腰抜けという単語は人によって定義が違うけれど悟浄に使うときには一体どういうイミで使われることが多いのか




「…そー言うわけで、今日も野宿です。あきらめてください」

 にこやかに告げる八戒に真っ先に文句を言ったのは悟空だった。彼の場合それが脊髄反射となっているので仕方がないことではあるのだが、とりあえずそれを「にこやかに」言う八戒に対抗するとはかなりいい度胸だ。

「えーーーーーーっ、次の街とかね―の?もうちょっとトばせばつくんじゃないの――――?」
「…そうですね。時速100kmで走りつづけて5時間後にはつきますよ。とめませんからどうぞ。悟空」

 更に笑顔もさわやかに、にっこり言う八戒の笑顔に悟空はようやく地雷を踏みかけていたことを思い出したようでしょぼくれて、そしてすごいことになる前に素直に引き下がった。

「……すみませんごめんなさい」

 うなだれる悟空の頭を、ぽんぽん、とたたく手に悟空はちょっとびっくりし、その美しい手の持ち主の顔を見上げた途端、素っ頓狂な声をあげた。

「…ちょっと待て―――――ッッッッ、如意棒、お前、棒の形になったんじゃないのか?!」

 人差し指を突きつけて、わなわな震えながら言う悟空を面白そうに見返して、如意棒はにっこり微笑んで答えた。

「妖力制御装置をとったら妖怪の形に戻るのに決まってるじゃない」
「何で棒の形から妖力制御装置を取ることができるんだよっ」
「まあまあ、そんな細かいこと気にしないで」
「気にするっ、心臓に悪い!!」

 髪の毛を逆立てん勢いでしゃべる悟空の言葉も全く暖簾に腕押し、糠に釘。如意棒はにこにこと笑って、「はいはい」とまた、ぽんぽん悟空の頭をたたいた。

「……あれだな。お母さんとガキみたいだ」

 ぽつりと悟浄がつぶやいて、ハイライトの煙をふーっと吹き上げた。八戒は悟浄のほうを見たが、悟浄の顔には何の表情も現れてはいず、その内面の感情をそこから読み取ることは困難な状況だった。
 三蔵は、フン、と鼻を鳴らし、相変わらずどこから出してきたのかわからない新聞を読みふけっている。
 とりあえず八戒は、野宿の環境を少しでも整えるために、ジープへと戻り、荷物を全て降ろしてから、ジープに竜の姿へと戻るように優しく声をかけた。

「きゅい♪」

 文字通りジープは羽根を伸ばして2,3回八戒の頭の上をぐるりと 旋回すると、水のみ場を探しにぱたぱたと飛び去っていった。
 八戒は、それを目の上に左手を当てて見送って、少しでも寝心地のいい場所を探すために、とりあえずひとつだけ寝袋をもち上げようとした。

「…ご苦労様。私も手伝うわ」

 残りの寝袋を引っ張っる美しい白い手を持つ真っ黒の髪のついこの間まではただの棒だった女性が、八戒に声をかけてきた。顔を上げなくてもそれが一体誰なのかはすぐに想像がついて、八戒は必要最低限の礼儀を守った答えだけを返した。

「…それはどうも」
「どういたしまして。今晩も寝ずの番させられたら大変ですものね」

 そんな八戒の態度など微塵も気にせずに、如意棒は屈託ない笑顔を八戒に向ける。
 どうもそんな彼女の態度に八戒は毒気を抜かれっぱなしで、だからこそその手のひらの上で転がされていることが自覚されて、とにかく八戒にとって彼女は「苦手」とする部類にはいっていることだけは確かなのではないかと八戒が八戒自身に思い込ませている風があるようだ。

「今晩も悟浄の寝袋を奪うつもりですか?」
「毎日それじゃあ大変じゃない。今夜は私が折れるわ。妖力制御装置をつけさせてもらいます」
「毎晩そうしてもらったほうがありがたいんですけれどね。僕としても」

 ため息をついて寝袋を抱えて歩く八戒の隣をちょこちょこと如意棒はついて歩く。

「そうね。毎回沙悟浄に付き合ってあげるのも大変よね」
「大変ですね」

 そっけない返事に如意棒はくすくす笑った。何故、大変なのかはきっと八戒の中で答えが出ているもの以外にも……
 そして如意棒は、ぱたぱたぱたと八戒の3歩前へと走りだし、くるりと振り返っていたずらっぽい表情を浮かべて八戒に向かって言った。

「沙悟浄は思った以上に腰抜けね」





「きゅい?」

 水のみ場を求めて飛んでいたジープが、一瞬何かの気配を感じたようにびくりとその長い首を持ち上げた。
 しかし、ジープがその「何か」と感じた気配はすぐに消え、首をかしげながらも直後に見かけた川べりにジープは降り立ち、おいしそうにのどを鳴らしてこくんと水を飲むと、その場所を八戒に教えるために、もう一度ばさばさと飛び立って行った。





「……貴女にそんなこといわれてると知ったら悟浄はひっくり返りそうですね」

 かなりむっとしたことを隠しもせずに八戒はその如意棒の言葉に反応した。何を言い出すかと思えば突然わけのわからないことを言い出すこの魔器とかいう最強の武器は本当に苦手だと八戒は思った。

「腰抜けに腰抜けって言って何が悪いの」
 
 まるで悪びれもせず、平気で「腰抜け」を繰り返す如意棒に八戒は少し声を低くして反論する。

「悟浄は腰抜けなんかじゃありません」
「だって腰抜けじゃない」
「違います」
「違わないわ。結局最後まで錫杖を呼び出せなかった、あんな腰抜けははじめてみたわ」

 会話がすすむにつれてますます八戒の声は低くなり、反比例的に怒りのボルテージは上がっているようだった。如意棒は豊かな胸の下で腕を組んで、少し首をかしげてもう一度「腰抜け」を主張する。

「絶対に違います。悟浄は、腰抜けなんかじゃありません」
「……フフフフ、猪八戒。貴方がどうしてそこまで怒るのかしら」

 首をかたむけたまま、如意棒は八戒の左右微妙に色目の違うそれでも美しい碧色の瞳を下から見上げていった。
 八戒は表情もまるで変えず、冷徹な口調で反論する。

「…問題を摩り替えないでください。とにかくあの子を使えないでいる悟浄が腰抜けだとは僕には思えません」
「大切な仲間の危機に?錫杖をいつものように使っていれば仲間をもっとはやくもっと楽に助け出すことができたかもしれないのに?」
「…大切な仲間だなんて、僕たちはお互いをちっともそんな風に思ったことはありませんから。仲良しこよしの連れ合いが履き違えて使うそんな単語、反吐が出ますね」

 対峙する二人の間をごおっと言う音がして風が吹き抜けていった。僅かに湿り気を帯びた風が、水場の位置を二人に知らせているかのようだった。

「じゃあ質問を変えるわ。猪八戒。貴方がとんでもないことになりそうなときにも沙悟浄は錫杖を呼び出さなかったわ。それでも?」
「当然です」

 なんのためらいもなく、八戒はその碧の瞳を錫上の美しい深い青色の瞳にきっちりと重ねあわせ、即座に返事をした。

「僕なんかを助けるために、悟浄が悟浄の心にあれ以上深い傷を負うくらいなら、僕が死んだほうがよほどマシです。もともと僕は死んで当然の存在なんですから」

 如意棒は数瞬の間真剣なまなざしで八戒のその碧の瞳の奥に隠された感情を読み取ろうと努力していたようだったが、即座に今は無理だと判断し、肩をすくめて苦笑しながら言った。

「…貴方、沙悟浄のことがよっぽど好きなのね」
「ええ、好きですよ。3年前、ほっとけば勝手にのたれ死んでた僕を思わず拾ってもって帰っちゃったりするようなところが」
「……動じないわね」
「ナニを動じる必要があるって言うんです?」
「ふふ、そうね」

 そう言って二人はお互いにまた寝袋を担いで歩き始め、わずかばかり下草が生えている大きな木の陰を本日の寝床とするために、お互いその後は無言で、作業を開始した。

 寝床を整えたら次は食事の準備だ。八戒は、水のみ場を探して戻ってきたジープを呼び寄せると、肩にジープを止まらせて、そののどを優しくくすぐってやった。ジープは大変上機嫌で、水のみ場の方向を長い首を延ばして八戒に指し示した。







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