誕生日のお祝いに本人の同意がない場合どうやって祝うのが一番いいと思われるか
「輝く!第58回お誕生日をお祝いする大賞栄えある第1回受賞者は猪八戒さんです!!」
ぱんぱんぱあああん!!
紙ふぶきと、少しの硝煙のにおいと、細い細い紙テープが八戒に襲い掛かった。八戒はそれこそはとがまめでっぽを食らったような顔をして、その場に立ち尽くしてしまった。突込みどころ満載の物理的にどう考えてもおかしいその回数に、突っ込みをいれることはおいといて。
如意棒がにこにこ笑いながらクラッカーを片手に八戒にウインクする。
悟空は、景気よく右手の全ての指の間にクラッカーを2個ずつはさんで力任せに紐を引っ張ったおかげで、クラッカーのお尻の部分が取れてしまっているものが結構あった。
錫杖は悟空の隣で、そのクラッカーの音に心底びっくりした顔をして紐を引いたまま固まっている。
天地がひっくり返るかと八戒は思ったが、三蔵はなんと面倒くさそうに既にとっくに空になったクラッカーをほっぽりだして、自分はひとり新聞を読んでいる、が、とにかくあの最高僧がクラッカーの紐を引っ張ったことは事実であった。
悟浄は、大きな手で2個のクラッカーをはさんで八戒にちょうど紙テープがきれいにかかるように鳴らせたことにかなり満足しているようだった。
「というわけで永遠の22歳!猪八戒さんのお誕生日に改めてv」
「「「「「誕生日おめでとう!」」」」」
如意棒の唱和に複数の声が続き、そしてまた新しいクラッカーの紐が引かれた。先ほどから残っていた硝煙のにおいが、更に少しきつくなって八戒になだれを打って襲い掛かる。
「あの…」
なんとも形容しがたい、あえて言うなら苦笑、としか言いようのない表情で八戒が口を開きかけたが、それは八戒の目の前にたった悟空と錫杖の笑顔によってかき消されてしまった。
「八戒、誕生日だったらもっと早く言ってくれればよかったのに!そしたら俺がんばってプレゼント買ったのにさー」
両手のひらを上に向け、両手をほとんどまっすぐに差し出して、悟空が太陽の笑顔で言った。その隣で錫杖は悟空と同じように、両腕を八戒のほうに差し出しながら言う。
「んとね、あたしたちのプレゼントは出世払。この手のひらの上に八戒がほしいものが乗ってると思って。あたしたちがんばってプレゼントするから!」
悟空と錫杖がならんでいると、まるで兄弟みたいだな、とあんまり関係ないことを八戒は思い、そしてやはり先ほどの苦笑としか表現できない笑顔で二人の頭に白くてきれいな手をぽん、ぽん、と2回置いた。
悟空と錫杖はきょとんとした顔で八戒を見上げる。その白いきれいな顔が、ナゼだかちっとも嬉しそうでないのが悟空には不思議でたまらなかった。
「そらみたことか」
と口には出さなかったが、ありありと顔に印字して、悟浄はハイライトを加えながら如意棒のほうをちらりと見た。
しかし如意棒はそんな悟浄の視線も、ましてや八戒のその表情も全く意に介さずに、八戒の前に歩みでて、少し首をかしげて極上の笑顔で告げた。
「どうしたの、そんな顔をして」
途端に八戒の表情がさあっと曇る。悟浄は如意棒と八戒の様子にはらはらして無意味にハイライトの煙をさんざん吹き上げてその二人の様子を、じっと見ていた。
伊達に3年間同居してきたわけではない。
当然、八戒の誕生日も知っていたし、行きつけの酒場で八戒宛のプレゼントをしこたま預けられ(彼女たちは何かに気づいていたのだろうか?自分たちで直接わたそう、とは思わなかったらしい)、口をへの字にして帰宅したことも忘れてはいなかった。
そして、悟浄は、八戒が愛したたった一人の女性は彼と2親等のこの世でたった一人の血族でなおかつ双子の姉であることも、八戒の名前を知る前から知っていた。
八戒の誕生日は、つまり、誰に確認するまでもなく彼の最愛の決して今では手に入れられない人の誕生日でもあるという結論に達するのにそれほど時間はかからなかった。
その誕生日を、一体八戒はお祝いする気になれるのだろうか――――――
悟浄はそう思い、そして毎年その日をどう過ごすかさんざん苦労し、頭を悩ませて、あげく、結局、酒場で朝まで過ごすというくだらない選択しか彼にはできなかったことも同時に思い出した。
だから、如意棒の提案に悟浄は半分乗り気ではなかった。
一体八戒は、その誕生日をお祝いされることをどう思うのだろうか。
悟浄はあまりそれを考えたくなかった。
そもそもただの同居人しかも同性の碧の瞳の持ち主の誕生日にナゼ自分がここまでこだわっているのかは悟浄自身全然わけがわからなかった。
こだわるということは結局その誕生日に何かしたいと思っているのではないだろうかと悟浄は分析し、その結論が出た途端大慌てでかぶりをふってそれを否定しようとした。
しかし、八戒がこの世に生まれた日は、悟浄にとって大変重要な意味を持つ。
決していないだろうと思っていた。
この髪が、戒めの色だといった男――――――
そんな男に出会えたことは、自分にとってかなり幸運だったと悟浄は思っている。とりあえず、そのあと家事の天才であったことまで発覚して、悟浄としては一石二鳥だ。
雨の日に、ほおっておけば確実に死んだであろう腸をはみ出させた男の、誕生日を―――――
悟浄は半分は乗り気だったのだ。
昨年までは話すきっかけも聞くタイミングも全く逃していたので、八戒に誕生日を祝うかどうかということを悟浄はきいたことはなかった。つまり言うなら悟浄がかなり勝手に判断して、そうしていたわけだから、もしかしたら、実は八戒は誕生日を祝われることはやぶさかではないのかもしれない。と、悟浄は胸の片隅にそれを引っ掛けたままここまできてしまった。…というのはかなり希望的観測であることも確かだったのだけれど。
もし祝われてもいいと考えているんだったらあんなに悟浄の誕生日に八戒が気を使うこともないだろうと。
「……僕は、祝ってくれなんて一言もお願いしていません」
声が低くなり、うつむき加減の八戒の表情は窺い知ることができなかったが、その声は、きっと竜でも虎でも後ずさりさせることができるほど迫力があった。
「あら、誕生日のお祝いなんて自分が頼んでするものじゃないわよ」
涼しい顔で如意棒は答えた。豊かな胸の下で両腕を交差させ、更に一歩八戒に近寄る。それからかなり沈黙を続ける八戒の周りを、悟空と錫杖はおろおろしてほとんど無意識に、無意味にお互いぐるぐる回り始めた。
「いい。猪八戒。あなた自身があなたをどう思っているかなんてことはあなたの都合。それを他人に押し付けるのはあなたのエゴよ」
きっぱりと言い切る如意棒の前で八戒はやはり無言のまま下を向いている。
「あなたが生まれてきて、生きていてよかった、と思う人はたくさんいるわ。あなたを殺したいほど憎んでいる人と同じ数くらいはね」
「………………………………根拠のない数字ですね」
沈黙がかなり続いた後、八戒はようやく一言を如意棒に返した。如意棒は相変わらず一歩もひるまず、ただにこにこと笑っている。
「俺、おれっ!!はいはいはーい!俺!!」
「……悟空……?」
いきなり大声で自分の存在を主張しだした悟空を八戒は驚いて見つめた。悟空は腰に手を当ててえっへんと胸を張ると、きっぱりと言い切った。
「俺は、八戒が生まれてきてくれて、生きていてくれてよかったって思ってるよ!だって八戒の作ってくれる飯、めっちゃうまいんだもん!」
「…あたしもっ!」
錫杖がわざわざ手を上げて一気にまくし立てる。
「あんな女ったらしでトラブルメーカーで何かって言うと問題持ちこみやさんの悟浄よりあたしのことを気にかけてくれるしっ」
「……言ってくれるぜ…」
悟浄は天を仰ぎ見た。三蔵は新しいマルボロにかちりとライターで火をつけて、くるりと八戒に背中を向けながら言った。
「フン、勘違いするな。ジープは貴様にしかなつかない。貴様がきちんと生きてこの旅に参加していないと俺が大変なことになる」
「ジープなかったら走っていくしかないもんなー」
のんびりとした悟空の突込みをまるで無視して、三蔵はさらにすたすたすたと足を進めて岩場に腰掛けて足を組み、眠る体勢に入った。
そんな三蔵を横目で見やり、紅い髪をぐしゃぐしゃとかき回して悟浄は観念した表情で八戒をまっすぐに見つめた。
「とりあえずさー。お前生まれてきてくれなきゃ、生きてきてくれなきゃ俺めちゃくちゃ困るの」
驚愕の表情で八戒は悟浄を見た。にっと人好きのする表情で悟浄は笑い、そしていたずらっぽく言葉を続けた。
「お前の誕生日がめでたく祝えた日には、俺はそこにいる美女とめでたくコトをいたせ―――」
そう言って悟浄が振り返った先には、悟浄が捜し求めていたはちきれんばかりのナイスバディの魔器は存在せず、びっくりした表情で固まっている錫杖がいるだけだった。
ガゥンガゥン
「……このドエロクソ河童!死ね!!地獄に落ちろ!!エロ!ロリコン!!」
寝ようとしていたはずの三蔵がいつのまにか器用に悟浄の髪のわきばかりを狙ってS&Wをぶっ放した。
「…ちょっとまてーーー!!確かにここにはちょっと前まで如意棒が…」
「問答無用。いい加減にしてください。悟浄。こんないたいけな少女に…」
冷たい瞳で自分を見返す八戒に背筋を凍らせながら悟浄はそれでも弁解を続けようとする。
しかしそれは、三蔵の銃の乱射で無理やり中断させられ、悟浄は悲鳴をあげて遠くに逃げていった。
「死ね!!」
「だから俺の話を…うわっ!」
伊達に3年間同居してきたわけではない。
肝心なことは決して口には出さない悟浄の屈折もかなり理解しているつもりだ。
勿論如意棒とコトをいたせるわけがないことは全員周知の事実といっても過言ではない。
誕生日などというものを祝う気には到底なれないけれども。
それでも。
困るといった悟浄の言葉はきっとついうっかり漏れた本音だろうと八戒にはなんとなくわかった。
何が困るのかはおそらく知れたことだが。(悟浄の家を健康で文化的な生活が営めるよう運営してきたのはほかならぬ自分だったから)それでも、困るといわれたのは生まれて初めてだ――――と八戒は思い、自然に口元が緩んでいる自分にとても、驚いた。