Three days




11月9日


 奇麗に澄んだ初冬の空が広がっている。自室のカーテンを開けた八戒はただそれだけのことに喜んでいる自分に気づいた。今日は悟浄の誕生日だ。晴れた空も悟浄の誕生日を祝ってくれているような気分になったのだ。
 同居人が起き出すまでにはまだ時間がある。結局何もプレゼントを用意することは出来なかったけど、リクエストに従って、悟浄の食べたいものを作ろう。コーヒーをいれながら、メインになりそうな料理をあれこれと考える。おにぎりと卵焼きと唐揚げに合うメインの料理。季節に合ったデザートも用意しよう。バースディケーキの代わりに。
 ふと「誕生日の子供たち」というフレーズが八戒の頭に浮かんだ。どこからこんなフレーズが、と記憶を探ると学院での英語の講義に使われたテキストだと思いあたった。特に熱心だったわけでもない、その講義で読まされたテキストの一節がはっきりと思い出された。
 あの頃の自分が冷笑した幸福そうな子供たちの比喩そのままの気持ちを少しでも悟浄に味わってもらえたら、と思う。一度は得、永遠に失われた美しい時間の記憶を捨て去ることの出来ない自分が、そう思えることがひどく不思議だ。
 生きているということは、いやでも前に進むことなのかもしれない。湯気のたつマグカップをゆっくりと口元に運びながら、そんなことをぼんやりと八戒は考えていた。

「おはよ」

 だらしなくはだけたパジャマに手を突っ込んで、脇腹を掻きながら寝起きと大きくかかれた顔で悟浄がつったっている。

「あ、おはようございます。二日も続けて早起きなんて、えらいですねー」

 テーブルの上の煙草に手をのばし、一本とりだした悟浄に八戒は続けて言った。

「いっそのこと、このまま早起きの習慣をつけて職変えをしたらどうですか」

 くわえた煙草に火を点けて、ムリだってっと片手を振る。

「十年近くもこういう生活してんだから、いまさらなー。別に困らないし」

 悟浄の分のコーヒーをサーバーから注いでいた八戒は、珍しく自分のことを漏らした悟浄の顔を見つめてしまった。
 家にいるときの悟浄は、そんなに話すほうではない。だいたい悟浄が自分のことを話すことは殆どないのだ。いきおい二人の会話の内容は八戒が話す仕事場での出来事や、今読んでいる本の感想などになる。水を向けてみても、いつの間にか話は、八戒のことになっている。まだ自分が八戒という名前ではなかったころ悟浄に自分の過去のことを話した。再会して同居をするようになってから、悟浄がそのことに触れることはない。
 悟浄が自分のことを知っているほども、自分は悟浄のことをなにも知らないのだと、八戒はあらためて強く思った。知らなくても暮らしていけるけど。そんな八戒の微妙な表情を見て、悟浄は言葉を続けた。

「十二の時から、一人暮しだからなー。お前を拾うまで人と暮したことないし」

「随分あっさり、一緒に住めばって言ってくれたでしょう。だからそういうのは、慣れてるんだって、思いましたよ。でも犬も飼ったことのない人だって、すぐにわかりましたけれどね」

「なに、それ。それより、飯食ったらさっさと出掛けようぜ。あ、俺はこれだけでいいから。お前が食ったらって意味だけど」

 立ち上がった八戒は空になったマグカップとサーバーを手にして、悟浄にたずねた。

「今日も仕事に行きますよね」

「そのつもりだけど」

なんで、と言いたげな悟浄の視線をかわして、八戒は言った。

「悟浄が早起きをしてくれたおかげで、時間がたっぷりありますから仕事に行くんだったら、お昼につくりましょうか」

 何時に帰ってくるか、わかりませんからという言葉を八戒は飲み込んた。

「ん−、じゃ朝飯食うからお昼遅くして」

「わかりました。パンは何枚焼きますか」

「2枚」


 両手に食材のつまった袋をさげた二人はジープを止めてある駐車場へ向かっていた。買い忘れたものはなかっただろうかと、頭の中でメニューと買いこんだ食材を照らしあわせていた八戒は、突然思い出した。

「悟浄、買うものがあったんですよね。すっかり忘れてました。どうしましょうか。
戻りますか」

 とは言ったものの、生の魚介類を買ってしまったことを考えると早く家に帰りたい。真夏とは違うが、それでも鮮度が気になる。

「ああ、あれか。あれはいいんだ。実は昨日のうちにすませた」

「そうですか。なま物を買ってしまいましたから、あまり時間がとられるのはどうかなと思ってたんです。よかった」

 ジープのエンジンをかけた八戒は、悟浄の買い物がなんだったのかをなぜか聞いてはいけないような気がしてそのままギアをつないだ。初冬の穏やかな日差しを受けて、深紅の髪が鮮やかに輝いている。ホロのないジープを走らせると風は明らかに冷たく肌を刺す。もうじき冬来るのだ。八戒という名を得てから初めての冬が。

 家に着くと、一台のバンが止まり小太りの男が所在なさそうに煙草をすっている。何回か見かけたことのあるLPガスの業者だ。ガスの点検のお知らせは郵便箱に入ってなかったはずだが、と八戒は小首をかしげた。そんな八戒におかまいなしに悟浄はジープの座席から男に声をかけた。

「悪いねー、待たせて。今、鍵開けるから」

「いやー、そんな待っちゃいないっすよ。早速取り付けましょう」

 八戒を運転席に残したまま、悟浄はジープを降り男と家に入った。なまものの袋をとにかく優先して持ち、八戒はジープを降りた。別段、ガスに異常は無かったはずだが、家事をまかなっている自分が気が付かないような不都合が生じていたのだろうか。
 一足先に家に入った男は台所でなにやら作業をしているようだ。八戒が両手にさげた袋を見て、残りはすぐにとりに行くからと、ジープに戻ろうとした悟浄に八戒は聞いた。

「ガスの業者の方ですよね。どうしたんですか」

「ああ。いいから台所に行ってみ。おまえの管轄だからな」

 不可解な面持ちで八戒は台所のドアを開けた。入ってきた八戒に気づいた男は振り返って愛想よく笑った。

「もう、済みましたよ。一応使い方の説明をしときましょうか」

 小さなガス湯沸かし器がシンクの上に設置されていた。

「悟浄が頼んだんですか・・・」

「あれ、ご存じなかったんですか。昨日店にいらしてね、なるべく早くつけてくれって、頼まれたんですよ」

 呆然としている八戒に気づかずに、簡単な説明をすると「それじゃ」と男は帰っていった。リビングに戻ると、残りの荷物をすっかり運びおえた悟浄が、早速ハイライトに火をつけて一服していた。

「悟浄・・・」

 八戒を見て、いつものいたずらっぽい笑いを浮かべた悟浄に八戒のおなかの辺りに暖かいものが広がった。

「あの、ありがとうございます」

「寒くなってきたしな。いつも洗い物するのおまえだし。俺ひとりの時は、飯なんかつくらなかったから、湯沸かし器なんて気づかなかったんだ。だからさ」

 悟浄を真っすぐに見つめてから、八戒は悟浄に手をのばして両腕をそのひろい背中にまわしてぎゅっと抱きしめた。そして自分の頭を悟浄の肩にうずめたまま、小さな声で言った。

「どうか僕に言わせてください・・・お誕生日おめでとうございます、悟浄」

「八戒」

 悟浄の声はひどく優しいものだった。

「僕はなにもあなたに差し上げるものが思いつかなくて・・・あなたの好きなものを料理をするくらいしか・・・それなのに・・・僕の方がプレゼントをもらうなんて、これじゃ・・・」

「八戒。おまえは多分気がついていただろうけど、俺にとって誕生日ってのはどーでもいい日だったんだよ」

 八戒の身体をそっと引き離して、その顎を軽くつかんで自分に向かせて悟浄は言葉を続けた。

「だけどさ、おまえと暮しはじめてから、なんか俺は俺の誕生日を祝ってやってもいいんじゃないかって、なーんかそんなふうに思ったんだな。だからコレが俺なりの誕生日の祝い方。なーんてな」

「もう一回言わせてくださいね、悟浄」

 深紅と翡翠がしっかりと見つめあった。

「お誕生日、おめでとうございます」

「さんきゅ」


 その日の遅い昼食は、完璧な三角おむすびとほんのり甘い出し巻き卵。スパイスのきいた鳥の唐揚げとキノコのけんちん汁だった。唐揚げには、八戒のお手製の爪楊枝の旗が立っていた。

 そして悟浄は仕事にでかける予定を取りやめたのだった。






ちなみに八戒さんはの購入したなま物は、しっかりとディナーの材料になりました。
メニューは

 スモークサーモンのマリネ
 牡蛎の牛ロース巻き 人参と芽キャベツのグラッセ ベイクドポテト
 大根とホタテのサラダ(柚子風味の自家製マヨネーズ)
 各種チーズの盛り合わせに小さく焼いたフォッカチオ
 ふゆう柿とクリームチーズのミルフューユ仕立て

でした。





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