんと色々勝負してきたようだけど、これならアンタ……、多分勝てるんじゃないの?」
「……? …そうですわねっ! 保母さんですからっ!…アフリカですからねっ! お姉様最高!」
即座に自分の総合的な魅力であればミサキに高確率で勝てそうだ、と興奮し最早、自分が来春に旅立たなくては
ならない場所すら正しく言えなくなっているアヤナ。 こんな少女にパスポートを発給するのはあまりに危険だ…。
こうして障害が取り除かれた。
他の面子を見てみると、リンコは単純に楽しそうなイベントだと既に乗り気そうで、アイは『そうよね…、マサヒコ君と私の
仲だもの…』などとブツブツ言っており、少し顔を紅潮させながらモジモジしている。
ミサキは………と見ると既にエヘラエヘラしており、口の横から唾液が垂れ『エヘヘ…マ、まさchあnと…抱き…牛…』
あ…ダメだ、この娘…。 人として…。 



部屋の中に澱み始めた嫌な空気を敏感に察知したマサヒコが最後の抵抗を試みる。
「ちょ…!」
「「「「なに!?」」」」
リョーコを除く女性陣のあまりの剣幕に、両目から涙が溢れるのを止める事が出来ないマサヒコ。 
そういえば子供の頃アニメで見た悲しい最終回でもこんなことが…。
「まあ、マサにはさ。 優勝者が来週発売の例のゲームだっけ? あれ行列してあげるわ」
来週の土曜日に発売される予定のゲームの長い長い行列を回避できる、と聞いたマサヒコはそれでも、釈然としない
ものがありながらあきらめの早い典型的現代っ子として、そして他の女性陣に今すぐ恐ろしい目に合わされることを恐れ
大会に参加することになった。

「それじゃルールを説明するわ。 コラ、マサ。 アンタも涙流してないでちゃんと聞け」
「「「「ハイ!!」」」」
「……」
一人を除いた元気の良い返事にリョーコがとくとくと始めた説明によるとルールの概要は、以下のようなものであった。
1.制限時間は一人5分
2.マサヒコに好きな姿勢を要求できる(卑猥な姿勢禁止)
3.前から後ろからどっちでも
4.トークおk
5.マサヒコもきちんと相手に腕を回す事(変なところ触るの禁止)
6.脱衣禁止
7.男女、同性間における愛を語らう事なかれ
8.器具および薬物ならびに銃砲刀剣類の使用禁止

「あの…? 何かあからさまに変な条件が二、三入ってるようなんだけど?」
当然と言えるマサヒコの疑問にも平然としているリョーコ。
「ふ…、これはね。 アメリカで広く行われているハギング大会での公式ルールなのよ。 だから日本人が聞くとおかしい
ところもあるかもしれないけど、きちんとしたルールの存在は必要でしょ?」
「「「「「ル、ルール!?」」」」」
本当なのだろうか? そんな大会があるなどリョーコ以外の誰もが聞いたこともない。
「全く、アンタたちは…。 ゲームだの、どこそこのケーキが美味しいだの、バストアップに効く体操だの…。 そんな事
ばかりに関心を向けていちゃダメよ? 1960年代後半だったかな? ベトナム戦争とかで精神的に荒んだアメリカに
おいて母性愛の復活と、それによる平和を目指してワイオミング州の田舎町で行われていたローカルな大会が、
全米で脚光を浴びたのよ…。 この大会が全米に広がりかけた頃、USoAHA(アメリカ合衆国ハグ協会)が設立されて
公式ルールが生まれたってワケ。 で、ほら。 アメリカ人のやる事だから、ゲイ行為に使われたりとか淫らな目的に悪用
されないように、一見変な項目があるのよ」
スラスラと説明するリョーコ。



「へー、そうなんですか。 先輩、やっぱり物知りですね〜」
「お姉様、さすがです!」
「わーい。 ハグハグしちゃいますよー」
「そんな大会にもちゃんと公式ルールなんてものがあるのが、アメリカらしいって言うんでしょうか? 面白いですね」
そしてコロリと騙されている人たち。 人のウソと言うものは意外とばれるものだが、リョーコのはウソと言うより
四月一日の類に属する「ホラ」である。 日々の食事を取るかのように法螺を吹く女、リョーコ。 人はこういう法螺には、
真贋入り交じった精神状態になってしまい、逆にバレにくい。
後日、渡米したアヤナがこの話をハイスクールのショーン・コネリーみたいな先生に授業中、聞いてみたところ一瞬、
教室が静まり返り…
「いかにも…ウホン! 我が合衆国民が大真面目な顔をしてやりそうな事だ! だがアヤナ…、実に残念だが…。
それは担がれた…としか言い様がないな。 よし、それなら今度ボクがキミをハグしてあげよう! HAHAHA!」
「なっ!? けけけ結構ですっ!」
と教室中に大笑いの種を提供するハメになったのは、また別の話である。
リョーコの法螺にすっかり騙された面子は期待と不安を入り交じらせ、即席で作ったくじ引きでハグをしていく順番を決め、
結局… 1、リンコ 2、アイ 3、アヤナ 4、ミサキの順となり、早速競技が開始される事になった。


1、的山リンコ
『小久保君  小久保君はいい人です。 多分男子の中では一番好きかな? 優しいし、私が変なことをポロリと言っちゃっても
からかったりしないし。 クラスの中にいる(リンコタソハァハァ)とか話している男子はちょっとキモいです。 私の事が好きなら
普通に話しかけてくれれば良いのに。 ミサキちゃんは小久保君の事が昔から好きみたいで、小久保君の話になるとハッキリ
言って、変な人にしか見えません。 ゆがんだあいじょうはいつかみをほろぼすとおもいます。 アヤナちゃんも多分、小久保
君が好きなんだと思います。 でもアヤナちゃんはツンデレじゃなくてツンツンなので、小久保君に怖がられているようです。
アヤナちゃんはデレの使い方を知らないみたいです。 はっきりいってこのまましんてんしないとおもいます。 アイ先生も
(弟みたいな)とか言ってますが小久保君の事が好きなようです。 この人の心の闇はミサキちゃんより深いと思います。
どうやら立場的にハッキリと行動に出られないので、心の中に色々な感情がドス黒く渦巻いてしまっているようです。
わたしはこどもでよかったなとおもいます。 でもやっぱり男子とお付き合いとかするんだったら小久保君がいいです。
小久保君、誰か好きな人とかいるのかなー?』(的山リンコ 2005年日記 11月×日分より抜粋)

「じゃー小久保君。 こっち向いて♪」
「あ、ああ…」
考えてみれば年頃の男女が抱き合うなどと言うのは、卑猥な行為に他ならないのだが、トップバッターがこういう能天気な
人物だと弾みがつく。
「それっ!」
「「「「おおっ」」」」
未だ少し戸惑っているマサヒコに正面からいきなり抱きつくリンコ。 その勢いの良さに他の3人の挑戦者が感嘆の声を上げる。
「あ、小久保君。 なんかこれ気持ち良いかも…」
背も伸びたマサヒコより頭半分低いリンコは早速、マサヒコの首から胸元あたりまで頬をスリスリし始める。
「おい、ちょっと的山…?」
なんかこれではマサヒコがリンコにハギングしてやっているようじゃないか。
「むー、小久保君もちゃんと腕回すの!」
その声に仕方なくリンコの背中に腕を回すマサヒコ。 その瞬間にミサキ、アイ、アヤナの目つきが変化する。 羨望と苛立ちと
小さな怒りが複雑に入り交じっているようだ。
(ずるい!的山さん。 自分のキャラを活かしているわね。 私はあんな態度を男子にとる事はできない…)
自らのキャラをよく判っているアヤナ。
(ふふっ。 リンコちゃんったら。 でも、私とマサヒコ君の仲なら…)
だからその『私とマサヒコ君の仲なら』って言うのは何なんだよ。 と言うアイ。
(わ、私だってマサちゃんとあんな事してみたいっ! そ、そそそれだけじゃなくって…ウヘヘ)
とりあえず落ち着けミサキ。 順番はきちんと回すから。


一方マサヒコはさすがにドキドキ感を隠す事ができそうになかった。 何しろ同世代の女の子と抱き合うなんて経験はさすがに
皆無だし、そのマサヒコのファーストハグの相手はクラスの男子間でも可愛さと性格の良さで評判の曰く…『猫耳本気メガネ少女』
または『いけない!リンコちゃん』若しくは『ごくあく☆いやしけい』ならびに『ナチュラルボマー』の的山リンコなのだ。
なんて言うのだろうか? クラスの野郎共とふざけて相撲を取ったり(取るのかよ)するときに感じる、感触とは全く違うこの感じ。
さすがに貧弱としか形容し難い体格なので全体的に硬さはあるのだが、所々柔らかさがあり男子とは全然違う…。
そ、それに的山さん? 貧乳という話でしたが、俺の胸板に感じるこの二つの微かな感触は間違いなく、む、むむ胸ですよね?
マサヒコが変な妄想に走り始めようとした頃、続いての攻撃がマサヒコに加えられる。
それまで完全に密着していた上半身を少し離し、上目遣いでマサヒコを見つめるリンコ。
「えへへ♪ なんかこんな風にしてるとさすがに恥ずかしいよね」
好奇心満々だけどちょっと恥ずかしさの入った瞳で上目遣いにリンコに見つめられたマサヒコ。
どうしたものかと思ったその瞬間、マサヒコの目に飛び込んできたのは、それはそれは目に毒な光景だった。
季節は12月に入ったばかり。 冬にしてそれは無いだろうと言う的山の襟元の深いロングスリーブな格好。
でもって自分の位置からリンコを見下ろすと…、少し体から余った服の胸元に、た、谷間と言うにはあまりになだらかな、
でも両側にはきちんと膨らみがあって、そそっそそその先には…。 残念…そこまでは見えないようだ。
「…? 小久保君、どうしたのー? やっぱり貧乳なワタシに抱きつかれても嬉しくない?」
「い、いや、問題はそこじゃなくて…」
なんでこんなに的山の瞳はウソが無いのだろうか? 逆に言えば見つめられたら何でも喋ってしまいそうな、その小さなメガネ越しの
無垢な瞳。 それになんかいい香りが…。 お日様をたっぷり浴びた『ミルクみたいな』香りがする娘っているのか!
思わず『的山っ!』とか言って、リンコを抱きしめてしまいそうになるマサヒコに更に一撃が加えられる。
「そうだっ! 小久保君に抱っこしてもらったときの格好!」
ちょっと待て、これはハギングの大会で…。 能天気がトップバッターだと弾みは付くが、また脱線の度合いも激しくなる。 と言うのが
実証される。


リンコは『ぴょむっ』っと、ぅι"ぃぇ風に擬音を響かせマサヒコに飛びついた。
飛びつかれて思わず的山を床に落とす事を避けようと、マサヒコが腕を回したところは、もろにリンコの控えめなお尻のあたりで
手のひらが完全にそこを包み込むような形になっている。
「ちょ、的山?」
「うーん。 大会とかはどうでもいいかも♪ コンタクト壊しちゃった時…、これで家まで送ってもらったよね」
マサヒコの首に両手を回し、マサヒコを見つめながらのリンコ発言にリョーコを除く他の女性陣の目が禍々しく光を放つ。
((なにそれ? あの二人って?))
アイとアヤナに軽いショックが走る。 そんな事になって(あっ)たとは初耳だ。
(ななな、あの後二人ってば、そんな事になっていたの!? チクショー!)
キュッと拳を握り締めるミサキ。
「おい、的山…。 それマズいよ」
「ん〜。 ちょっと収まりが悪いかな?」
などと言いつつ、マサヒコの微妙なところに密着している腰を振り始める。
これはヤバい。 ひ、ひぢょうにヤバい。 そんな事されたら俺の分身が…。
「うん、やっぱりなんか安心するー。 またこの格好で家まで送ってね。 小久保君?」
「あ、ああ…」
って思わず、お、俺は何を言ってるンだー。
マサヒコの発言に『禍々しい』から『肉食獣』のような瞳に変わった、アイ、アヤナ、ミサキの怒りがついに爆発かと思われた瞬間、
進行役のリョーコの声が響いた。
「はい、そこまでー」  
「エへへー。 楽しかったね小久保君。 今度は二人きりでやろうね♪」
「勘弁してくれ…」
自分の背中からヒシヒシと伝わってくる殺気と闘気に気圧されたマサヒコは、惜しいかなと思いながら、そう返答する事しかできなかった。
どっちにしろ、この大会が終わったら俺、ボコられるんだろうな〜。 と思いつつ・・・。


2、濱中アイ
『マサヒコ君とはもう結構長い付き合いです。 最初は私の意気込みが空回りしたり、マサヒコ君の反応の無さに戸惑ったりもした
けれど今ではすっかり打ち解けて、本当に可愛い弟のような存在です。 そんなマサヒコ君だけど、来年の春にはもう高校生。
出会ったばかりの頃と違って、体も大きくなってきたし。 なんて言うか少し頼りがいが出てきたかのようです。
これも私の指導によるものなのかしら・・・ナンチャッテvVVVvvV  とにかくマサヒコ君が高校生になったとしても、何らかの形で彼に
関わって行きたいな、なんて思っている私は、イケナイ先生なのでしょうか? でも…、もし、もし、マサヒコ君と今後も良い関係で
お付き合いできたら、それはとてもとても素晴らしいことだと思うのであります(キャー☆) 別にマサヒコ君の事を男性として見ている
訳ではありません! 彼がミサキちゃんとお付き合いしたりするならそれはそれで構わないし(本当です!)、何たって彼は私の
可愛い可愛い弟のような存在なのですから…。 先輩は私の事をショタコンだと言いますが、それは違うのです。 しつこいですが
私は本当にマサヒコ君の事を弟として……すいません。 今日はもう寝ます』(濱中アイ 2005年カテキョ日誌 11月○日分より抜粋)

と、どこからどう見ても、変な人です。 と言う妄想日記を毎日書き連ねている小久保マサヒコの家庭教師、濱中アイは今、思う存分
マサヒコにハギングしていた。 そう、他の誰がなんと言おうとこれはハグなのです!
正面から軽く腕をマサヒコの首に回して髪と髪が触れ合う感触を楽しんだり、逆に力強く抱きしめて、線は細いけど逞しさも出てきた
マサヒコの体の硬さをしっとりと味わったり、後ろから抱き付いて背中に頬擦りしてみたり、ちょっと大胆だが自分の胸元にマサヒコ
の顔を埋めさせ、そのドギマギしたりする反応を楽しんでみたりとか、もうやりたい放題である。 白々しくも『マサヒコ君、テスト頑
張ったね〜』などと言いながらの行為なので、他の面子も文句を言うことが出来ない。 と言うか、ドン引きしていた…。
(アイ先生、あんな感じになっちゃうんだ…)
(ちょちょちょっと、これは卑猥に見えるかしら…)
(あー、アイ先生いいなあ。 私もあんな風にすれば良かった)
(全く、あの娘は何やってるのよ。 バカ丸出しじゃない)

やっぱりマサヒコ君は素晴らしい! この感触! この手触り! あああ〜、もうこのまま自分のマンションに連れて帰って、すぐに
二人で生活したい! でも、でも、男女間のホニャララとかって言うんじゃなくって、いつもマサヒコ君が隣に居る感じっていうの?
再来年だろうか、就職した自分が慣れない職場に疲れて家に帰ってくると『あ、先生お帰り〜。 メシ出来てますよ』みたいな?
でもって、でもって、流石にお風呂は一緒に入らないけど、一緒にお布団の中で今日あった事とか、話したりして。 うんうん。
二人ともパジャマも着ないの! 裸で乳繰り合う…、じゃなくって、ただただその肌触りを楽しむだけで、セ、セセセックスとか
そう言うんじゃないの!
はっきり言ってタダの変態さんである。 この人。 つか、マサヒコどうこうじゃなくて小型犬でも飼ったほうがいいんじゃないだろうか?


そしてアイにハグされているマサヒコも間違いなく、初めての感触に感動を覚えていた。
(う…、的山はあれはあれで良かったけど、アイ先生は全然違う…。 やっぱり大人の女性って言うのかな。 硬さが無くってふにふに
かつポヨポヨしてて、うーん、…大福に抱きつかれている感じ?)
思わず自分も、アイの背中に回している腕に力をいれてしまいそうだ。 何というか、自分におっとりとした優しい姉さんがいたらこんな
感じなのだろうか。 漂ってくる香りも的山とは違う。 的山のそれがお日様を浴びた地球の香りだとしたら、アイの香りはお月様の
香りと言うのだろうか? 両方とも太陽に関係する香りなんだけど、的山の直接的な香りとは違いあくまで控えめな、でもしっかりと
自分の存在を主張するかのような…。 これ、別に香水とか付けてる訳じゃないよな? 
そんな事をらちも無く思っているマサヒコと、自分の頬とマサヒコの頬をすり合わせていたアイが少し顔を離し、視線と視線が絡み
合った。
「マサヒコ…くぅん…」
とろん、としたような。 でもマサヒコのことをしっかりと見つめているアイの視線にマサヒコの声は裏返ってしまう。
「は、はひっ」
「受験頑張ってね…。 私も一所懸命頑張るから…」
「ア、アイ先生…」
「受験…合格したら…その時は私…」
「そ、その時は…?」
部屋の中にゴ、ゴクリ・・・と言う息を呑む音がした瞬間『スパコーン!!!』と言う大きな音がマサヒコの部屋に轟いた。
リョーコがいつの間にか作成していたハリセンでアイの頭を引っ叩いたのだ。
「う?うあ…? あれ?私・・・?」
ハリセンによる刺激に意識が戻ったアイ。
「はい、そこまでー。 って言うかアイ。 アンタ私が止めてあげた事に感謝しなさい?」
このままリョーコが止めなかったら、多分アイはマサヒコに言ってはならないことを言ってしまったかも知れない。
「全く、アンタ達は…。 リン、アイ? これはハグの大会だって言ってるのに、アンタ達は何もかも間違えてるわね」
「私は別にいいで〜す♪ 小久保君の感触を楽しめたし」
「すっ、すいません。 大会だと思うと、つ、つい熱くなっちゃって」
その後ろではアヤナとミサキがマサヒコにジト目で嫌な感情の混じり合った視線を向けていた。
(小久保君ったら! 去年の合宿のとき、私と一緒の布団で寝ていたのに気づいた時と全然違う!! あの時だって
そ、そその、だだ抱き合って寝ちゃっていたって言うのに…。 やっぱり大人の女性の方が良いって言うの!?)
(マ、マサちゃぁん! なんで濱中先生相手であんなになっちゃうの? これはもうマサちゃんを殺して私も…)
と、目で言っているかのような二人にマサヒコは、視線を合わせないようにして空々しく音の出ない口笛を吹いて
誤魔化そうとしていたが(あ〜、これはもうボコられるの決定ですね、俺? あまり痛くないといいな〜)などと、男子中学生には
羨ましすぎる体験の代償を払わなくてはいけなさそうな成り行きに身震いが止まらなかった。


3、若田部アヤナ
『小久保君? どうして貴方はそう私の事をひどく悩ませるのかしら? 貴方と行動しているとどうしても調子が狂ってしまう。
知的で大人びた雰囲気な少女。 と言う私のイメージを保つ事ができないのよ。 別に貴方のことを好きだとかそういうんじゃない。
ただ単にハプニングで色々と密着したりしてしまったけれど、それで貴方をどうこうと言う感情はないのよ。 …でも、小久保君は
他の男子とは確かに違う。 クラスの男子の私に対する態度は二つに分かれている。 ひとつは女に舐められてたまるかって言う
子供みたいな感情から私に対し尊大に振舞おうとする人たち。 そして私の事を女王様みたいに仕立て上げ、やたらと下手に
出てくる人たち。 そのどちらの人たちも私は嫌い。 その感情の下には私の胸に対する卑猥な感情が滲み出ているから。
まあ、そう言う人たちは逆に扱いやすいんだけど小久保君は違う。 朝、出会ったとしてもあくまで自然に「よっ、若田部。 おはよう」
なんて気軽に声を掛けてくるのは彼だけ。 そしてそんな彼との会話が、最近少し楽しくなってきている…。 これは別に貴方の
事が好きだとかそう言うんじゃないんだから…』(若田部アヤナ 2005年随筆帳 11月△日分より抜粋)

「別にっ! 貴方がどうとかって言うんじゃないんだから! お姉様が言うから貴方にだだ抱きつくんだからねっ! 勘違いしないでよっ!?」
そう言って正面からマサヒコにハグを開始するアヤナ。 はい、見事な『ツン』です。 満点に近いです。 ただ、この少女の弱点は『ツン』を
活かす『デレ』を出す事が出来ないということ。
マサヒコは圧倒されていた。 一体何に? そう、アヤナの体にだ。
(うわ…、すげ…。 若田部の体って…)
ああ、もう何ていうのだろうか? 的山が旧軍の九七式中戦車(所謂チハタン)だとしたら、若田部は英軍のチャーチル歩兵戦車だ。
え?判りにくい? じゃ、じゃあ的山が熱帯魚店から買ってきたばかりのネオンテトラだとしたら、若田部は2-3年飼って水槽の中でむっちり
と育ったカージナルテトラだ。 むー、まだ判りにくいか。 はいはいガンダム的にね。 えーと、アイ先生がザクレロだとしたら、若田部は
ビグロみたいな感じだよ。 そう。 グラブロとかビグザムとか言ったら絶対殺されるから。 あ、ちなみに的山とミサキはパブリク突撃艇だな。
うんうん丁度いい表現だよ! と、一人納得し頭の上にピコーン!と白熱灯が点灯したかのようなマサヒコ。
アヤナの体にはそれだけの迫力があった。 そして体だけではなく、顔だってもの凄く綺麗な娘なのだ。 クラスの男子でも的山やミサキと
人気を三分…、いや人気なら若田部が一番だろう。 クラスの男子曰く『アヤナ姫』また曰く『男たちの山城』(なんで大和じゃなく山城?
スリガオ海峡で沈むのかよ)あるいは『スコッチウイスキー』とか『ボグワーツ女体学校』(この辺になると最早、意味不明)と褒められて
るんだか、どうなんだかと言う数々の二つ名を誇る若田部アヤナの圧倒的な体の質感を今マサヒコは味わっている。 何たって、抱きつか
れたときに比喩じゃなく、本当に『ムギュ』って音が聞こえたんだよ(俺だけに)! と、既に怪しい精神状態に入ってきているマサヒコ。
(ぁ…若田部…。 香水か何か付けてるのかな?)リンコやアイとは違う、人工的な香りが若田部の体から漂ってくる。 それが嫌だと言う
のではない。 ん?ミスマッチかなって言うちょっと甘い香りで、むしろ若田部の魅力を引き立てている。
そして当然の如くマサヒコの胸板に感じるアヤナの胸の感触も素晴らしいのだが、それ以上に驚いたのはその肌のパッツンパッツンさだ。
アイ先生はしっとりとしていたけど、若田部のは『これが若さというものだよ!』という感じのはちきれそうな肌で、押せば押すほど跳ね返って
くるようなこの感触。 肌に一つ水滴を落としたら、その形状を保ったままコロコロリンと床に落ちてしまうような…。


「…ちょっと? こ、小久保君! 貴方もちゃんと腕を回しなさいよ!」
マニアックな女体分析を咎めるようなアヤナの声にマサヒコは我に帰る。
「あ、ああ…」
アヤナの顔を見ると、もう真っ赤だ。 やはり男子とこんな事をするのは大人びて見える若田部でも恥ずかしいのだろうか?

一方アヤナの方は、と言うと非常に危険な精神状態にあった。 もちろん同世代の男性に抱きつくなんていうのはアヤナにとって初めての
体験で、相手は自分が複雑に入り混じった感情を持っているマサヒコ。 小さい頃お父さんや兄さんに抱きついた感触なんかとは全然違う!
しかもマサヒコが自分に抱きつかれて、妙な感情を持ち始めている事に気づいてしまった。 男から向けられるこんな感情には慣れている
自分だが、相手がマサヒコとあって、非常に新鮮な『こ、小久保君もこんな感じを抱く事があるんだ』と言う驚きと、その感情が自分の魅力
によって生まれてきているのだと思うと、体の芯から変な感覚が滲み出てくる。 これはまずい。 さっさと終わらせないと、どうにかなって
しまいそうだ。
「…ちょっと? こ、小久保君! 貴方もちゃんと腕を回しなさいよ!」
そう言ったのが失敗だった。 『やっぱり男子と抱き合うなんてイヤです』とでも言って、マサヒコから自分の体を離せば良かったのに、
ムキになって強くマサヒコを抱きしめたら、マサヒコがそれに応えるかのようにアヤナの後ろに腕を回してきた。
ああ、もう心臓がバクバク言ってるのが自分でよく判る。 これ、小久保君にも気づかれているのではないだろうか?
しかも自分の後ろに回ってきたマサヒコの手は、ウエストの一番細いところからちょっと下。 腰かお尻かという所に、照れて『ガッ』とでも
乱暴に掴んでくれれば良いのに、この男、遠慮からか『そ っ と 力 を 入 れ て き や が っ た !』
「あ…、バカぁ…。 そんな風にしたら…」
ヤバい、ちょおヤバい! こっこれは、私感じてきちゃってる!?
「え? 何かまずかった?」
マサヒコはそう言うと、触り方が不味かったのかと手指を、アヤナの腰の上で少し動かした。
「くぅ…。 や、やめ…」
意地悪なのか自らの腰の上で踊る(と本人は思った)マサヒコの指の動きに、思わず悲鳴にならない声が出てしまう。
無意識のうちにマサヒコを突き飛ばそうとしたアヤナだったが、マサヒコが驚いたのか離れかけた体と体を元に戻すかのように
アヤナの腰の上にある手に力を入れたので、また二人の体は密着してしまった。 更にアヤナの首筋に掛かるマサヒコの吐息。
「や…! いやぁっ!!」
今度こそマサヒコを突き飛ばし、自らは腰から床に崩れ落ちてしまう。 崩れ落ちた後も足の小刻みな痙攣が治まらない。
「お、おい、若田部?」
とアヤナの髪の毛にマサヒコの手が触れたところで、アヤナは……。 軽い絶頂に達してしまったようだ。
((((ちょ、ちょーーーーー!))))
マサヒコを除く他の女性陣にもそれは驚きの光景だった。
(((うそ…アヤナちゃん、イッちゃたんだ…)))俄かには信じ難い光景を見せられたアイ、リンコ、ミサキの素直な感想。
(アヤナがねぇ)とニヤニヤとしているのはリョーコ。
その横ではマサヒコが見せつけられても、何のことなのかさっぱり判らないアヤナの姿にオドオドしていた。
(あー、俺、子供だから良くわかんないけど、今日が命日なんだな〜)と、変な心配をしながら。


4、天野ミサキ…そして
『マサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃん
…(5行中略)マサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃんマサちゃん
世界で一番好き。 本当に大好き。 マサちゃんさえ隣にいてくれたらあとは何にもいらない。 いやそれじゃダメ。 なんで
マサちゃんと私は別の人間に生まれてしまったのだろう? いつもいつもいつもいつも一緒にいたいのに。 そうだ、二人の
体を薬品で溶かしあって一つの液体にすれば良い! マサちゃんも、きっとそれを望んでいるはず。 でも私がこんなにマサちゃん
に魅かれるのは多分、いや絶対絶対前世でもマサちゃんと一緒だったから! あれは56億7千万年前、前地球文明華やかり
しその頃から二人は何時も同じ時代(とき)を生きてきたの! その時のマサちゃんの名前はアンセール。私の名前はリーセルン!
勿論二人は夫婦で一生を添い遂げて…。 次に二人が天界での長い休息から生まれてきたのは、中世ヨーロッパのナヴァーラ
王国。 マサちゃんは私に絶対の忠誠を誓う、凛々しい竜騎士…』(天野ミサキ 「マサヒコDay by day-第1827日目」より一部抜粋)

と、まあ一般的な女子中学生なら誰でも一度は書いた事があるような……ウソです、どうみてもメンヘラーです。 頭の中は
咲き乱れるお花畑で12月中旬くらいまでが見所です。 と言う年季の入った妄想日記を垂れ流しているミサキは、極度に
緊張していた。 今まで、妄想の中でしか味わうことの出来なかったマサヒコの体の感触をこれから堪能する事ができるのだ。
何度夢に見た事か。 何度自分の怪しい妄想を実行に移(そうと)したことか…。 何も判ってはいない小さい頃の二人とは違う、
そう…10年ぶりくらいだろうか。 マサヒコと抱き合うなんてことは…。
「まっ…マサ君!」
「お、おう…」
ミサキの極度の緊張が移ったのかマサヒコも緊張しているようだ。
『ま、マザぢゃんだいずぎぃいいい!』などと言ってマサヒコにむしゃぶりつきたいところだがここは我慢。
「じゃ、じゃあ」とか言ってマサちゃんに自然に、あくまで自然に抱きつく事ができた。 うん、偉いぞ自分!
「「あ…」」
二人が同時に声を上げたのは、よく二人で無邪気に遊んでいた、あの甘酸っぱいような幼い日の思い出が蘇ったからなのか、
それとも前世での遠い記憶が覚醒したからなのか(いや、それは絶対無い)。
ミサキは今、ここで短銃で頭を撃たれて死んでも良かった。 いや、本当に。 今、自分の腕の中にマサヒコの体がある!!
ああ、何て言う感触なのだろう。 今まで手に入れようとして絶対に手に入らなかったモノが、自分のモノに(激しく勘違い)。
そしてマサちゃん…。 成長したんだな…って思う。 自分の部屋に備え付けてある怪しげな機器(まだ撤去してない)では
味わえないこの質感! 今日だけは中村先生に激しく感謝だ。


マサヒコは思い出していた…。 前世の自分の「アンセール」としてのきお…じゃなくて、ミサキとよく遊んだ幼い日の事をだ。
そしてリンコやアイ、それにアヤナとは質が違うこのフィット感に素直に感動していた。
ミサキがどうやら自分の事を好いていると言うのには、さすがに気づいている。 でもまだ受験中だし、皆とワイワイやっているのが
楽しい自分としては『もうちょっとだけ待ってくれ』と身勝手な感情を抱いてしまう。 あと、ここ2−3年のミサキはちょっと怖い。
怖いと言うか何か変だ。 ま、それは置いといて…。 アヤナやアイにはさすがに敵わず、まあ的山とトントンかと言う位なミサキ
の体なのだが、いやに自分にフィットする。 顔だって幼なじみの贔屓じゃなくて可愛い顔なのは間違いない。 クラスの男子の
間でも(またかよ)曰く『なんちゃってアイドル』また曰く『ミサキかわいいよミサキ』さらには『Marshmallow☆』だの『手が届きそう』
(届くわけ無いだろう)などなど、アヤナよりは幾らかマシな異名を誇るミサキなのだ。
何時の間にやら二人は激しく抱き合う事も無く、見詰め合ったまま妙な展開に入り始めていた。
「マサ君とこんな事するの…久しぶりだね」
「あ、ああ。 ガキの頃以来かな」
「あの頃は良かったよね。 男とか女とか無くって」
「そうだな…今思い出してるところだよ」
「でも、マサ君の体、昔と同じであったかい♪」
「な、何言ってんだよ。 これはお前が相手で緊張して…」
もしもし? おーい? と二人のスゥトゥロゥベィリィでピロゥでメロゥリングなイチャイチャぶりに、他の面子が問いかけようとした
その時、予想もしていなかったその凶悪な人物がマサヒコの部屋に突如来襲したのだ。


「お茶の時間よー!!! ん?」
「うわっ、母さん!」
「あぅっ! こっこここれは…」
ママンの襲来に慌てて抱き合っていた体を離し弁解を始めようとするマサヒコとミサキ。 きっと『やーねぇミサキちゃんったら、
おばさん、貴女なら大歓迎よっ♪』とか言ってからかってくるに違いない…。 ところが…。
「懐かしいわぁ…。 この子、小さい時は弱虫でね。 犬に追いかけられたーって言っては泣いて帰ってきて、ドブに片足落としたって
言ってはこれまたピーピー泣いて帰ってきてねぇ……ほぅ」
昔を思い出しのか、軽い嘆息をあげるママン。
「い、いや母さん! …ほぅ。 じゃ無いよ! そんな昔の事」
思い出したくも無い昔の思い出を穿り返されうろたえるマサヒコ。
「なに格好付けてるのよ。 私にとっちゃアンタはまだまだ可愛い子供………なんだからっ♪」
とママンがマサヒコをいきなり抱きしめた。 その瞬間マサヒコに蘇る遠い日の思い出の数々。 そういえば母さんに良く抱きしめられ
たっけ…。 ハグって言うのもそんなに悪いもんじゃないんだな…と、そこで変に口を開かなければ良かったものを…。
「ママ…」
開いたばかりに…、無意識のうちなのだろうか思わず口走ってしまったのだ。
「「「「「マ、ママ?」」」」」
自らの体を使ってまで栄冠を勝ち取ろうとしていたのに、マザコンが標準仕様のイタリア男じゃあるまいし、マサヒコはあっという間に
母親の手によって陥落してしまった。 これじゃ、自分たちがバカみたいではないか? 心の底に沸々と怒りが沸いてくる4人。
「ちょ! い、今のなし! ノーカン! ノーカンね!」
慌てて弁解を始めようとするマサヒコだったが
「あら、たまにはこうしてあげるのも良いモノねえ! マーくん、今日のご飯は何にちまちゅかー? 何でもママが好きなモノつくって
あげまちゅよー♪」
ノリノリの笑顔で自分の胸にマサヒコを掻き抱いたママンが今日の勝者だという事を、やっと本来の大会の目的を思い出した
ほかの面子は認めざるを得なかった・・・。


5、エピローグ
「う〜寒む寒むっ!」
何故自分が、冬の土曜日の朝早くからゲームソフトの店の前でガクブルしながら行列に並んでいなければならないのか?
そして何故、この行列をして手に入るゲームを本当に欲しがっている者は、この瞬間、布団の中でぬくぬくと寝ているのか・・・。
周りの視線もなんだかイタい。 子供のゲームを並んで買ってあげるような思いっきり過保護な親だと思われているに違いない。
あの後、マサヒコは理由は判らないが女性陣にボコられていた。 まあきっとマサヒコが悪い事をしたのだろうと思い、止めることは
しなかったが、マサヒコが意識を失った後、リョーコを除くほかの4人に怖い目で睨まれ『それじゃ、行列お願いしますね。 これ
ルールですから!』と、この行列に参加せざるを得なくなってしまったのだ。 どうやらあの日行われた何かに自分は勝利し、その
代償としてこの行列を手に入れたようだ…。
(まぁ、マサヒコに久しぶりにママなんて呼ばれて悪い気はしなかったし、いいか)
などと思ったところ、あまりの寒さに『へくちんっ☆』と年齢の割には可愛いくしゃみが一つ出てしまい、やっぱりマサヒコに対する
殺意が沸いて来るのを抑えられないママンだった。

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