煩悩ロボ ダイボンノー   ─ 承認! ファイナル・フュージョン!!─

投稿者:犬雀

茜色に染まる町の中を二つの影が歩いている。
夕食時の繁華街。
これからが街が活気付く時間。
それ故に人も多く、それぞれが自分の予定に夢中で一々他人に気遣う暇などなさそうなのだが、道行く人々のほとんどが通りの端っこを歩く二つの影に視線を向け続けた。

 

美女と美少女という組み合わせも人目を引くには充分。
一夜の快楽を求めんと狼のように目を光らせるナンパ師は極上の美女の組み合わせに自分の運の良さを神に感謝し、いざ出陣と声をかけようとした体勢のままで固まった。
俺に落とせない女はいないと自負して来た彼でもこの二人に声をかけるような蛮勇は持ち合わせていなかった。
一人は家にゴリラでも飼っているのかというぐらい両手に一杯のバナナの入った袋を提げている。
もし声をかけて万が一成功したとしても同時についてくる無数のバナナ。
たかが果物。
でもこの数は凶器だ。
まるで古の大要塞に匹敵する黄色の防壁。
ナンパ師の技術では簡単に打ち破れそうに無い無敵の守りが無言の圧力をもって世界を拒絶する。

 

それだけならまだ何とかなるかもしれない。
何しろ獲物はもう一人いるのだしとバナナ美女の後ろに目をやって今度は「ひっ!」と声を上げて飛び退る。

 

そこにいたのはどよんとした空気を背負った美少女。
泣き腫らしたのか赤い目に影を宿し、バナナ女の後ろを幽鬼のように歩くさまを一文字で表せば『陰』、あるいは『欝』

 

何しろ「キャピキャピ」と今時珍しい擬音を放ちながらハンバーガーショップから出て、うっかりと彼女とすれ違った女子高生の群れが一瞬にして「ずずーん」と影を背負ってドナドナを口ずさみ始めるほどの浸食力。
可愛いキツネ〜売られていくよ〜♪
見れば少女の頭上ではカラスが「かぁーかぁー」と不吉な鳴き声でまるで墓場の一角のような空気を演出中。
後ろに人魂みたいなものが漂よう錯覚さえ感じるほどの魔空間。
今にも地面に伸びた少女の影から「うけけけけ」とか言いながら魑魅魍魎の類が湧き出そう。
商店街の一角を黄色と黒の虎縞の瘴気の塊を撒き散らしながら歩く美女と美少女。
たった二人の百鬼夜行。
これを突破できるのはかなり高位の聖職者かまたはとことん空気を読めない人間かのどちらかしかいないだろう。
そしてナンパ師を含め、道行く人々の中にはそんな豪傑は存在していなかった。

 

 


街に瘴気の影を撒き散らしながらも二人がたどり着いた魔鈴の店。
風に揺れている『臨時休業』と書かれた札の前に困った顔で立っている痩身の男性が一人。
見た感じは気の弱いサラリーマン風である。
どうやら仕事帰りに夕食をとりにきて突然の休業に戸惑っているらしい。
魔鈴に見覚えがないところを見ると常連客ではないようで、おそらく口コミか何かでこの店の評判を聞いてきた一見客であろうと一瞬で当たりをつけるあたり彼女もやはり経営者というところだろう。
こういう客はリピーターになってくれることもあるから大事にしたいが今は無理。
何しろ彼女の後ろには陰々滅々の空気を垂れ流しにしている少女がいるのだから。
まだ彼女から細かいことは聞いていないけど、昼との変わりようは何かとてつもない事件が彼女の身に起こったのに違いない。
多分、横島がらみだろうという察しはついている。
昼間あれだけ輝いていた乙女回路が今は無残にも焼ききれているのがその証拠。
恋愛経験は無いけれど魔鈴とて年頃の ─ちょいと微妙かも知れないが考えないようにして─ 乙女のカテゴリーに分類されると自負しているのだからそのぐらいは察しがつく。
今は商売よりも少女の傷心を慰めるのが大事と魔鈴は不思議そうに自分とバナナ袋を交互に見やっているサラリーマン風の男性に声をかけた。

 

「あの…申し訳ありませんが今日は臨時休業なんですけど…」

 

「はあ…」

 

驚いた表情を浮かべるのは急に話しかけられたからかそれとも別な理由か。
どこか痩せたトドを思わせるサラリーマンはマヌケな返事を返すと残念そうに溜め息をつく。

 

「そうですか…いや…部下からここが美味しいと聞きまして…娘の誕生日にここでパーティをお願いしようと思ったのですが…」

 

どうやらこのサラリーマンは娘の誕生パーティの下調べに来たらしい。
だとしたら話は簡単である。
このサラリーマンの連絡先を聞いておけばよい。
場合によってはサービスもしなきゃないだろうがそれは仕方ない。
お客は大事にしなければと口を開こうとして魔鈴は違和感に気がついた。
サラリーマンは自分を見ていない。
どちらかといえば自分の後ろで相変わらず陰々滅々とした瘴気を垂れ流している少女を珍しげにみている。
公園からここまでの道すがら、道行く人々から投げかけられた恐れを交えた視線と違うそれもマリアナ海溝なみに凹んだ少女は気がついていない。
空気を読める人物なら自分の後ろの少女を一瞥して見なかったことにするだろう。
だがサラリーマンは空気など読むつもりはないのか、憧れの芸能人に出会ったおっさんの目をしていた。

 

「む…君は…」

 

ああ、なるほどタマモちゃんの知り合いだったのかと魔鈴は頷いた。
だとしたら見知った少女に意識が向くのは当然だ。
人付き合いが多いとも思えないタマモがどうやってこんなサラリーマンと知り合ったのか不思議ではあるが、タマモとて閉じた世界にいるわけでもない。
もしかしたら美神さんのクライアントの一人だったのかも知れないと思った矢先、サラリーマンの放った一言が彼女の頭上に疑問符の大群を召喚する。

 

「おっぴろげジャンプの子!!」

 

「やかましいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

今までの凹み具合はどこへやら、あまりに意外な一言に呆気に取られた魔鈴の横を駆け抜けたキツネ色の電光が、サラリーマンの鳩尾に教科書にでも載りそうな体重の乗った拳撃を叩き込む。

 

「ぐふうっ!」と胃液とか撒き散らしながら沈もうとするサラリーマンの襟首を掴んで無理矢理ダウンをキャンセルさせ、タマモは血の気を失ったサラリーマンをガックンガックンと揺さぶった。

 

「なんでよ!? なんでアンタがそれを知っているっ?!」

 

「待て! 揺さぶるなっ! 首が外れる! 私にあの技を放ったのは君だろうが!!」

 

「あんたなんて知らないわよ!」

 

「私だ私! マスクド・ホスピタルだ!」

 

「嘘つけっ! あの変態はあんたみたいに痩せてないっ!!」

 

「し、証拠を見せるから手を放してくれっ!!」

 

ここまで言われては渋々ながらも手を放すしかない。
目の前の背広姿のサラリーマンがあの変態レスラーもどきとは思えないが、それ故に怖い。もしかしたらあの病室のどっかに盗撮カメラでもあって自分の恥ずかしい姿が流出した可能性もあるではないか。
思い至った可能性に愕然とするタマモから離れ、サラリーマンはポケットに手を突っ込みシュタッと取り出した白いマスクを一瞬で蒸着した。
たちまち溢れる肉色の光がタマモと呆然と顎を落としていた魔鈴の目を焼く。
やがて治まった光芒の中。
大地に立つは肉の壁。
ちょっと弛んだ大胸筋。
角度によっては割れても見える腹直筋。
白いマスクの額に「犬」
いつの間にかの黒パンツ。
決めのポーズはサンセット。
出現したのは紛れも無い風紀の精霊と自称したあの変態だった。

 

「ホ〜ス〜ピ〜タ〜〜ル〜〜」

 

「さっきと体型が全然違うぅぅぅぅぅ!!」

 

「着やせだっ!!」

 

「どんな着やせよっ!!」

 

「とにかくこれで私がマスクド・ホスピタルと理解したか?! まだ疑うのならあのおっぴろげジャンプで見た乙女の秘密の花園を原色イラスト化するぞ  ─「記憶消去ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 ─ぐぼうっ!!!」

 

怒涛と謎の展開に大口開けた美女にあるまじき表情で硬直した魔鈴の前で鉄拳を使用した記憶消去作業は激しさを増していく。
やがて聞こえる効果音に「ぴちゃっ」とか「ぬちゃっ」とか粘性のある液体が飛び散る湿った音に変わり始めてやっと彼女は殺戮現場が自分の店の前だと気がついた。

 

「ち、ちょっとタマモさん! 死んじゃいますからっ! なんか耳とかから茶色いものが出てますからっ!!」

 

「大丈夫よっ! 四階から落ちてもピンピンしていたコイツがこの程度で死ぬわけないじゃないっ!!」

 

「出てるっ! 出てますっ魂が!!」

 

「それは好都合っ!!」

 

「駄目ですっ! 私のお店の前で殺人事件はやめてっ! 人目の無いところだったら埋めたりするのとか手伝うからっ!!」

 

「目撃者も消せば問題なしっ!!」

 

「あああっ! 私にまで死亡フラグがっ!! そ、そうだ! キツネうどん奢りますからっ!!」

 

ピタリと止まった嵐のような乱打。
拳からポタポタとやばい液体を垂らしつつタマモはニヤリと凄惨な笑顔を浮かべた。

 

「ほんと?」

 

「は、はいっ! 好きなだけ!!」

 

「うん…わかった…」

 

フーと大きく息を吐いて呼吸を整えたタマモから先ほどまでの瘴気は失せている。
人間 ─キツネだけど─ 落ち込んだ時に激しく怒ると案外簡単に立ち直ったりするものなのねと魔鈴はピクピクと痙攣している肉の塊に感謝した。
もっとも埋めるときはなるべく丁寧に埋めてあげようかといった程度の感謝ではあるが。

 

「と、とにかく中に入りましょう…処理するにしても店の中の方が人目につかないですし…」

 

「うん…じゃあ運んで…」

 

「え゛…わ、私がこの肉塊を…」

 

それは嫌だなぁと思う。
魔女という職業柄、不気味なものには慣れているがこれは魔女というより人として触りたくない類の不気味さだった。

 

「あー。心配に及びません。この程度で倒れていては現代医学を究められませんから」

 

「復活してるしっ!!」

 

「はっはっはっ。この覆面を身につけた私は不死身なのです。とはいえなんとなく記憶の一部が欠損した気もしないでもない今日この頃、お体に変わりありませんか?」

 

「おかしいからっ! なんか言っていること変ですからっ!!」

 

「はっはっはっ。とりあえず細かい話は中で」

 

「えっ?」

 

あまりにあっさりと言われて一瞬反応の遅れた魔鈴を不思議そうに見ながらホスピタルはタマモの後を追うように店の中へと入っていった。

 

(なんでピンピンしているのよぉぉぉぉ!!)

 

(ぐはぁぁああっ!!)

 

再び聞こえ始めた乱打音。
パタンと閉めたドアに背を預け魔鈴は肺の中の空気を全て溜め息に変えた。

 

「はーーーっ…お店の掃除…大変だろうなぁ…」

 

 

 

 


「で…なにがあったのですか?」

 

店の片隅で血に濡れて小刻みに痙攣している肉塊を見ないようにしながら魔鈴は激情の嵐を拳で解決したタマモに聞いてみた。
本音を言えばペットの鳥の餌にもなりそうもない肉塊ごとお引取り願いたいのだが、先ほどの尋常ではない雰囲気がなにか良からぬ事態を暗示しているように見えて彼女の好奇心を刺激する。
けっして人の不幸は蜜の味といった類の好奇心ではない。
何かが彼女の霊感に引っかかるのだ。

 

しばし無言のまま俯いていたタマモだったが魔鈴が用意したミルクティーのカップを胸に抱きしめるように抱え、一息に飲み干すと唇を動かす。
またぶり返したのか陰を宿した瞳から涙を零しながらタマモは先ほど横島の部屋で起きた事件について途切れ途切れに語りだした。

 

三杯目のミルクティーが無くなった頃、魔鈴はやっとタマモと横島に起きた出来事を把握して赤面した。
だって彼女にとって少々過激すぎる表現があったりしたのだから。
あはは…男の子の喜ばせ方とか聞いてきてホントは出来るじゃん、じゃあこのバナナの群れはどうしろとと、せめて経費だけでも請求しようかしらんと自分でも理不尽に思える怒りが心の中に湧いてきたのをかろうじて無視しながら彼女は今はもう憚ることなくスンスンと泣き出したタマモの手を取る。

 

「つまり横島さんの態度が急に変わったってことですか?」

 

「うん……もしかして人間にとってアレを舐めるってタブーなのかな? 本には喜ぶって書いてあったのに…」

 

「さあ? 私も経験が無いのでなんとも…」

 

「え?」

 

「あ、いえ、違うですよ! お姉さんは経験アリまくりですよ! 魔女ですから!!」

 

つい漏れた真実を焦りながら否定する自称経験豊富な魔女さん。
幸いにも今のタマモにはそれを追及するような心の余裕は無かった。

 

「違うな。そんなタブーはない。むしろ嬉しい。ドンとこい。この場合、疑うべきは精神的な問題だろう」

 

「「へ?」」

 

「つかぬ事を聞くがお嬢さん。その少年は過去に恋愛がらみで辛い体験をしとらんかね?」

 

「あ…」

 

「ふむ…そちらのバナナ娘さんには心当たりがあるようだな?」

 

「なにか知ってるの!!」

 

「あ…えと…」

 

縋りつくようなタマモの目に逡巡する魔鈴。
あの事件を見てきた彼女は横島のトラウマが何に起因しているか察しがついている。
彼が下した決断とその結末を見てきたから。
だからこそ横島と美神やおキヌが黙っていることを自分が告げてもいいのかと自問せざるえない。
だが目の前の少女は真剣に悩んでいる。
そして彼女が横島のことを真剣に想えば想うほど知らないで済ませることは出来ないだろう。
だから彼女は躊躇いの心をかみ殺して、あの事件の真実を告げた。
仮にそれがどんな感情をタマモに呼び起こそうとも受け止める覚悟を決めて。

 

 

長い話が終わり、魔鈴は場の空気に居たたまれず調理場にお茶を煎れに行った。
残されたタマモはただ俯いている。
空気が読めないはずのホスピタルも無言で上腕筋を膨らませている。
それでも人もキツネも前に進まなければならない。
だからタマモはギリと音が鳴るほど歯を食いしばった。
言葉は出ない。
むしろこういう時は空気の読めない人間のほうが重宝したりする。
黙り込むタマモを気にしながら口を開いたのはホスピタルだった。

 

「ふーむ……そのようなトラウマが口淫をきっかけにフラッシュバックを引き起こしたか…しかしまるっきり別人格のように振舞うとなればここは専門家の意見を聞くべきだろう…」

 

「専門家ですか?」

 

持ってきたお茶を配りながら、今ひとつ意味がわからずキョトンとした魔鈴には答えずホスピタルはいきなり立ち上がると奇妙なポーズで踊り出した。
よくよく見ればちょいとアレンジの入ったラジオ体操だったりするが、まさかこんな場面、しかもこんな深刻な話の後で体操する理由がわからない。
ホスピタルは一通り準備運動を終えると、今度は日課とばかりに淀みなくスクワットにうつる。
湧き出る汗がキラキラと飛び散り、店内の空気を汚染していく様に、もはや全てを諦めたかお掃除代行を頼もうかと考え始めた店主の前でついにスクワット100本に腹筋100本を終了させたマッチョの奇怪な儀式が完成した。
不気味にオイリーに輝く床を睨みつけホスピタルは大胸筋を震わせる。

 

「来たれドクター!」

 

その声に答えるかのように汗だまりの中心に浮かび上がるは真紅の文様。
十字に輝く光の中から湧き出る影は蝶を模った覆面をつけた男の姿。
男は完全に現界すると羽化したばかりの蝶の羽のように両手を広げる。

 

「プ〜〜シ〜〜コ〜〜」

 

「な…な…な…」

 

「お忙しい時に召喚してしまって申し訳ありません。Dr.春…」

 

「おっと今の私はグレート・プシコ。本名は謹んでもらおう」

 

「…これは失礼」

 

「に…に…に…」

 

「ふむ? どうやって召喚したかと?」

 

言葉に出来ないものの意志は伝わったのかコクコクと頷く魔鈴とタマモに二人のレスラーモドキは肩を組み「はっはっはっ」と呵呵大笑。

 

「「これぞ現代医学の真髄なり!!!」」

 

「医学違うからっ! そんなん医学じゃないからっ!!」

 

「なにを言うか! 医学は刻一刻と進歩しているのだ!」

 

「進歩の方向が完全に間違っているっ!!」

 

「だがこれが普及すれば往診に便利!!」

 

「そんな妖怪じみた医者が何人もいてたまるかぁぁぁ!!」

 

「そうですよ。それに病気の人はスクワットとか出来ないじゃないですか!」

 

「むう! 確かに!!」

 

「くっ…そんな欠陥があったとは…」

 

がっくりと膝をつく二人のレスラーに拳を叩きつけたいという衝動を魔鈴とタマモは必死に押さえたのだった。

 

 

 

 


こんなでもグレート・プシコはれっきとした精神科医だと聞いて、ますます現代医学に対する不信感を募らせる二人だったが、それはともかく二人のレスラーは登場の変態さなどなかったかのように真剣な面持ちで話し合っている。
飛び交う専門用語の羅列にタマモは勿論魔鈴もついてはいけず、仕方なしにマッチョの体液で汚れた床をモップで拭こうとしてあっさりと挫折した。
近くに寄っただけでなんか骨の髄まで汚染されそうな気がしたのは彼女の霊感が優れている証だろう。
実際、魔鈴の死角になっている端っこの方では粘性の体液に捕らわれたゴキブリが精神を汚染されてV字腹筋を始めていたりした。

 

「ふーむ…では乖離性人格障害とは言えないと…」

 

「うむ。本人と面談していないのではっきりとは言えないが私の勘は違うと告げている。これは一種のメンタル面での歪みだろうな」

 

「歪みですか。なるほど…ならばドクターはどんな手段を?」

 

「うむ、それなんだが…」

 

蝶のマスクは「ごほん」と咳払いをするとタウンページで清掃業者を調べていた魔鈴を指差した。

 

「え? 私ですか?」

 

「そうです。貴方の力が必要です。耳年増のお嬢さん」

 

「なっ?!! わ、私のどこが耳年増だと!!」

 

「くっくっくっ。精神科医に嘘は通じんっ!! 慌てて買ったその大量のバナナがなによりの証拠!! つまり貴方はまだ未開封 「個人情報保護ぉぉぉぉぉっ!!」 ぐげあっ!!」

 

いらんことを言いかけたマスクマンを必殺の踵落としで沈めておいて、さらに口が効けなくなるようにと念入りにいんぐりもんぐり踏みつけてやれば、さすがに今のは彼が悪いと判断したもう一人の変態が卑屈に頭を下げながら割って入った。
またいらんことを言ったら次は鳥の餌よと視線に力を込めれば、さすがは魔女の視線、邪眼にも匹敵する禍々しさに震え上がる変態が二人。
しかし例えどれほどの変態でも解決策があるならばタマモはそれに縋りたかった。
横島の過去は聞いた。
正直に言えば腹が立つ。
そんなことを隠して笑っていた馬鹿にも腹が立つし、それに気がつかずに舞い上がっていた自分にも腹が立つ。

 

そして悲しい。
自分ではどうあっても横島の心に住むことが出来ないのではと、彼は一生涯自分の愛した少女の幻影を追っていくのではと。
もしかしたら横島が自分を好きかもなんて考えたこと自体が茶番に過ぎなかったのではと。

 

だから知りたかった。
横島が歪んでいるとマスクマンたちは言う。
その歪みの元を知りたかった。

 

「それで解決策ってなんですか?」

 

半分意識が飛んでいるマスクマンの襟首を持って引き摺り上げると魔鈴は聞く。
それはもう尋問と言っていいレベルの迫力をこめて聞く。
壊れた人形のようにカクカクと頷きながら蝶のマスクマンは驚くべき提案をしてきた。

 

「げほ…げほ…か、彼の精神の中に直接ダイブするのです…聞けば貴方は魔女とか…そのような技法もお持ちでしょう…。以前、医学的なアプローチではなく心霊的なアプローチで成功したという症例研究を読んだことがあるのです…」

 

言われてみれば確かにそんな魔法もある。
元々、魅了や催眠など人の精神に関与する技術は魔女に伝わるものだったのだ。
今の時代、禁呪として扱われているものも多いが、ここに精神科医そして妖狐のタマモがいる。
この二人の力を借りれば成功率は高いだろう。
しかし危険も伴う。
人の精神は表面に現れているほど単純ではない。
あの横島の心の奥底に本人すら知らない闇が渦巻いている可能性もある。
精神の中にダイブするということは精神力と精神力の戦いでもある。
負ければ飲み込まれる。
心の深淵に飲み込まれれば二度と帰ってこれないかもしれないのだ。

 

「行くわ…」

 

「タマモさん…本気ね…」

 

「うん。本気…」

 

タマモの瞳には先ほどまでの悲しみの色はない。
今ははっきりとした意志の光を浮かべて少女は魔鈴の手を握る。
込められた力は魔鈴の迷いを完全に吹き払うだけの力強さに満ちていた。

 

 

 


「さて…そうと決まればここにその少年を呼ばねばなりませんな」

 

「うむ。確かに」

 

「そうですね。魔法のかけやすさを考えても私のテリトリーの方がいいですね。でも素直に魔法にかかってくれるのかしら?」

 

人の内心とは究極のプライバシーだ。
例え治療のためとはいえ勝手に覗いてもいいものでない。
しかも魔鈴は知っている。
その現場に居て目の当たりにしなかったとはいえ、彼の心の傷の原因を知っている。
彼女が知らないのはそれがどんな痛みを彼の心に与えているかだった。
簡単に踏み込んでいい話ではない。
だけど、同じ女として一人の乙女 ─これ重要─ としてタマモの力になりたいという気持ちに嘘は無い。
しかしそれも横島が拒否してしまえばどうにもならない。
嫌がるものの心に踏み込むなど彼女の矜持が許さなかった。

 

「うむ。ならばそれは我らに任せてもらおう。問答無用で麻酔をかければ抵抗も出来まい…はっはっはっ…」

 

「そ、それって犯罪では?」

 

「なーに犯罪にはならぬように気をつけますとも…くっくっくっ…」

 

「意外と頼もしいのねアナタたち…もっと役立たずの変態かと思ってたわ…ふっふっふっ…」

 

「あああ……タマモさんまで暗黒面に…」

 

復活した乙女回路が産み出すエネルギーがどうやら変な按配で作用しているらしく、不気味に笑いあう三人に魔鈴が抵抗できるはずはない。
一抹の不安を残しつつ魔鈴が横島に電話する。
「新製品の試食に来て欲しい」と言えば案の定、横島は速攻で「すぐに行きます」と返事した。
もとより赤貧、万年欠食児童の彼が美人からの晩御飯のお誘いを断るはずは無い。
ものの五分ほどでドドドと商店街を疾走する足音が近づいてくる。
その早さに驚きながら魔鈴はタマモに奥へと隠れるように言うと玄関ドアの横で待機するマスクマンに合図を送った。
「応」と頷くマスクマン。
こうして罠は完成した。

 

そんなこととはつゆ知らず横島が元気良くドアを開けると彼の精一杯の笑顔を浮かべる。
その瞬間、悪辣な罠が発動した。

 

「おーーーーっと! 腰が滑った!」

 

棒立ちの横島の背後から腰にタックルしたホスピタルが「フン」と気合一閃、横島の体を持ち上げるとそのまま後方へとブリッジを開始する。
それだけならただのジャーマン・スープレックス。
反射神経が獣並みの横島なら対応できないこともない。
ここにもう一人のマスクマンが潜んでいなければ。

 

「うわあ! こっちは尻が滑った!」

 

潜んでいたプシコがジャンプ一番、その尻を高々と抱え上げられた横島の顔面に叩きつける。
いわゆるヒップ・アタック。
命中した尻をそのまま相手の顔に乗せ、ジャーマンの勢いを加速させながら尻で押しつぶすという凶悪なツープラトン。

 

「受けよ我らが奥義! 『心凍らせるAの感触』!!!」

 

加速が倍、体重が倍、さらに心理的な屈辱感で倍という8倍技。
しかも括約筋の噴火口が鼻先押しつぶすと言う魔の技を受けてはさしもの横島でも意識を保つことができなかった。

 

「ふむ…麻酔完了…」

 

「いやいやいや麻酔じゃないし」

 

「はっはっはっ。薬品を使うと法律的にやばいので」

 

「要は意識を失えばよいのだし…くっくっくっ」

 

「そっか…目的は達したのだから問題ないのね…ふっふっふっ…」

 

「あああ…タマモさんがどんどんダークサイドに堕ちていく…黒いタマモさん…略してクロタマ!」

 

「そこっ! 変な省略しないっ! そんなことより早くしないと横島が気がついちゃう!!」

 

「そ、そうですね。とりあえず奥に運んでください」

 

「「任せておきたまえ」」

 

こうして横島は魔鈴の店の奥にある異界への入り口から彼女の自宅へと運ばれていった。
常識的な人間が見ればドン引きしそうな異界の雰囲気も、もともと妖狐のタマモはともかく二人のマスクマンはまったく気にならないのかむしろ興味津々といった様子で横島を運んでいくと魔鈴のベッドへと横たえた。
白目を剥いたままピクリとも動かない横島の額に手をかざし魔鈴は精神を集中する。
体の中で練り上げられた魔力が指先へと集まり、それを彼の頭に沁み込ませながらもう片方の手でタマモの手を握り、彼女の意思と思いを送り込む。
そして魔法は成った。

 

 

 

 


深い闇を抜け、ゆっくりと目を開けたタマモの前に広がるのは茫洋と続く荒野。
草一つ生えていない荒野の真ん中でタマモは立ち尽す。
この荒れ果てた光景が人の、それも普段あれほどの明るさを見せている少年の心象風景だなんて信じたくはなかった。

 

「ふーむ…流石にこれほどまでに荒れているとは想定外でしたな…」

 

「ええ…なんか可哀想…」

 

「ちょっ! なんであんたが!! しかも魔鈴さんまで!?」

 

「くっくっくっ。私とて精神科医の端くれ。この程度造作も無い」

 

「…心配だったから…」

 

ありがたいようなありがたくないような助っ人の登場にタマモは焦る。
魔鈴はともかくこんな変態まで引き込んではことが解決した後で横島になんと説明すればいいのだろう。
変態が伝染しても嫌だし。

 

「だって魔鈴さんはともかく、あんたは妖力とか魔力とかないでしょ!?」

 

「そんなもの筋力でなんとでもなりますがな」

 

「すでに医学ですらないっ!!」

 

人の心のど真ん中で漫才を繰り広げている二人。困っているもう一人。
今ひとつ緊迫感のない彼らの前に何の前触れもなく空から巨大な影が舞い降りた。
ズズンと重い響きとともに荒れ果てた大地に立つのは巨大ロボ。
鋼の腕を振り上げて、憤怒の眼光も猛々しいその姿はまさに鋼鉄の鬼。
手にした草刈機も勇ましく。
煩悩ロボ ダイボンノーここに再臨!!

 

『ダーーーイボーーーーンノー!!!』

 

「な、なんですかこれは?!」

 

「巨大ロボだっ!」

 

「んなことは見ればわかるっ! 問題なのはなんでこんなのが横島の心にいるのかってことでしょ!!」

 

「うーむ…もしかしたらこれも彼の心象の一部ということか…」

 

その台詞に巨大な鋼の鬼は「おう」と応えて胸を張る。

 

『いかにも! 我こそが主「横島忠夫」の忠実なる僕。主の煩悩を司るもの。その名もダイボンノーなり! 和が主の心に土足で踏み込むその狼藉、例え百万回謝ったとしても断じて許せん! お主ら生きてここを出られると思うな!!』

 

圧倒的な威圧感は蝶のマスクの変態はともかく、天才と呼ばれる魔女すら怯ませる。
しかしタマモだけは怒涛の怒りを込めた眼光を叩きつけられながらも一歩も引かない。
引くわけにはいかない。
この鬼が横島の煩悩だと言うのなら聞かなきゃいけないことがある。

 

「まって! アナタ、横島の煩悩なの?! だったら教えて! どうして横島はあんなに…あんなに冷たい目をしたのっ!!」

 

『………それを聞いてどうするというのだ。お主は我の期待に応えられなかったのだ。今更理由を聞いたところで失敗したものに二度とチャンスなど与えん!!』

 

「失敗…失敗って言ったわね………そっか…そうなんだ…さっきの横島の台詞…アナタの差し金ね!!」

 

『それがどうした。幸いにも主は気絶していたのでな。我が主の口を借りたまでのことよ。だがお主が我が主にふさわしくないという我の判断に間違いはない!!』

 

「それは……私が人間じゃないから…?」

 

『否! むしろそれは好都合。もとよりこの計画は最初から人の規範に縛られたものを考慮などしていない。我が主を救い、我を救うには人の道徳に縛られぬものが必要だった。それ故に我はお主に目をつけた。覚えているか? あの最初の夜、『柔』の文珠が妙な作用をしたことを。それは我の意志による干渉があったからに他ならぬ!』

 

「え……」

 

思いもよらぬ真実を告げられてタマモの顔色が青褪める。
思えば最初のあの夜から始まった出来事が実はこの鬼の仕業だったと。
偶然や人の縁ではなく作為であったと。
鬼はそう言ったのだ。

 

『我が主の望みはルシオラの復活なり。だが例え自分の娘に生まれ変わるとは言っても人はそう簡単に割り切れるものではない。なぜなら…』

 

ダイボンノーが決定的な一言を吐き出そうと身構える。
息を飲むタマモたちの前に飛び出した台詞は至極当たり前のものだった。

 

『娘とはHできんのだっ!!』

 

「むう。それは確かに我らを超えた変態。人として許されざる行い!」

 

『それが人の限界だ。だが相手が人外ならばどうだ? 人外に人の規範は通用しない。つまりルシオラを産むのは人外の存在でなければならなかったのだ』

 

「そ、それで私を…選ぶように…あんたが仕向けたってこと…? だったらシロでもいいじゃない…」

 

『それは無理だ』

 

「なんでよ!」

 

『シロちゃんはヨコシマを好いている。この計画においてヨコシマの相手はルシオラを産むだけの存在。後腐れても困る。修羅場はごめんだ。故に「なりゆきでエッチしたらデキちゃった〜」ってのが良い。つまり我が主に惚れるような女は必要ない。あの時点でお主はヨコシマを好いていなかった。故に我はタマモちゃん、アナタに白羽の矢を立てたのだ。だが…タマモちゃん。アナタはヨコシマを好きになってしまった』

 

ダイボンノーはそこでさも忌々しいとばかりに頭を振る。
鋼鉄の体から立ち上る気配は紛れも無い怒りの感情だった。

 

『それがタマモちゃん…アナタの敗因だ…よもやアナタまでがヨコシマに惚れるとは思わなかった。もっと早くヨコシマはタマモちゃんと勢いだけでエッチするはずだった。だが我が主ヨコシマはそのほとんどのタイミングで躊躇った。その結果、アパートではシロちゃんに邪魔され、病院では変態マスクマンに邪魔された。ヨコシマが我が彼にさえ気づかれぬようにとコントロールした潜在意識に素直に従い、獣欲に身を任せれば余計な時間を浪費せず邪魔が入る前にことは成っただろう。我の計算違いと言えばそこだけだ』

 

「私が…横島に惚れている…? 横島のことが好き…? だから今度は私を邪魔だと言うの…?」

 

『違うのか?』

 

「けど…けど…横島はどうなの? 横島がしてくれたことはみんなアンタが影で操っていたの?! 横島は私のことなんかどうとも思ってないのっ?!! ただシたいだけだったのっ?!!」

 

『当然だ。言っただろう我はヨコシマの煩悩を司るもの『ダイボンノー』。彼の性欲は全て我が管理した。邪魔だった理性などとっくに倒したからな…』

 

「そんな…ひどい…ひどいよ…そんなのってないよ…」

 

自分は道化だ。
しかも笑えない道化だ。
あの気持ちはなんだった。
彼の笑顔はなんだった。
全てはこの鬼が、横島の心が作り出した虚像の出来事だったのか。
力が抜ける。
足が震える。
目の前が暗くなる。

 

『納得したなら立ち去れ。大人しく立ち去れば命までとるとは言わん。どうせこんなこと誰かに言ったところで信じないからな』

 

今にも崩れそうなタマモを支えるのは意地だけだ。
だけどそれも折れそうになる。
助けなどどこにも居ないはずだった。

 

「待ちたまえ」

 

『む? なんだこの変態は?』

 

「私は一人の医学者に過ぎん。だが医学者故に君の言葉には不可解な点があるとわかる。それを看過できんね」

 

『ほう…我の言葉のどこが不可解か?』

 

「そうだな。君はこの少年の煩悩を司ると言った。それは間違いないか?」

 

『その通り。我は主の煩悩も司っているのだ』

 

「ならばこその矛盾! 煩悩とは性欲だろう。性欲を優先するならば何ゆえ未だに合体できてないっ!!」

 

『それはヨコシマが躊躇ったから…』

 

「それだ! 深層心理レベルで煩悩をコントロールしていたなら、躊躇うという結果があるはずはない! それはつまり少年が無意識にこの少女を大切にしたいと考えたからではないか?」

 

『ち、違う! ヨコシマにそんな感情は無い!』

 

「なぜそう断言できるんですか?!!」

 

予想もしなかった魔鈴の叫びにダイボンノーは怯んだ。
その仮面の下から焦りの色が浮かび上がってくる。

 

『ヨコシマの心にそんなものは生まれない。そんなものが生まれれば私が速やかに消去する! ルシオラと結ばれない未来など主には不要!!』

 

「そこがおかしいのだ!! 君が煩悩の権化ならばまず第一目標は性交だろう! だが君の目的は違う。君はむしろこの少年に恋愛感情が生まれることを阻害しているではないか!! 根源的な欲望が他の根源的な欲望を否定するというそのあり方がおかしいと言っているのだ!!」

 

『世迷言を!! なにを証拠に!!』

 

「この潤いなど欠片も無い荒野の光景がその証拠!! そして君の手にある芝刈り機! 君は少年に恋心が出来るたびに刈り取っていたのだ! 違うか? 違うまい! 君自身がそう言った!!」

 

プシコの言葉が打ちのめされていたタマモの心に一筋の光明を投げかける。

 

「え…それって…」

 

「そうですね。きっと横島さんもタマモちゃんのことを好きになったんだと思います。そうじゃなきゃおかしいですもの!」

 

「え……」

 

魔鈴の言葉の意味がタマモにはよくわからない。
わかるのは彼女の言葉にダイボンノーを糾弾する響きがあることぐらいだ。
次の言葉を待つ耳とは反対側から響くのはホスピタルの野太い声。

 

「しかりしかり。そもそも繁殖のみを目的とするなら和姦にこだわる必要はない。だが少年はそれを選択しなかった。つまり君との関係を終わらせたくないという願望があったと考えるのが妥当」

 

「そ、そっか……私…嫌われたわけじゃなかったんだ………ってなんでアンタまで居るのっ!?」

 

「いや退屈だったもので…だけど割と気楽にここまでこれたぞ?」

 

「な、なんて単純なの…横島…」

 

別に意味で力が抜けかけるタマモ。
その前で震えるダイボンノーには先ほどまでの圧倒的な威圧感はない。
むしろ追い詰められた怯えの気配がある。

 

『くっ…だが…だが…所詮は肉体の快楽によって生まれた感情…そんなものは擬似的な恋愛感情にすぎん!』

 

「で、でも……」

 

タマモが口を開くより早く動いたのは二人の変態。
ポーズをシンクロさせつつ暑苦しい反論がダイボンノーへと叩きつけられる。

 

「「笑止!」」

 

「そもそも恋愛感情とはなんぞや!?」

 

「それは「この人といると心地よい」という「快」の感情!」

 

「ならば肉体の快楽から始まる恋があっても!!」

 

「「なんの不思議も無い!!」」

 

『なんとっ!?』
「なるほどっ!!」
(その通りですマスター!!)

 

驚愕するダイボンノーと目から落ちた鱗を手にして跳ねる魔鈴。
そしてタマモの心の底から浮かんでくる謎の声。
いや、もう謎ではない。
タマモにはわかる。
認めていなかっただけで彼女はずっと前に彼女の心の奥底で産声をあげていたのだ。

 

(今のアナタなら私のことが理解できるでしょう! さあ呼んでくださいマスター!! 私の名を!!!)

 

(うん…わかった!!)

 

目を閉じ、両手を天にかざす。
迷いは無い。
恐れは消えた。
だから一心に、全ての想いを込めて彼女は呼ぶ。

 

「来なさい! 私の『恋心』!!!!」

 

『はい! マスター!!』

 

タマモの叫びとともに地平線から一気に迫る影。
巨大なキツネを模したメカが土煙を上げつつ迫る中、タマモは最後の解除コードを開放する。

 

「私は横島が好き!!」

 

『了解!! 合体しますマスター!!』

 

桜花を思わせる光芒が荒野を乱風とともに満たす。
その圧倒的な迫力に怯んだダイボンノーの前にそれは現れた。

 

鋭角的ながらも女性的なフォルムを残すメカボディ。
乙女の心をパワーに変えて燦然と立つその姿。
溢れる力は大地を砕く。
人を超え、獣を超え、妖すらも超えて今出陣。

 

活目せよ!! これぞ究極恋心!!

 

『ダーーーイターーーマモーーーーーン!!』

 

乙女ロボ『ダイタマモン』ここに推参!!

 

『な、なんで?! なんでヨコシマの心の中なのにこんなものがっ!? ありえないっ! ありえないわ!!』

 

「甘く見ないでよね。 恋する乙女に不可能はないのよっ!!」

 

『くっ…だったらここで倒すまでよ!』

 

『あなたに出来るかしら!』

 

ダイタマモンの手に出現した桃色の剣が空を舞う。
しかしダイボンノーも強い。
身の丈ほどの剣を抜刀しダイタマモンの斬撃を受け止める。
剣と剣がぶつかり火花が散る。
二合、三合と交わされる剣戟が周囲の空気を裂く。

 

『な、なにこのパワーは?! 私はヨコシマの煩悩の力を借りているのよ! 負けるはずがないのに!!』

 

『甘い!! 見せてあげる! その気になった乙女の煩悩の力を!!!』

 

嵐のような連撃を受けて後退するダイボンノー。
人としては規格外の横島の煩悩という力を得たはずが、それすら上回るダイタマモンの猛攻に余裕を失ったダイボンノーを弾き飛ばし、ダイタマモンは剣を大上段に振りかぶった。
剣に収束する乙女の煩悩パワーが桃色の光を放つ。
大技が来ると身構えたダイボンノー目掛け、タマモの全てを込めた一撃が火を放つ。

 

『愛の心にて悪しき煩悩を断つ…名づけて『ラブラブキツネ剣』!!! ヤってやるわぁぁぁぁっ!!』

 

『ちょっと! それあからさま過ぎだからっ!! きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

かくしてダイボンノーは振り下ろされた大剣から放たれた桃色の光に包まれた。

 

 

 


ダイタマモンの放った攻撃による光芒と巻き上がった砂塵が消え、静けさを取り戻した荒野の真ん中で膝をつく巨大ロボ。
鋼鉄の鎧はひび割れすでに崩れ始めていた。

 

『負けた…の…』

 

『そうね。私の勝ちみたいね…』

 

ガランと大きな音を立ててフェイスガードが落ちる。
下から現れた顔はタマモの知らない少女の顔だった。
その表情にチクリと胸の痛みを感じるタマモに少女は寂しげな笑顔を向ける。

 

『そっか…所詮私は偽物か…』

 

『どういうこと?』

 

『私のことルシオラの残留思念とでも思った? 違うわ。ヨコシマならわかるでしょうけど本物のルシオラはこんなことを望まない…』

 

「もしや…あなたの正体は横島さんの作り出した罪悪感ですか?」

 

『わからないわ…気がついたらここにいたんだもの…』

 

『じゃあこの光景は? 横島の心はずっとこんなに寂しいの?』

 

『いいえ。私が生まれたときはもっと荒れていた。あちこちに亀裂が走っていた。でもどんどん亀裂は埋まってこんな荒野になった。後はそっちの変態さんが言ったとおりよ。彼の心に花が咲きそうになるたびに私がそれを摘み取ってきた…。変よね。こんな荒野を守ったところでヨコシマが喜ぶなんてありえないのに…でもそれももう終わり…私は消えるわ…』

 

「それでいいの?」

 

『ええ。いいわ。もし私がヨコシマの罪悪感だとするなら』

 


そんなものは早めに消えた方がいいでしょう…………

 


その言葉とともに少女は風に吹かれて消えていった。
風は静かに立つ巨大ロボと、間が持たないのか無意味にスクワットしているマスクマンとそれを見ないようにしている魔鈴の間をただ吹きぬけていく。

 

(マスター! そろそろこの世界から抜けないと危険です)

 

『そうね…行きましょうか』

 

(はい。マスター)

 

こうして彼らは横島の心から脱出した。
人の姿が消えた荒野の中心。
ダイボンノーが倒れたその場所に一輪の花が咲く。
小さくも美しいその花を優しく風が撫でる。

 


次こそ本当の勝負よ…お母さん…

 


消え入るような、それでいて楽しそうな風の音に応えるように花は凛と輝きを増し、その花弁を蘇りつつある大地へと向ける。
どこか遠くで馬と鹿が鳴く声がした。

 

 

 

 

 

 

 


エピローグ

 

 

 

魔鈴のベッドでは横島が寝息を立てている。
閉じられた目、意外と長めの睫。
見る人によっては美形と言えなくも無い顔立ち。
だけど今は母の胸に抱かれる幼子のように安らかに彼は眠っている。
自分の髪を優しく撫でる少女の手の感触など気づきもせずに眠っている。

 

「うーん…まずは大団円ということなのでしょうか?」

 

タマモに話しかけるわけにもいかず、イヤイヤながらも仕方なしに話しかけたマスクマンたちはなんとも微妙な気配を漂わせていた。

 

「まさか…この流れで綺麗に終わるはずがない」
「然様。先の話からすればここで合体をせねば画竜点睛を欠くことになる」

 

「え゛?」

 

それが何を意味するかわからない魔鈴ではない。
だが理解するということと反応するということはまったく別の問題だった。
上手く回らない彼女の思考を見透かしてプシコが魔鈴の背後に立ち、彼女の耳に悪魔の誘惑を囁きかける。

 

「くっくっくっ…若い二人が結ばれるというのに邪魔など野暮でしょう…」

 

「え……で、でも…ここは私のお部屋でしかもアレは私のベッド…」

 

「はっはっはっ…見取り稽古のよいチャンスですぞ」

 

「えっ? ええっ!? み、見てるんですか?! ずっと? 最初から最後まで?!」

 

「「なーに気配を殺せば大丈夫」」

 

「そうでしょうか?」

 

「こんなチャンス」
「二度とないかも知れないですなぁ…はっはっはっ」

 

確かにそんなチャンスはないだろう。
だからと言ってデバガメはどうかと理性が必死に抗議の声を上げる。
だが二人の変態はその道のプロだった。
何気ない会話を装って洗脳ワードが飛び回る。

 

「そういえばホスピタル殿」
「なんですかなプシコ殿」
「処女と童貞では失敗が多いとか」
「確かに。初体験の失敗は尾を引くこともあるとか。それに聞く100説より見る1説と言いますな。見取り稽古とは重要なり」

 

「……………………………………………………」

 

人と言うのは葛藤があると思考を纏めるために視線が忙しく動いたりするものだ。
今の魔鈴のように。
だが彼女は常識人。簡単に洗脳されるわけにはいかないのだ。

 

「で、でも二人はまだ未成年ですし…風紀の上から言っても…」

 

「はっはっはっ。私は「病院」の風紀の精霊! それ以外は関知しない!」
「くっくっくっ。愛を邪魔するのは正しい行いでしょうか」

 

「あ、愛…」

 

「然り。唯の肉欲ならば我らとて反対しよう。だがこれは愛ゆえの行為」
「それに彼女はキツネだそうで。オバケにゃ法律も試験もなんにもない!」

 

「そ、そうですね…」

 

泥のように纏わりつく詭弁によって退路はふさがれた。
最早、認めるしかないのかと魔鈴は自問自答する。
二人のマスクマンにとってはその一瞬の隙で充分だった。

 

「さあ! どうなさいますか?!」
「愛を認めるか!? 否定するか?!」

 

あっさりとすりかえられた問題に気づく余裕はすでに失われていた。

 

「あ、愛ですものね…」

 

「では?」

 

「はい。仕方ないかなぁーとか…」

 

「おお。魔女殿の許可が出ましたぞ。プシコ殿」

 

「うむ! ならば!」

 

頷きあった二人のマッチョが肩を組み、魔鈴をピシッと指差して叫ぶ。

 

「「ファイナル・フュージョン承認?!」」

 

「あ、はい!! 了解! ファイナル・フュージョン承認! セーフティ=デバイス リリーーーブ!!」

 

何がセーフティで何をリリーブなのかは知らないが、こうしてタマモの知らないところで何だか色々と決まってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「と言うわけですからどうぞ」

 

「いや…どうぞとか言われても…」

 

「したくない?」

 

「そんなことはないけど…」

 

「ならば問題ないではないか」

 

「で、でも…横島だってまだ目覚めてないし…それに寝ている横島にそんなことするのは恥ずかしいし…」

 

「はっはっはっ。なにを今更。そもそもことの起こりは君が気絶していた少年にフェ…「黙れ」 ぶげらっ!」

 

「まあまあ落ち着きたまえ。良く考えてみるのだ。君が倒したのは彼の「煩悩」だろう」

 

「そうだけど…」

 

「ならばこのまま放置してしまえば最悪の場合、彼の煩悩が失われるという可能性もある」

 

「それってもしかして横島さんがイン……なんでもありません…」

 

「ど、どうしよう…そんなの嫌だよう…」

 

「だから早期に煩悩を活性化してやれば良いのだ。つまりこれは人助け!」

 

「そ、そうなんだ…そうよね…横島のためにもなるのよね!」

 

「くっくっくっ。だから我らは気にせずにしっぽりとするがよい」
「はっはっはっ。我らがフォローする故、心配は無用」
「頑張ってねタマモさん。………どうしたの?」

 

「あんたらみんな出ていけえぇぇぇぇぇ!!」

 

 


追い出された三人が隣の部屋でブチブチと不平をこぼしている。
もっとも簡単に諦めるような連中ではない。

 

「私のお部屋なのに〜」

 

「むう…仕方あるまい。ここは音声だけでも。魔女殿、コップはありますかな?」

 

「あ、はい…三つでいいですよね」

 

「充分充分…さて…」

 

あっさりと気持ちを入れ替えてドアの前に出来るのはコップ片手のトーテムポール。
せめて音声だけでもと考えるのは執念か。
しばらく沈黙の中にときどき混じるタマモの溜め息を聞いていた三人の顔に緊張が走る。
聞こえてきたのはタマモの声。
横島の声は位置の加減かうまく聞き取れなかったが今はそれで充分。

 

(あ…横島…起きた?)

 

(え? ううん…なんでもないよ。覚えてないならいいの…)

 

(そう…そうね。なんかハレバレした顔になっているわよ…)

 

(え? 私も?  あ………うん…そうかも……)

 

(あのね……んとね………その……)

 

(わ、私とエッチしてください!!)

 

タマモの台詞にグッジョブと親指立てあう盗聴者たち。
無論、中のタマモは気づいていない。
気づいていたらドアごと燃やされていただろう。

 

「言い切りましたな」
「直球ど真ん中ですな」
「いいなぁ……私もあんな恋したいなぁ…」

 

(え? ちょっと! そんないきなり鼻血出しながら! アンタ煩悩なくなったんじゃ?!)

 

(ほんと? 大丈夫なの?)

 

(ねえ…聞いていい?………………私のこと好き?)

 

(うん…嬉しい……嬉しいよ…私も好きだよ横島…)

 

(……ねえ…脱がせて……)

 

「おお。ついに!」
「魔女殿、隠しカメラとかは?」
「寝室にそんなものつけている人はいません!」

 

(え? ちょっと横島! もっと優しく! 違う! そこ違うから!)

 

「む?」
「まさか?」
「え?」

 

嫌な予感が盗聴者たちの間を駆け巡る。
それはすぐにタマモの悲鳴という形で具現化した。

 

「痛あ゛ぁぁぁぁああーーーーーーーーーっ!!」

 

「チイッ! ぬかったわ!」
「外しおったか?!」
「へ? へ?」

 

飛び込んだ三人が見たのは、下半身丸出しでオロオロしている横島とベッドの上でお尻を押さえて泣くタマモ。
何があったか一目瞭然だが言葉に出すのは憚られる。
しかしそこはそれさすが医療関係者。
病気、怪我の対応には抜かりない。

 

「ぬ! これはいかん! プシコ殿!」

 

「おう!」

 

再び奇怪な体操をする二人のマスクマン。
そして先ほどのように床に浮かび上がる赤い十字の文様。
手と手を握りマスクマンたちは絶叫する。

 

「「来たれ! ドクター!!」」

 

赤い光の中から浮かび上がるは白覆面。
額に輝く「八」の文字。

 

「天が呼ぶ!痔が呼ぶ!人が呼ぶ! 肛門診ろと俺を呼ぶ! 「ミラクルA」ただいま参上!!」

 

「おお! 来て下さったか、はっか」

 

「おっと本名は勘弁だぜ」

 

「これは失敬。ささ、そこに急患が」

 

「任せときな!  ってこりゃヒドイ! すぐに救急車を!」

 

「ええっ! 一応ここは異界なんですけど!」

 

「む? ならば我ら三人の力を集めて搬送しましょう」

 

「そうだな。愛と勇気と力。三つの心を一つにすれば」

 

「一つの希望は百万ぱわー!」

 

「いくぞ! ペダルを踏むタイミングを合わせるんだ!」

 

「「応!!」」

 

こうして何だかわからない魔鈴と横島を残し、三人はお尻を押さえてワンワン泣くタマモをシーツで包んで金色の光の中へと消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 


「だから痔はそんな簡単に治らぬと申したのに…」

 

とある病院の一室で頭から毛布を被ってプルプルと震えているタマモにリンゴを剥いてやりながら、朝からずっとベッドに向かって土下座し続けている横島を不思議そうにみるシロ。
しかし二人はついに本当のことを語らず、真相が知れたのは退院したタマモが横島のアパートに公然と同居するようになってからだった。
無論、それはそれで一騒動あったのだがそれはまた別の機会に。

 


煩悩ロボ ダイボンノー  完

 

 

 

 


 犬雀様からの連載完結編戴きました(マテ
 ある意味、相応しい終わり方かと思いますなw
 ありがとうございました。

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