Rainy city 関口健一郎氏
冷え切った秋雨がまた降り出すよ切り傷ばかりの世界の中へ 東京の歩道は狭し 人がみな片隅にゆく秋がまた来る 信号機赤い光を滴らせ無明の夜に雫を落とす 大地へと還ることすら許されぬペットボトルは半不透明 たましいを拒むごとくに固まって真空パックは冷たきままに 鉄骨が中空の風閉じこめてビルとなりゆくまでの歳月 重力に逆らえぬまま雨は降り不協和音を響かせている 身体の孔はいつでも薄暗く住宅街は街灯消えて 冬の雨夜更け過ぎても降り続く誰も逃げ得ぬ大地の上に 細き枝のみ残しつつ墜ちてゆく寒椿という勇気のために 涸れている池のごとくに真夜中のオフィス街は無言のままで 欲その他もろもろの下で冴え渡るレールは常に重みに耐えて 浴室の鏡の中にわたくしのかなしみ一つ収納される 寝室の小さな灯り消すときに握り拳の中の幸せ 静かなるアクアリウムに魚泳ぎ人間の群れの観察続く 湾岸をむち打つように撓りゆく高速道路に夕陽は射して 輪郭もあやふやなままおぼろ月もう狎れている空疎の上に 屋上にまた来た春は闌けていてどこまで昇りつめても他郷 啓蟄や 人工衛星ひしめいて地球を回る夕暮れが来る ワイパーで拭き切れぬほど失望が首都高速に降り続く夜 雨の朝五〇階から見渡せば都市はいつでも夢の容れ物 この夜も地球は静かに回りゆく尽きることなき疲労を乗せて 天国が少し手狭になるほどの世紀なるべし二〇世紀は 地下鉄と脱ぎ捨てられたTシャツと 都市は空洞ばかり増えゆく 満月の光がすき間を埋めてゆくふたりはときにひとりより孤独 光とも嘘とも思う テーブルに散らばっているサプリメントは 道路には遠い故郷を捨ててきたかなしみのごとき亀裂が走る 五月闇 乗換駅に今日もまた解散ばかり繰り返される 給水を止められている噴水もデフレーションも空梅雨の中 東京の一部でありし土埃舞ひ上がりし後空に消へたり |