結界結界都合よく使われる言葉だけれどほんとにそんな世界を作るとしたらどういう手段が考えられるか



「悟浄v」
「……へーへー、わかってますって」

 ハートマークつきで自分の名前を呼ばれたときにはどんなことをしなければならないか悟浄はこの3年ばかりの間に骨の髄までそれを叩き込まれていた。
 八戒の荷物もちは大概悟浄だ。それが同居をしていた頃からほとんどかわらない暗黙の二人の間の(というかかなり悟浄が一方的な)ルールであった。
 育ち盛りの若い男が同居していたのだ。八戒ひとりで買出しに行った場合、1件目の店で既に身動きが取れなくなるであろうことは簡単に悟浄には予測がついた。だから悟浄は、自分がくいっぱぐれないためにも八戒の買い出しには絶対に付き合うことを決めていたのである。そしてそれは、旅に出てからも変わる事はなかったようだ。

 育ち盛りが倍に増えれば買出しの荷物の料も半端ではなく水汲みなどでも量がそれこそ半端ではない。水というものは重いのだ。

 八戒の後ろを少し背を丸めてポケットに手を入れてついていく悟浄を如意棒は少しの間見やって、くすりと自分で笑っていた。




「水場は…こっちですね。悟浄」
「何だ何だ、何で川のそばに森があるんだ?ここは乾燥地帯じゃないのか?」
「時々はこー言うのもアリでしょう。オアシスって言うんじゃなかったですっけ。こういうの」

 両手にもったタンクを沈めて川から水を八戒がくみ上げる。悟浄はそれを受け取って、とりあえず下草が生えて丈夫な地面にそれらを並べ、どうやって担いで持って帰ろうかと思案した。4つのタンクをいっぱいにすればそれはもうその重さは泣きが入るほど重い。

「……更に2人でどんと1.5倍か。そりゃあタンクも4ついるわな……」

「…そんなものいらないようにしてやるよ」

 重々しい声が聞こえてきたかと思うと、ヌンチャクのような武器が飛んできて、タンクのすぐ隣の地面を抉った。
 面倒くさそうに悟浄は顔を上げ、目の前に広がる刺客さんご一行の大群をうんざりした目つきで見回した。

「……数がおおけりゃいいってもんじゃないだろう」
「悟浄。数が多いのは戦略的には必然で戦術的には断然有利ですよ」

 にこやかに八戒が訂正をいれ、抉られた地面の隣にしっかりと自分でくみ上げたタンクを並べた。
 刺客たちはじりじりと二人を包囲する輪を縮めてくる。

「次から次へと…懲りないねえ。敵さんも」
「向こうはこっちが懲りないと思ってるでしょうねえ」

 まるで危機感を感じていない二人に刺客たちの殺気のボルテージがいや増していく。完璧になめられている、と思ったリーダー格の妖怪が半分キレて八戒めがけて大きな鎌を振り下ろすのとほぼ同時に、周囲の妖怪たちが次々に二人に襲いかかってきた。
 あるものはヌンチャクを振り回し、あるものは三節根を突き出してくる。青竜刀を操る妖怪が悟浄に肉薄し、その頭髪の数mmを宙に撒き散らすことに成功した。
 しかしその瞬間悟浄からの反撃をもろにあごにくらい、青竜刀を左手に握ったままの形でその妖怪はその場に崩れ落ちる。

「…八戒」
「なんです」

 群れをなして八戒に一度に襲い掛かる5人の妖怪を気孔で吹き飛ばしながら、八戒は背後からかけられた紅い髪の同居人の言葉に律儀に答えを返した。どか、とか、ばき、とか、派手な音をたてて悟浄の周りの刺客は次々と倒れて行く。

「俺、さっきのやっぱり訂正」
「おやおや、ようやくわかっていただけたようで」

 悟浄に突き出された矛をするりとかわし、脇でその矛を挟み込んで悟浄はそれをくいっとひねった。矛を握りっぱなしだった妖怪がうめき声を上げて地面に倒れこむ。

「数が多いって―のはかなり重要なんだな」
「そうなんですよ。だから僕たちも頭数を増やすともうちょっと楽ができるんじゃないかと僕は踏んでいるんですが」

 倒しても倒しても敵の人的資源はなかなか尽きることがないようだ。うめき声を上げて動かなくなったきりの妖怪の向こうから、後からどんどん妖怪どもがわいてくる。それに比例して当然のごとくこちらの疲労度も増していくというものだ。

「…疲れた。飽きた」

 正確な手刀を八戒の背後を狙った妖怪の脳天に叩き込み、昏倒させてから悟浄はつぶやいた。

「飽きるのは勝手ですけど、サボってないで倒してください。あなた、錫杖使わない分更に肉体労働してもらわなきゃいけないんですから」

 同時に襲ってきた3人の妖怪にそれぞれ気孔を打ち込みながら八戒はにこやかに悟浄に怒鳴った。





「おそいーーーーーーーっっっ」

 頬をぷうと膨らませて、ばたばたばたと足をばたつかせて、悟空がその場の誰もが同じことを思っているだろうということを言語化して口の端にのせた。

「水汲みに行ったくらいでなんでこんなに時間かかってんだ?早くメシ食わないと俺腹が減って死んじゃうよう」
「世間一般の腐女子が喜ぶような展開にもつれこんでいるのかしらねえ」

 如意棒がにっこり微笑みながらとんでもない台詞を吐いた。ぎろりと三蔵は蛙ならにらみ殺してしまいそうな視線で如意棒をにらみ、如意棒は軽くホールドアップの姿勢をとって、冗談に決まってるじゃない、と更ににこやかに言った。

「…あたし、見てくる!」

 悟空のそばでじっとひざを抱えていた錫杖が、すっくと立ち上がり、一声そう残して風のように駆け去っていった。

「じゃあ俺もいってくる!」

 少しでも早く八戒を見つけて少しでも早くごはんを作ってもらいたいですという書き文字を背中に背負って、悟空は錫杖の後を追った。

 如意棒はにっこり笑ってそれを見送り、三蔵はフン、と鼻を鳴らしていつもどこから出してくるのか誰が買っているのかそもそもどうやって配達されているのかもわからない新聞を取り出して、広げてそれを読んでいた――――――


びいいいいいん


 何か大きな、太い弦を弾いたような、ごく低い、普通の人間ならば感じることもできないような僅かな振動――空気の振るえとでも言うべきか―――が伝わってきた。
 如意棒と三蔵は同時に顔を上げ、そして同時にお互いの顔を見た。そして、お互いにお互いの眉間に深い皺が刻まれていることを確認し、かなり事態は深刻だという二人同じ結論をあっという間に導き出した。

「……少々厄介なのがでてきたようね」

 片ひざを立てて、少し腰を浮かした如意棒は、先ほどから三蔵が凝視している視線の先―――水場の周辺にある森にすうっと目を細めて鋭く視線を走らせた。




「…あれー――――――?」

 悟空は先ほどから全く同じ所をぐるぐる回らされているような感覚に陥っていた。蔦が左まきにぐるぐる巻きついているこの木は、確かに先ほどとおったところにもほとんど寸分違わぬようなものがあった気がする。
 その認識は、実際のところかなり事実であるようで、隣を並んで走っていた錫杖もぴたりと足を止め、小さな手で形のよい顎をつまんで何かを真剣に考えていた。

「……結界……」

 ぽつりと錫杖はつぶやいた。
 
「……結界、結界だ……!悟浄が――――!!」

 




「うっ……」

 低いうめき声を上げて、悟浄は血を吐きながら右腕で上半身を支え、左腕で腹にできた傷を庇いながら立ち上がった。

「フン、魔器の使い手と聞いていたが、たいした男ではないな」

 腰まである明るいオレンジ色の髪をさらさらとこぼしながら、どちらかというとやせすぎの感のあるびっくりするほど背の高い男が、その切れ長の目をちらりと悟浄に走らせて、つまらなさそうにつぶやいた。

「こんなことなら刺客を準備する必要もなかったわ」

 短く刈り込まれた頭と対比をなすように見事な長い顎鬚を生やした中肉中背の男がその深く青い甲冑の光を煌かせて腕組みをしながら言う。

 倒れふした刺客の身体がごろごろと転がっているその森の中で、悟浄は得体の知れない、今までの刺客とは明らかに格の違う2人の男を、思い切り睨み付けた。


 いつの間にか月が上り、そしてその白い姿は黒く暗く厚い雲で覆われていた。







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