夕べの祈り





卓上のガラスの器に満ちている塩はいつでもソドムのそばに

ひとつぶの酸きまま光る青林檎帰れず逝った者たちのため

いずこかで鳴き出している鳶一羽我の双手の届かぬ空で


夕暮れや誰の心を重ねゆく雲なのかみなほど解けぬままに

金魚玉棚の上にて静かなり海へ帰れぬ真水が満ちて

ぬるき水飲み込んでいる さきほどの虚言一つが戻り来たごと


一〇月のエアコンの風に戦ぎ出す緑眩しき観葉植物

とばされることなき気球 夕暮れの世界は知るほどなじめない場所

磨りガラス微かに透ける影ひとつ我の見ているまこと真実に似たもの


天秤は細かに揺れるまた誰か過ちひとつ重ねるたびに

真冬日の空を閉ざした雲厚く空の光をこぼさぬために

白き皿赤きソースが残されてまだ終わらない最後の晩餐


傘もなく動けずにいる我の上檻のごとくに雪降り続く

貼り付けた写真一枚朽ちるまで動かし得ない心はあまた

ひそやかに未来の姿語られる我の知らない外国語にて


かなたへと轍ふたすじ人はみな寄り添いながら連れてゆかれる

一筋に道は続くよ 今日もまた追憶からは逃れられない

いくたびも浄めて欲しい我のため今年初めて雨が降り出す


凍り付いた流人の魂いつまでも融けることなく遅き春来る

幸せのレプリカいくつ飾られる ショーウインドウに夕陽は射して

致死量となるまでに降れ春の雨 記憶すべてをびしょぬれにして


ぼんやりと三〇ワットの電球に照らされているかすかな不幸

早朝のまだ触れていない新聞に悪役はいつも日替わりとなる

公園に光り輝く新緑は世界を隠すために増えゆく


省庁が鯉幟上げる五月かなビル風の中もだえあえいで

地下鉄の乗換駅の階段のひとつは戦後につながっている

柔肌のぬくもりはいつも闇の中 堕ちゆく速度また早くなる


牛乳は器の形に収まって我の祈りは我を超えずに

一滴の赤きインクを落としたりペンの先から煉獄の上へ

この夜に祈り続ける人のため星の光よやわらかく降れ











2005年12月28日

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