立ち直るとか立ち直らないとか他人様に決めてもらうことではないというのは一体どうしたらわかるか




「あのクソ河童はどうしてる」
「どうもこうもしていないわ。気になるならご自分で見てきてくださらない、玄奘三蔵様」

 もうすでに何本になったかわからないマルボロの小山に三蔵は今しがたまですっていた一本を新たにぎゅうぎゅう押し付けた。いやみたっぷりに返す如意棒ともどもイライラの頂点に達していることは間違いない。

「…僕が呼んできましょうか」

 弱弱しく声を出し、八戒は起き上がろうとした。起き上がろうとするところまでたった2日で回復したのだから上等なのだが、如意棒が慌てて八戒を寝床に縫い付ける。

「貴方はお願いだからおとなしく眠ってて頂戴。猪八戒」

 如意棒が半分懇願、半分あきれた声で言う。気を放出しきって倒れたというのに、八戒はすきあらば錫杖に向けて気を放とうとするのでうかうか目を離してもいられない。
 八戒が健康ならもろ手を上げて気で治療してくださいとお願いするところだが、今の状態でそんなことされたらまた寝込まれることは間違いない。そうすると更に面倒なことになるのは目に見えていた。
 極論を言えば、錫杖には妖力制御装置をつけてしまえばいいのだ。とりあえず八戒さえ回復すれば如意棒はそうやって出発するつもりでいた。

 自分たちは魔器なのだと。
 特定の主の戦いをサポートするあくまで道具なのだと。

 彼女はそう思っていたし、おそらくそれはこれからもずっと変わることはないだろう。
 妖怪形をとり、しゃべっている姿を見たから、今までと同じように道具として使えないなどと言うのは彼女にとって全く理解し難いことであった。妖怪形をとるなど夢にも思わなかったときには何の遠慮も会釈もなく好きなときに自分たちを呼び出し、好きなように殺戮の道具としてつかっていたのに、だ。

「ほんとにあの沙悟浄って男はヘタレも甚だしいところね」

 大きくため息をついて、如意棒は再び水を汲みにその洞窟を出て行った。




「あれ?悟浄?」

 大きな金色の瞳をくるくると回しながら思わず悟空はつぶやいた。食料調達に出かけた山の中で、紅い髪を見かけたからだが、その目立つ頭はすぐに奥の茂みに消えていく。
 あの戦いからこちら、ろくな目にあっていない自らの境遇を悟空は省みた。一番健康で一番働かなければならない悟浄は勝手に落ち込みっぱなしで全く役に立たないし、あの金色の髪の最高僧が働くなどということは天地がひっくり返ってもありえないことだった。
 その結果、3度の食事のたびに悟空が山を駆けずり回って食料を集めてくる羽目になる。だらかがやらなければならない仕事だからそれをすること自体に文句はないが―――

「ちょっと悟浄落ち込み過ぎだって」

 小さくつぶやいて、悟空は悟浄の方向へと足を踏み出した。
 あの紅い髪の毛の持ち主が落ち込むということがあるのかと悟空は実はかなりびっくりしていた。いつだって斜に構えてひとり大人ぶっているあの見栄っ張り男があからさまに洞窟には帰らず、そこかしこに八つ当たりの痕跡を残している。

「……悟浄」
「………ああ、おサルちゃんかよ」

 声をかけてみたはいいが、そこから先何を言おうと思っていたのか、悟空の頭からはすっぱり抜け落ちていた。
 しかしとにかく次の言葉を何かしゃべらなければならないと悟空は思った。悟浄はそう言ったっきり黙ったままだし、あまりにその沈黙は重過ぎる。

「悟浄、錫杖のこと気にしてんの?」
「……」
「それとも八戒のこと?」
「………」
「…まだ如意棒口説こうとか思ってる?」
「……そりゃすげーよ」

 やり取りともいえない単純に悟空が質問するばかりの会話が続くはずもない。悟浄はくわえた煙草を足で踏みつけて消し、とりあえずその場を動こうとした。

「…食いもんとってこなきゃ何ねーんだろ、あんまり遅くなったら最高僧様が大層お怒りになるぜー」

 そう言って微かに笑ったような悟浄の顔を悟空は今まで見たことがない、と思った。
 そして、突然、腹が立ってきた。

 どうして悟浄はあんな顔をするのだろうか。
 一体悟浄はナゼいつまでたっても役立たずのままなのだろうか。

「……悟浄」
「あんだよ」
「……殴らせろっ!!」
「………こら悟空ッてめー……!」

 本気で殴りかかってきた悟空の拳を悟浄は間一髪で交わした。
 しかし間髪いれず拳を繰り出す悟空はかなり本気だ。5発、6発と続くうちに悟浄はとうとう避けきれなくなって悟空の体重の乗ったきれいなパンチをお約束のように右頬に食らった。

「…喧嘩売ってんのかよ?」

 口内が切れたらしい。唇の端から赤い血がつ、と流れた。それを右手でぐいっとぬぐうと、悟浄は怒った表情で悟空を睨みつける。
 しかし、その悟浄の表情を見て悟空は明らかに失望の色を金色の瞳に浮かべた。

「……この腑抜け…!ヘタレ!!アホ悟浄!!!いいかげんにしろよな」
「…いいかげんにするのは貴様だこのバカ猿っ!喧嘩売ってんのも貴様だろうが!!」

 悟空が言うが早いが悟浄の胸倉を掴んで更に右手で悟浄の左頬を殴ろうとした。さすがに悟浄はどうにかそれを避けたが、悟空は悟浄の服を引っつかみぎりぎりと締め上げてくる。

「何でそんなになってんだよ!悟浄がそんなんだったら八戒だって錫杖だって治るもんも治んね―だろ!!」
「…うっせーな、関係ないだろ、貴様には」

 わずかの沈黙の後の悟浄の台詞に、悟空は金色の瞳を大きく見開いた。

「…そりゃそうだ、もうこれでもかっていうくらい俺には関係ないけど…、悟浄がどこでのたれ死のうが落ち込んでようが妖怪に襲われようがそりゃー悟浄の勝手だけど……!」
「……よーーーくわかってるジャン、お猿ちゃん。わかってんだったらこの手ぇ離してさっさと洞窟もどれよ」

 唇の端を歪めて悟浄が言う。両腕はポケットに突っ込んだまま、悟空の金色の瞳を紅い瞳で見下ろしている。もっとも悟空にはその瞳に自分が映っていることはわかったが、悟浄にとってそれが理解できる映像として処理されてはいないだろうこともわかった。

「なあ悟浄、何でそんなに落ち込んでんだ?悟浄が落ち込んだら八戒がよくなるのか?悟浄が落ち込んだら錫杖が目ぇ覚ますのか?」
「……そんなんだったら俺は一生落ち込みつづけるぜ」
「…わかってんだろ、どうしなきゃなんねーかなんて。簡単なことだろ?」
「……ああわかってる。わかってるから俺のことは放っておいてくれ」
「そんな勿体無いことできるわけね―じゃん」

 悟空は悟浄を締め上げている手をぐっと引き寄せ、より悟浄の顔と接近し、その大きな金色の瞳で悟浄を正面から見据えた。

「今俺が悟浄を無視して洞窟帰っちゃったらさ、悟浄がひたすら八戒に謝るところとか錫杖に土下座してるところとか如意棒にたっぷり説教されるところとか、三蔵に発砲される現場見逃すことになっちゃうだろ?」
「……」
「今俺が悟浄を無理矢理引きずって帰っていたらさ、もれなくそんなおいしいシーンが見られるわけじゃん。そんなチャンス俺が逃すわけね―よ」
「…心の底から頼む、悟空。そんなチャンスは見逃してくれ」
「弱虫」
「弱虫上等」
「ヘタレ」
「言われ慣れすぎた」
「そんなの逃げてるだけじゃん!」
「……逃げてんだよ、わかってるから、だから帰れ悟空」






 結局悟空はおいしいシーンを見逃すという結論しか出すことができなかった。これ以上待たせたら三蔵にハリセンで殴られる…のは別にかまわないが、体力をつけなければならない八戒に食事抜きという悲惨な状況を味あわせることになってしまうからだった。



 よく霧が出る森だった。今夜も濃い霧が視界をさえぎり、月が出ているのかどうか、悟浄にはさっぱりわからなかった。





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