「キスをしてよ」


残酷さを自覚しながら笑って言った私に、振り返った聖はまるで呪い殺してしまいたいとでも言いたげな視線をくれた。


「…何だって?」


低く唸るようなその声にもう一度微かに笑った。ねえ聖、私にもキスをしてよ。










ショートレッド










せめて弁解して欲しかったのだなどという、こちらのささやかな願いは彼女には理解できなくて当然だった。
詭弁だと言われればそれも然りで、実際に私が求めていたものは謝罪の言葉なんかじゃなかった。


「誰にでもするんだったら別に私でもいいじゃない」


傍らの椅子から鞄を掴んで立ち上がったばかりだった彼女は、身体を扉の方に向けたまま再び数秒私を見つめた。
呆然としていた瞳に、次第に熱が籠もっていく。ゆっくりと目を細めて、小さく笑ったようだった。


「嫌よ」

「どうして」

「どうしても」

「祥子には出来るのに?」


ガタン、と大きな音を立てて足元で椅子が揺れた。

有無を言わさない勢いで腕を掴まれて引き上げられる。
痛いと訴えるよりも先に、きつく眉根を寄せた顔が目の前に迫った。


重ねられた口付けは、一瞬だった。


「…──これで気が済んだ?」


打たれた頬をかばいもせずに、再びその唇が笑みを深める。

それから数秒と経たず、背後で大きな音を立てて扉が閉まった。
私には追いかけることも、顔を上げることすら出来なかった。



一人になった部屋で、衝撃の残像と、それを証明するように熱の燈った掌をきつく握り締める。
強がりだと認める前に泣いてしまいそうだということに気付いて、涙が零れないようにゆっくりと顔を上げる。


後戻り出来ないのならこれで良かったなんて、気休めでも言えるわけもなかった。


5分前まで親友だった相手の真似をして皮肉に口角を歪めてみても、上手くなんて出来なくて、
粉々になってしまいそうだと、思うだけなら簡単だった。















「〜には出来るのに?」のところは本当に誰でも良かったんですけど、祥子さんに犠牲になってもらいました。
凛然とした人が自分をコントロール出来なくなってる姿ってすごく好きです。


i/c




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